Dante Alighieri - Opera Omnia >>  神曲 (The divine comedy)
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lalighieri text integral passage complete quotation of the sources comedies works historical literary works in prose and in verses

神曲

LA DIVINA COMMEDIA

アリギエリ・ダンテ Alighieri Dante

山川丙三郎訳


地獄篇



   第一曲

われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き林のなかにありき 一―三
あゝ荒れあらびわけ入りがたきこの林のさま語ることいかに難いかな、恐れを追思にあらたにし 四―六
いたみをあたふること死に劣らじ、されどわがかしこに享けし幸(さいはひ)をあげつらはんため、わがかしこにみし凡ての事を語らん 七―九
われ何によりてかしこに入りしや、善く説きがたし、眞(まこと)の路を棄てし時、睡りはわが身にみち/\たりき 一〇―一二
されど恐れをもてわが心を刺しゝ溪の盡くるところ、一(ひとつ)の山の麓にいたりて 一三―一五
仰ぎ望めば既にその背はいかなる路にあるものをも直(なほ)くみちびく遊星の光を纏ひゐたりき 一六―一八
この時わが恐れ少しく和ぎぬ、こはよもすがら心のおくにやどりて我をいたく苦しましめしものなりしを 一九―二一
しかしてたとへば呼吸(いき)もくるしく洋(わた)より岸に出でたる人の、身を危うせる水にむかひ、目をこれにとむるごとく 二二―二四
走りてやまぬわが魂はいまだ生きて過ぎし人なき路をみんとてうしろにむかへり 二五―二七
しばし疲れし身をやすめ、さてふたゝび路にすゝみて、たえず低き足をふみしめ、さびたる山の腰をあゆめり 二八―三〇
坂にさしかゝれるばかりなるころ、見よ一匹の牝(め)の豹あらはる、輕くしていと疾(はや)し、斑點(まだら)ある皮これを蔽へり 三一―三三
このもの我を見れども去らず、かへつて道を塞ぎたれば、我は身をめぐらし、歸らんとせしこと屡※(二の字点、1-2-22)なりき 三四―三六
時は朝の始めにて日はかなたの星即ち聖なる愛がこれらの美しき物をはじめて動かせるころ 三七―
これと處を同じうせるものとともに昇りつゝありき、されば時の宜きと季(き)の麗しきとは毛色(けいろ)華(はな)やかなるこの獸にむかひ
善き望みを我に起させぬ、されどこれすら一匹の獅子わが前にあらはれいでし時我を恐れざらしむるには足らざりき ―四五
獅子は頭を高くし劇しき飢ゑをあらはし我をめざして進むが如く大氣もこれをおそるゝに似たり 四六―四八
また一匹の牝の狼あり、その痩躯によりて諸慾内に滿つることしらる、こはすでに多くの民に悲しみの世をおくらせしものなりき 四九―五一
我これを見るにおよびて恐れ、心いたくなやみて高きにいたるの望みを失へり 五二―五四
むさぼりて得る人失ふべき時にあひ、その思ひを盡してなげきかなしむことあり 五五―五七
我またかくの如くなりき、これ平和なきこの獸我にたちむかひて進み次第に我を日の默(もだ)す處におしかへしたればなり 五八―六〇
われ低地をのぞみて下れる間に、久しく默せるためその聲嗄れしとおもはるゝ者わが目の前にあらはれぬ 六一―六三
われかの大いなる荒野の中に彼をみしとき、叫びてかれにいひけるは、汝魂か眞(まこと)の人か何にてもあれ我を憐れめ 六四―六六
彼答へて我にいふ、人にあらず、人なりしことあり、わが父母(ちゝはゝ)はロムバルディアの者郷土(ふるさと)をいへば共にマントヴァ人(びと)なりき 六七―六九
我は時後れてユーリオの世に生れ、似非(えせ)虚僞(いつはり)の神々の昔、善きアウグストの下(もと)にローマに住めり 七〇―七二
我は詩人にて驕れるイーリオンの燒けし後トロイアより來れるアンキーゼの義しき子のことをうたへり 七三―七五
されど汝はいかなればかく多くの苦しみにかへるや、いかなればあらゆる喜びの始めまた源(もと)なる幸の山に登らざる 七六―七八
われ面(おもて)に恥を帶び答へて彼にいひけるは、されば汝はかのヴィルジリオ言葉(ことのは)のひろき流れをそゝぎいだせる泉なりや 七九―八一
あゝすべての詩人の譽(ほまれ)また光よ、願はくは長き學(まなび)と汝の書(ふみ)を我に索めしめし大いなる愛とは空しからざれ 八二―八四
汝はわが師わが據(よりどころ)なり、われ美しき筆路を習ひ、譽をうるにいたれるもたゞ汝によりてのみ 八五―八七
かの獸を見よ、わが身をめぐらせるはこれがためなりき、名高き聖(ひじり)よ、このものわが血筋をも脈をも顫はしむ、ねがはくは我を救ひたまへ 八八―九〇
わが泣くを見て彼答へて曰ひけるは、汝この荒地(あれち)より遁(のが)れんことをねがはゞ他(ほか)の路につかざるをえず 九一―九三
そは汝に聲を擧げしむるこの獸は人のその途を過ぐるをゆるさず、これを阻みて死にいたらしむればなり 九四―九六
またその性(さが)邪惡なれば、むさぼりて飽くことなく、食をえて後いよいよ餓う 九七―九九
これを妻とする獸多し、また獵犬(かりいぬ)來りてこれを憂ひの中に死なしむるまでこの後なほ多からむ 一〇〇―一〇二
この獵犬はその營養(やしなひ)を土にも金(かね)にもうけず、これを智と愛と徳とにうく、フェルトロとフェルトロとの間に生れ 一〇三―一〇五
處女(おとめ)カムミルラ、エウリアーロ、ツルノ、ニソが創をうけ命を棄てゝ爭ひし低きイタリアの救ひとなるべし 一〇六―一〇八
すなはち※(「彳+扁」、第3水準1-84-34)く町々をめぐりて狼を逐ひ、ふたゝびこれを地獄の中に入らしめん(嫉みはさきにこゝより之を出せるなりき) 一〇九―一一一
この故にわれ汝の爲に思ひかつ謀りて汝の我に從ふを最も善しとせり、我は汝の導者となりて汝を導き、こゝより不朽の地をめぐらむ 一一二―一一四
汝はそこに第二の死を呼び求むる古(いにしへ)のなやめる魂の望みなき叫びをきくべし 一一五―一一七
その後汝は火の中にゐてしかも心足る者等をみむ、これ彼等には時至れば幸なる民に加はるの望みあればなり 一一八―一二〇
汝昇りて彼等のもとにゆくをねがはゞ、そがためには我にまされる魂あり、我別るゝに臨みて汝をこれと倶ならしめむ 一二一―一二三
そは高きにしろしめす帝(みかど)、わがその律法(おきて)に背けるの故をもて我に導かれてその都に入るものあるをゆるし給はざればなり 一二四―一二六
帝の稜威(みいつ)は至らぬ處なし、されど政かしこよりいでその都も高き御座(みくらひ)もまたかしこにあり、あゝ選ばれてそこに入るものは福(さいはひ)なるかな 一二七―一二九
我彼に、詩人よ、汝のしらざりし神によりてわれ汝に請ふ、この禍ひとこれより大なる禍ひとを免かれんため 一三〇―一三二
ねがはくは我を今汝の告げし處に導き、聖ピエートロの門と汝謂ふ所の幸(さち)なき者等をみるをえしめよ 一三三―一三五
この時彼進み、我はその後方(うしろ)に從へり 一三六―一三八


   第二曲

日は傾けり、仄闇(ほのくら)き空は地上の生物をその勞苦より釋けり、たゞ我ひとり 一―三
心をさだめて路と憂ひの攻めにあたらんとす、誤らざる記憶はこゝにこれを寫さむ 四―六
あゝムーゼよ、高き才よ、いざ我をたすけよ、わがみしことを刻める記憶よ、汝の徳はこゝにあらはるべし 七―九
我いふ、我を導く詩人よ、我を難路に委ぬるにあたりてまづわが力のたるや否やを思へ 一〇―一二
汝いへらく、シルヴィオの父は朽つべくして朽ちざるの世にゆき、肉體のまゝにてかしこにありきと 一三―一五
されど彼より出づるにいたれる偉業をおもひ、彼の誰たり何たるをおもはゞ、衆惡の敵(あた)のめぐみ深かりしとも 一六―一八
識者見て分に過ぎたりとはなさじ、そは彼エムピレオの天にて選ばれて尊きローマ及びその帝國の父となりたればなり 一九―二一
かれもこれもげにともに定めに從ひて聖地となり、大ピエロの後を承くる者位に坐してこゝにあり 二二―二四
彼かしこにゆき(汝これによりてかれに名をえしむ)勝利(かち)と法衣(ころも)の本となれる多くの事を聞きえたり 二五―二七
その後選(えらび)の器(うつは)、救ひの道の始めなる信仰の勵(はげみ)を携へかへらんためまたかしこにゆけることあり 二八―三〇
されど我は何故に彼處(かしこ)にゆかむ誰か之を我に許せる、我エーネアに非ず我パウロに非ず、わがこの事に堪ふべしとは我人倶に信ぜざるなり 三一―三三
されば我若し行くを肯はゞその行くこと恐らくはこれ狂へるわざならん、汝は賢(さか)し、よくわが言(ことば)の盡さゞるところをさとる 三四―三六
人その願ひを飜し、新なる想(おもひ)によりて志を變へ、いまだ始めにあたりてそのなすところをすべて抛つことあり 三七―三九
我も暗き山路(やまぢ)にありてまたかくのごとくなりき、そはわが思ひめぐらしてかくかろがろしく懷けるわが企圖(くはだて)を棄てたればなり 四〇―四二
心おほいなる者の魂答へて曰ひけるは、わが聽くところに誤りなくは汝のたましひは怯懦にそこなはる 四三―四五
夫れ人しば/\これによりて妨げられ、その尊きくはだてに身を背くることあたかも空しき象(かたち)をみ、臆して退く獸の如し 四六―四八
我は汝をこの恐れより解き放たんため、わが何故に來れるや、何事をきゝてはじめて汝のために憂ふるにいたれるやを汝に告ぐべし 四九―五一
われ懸垂の衆とともにありしに、尊き美しきひとりの淑女の我を呼ぶあり、われすなはち命を受けんことを請ひぬ 五二―五四
その目は星よりも燦(あざや)かなりき、天使のごとき聲をもて言(ことば)麗しくやはらかく我に曰ひけるは 五五―五七
やさしきマントヴァの魂よ(汝の名はいまなほ世に殘る、また動(うごき)のやまぬかぎりは殘らん) 五八―六〇
わが友にて命運の友にあらざるもの道を荒(さ)びたる麓に塞がれ、恐れて踵をめぐらせり 六一―六三
我は彼のことにつきて天にて聞ける所により、彼既に探く迷ひわが彼を助けんため身を起せしことの遲きにあらざるなきやを恐る 六四―六六
いざ行け、汝の琢ける詞またすべて彼の救ひに缺くべからざることをもて彼を助け、わが心を慰めよ 六七―六九
かく汝にゆくを請ふものはベアトリーチェなり、我はわが歸るをねがふ處より來れり、愛我を動かし我に物言はしむ 七〇―七二
わが主のみまへに立たん時我しば/\汝のことを譽(ほ)むべし、かくいひて默(もだ)せり、我即ちいひけるは 七三―七五
徳そなはれる淑女よ(およそ人圈(けん)最(いと)小さき天の内なる一切のものに優るはたゞ汝によるのみ) 七六―七八
汝の命ずるところよくわが心に適ひ、既にこれに從へりとなすともなほしかするの遲きを覺ゆ、汝さらに願ひを我に闢(ひら)くを須(もち)ゐず 七九―八一
たゞねがはくは我に告げよ、汝何ぞ危ぶむことなく、闊き處をはなれ歸思衷に燃ゆるもなほこの中心に下れるや 八二―八四
彼答へていひけるは、汝かく事の隱微をしるをねがへば、我はわが何故に恐れずここに來れるやを約(つゞま)やかに汝に告ぐべし 八五―八七
夫れ我等の恐るべきはたゞ人に禍ひをなす力あるものゝみ、その他(ほか)にはなし、これ恐れをおこさしむるものにあらざればなり 八八―九〇
神はその恩惠(めぐみ)によりて我を造りたまひたれば、汝等のなやみも我に觸れず燃ゆる焔も我を襲はじ 九一―九三
ひとりの尊き淑女天にあり、わが汝を遣はすにいたれるこの障礙(しやうげ)のおこれるをあはれみて天上の嚴(おごそか)なる審判(さばき)を抂ぐ 九四―九六
かれルチーアを呼び、請ひていひけるは、汝に忠なる者いま汝に頼らざるをえず、我すなわち彼を汝に薦むと 九七―九九
すべてあらぶるものゝ敵(あだ)なるルチーアいでゝわが古(いにしへ)のラケーレと坐しゐたる所に來り 一〇〇―一〇二
いひけるは、ベアトリーチェ、神の眞(まこと)の讚美よ、汝何ぞ汝を愛すること深く汝のために世俗を離るゝにいたれるものを助けざる 一〇三―一〇五
汝はかれの苦しき歎きを聞かざるか、汝は河水漲りて海も誇るにたらざるところにかれを攻むる死をみざるか 一〇六―一〇八
世にある人の利に趨り害を避くる急(はや)しといへども、かくいふをききて 一〇九―一一一
汝の言(ことば)の品(しな)たかく汝の譽また聞けるものゝ譽なるを頼(たのみ)とし、祝福(めぐみ)の座を離れてこゝに下れるわがはやさには若かじ 一一二―一一四
かくかたりて後涙を流し、その燦(あざや)かなる目をめぐらせり、わが疾(と)くとく來れるもこれがためなりき 一一五―一一七
さればわれ斯く彼の旨をうけて汝に來り、美山(うつくしきやま)の捷路(ちかみち)を奪へるかの獸より汝を救へり 一一八―一二〇
しかるに何事ぞ、何故に、何故にとゞまるや、何故にかゝる卑怯を心にやどすや、かくやむごとなき三人(みたり)の淑女 一二一―一二三
天の王宮に在りて汝のために心を勞し、かつわが告ぐるところかく大いなる幸(さち)を汝に約するに汝何ぞ勇なく信なきや 一二四―一二六
たとへば小さき花の夜寒(よさむ)にうなだれ凋めるが日のこれを白むるころ悉くおきかへりてその莖の上にひらく如く 一二七―一二九
わが萎(な)えしたましひかはり、わが心いたくいさめば、恐るゝものなき人のごとくわれいひけるは 一三〇―一三二
あゝ慈悲深きかな我をたすけし淑女、志厚きかなかれが傳へし眞の詞にとくしたがへる汝 一三三―一三五
汝言によりわが心を移して往くの願ひを起さしめ、我ははじめの志にかへれり 一三六―一三八
いざゆけ、導者よ、主(きみ)よ、師よ、兩者(ふたり)に一の思ひあるのみ、我斯く彼にいひ、かれ歩めるとき 一三九―一四一
艱き廢れし路に進みぬ 一四二―一四四


   第三曲

我を過ぐれば憂ひの都あり、我を過ぐれば永遠(とこしへ)の苦患(なやみ)あり、我を過ぐれば滅亡(ほろび)の民あり 一―三
義は尊きわが造り主(ぬし)を動かし、聖なる威力(ちから)、比類(たぐひ)なき智慧、第一の愛我を造れり 四―六
永遠(とこしへ)の物のほか物として我よりさきに造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ 七―九
われは黒く録(しる)されしこれらの言(ことば)を一の門の頂に見き、この故に我、師よ、かれらの意義我に苦し 一〇―一二
事すべてあきらかなる人の如く、彼我に、一切の疑懼一切の怯心ここに棄つべく滅ぼすべし 一三―一五
我等はいま智能の功徳(くどく)を失へる憂ひの民をみんとわがさきに汝に告げしところにあるなり 一六―一八
かくて氣色(けしき)うるはしくわが手をとりて我をはげまし、我を携へて祕密の世に入りぬ 一九―二一
ここには歎き、悲しみの聲、はげしき叫喚、星なき空(そら)にひゞきわたれば、我はたちまち涙を流せり 二二―二四
異樣の音(おん)、罵詈(のゝしり)の叫び、苦患(なやみ)の言(ことば)、怒りの節(ふし)、強き聲、弱き聲、手の響きこれにまじりて 二五―二七
轟動(どよ)めき、たえず常暗(とこやみ)の空をめぐりてさながら旋風吹起る時の砂のごとし 二八―三〇
怖れはわが頭(かうべ)を卷けり、我即ちいふ、師よわが聞くところのものは何ぞや、かく苦患(なやみ)に負くるとみゆるは何の民ぞや 三一―三三
彼我に、この幸(さち)なき状(さま)にあるは恥もなく譽もなく世をおくれるものらの悲しき魂なり 三四―三六
彼等に混(まじ)りて、神に逆(さから)へるにあらず、また忠なりしにもあらず、たゞ己にのみ頼れるいやしき天使の族(むれ)あり 三七―三九
天の彼等を逐へるはその美に虧くる處なからんため、深き地獄の彼等を受けざるは罪ある者等これによりて誇ることなからんためなり 四〇―四二
我、師よ、彼等何を苦しみてかくいたく歎くにいたるや、答へていふ、いと約(つゞま)やかにこれを汝に告ぐべし 四三―四五
それ彼等には死の望みなし、その失明の生はいと卑しく、いかなる分際(きは)といへどもその嫉みをうけざるなし 四六―四八
世は彼等の名の存(のこ)るをゆるさず、慈悲も正義も彼等を輕んず、我等また彼等のことをかたるをやめん、汝たゞ見て過ぎよ 四九―五一
われ目をさだめて見しに一旒の旗ありき、飜り流れてそのはやきこと些(すこし)の停止(やすみ)をも蔑視(さげす)むに似たり 五二―五四
またその後方(うしろ)には長き列を成して歩める民ありき、死がかく多くの者を滅ぼすにいたらんとはわが思はざりしところなりしを 五五―五七
われわが識れるものゝ彼等の中にあるをみし後、心おくれて大事を辭(いな)めるものゝ魂を見知りぬ 五八―六〇
われはたゞちに悟(さと)りかつ信ぜり、こは神にも神の敵にも厭はるゝ卑しきものの宗族(うから)なりしを 六一―六三
これらの生けることなき劣れるものらはみな裸のまゝなりき、また虻あり蜂ありていたくかれらを刺し 六四―六六
顏に血汐の線をひき、その血の涙と混れるを汚らはしき蟲足下(あしもと)にあつめぬ 六七―六九
われまた目をとめてなほ先方(さき)を望み、一の大いなる川の邊(ほとり)に民あるをみ、いひけるは、師よねがはくは 七〇―七二
かれらの誰なるや、微(かすか)なる光によりてうかゞふに彼等渡るをいそぐに似たるは何の定(さだめ)によりてなるやを我に知らせよ 七三―七五
彼我に、我等アケロンテの悲しき岸邊に足をとゞむる時これらの事汝にあきらかなるべし 七六―七八
この時わが目恥を帶びて垂れ、われはわが言(ことば)の彼に累をなすをおそれて、川にいたるまで物言ふことなかりき 七九―八一
こゝに見よひとりの翁(おきな)の年へし髮を戴きて白きを、かれ船にて我等の方に來り、叫びていひけるは、禍ひなるかな汝等惡しき魂よ 八二―八四
天を見るを望むなかれ、我は汝等をかなたの岸、永久(とこしへ)の闇の中熱の中氷の中に連れゆかんとて來れるなり 八五―八七
またそこなる生ける魂よ、これらの死にし者を離れよ、されどわが去らざるをみて 八八―九〇
いふ、汝はほかの路によりほかの港によりて岸につくべし、汝の渡るはこゝにあらず、汝を送るべき船はこれよりなほ輕し 九一―九三
導者彼に、カロンよ、怒る勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力(ちから)あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 九四―九六
この時目のまはりに炎の輪ある淡黒(うすぐろ)き沼なる舟師(かこ)の鬚多き頬はしづまりぬ 九七―九九
されどよわれる裸なる魂等はかの非情の言(ことば)をきゝて、たちまち色をかへ齒をかみあわせ 一〇〇―一〇二
神、親、人およびその蒔かれその生れし處と時と種(たね)とを誹(そし)れり 一〇三―一〇五
かくて彼等みないたく泣き、すべて神をおそれざる人を待つ禍ひの岸に寄りつどへり 一〇六―一〇八
目は熾火(おきび)のごとくなる鬼のカロン、その意(こゝろ)を示してみな彼等を集め、後るゝ者あれば櫂にて打てり 一〇九―一一一
たとへば秋の木(こ)の葉の一葉(ひとは)散りまた一葉ちり、枝はその衣(ころも)を殘りなく地にをさむるにいたるがごとく 一一二―一一四
アダモの惡しき裔(すゑ)は示しにしたがひ、あひついで水際(みぎは)をくだり、さながら呼ばるゝ鳥に似たり 一一五―一一七
かくして彼等黯(くろず)める波を越えゆき、いまだかなたに下立(おりた)たぬまにこなたには既にあらたに集まれる群(むれ)あり 一一八―一二〇
志厚き師曰ひけるは、わが子よ、神の怒りのうちに死せるもの萬國より來りてみなこゝに集(つど)ふ 一二一―一二三
その川を渡るをいそぐは神の義これをむちうちて恐れを願ひにかはらしむればなり 一二四―一二六
善き魂この處を過ぐることなし、さればカロン汝にむかひてつぶやくとも、汝いまその言の意義をしるをえん 一二七―一二九
いひ終れる時黒暗(くらやみ)の廣野(ひろの)はげしくゆらげり、げにそのおそろしさを思ひいづればいまなほわが身汗にひたる 一三〇―一三二
涙の地風をおこし、風は紅(くれなゐ)の光をひらめかしてすべてわが官能をうばひ 一三三―一三五
我は睡りにとらはれし人の如く倒れき 一三六―一三八


   第四曲

はげしき雷(いかづち)はわが頭(かうべ)のうちなる熟睡(うまい)を破れり、我は力によりておこされし人の如く我にかへり 一―三
たちなほりて休める目を動かし、わが在るところを知らんとて瞳を定めあたりを見れば 四―六
我はげにはてしなき叫喚の雷をあつめてものすごき淵なす溪の縁(へり)にあり 七―九
暗く、深く、霧多く、目をその深處(ふかみ)に注げどもまた何物をもみとむるをえざりき 一〇―一二
詩人あをざめていひけるは、いざ我等この盲(めしひ)の世にくだらむ、我第一に汝第二に 一三―一五
われその色を見、いひけるは、おそるゝごとに我を勵ませし汝若しみづから恐れなば我何ぞ行くをえん 一六―一八
彼我に、この下なる民のわづらひは憐みをもてわが面(おもて)を染めしを、汝みて恐れとなせり 一九―二一
長途我等を促せばいざ行かむ、かくして彼さきに入り、かくして我をみちびきぬ、淵をめぐれる第一の獄(ひとや)の中に 二二―二四
耳にてはかるに、こゝにはとこしへの空(そら)をふるはす大息(ためいき)のほか歎聲(なげき)なし 二五―二七
こは苛責の苦なきなやみよりいづ、またこのなやみをうくるは稚兒(をさなご)、女、男の數多き、大いなる群(むれ)なりき 二八―三〇
善き師我に、汝これらの魂をみてその何なるやを問はざるならずや、いざ汝なほさきに行かざるまに知るべし 三一―三三
彼等は罪を犯せるにあらず、嘉(よみ)すべきことはありとも汝がいだく信仰の一部なる洗禮(バッテスモ)をうけざるが故になほたらず 三四―三六
またクリストの教へのさきに世にありたれば神があがむるの道をつくさゞりき、我も亦このひとりなり 三七―三九
われらの救ひを失へるはほかに罪あるためならず、たゞこの虧處(おちど)のためなれば我等はたゞ願ひありて望みなき生命(いのち)をこゝにわぶるのみ 四〇―四二
われこの言をきくにおよびてリムボに懸れるいとたふとき民あるをしり、深き憂ひはわが心をとらへき 四三―四五
我は一切の迷ひに勝つ信仰にかたく立たんことをおもひ、いひけるは、我に告げよわが師、我に告げよ主(きみ) 四六―四八
おのれの功徳(くどく)によりまたは他人(ひと)の功徳により、かつてこの處をいでゝ福(さいはひ)を享くるに至れるものありや、かれわが言(ことば)の裏をさとり 四九―五一
答へて曰ひけるは、われこゝにくだりてほどなきに、ひとりの權能(ちから)あるもの勝利(かち)の休徴(しるし)を冠(かうむ)りて來るを見たり 五二―五四
この者第一の父の魂、その子アベルの魂、ノエの魂、律法(おきて)をたてまたよく神に順へるモイゼの魂 五五―
族長アブラアム、王ダヴィーデ、イスラエルとその父その子等およびラケーレ(イスラエルかれの、ために多くの事をなしたりき)
その外なほ多くの者の魂をこゝよりとりさり、彼等に福(さいはひ)を與へたりき、汝しるべし、彼等より先には人の魂の救はれしことあらざるを ―六三
かれかたる間も我等歩みを停(とど)めず、たえず林を分けゆけり、即ち繁き魂の林なり 六四―六六
睡りのこなた行く道いまだ長からぬに、我は半球の闇を服せる一の火を見き 六七―六九
我等なほ少しくこれと離れたりしもその距離(へだゝり)大ならねば、我はまたこの處の一部にたふとき民の據れるを認めき 七〇―七二
汝學藝のほまれよ、かくあがめをうけてそのさま衆と異なるは誰ぞや 七三―七五
彼我に、汝の世に響くかれらの美名(よきな)はその惠みを天にうけ、かれらかく擢んでらる 七六―七八
この時聲ありて、いとたふとき詩人を敬へ、出でゝいにしその魂はかへれりといふ 七九―八一
聲止みしづまれるとき我見しに四(よつ)の大いなる魂ありて我等のかたに來れり、その姿には悲しみもまた喜びもみえざりき 八二―八四
善き師曰ひけるは、手に劒(つるぎ)を執りて三者(みたり)にさきだち、あたかも王者(わうじや)のごとき者をみよ 八五―八七
これならびなき詩人オーメロなり、その次に來るは諷刺家オラーチオ、オヴィディオ第三、最後はルカーノなり 八八―九〇
かの一の聲の稱(とな)へし名はかれらみな我と等しくえたるものなればかれら我をあがむ、またしかするは善し 九一―九三
我はかく衆を超えて鷲の如く天翔(あまがけ)る歌聖の、うるはしき一族のあつまれるを見たり 九四―九六
しばらくともにかたりて後、かれらは我にむかひて會釋す、わが師これを見て微笑(ほゝゑ)みたまへり 九七―九九
かれらはまた我をその集(つどひ)のひとりとなしていと大いなる譽を我にえさせ、我はかゝる大智に加はりてその第六の者となりにき 一〇〇―一〇二
かくて我等はかの時かたるに適(ふさ)はしくいまは默(もだ)すにふさはしき多くの事をかたりつゝ光ある處にいたれり 一〇三―一〇五
我等は一の貴き城のほとりにつけり、七重(なゝへ)の高壘これを圍み、一の美しき流れそのまはりをかたむ 一〇六―一〇八
我等これを渡ること堅き土に異ならず、我は七(なゝつ)の門を過ぎて聖(ひじり)の群(むれ)とともに入り、緑新しき牧場(まきば)にいたれば 一〇九―一一一
こゝには眼(まなこ)緩(ゆるや)かにして重く、姿に大いなる權威をあらはし、云ふことまれに聲うるはしき民ありき 一一二―一一四
我等はこゝの一隅(かたほとり)、廣き明(あかる)き高き處に退きてすべてのものを見るをえたりき 一一五―一一七
對面(むかひ)の方(かた)には緑の※藥(えうやく) の上にわれ諸※(二の字点、1-2-22)の大いなる魂をみき、またかれらをみたるによりていまなほ心に喜び多し 一一八―一二〇
我はエレットラとその多くの侶(とも)をみき、その中に我はエットル、エーネア、物具(ものゝぐ)身につけ眼(まなこ)鷹の如きチェーザレを認めぬ 一二一―一二三
またほかの處に我はカムミルラとパンタシレアを見き、また女(むすめ)ラヴィーナとともに坐したる王ラティーノを見き 一二四―一二六
我はタルクイーノを逐へるブルート、またルクレーチア、ユーリア、マルチア、コルニーリアを見き、また離れてたゞひとりなる 一二七―
サラディーノを見き、我なほ少しく眉をあげ、哲人の族(やから)の中に坐したる智者の師を見き ―一三二
衆皆かれを仰ぎ衆皆かれを崇む、われまたこゝに群(むれ)にさきだちて彼にいとちかきソクラーテとプラートネを見き 一三三―一三五
世界の偶成を説けるデモクリート、またディオジェネス、アナッサーゴラ、ターレ、エムペドクレス、エラクリート、ツェノネ 一三六―一三八
我また善く特性を集めしもの即ちディオスコリーデを見き、またオルフェオ、ツルリオ、リーノ、道徳を設けるセネカ 一三九―一四一
幾何學者エウクリーデまたトロメオ、イポクラーテ、アヴィチェンナ、ガリエーノ、註の大家アヴェルロイスを見き 一四二―一四四
いま脱(おち)なくすべての者を擧げがたし、これ詩題の長きに驅られ、事あまりて言足らざること屡※(二の字点、1-2-22)なればなり 一四五―一四七
六者(むたり)の伴侶(なかま)は減(へ)りて二者(ふたり)となれり、智(さと)き導者異なる路によりて我を靜なる空より震ひゆらめく空に導き 一四八―一五〇
我は光る物なき處にいたれり 一五一―一五三


   第五曲

斯く我は第一の獄(ひとや)より第二の獄に下れり、是は彼よりをさむる地少なく苦患(なやみ)ははるかに大いにして突いて叫喚を擧げしむ 一―三
こゝにミノス恐ろしきさまにて立ち、齒をかみあはせ、入る者あれば罪業(ざいごふ)を糺(たゞ)し刑罰を定め身を卷きて送る 四―六
すなはち幸(さち)なく世に出でし魂その前に來れば一切を告白し、罪を定むる者は 七―九
地獄の何處(いづこ)のこれに適(ふさは)しきやをはかり、送らむとする獄(ひとや)の數(かず)にしたがひ尾をもて幾度も身をめぐらしむ 一〇―一二
彼の前には常に多くの者の立つあり、かはる/″\出でゝ審判をうけ、陳べ、聞きて後下に投げらる 一三―一五
ミノス我を見し時、かく重き任務(つとめ)を棄てゝ我にいひけるは、憂ひの客舍に來れる者よ 一六―一八
汝みだりに入るなかれ、身を何者に委ぬるや思ひ見よ、入口ひろきによりて欺かるるなかれ、わが導者彼に、汝何ぞまた叫ぶや 一九―二一
彼定命に從ひてゆく、之を妨ぐる勿れ、思ひ定めたる事を凡て行ふ能力(ちから)あるところにてかく思ひ定められしなり、汝また問ふこと勿れ 二二―二四
苦患(なやみ)の調(しらべ)はこの時あらたに我にきこゆ、我はこの時多くの歎聲(なげき)の我を打つところにいたれり 二五―二七
わがいたれる處には一切の光默(もだ)し、その鳴ることたとへば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如し 二八―三〇
小止(をやみ)なき地獄の烈風吹き荒れて魂を漂はし、旋(めぐ)りまた打ちてかれらをなやましむ 三一―三三
かれら荒ぶる勢ひにあたれば、そこに叫びあり、憂ひあり、歎きあり、また神の權能(ちから)を誹る言(ことば)あり 三四―三六
我はさとりぬ、かゝる苛責の罰をうくるは、理性を慾の役(えき)となせし肉の罪人(つみびと)なることを 三七―三九
たとへば寒き時椋鳥(むくどり)翼に支へられ、大いなる隙(すき)なき群をつくりて浮び漂ふごとく、風惡靈を漂はし 四〇―四二
こゝまたかしこ下また上に吹送り、身をやすめまたは痛みをかろむべき望みのその心を慰むることたえてなし 四三―四五
またたとへば群鶴(むらづる)の一線長く空(そら)に劃し、哀歌をうたひつゝゆくごとく、我は哀愁の聲をあげ 四六―
かの暴風(はやち)に負(お)はれて來る魂を見き、すなはちいふ、師よ、黒き風にかく懲さるゝ此等の民は誰なりや ―五一
この時彼我にいふ、汝が知るをねがふこれらの者のうち最初(はじめ)なるは多くの語(ことば)の皇后(きさい)なりき 五二―五四
かれ淫慾の非に耽り、おのが招ける汚辱を免かれんため律法(おきて)をたてゝ快樂(けらく)を囘護(かば)へり 五五―五七
かれはセミラミスなり、書にかれニーノの後を承く、即ちその妻なる者なりきといへるは是なり、かれはソルダンの治むる地をその領とせり 五八―六〇
次は戀のために身を殺しシケーオの灰にむかひてその操を破れるもの、次は淫婦クレオパトラースなり 六一―六三
エレーナを見よ、長き禍ひの時めぐり來れるもかれのためなりき、また戀と戰ひて身ををへし大いなるアキルレを見よ 六四―六六
見よパリスを、トリスターノを、かくいひてかれ千餘の魂の戀にわが世を逐はれし者を我にみせ、指さして名を告げぬ 六七―六九
わが師かく古の淑女騎士の名を告ぐるをきける時、我は憐みにとらはれ、わが神氣(こゝろ)絶えいるばかりになりぬ 七〇―七二
我曰ふ、詩人よ、願はくはわれかのふたりに物言はん、彼等相連れてゆき、いと輕く風に乘るに似たり 七三―七五
かれ我に、かれらのなほ我等に近づく時をみさだめ、彼等を導く戀によりて請ふべし、さらば來らむ 七六―七八
風彼等をこなたに靡かしゝとき、われはたゞちに聲をいだして、あはれなやめる魂等よ、彼もし拒まずば來りて我等に物言へといふ 七九―八一
たとへば鳩の、願ひに誘(さそ)はれ、そのつよき翼をたかめ、おのが意(こゝろ)に身を負はせて空(そら)をわたり、たのしき巣にむかふが如く 八二―八四
情(なさけ)ある叫びの力つよければ、かれらはディドの群(むれ)を離れ魔性(ましやう)の空(そら)をわたりて我等にむかへり 八五―八七
あゝやさしく心あたゝかく、世を紅に染めし我等をもかへりみ、暗闇(くらやみ)の空をわけつつゆく人よ 八八―九〇
汝我等の大いなる禍ひをあはれむにより、宇宙の王若し友ならば、汝のためにわれら平和をいのらんものを 九一―九三
すべて汝が聞きまたかたらんとおもふことは我等汝等にきゝまた語らむ、風かく我等のために默(もだ)す間(あひだ)に 九四―九六
わが生れし邑(まち)は海のほとり、ポーその從者(ずさ)らと平和を求めてくだるところにあり 九七―九九
いちはやく雅心(みやびごゝろ)をとらふる戀は、美しきわが身によりて彼を捉へき、かくてわれこの身を奪はる、そのさまおもふだにくるし 一〇〇―一〇二
戀しき人に戀せしめではやまざる戀は、彼の慕はしきによりていと強く我をとらへき、されば見給ふ如く今猶我を棄つることなし 一〇三―一〇五
戀は我等を一の死にみちびきぬ、我等の生命(いのち)を斷てる者をばカイーナ待つなり、これらの語を彼等われらに送りき 一〇六―一〇八
苦しめる魂等のかくかたるをきゝし時、我はたゞちに顏をたれ、ながく擧ぐるをえざりしかば詩人われに何を思ふやといふ 一〇九―一一一
答ふるにおよびて我曰ひけるは、あはれ幾許(いくそ)の樂しき思ひ、いかに切(せち)なる願ひによりてかれらこの憂ひの路にみちびかれけん 一一二―一一四
かくてまた身をめぐらしてかれらにむかひ、語りて曰ひけるは、フランチェスカよ、我は汝の苛責を悲しみかつ憐みて泣くにいたれり 一一五―一一七
されど我に告げよ、うれしき大息(といき)たえぬころ、何によりいかなるさまにていまだひそめる胸の思ひを戀ぞと知れる 一一八―一二〇
かれ我に、幸(さち)なくて幸ありし日をしのぶよりなほ大いなる苦患(なやみ)なし、こは汝の師しりたまふ 一二一―一二三
されど汝かくふかく戀の初根(うひね)をしるをねがはゞ、我は語らむ、泣きつゝかたる人のごとくに 一二四―一二六
われら一日こゝろやりとて戀にとらはれしランチャロットの物語を讀みぬ、ほかに人なくまたおそるゝこともなかりき 一二七―一二九
書(ふみ)はしば/\われらの目を唆(そゝの)かし色を顏よりとりされり、されど我等を從へしはその一節(ひとふし)にすぎざりき 一三〇―一三二
かの憧(あこが)るゝ微笑(ほゝゑみ)がかゝる戀人の接吻(くちづけ)をうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者 一三三―一三五
うちふるひつゝわが口にくちづけしぬ、ガレオットなりけり書(ふみ)も作者も、かの日我等またその先(さき)を讀まざりき 一三六―一三八
一(ひとつ)の魂かくかたるうち、一はいたく泣きたれば、我はあはれみのあまり、死に臨めるごとく喪神し 一三九―一四一
死體の倒るゝごとくたふれき 一四二―一四四


   第六曲

所縁の兩者をあはれみ、心悲しみによりていたくみだれ、そのため萎(な)えしわが官能、また我に返れる時 一―三
我わがあたりをみれば、わが動く處、わが向ふ處、わが目守(まも)る處すべて新(あらた)なる苛責新(あらた)なる苛責を受くる者ならぬはなし 四―六
我は第三の獄(ひとや)にあり、こは永久(とこしへ)の詛ひの冷たきしげき雨の獄なり、その法(のり)と質(さが)とは新なることなし 七―九
大粒(おほつぶ)の雹、濁れる水、および雪はくらやみの空よりふりしきり、地はこれをうけて惡臭(をしう)を放てり 一〇―一二
猛き異樣の獸チェルベロこゝに浸れる民にむかひ、その三(みつ)の喉によりて吠ゆること犬に似たり 一三―一五
これに紅の眼、脂ぎりて黒き髯、大いなる腹、爪ある手あり、このもの魂等を爬き、噛み、また裂きて片々(きれ/″\)にす 一六―一八
雨はかれらを犬のごとくさけばしむ、かれら幸(さち)なき神なき徒(ともがら)、片脇(かたわき)をもて片脇の防禦(ふせぎ)とし、またしば/\反側す 一九―二一
大いなる蟲チェルベロ我等を見し時、口をひらき牙をいだしぬ、その體(からだ)にはゆるがぬ處なかりき 二二―二四
わが導者雙手(もろて)をひらきて土を取り、そのみちたる土を飽くことなき喉の中に投げ入れぬ 二五―二七
鳴いてしきりに物乞ふ犬も、その食物(くひもの)を噛むにおよびてしづまり、たゞこれを喰ひ盡さんとのみおもひてもだゆることあり 二八―三〇
さけびて魂等を驚かし、かれらに聾(みゝしひ)ならんことをねがはしめし鬼チェルベロの汚(きたな)き顏もまたかくのごとくなりき 三一―三三
我等ははげしき雨にうちふせらるゝ魂をわたりゆき、體(からだ)とみえてしかも空(くう)なるその象(かたち)を踏みぬ 三四―三六
かれらはすべて地に臥しゐたるに、こゝにひとり我等がその前を過ぐるをみ、坐(すわ)らんとてたゞちに身を起せる者ありき 三七―三九
この者我にいひけるは、導かれてこの地獄を過行くものよ、もしかなはゞわが誰なるを思ひ出でよ、わが毀たれぬさきに汝は造られき 四〇―四二
我これに、汝のうくる苦しみは汝をわが記憶より奪へるか、われいまだ汝を見しことなきに似たり 四三―四五
然(され)ど告げよ、汝いかなる者なればかく憂き處におかれ又かゝる罰を受くるや、たとひ他(ほか)に之より重き罰はありともかく厭はしき罰はあらじ 四六―四八
彼我に、嫉み盈ち/\てすでに嚢(ふくろ)に溢るゝにいたれる汝の邑(まち)は、明(あか)き世に我を收めし處なりき 四九―五一
汝等邑民(まちびと)われをチヤッコとよびなせり、害多き暴食の罪によりてわれかくの如く雨にひしがる 五二―五四
また悲しき魂の我ひとりこゝにあるにあらず、これらのものみな同じ咎によりて同じ罰をうく、かくいひてまた言(ことば)なし 五五―五七
われ答へて彼に曰けるは、チヤッコよ、汝の苦しみはわが心をいたましめわが涙を誘(いざな)ふ、されどもし知らば、分れし邑(まち)の邑人(まちびと)の行末 五八―六〇
一人(ひとり)だにこゝに義者(たゞしきもの)ありや、またかく大いなる不和のこゝを襲ふにいたれる源(もと)を我に告げよ 六一―六三
かれ我に、長き爭ひの後彼等は血を見ん、鄙(ひな)の徒黨(ともがら)いたく怨みて敵を逐ふべし 六四―六六
かくて三年(みとせ)の間にこれらは倒れ、他はいま操縱(あやな)すものゝ力によりて立ち 六七―六九
ながくその額を高うし、歎き、憤りいかに大いなりとも敵を重き重荷の下に置くべし 七〇―七二
義者二人(ふたり)あり、されどかへりみらるゝことなし、自負、嫉妬、貪婪は人の心に火を放てる三の火花なり 七三―七五
かくいひてかれその斷腸の聲をとゞめぬ、我彼に、願はくはさらに我に教へ、わがために言(ことば)を惜しむなかれ 七六―七八
世に秀でしファーリナータ、テッギアイオ、またヤーコポ・ルスティクッチ、アルリーゴ、モスカそのほか善を行ふ事にその才をむけし者 七九―八一
何處にありや、我に告げ我に彼等をしらしめよ、これ大いなる願ひ我を促し、天彼等を甘くするや地獄彼等を毒するやを知るを求めしむればなり 八二―八四
彼、彼等は我等より黒き魂の中にあり、異なる罪その重さによりて彼等を深處(ふかみ)に沈ましむ、汝下りてそこに至らば彼等をみるをえん 八五―八七
されど麗しき世にいづる時、ねがはくは汝我を人の記憶に薦めよ、われさらに汝に告げず、またさらに汝に答へず 八八―九〇
かくてかれその直(すぐ)なりし目を横に歪め、少しく我を見て後頭(かうべ)をたれ、これをほかの盲(めしひ)等とならべて倒れぬ 九一―九三
導者我に曰ふ、天使の喇叭(らつぱ)ひゞくまで彼ふたゝび身を起すことなし、仇なる權能(ちから)來るとき 九四―九六
かれら皆悲しき墓にたちかへり、ふたゝびその肉その形をとりてとこしへに鳴渡るものをきくべし 九七―九九
少しく後世(ごせ)のことをかたりつゝ我等は斯く魂と雨と汚(きたな)く混(まじ)れるなかを歩(あゆみ)しづかにわけゆきぬ 一〇〇―一〇二
我すなはちいふ、師よ、かゝる苛責の苦しみは大いなる審判(さばき)の後増すべきか減(へ)るべきかまたはかく燃ゆべきか 一〇三―一〇五
彼我に汝の教にかへるべし、曰く、物いよ/\全きに從ひ、幸を感ずるいよ/\深し、苦しみを感ずるまた然りと 一〇六―一〇八
たとひこの詛ひの民眞(まこと)の完全(まつたき)にいたるをえずとも、その後は前よりこれにちかゝらむ 一〇九―一一一
我等迂囘してこの路をゆき、こゝにのべざる多くの事をかたりつゝ降るべき處にいたり 一一二―一一四
こゝに大敵プルートを見き 一一五―一一七


   第七曲

パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ、聲を嗄らしてプルートは叫べり、萬(よろづ)のことを知りたまへるやさしき聖(ひじり) 一―三
我を勵まさんとていひけるは、汝おそれて自ら損ふなかれ、彼にいかなる力ありとも、汝にこの岩を降らしめざることあらじ 四―六
またかの膨るゝ顏にむかひいひけるは、默(もだ)せ、冥罰(みやうばつ)重き狼よ、その怒りをもて己が心を滅ぼし盡せ 七―九
かく深處(ふかみ)にゆくは故なきにあらず、こはミケーレが仇を不遜の非倫にかへせる天にて思ひ定められしなり 一〇―一二
たとへば風にはらめる帆の檣碎けて縺れ落つるごとく、かの猛き獸地に倒れぬ 一三―一五
かくして我等は宇宙一切の惡をつゝむ憂ひの岸をすゝみゆき、第四の坎(あな)に下れり 一六―一八
あゝ神の正義よ、かく多くの新なる苦しみと痛みとを押填(おしつ)むるは誰ぞ、我等の罪何ぞ我等をかく滅ぼすや 一九―二一
かの逆浪(さかなみ)に觸れてくだくるカリッヂの浪の如く、斯民(このたみ)またこゝにリッダを舞はではかなはじ 二二―二四
我はこゝに何處よりも多くの民のかなたこなたにありていたくわめき、胸の力によりて重荷をまろばすをみき 二五―二七
かれらは互に打當り、あたればたゞちに身を飜し、何ぞ溜むるや何ぞ投ぐるやと叫び、もときしかたにまろばせり 二八―三〇
かくて彼等はかなたこなたより異なる方向(むき)をとりてまたも恥づべき歌をうたひ、暗き獄(ひとや)を傳ひてかへり 三一―三三
かくして圈の半(なかば)にいたればふたゝびこゝに渡り合ひ、各※(二の字点、1-2-22)その身をめぐらせり、心刺さるゝばかりなりしわれ 三四―三六
いひけるは、わが師よ、これ何の民なりや、また我等の左なる髮を削れるものらすべてこれ僧なりしや、いま我に示したまへ 三七―三九
彼我に、かれらは悉く第一の世に心ゆがみて程よく費すことをなさざりしものなり 四〇―四二
こはこの地獄の中表裏(うらうへ)なる咎かれらを分つ二の點にいたる時かれらその吠ゆる聲によりていと明かならしむ 四三―四五
頭に毛の蔽物(おほひ)なき者は僧なりき、また法王、カルディナレあり、慾その衷に權を行ふ 四六―四八
我、師よ、わが識れるものにてこの罪咎に汚るゝものかならずかれらの中にあらん 四九―五一
かれ我に、汝空しき思ひを懷けり、彼等を汚せる辨別(わきまへ)なき生命(いのち)はいまかれらを昧(くらま)し、何者もかれらをわきまへがたし 五二―五四
かれら限りなくこの二の牴觸をみん、此等は手を閉ぢ、これらは髮を短くして墓よりふたゝび起きいづべし 五五―五七
あしく費しあしく貯へしことは美しき世をかれらより奪ひ、かれらにこの爭ひあらしむ、われこゝに言(ことば)を飾りてそのさまをいはじ 五八―六〇
子よ、汝いま知りぬらん、命運に委ねられ、人みなの亂(みだれ)の本なる世の富貴のただ苟且(かりそめ)の戲(たはぶれ)を 六一―六三
そは月の下に今ありまた昔ありし黄金(こがね)こと/″\く集まるともこれらよわれる魂の一にだに休みをえさすることはよくせじ 六四―六六
我彼に曰ふ、師よ、さらにいま我に告げよ、汝謂ふ所の命運とはこれいかなるものにて斯く世の富貴をその手の裡にをさむるや 六七―六九
彼我に、あゝ愚(おろか)なる人々よ、汝等を躓かすは何等の無智ぞや、いざ汝この事についてわがいふところのことを含め 七〇―七二
夫れその智萬物に超ゆるもの諸天を造りてこれに司るものを與へたまへり、かくて各部は各部にかゞやき 七三―七五
みな分に應じてその光を頒つ、これと同じく世にありてもまたその光輝をすべをさめ且つ導く者を立てたまへり 七六―七八
このもの時至れば空しき富貴を民より民に血より血に移し人智もこれを防ぐによしなし 七九―八一
此故にその定(さだめ)にしたがひて一の民榮え一の民衰ふ、またその定の人にかくるゝこと草の中なる蛇の如し 八二―八四
汝等の智何ぞこれに逆(さから)ふことをえん、彼先を見て定めおのが權を行ふことなほ神々のしかするに似たり 八五―八七
その推移には休歇(やすみ)なし、已むなきの力かれをはやむ、その流轉(るてん)にあふもの屡※(二の字点、1-2-22)と出づるも宜なるかな 八八―九〇
彼を讚むべきもの却つて彼を十字架につけ、故なきに難(なん)じ、汚名を負はしむ 九一―九三
されどかれ祝福(めぐみ)をうけてこれを聞かず、はじめて造られしものと共にこゝろよくその輪を轉らし、まためぐまるゝによりて喜び多し 九四―九六
いざ今より我等は尚大いなる憂ひにくだらん、わが進みしとき登れる星はみな既にかたむきはじむ、我等ながくとゞまる能はず 九七―九九
我等この獄(ひとや)を過ぎてかなたの岸にいたれるに、こゝに一の泉ありて湧きこゝより起れる一の溝(みぞ)にそゝげり 一〇〇―一〇二
水の黒(くろ)きことはるかにペルソにまさりき、我等黯(くろず)める波にともなひ慣れざる路をつたひてくだりぬ 一〇三―一〇五
この悲しき小川はうす黒き魔性の坂の裾にくだりてスティージェとよばるゝ一の沼となれり 一〇六―一〇八
こゝにわれ心をとめて見んとて立ち、この沼の中に、泥にまみれみなはだかにて怒りをあらはせる民を見き 一〇九―一一一
かれらは手のみならず、頭、胸、足をもて撃ちあひ、齒にて互に噛みきざめり 一一二―一一四
善き師曰ふ、子よ、今汝は怒りに負(ま)けしものゝ魂を見るなり、汝またかたく信すべし 一一五―一一七
この水の下に民あることを、かれらその歎息(ためいき)をもて水の面に泡立たしむ、こはいづこにむかふとも汝の目汝に告ぐる如し 一一八―一二〇
泥(ひぢ)の中にて彼等はいふ、日を喜ぶ麗しき空氣のなかにも無精(ぶせい)の水氣を衷にやどして我等鬱せり 一二一―一二三
今我黒き泥水(どろみづ)のなかに鬱すと、かれらこの聖歌によりて喉に嗽(うがひ)す、これ全き言(ことば)にてものいふ能はざればなり 一二四―一二六
かくして我等は乾ける土と濡れたる沼の間をあゆみ、目を泥を飮む者にむかはしめ、汚(きたな)き瀦(みづたまり)の大なる孤をめぐりて 一二七―一二九
つひに一の城樓(やぐら)の下(もと)にいたれり 一三〇―


   第八曲

續いて語るらく、高き城樓(やぐら)の下(もと)を距るなほいと遠き時、我等は目をその頂に注げり 一―三
これ二(ふたつ)の小さき焔のこゝにおかるゝをみしによりてなり、又他(ほか)に一(ひとつ)之と相圖を合せしありしも距離(あはひ)大なれば我等よく認むるをえざりき 四―六
こゝにわれ全智の海にむかひ、いひけるは、この火何といひ、かの火何と答ふるや、またこれをつくれるものは誰なりや 七―九
彼我に、既に汝は來らんとすることを汚(けが)れし波の上に辨(わか)ちうべし、若し沼の水氣これを汝に隱さずば 一〇―一二
矢の絃(つる)に彈(はじ)かれ空を貫いて飛ぶことはやきもわがこの時見し一の小舟には如かじ 一三―一五
舟は水を渡りて、我等のかたにすゝめり、これを操(あやつ)れるひとりの舟子(ふなこ)よばゝりて、惡しき魂よ、汝いま來れるかといふ 一六―一八
わが主曰ひけるは、フレジアス、フレジアス、こたびは汝さけぶも益なし、我等汝に身を委ぬるは、泥(ひぢ)を越えゆく間(あひだ)のみ 一九―二一
怒りを湛へしフレジアスのさま、さながら大いなる欺罔(たばかり)に罹れる人のこれをさとりていたみなげくが如くなりき 二二―二四
わが導者船にくだり、尋(つい)で我に入らしめぬ、船はわが身をうけて始めてその荷を積めるに似たりき 二五―二七
導者も我も乘り終れば、年へし舳(へさき)忽ち進み、その水を切ること常よりも深し 二八―三〇
我等死の溝を馳せし間に、泥を被れるもの一人わが前に出でゝいひけるは、時いたらざるに來れる汝は誰ぞ 三一―三三
我彼に、われ來れども止まらず、然(さは)れ、かく汚るゝにいたれる汝は誰ぞ、答へていふ、見ずやわが泣く者なるを 三四―三六
我彼に、罰當(ばちあたり)の魂奴(たましひめ)、歎悲(なげきかなしみ)の中にとゞまれ、いかに汚るとも我汝を知らざらんや 三七―三九
この時彼船にむかひて兩手(もろて)をのべぬ、師はさとりてかれをおしのけ、去れ、かなたに、他の犬共にまじれといふ 四〇―四二
かくてその腕(かひな)をもてわが頸をいだき顏にくちづけしていひけるは、憤りの魂よ、汝を孕める女は福(さいはひ)なるかな 四三―四五
かれは世に僭越なりしものにてその記憶を飾る徳なきがゆゑに魂ここにありてなほ猛し 四六―四八
それ地上現に大王の崇(あがめ)をうけしかも記念(かたみ)におそるべき誹りを殘して泥(ひぢ)の中なる豚の如くこゝにとゞまるにいたるものその數いくばくぞ 四九―五一
我、師よ、我等池をいでざる間に、願はくはわれ彼がこの羹(あつもの)のなかに沈むを見るをえんことを 五二―五四
彼我に、岸汝に見えざるさきにこの事あるべし、かゝる願ひの汝を喜ばすはこれ適はしきことなればなり 五五―五七
この後ほどなく我は彼が泥(ひぢ)にまみれし民によりていたく噛み裂かるゝをみぬ、われこれがためいまなほ神を讚め神に謝す 五八―六〇
衆皆叫びてフィリッポ・アルゼンティをといへり、怒れるフィレンツェの魂は齒にておのれを噛めり 六一―六三
こゝにて我等彼を離れぬ、われまた彼の事を語らじ、されど此時苦患(なやみ)の一聲(ひとこゑ)わが耳を打てり、我は即ち前を見んとて目をみひらけり 六四―六六
善き師曰ひけるは、子よ、ディーテと稱ふる邑(まち)は今近し、こゝには重き邑人(まちびと)大いなる群集(むれ)あり 六七―六九
我、師よ、我は既にかなたの溪間に火の中より出でたる如く赤き伽藍をさだかにみとむ 七〇―七二
彼我に曰ふ、内に燃ゆる永久(とこしへ)の火はこの深き地獄の中にもなほ汝にみゆるごとく彼等を赤くす 七三―七五
我等はつひこの慰めなき邑(まち)を固むる深き濠(ほり)に入れり、圍(かこひ)は鐡より成るに似たりき 七六―七八
めぐり/\てやうやく一の處にいたれば、舟子(ふなこ)たかくさけびて、入口はこゝぞ、いでよといふ 七九―八一
我見しに天より降(ふ)れる千餘のもの門上にあり、怒りていひけるは、いまだ死なざるに 八二―
死せる民の王土を過ぐる者は誰ぞや、智(さと)きわが師はひそかに語らはんとの意(こゝろ)を彼等に示せるに ―八七
かれら少しくその激しき怒りをおさへ、いひけるは、汝ひとり來り、かく膽(きも)ふとくもこの王土に入りたる者を去らせよ 八八―九〇
狂へる路によりて彼ひとりかへり、しかなしうべきや否やを見しめ、かくこの暗き國をかれに示せる汝はこゝに殘るべし 九一―九三
讀者よ、この詛ひの言をきゝて再び世にかへりうべしと信ぜざりし時、わが心挫けざりしや否やをおもへ 九四―九六
我曰ふ、あゝ七度(なゝたび)あまり我を安全(やすき)にかへらしめ、たちむかへる大難より我を救ひいだせし愛する導者よ 九七―
かくよるべなき我を棄てたまふなかれ、もしなほさきに行くあたはずは、我等疾(と)く共に踵をめぐらさん ―一〇二
我をかしこに導ける主曰ひけるは、恐るゝなかれ、何者といへども我等の行方(ゆくへ)を奪ふをえず、彼これを我等に與へたればなり 一〇三―一〇五
さればこゝにて我を待ち、よわれる精神(たましひ)をはげまし、眞(まこと)の希望(のぞみ)を食(は)め、我汝をこの低き世に棄てざればなり 一〇六―一〇八
かくてやさしき父は我をこの處に置きて去り、我は疑ひのうちに殘れり、然と否とはわが頭(かうべ)の中に爭へるなりき 一〇九―一一一
彼何をかれらにいへるや、我は聞くをえざりき、されど彼かれらとあひてほどなきに、かれ等みな競ひて内にはせいりぬ 一一二―一一四
我等の敵は門をわが主の前に閉せり、主は外(そと)に殘され、その足おそくわが方にかへれり 一一五―一一七
目は地にむかひ、眉に信念の跡をとゞめず、たゞ歎きて憂ひの家を我に拒めるは誰ぞといふ 一一八―一二〇
また我にいひけるは、わが怒るによりて汝恐るゝなかれ、いかなる者共内にゐて防ぎ止めんとつとむとも、我はこの爭ひにかつべし 一二一―一二三
彼等の非禮を行ふは新しきことにあらず、かく祕めらるゝことなく今も※(「戸+炯のつくり」、第3水準1-84-68)(とざし)なき門のほとりにそのかみ彼等またこれを行へり 一二四―一二六
汝がかの死の銘をみしは即ちこの門の上なりき、いまそのこなたに導者なく圈また圈を過ぎて坂を降るひとりのものあり 一二七―一二九
かれよくこの邑を我等のためにひらくべし 一三〇―一三二


   第九曲

導者の歸り來るを見てわが面(おもて)を染めし怯心の色は彼の常ならぬ色をかへつてはやくうちに抑へき 一―三
彼は耳を欹つる人の如く心してとゞまれり、これその目、黒き空、濃き霧をわけて遠くかれを導くをえざりしによりてなり 四―六
彼曰ふ、さばれ我等必ずこの戰ひに勝つべし、されどもし……彼なりき進みて助けを約せるは、あゝかの一者(ひとり)の來るを待つ間(ま)はいかに長いかな 七―九
我は彼が先(さき)と異なれることを後(あと)にいひ、これをもてその始めを蔽へるさまをさだかに知れり 一〇―一二
彼かくなせるもそのいふ事なほ我を怖(おぢ)しめき、こはわが彼の續かざる言(ことば)に彼の思ひゐたるよりなほ惡き意義を含ませし故にやありけん 一三―一五
罰はたゞ望みを絶たれしのみなる第一の獄(ひとや)より悲しみの坎(あな)かく深くくだるものあることありや 一六―一八
われこの問を起せるに彼答へて曰ひけるは、我等の中にはかゝる旅路につくものあることまれなり 一九―二一
されどまことは我一たびこゝに降れることあり、こは魂等を呼びてその體(からだ)にかへらしめし酷(むご)きエリトンの妖術によれり 二二―二四
わが肉我を離れて後少時(しばし)、ジュダの獄より一の靈をとりいださんため彼我をこの圍(かこひ)の中に入らしめき 二五―二七
この獄はいと低くいと暗く萬物を廻らす天を距ることいと遠し、我善く路をしる、この故に心を安んぜよ 二八―三〇
はげしき惡臭(をしう)を放つこれなる沼は、我等がいま怒りをみずして入るをえざる憂ひの都をかこみめぐる 三一―三三
このほかなほいへることありしも我おぼえず、これわが目はわが全心を頂もゆる高き城樓(やぐら)にひきよせたればなり 三四―三六
忽ちこゝに血に染みていと凄き三のフーリエ時齊しくあらはれいでぬ、身も動作(ふるまひ)も女性(によしやう)のごとく 三七―三九
いと濃き緑の水蛇(イドラ)を帶とす、小蛇チェラスタ髮に代りてその猛き後額(こめかみ)を卷けり 四〇―四二
この時かれ善くかぎりなき歎きの女王の侍婢(はしため)等を認めて我にいひけるは、兇猛なるエーリネを見よ 四三―四五
左なるはメジェラ右に歎くはアレットなり、テシフォネ中にあり、斯く言ひて默せり 四六―四八
彼等各※(二の字点、1-2-22)と爪をもておのが胸を裂き掌(たなごゝろ)をもておのが身を打てり、その叫びいと高ければ我は恐れて詩人によりそひき 四九―五一
俯(うつむ)き窺(うかゞ)ひつゝみないひけるは、メヅーサを來らせよ、かくして彼を石となさん、我等テゼオに襲はれて怨みを報いざりし幸(さち)なさよ 五二―五四
身をめぐらし後(うしろ)にむかひて目を閉ぢよ、若しゴルゴンあらはれ、汝これを見ば、再び上に歸らんすべなし 五五―五七
師はかくいひて自らわが身を背かしめ、またわが手を危ぶみ、おのが手をもてわが目を蔽へり 五八―六〇
あゝまことの聰明(さとり)あるものよ、奇(くす)しき詩のかげにかくるゝをしへを見よ 六一―六三
この時既にすさまじく犇(ひし)めく物音濁れる波を傳ひ來りて兩岸これがために震へり 六四―六六
こはあたかも反する熱によりて荒れ、林を打ちて支ふるものなく、枝を折り裂き 六七―
うち落し吹きおくり、塵を滿たしてまたほこりかに吹き進み、獸と牧者を走らしむる風の響きのごとくなりき ―七二
かれ手を放ちていひけるは、いざ目をかの年へし水沫(みなわ)にそゝげ、かなた烟のいと深きあたりに 七三―七五
たとへば敵なる蛇におどろき、群居(むれゐ)る蛙みな水に沈みて消え、地に蹲まるにいたるごとく 七六―七八
我は一者(ひとり)の前を走れる千餘の滅亡(ほろび)の魂をみき、この者徒歩(かち)にてスティージェを渡るにその蹠(あしうら)濡るゝことなし 七九―八一
かれはしば/\左手(ゆんで)をのべて顏のあたりの霧をはらへり、その疲れし如くなりしはたゞこの累(わづらひ)ありしためのみ 八二―八四
我は彼が天より遣はされし者なるをさだかに知りて師にむかへるに、師は我に示して口を噤ましめ、また身をその前にかゞめしむ 八五―八七
あゝその憤りいかばかりぞや、かれ門にゆき、支ふる者なければ一の小さき杖をもてこれをひらけり 八八―九〇
かくて恐ろしき閾の上よりいふ、あゝ天を逐はれし者等よ、卑しき族(うから)よ、汝等のやどす慢心はいづこよりぞ 九一―九三
その目的(めあて)削(そ)がるゝことなく、かつしば/\汝等の苦患(なやみ)を増せる天意に對ひ足を擧ぐるは何故ぞ 九四―九六
命運に逆ふ何の益ぞ、汝等のチェルベロいまなほこれがため頤(おとがひ)と喉(のんど)に毛なきを思はずや 九七―九九
かくて彼我等に何の言だになく汚れし路をかへりゆき、そのさまさながらほかの思ひに責め刺され 一〇〇―
おのが前なる者をおもふに暇なき人のごとくなりき、聖語を聞いて心安く、我等足を邑(まち)のかたにすゝめ ―一〇五
戰はずして内に入りにき、我はまたかゝる砦(とりで)の内なるさまのいかなるやをみんことをねがひ 一〇六―一〇八
たゞちに目をわがあたりに投ぐれば、四方に一の大なる廣場(ひろには)ありて苦患(なやみ)ときびしき苛責を滿たせり 一〇九―一一一
ローダーノの水澱むアルリ、またはイタリアを閉してその境を洗ふカルナーロ近きポーラには 一一二―一一四
多くの墓ありて地に平らかなる處なし、こゝもまた墓のためにすべてかくの如く、たゞ異なるはそのさまいよ/\苦(にが)きのみ 一一五―一一七
そは多くの焔墓の間に散在して全くこれを燒けばなり、げにいかなる技工(わざ)といへどもこれより赤くは鐡(くろがね)を燒くを需(もと)めぬなるべし 一一八―一二〇
蓋は悉く上げられ幸(さち)なき者苦しむ者にふさはしきはげしき歎聲(なげき)内より起れり 一二一―一二三
我、師よ、これらの墓の中に葬られ、たゞ憂ひの歎息(ためいき)を洩すのみなるこれらの民は何なりや 一二四―一二六
彼我に、邪宗の長(をさ)等その各流の宗徒とともにこゝにあるなり、またこれらの墓の中には汝の思ふよりも多くの荷あり 一二七―一二九
みな類にわかちて葬られ、塚の熱度一樣ならず、かくいひて右にむかへり 一三〇―一三二
我等は苛責と高壘の間を過ぎぬ 一三三―一三五


   第十曲

さて城壁と苛責の間のかくれたる路に沿ひ、わが師さきに我はその背に附きて進めり 一―三
我曰ふ、あゝ心のまゝに我を導き信なき諸※(二の字点、1-2-22)の獄(ひとや)をめぐる比類(たぐひ)なき功徳(くどく)よ、請ふ我に告げわが願ひを滿たせ 四―六
墓の中に臥せる民、われこれを見るをうべきか、蓋みな上げられて守る者なし 七―九
彼我に、かれら上(うへ)の世に殘せる體(からだ)をえてヨサファットよりこゝにかへらば皆閉ぢん 一〇―一二
こなたにはエピクロとかれに傚ひて魂を體とともに死ぬるとなす者みな葬らる 一三―一五
さればたゞちにこの中にて汝は我に求めしものをえ、默して我にいはざりし汝の願ひもまた成るべし 一六―一八
我、善き導者よ、言少なきを希ふにあらずばわれ何ぞわが心を汝に祕むべき、汝かく我に思はしめしは今のみならじ 一九―二一
恭しくかたりつゝ生きながら火の都を過ぎゆくトスカーナ人よ、ねがはくはこの處にとゞまれ 二二―二四
汝は汝の言によりて尊きわが郷土(ふるさと)(恐らくはわが虐げし)の生れなるをしらしむ 二五―二七
この聲ゆくりなく一の墓より出でければ、我はおそれてなほ少しくわが導者に近づけり 二八―三〇
彼我に曰ひけるは、汝何をなすや、ふりかへりてかしこに立てるファーリナータを見よ、その腰より上こと/″\くあらはる 三一―三三
我はすでに目をかれの目にそゝぎゐたるに、かれはその胸と額をもたげ起してあたかもいたく地獄を嘲るに似たりき 三四―三六
この時導者は汝の言(ことば)を明かならしめよといひ、臆せず弛(たゆみ)なき手をもて我を墓の間におしやりぬ 三七―三九
われ彼の墓の邊(ほとり)にいたれるとき、彼少しく我を見てさて蔑視(さげすむ)ごとく問ひていひけるは、汝の祖先は誰なりや 四〇―四二
我は從はんことをねがひてかくさず、一切をかれにうちあけしに、少しく眉をあげて 四三―四五
いひけるは、かれらは我、わが祖先、またわが黨與の兇猛なる敵なりき、さればわれ兩度(ふたゝび)かれらを散らせることあり 四六―四八
我答へて彼に曰ひけるは、かれら逐はれしかども前にも後にも四方より歸れり、されど汝の徒(ともがら)は善くこの術(わざ)を習はざりき 四九―五一
この時開ける口より一の魂これとならびて頤(おとがひ)まであらはせり、思ふにかれは膝にて立てるなるべし 五二―五四
我とともにある人ありや否やをみんとねがへる如くわが身のあたりをながめたりしが、疑ひ全く盡くるにおよびて 五五―五七
泣きて曰ひけるは、汝若し才高きによりてこの失明(くらやみ)の獄(ひとや)をめぐりゆくをえば、わが兒はいづこにありや、かれ何ぞ汝と共にあらざる 五八―六〇
我彼に、われ自ら來れるにあらず、かしこに待つ者我を導きてこゝをめぐらしむ、恐らくはかれは汝のグイードの心に侮りし者ならん 六一―六三
かれの言(ことば)と刑罰の状(さま)とは既にその名を我に讀ましめ、わが答かく全きをえしなりき 六四―六六
かれ忽ち起きあがり叫びていひけるは、汝何ぞ「りし」といへるや、彼猶生くるにあらざるか、麗しき光はその目を射ざるか 六七―六九
わがためらひてとみに答へざりしをみ、かれは再び仰(あふの)きたふれ、またあらはれいづることなかりき 七〇―七二
されど我に請ひて止まらしめし心大いなる者、顏をも變へず頸をも動かさずまた身をも曲げざりき 七三―七五
かれさきの言を承けていひけるは、彼等もしよくこの術(わざ)を習はざりきとならば、その事この床(とこ)よりも我を苦しむ 七六―七八
されどこゝを治むる女王の顏燃ゆることいまだ五十度(いそたび)ならぬ間(ま)に、汝自らその術(わざ)のいかに難きやをしるにいたらむ 七九―八一
(願はくは汝麗しき世に歸るをえんことを)請ふ我に告げよ、かの人々何故に凡てその掟(おきて)により、わが宗族(うから)をあしらふことかく殘忍なりや 八二―八四
我すなはち彼に、アルビアを紅(あけ)に色採(いろど)りし敗滅(ほろび)と大いなる殺戮(ほふり)とはかかる祈りを我等の神宮(みや)にさゝげしむ 八五―八七
彼歎きつゝ頭(かうべ)をふりていひけるは、そもかの事に與(あづか)れるはわれひとりにあらざりき、また我何ぞ故なくして人々とともに動かんや 八八―九〇
されどフィレンツェを毀たんとて人々心をあはせし處にては、これをあらはに囘護(かば)ひたる者たゞわれひとりのみなりき 九一―九三
我彼に請ひていひけるは、あゝねがはくは汝の裔(すゑ)つひに安息(やすき)をえんことを、請ふここにわが思想(おもひ)の縺(もつれ)となれる節(ふし)を解け 九四―九六
我善く汝等のいふところをきくに、汝等は時の携へ來るものをあらかじめみれども現在にわたりてはさることなきに似たり 九七―九九
彼曰ふ、我等遠く物をみること恰も光備はらざる人のごとし、これ比類(たぐひ)なき主宰いまなほ我等の上にかく輝くによりてなり 一〇〇―一〇二
物近づきまたはまのあたりにある時我等の智全く空し、若し我等に告ぐる者なくば世のありさまをいかでかしらん 一〇三―一〇五
この故に汝會得(ゑとく)しうべし、未來の門の閉さるゝとともに我の知識全く死ぬるを 一〇六―一〇八
この時われいたく我咎を悔いていひけるは、さらば汝かの倒れし者に告げてその兒いまなほ生ける者と共にありといへ 一〇九―一一一
またさきにわが默(もだ)して答へざりしは汝によりて解かれし迷ひにすでに心をむけたるが故なるをしらしめよ 一一二―一一四
わが師はすでに我を呼べり、われすなはちいよ/\いそぎてこの魂にともにある者の誰なるやを告げんことを請ひしに 一一五―一一七
彼我にいひけるは、我はこゝに千餘の者と共に臥す、こゝに第二のフェデリーコとカルディナレあり、その他はいはず 一一八―一二〇
かくいひて隱れぬ、我はわが身に仇となるべきかの言(ことば)をおもひめぐらし、足を古(いにしへ)の詩人のかたにむけたり 一二一―一二三
かれは歩めり、かくてゆきつゝ汝何ぞかく思ひなやむやといふ、われその問に答へしに 一二四―一二六
聖(ひじり)訓(さと)していひけるは、汝が聞けるおのが凶事を記憶に藏(をさ)めよ、またいま心をわが言にそゝげ、かくいひて指を擧げたり 一二七―一二九
美しき目にて萬物を見るかの淑女の麗しき光の前にいたらば汝はかれによりておのが生涯の族程(たびぢ)をさとることをえん 一三〇―一三二
かくて彼足を左にむけたり、我等は城壁をあとにし、一の溪に入りたる路をとり、内部(うち)にむかひてすゝめり 一三三―一三五
溪は忌むべき惡臭(をしう)をいだして高くこの處に及ばしむ 一三六―一三八


   第十一曲

碎けし巨岩(おほいは)の輪より成る高き岸の縁(ふち)にいたれば、我等の下にはいよ/\酷(むご)き群(むれ)ありき 一―三
たちのぼる深淵の惡臭(をしう)たへがたく劇しきをもて、我等はとある大墳(おほつか)の蓋の後方(うしろ)に身を寄せぬ 四―
われこゝに一の銘をみたり、曰く、我はフォーチンに引かれて正路を離れし法王アナスターショを納むと ―九
我等ゆるやかにくだりゆくべし、かくして官能まづ少しく悲しみの氣息(いき)に慣れなば、こののち患(うれへ)をなすことあらじ 一〇―一二
師斯く、我彼に曰ふ、時空しく過ぐるなからんため補充(おぎなひ)の途を求めたまへ、彼、げに我もまたその事をおもへるなり 一三―一五
又曰ひけるは、わが子よ、これらの岩の中に三の小さき獄(ひとや)あり、その次第をなすこと汝が去らんとする諸※(二の字点、1-2-22)の獄の如し 一六―一八
これらみな詛ひの魂にて滿たさる、されどこの後汝たゞ見るのみにて足れりとするをえんため、彼等の繋がるゝ状(さま)と故(ゆゑ)とをきけ 一九―二一
夫れ憎(にくみ)を天にうくる一切の邪惡はその目的(めあて)非を行ふにあり、しかしてすべてかゝる目的は或は力により或は欺罔(たばかり)によりて他を窘(くるし)む 二二―二四
されど欺罔は人特有の罪惡なれば、神意に悖ること殊に甚し、この故にたばかる者低きにあり、かれらを攻むる苦患(なやみ)また殊に大なり 二五―二七
第一の獄(ひとや)はすべて荒ぶる者より成る、されど力のむかふところに三の者あれば、この獄また三の圓にわかたる 二八―三〇
力の及びうべきところに神あり、自己(おのれ)あり、隣人(となりびと)あり、こは此等と此等に屬(つ)けるものゝ謂なることわれなほ明かに汝に説くべし 三一―三三
力隣人に及べば死となりいたましき傷となり、その持物におよべば破壞、放火、また不法の掠奪となる 三四―三六
この故に人を殺す者、惡意より撃つ者、荒らす者、掠むる者、皆類にわかたれ、第一の圓これを苛責す 三七―三九
人暴(あらび)の手を己が身己が産にくだすことあり、この故に自ら求めて汝等の世を去り 四〇―
またはその産業を博奕によりて盡し、費し盡し、喜ぶべき處に歎く者徒(いたづら)に第二の圓に悔ゆ ―四五
心に神を無(な)みし神を誹り、また自然と神の恩惠(めぐみ)をかろんずるは、これ人神にむかひてその力を用ふるものなり 四六―四八
この故に最小の圓はその印をもてソッドマ、カオルサ、また心より神を輕んじかつ口にする者を封ず 四九―五一
欺罔(たばかり)は(心これによりて疚(やま)しからぬはなし)人之を己を信ずるものまたは信ぜざるものに行ふ 五二―五四
後者はたゞ自然が造れる愛の繋(つなぎ)を斷つに似たり、この故に僞善、諂諛、人を惑はす者 五五―
詐欺、竊盜、シモエア、判人(ぜげん)、汚吏、およびこのたぐひの汚穢(けがれ)みな第二の獄(ひとや)に巣(す)くへり ―六〇
前者にありては自然の造れる愛と、その後これに加はりて特殊の信を生むにいたれるものとともにわすらる 六一―六三
この故に宇宙の中心ディーテの座所ある最小の獄にては、すべて信を賣るもの永遠(とこしへ)の滅亡(ほろび)をうく 六四―六六
我、師よ、汝の説くところまことに明かに、この深處(ふかみ)とその中なる民をわかつことまことによし 六七―六九
されど我に告げよ、泥深き沼にあるもの、風にはこばるゝもの、雨に打たるゝもの、行當りて罵るもの 七〇―七二
もし神の怒りに觸れなば何ぞ罰を朱(あけ)の都の中にうけざる、またもし觸れずば何故にかゝる状態(さま)にありや 七三―七五
彼我に曰ふ、汝の才何ぞその恆(つね)をはなれてかく迷ふや、またさにあらずば汝の心いづこをか視る 七六―七八
汝は天の許さゞる三の質(さが)、即ち放縱、邪惡、狂へる獸心をつぶさにあげつらひ 七九―
また放縱は神の怒りにふるゝこと少なく誹りを招くこと少なきをいへる汝の倫理の言を憶(おも)はずや ―八四
汝善くこの教へを味ひ、かつ上に外(そと)に罰をうくるものゝ誰なるやを恩ひ出でなば 八五―八七
また善く何故に彼等この非道の徒(ともがら)とわかたれ、何故に彼等を苛責する神の復讎の怒りかへつて輕きやを見るをえん 八八―九〇
我曰ふ、あゝ一切のみだるゝ視力を癒す太陽よ、汝解くにしたがひて我心をたらはすが故に、疑ひの我を喜ばすこと知るにおとらじ 九一―
請ふなほ少しく溯りて、高利を貪るは神恩にさからふものなりとの汝の言に及び、その纈(むすび)を解け ―九六
彼我に曰ふ、哲理はこれを究むる者に自然が神の智とその技(わざ)よりいづるを處々に示せり 九七―
汝また善く汝の理學を閲(けみ)せば、いまだ幾葉ならざるに汝等の技(わざ)のつとめて
自然に從ふこと弟子のその師における如く、汝等の技は神の孫なりともいひうべきを見ん ―一〇五
人みな生の道をこの二のものに求め、しかして進むべきなり、汝『創世記』の始めにこの事あるを思ひ出づべし 一〇六―一〇八
しかるに高利を貪るものは、これと異なる道を踏みて望みを他(ほか)に置き、自然とその從者をかろんず 一〇九―一一一
されどいざ我に從へ、われ行くをねがへばなり、雙魚天涯に煌(きら)めき、北斗全くコーロの上にあり 一一二―一一四
しかもくだるべき斷崖(きりぎし)なほこゝより遠し 一一五―一一七


   第十二曲

岸をくだらんとて行けるところはいと嶮しく、あまつさへこゝに物ありていかなる目にもこれを避けしむ 一―三
トレントのこなたに、或は地震へるため、或は支ふる物なきため、横さまにアディーチェをうちし崩壞(くづれ)あり 四―六
(くづれはじめし山の巓より野にいたるまで岩多く碎け流れて上なる人に路を備ふるばかりになりぬ) 七―九
この斷崖(きりぎし)の下るところまたかくの如くなりき、くだけし坎(あな)の端には模造(まがひ)の牝牛の胎に宿れる 一〇―
クレーチの名折(なをれ)偃(ふ)しゐたり、彼我等を見て己が身を噛みぬ、そのさま衷(うち)より怒りにとらはれし者に似たりき ―一五
わが聖(ひじり)彼にむかひて叫びていひけるは、汝を地上に死なしめしアテーネの公(きみ)こゝにありと思へるか 一六―一八
獸よ、たち去れ、彼は汝の姉妹(いも)の教へをうけて來れるならず、汝等の罰をみんとて行くなり 一九―二一
撲たれて既に死に臨むにおよびて絆(きづな)はなれし牡牛の歩む能はずしてかなたこなたに跳(は)ぬることあり 二二―二四
我もミノタウロのしかするを見き、彼機(とき)をみてよばゝりていふ、走りて路を得よ、彼狂ふ間(ま)にくだるぞ善き 二五―二七
かくて我等はくづれおちたる石をわたりてくだれり、石は例(つね)ならぬ重荷を負ひ、わが足の下に動くこと屡※(二の字点、1-2-22)なりき 二八―三〇
我は物思ひつゝゆけり、彼曰ひけるは、恐らくは汝はわがしづめし獸の怒りに護らるゝこの崩壞(くづれ)のことを思ふならん 三一―三三
汝今知るべし、さきに我この低き地獄に下れる時はこの岩いまだ落ちざりき 三四―三六
されどわが量るところ違はずば、ディーテに課して第一の獄(ひとや)に大いなる獲物(えもの)をえし者の來れる時より少しく前の事なりき 三七―三九
深き汚(けがれ)の溪四方に震ひ、我は即ち宇宙愛に感ぜりとおもへり(或人信ずらく 四〇―
世はこれあるによりて屡※(二の字点、1-2-22)と渾沌に變れりと)、此時この古き岩こゝにもほかのところにもかく壞(くづ)れしなりき ―四五
されど目を下に注げ、血の河近ければなり、すべて暴(あらび)によりて人を害(そこな)ふものこの中に煮らる 四六―四八
あゝ惡き狂へる盲(めしひ)の慾よ、苟且(かりそめ)の世にかく我等を唆(そゝの)かし、後かぎりなき世にかく幸(さち)なく我等を漬(ひた)すとは 四九―五一
われ見しに導者の我に告げし如く、彎曲して弓を成し全く野を抱くに似たる一の廣き濠ありき 五二―五四
岸の裾と是との間にはあまたのチェンタウロ矢を持ち列をくみて駛せゐたり、そのさま恰も世にすみて狩にいでし時の如し 五五―五七
我等の下(くだ)るを見てみなとゞまりぬ、群のうちよりみたりの者まづ弓矢をえらびこれをもてすゝめり 五八―六〇
そのひとり遙かに叫びていひけるは、汝等崖(がけ)を下る者いかなる苛責をうけんとて來れるや、その處にて之をいへ、さらずば弓彎(ひ)かむ 六一―六三
わが師曰ひけるは、我等近づきそこにてキロンに答ふべし、汝は心常にかく燥(はや)るによりて禍ひをえき 六四―六六
かくてわが身に觸れていひけるは、彼はネッソとて美しきデイアーニラのために死し、自ら怨みを報いしものなり 六七―六九
眞中(まなか)におのが胸をみるはアキルレをはぐゝめる大いなるキロン、いまひとりは怒り滿ち/\しフォーロなり 七〇―七二
彼等千々(ちゞ)相集まりて濠をめぐりゆき、罪の定むる處を越えて血より出づる魂あればこれを射るを習ひとす 七三―七五
我等は此等の疾(と)き獸に近づけり、キロン矢を取り、※(はず) にて鬚を腮(あぎと)によせて 七六―七八
大いなる口を露はし、侶(とも)に曰ひけるは、汝等見たりや、かの後(あと)なる者觸るればすなはち物の動くを 七九―八一
死者の足にはかゝることなし、わが善き導者この時既に二の象(かたち)結び合へる彼の胸ちかくたち 八二―八四
答へて曰ひけるは、誠に彼は生く、しかもかく獨りなるにより、我彼にこの暗闇の溪をみせしむ、彼を導く者は必須なり娯樂にあらず 八五―八七
ひとりのものアレルヤの歌をはなれてこの新しき任務(つとめ)を我に委ねしなり、彼盜人にあらず、我また盜人の魂にあらず 八八―九〇
さればかく荒れし路を傳ひて我に歩みを進ましむる權威(ちから)によりこゝに我汝に請ふ、群のひとりを我等にえさせよ、我等その傍(かたへ)にしたがひ 九一―九三
彼は我等に渉るべき處ををしへ、また空ゆく靈にあらねばこの者をその背に負ふべし 九四―九六
キロン右にむかひネッソにいひけるは、歸りてかく彼等を導け、もしほかの群(むれ)にあはゞそれに路を避けしめよ 九七―九九
我等は煮らるゝものゝ高く叫べる紅の煮の岸に沿ひ、このたのもしき先達(しるべ)と共に進めり 一〇〇―一〇二
我は眉まで沈める民を見き、大いなるチェンタウロいふ、彼等は妄りに血を流し産を掠めし暴君なり 一〇三―一〇五
こゝに彼等その非情の罪業を悼(いた)む、こゝにアレッサンドロあり、またシチーリアに患(うれへ)の年を重ねしめし猛きディオニシオあり 一〇六―一〇八
かの黒き髮ある額はアッツォリーノなり、またかの黄金(こがね)の髮あるはげに上の世にその繼子(まゝこ)に殺されし 一〇九―
オピッツオ・ダ・エスティなり、この時われ詩人の方(かた)にむかへるに、彼曰ひけるは、この者今は汝のために第一となり我は第二となるべし ―一一四
なほ少しく進みて後チェンタウロは煮ゆる血汐の外に喉まで出せる如くなりし一の民のあたりに止まり 一一五―一一七
片側なるたゞ一の魂を我等に示していひけるは、彼はターミーチにいまなほ崇(あがめ)をうくる心臟(こゝろ)を神の懷(ふところ)に割きしものなり 一一八―一二〇
やがて我は河の上に頭(かうべ)を出し、また胸をこと/″\く出せる民を見き、またその中にはわが知れる者多かりき 一二一―一二三
斯くこの血次第に淺くなりゆきて、遂にはたゞ足を燒くのみ、我等の濠を渉るところはすなはちこゝなりき 一二四―一二六
チェンタウロいふ、こなたにては煮ゆる血汐のたえず減(へ)ること汝見る如し、またこれに應じ 一二七―一二九
かなたにては暴虐(しひたげ)の呻吟(うめ)く處と再び合ふにいたるまで水底(みなそこ)次第に深くなりまさるを汝信ずべし 一三〇―一三二
神の義こゝに地の笞(しもと)なりしアッティラとピルロ、セストを刺し、また大路(おほぢ)をいたくさわがしし 一三三―
リニエール・ダ・コルネート、リニエール・パッツオを煮、その涙をしぼりて永遠(とこしへ)にいたる ―一三八
かくいひて身をめぐらし、再びこの淺瀬を渉れり 一三九―一四一


   第十三曲

ネッソ未だかなたに着かざるに我等は道の跡もなき一の森をわけて進めり 一―三
木の葉は色黯(くろず)みて緑なるなく、枝は節だちくねりて直く滑かなるなく、毒をふくむ刺(とげ)ありて實なし 四―六
チェチーナとコルネートの間なる耕せる處を嫌ふ猛き獸の栖(すみか)にもかくあらびかくしげれる※薈(しげみ) はあらじ 七―九
穢(きたな)きアルピーエこゝにその巣を作れり、こは末凶なりとの悲報をもてトロイア人(びと)をストロファーデより追へるものなり 一〇―一二
その翼はひろく頸と顏とは人にして足に爪、大いなる腹に羽あり、彼等奇(く)しき樹の上にて歎けり 一三―一五
善き師我にいひけるは、遠くゆかざるさきに知るべし、汝は第二の圓にあるなり 一六―
また恐ろしき砂にいたるまでこの圓にあらん、この故によく目をとめよ、さらばわが言(ことば)より信を奪ふべきものをみん ―二一
われ四方に叫喚を聞けども、これを上ぐる人を見ざれば、いたく惑ひて止まれり 二二―二四
思ふにかく多くの聲はかの幹の間我等のために身をかくせし民よりいでぬと我思へりと彼思へるなるべし 二五―二七
師乃ち曰ふ、汝この樹の一より小枝を手折らば、汝のいだく思ひはすべて斷たるべし 二八―三〇
この時われ手を少しく前にのべてとある大いなる荊棘(いばら)より一の小枝を採りたるに、その幹叫びて何ぞ我を折るやといふ 三一―三三
かくて血に黯(くろず)むにおよびてまた叫びていひけるは、何ぞ我を裂くや、憐みの心些(すこし)も汝にあらざるか 三四―三六
いま木と變れども我等は人なりき、またたとひ蛇の魂なりきとも汝の手にいま少しの慈悲はあるべきを 三七―三九
たとへば生木(なまき)の一端(かたはし)燃え、一端よりは雫(しづく)おち風聲を成してにげさるごとく 四〇―四二
詞と血と共に折れたる枝より出でにき、されば我は尖(さき)を落して恐るゝ人の如くに立てり 四三―四五
わが聖(ひじり)答へて曰ひけるは、しひたげられし魂よ、彼若しわが詩の中にのみ見しことを始めより信じえたりしならんには 四六―四八
汝にむかひて手を伸ぶることなかりしなるべし、たゞ事信じ難きによりて我彼にすすめてこの行あらしむ、わが心これが爲に苦し 四九―五一
されど汝の誰なりしやを彼に告げよ、さらば彼汝の名を上の世に(彼かしこに歸るを許さる)新にし、これを贖(あがなひ)のよすがとなさん 五二―五四
幹、かゝる麗しき言(ことば)にさそはれ、われ口を噤み難し、願はくは心ひかるゝまゝにわが少しく語らん事の汝に累となるなからんことを 五五―五七
我はフェデリーゴの心の鑰(かぎ)を二ながら持てる者なりき、我これをめぐらして或ひは閉ぢ或ひは開きその術(わざ)巧みなりければ 五八―六〇
殆ど何人と雖も彼の祕密に係(たづさ)はるをえざりき、わがこの榮(はえ)ある職(つとめ)に忠なりし事いかばかりぞや、我之がために睡りをも脈をも失へり 六一―六三
阿諛(おもねり)の眼(まなこ)をチェーザレの家より放ちしことなく、おしなべての死、宮の罪惡なる遊女(あそびめ)は 六四―六六
すべての心を燃やして我に背かしめ、燃えし心はアウグストの心を燃やし、喜びの譽悲しみの歎きとかはりぬ 六七―六九
わが精神(たましひ)は怒りに驅られ、死によりて誹りを免かれんことを思ひ、正しからざることを正しきわが身に行へり 七〇―七二
この樹の奇(く)しき根によりて誓ひて曰はん、我はいまだかく譽をうるにふさはしかりしわが主の信に背けることなしと 七三―七五
汝等のうち若し世に歸る者あらば、嫉みに打たれていまなほ地に伏すわが記憶を慰めよ 七六―七八
待つこと須臾(しばらく)にして詩人我に曰ひけるは、彼默(もだ)すために時を失ふことなく、なほ問ふことあらばいひて彼に問へ 七九―八一
我乃ち彼に、汝我心に適ふべしと思ふ事をば請ふわがために彼に問へ、憐み胸にせまりて我しかするあたはざればなり 八二―八四
此故に彼又曰ひけるは、獄裏の魂よ、願はくは此人ねんごろに汝のために汝の言(ことば)の乞求むるものをなさんことを、請ふ更に 八五―八七
我等に告げて魂此等の節(ふし)の中に繋がるゝに至る状(さま)をいへ、又若しかなはゞそのかゝる體(からだ)より解放たるゝ事ありや否やをもいへ 八八―九〇
この時幹はげしく氣を吐けり、この風(かぜ)聲に變りていふ、約(つゞま)やかに汝等に答へん 九一―九三
殘忍なる魂己を身よりひき放ちて去ることあればミノスこれを第七の口におくり 九四―九六
このもの林の中に落つ、されど定まれる處なく、たゞ命運の投入るゝ處にいたりて芽(めざ)すこと一粒の麥の如く 九七―九九
若枝(わかえ)となり後野生の木となる、アルピーエその葉を食みてこれに痛みを與へまた痛みに窓を與ふ、我等はほかの者と等しく 一〇〇―
我等の衣の爲めに行くべし、されど再びこれを着る者あるによるに非ず、そは人自ら棄てし物をうくるは正しき事に非ざればなり ―一〇五
我等これをこゝに曳き來らむ、かくて我等の體(からだ)はこの憂き林、いづれも己を虐げし魂の荊棘(いばら)の上に懸けらるべし 一〇六―一〇八
幹のなほ我等にいふことあらんを思ひて我等心をとめゐたるに、この時さわがしき物音起り、我等の驚かされしこと 一〇九―一一一
さながら野猪(しゝ)と獵犬と己が立處(たちど)にむかふをさとり、獸と枝との高き響きを聞くものの如くなりき 一一二―一一四
見よ、左に裸なる掻き裂かれたるふたりの者あり、あらゆる森のしげみをおしわけ、逃げわしることいとはやし 一一五―一一七
さきの者、いざ疾(と)く、死よ、疾くと叫ぶに、ほかのひとりは己がおそくして及ばざるをおもひ、ラーノ、トッポの試藝(しあひ)に 一一八―
汝の脛(はぎ)はかく輕くはあらざりしをとさけび、呼吸(いき)のせまれる故にやありけむ、その身をとある柴木と一團(ひとつ)になしぬ ―一二三
後(うしろ)の方(かた)には飽くことなく、走ること鏈(くさり)を離れし獵犬にひとしき黒き牝犬林に滿ち 一二四―一二六
かの潛める者に齒をくだしてこれを刻み、後そのいたましき身を持ち行けり 一二七―一二九
この時導者わが手をとりて我をかの柴木のほとりにつれゆけるに、血汐滴たる折際(をれめ)より空しく歎きていひけるは 一三〇―
あゝジャーコモ・ダ・サント・アンドレーアよ、我を防禦(ふせぎ)となして汝に何の益かありし、汝罪の世を送れりとて我身に何の咎あらんや ―一三五
師その傍(かたへ)にとゞまりていひけるは、かく多くの折際(をりめ)より血と共に憂ひの詞をはく汝は誰なりしや 一三六―一三八
彼我等に、あゝこゝに來りてわが小枝を我よりとりはなてる恥づべき虐(しひたげ)をみし魂等よ 一三九―一四一
それらを幸(さち)なき柴木のもとにあつめよ、我は最初(はじめ)の守護(まもり)の神をバーティスタに變へし邑(まち)の者なりき、かれこれがために 一四二―一四四
その術(わざ)をもて常にこの邑を憂へしむ、もしその名殘のいまなほアルノの渡りにとゞまるあらずば 一四五―一四七
アッティラが殘せる灰の上に再びこの邑(まち)を建てたる邑人(まちびと)の勞苦は空しかりしなるべし 一四八―一五〇
我はわが家(や)をわが絞臺(しめだい)としき 一五一―一五三


   第十四曲

郷土の愛にはげまされ、落ちちらばりし小枝を集めて既に聲なきかの者にかへせり 一―三
さてこゝよりすゝみて第二と第三の圓のわかるゝところなる境にいたればこゝに恐るべき正義の業(わざ)みゆ 四―六
めなれぬものをさだかに知らしめんためさらにいはんに、我等は一草一木をも床(ゆか)に容れざる一の廣野につけり 七―九
憂ひの林これをめぐりて環飾(わかざり)となり、さながら悲しみの濠の林に於ける如くなりき、こゝに我等縁(ふち)いと近き處に足をとゞめぬ 一〇―一二
地は乾ける深き砂にてその状(さま)そのかみカートンの足踏めるものと異なるなかりき 一三―一五
あゝ神の復讎よ、わがまのあたり見しことを讀むなべての人の汝を恐るゝこといかばかりなるべき 一六―一八
我は裸なる魂の多くの群(むれ)を見たり、彼等みないと幸(さち)なきさまにて泣きぬ、またその中に行はるゝ掟(おきて)一樣ならざるに似たりき 一九―二一
仰(あふの)きて地に臥せる民あり、全(また)く身を縮めて坐せるあり、またたえず歩めるありき 二二―二四
めぐりゆくものその數(かず)いと多し、また臥して苛責をうくるものはその數いと少なきもその舌歎きによりて却つて寛(ゆる)かりき 二五―二七
砂といふ砂の上には延びたる火片(ひのひら)しづかに降りて、風なき峻嶺(たかね)の雪の如し 二八―三〇
昔アレッサンドロ、インドの熱き處にて焔その士卒の上に落ち地にいたるも消えざるをみ 三一―三三
火はその孤なるにあたりて消し易かりしが故に部下に地を踏ましめしことありき 三四―三六
かくの如く苦患(なやみ)を増さんとて永遠(とこしへ)の熱おちくだり、砂の燃ゆることあたかも火打鎌の下なる火口(ほくち)にひとしく 三七―三九
忽ちかなたに忽ちこなたに新(あらた)なる焔をはらふ幸(さち)なき雙手(もろて)の亂舞(トレスカ)にはしばしの休みもあることなかりき 四〇―四二
我曰ふ、門の入口にて我等にたちむかへる頑(かたくな)なる鬼のほか物として勝たざるはなき汝わが師よ 四三―四五
火をも心にとめざるさまなるかの大いなる者は誰なりや、嘲りを帶び顏をゆがめて臥し、雨もこれを熟(う)ましめじと見ゆ 四六―四八
われ彼の事をわが導者に問へるをしりて彼叫びていひけるは、死せる我生ける我にかはらじ 四九―五一
たとひジョーヴェ終りの日にわが撃たれたる鋭き電光(いなづま)を怒れる彼にとらせし鍛工(かぢ)を疲らせ 五二―五四
またはフレーグラの戰ひの時の如くに、善きヴルカーノよ、助けよ、助けよとよばはりつゝモンジベルロなる黒き鍛工場(かぢば)に 五五―
殘りの鍛工等をかはる/″\疲らせ、死力を盡して我を射るとも、心ゆくべき復讎はとげがたし ―六〇
この時わが導者聲を勵まして(かく高らかに物言へるを我未だ聞きしことなかりき)いひけるは、カパーネオよ、汝の罰のいよ/\重きは汝の慢心の盡きざるにあり、汝の劇しき怒りのほかはいかなる苛責の苦しみも汝の怒りにふさはしき痛みにあらじ 六一―六六
かくいひて顏を和らげ、我にむかひていひけるは、こはテーベを圍める七王の一(ひとり)にて神を侮れる者なりき 六七―
いまも神を侮りて崇(あが)むることなしとみゆ、されどわが彼にいへる如く彼の嘲りはいとにつかしきその胸の飾なり ―七二
いざ我に從へ、またこの後愼みて足を熱砂に觸れしむることなく、たえず森に沿ひて歩むべし 七三―七五
我等また語らず、さゝやかなる一の小川の林の中より迸る處にいたれり、その赤きこといまもわが身を震へしむ 七六―七八
さながらブリカーメより細き流れ(罪ある女等ほどへてこれをわけもちふ)の出づる如く、この川砂を貫いて下り 七九―八一
その水底(みなそこ)、傾ける兩岸、縁(ふち)はみな石と成れり、此故に我こゝに行手の路あるを知りき 八二―八四
閾を人のこゆるに任(まか)す門より内に入りしこのかた、凡てわが汝に示せるものゝうちすべての焔をその上に消すこの流れの如くいちじるしきは汝の目未だ見ず 八五―八七
これわが導者の言なりき、我乃ち彼に請ひ、慾を我に惜しまざりし彼の、食をも惜しむなからんことを求めぬ 九一―九三
この時彼曰ふ、海の正中(たゞなか)に荒れたる國あり、クレータと名づく、こゝの王の治世の下(もと)、世はそのかみ清かりき 九四―九六
かしこにそのかみ水と木葉(このは)の幸(さち)ありし山あり、イーダと呼ばる、今は荒廢(あれすた)れていと舊(ふ)りたるものゝごとし 九七―九九
そのかみレーアこれをえらびてその子の恃(たのみ)の搖籃となし、その泣く時特に善くかくさんためかしこに叫びあらしめき 一〇〇―一〇二
この山の中には一人(ひとり)の老巨人の直立するあり、背をダーミアータにむけ、ローマを見ること己が鏡にむかふに似たり 一〇三―一〇五
その頭は純金より成り、腕と胸とは純銀なり、そこより跨(また)にいたるまでは銅 一〇六―一〇八
またその下はすべて精鐡なれどもたゞ右足のみは燒土にてしかも彼の直く立つ却つて多くこれによれり 一〇九―一一一
黄金(こがね)の外はいづこにも罅(さけめ)生じて涙したゝり、あつまりてかの窟(いはや)を穿ち 一一二―一一四
岩また岩を傳はりてこの溪に入り、アケロンテ、スティージェ、フレジェトンタとなり、その後この狹き溝によりて落ち 一一五―一一七
またくだるあたはざる處にいたりてそこにコチートと成る、この池の何なるやは汝見るべし、この故にこゝに語らず 一一八―一二〇
我彼に、若しこの細流かくわが世より出でなば何故にこの縁(へり)にのみあらはるゝや 一二一―一二三
彼我に、汝此處のまろきを知る、汝の來る遠しといへども常に左に向ひて底にくだるが故に 一二四―一二六
未だあまねく獄をめぐらず、されば新しきもの我等にあらはるとも何ぞあやしみを汝の顏に見するに足らむ 一二七―一二九
我また、師よ、フレジェトンタとレーテはいづこにありや、汝默(もだ)してその一のことをいはず、また一は此雨より成るといへり 一三〇―一三二
彼答へて曰ひけるは、汝問ふところの事みなよくわが心に適ふ、されど、煮ゆる紅(くれなゐ)の水はよく汝の問の一に答へん 一三三―一三五
レーテは汝見るをうべし、されどこの濠(ほり)の外(そと)、罪悔によりて除かれし時魂等己を洗はんとて行く處にあり 一三六―一三八
又曰ひけるは、いまは森を離るべき時なり、汝我に從へ、燃えざる縁(ふち)路を造り 一三九―一四一
一切の炎その上に消ゆ 一四二―一四四


   第十五曲

堅き縁(ふち)の一は今我等を負(お)ひゆけり、小川の烟はおほひかゝりて水と堤とを火より救へり 一―三
グイッツァンテとブルッジアの間なるフィアンドラ人(びと)こなたに寄せくる潮(うしほ)を恐れ海を走らしめんため水際(みぎは)をかため 四―六
またはブレンタの邊(ほとり)なるパードヴァ人キアレンターナの熱に觸れざる間にその邑(まち)その城を護らんためまたしかするごとく 七―九
この堤は築かれき、たゞ築けるもの(誰にてもあれ)之をかく高くかく厚くなさゞりしのみ 一〇―一二
我等既に林を離るゝこと遠くわれ後(うしろ)を顧みれどもそのいづこにあるやを見るをえざりしころ 一三―一五
我等は堤に沿ひて來れる一群(ひとむれ)の魂にいであへり、さながら夕間暮れ新月(にひづき)のもとに人の人を見る如く 一六―
彼等みな我等を見、また老いたる縫物師(ぬひものし)の針眼(はりのめ)にむかふごとく目を鋭くして我等にむかへり ―二一
かゝる族(やから)にかくうちまもられ我はそのひとりにさとられき、彼わが裾をとらへ叫びて何等の不思議ぞといふ 二二―二四
彼その腕(かひな)を我にむかひてのべし時、われ目を燒けし姿にとむるに、顏のたゞれもなほわが智(さとり)を妨げて 二五―
彼を忘れしむるにはたらざりき、われわが顏を彼の顏のあたりに低れて、セル・ブルネットよ、こゝにゐ給ふやと答ふ ―三〇
彼、わが子よ、ねがはくはブルネット・ラティーニしばらく汝と共にあとにかへりてこの群(むれ)をさきに行かしめん 三一―三三
我彼にいふ、これわが最も希ふところなり、汝またわが汝と共に坐(すわ)らん事を願ひその事彼の心に適はゞしかすべし、我彼と共に行けばなり 三四―三六
彼曰ふ、あゝ子よ、この群の中縱(たと)ひ束の間なりとも止まる者あればその者そののち身を横たゆる百年(もゝとせ)に及び火これを撃つとも扇ぐによしなし 三七―三九
されば行け、我は汝の衣につきてゆき、永劫の罰を歎きつゝゆくわが伴侶(なかま)にほどへて再び加はるべし 四〇―四二
我は路をくだり彼とならびてゆくを得ず、たゞうや/\しく歩む人の如くたえずわが頭(かうべ)を低れぬ 四三―四五
彼曰ふ、終焉(をはり)の日未だ至らざるに汝をこゝに導くは何の運何の定(ぢやう)ぞや、また道を教ふるこの者は誰ぞや 四六―四八
我答へて彼に曰ふ、明(あか)き上の世に、わが齡未だ滿たざるに、我一の溪の中に迷へり 四九―五一
わが背(そびら)を之にむけしはたゞ昨日(きのふ)の朝の事なり、この者かしこに戻らんとする我にあらはれ、かくてこの路により我を導いて我家(わがや)に歸らしむ 五二―五四
彼我に、美しき世にてわが量れること違はずば汝おのが星に從はんに榮光の湊を失ふあたはず 五五―五七
またわが死かく早からざりせば天かく汝に福(さいはひ)するをみて我は汝の爲すところをはげませしなるべし 五八―六〇
されど古(いにしへ)、フィエソレを下りいまなほ山と岩とを含める恩を忘れしさがなき人々 六一―六三
汝の善き行ひの爲に却つて汝の仇とならむ、是亦宜なり、そは酸きソルボに混(まじ)りて甘き無花果の實を結ぶは適(ふさ)はしき事に非ざればなり 六四―六六
彼等は世の古き名によりて盲(めしひ)と呼ばる、貪り嫉み傲(たかぶり)の民なり、汝自ら清くしてその習俗(ならひ)に染むなかれ 六七―六九
汝の命運大いなる譽を汝のために備ふるにより彼黨此黨いづれも飢ゑて汝を求めむ、されど草は山羊より遠かるべし 七〇―七二
フィエソレの獸等に己をその敷藁(しきわら)となさせ、若し草木のなほその糞(ふん)の中より出づるあらばこれに觸れしむるなかれ 七三―七五
この處かく大いなる邪惡の巣となりし時こゝに殘れるローマ人(びと)の聖き裔(すゑ)これによりて再び生くべし 七六―七八
我答へて彼に曰ふ、若しわが願ひ凡て成るをえたらんには汝は未だ人の象(かたち)より逐はるゝことなかりしものを 七九―八一
そは世にありて我にしば/\人不朽に入るの道を教へたまひし當時の慕はしき善きあたゝかきおも影はわが記憶を離るゝことなく 八二―
今わが胸にせまればなり、われこの教へを徳とするいかばかりぞや、こは生ある間わが語ることによりてあきらかなるべし ―八七
わが行末に關(かゝ)はりて汝の我に告ぐる所は我之を録(しる)し他(ほか)の文字と共に殘し置くべし、かくして淑女のわがそのもとにいたるに及びて 八八―
知りて義を示すを待たん、願はくは汝この一事を知るべし、曰く、わが心だに我を責めずば、我はいかなる命運をも恐れじ ―九三
かゝる契約はわが耳に新しき事に非ざるなり、この故に命運は己が好むがまゝに其輪を轉らし農夫は鋤をめぐらすべし 九四―九六
この時我師右の方(かた)より後(うしろ)にむかひ我を見て、善く聽く者心をとむといふ 九七―九九
かゝる間も我はたえずセル・ブルネットとかたりてすゝみ、その同囚(なかま)の中いと秀でいと貴き者の誰なるやを問へり 一〇〇―一〇二
彼我に、知りて善き者あり、されど他(ほか)はいはざるを善しとす、これ言(ことば)多くして時足らざればなり 一〇三―一〇五
たゞ知るべし、彼等は皆僧と大いなる名ある大いなる學者の同じ一の罪によりて世に穢れし者なりき 一〇六―一〇八
プリシアンかの幸なき群にまじりて歩めり、フランチェスコ・ダッコルソ亦然り、また汝深き願ひをかゝる瘡(かさ)によせしならんには 一〇九―一一一
僕(しもべ)の僕によりてアルノよりバッキリオーネに遷され、惡の爲に竭せる身をかしこに殘せる者を見たりしなるべし 一一二―一一四
その外なほ擧ぐべき者あれど行くも語るもこの上にはいで難し、かしこに砂原より立登る新しき烟みゆ 一一五―一一七
こはわが共にあることをえざる民來れるなり、我わがテゾーロによりて生く、ねがはくは之を汝に薦めん、また他を請はず 一一八―一二〇
かくいひて身をめぐらし、あたかも緑の衣をえんとてヴェロナの廣野(ひろの)を走るものゝ如く、またその中にても 一二一―一二三
負くる者ならで勝つ者の如くみえたりき 一二四―一二六


   第十六曲

我は既に次の獄(ひとや)に落つる水の響きあたかも蜂※(「穴/果」、第3水準1-89-51)(はちのす)の鳴る如く聞ゆるところにいたれるに 一―三
この時三(みつ)の魂ありてはしりつゝ、はげしき苛責の雨にうたれて過ぎゆく群を齊しくはなれ 四―六
我等の方にむかひて來り、各※(二の字点、1-2-22)叫びていひけるは、止まれ、衣によりてはかるに汝は我等の邪(よこしま)なる邑(まち)の者なるべし 七―九
あはれ彼等の身にみゆるは何等の傷ぞや、みな焔に燒かれしものにて新しきあり、古きあり、そのさま出づればいまなほ苦し 一〇―一二
我師彼等のよばゝる聲に心をとめ顏をわが方にむけていひけるは、待て、彼等は人の敬ひをうくべきものなり 一三―一五
さればもし處の性(さが)の火を射るなくば我は急(いそぎ)は彼等よりもかへつて汝にふさはしといふべし 一六―一八
我等止まれるに彼等は再び古歌をうたひ、斯くて我等に近づける時三者(みたり)あひ寄りて一の輪をつくれり 一九―二一
裸なる身に膏(あぶら)うちぬり將に互に攻め撲たんとしてまづおさゆべき機會(すき)をうかゞふ勇士の如く 二二―二四
彼等もまためぐりつゝ各※(二の字点、1-2-22)目を我にそゝぎ、頸はたえず足と異なる方にむかひて動けり 二五―二七
そのひとりいふ、この軟かき處の幸なさ、黯(くろず)み爛れし我等の姿、たとひ我等と我等の請ひとに侮りを招く事はありとも 二八―三〇
願はくは我等の名汝の意(こゝろ)を枉げ、生くる足にてかく安らかに地獄を擦(す)りゆく汝の誰なるやを我等に告げしめんことを 三一―三三
見らるゝ如く足跡を我に踏ましむるこのひとりは裸にて毛なしといへども汝の思ふよりは尚際(きは)貴(たか)き者なりき 三四―三六
こは善きグアルドラーダの孫にて名をグイード・グエルラといひ、その世にあるや智と劒をもて多くの事をなしたりき 三七―三九
わが後(うしろ)に砂を踏みくだく者はその名上の世に稱(たゝ)へらるべきテッギアイオ・アルドブランディなり 四〇―四二
また彼等と共に十字架にかゝれる我はヤーコポ・ルスティクッチといへり、げに萬(よろづ)の物にまさりてわが猛き妻我に禍す 四三―四五
我若し火を避くるをえたりしならんには身を彼等の中に投げ入れしなるべく思ふに師もこれを許せるなるべし 四六―四八
されど焦され燒かるべき身なりしをもて、彼等を抱かんことを切(せち)に我に求めしめしわが善き願ひは恐れに負けたり 四九―五一
かくて我曰ひけるは、汝等の状態(さま)はわが衷(うら)に侮りにあらで大いなる俄に消え盡し難き憂ひを宿せり 五二―五四
こはこれなる我主の言(ことば)によりてわが汝等の如き民來るをしりしその時にはじまる 五五―五七
我は汝等の邑(まち)の者なり、常に心をとめて汝等の行(おこなひ)と美名(よきな)をかたり且つきけり 五八―六〇
我は膽(ゐ)を棄て眞(まこと)の導者の我に約束したまへる甘き實をえんとてゆくなり、されどまづ中心(たゞなか)までくだらではかなはじ 六一―六三
この時彼答ふらく、ねがはくは魂ながく汝の身をみちびき汝の名汝の後に輝かんことを 六四―六六
請ふ告げよ、文と武とは昔の如く我等の邑(まち)にとゞまるや、または廢れて跡なきや 六七―六九
そはグイリエールモ・ボルシエーレとて我等と共に苦しむ日淺くいまかなたに侶とゆく者その言(ことば)によりていたく我等を憂へしむ 七〇―七二
新(あらた)なる民不意(おもはざる)の富は、フィオレンツァよ、自負と放逸を汝のうちに生み、汝は既に是に依りて泣くなり 七三―七五
われ顏を擧げて斯くよばゝれるに、かの三者(みたり)これをわが答と知りて互に面(おもて)を見あはせぬ、そのさま眞(まこと)を聞きて人のあひ見る如くなりき 七六―七八
皆答へて曰ひけるは、かく卑しき價をもていづれの日にかまた人の心をたらはすをえば、かく心のまゝに物言ふ汝は福(さいはひ)なるかな 七九―八一
此故に汝これらの暗き處を脱れ、再び美しき星を見んとて歸り、我かしこにありきと喜びていふをうる時 八二―八四
ねがはくは我等の事を人々に傳へよ、かくいひてのち輪をくづしてはせゆきぬ、その足疾(と)きこと翼に似たりき 八五―八七
彼等は忽ち見えずなりにき、アーメンもかくはやくは唱へえざりしなるべし、されば師もまた去るをよしと見たまへり 八八―九〇
我彼に從ひて少しく進みゆきたるに、この時水音いと近く、たとひ我等語るとも聲聞ゆべくはあらざりき 九一―九三
モンテ・ヴェーゾの東にあたりアペンニノの左の裾より始めて己の路をわしり 九四―九六
その高處にありて未だ低地にくだらざる間アクアケータと呼ばれ、フォルリにいたればこの名を空しうする川の 九七―九九
たゞ一落(ひとおち)に落下りて千を容るべきサン・ベネデット・デル・アルペの上に轟く如く 一〇〇―一〇二
かの紅の水はほどなく耳をいたむるばかりに鳴渡りつゝ一の嶮しき岸をくだれり 一〇三―一〇五
我は身に一筋の紐を卷きゐたり、嘗てこれをもて皮に色ある豹をとらへんと思ひしことありき 一〇六―一〇八
われ導者の命に從ひてこと/″\くこれを解き、結び束(たば)ねて彼にわたせり 一〇九―一一一
彼乃ち右にむかひ、少しく縁(ふち)より離してこれをかの深き溪間に投入れぬ 一一二―一一四
我謂へらく、師斯く目を添へたまふ世の常ならぬ相圖には、應ふるものもまた必ず世の常ならぬものならむと 一一五―一一七
あゝたゞ行ひを見るのみならで、その智よく衷(うち)なる思ひをみる者と共にある人心を用ふべきこといかばかりぞや 一一八―一二〇
彼我に曰ふ、わが待つものたゞちに上(のぼ)り來るべし、汝心に夢みるものたゞちに汝にあらはるべし 一二一―一二三
夫れ僞(いつはり)の顏ある眞(まこと)については人つとめて口を噤むを善しとす、これ己に咎なくしてしかも恥を招けばなり 一二四―一二六
されど我今默し難し、讀者よ、この喜劇(コメディア)の詞によりて(願はくは世の覺(おぼえ)ながく盡きざれ)誓ひていはむ 一二七―一二九
我は濃き暗き空氣の中にいかなる堅き心にもあやしとなすべき一の象(かたち)の泳ぎつゝ浮び來るを見たり 一三〇―一三二
そのさまたとへば岩または海にかくるゝほかの物よりこれを攫める錨を拔かんとをりふしくだりゆく人の 一三三―一三五
身を上にひらき足は窄(すぼ)めて歸る如くなりきと 一三六―一三八


   第十七曲

尖れる尾をもち山を越え垣と武器(うちもの)を毀つ獸を見よ、全世界を穢すものを見よ 一―三
わが導者かく我にいひ、さて彼に示して踏來れる石の端(はし)近く岸につかしむ 四―六
この時汚(きたな)き欺罔(たばかり)の像(かたち)浮び上りて頭と體(からだ)を地にもたせたり、されど尾を岸に曳くことなかりき 七―九
その顏は義しき人の顏にて一重の皮に仁慈(いつくしみ)をみせ、身はすべて蛇なりき 一〇―一二
二の足には毛ありて腋下に及び、背胸(せむね)また左右の脇には蹄係(わな)と小楯と畫かれぬ 一三―一五
タルターロ人(びと)またはトルコ人の作れる布(きぬ)の浮織(うきおり)の裏文表文(うらあやおてあや)にだにかく多くの色あるはなく、アラーニエの機(はた)にだに 一六―
かゝる織物かけられしことなし、たとへばをりふし岸の小舟の半(なかば)水に半陸(くが)にある如く、または食飮(くひのみ)しげきドイツ人(びと)のあたりに
海狸戰ひを求めて身を構ふる如く、いとあしきこの獸は砂を圍める石の縁(ふち)にとゞまりぬ ―二四
蠍(さそり)の如く尖(さき)を固めし有毒(うどく)の叉(また)を卷き上げて尾はこと/″\く虚空に震へり 二五―二七
導者曰ふ、いざすこしく路を折れてかしこに伏せるあしき獸にいたらむ 二八―三〇
我等すなはち右にくだり、砂と炎を善く避けんため端(はし)をゆくこと十歩にしてやがて 三一―三三
かしこにいたれる時、我はすこしくさきにあたりて空處に近く砂上に坐せる民を見き 三四―三六
師こゝに我にいひけるは、汝この圓の知識をのこりなく携ふるをえんためゆきて彼等の状態(ありさま)をみよ 三七―三九
彼等とながくものいふなかれ、我はこれと汝の歸る時までかたりてその強き肩を我等に貸さしむべし 四〇―四二
斯くて我はたゞひとりさらに第七の獄(ひとや)の極端(いやはし)をあゆみて悲しみの民坐したるところにいたれり 四三―四五
彼等の憂ひは目より湧き出づ、彼等は手をもてかなたにこなたに或ひは火氣或ひは焦土を拂へり 四六―四八
夏の日、蚤、蠅または虻に刺さるゝ犬の忽ち口忽ち足を用ふるも、そのさまこれと異なることなし 四九―五一
われ目を數ある顏にそゝぎて苦患(なやみ)の火を被むる者をみしもそのひとりだに識れるはなく 五二―
たゞ彼等各※(二の字点、1-2-22)色も徽號(しるし)もとり/″\なる一の嚢(ふくろ)を頸に懸けまたこれによりてその目を養ふに似たるを認めき ―五七
我はうちまもりつゝ彼等のなかをゆき、一の黄なる嚢の上に獅子の面(かほ)と姿態(みぶり)とをあらはせる空色(そらいろ)をみき 五八―六〇
かくてわが目のなほ進みゆきし時、我は血の如く赤き一の嚢の、牛酪よりも白き鵞鳥を示せるをみき 六一―六三
こゝにひとり白き小袋に空色の孕める豚を徽號(しるし)とせる者我にいひけるは、汝この濠(ほり)の中に何を爲すや 六四―六六
いざ去れ、しかして汝猶生くるがゆゑに知るべし、わが隣人(となりびと)ヴィターリアーノこゝにわが左にすわらむ 六七―六九
これらフィレンツェ人(びと)のなかにありて我はパードヴァの者なり、彼等叫びて三の嘴の嚢をもて世にまれなる武夫(ますらを)來れといひ 七〇―
わが耳を擘(つんざ)くこと多し、かく語りて口を歪めあたかも鼻を舐(ねぶ)る牡牛の如くその舌を吐けり ―七五
我はなほ止まりて我にしかするなかれと誡めしものゝ心を損はんことをおそれ、弱れる魂等を離れて歸れり 七六―七八
かくて既に猛き獸の後(しり)に乘りたるわが導者にいたれるに、彼我に曰ひけるは、いざ心を強くしかたくせよ 七九―八一
この後我等かゝる段(きだ)によりてくだる、汝は前に乘るべし、尾の害をなすなからんためわれ間にあるを願へばなり 八二―八四
瘧をわづらふ人、惡寒(さむけ)を覺ゆる時迫れば、爪既に死色を帶び、たゞ日蔭を見るのみにてもその身震ひわなゝくことあり 八五―八七
我この言(ことば)を聞けるときまた斯くの如くなりき、されど彼の戒めは我に恥を知らしめき、善き主の前には僕強きもまたこの類(たぐひ)なるべし 八八―九〇
我はかの太(ふと)く醜(みにく)き肩の上に坐せり、ねがはくは我を抱きたまへといはんと思ひしかどもおもふ如くに聲出でざりき 九一―九三
されど危きに臨みてさきにも我を助けし者、わが乘るや直ちにその腕(かひな)をもて我をかかへ我をさゝへ 九四―
いひけるは、いざゆけジェーリオン、輪を大きくし降りをゆるくせよ、背にめづらしき荷あるをおもへ ―九九
たとへば小舟岸をいでゝあとへ/\とゆくごとく彼もこの處を離れ、己が身全く自由なるをしるにいたりて 一〇〇―一〇二
はじめ胸を置ける處にその尾をめぐらし、これをひらきて動かすこと鰻の如く、また足をもて風をその身にあつめき 一〇三―一〇五
思ふにフェートンがその手綱を棄てし時(天これによりて今も見ゆるごとく焦(こが)れぬ)または幸なきイカーロが 一〇六―
蝋熱をうけし爲め翼腰をはなるゝを覺え、善からぬ路にむかふよと父よばゝれる時の恐れといへども
身は四方大氣につゝまれ萬象消えてたゞかの獸のみあるを見し時のわが恐れにはまさらじ ―一一四
いとゆるやかに泳ぎつゝ彼進み、めぐりまたくだれり、されど顏にあたり下より來る風によらでは我之を知るをえざりき 一一五―一一七
我は既に右にあたりて我等の下に淵の恐るべき響きを成すを聞きしかば、すなはち目を低れて項(うなじ)をのぶるに 一一八―一二〇
火見え歎きの聲きこえ、この斷崖(きりぎし)のさまいよ/\おそろしく、我はわなゝきつゝかたく我身をひきしめき 一二一―一二三
我またこの時四方より近づく多くの大いなる禍ひによりてわがさきに見ざりし降下(くだり)と廻轉(めぐり)とを見たり 一二四―一二六
ながく翼を驅りてしかも呼ばれず鳥も見ず、あゝ汝下るよと鷹匠(たかづかひ)にいはるゝ鷹の 一二七―一二九
さきにいさみて舞ひたてるところに今は疲れて百(もゝ)の輪をゑがいてくだり、その飼主を遠く離れ、あなどりいかりて身をおくごとく 一三〇―一三二
ジェーリオネは我等を削れる岩の下(もと)なる底におき、荷なるふたりをおろしをはれば 一三三―一三五
弦(つる)をはなるゝ矢の如く消えぬ 一三六―一三八


   第十八曲

地獄にマーレボルジェといふところあり、その周圍(まはり)を卷く圈の如くすべて石より成りてその色鐡に似たり 一―三
この魔性の廣野(ひろの)の正中(たゞなか)にはいと大いなるいと深き一の坎(あな)ありて口をひらけり、その構造(なりたち)をばわれその處にいたりていはむ 四―六
されど坎と高き堅き岸の下(もと)との間に殘る處は圓くその底十の溪にわかたる 七―九
これ等の溪はその形たとへば石垣を護らんため城を繞りていと多くの濠ある處のさまに似たり 一〇―一二
またかゝる要害には閾より外濠(そとぼり)の岸にいたるまで多くの小さき橋あるごとく 一三―一五
數ある石橋(いしばし)岩根より出で、堤(つゝみ)と濠をよこぎりて坎にいたれば、坎はこれを斷ちこれを集めぬ 一六―一八
ジェーリオンの背より拂はれし時我等はこの處にありき、詩人左にむかひてゆき我はその後(うしろ)を歩めり 一九―二一
右を見れば新(あらた)なる憂ひ、新なる苛責、新なる撻者(うちて)第一の嚢(ボルジヤ)に滿てり 二二―二四
底には裸なる罪人等ありき、中央(なかば)よりこなたなるは我等にむかひて來り、かなたなるは我等と同じ方向(むき)にゆけどもその足はやし 二五―二七
さながらジュビレーオの年、群集(ぐんじゆ)大いなるによりてローマ人(びと)等民の爲に橋を渡るの手段(てだて)をまうけ 二八―三〇
片側(かたがは)なるはみな顏を城(カステルロ)にむけてサント・ピエートロにゆき、片側なるは山にむかひて行くごとくなりき 三一―三三
黯(くろず)める岩の上には、かなたこなたに角ある鬼の大なる鞭を持つありてあら/\しく彼等を後(うしろ)より打てり 三四―三六
あはれ始めの一撃(ひとうち)にて踵(くびす)を擧げし彼等の姿よ、二撃(ふたうち)三撃(みうち)を待つ者はげにひとりだにあらざりき 三七―三九
さて歩みゆく間、ひとりわが目にとまれるものありき、我はたゞちに我嘗て彼を見しことなきにあらずといひ 四〇―四二
すなはち定かに認(したゝ)めんとて足をとむれば、やさしき導者もともに止まり、わが少しく後(あと)に戻るを肯ひたまへり 四三―四五
この時かの策(むちう)たるゝもの顏を垂れて己を匿さんとせしかども及ばず、我曰ひけるは、目を地に投ぐる者よ 四六―四八
その姿に詐りなくば汝はヴェネディーコ・カッチヤネミーコなり、汝を導いてこの辛(から)きサルセに下せるものは何ぞや 四九―五一
彼我に、語るも本意(ほい)なし、されど明かなる汝の言(ことば)我に昔の世をしのばしめ我を強ふ 五二―五四
我は侯(マルケーゼ)の心に從はしめんとてギソラベルラをいざなひし者なりき(この不徳の物語いかに世に傳へらるとも) 五五―五七
さてまたこゝに歎くボローニア人(びと)は我身のみかは、彼等この處に滿つれば、今サヴェーナとレーノの間に 五八―六〇
シパといひならふ舌もなほその數これに及びがたし、若しこの事の徴(しるし)、證(あかし)をほしと思はゞたゞ慾深き我等の胸を思ひいづべし 六一―六三
かく語れる時一の鬼その鞭をあげてこれを打ちいひけるは、去れ判人(ぜげん)、こゝには騙(たら)すべき女なし 六四―六六
我わが導者にともなへり、かくて數歩にして我等は一の石橋の岸より出でし處にいたり 六七―六九
いとやすく之に上(のぼ)りて破岩をわたり右にむかひ此等の永久(とこしへ)の圈を離れき 七〇―七二
橋下空しくひらけて打たるゝ者に路をえさするところにいたれば、導者曰ひけるは、止まれ 七三―七五
しかしてこなたなる幸なく世に出でし者の面(おもて)を汝にむけしめよ、彼等は我等と方向(むき)を等しうせるをもて汝未だ顏を見ず 七六―七八
我等古き橋より見しに片側(かたがは)を歩みて我等のかたに來れる群ありてまたおなじく鞭に逐はれき 七九―八一
善き師問はざるに我に曰ひけるは、かの大いなる者の來るを見よ、いかに苦しむとも彼は涙を流さじとみゆ 八二―八四
あゝいかなる王者の姿ぞやいまなほ彼に殘れるは、彼はヤーソンとて智と勇とによりてコルコ人(びと)より牡羊を奪へる者なり 八五―八七
レンノの島の膽太(きもふと)き慈悲なき女等すべての男を殺し盡せし事ありし後、彼かしこを過ぎ 八八―九〇
さきに島人を欺きたりし處女(おとめ)イシフィーレを智と甘(あま)きことばをもてあざむき 九一―九三
その孕むにおよびてひとりこれをこゝに棄てたり、この罪彼を責めてこの苦をうけしめ、メデーアの怨みまた報いらる 九四―九六
すべて斯の如く欺く者皆彼と共にゆくなり、さて第一の溪とその牙に罹るものをしる事之をもて我等足れりとなさん 九七―九九
我等は此時細路第二の堤と交叉し之を次の弓門(アルコ)の橋脚(はしぐひ)となせるところにいたれるに 一〇〇―一〇二
次の嚢(ボルジヤ)の民の呻吟(うめ)く聲、あらき氣息(いき)、また掌(たなごゝろ)にて身をうつ音きこえぬ 一〇三―一〇五
たちのぼる惡氣岸に粘(つ)き、黴(かび)となりてこれをおほひ、目を攻めまた鼻を攻む 一〇六―一〇八
底は深く窪みたれば石橋のいと高き處なる弓門(アルコ)の頂に登らではいづこにゆくもわきがたし 一〇九―一一一
我等すなはちこゝにいたりて見下(みおろ)せるに、濠の中には民ありて糞(ふん)に浸(ひた)れり、こは人の厠より流れしものゝごとくなりき 一一二―一一四
われ目をもてかなたをうかゞふ間、そのひとり頭いたく糞によごれて緇素を判(わか)ち難きものを見き 一一五―一一七
彼我を責めて曰ひけるは、汝何ぞ穢れし我侶(とも)を措きて我をのみかく貪り見るや、我彼に、他に非ずわが記憶に誤りなくば 一一八―一二〇
我は汝を髮乾ける日に見しことあり、汝はルッカのアレッショ・インテルミネイなり、この故にわれ特(こと)に目を汝にとゞむ 一二一―一二三
この時頂(いたゞき)を打ちて彼、我をかく深く沈めしものは諂(へつらひ)なりき、わが舌これに飽きしことなければなり 一二四―一二六
こゝに導者我に曰ひけるは、さらに少しく前を望み、身穢れ髮亂れかしこに不淨の爪もて 一二七―一二九
おのが身を掻(か)きたちまちうづくまりたちまち立ついやしき女の顏を見よ 一三〇―一三二
これ遊女(あそびめ)タイデなり、いたく心に適(かな)へりやと問へる馴染(なじみ)の客に答へて、げにあやしくとこそといへるはかれなりき 一三三―一三五
さて我等の目これをもて足れりとすべし 一三六―一三八


   第十九曲

あゝシモン・マーゴよ、幸なき從者(ずさ)等よ、汝等は貪りて金銀のために、徳の新婦(はなよめ)となるべき 一―三
神の物を穢れしむ、今喇叭(らつぱ)は汝等のために吹かるべし、汝等第三の嚢(ボルジヤ)にあればなり 四―六
我等はこの時石橋の次の頂(いたゞき)まさしく濠の眞中(まなか)にあたれるところに登れり 七―九
あゝ比類(たぐひ)なき智慧よ、天に地にまた禍ひの世に示す汝の技(わざ)は大いなるかな、汝の權威(ちから)の頒(わか)ち與ふるさまは公平なるかな 一〇―一二
こゝに我見しに側(かは)にも底にも黒める石一面に穴ありて大きさ皆同じくかついづれも圓(まろ)かりき 一三―一五
思ふにこれらは授洗者(じゆせんじや)の場所としてわが美しき聖ジョヴァンニの中に造られしもの(未だ幾年(いくとせ)ならぬさき我その一を碎けることあり 一六―一八
こはこの中にて息絶えんとせし者ありし爲なりき、さればこの言(ことば)證(あかし)となりて人の誤りを解け)より狹くも大きくもあらざりしなるべし 一九―二一
いづれの穴の口よりも、ひとりの罪ある者の足およびその脛腓(はぎこむら)まであらはれ、ほかはみな内にあり 二二―二四
二の蹠(あしうら)火に燃えて關節(つがひめ)これがために震ひ動き、そのはげしさは綱(つな)をも組緒(くみを)をも斷切るばかりなりき 二五―二七
油ひきたる物燃ゆれば炎はたゞその表面(おもて)をのみ駛するを常とす、かの踵(くびす)より尖(さき)にいたるまでまた斯くの如くなりき 二八―三〇
我曰ふ、師よ、同囚(なかま)の誰よりも劇しく振り動かして怒りをあらはし猛き炎に舐(ねぶ)らるる者は誰ぞや 三一―三三
彼我に、わが汝をいだいて岸の低きをくだるを願はゞ汝は彼によりて彼と彼の罪とを知るをうべし 三四―三六
我、汝の好むところみな我に好(よ)し、汝は主なり、わが汝の意(こゝろ)に違ふなきを知り、またわが默(もだ)して言はざるものを知る 三七―三九
かくて我等は第四の堤にゆき、折れて左にくだり、穴多き狹き底にいたれり 四〇―四二
善き師は我をかの脛(はぎ)にて歎けるものゝ罅裂(われめ)あるところに着かしむるまでその腰よりおろすことなかりき 四三―四五
我曰ふ、悲しめる魂よ、杙(くひ)の如く插されて逆(さか)さなる者よ、汝誰なりとももしかなはば言(ことば)を出(いだ)せ 四六―四八
我はあたかも埋(いけ)られて後なほ死を延べんとおもへる不義の刺客に呼戻されその懺悔をきく僧の如くたちゐたり 四九―五一
この時彼叫びていひけるは、汝既にこゝに立つや、ボニファーチョよ、汝既にこゝに立つや、書(ふみ)は僞りて數年を違へぬ 五二―五四
斯く早くもかの財寶(たから)に飽けるか、汝はそのため欺いて美しき淑女をとらへ後虐(しひた)ぐるをさへ恐れざりしを 五五―五七
我はさながら答をきゝてさとりえずたゞ嘲りをうけし如く立ちてさらに應(こた)ふるすべを知らざる人のさまに似たりき 五八―六〇
この時ヴィルジリオいひけるは、速かに彼に告げて我は汝の思へる者にあらず汝の思へる者にあらずといへ、我乃ち命ぜられし如く答へぬ 六一―六三
是に於て魂足をこと/″\く搖(ゆる)がせ、さて歎きつゝ聲憂はしく我にいふ、さらば我に何を求むるや 六四―六六
もしわが誰なるを知るをねがふあまりに汝此岸を下れるならば知るべし、我は身に大いなる法衣(ころも)をつけし者なりしを 六七―六九
まことに我は牝熊(めぐま)の仔なりき、わが上(うえ)には財寶(たから)をこゝには己を嚢(ふくろ)に入るゝに至れるもたゞひたすら熊の仔等の榮(さかえ)を希へるによりてなり 七〇―七二
我頭の下には我よりさきにシモニアを行ひ、ひきいれられて石のさけめにかくるゝ者多し 七三―七五
わがゆくりなく問をおこせる時汝とおもひたがへたるもの來るにいたらば、我もかしこに落行かむ 七六―七八
されどわがかく足を燒き逆(さかさ)にて經し間の長さは、彼が足を赤くし插されて經ぬべき時にまされり 七九―八一
これその後(あと)に西の方より法(おきて)を無みしいよ/\醜き行ひありて彼と我とを蔽ふに足るべきひとりの牧者來ればなり 八二―八四
彼はマッカベエイの書(ふみ)のうちなるヤーソンの第二とならむ、また王これに甘(あま)かりし如くフランスを治むるもの彼に甘かるべし 八五―八七
我はこの時わがたゞかゝる歌をもて彼に答へし事のあまりに愚なるわざなりしや否やを知らず、曰く、あゝいま我に告げよ 八八―九〇
我等の主鑰(かぎ)を聖ピエートロに委ぬるにあたりて幾許(いくばく)の財寶(たから)を彼に求めしや、げにその求めしものは我に從への外あらざりき 九一―九三
また罪ある魂の失へる場所を補はんとて鬮(くじ)にてマッティアを選べる時、ピエルもほかの弟子達(でしたち)も彼より金銀をうけざりき 九四―九六
此故にこゝにとゞまれ、罰をうくるは宜(うべ)なればなり、かくして汝にカルロを侮らしめし不義の財貨(たから)をかたくまもれ 九七―九九
若し喜びの世にて汝が手にせし比類(たぐひ)なき鑰の敬(うやまひ)いまなほ我を控(ひか)ゆるなくば 一〇〇―一〇二
これより烈(はげ)しき言(ことば)をこそもちゐめ、汝等の貪りは世界に殃(わざはひ)し善(よき)を踏みしき悖(もと)れるを擧ぐ 一〇三―一〇五
女水の上に坐し淫を諸王に鬻ぐを見し時、かの聖傳を編める者汝等牧者を思へるなり 一〇六―一〇八
すなはち生れて七の頭あり、その夫の徳を慕ふ間十の角(つの)よりその證(あかし)をうけし女なり 一〇九―一一一
汝等は己の爲に金銀の神を造れり、汝等と偶像に事ふるものゝ異なる處いづこにかある、彼等一を拜し汝等百を拜す、これのみ 一一二―一一四
あゝコスタンティーンよ、汝の歸依ならず、最初の富める父が汝よりうけしその施物(せもつ)はそもいかなる禍ひの母となりたる 一一五―一一七
我この歌をうたへる間、彼は怒りに刺されしか或ひは恥に刺されしか、はげしく二の蹠(あしうら)を搖(ゆ)れり 一一八―一二〇
思ふにこの事必ずわが導者の意をえたりしなるべし、かれ氣色(けしき)いとうるはしくたえず耳をわがのべし眞(まこと)の言に傾けき 一二一―一二三
かくて雙腕(もろかひな)をもて我を抱き、我を全くその胸に載せ、さきにくだれる路をのぼれり 一二四―一二六
またかく抱きて疲るゝことなく、第四の堤より第五の堤に通ふ弓門(アルコ)の頂(いたゞき)まで我を載せ行き 一二七―一二九
石橋粗く嶮しくして山羊(やぎ)さへたやすく過ぐべきならねば、しづかにこゝにその荷をおろせり 一三〇―一三二
さてこゝよりみゆるは次の大いなる溪なりき 一三三―一三五


   第二十曲

新(あらた)なる刑罰を詩に編(あ)み、これを第一の歌沈める者の歌のうちなる曲(カント)第二十の材となすべき時は至れり 一―三
こゝにわれよく心をとめて望み見しに、くるしみの涙を浴(あ)びし底あらはれ 四―六
まろき大溪(おほたに)に沿ひて來れる民泣いて物言はず、足のはこびはこの世の祈祷(いのり)の行列に似たりき 七―九
わが目なほひくゝ垂れて彼等におよべば、頤(おとがひ)と胸との間みな奇(く)しくゆがみて見ゆ 一〇―一二
すなはち顏は背(うしろ)にむかひ、彼等前を望むあたはで、たゞ後方(うしろ)に行くあるのみ 一三―一五
げに人中風(ちゆうぶ)のわざによりてかく全くゆがむにいたれることもあるべし、されど我未だかゝることをみず、またありとも思ひがたし 一六―一八
讀者よ(願はくは神汝に讀みて實(み)を摘むことをえしめよ)、請ふ今自ら思へ、目の涙背筋(せすぢ)をつたひて 一九―二一
臂(ゐさらひ)を洗ふばかりにいたくゆがめる我等の像(かたち)をしたしく見、我何ぞ顏を濡らさゞるをえん 二二―二四
我はげに堅き石橋の岩の一に凭(もた)れて泣けり、導者すなはち我に曰ふ、汝なほ愚者に等しきや 二五―二七
夫れこゝにては慈悲全く死してはじめて敬虔生く、神の審判(さばき)にむかひて憐みを起す者あらばこれより大いなる罪人あらんや 二八―三〇
首(かうべ)をあげよ、あげてかの者を見よ、テーベ人(びと)の目の前にて地そのためにひらけしはこれなり、この時人々皆叫びて、アンフィアラーオよ 三一―三三
何處(いづこ)におちいるや何ぞ軍(いくさ)を避くるやとよべるもおちいりて止まるひまなく、遂に萬民をとらふるミノスにいたれり 三四―三六
見よ彼は背を胸に代ふ、あまりに前(さき)をのみ見んことをねがへるによりていま後(あと)を見後方(うしろ)にゆくなり 三七―三九
ティレージアを見よ、こは體(からだ)すべて變りて男より女となり、その姿あらたまるにいたれるものなり 四〇―四二
この事ありて後、再び雄々しき羽をうるため、彼まづ杖をもて二匹の縺(もつ)れあへる蛇をふたゝび打たざるをえざりき 四三―四五
背を彼の腹に向くるはアロンタなり、ルーニ山の中、その下に住むカルラーラ人の耕すところに 四六―四八
白き大理石のうちなる洞(ほら)を住居(すまゐ)とし、こゝより星と海とを心のまゝに見るをえき 四九―五一
みだれし髪をもて汝の見ざる乳房(ちぶさ)をおほひ、毛ある肌(はだへ)をみなかなたにむけしは 五二―五四
マントといへり、多くの國々をたづねめぐりて後わが生れし處にとどまりき、されば請ふ少しくわがこゝに陳(の)ぶることを聞け 五五―五七
その父世を逝(さ)りバーコの都奴婢(はしため)となるにおよびてかれはひさしく世にさすらへり 五八―六〇
上(うへ)なる美しきイタリアの中、ティラルリに垂れて獨逸(ラーマニア)を閉すアルペの裾に一湖あり、ベナーコと名づく 六一―六三
ガルダとヴァル・カーモニカの間にはおもふに千餘の泉あるべし、その水みなアペンニノを洗ひてこの湖に湛ふ 六四―六六
湖の中央に一の處あり、トレント、ブレシヤ、ヴェロナの牧者等若しこの路を取ることあらば各※(二の字点、1-2-22)こゝに祝福を與ふるをえん 六七―六九
美しき堅き城ペスキエーラはブレシヤ人ベルガーモ人を防がんとてまはりの岸のいと低き處にあり 七〇―七二
ベナーコの懷(ふところ)にあまるものみな必ずこゝに落ち、川となりて緑の牧場をくだる 七三―七五
この水流れはじむればベナーコと呼ばれず、ゴヴェルノにいたりてポーに入るまでミンチョとよばる 七六―七八
未だ遠く進まざるまにとある窪地(くぼち)をえて中にひろがり沼となり、夏はしば/\患ひを釀す恐れあり 七九―八一
さてこの處を過ぐとてかの猛き處女(をとめ)沼の中央に不毛無人の地あるを見 八二―八四
すべて世の交際(まじらひ)を避けおのが術(わざ)を行はんためその僕等と共にとゞまりてこゝに住みこゝにその骸(むくろ)を殘せり 八五―八七
この後あたりに散りゐたる人々みなこの處にあつまれり、これ四方に沼ありてその固(かため)強かりければなり 八八―九〇
彼等町を枯骨の上に建て、はじめてこの處をえらべるものに因(ちな)み、占(うら)によらずして之をマンツアと呼べり 九一―九三
カサロディの愚未だピナモンテの欺くところとならざりし頃は、この中なる民なほ多かりき 九四―九六
されど我汝を戒む、たとひ是と異なるわが邑(まち)の由來を聞くことありとも、汝僞(いつはり)をもて眞(まこと)となすなかれ 九七―九九
我、師よ、汝の陳ぶること我にあきらかに、善くわが信をえたり、さればいかなる異説出づとも我には消えし炭に過ぎじ 一〇〇―一〇二
されど我に告げよ、汝は歩みゆく民の中に心をとむべきものを見ずや、そはわが思ひたゞこの事にのみむかへばなり 一〇三―一〇五
この時彼我に曰ふ、髯を頬より黯(くろず)める肩に垂るゝものはギリシアに男子なく 一〇六―一〇八
搖籃滿つるにいたらざりし頃の卜者にて、カルカンタと共にアウリーデに最初の纜(ともづな)解かるべき時を卜せり 一〇九―一一一
彼名をエウリピロといひき、わが高き悲曲の調(しらべ)はいづこにか彼をかく歌へることあり、汝この詩を知り盡せばまたよくこの事を知らん 一一二―一一四
雙脇(もろわき)いたく痩せたるはミケーレ・スコットといひ、惑はし欺く無益(むやく)の術(わざ)にまことに長けし者なりき 一一五―一一七
見よグイード・ボナッティを、見よアスデンテを(彼革と絲とに心をむけし事を願ひ今悔ゆれどもおそし) 一一八―一二〇
針、杼(ひ)、紡錘(つむ)を棄てゝ卜者となりし幸なき女等を見よ、彼等は草と偶人(ひとがた)をもてその妖術を行へり 一二一―一二三
されどいざ來れ、カイーノと茨(いばら)は既に兩半球の境を占め、ソビリアのかなたの波に觸る 一二四―一二六
昨夜既に月は圓かりき、こは低き林の中にてしば/\汝に益をえさせしものなれば汝いかでか忘るべき 一二七―一二九
かく彼我に語り、語る間も我等は歩めり 一三〇―一三二


   第二十一曲

このほかわが喜曲(コメディア)の歌ふを好まざる事どもかたりつゝ、かく橋より橋にゆき、頂(いたゞき)にいたるにおよびて 一―三
我等はマーレボルジェなる次の罅裂(われめ)と次の空しき歎きを見んとてとゞまれり、我見しにこの處あやしく暗かりき 四―六
たとへば冬の日ヴェネーツィア人の船廠(アールセーナ)に、健(すこや)かならぬ船を塗替へんとて、粘(ねば)き脂(やに)煮ゆるごとく 七―九
(こは彼等海に浮ぶをえざるによる、すなはち之に代へてひとりは新(あらた)に船を造り、ひとりはあまたの旅をかさねし船の側(わき)を塞ぎ 一〇―一二
ひとりは舳(へさき)ひとりは艫(とも)に釘うち、彼櫂を造り是綱を縒(よ)り、ひとりは大小の帆を繕(つくら)ふ) 一三―一五
下には濃き脂(やに)火によらず神の技(みわざ)によりて煮え、岸いたるところこれに塗(まみ)れぬ 一六―一八
我之を見れども、煮られて浮ぶ泡の外には一としてその中に見ゆる物なく、たゞこの脂の一面に膨れいでゝはまた引縮むさまをみるのみ 一九―二一
われ目を凝らして見おろしゐたるに、あれ見よあれ見よといひてわが導者わが立處(たちど)より我をひきよす 二二―二四
しきりに見んことをねがへども、そは逃げて避くべきものにしあれば、俄におそれていきほひ挫(くじ)け 二五―
見るまも足を止めざる人の如く、われ身を返して後方(うしろ)をみしに石橋をわたりてはせきたれる一の黒き鬼ありき ―三〇
あゝその姿猛きこといかばかりぞや、翼ひらかれ足かろきその身の振舞あら/\しきこといかばかりぞや 三一―三三
尖りて高きその肩には、ひとりの罪人(つみびと)の腰を載せ、その足頸(あしくび)をかたく握れり 三四―三六
橋の上よりいふ、あゝマーレブランケよ、見よ聖チタのアンチアンの一人を、汝等彼を沈むべし、我は再びかの邑(まち)に歸らん 三七―
かの處には我よくかゝる者を備へおきたり、さればボンツーロの他(ほか)、汚吏ならぬものなく、否も錢のために然りに代へらる ―四二
かくいひて彼を投げいれ堅き石橋をわたりてかへれり、繋(つなぎ)はなれし番犬(ばんいぬ)の盜人を追ふもかく疾(はや)からじ 四三―四五
彼沈み、背を高くして再び浮べり、されど橋を戴ける鬼共叫びていひけるは、聖顏(サント・ヴオルト)もこゝには益なし 四六―四八
こゝに泳ぐはセルキオに泳ぐと異なる、此故に我等の鐡搭(くまで)好ましからずばこの脂の上にうくなかれ 四九―五一
かくて彼等は彼を百餘の鐡鉤(かぎ)に噛ませ、こゝは汝のかくれて踊る處なれば、盜みうべくば目を掠(かす)めてなせといふ 五二―五四
厨夫(ちゆうふ)が庖仕(ばうじ)に肉叉(にくさし)をもて肉を鍋の眞中(まなか)に沈めうかぶことなからしむるもこれにかはらじ 五五―五七
善き師我に曰ふ、汝は汝のこゝにあること知られざるため、岩の後(うしろ)にうづくまりておのが身を掩へ 五八―六〇
またいかなる虐(しひたげ)わが身に及ぶも恐るゝなかれ、さきにもかゝる爭ひにのぞめることあれば我よくこれらの事を知る 六一―六三
かくいひて橋をわたりてかなたにすゝめり、げにそのさわがぬ氣色(けしき)をみすべきは彼が第六の岸にいたれる時なりき 六四―六六
その怒りあらだつさまはさながら立止(たちど)まりてうちつけに物乞ふ乞食(かたゐ)にむかひて群犬(むらいぬ)はせいづる時の如く 六七―六九
小橋の下より出でし鬼共みなその鐡搭(くまで)を彼にむけたり、されど彼よばゝりていふ、汝等いづれも惡意をいだくことなかれ 七〇―七二
鐡搭(くまで)の我をとらふる前に、汝等のひとりすゝみいでゝわがいふところのことをきゝ、のち相謀りて我を之にかくべきや否やをさだめよ 七三―七五
彼等皆叫びてマラコダ行くべしといふ、即ちその一者(ひとり)進み出で(他(ほか)はみな止まれり)かくするも彼に何の益かあるといひつゝ彼に近づけり 七六―七八
わが師曰ひけるは、マラコダよ、われ天意冥助によらずして今に至るまですべて汝等の障礙(しやうげ)をまのかれ 七九―
こゝに來るをうべしと汝思ふや、我等を行かしめよ、わがこの荒れたる路をひとりの者に教ふるも天の定むるところなればなり ―八四
此時彼の慢心折れ、彼は鐡搭(くまで)をあしもとにおとして彼等にいふ、かくては彼を撃ちがたし 八五―八七
導者我に、橋の岩間にうづくまる者よ、いまは安らかにわがもとにかへれ 八八―九〇
我いでゝいそぎて彼の處にいたれば、鬼こと/″\く進みいづ、我はすなはち彼等が約を履まざらんことをおそれぬ 九一―九三
嘗て契約によりてカープロナをいでし歩兵の一軍群がる敵の間にありてまたかく恐るゝを見しことあり 九四―九六
我は全身を近くわが導者によせ、目をよからぬ彼等の姿より放つことなかりき 九七―九九
彼等は鐡鉤(かぎ)をおろせり、その一者(ひとり)他(ほか)の一者(ひとり)にいふ、汝わが彼の臀(しり)に觸るゝをねがふや、彼等答へて、然り一撃(ひとうち)彼にあつべしといふ
されどわが導者と言(ことば)をまじへし鬼たゞちにふりかへりて、措(お)け措け、スカルミリオネといひ 一〇三―一〇五
さて我等に曰ひけるは、是より先はこの石橋をゆきがたし、第六の弓門(アルコ)悉く碎けて底にあればなり 一〇六―一〇八
されば汝等なほさきに行くをねがはゞこの堤を傳ひてゆくべし、近き處にいま一の石橋あり、これぞ路なる 一〇九―一一一
昨日(きのふ)は今より五時の後にてこの路こゝにくづれしこのかた千二百六十六年を滿たせり 一一二―一一四
我は此等の部下を分ちてかなたに遣はし、身を干(ほ)す者のありや否やを見せしむべければ、汝等之と共に行け、彼等禍ひをなすことあらじ 一一五―一一七
又曰ひけるは、出でよアーリキーノ、カルカブリーナ、汝も出でよカーニヤッツオ、バルバリッチヤ汝は十の者を率ゐよ 一一八―一二〇
進めリビコッコ、ドラギニヤッツォ、牙(きんば)のチリアット、グラッフィアカーネ、ファールファレルロ、狂へるルビカンテ 一二一―一二三
煮ゆる黐(もち)の邊(ほとり)を巡視(みめぐ)り、またこの多くの岩窟(いはあな)の上に隙(すき)なく懸れる次の岩まで此等の者をおくりゆけ 一二四―一二六
我曰ふ、あゝ師よ、これいかなる事の態(さま)ぞや、汝だに路を知らば我何ぞ道案内(みちしるべ)を要(もと)むべき、願はくはこれによらで我等のみ行かむ 一二七―一二九
汝常の如く心をもちゐなば、見ずや彼等の齒をかみあはせ、眉に殃(わざはひ)の兆(きざし)をあらはすを 一三〇―一三二
彼我に、請ふ汝恐るゝなかれ、彼等に好むがまゝに齒をかましめよ、彼等かくするは煮られてなやむ者のためのみ 一三三―一三五
彼等は折れて左の堤をとれり、されど各※(二の字点、1-2-22)とまづその長(をさ)にむかひ、齒にて舌を緊(し)めて相圖とし 一三六―一三八
長(をさ)はその肛門を喇叭(らつぱ)となしき 一三九―一四一


   第二十二曲

我嘗て騎兵の陣を進め、戰ひを開き、軍を整(とゝの)へ、或時はまた逃げのびんとて退くを見き 一―三
アレッツォ人(びと)よ、我は或ひは喇叭(らつぱ)或ひは鐘或ひは太鼓或ひは城の相圖或ひは本國異邦の物にあはせ 四―六
進んで偵(うかゞ)ふもの襲うて掠むるもの汝等の地にわしり、また軍軍と武を競ひ、兵兵と技を爭ふを見き 七―九
されど未だかく奇(くす)しき笛にあはせて歩騎動き、陸(くが)または星をしるべに船進むをみしことあらじ 一〇―一二
我等は十の鬼と共に歩めり、げに兇猛なる伴侶(みちづれ)よ、されど聖徒と寺に浮浪漢(ごろつき)と酒肆(さかみせ)に 一三―一五
我心はたゞ脂(やに)にのみむかへり、こはこの嚢(ボルジヤ)とその中に燒かるゝ民の状態(ありさま)とを殘りなく見んためなりき 一六―一八
たとへば背の弓をもて水手(かこ)等をいましめ、彼等に船を救ふの途を求めしむる海豚(いるか)の如く 一九―二一
苦しみをかろめんため、をりふし罪人(つみびと)のひとりその背をあらはし、またこれをかくすこと電光(いなづま)よりも早かりき 二二―二四
またたとへば濠水(ほりみづ)の縁(ふち)にむれゐる蛙顏をのみ出して足と太(ふと)やかなるところをかくすごとく 二五―二七
罪人等四方にうかびゐたるが、バルバリッチヤの近づくにしたがひ、みなまた煮(にえ)の下にひそめり 二八―三〇
我は見き(いまも思へば我心わなゝく)、一匹(ひとつ)の蛙殘りて一匹(ひとつ)飛びこむことあるごとくひとりの者のとゞまるを 三一―三三
いと近く立てるグラッフィアカーネ、脂にまみれしその髮の毛を鐡搭(くまで)にかけ、かくして彼をひきあぐれば、姿さながら河獺(かはうそ)に似たりき 三四―三六
我は此時彼等の名を悉く知りゐたり、これ彼等えらばれし時よく之に心をとめ、その後彼等互に呼べる時これに耳を傾けたればなり 三七―三九
詛はれし者共聲をそろへて叫びていふ、いざルビカンテよ、汝爪を下して彼奴(かやつ)の皮を剥(は)げ 四〇―四二
我、わが師よ、おのが敵の手におちしかの幸なき者の誰なるやをもしかなはゞ明(あきら)めたまへ 四三―四五
わが導者その傍(かたへ)にたちよりていづくの者なるやをこれに問へるに、答へて曰ひけるは、我はナヴァルラの王國の生(うまれ)なりき 四六―四八
父無頼(ぶらい)にして身と持物とを失へるため、わが母我を一人(ひとり)の主に事へしむ 四九―五一
我はその後善き王テバルドの僕(しもべ)となりてこゝにわが職(つとめ)をはづかしめ、今この熱をうけてその債(おひめ)を償ふ 五二―五四
この時口の左右より野猪(ゐのこ)のごとく牙露はれしチリアットはその一の切味(きれあぢ)を彼に知らせぬ 五五―五七
よからぬ猫の群のなかに鼠は入來れるなりけり、されどバルバリッチヤはその腕にて彼を抱(かゝ)へて曰ふ、離れよ、わが彼をおさゆる間 五八―六〇
かくてまた顏をわが師にむけ、ほかに聞きて知らんと思ふことあらば、害(そこな)ふ者のあらぬまに彼に問へといふ 六一―六三
導者、さらば今ほかの罪人等のことを告げよ、この脂の下に汝の識れるラチオの者ありや、彼、我は少しくさきに 六四―
その隣の者と別れしなりき、あゝ我彼と共にいまなほかくれゐたらんには、爪も鐡搭(くまで)もおそれじものを ―六九
この時リビコッコは我等はや待ちあぐみぬといひてその腕を鐡鉤(かぎ)にてとらへ引裂きて肉を取れり 七〇―七二
ドラギニヤッツォもまたその脛を打たんとしければ、彼等の長(をさ)はまなざしするどくあまねくあたりをみまはしぬ 七三―七五
彼等少しくしづまれる時、わが導者は己が傷より目を放たざりし者にむかひ、たゞちに問ひて曰ひけるは 七六―七八
汝は岸に出でんとて幸(さち)なく別れし者ありといへり、こは誰なりしぞ、彼答へて曰ふ、ガルルーラの者にて 七九―
僧(フラーテ)ゴミータといひ、萬の欺罔(たばかり)の器(うつは)なりき、その主の敵を己が手に收め、彼等の中己を褒(ほ)めざるものなきやう彼等をあしらへり ―八四
乃ち金(かね)を受けて穩(おだや)かに(これ彼の言なり)彼等を放てるなり、またそのほかの職務(つとめ)においても汚吏の小さき者ならでいと大なる者なりき 八五―八七
ロゴドロのドンノ・ミケーレ・ツァンケ善く彼と語る、談サールディニアの事に及べば彼等の舌疲るゝを覺ゆることなし 八八―九〇
されどあゝ齒をかみあはす彼を見給へ、ほかに告ぐべきことあれど彼わが瘡(かさ)を引掻(ひきか)かんとてすでに身を構ふるをおそる 九一―九三
たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなる長(をさ)曰ひけるは、惡しき鳥よ退(すさ)れ 九四―九六
この時戰慄(をのゝく)者(もの)語(ことば)をついでいひけるは、汝等トスカーナまたはロムバルディアの者をみまたはそのいふ事を聞かんと思はゞ我彼等を來らせん 九七―九九
されど彼等に罰を恐れざらしめんため、禍ひの爪等(たち)少しくこゝを離るべし、我はこのまゝこの處に坐して 一〇〇―一〇二
嘯(うそぶ)き(我等のうち外(そと)に出るものあればつねにかくする習ひあり)、ひとりの我に代へて七人(なゝたり)の者を來らせん 一〇三―一〇五
カーニヤッツオこの言を聞きて口をあげ頭をふりていひけるは、身を投げ入れんとてめぐらせる彼の奸計(わるだくみ)をきけ 一〇六―一〇八
羂(わな)に富める者乃ち答へて曰ひけるは、侶(とも)の悲しみを増さしむれば、我は至極の奸物(わるもの)なるべし 一〇九―一一一
アーリキーン堪(こら)へず衆にさからひて彼に曰ふ、汝身を投げなば我は馳せて汝を追はず 一一二―一一四
翼を脂(やに)の上に搏(う)つべし、我等頂上(いたゞき)を棄て岸を楯とし、汝たゞひとりにてよく我等を凌ぐや否やをみん 一一五―一一七
讀者よ、奇(くす)しき戲れを聞け、彼等みな目を片側(かたがは)にむけたり、しかも第一にかくなせるは彼等の中殊(こと)にその心なかりしものなりき 一一八―一二〇
たくみに機(すき)を窺へるナヴァルラの者、その蹠(あしうら)をもてかたく地を踏み、忽ち躍りて長(をさ)を離れぬ 一二一―一二三
かくとみし鬼いづれも咎を悔ゆるがなかに、わけて越度(をちど)の本なりし者そのくゆることいと深ければ、すなはち身を動かして 一二四―一二六
汝は我手の中(うち)にありと叫べり、されど益なし、翼ははやきもなほ恐れに超ゆるあたはず、彼は沈み、此は胸を上にして飛べり 一二七―一二九
鴨忽ち潛(くゞ)り、既に近づける鷹の、怒りくづほれて空にかへるもこれにかはらじ 一三〇―一三二
カルカブリーナは欺かれしを憤り、彼と格鬪(くみあ)はんため、却つてかの者の免かれんことをねがひ、飛びつゝ彼をあとより追ひゆき 一三三―一三五
汚吏の姿消ゆるとともに爪をその侶にむけ、濠の上にてこれを攫(つか)みぬ 一三六―一三八
されど彼また眞(まこと)の青鷹(もろがへり)なりければ、劣らず爪をこなたにうちこみ、二ながら煮ゆる澱(よどみ)の眞中(まなか)に落ちたり 一三九―一四一
熱はたちまち爭鬪(あらそひ)をとゞめぬ、されど彼等身を上ぐるをえざりき、其翼脂(やに)にまみれたればなり 一四二―一四四
殘りの部下と共に歎きつゝバルバリッチヤはその中四人(よたり)の者にみな鐡鉤(かぎ)を持ちて對岸(むかひのきし)に飛ばしめぬ、かくていと速かに 一四五―一四七
かなたにてもこなたにても彼等はおのが立處(たちど)に下り、既に黐(もち)にまみれて上層(うはかは)の中に燒かれし者等にその鐡搭(くまで)をのべき 一四八―一五〇
我等は彼等をこの縺(もつれ)の中に殘して去れり 一五一―一五三


   第二十三曲

言(ことば)なく伴侶(とも)なくたゞふたり、ひとりはさきにひとりはあとに、さながらミノリ僧の路を歩む如く我等は行けり 一―三
わが思ひは今の爭ひによりて蛙と鼠のことをかたれるイソーポの寓話(フアーヴオラ)にむかひぬ 四―六
心をとめてよくその始終(はじめをはり)を較べなば、モとイッサの相似たるも彼と此との上にはいでじ 七―九
また一の思ひよりほかの思ひのうちいづるごとく、これよりほかの思ひ生れてわがさきの恐れを倍せり 一〇―一二
我おもへらく、彼等は我等のために嘲られてその怨み必ず大ならんとおもはるゝばかりの害(そこなひ)をうけ詭計(たくらみ)にかゝるにいたれるなり 一三―一五
若し怒り惡意に加はらば、彼等我等を追來り、その慈悲なきこと口に銜(くは)へし兎にむかひて酷(むご)き犬にもまさりぬべし 一六―一八
我は既に恐れのために身の毛悉く彌立(いよだ)つをおぼえ、わが後方(うしろ)にのみ心を注ぎつゝいひけるは、師よ、汝と我とを 一九―
直ちに匿(かく)したまはずば、我はマーレブランケをおそる、彼等既にうしろにせまれり、我わが心に寫しみて既に彼等の近きをさとる ―二四
彼、たとへばわれ鏡なりとも、わが今汝の内の姿をうくるよりはやく汝の外の姿を寫しうべきや 二五―二七
今といふ今汝の思ひは同じ働(はたらき)同じ容(かたち)をもてわが思ひの中に入り、我はこの二の物によりてたゞ一の策(はかりごと)を得たり 二八―三〇
右の岸もし斜にて次の嚢(ボルジヤ)の中にくだるをえば、我等は心にゑがける追(おひ)をまのかるべし 三一―三三
彼この策(はかりごと)を未だ陳べ終らざるに、我は彼等が翼をひらき、我等をとらへんとてほどなき處に來るを見たり 三四―三六
たとへば騷擾(さわぎ)に目覺めし母の、燃ゆる焔をあたりにみ、我兒をいだいてにげわしり 三七―
之を思ふこと己が身よりも深ければ、たゞ一枚の襯衣(したぎ)をさへ着くるに暇あらざるごとく、導者は忽ち我を抱き ―四二
堅き岸の頂より、次の嚢(ボルジヤ)の片側(かたがは)を閉す傾ける岩あるところに仰(あふの)きて身を投げいれぬ 四三―四五
粉碾車(こひきぐるま)をめぐらさんとて樋(ひ)をゆく水の、輻(や)にいと近き時といへどもそのはやきこと 四六―四八
侶(とも)にはあらで子の如く我をその胸に載せ、かの縁(へり)を越えしわが師にはおよばじ
その足下(した)なる深處(ふかみ)の底にふれしころには彼等はやくも我等の上なる頂(いただき)にありき、されどこゝには恐れあるなし 五二―五四
彼等をえらびて第五の濠の僕(しべ)となせし尊き攝理は、かしこを離るゝの能力(ちから)を彼等より奪ひたればなり 五五―五七
下には我等彩色(いろど)れる民を見き、疲れなやめる姿にて涙を流し、めぐりゆく足いとおそし 五八―六〇
彼等は型(かた)をクルーニの僧の用ゐるものにとりたる衣(ころも)を着、目の前まで垂れし帽を被(かぶ)れり 六一―六三
外(そと)は金を施したれば、みる目眩暈(くるめ)くばかりなれども、内はみな鉛にて、その重きに比ぶればフェデリーゴの着せしは藁なり 六四―六六
あゝ永遠(とこしへ)の疲(つかれ)の衣よ、我等は心を憂き歎きにとめつゝ彼等とともにこたびもまた左にむかへり 六七―六九
されど重量(おもさ)のためこのよわれる民の歩みいとおそければ、我等は腰をうごかすごとに新なる侶をえき 七〇―七二
我乃ちわが導者に、行(おこなひ)または名によりて知らるべき者をたづね、かくゆく間目をあたりにそゝぎたまへ 七三―七五
この時一者(ひとり)トスカーナの言(ことば)をきゝてうしろよりよばゝりいひけるは、黯(くろず)める空をわけてはせゆく者等よ、足をとゞめよ 七六―七八
おそらくは汝求むるものを我よりうくるをえん、導者乃ちかへりみて曰ふ、待て、待ちてのち彼の歩みにしたがひてすゝめ 七九―八一
我止まりて見しにふたりの者あり、我に追及ばんとてしきりに苛(いら)つ心を顏にあらはせども荷と狹き路のために後(おく)れぬ 八二―八四
さて來りて物をも言はず、目を斜(はす)にしばらく我をうちまもり、のち顏をみあはせていひけるは 八五―八七
この者喉を動かせば生けりとおもはる、また彼等死せる者ならば何の恩惠(めぐみ)により重き衣に蔽はれずして歩むや 八八―九〇
かくてまた我に曰ひけるは、幸なき僞善者の集會(つどひ)に來れるトスカーナ人(びと)よ、願はくは汝の誰なるやを告ぐるを厭ふなかれ 九一―九三
我彼等に、わが生れし處おひたちし處はともに美しきアルノの川邊(かはべ)大いなる邑(まち)なりき、また我はわが離れしことなき肉體と共にあるなり 九四―九六
されど憂ひの滴(したゝり)かく頬をくだる汝等は誰ぞや、汝等の身にかく煌(きら)めくは何の罰ぞや 九七―九九
そのひとり答へて我に曰ひけるは、拑子(かうじ)の衣(ころも)鉛にていと厚く、その重量(おもさ)かく秤(はかり)を軋(きし)ましむ 一〇〇―一〇二
我等は喜樂僧(フラーテ・ゴデンテイ)にてボローニア人なりき、我はカタラーノといひ、これなるはローデリンゴといへり、汝の邑(まち)に平和をたもたんため 一〇三―
常は一人(ひとりのひと)取らるゝ例(ならひ)なるに、我等は二人(ふたり)ながら彼處(かしこ)にとられき、我等のいかなる者なりしやは今もガルディンゴの附近(あたり)を見てしるべし ―一〇八
あゝ僧達よ、汝等の禍ひは……我かくいへるもその先をいはざりき、これ三の杙(くひ)にて地に張られし者ひとりわが目にとまれるによりてなり 一〇九―一一一
彼我を見し時、その難息(ためいき)を髯に吐き入れ、はげしくもがきぬ、僧(フラーテ)カタラーン之を見て 一一二―一一四
我に曰ふ、かしこに刺されて汝の目をひくはこれファリセイ(びと)に勸めて、民の爲にひとりの人を苛責するは善しといへる者なり 一一五―一一七
みらるゝ如く裸にて路を遮り、過ぐる者あればまづその重さを身にうけではかなはじ 一一八―一二〇
その外舅(しうと)およびジユデーア人(びと)の禍ひの種なりしほかの議員等もまた同じさまにてこの濠の中に苛責せらる 一二一―一二三
我はこの時ヴィルジリオがかくあさましく十字にはられ永久(とこしへ)の流刑(るけい)をうくるものあるをあやしめるをみたり 一二四―一二六
彼やがて僧(フラーテ)にむかひていひけるは、汝等禁(とゞ)むるものなくば、請ふ右に口ありや我等に告げよ 一二七―一二九
我等これによりて共に此處をいで、黒き天使に強ひて來りて、この底より我等を出さしむるなきをえん 一三〇―一三二
この時彼答へて曰ひけるは、いと近き處に岩あり、大いなる圈より出でてすべてのおそろしき大溪(おほたに)の上を過ぐ 一三三―一三五
たゞこの溪の上にのみ碎けてこれを蔽はざるなり、汝等側(かは)によこたはり底に高まる崩壞(くづれ)を踏みて上りうべし 一三六―一三八
導者しばらく首(かうべ)を垂れて立ち、さていひけるは、かなたに罪人を鐡鉤(かぎ)にかくるもの事をいつはりて我等に教へき 一三九―一四一
僧、我昔ボローニアにて鬼のよからぬことゞも多く聞きたり、彼は僞る者、僞りの父なりときけるもその一なり 一四二―一四四
かくいへる時導者は顏に少しく怒りをうかべ、足をはやめて去り行けり、されば我また重荷を負ふ者等とわかれ 一四五―一四七
ゆかしき蹠(あしうら)の趾を追へりき 一四八―一五〇


   第二十四曲

一年(ひとゝせ)未だうらわかく、日は寶瓶宮裏に髮をとゝのへ、夜はすでに南にむかひ 一―三
霜は白き姉妹(いも)の姿を地に寫せども、筆のはこびの長く續きもあへぬころ 四―六
貯藏(たくはへ)盡きしひとりの農夫、おきいでゝながむるに、野は悉く白ければ、その腰をうちて 七―九
我家(わがや)にかへり、かなたこなたに呟(つぶや)くさまさながら幸なき人のせんすべしらぬごとくなれども、のち再びいづるにおよびて 一〇―
世の顏束(つか)の間にかはれるを見、あらたに望みを呼び起してつゑをとり、小羊を追ひ牧場にむかふ ―一五
かくの如く師はその額に亂(みだれ)をみせて我をおそれしめ、またかくの如く痛みはたゞちに藥をえたりき 一六―一八
そは我等壞れし橋にいたれる時、導者はわがさきに山の麓に見たりし如きうるはしき氣色(けしき)にてわがかたにむかひたればなり 一九―二一
かれまづよく崩壞(くづれ)をみ、心に思ひめぐらして後その腕(かひな)をひらきて我をかゝへ 二二―二四
且つ行ひ且つ量り常に預め事に備ふる人の如く我を一の巨岩(おほいは)の頂(いただき)に上げつゝ 二五―
目をほかの岩片(いはくづ)にとめ、これよりかの岩に縋(すが)るべし、されどまづその汝を支へうべきや否やをためしみよといふ ―三〇
こは衣を着し者の路にはあらじ、岩より岩を上りゆくは我等(彼輕く我押さるゝも)にだに難きわざなりき 三一―三三
若しこの堤の一側(かたがは)對面(むかひ)の側(かは)より短かゝらずば、彼のことはしらねど、我は全く力盡くるにいたれるなるべし 三四―三六
されどマーレボルジェはみないと低き坎(あな)の口にむかひて傾くがゆゑに、いづれの溪もそのさまこの理にもとづきて 三七―三九
彼岸(かのきし)高く此岸ひくし、我等はつひに最後の石の碎け散りたる處にいたれり 四〇―四二
上り終れる時はわが氣息(いき)いたく肺より搾(しぼ)られ、我また進むあたはざれば、着くとひとしくかしこに坐れり 四三―四五
師曰ひけるは、今より後汝つとめて怠慢(おこたり)に勝たざるべからず、夫れ軟毛(わたげ)の上に坐し、衾(ふすま)の下に臥してしかも美名(よきな)をうるものはなし 四六―四八
人これをえず徒(いたづら)にその生命(いのち)を終らば地上に殘すおのが記念(かたみ)はたゞ空(そら)の烟(けぶり)水の泡抹(うたかた)のみ 四九―五一
此故に起きよ、萬(よろづ)の戰ひに勝つ魂もし重き肉體と共になやみくづほるゝにあらずば之をもて喘(あへぎ)に勝て 五二―五四
是よりも長き段(きだ)のなは上るべきあり、これらを離るゝのみにて足らず、汝わが言(ことば)をさとらばその益を失ふなかれ 五五―五七
我乃ち身を起し、くるしき呼吸(いき)をおしかくしていひけるは、願はくは行け、身は強く心は堅し 五八―六〇
我等石橋を渡りて進むに、このわたりの路岩多く狹く艱くはるかにさきのものよりも嶮し 六一―六三
我はよわみをみせざらんため語りつゝあゆみゐたるに、忽ち次の濠の中より語を成すにいたらざる一の聲いでぬ 六四―六六
この時我は既にこゝにかゝれる弓門(アルコ)の頂にありしかども、その何をいへるやをしらず、されど語れるものは怒りを起せし如くなりき 六七―六九
我は俯(うつむ)きたりき、されど闇のために生ける目底にゆくをえざれば、すなはち我、師よ請ふ次の堤にいたれ 七〇―
しかして我等石垣をくだらん、そはこゝにてはわれ聞けどもさとらず、見れども認(したゝ)むるものなければなり ―七五
彼曰ふ、行ふの外我に答なし、正しき願ひには所爲(わざ)たゞ默(もだ)して從ふべきなり 七六―七八
我等は橋をその一端、第八の岸と連れるところに下れり、この時嚢(ボルジヤ)の状(さま)あきらかになりて 七九―八一
我見しに中にはおそろしき蛇の群ありき、類(たぐひ)いと奇(くす)しく、その記憶はいまなほわが血を凍らしむ 八二―八四
リビヤも此後その砂に誇らざれ、たとひこの地ケリドリ、ヤクリ、ファレー、チェンクリ、アムフィシベナを出すとも 八五―八七
またこれにエチオピアの全地または紅海の邊(ほとり)のものを加ふとも、かく多きかくあしき毒を流せることはあらじ 八八―九〇
この猛くしていとものすごき群のなかを孔をも血石(エリトロピア)をも求めうるの望みなき裸なる民おぢおそれて走りゐたり 九一―九三
蛇は彼等の手を後方(うしろ)に縛(いま)しめ、尾と頭にて腰を刺し、また前方(まへ)にからめり 九四―九六
こゝに見よ、こなたの岸近く立てるひとりの者にむかひて一匹の蛇飛び行き、頸と肩と結びあふところを刺せり 九七―九九
oまたはiを書くともかく早からじとおもはるゝばかりに彼は忽ち火をうけて燃え、全く灰となりて倒るゝの外すべなかりき 一〇〇―一〇二
彼かく頽(くづ)れて地にありしに、塵おのづからあつまりてたゞちにもとの身となれり 一〇三―一〇五
名高き聖等(ひじりたち)またかゝることあるをいへり、曰く、靈鳥(フエニーチエ)はその齡(よはひ)五百年に近づきて死し、後再び生る 一〇六―一〇八
この鳥世にあるや、草をも麥をも食(は)まず、たゞ薫物(たきもの)の涙とアモモとを食む、また甘松と沒藥(もつやく)とはその最後の壽衣(じゆい)となると 一〇九―一一一
人或ひは鬼の力によりて地にひかれ、或ひは塞(ふさぎ)にさへられて倒れ、やがて身を起せども、おのがたふれし次第をしらねば 一一二―
うけし大いなる苦しみのためいたくまどひて目をうちひらき、あたりを見つゝ歎くことあり ―一一七
起き上れる罪人(つみびと)のさままた斯くの如くなりき、あゝ仇を報いんとてかくはげしく打懲す神の威力(ちから)はいかにきびしきかな 一一八―一二〇
導者この時彼にその誰なるやを問へるに、答へて曰ひけるは、我は往日(さきつひ)トスカーナよりこのおそろしき喉の中に降(ふ)り下れる者なり 一二一―一二三
我は騾馬なりければまたこれに傚ひて人にはあらで獸の如く世をおくるを好めり、我はヴァンニ・フッチといふ獸なり、しかして 一二四―
ピストイアは我に應(ふさは)しき岩窟(いはあな)なりき、われ導者に、彼に逃(にぐ)る勿れといひ、また彼をこゝに陷らしめしは何の罪なるやを尋ねたまへ
わが見たるところによれば彼は血と怒りの人なりき、この時罪人これを聞きて佯(いつは)らず、心をも顏をも我にむけ、悲しき恥に身を彩色(いろど)りぬ ―一三二
かくて曰ひけるは、かゝる禍ひの中にて汝にあへる悲しみは、わがかの世をうばゝれし時よりも深し 一三三―一三五
我は汝の問を否むあたはず、わがかく深く沈めるは飾美しき寺の寶藏(みくら)の盜人たりし故なりき 一三六―一三八
またこの罪嘗てあやまりて人に負はされしことあり、されど汝此等の暗き處をいづるをえてわがさまをみしを喜びとなすなからんため 一三九―一四一
耳を開きてわがうちあかすことを聞け、まづピストイアは黒黨(ネーリ)を失ひて痩せ、次にフィオレンツァは民と習俗(ならはし)を新(あらた)にすべし 一四二―一四四
マルテはヴァル・ヂ・マーグラより亂るゝ雲に裹(つゝ)まれし一の火氣をひきいだし、嵐劇しくすさまじく 一四五―一四七
カムポ・ピチェンに戰起りて、この者たちまち霧を擘(つんざ)き、白黨(ビアンキ)悉くこれに打たれん 一四八―一五〇
我これをいふは汝に憂ひあらしめんためなり 一五一―一五三


   第二十五曲

かたりをはれる時かの盜人雙手(もろて)を握りて之を擧げ、叫びて曰ひけるは、受けよ神、我汝にむかひてこれを延ぶ 一―三
此時よりこの方蛇はわが友なりき、一匹(ひとつ)はこの時彼の頸にからめり、そのさまさながら我は汝にまた口をきかしめずといへるに似たりき 四―六
また一匹(ひとつ)はその腕にからみてはじめの如く彼を縛(いまし)め、かつ身をかたくその前に結びて彼にすこしも之を動かすをゆるさゞりき 七―九
あゝピストイアよ、ピストイアよ、汝の惡を行ふこと己(おの)が祖先の上に出づるに、何ぞ意を決して己を灰し、趾(あと)を世に絶つにいたらざる 一〇―一二
我は地獄の中なる諸※(二の字点、1-2-22)の暗き獄(ひとや)を過ぎ、然も神にむかひてかく不遜なる魂を見ず、テーべの石垣より落ちし者だに之に及ばじ 一三―一五
かれ物言はで逃去りぬ、此時我は怒り滿々(みち/\)し一のチェンタウロ、何處(いづこ)にあるぞ、執拗(かたくな)なる者何處にあるぞとよばはりつゝ來るを見たり 一六―一八
思ふに彼が人の容(かたち)の連(つらな)れるところまでその背に負へるとき多くの蛇はマレムマの中にもあらぬなるべし 一九―二一
肩の上項(うなじ)の後(うしろ)には一の龍翼をひらきて蟠まり、いであふ者あればみなこれを燒けり 二二―二四
わが師曰ひけるは、こはカーコとてアヴェンティーノ山の巖の下にしばしば血の湖(うみ)を造れるものなり 二五―二七
彼はその兄弟等と一の路を行かず、こは嘗てその近傍(あたり)にとゞまれる大いなる家畜(けもの)の群を謀りて掠めし事あるによりてなり 二八―三〇
またこの事ありしため、その歪(ゆが)める行(おこなひ)はエルクレの棒に罹りて止みたり、恐らくは彼百を受けしなるべし、然もその十をも覺ゆる事なかりき 三一―三三
彼斯く語れる間(彼過ぎゆけり)三(みつ)の魂我等の下に來れるを我も導者もしらざりしに 三四―三六
彼等さけびて汝等は誰ぞといへり、我等すなはち語ることをやめ、今は心を彼等にのみとめぬ 三七―三九
我は彼等を識らざりき、されど世にはかゝること偶然(ふと)ある習ひとて、そのひとり、チヤンファはいづこに止まるならんといひ 四〇―四二
その侶の名を呼ぶにいたれり、この故に我は導者の心をひかんためわが指を上げて頤(おとがひ)と鼻の間におきぬ 四三―四五
讀者よ、汝いまわがいふことをたやすく信じえずともあやしむにたらず、まのあたりみし我すらもなほうけいるゝこと難ければ 四六―四八
我彼等にむかひて眉をあげゐたるに、六の足ある一匹の蛇そのひとりの前に飛びゆきてひたと之にからみたり 四九―五一
中足(なかあし)をもて腹を卷き前足をもて腕をとらへ、またかなたこなたの頬を噛み 五二―五四
後足(あとあし)を股(もゝ)に張り、尾をその間(あひ)より後方(うしろ)におくり、ひきあげて腰のあたりに延べぬ 五五―五七
木に絡(から)む蔦(つた)といへどもかの者の身に纏(まつ)はれる恐ろしき獸のさまにくらぶれば何ぞ及ばん 五八―六〇
かくて彼等は熱をうけし蝋のごとく着きてその色を交(まじ)へ、彼も此も今は始めのものにあらず 六一―六三
さながら黯(くろず)みてしかも黒ならぬ色の炎にさきだちて紙をつたはり、白は消えうするごとくなりき 六四―六六
殘りの二者(ふたり)之を見て齊しくさけびて、あゝアーニエルよ、かくも變るか、見よ汝ははや二(ふたつ)にも一にもあらずといふ 六七―六九
二の頭既に一となれる時、二の容(かたち)いりまじりて一の顏となり二そのうちに失せしもの我等の前にあらはれき 七〇―七二
四の片(きれ)より二の腕成り、股(もゝ)脛(はぎ)腹(はら)胸(むね)はみな人の未だみたりしことなき身となれり 七三―七五
もとの姿はすべて消え、異樣の像(かたち)は二にみえてしかも一にだにみえざりき、さてかくかはりて彼はしづかに立去れり 七六―七八
三伏の大なる笞(しもと)の下に蜥蜴籬(とかげまがき)を交(か)へ、路を越ゆれば電光(いなづま)とみゆることあり 七九―八一
色青を帶びて黒くさながら胡椒の粒(つぶ)に似たる一の小蛇の怒りにもえつゝ殘る二者(ふたり)の腹をめざして來れるさままたかくの如くなりき 八二―八四
この蛇そのひとりの、人はじめて滋養(やしなひ)をうくる處を刺し、のち身を延ばしてその前にたふれぬ 八五―八七
刺されし者これを見れども何をもいはず、睡りか熱に襲はれしごとく足をふみしめて欠(あくび)をなせり 八八―九〇
彼は蛇を蛇は彼を見ぬ、彼は傷より此は口よりはげしく烟を吐き、烟あひまじれり 九一―九三
ルカーノは今より默(もだ)して幸なきサベルロとナッシディオのことを語らず、心をとめてわがこゝに説きいづる事をきくべし 九四―九六
オヴィディオもまた默してカードモとアレツーザの事をかたるなかれ、かれ男を蛇に女を泉に變らせ、之を詩となすともわれ羨まじ 九七―九九
そは彼二(ふたつ)の自然をあひむかひて變らしめ兩者の形あひ待ちてその質を替ふるにいたれることなければなり 一〇〇―一〇二
さて彼等の相應ぜること下の如し、蛇はその尾を割きて叉(また)とし、傷を負へる者は足を寄せたり 一〇三―一〇五
脛(はぎ)は脛と股(もゝ)は股と固く着き、そのあはせめ、みるまにみゆべき跡をとゞめず 一〇六―一〇八
われたる尾は他の失へる形をとりて膚(はだへ)軟らかく、他のはだへはこはばれり 一〇九―一一一
我また二(ふたつ)の腕(かひな)腋下に入り、此等の縮むにつれて獸の短き二の足伸びゆくをみたり 一一二―一一四
また二の後足(あとあし)は縒(よ)れて人の隱すものとなり、幸なき者のは二にわかれぬ 一一五―一一七
烟新(あらた)なる色をもて彼をも此をも蔽ひ、これに毛を生(は)えしめ、かれの毛をうばふあひだに 一一八―一二〇
此(これ)立ち彼(かれ)倒る、されどなほ妄執(まうしふ)の光を逸(そ)らさず、その下(もと)にておのおの顏を變へたり 一二一―一二三
立ちたる者顏を後額(こめかみ)のあたりによすれば、より來れる材(ざい)多くして耳平(たひら)なる頬の上に出で 一二四―一二六
後方(うしろ)に流れずとゞまれるものはその餘(あまり)をもて顏に鼻を造り、またほどよく唇を厚くせり 一二七―一二九
伏したる者は顏を前方(まへ)に逐ひ、角を收(をさ)むる蝸牛の如く耳を頭にひきいれぬ 一三〇―一三二
またさきに一にて物言ふをえし舌は裂け、わかれし舌は一となり、烟こゝに止みたり 一三三―一三五
獸となれる魂はその聲あやしく溪に沿ひてにげゆき、殘れる者は物言ひつゝその後方(うしろ)に唾(つば)はけり 一三六―一三八
かくて彼新しき背を之にむけ、侶に曰ひけるは、願はくはブオソのわがなせしごとく匍匐(はらば)ひてこの路を走らんことを 一三九―一四一
我は斯く第七の石屑(いしくづ)の變り入替(いりかは)るさまをみたりき、わが筆少しく亂るゝあらば、請ふ人事(こと)の奇なるをおもへ 一四二―一四四
またわが目には迷ひありわが心には惑ひありしも、かの二者(ふたり)我にかくれて逃ぐるをえざれば 一四五―一四七
我はひとりのプッチオ・シヤンカートなるをさだかに知りき、さきに來れるみたりの伴侶(なかま)の中にて變らざりしはこの者のみ 一四八―一五〇
またひとりは、ガヴィルレよ、いまも汝を悼(いた)ましむ 一五一―一五三


   第二十六曲

フィオレンツァよ、汝はいと大いなるものにて翼を海陸の上に搏(う)ち汝の名遍く地獄に藉(し)くがゆゑに喜べ 一―三
我は盜人の中にて汝の際(きは)貴(たか)き邑民(まちびと)五人(いつたり)をみたり、我之を恥とす、汝もまた之によりて擧げられて大いなる譽を受くることはあらじ 四―六
されど曙(あかつき)の夢正夢ならば、プラート(その他はもとより)の汝のためにこひもとむるもの程なく汝に臨むべし、また今既にこの事ありとも 七―九
早きに過ぎじ、事避くべきに非ざれば若かず速に來らんには、そはわが年の積るに從ひ、この事の我を苦しむる愈※(二の字点、1-2-22)大なるべければなり 一〇―一二
我等この處を去れり、わが導者はさきに下れる時我等の段(きだ)となれる巖角(いはかど)を傳ひて上りまた我をひけり 一三―一五
かくて石橋の上なる小岩大岩の間のさびしき路を進みゆくに手をからざれば足も效(かひ)なし 一六―一八
この時我は悲しめり、わがみしものに心をむくれば今また憂へ、才を制すること恆(つね)を超ゆ 一九―二一
これわが才、徳の導きなきに走り、善き星または星より善きものこの寶を我に與へたらんに、我自ら之を棄つるなからんためなり 二二―二四
たとへば世界を照すもの顏を人にかくすこといと少なき時、丘(をか)の上に休む農夫が 二五―二七
蚊の蠅に代る比(ころはひ)、下なる溪間(たにま)恐らくはおのが葡萄を採りかつ耕す處に見る螢の如く 二八―三〇
數多き炎によりて第八の嚢(ボルジヤ)はすべて輝けり、こはわがその底のあらはるゝ處にいたりてまづ目をとめしものなりき 三一―三三
またたとへば熊によりてその仇をむくいしものが、エリアの兵車の去るをみし時の如く(この時その馬天にむかひて立上り 三四―三六
彼目をこれに注げども、みゆるはたゞ一抹の雲の如く高く登りゆく炎のみなりき) 三七―三九
焔はいづれも濠(ほり)の喉を過ぎてすゝみ、いづれもひとりの罪人(つみびと)を盜みてしかも盜(ぬすみ)をあらはすことなかりき 四〇―四二
我は見んとて身を伸べて橋の上に立てり、さればもし一の大岩をとらへざりせば押さるゝをもまたで落ち下れるなるべし 四三―四五
導者はわがかく心をとむるをみていひけるは、火の中に魂あり、いづれも己を燒くものに卷かる 四六―四八
我答へて曰ひけるは、わが師よ、汝の言によりてこの事いよ/\さだかになりぬ、されど我またかくおしはかりて既に汝に 四九―
エテオクレとその兄弟との荼毘(だび)の炎の如く上方(うへ)わかれたる火につゝまれてこなたに來るは誰なりやといはんとおもひたりしなり ―五四
彼答へて我に曰ふ、かしこに苛責せらるゝはウリッセとディオメーデなり、ともに怒りにむかへるごとくまたともに罰にむかふ 五五―五七
かの焔の中に、彼等は門を作りてローマ人(びと)のたふとき祖先をこゝよりいでしめし馬の伏勢(ふせぜい)を傷(いた)み 五八―六〇
かしこにアキルレのためにいまなほデイダーミアを歎くにいたらしめし詭計(たくみ)をうれへ、またかしこにパルラーディオの罰をうく 六一―六三
我曰ふ、彼等かの火花のなかにて物言ふをえば、師よ、我ひたすらに汝に請ひまた重ねて汝に請ふ、さればこの請ひ千度(ちたび)の請ひを兼ねて 六四―六六
汝は我に角(つの)ある焔のこゝに來るを待つを否むなかれ、我わが願ひのためにみたまふ如く身をかなたにまぐ 六七―六九
彼我に、汝の請ふところ甚だ善し、この故に我これを容る、たゞ汝舌を愼しめ 七〇―七二
我既に汝の願ひをさとりたれば語ることをば我に任(まか)せよ、そは彼等はギリシア人(びと)なりしがゆゑに恐らくは汝の言を侮るべければなり 七三―七五
焔近づくにおよびて導者は時と處をはかり、これにむかひていひけるは 七六―七八
あゝ汝等二の身にて一の火の中にあるものよ、我生ける時汝等の心に適ひ、高き調(しらべ)を世に録(しる)して 七九―
たとひいさゝかなりとも汝等の心に適へる事あらば、請ふ過ぎゆかず、汝等の中ひとり路を失ひて後いづこに死處をえしやを告げよ ―八四
年へし焔の大いなる角、風になやめる焔のごとく微(かすか)に鳴りてうちゆらぎ 八五―八七
かくて物いふ舌かとばかりかなたこなたに尖(さき)をうごかし、聲を放ちていひけるは 八八―
一年(ひとゝせ)あまりガエタ(こはエーネアがこの名を與へざりしさきの事なり)に近く我を匿(かく)せしチルチェと別れ去れる時 ―九三
子の慈愛(いつくしみ)、老いたる父の敬ひ、またはペネローペを喜ばしうべかりし夫婦(めをと)の愛すら 九四―九六
世の状態(さま)人の善惡を味はひしらんとのわがつよきねがひにかちがたく 九七―九九
我はたゞ一艘の船をえて我を棄てざりし僅かの侶(とも)と深き濶き海に浮びぬ 一〇〇―一〇二
スパニア、モロッコにいたるまで彼岸をも此岸をも見、またサールディニア島及び四方この海に洗はるゝほかの島々をもみたり 一〇三―一〇五
人の越ゆるなからんためエルクレが標(しるし)をたてしせまき口にいたれるころには 一〇六―
我も侶等もはや年老いておそかりき、右にはわれシビリアをはなれ左には既にセッタをはなれき ―一一一
我曰ふ、あゝ千萬(ちよろづ)の危難(あやふき)を經て西にきたれる兄弟等(たち)よ、なんぢら日を追ひ 一一二―
殘るみじかき五官の覺醒(めざめ)に人なき世界をしらしめよ、汝等起原(もと)をおもはずや
汝等は獸のごとく生くるため造られしものにあらず、徳と知識を求めんためなり ―一二〇
わがこの短き言(ことば)をきゝて侶は皆いさみて路に進むをねがひ、今はたとひとゞむとも及び難しとみえたりき 一二一―一二三
かゝれば艫(とも)を朝にむけ、櫂を翼として狂ひ飛び、たえず左に舟を寄せたり 一二四―一二六
夜は今南極のすべての星を見、北極はいと低くして海の床(ゆか)より登ることなし 一二七―一二九
我等難路に入りしよりこのかた、月下の光五度(いつたび)冴え五度消ゆるに及べるころ 一三〇―一三二
かなたにあらはれし一の山あり、程遠ければ色薄黒く、またその高さはわがみし山のいづれにもまさるに似たりき 一三三―一三五
我等は喜べり、されどこの喜びはたゞちに歎きに變れり、一陣の旋風新しき陸(くが)より起りて船の前面(おもて)をうち 一三六―一三八
あらゆる水と共に三度(みたび)これに旋(めぐ)らし四度(よたび)にいたりてその艫(とも)を上げ舳(へさき)を下せり(これ天意(みこゝろ)の成れるなり) 一三九―一四一
遂に海は我等の上に閉ぢたりき 一四二―一四四


   第二十七曲

語りをはれるため、焔はすでに上にむかひて聲なく、またやさしき詩人の許しをうけてすでに我等を離れし時 一―三
その後(うしろ)より來れるほかの焔あり、不律の音を中より出して我等の目をその尖(さき)にむけしめき 四―六
たとへばシチーリアの牡牛が(こは鑢(やすり)をもて己を造れる者の歎きをその初聲(はつごゑ)となせる牛なり、またかくなせるや好し) 七―九
苦しむ者の聲によりて鳴き、銅(あかがね)の器(うつは)あたかも苦患(なやみ)に貫かるゝかと疑はれし如く 一〇―一二
はじめは火に路も口もなく、憂ひの言(ことば)かはりて火のことばとなれるも 一三―一五
遂に路をえて登り尖(さき)にいたれる時、こゝにその過ぐるにのぞみて舌よりうけし動搖(ゆるぎ)を傳へ 一六―一八
いひけるは、わが呼ぶ者よ、またいまロムバルディアの語にていざゆけ我また汝を責めずといへる者よ 一九―二一
我おくれて來りぬとも請ふ止まりて我とかたるを厭ふなかれ、わが燃ゆれどもなほ之を厭はざるを見よ 二二―二四
汝若しわが持來れるすべての罪を犯せる處、かのうるはしきラチオの國よりいまこの盲(めしひ)の世に落ちたるならば 二五―二七
ローマニヤ人(びと)のなかに和ありや戰ひありや我に告げよ、我はウルビーノとテーヴェレの源なる高嶺(たかね)との間の山々にすめる者なればなり 二八―三〇
我はなほ心を下にとめ身をまげゐたるに、導者わが脇に觸れ、汝語るべしこれラチオの者なりといふ 三一―三三
この時既にわが答成りければ我ためらはずかたりていふ、下にかくるゝたましひよ 三四―三六
汝のローマニヤには今も昔の如く暴君等の心の中に戰ひたえず、たゞわが去るにあたりて顯著(あらは)なるものなかりしのみ 三七―三九
ラヴェンナはいまも過ぬる幾年(いくとせ)とかはらじ、ポレンタの鷲これを温(あたゝ)め、その翼をもてさらにチェルヴィアを覆ふ 四〇―四二
嘗て長き試みに耐へ、フランス人(びと)の血染めの堆(つか)を築ける邑(まち)は今緑の足の下にあり 四三―四五
モンターニアを虐(しひた)げし古き新しきヴェルルッキオの猛犬(あらいぬ)は舊(もと)の處にゐてその齒を錐(きり)とす 四六―四八
夏より冬に味方を變ふる白巣(しろす)の小獅子はラーモネとサンテルノの二の邑(まち)を治む 四九―五一
またサーヴィオに横を洗はるゝものは野と山の間にあると等しく暴虐と自由の國の間に生く 五二―五四
さて我こゝに汝に請ふ、我等に汝の誰なるやを告げよ、人にまさりて頑ななるなかれ、(かくて願はくは汝の名世に秀でんことを) 五五―五七
火はその習ひにしたがひてしばらく鳴りて後とがれる鋒(さき)をかなたこなたに動かし、氣息(いき)を出していひけるは 五八―六〇
我若しわが答のまた世に歸る人にきかるとおもはゞこの焔はとゞまりてふたゝび搖(ゆら)めくことなからん 六一―六三
されどわがきくところ眞(まこと)ならば、この深處(ふかみ)より生きて還れる者なきがゆゑに、我汝に答ふとも恥をかうむるの恐れなし 六四―六六
我は武器の人なりしがのち帶紐僧(コルヂーリエロ)となれり、こはかく帶して罪を贖はんとおもひたればなり、また我を昔の諸惡にかへらしめし 六七―六九
かの大いなる僧(禍ひ彼にあれ)微(なか)つせばわれこの思ひの成れるを疑はず、されば請ふ事の次第と濫觴(おこり)とをきけ 七〇―七二
我未だ母の與へし骨と肉とをとゝのへる間、わが行(おこなひ)は獅子に似ずして狐に似たりき 七三―七五
我は惡計(たくらみ)と拔道(ぬけみち)をすべてしりつくし、これらの術(わざ)をおこなひてそのきこえ地の極(はて)にまで及べり 七六―七八
わが齡(よはひ)すゝみて人おの/\その帆をおろし綱をまきをさむる時にいたれば 七九―八一
さきにうれしかりしものいまはうるさく、我は悔いまた自白して身を棄てき、かくして救ひの望みはありしをあゝ幸(さち)なし 八二―八四
第二のファリセイびとの王ラテラーノに近く軍(いくさ)を起し、(こはサラチーノ人またはジュデーア人との戰ひにあらず 八五―八七
その敵はいづれも基督教徒(クリスティアーノ)にてしかもその一人(ひとり)だにアークリに勝たんとてゆきまたはソルダーノの地に商人(あきびと)たりしはなし) 八八―九〇
おのが至高の職をも緇衣の分をもおもはず、また帶ぶるものいたく瘠するを常とせし紐(ひも)のわが身にあるをも思はず 九一―九三
あたかもコスタンティーンが癩を癒されんとてシルヴェストロをシラッティに訪へる如く、傲(たかぶり)の熱を癒されんとて 九四―
この者我を醫(くすし)として訪へり、彼我に謀を求め我は默(もだ)せり、その言(ことば)醉へるに似たりければなり ―九九
この時彼我に曰ふ、汝心に懼るゝ勿れ、今よりのち我汝の罪を宥さん、汝はペネストリーノを地に倒さんためわがなすべき事を我に教へよ 一〇〇―一〇二
汝の知る如く我は天を閉ぢまた開くをうるなり、この故に鑰(かぎ)二あり、こは乃ち我よりさきに位にありしものゝ尊まざりしものなりき 一〇三―一〇五
此時この力ある説我をそゝのかして、默すのかへつてあしきを思はしむるにいたれり、我即ちいひけるは、父よ、汝は 一〇六―
わがおちいらんとする罪を洗ひて我を淨むるが故に知るべし、長く約し短く守らば汝高き座(くらゐ)にありて勝利(かち)を稱(とな)ふることをえん ―一一一
我死せる時フランチェスコ來りて我を連(つ)れんとせしに、黒きケルビーニの一(ひとり)彼に曰ひけるは彼を伴ふ勿れ、我に非をなす勿れ 一一二―一一四
彼は下りてわが僕等と共にあるべし、これ僞りの謀を授けしによる、この事ありてより今に至るまで我その髮にとゞまれり 一一五―一一七
悔いざる者は宥さるゝをえず、悔いと願ひとはその相反すること障礙(しやうげ)となりて並び立ちがたし 一一八―一二〇
あゝ憂ひの身なるかな、彼我を捉へて汝は恐らくはわが論理に長(た)くるをしらざりしなるべしといへる時わがをのゝけることいかばかりぞや 一二一―一二三
彼我をミノスにおくれるに、この者八度(やたび)尾を堅き背に捲き、激しく怒りて之を噛み 一二四―一二六
こは盜む火の罪人等の同囚(なかま)なりといへり、さればみらるゝ如く我こゝに罰をうけてこの衣を着、憂ひの中に歩を(あゆみ)すゝむ 一二七―一二九
さてかく語りをはれる時、炎は歎きつゝその尖れる角をゆがめまた振りて去りゆけり 一三〇―一三二
我もわが導者もともに石橋をわたりて進み、一の濠を蔽へる次の弓門(アルコ)の上にいたれり、この濠の中には 一三三―一三五
分離を釀して重荷を負ふものその負債(おひめ)をつくのへり 一三六―一三八


   第二十八曲

たとひ紲(きづな)なき言(ことば)をもちゐ、またしば/\かたるとも、此時わが見し血と傷とを誰かは脱(おち)なく陳べうべき 一―三
收(をさ)むべきことかく多くして人の言(ことば)記憶には限りあれば、いかなる舌といふとも思ふに必ず盡しがたし 四―六
命運定(さだめ)なきプーリアの地に、トロイア人(びと)のため、また誤ることなきリヴィオのしるせるごとくいと多くの指輪を 七―
捕獲物(えもの)となせし長き戰ひによりて、そのかみその血を歎ける民みなふたゝびよりつどひ ―一二
またロベルト・グイスカールドを防がんとて刃(やいば)のいたみを覺えし民、プーリア人のすべて不忠となれる處なるチェペラン 一三―
およびターリアコッツォのあたり、乃ち老いたるアーラルドが素手(すで)にて勝利(かち)をえしところにいまなほ骨を積重ぬる者之に加はり ―一八
ひとりは刺されし身ひとりは斷たれし身をみすとも、第九の嚢(ボルジヤ)の汚らはしきさまには較(くら)ぶべくもあらぬなるべし 一九―二一
我見しにひとり頤(おとがひ)より人の放屁する處までたちわられし者ありき、中板(なかいた)または端板(はしいた)を失へる樽のやぶれもげにこれに及ばじ 二二―二四
腸(はらわた)は二の脛(はぎ)の間に垂れ、また内臟と呑みたるものを糞(ふん)となす汚(きたな)き嚢(ふくろ)はあらはれき 二五―二七
我は彼を見んとてわが全心を注ぎゐたるに、彼我を見て手をもて胸をひらき、いひけるは、いざわが裂かれしさまをみよ 二八―三〇
マオメットの斬りくだかれしさまをみよ、頤(おとがひ)より額髮まで顏を斬られて歎きつゝ我にさきだちゆくはアーリなり 三一―三三
そのほか汝のこゝにみる者はみな生ける時不和分離の種を蒔けるものなり、この故にかく截らる 三四―三六
後方(うしろ)に一の鬼ありて、我等憂ひの路をめぐりはつればこの群の中なるものを再び悉く劒の刃(は)にかけ 三七―
かく酷(むご)く我等を裝(よそふ)ふ、我等再びその前を過ぐるまでには傷すべてふさがればなり ―四二
されど汝は誰なりや、石橋の上よりながむるはおもふに汝の自白によりて定められたる罰に就くを延べんためならん 四三―四五
わが師答ふらく、死未だ彼に臨まず、また罪彼を苛責に導くにあらず、たゞその知ること周(あまね)きをえんため 四六―四八
死せる我彼を導いて地獄を過ぎ、圈また圈をつたひてこゝに下るにいたれるなり、この事の眞(まこと)なるはわが汝に物言ふことの眞なるに同じ 四九―五一
此言を聞ける時、あやしみのあまり苛責をわすれ、我を見んとて濠の中に止まれる者その數(かず)百を超えたり 五二―五四
さらば汝ほどなく日を見ることをうべきに、フラー・ドルチンに告げて、彼もしいそぎ我を追ひてこゝに來るをねがはずば 五五―
雪の圍(かこみ)が、たやすく得べきにあらざる勝利(かち)をノヴァーラ人に與ふるなからんため糧食(かて)を身の固(かため)となせといへ ―六〇
すでにゆかんとしてその隻脚(かたあし)をあげし後、マオメットかく我に曰ひ、さて去らんとてこれを地に伸ぶ 六一―六三
またひとり喉を貫かれ、鼻を眉の下まで削(そ)かれ、また耳をたゞ一のみ殘せるもの 六四―六六
衆と共にあやしみとゞまりてうちまもりゐたりしが、その外部(そと)ことごとく紅なる喉吭(のどぶえ)を人よりさきにひらきて 六七―六九
いひけるは、罪ありて罰をうくるにあらず、また近似(により)の我を欺くにあらずば上(うへ)なるラチオの國にてかつて見しことある者よ 七〇―七二
汝歸りてヴェルチェルリよりマールカーボに垂るゝ麗しき野を見るをえば、ピエール・ダ・メディチーナの事を忘れず 七三―七五
ファーノの中のいと善き二人(ふたり)メッセル・グイードならびにアンジオレルロに、我等こゝにて先を見ること徒(いたづら)ならずば 七六―
ひとりの殘忍非道の君信を賣るをもて彼等その船より投げられ、ラ・カットリーカに近く沈めらるべしと知らしめよ ―八一
チープリとマイオリカの二の島の間に、海賊によりても希臘人(アルゴスびと)によりてもかゝる大罪の行はるゝをネッツーノだに未だ見ず 八二―八四
かの一をもて物を見、かつわが同囚(なかま)のひとりにみざりしならばよかりしをとおもはしむる邑(まち)の君なる信なき者 八五―八七
詢(はか)ることありとて彼等を招き、かくしてフォカーラの風のためなる誓ひも祈りも彼等に用なきにいたらしむべし 八八―九〇
我彼に、わが汝の消息(おとづれ)を上(うへ)に齎らすをねがはゞ、見しことを痛みとするは誰なりや我に示しかつ告げよ 九一―九三
この時彼手を同囚(なかま)のひとりの※(「鰐」の「魚」に代えて「月」、第3水準1-90-51)(あぎと)にかけて口をあけしめ、叫びて、これなり、物いはず 九四―九六
彼は逐はれて後チェーザレに説き、人備(そなへ)成りてなほためらはゞ必ず損害(そこなひ)をうくといひてその疑ひを鎭めしことありきといふ 九七―九九
かく臆することなく物言ひしクーリオも舌を喉吭(のどぶえ)より切放たれ、その驚き怖るゝさまげにいかにぞや 一〇〇―一〇二
こゝにひとり手を二(ふたつ)ともに斷たれしもの、殘りの腕を暗闇のさにさゝげて顏を血に汚し 一〇三―一〇五
さけびていふ、汝また幸なくも事行はれて輙ち成るといへるモスカをおもへ、わがかくいへるはトスカーナの民の禍ひの種なりき 一〇六―一〇八
この時我は詞を添へて、また、汝の宗族(うから)の死なりきといふ、こゝにおいて憂へ憂ひに加はり、彼は悲しみ狂へる人の如く去れり 一〇九―一一一
されど我はなほ群をみんとてとゞまり、こゝに一のものをみたりき、若しほかに證(あかし)なくさりとて良心 一一二―
(自ら罪なしと思ふ思ひを鎧として人に恐るゝことなからしむる善き友)の我をつよくするあらずば、我は語るをさへおそれしなるべし ―一一七
げに我は首(くび)なき一の體(からだ)の悲しき群にまじりてその行くごとくゆくを見たりき、また我いまもこれをみるに似たり 一一八―一二〇
この者切られし首の髮をとらへてあたかも提燈(ちようちん)の如く之をおのが手に吊(つる)せり、首は我等を見てあゝ/\といふ 一二一―一二三
體(からだ)は己のために己を燈(ともしび)となせるなり、彼等は二にて一、一にて二なりき、かゝる事のいかであるやはかく定むるもの知りたまふ 一二四―一二六
まさしく橋下に來れる時、この者その言(ことば)の我等に近からんため腕を首と共に高く上げたり 一二七―一二九
さてその言にいふ、氣息(いき)をつきつゝ死者を見つゝゆく者よ、いざこの心憂き罰を見よ、かく重きものほかにもあるや否やを見よ 一三〇―一三二
また汝わが消息(おとづれ)をもたらすをえんため、我はベルトラム・ダル・ボルニオとて若き王に惡を勸めし者なるをしるべし 一三三―一三五
乃ち我は父と子とを互に背くにいたらしめしなり、アーキトフェルがアブサロネをよからぬ道に唆(そゝの)かしてダヴィーデに背かしめしも 一三六―
この上にはいでじ、かくあへる人と人とを分てるによりて、わが腦はあはれこの體(からだ)の中なるその根元(もと)より分たれ、しかして我これを携ふ ―一四一
應報の律(おきて)乃ち斯くの如くわが身に行はる 一四二―一四四


   第二十九曲

多くの民もろ/\の傷はわが目を醉はしめ、目はとゞまりて泣くをねがへり 一―三
されどヴィルジリオ我に曰ふ、汝なほ何を凝視(みつむ)るや、何ぞなほ汝の目を下なる幸なき斬りくだかれし魂の間にそゝぐや 四―六
ほかの嚢(ボルジヤ)にては汝かくなさゞりき、もし彼等をかぞへうべしとおもはゞこの溪周圍(めぐり)二十二哩(ミーリア)あるをしるべし 七―九
月は既に我等の足の下にあり、我等にゆるされし時はや殘り少なきに、この外にもなほ汝の見るべきものぞあるなる 一〇―一二
我之を聞きて答へて曰ふ、汝わがうちまもりゐたりし事の由(よし)に心をとめしならんには、わがなほ止まるを許し給ひしなるべし 一三―一五
かくかたる間も導者はすゝみ我は答へつゝうしろに從ひ、さらにいひけるは 一六―
わが目をとめし岩窟(いはあな)の中には、おもふにかく價高き罪をいたむわが血縁の一の靈あり ―二一
この時師曰ひけるは、汝今より後思ひを彼のために碎くなかれ、心をほかの事にとめて彼をこゝに殘しおくべし 二二―二四
我は小橋のもとにて彼の汝を指示(さししめ)し、指をもていたく恐喝(おびや)かすを見たり、我またそのジェリ・デル・ベルロと呼ばるゝを聞けり 二五―二七
汝は此時嘗てアルタフォルテの主なりしものにのみ心奪はれたればかしこを見ず、彼すなはち去れるなり 二八―三〇
我曰ふ、わが導者よ、彼はその横死の怨みのいまだ恥をわかつものによりて報いられざるを憤り 三一―
はかるにこれがために我とものいはずしてゆけるなるべし、我またこれによりて彼を憐れむこといよ/\深し ―三六
斯く語りて我等は石橋のうち次の溪はじめてみゆる處にいたれり、光こゝに多かりせばその底さへみえしなるべし 三七―三九
我等マーレボルジェの最後の僧院の上にいで、その役僧等(やくそうたち)我等の前にあらはれしとき 四〇―四二
憂ひの鏃(やじり)をその矢につけし異樣の歎聲(なげき)我を射たれば我は手をもて耳を蔽へり 四三―四五
七月九月の間に、ヴァルディキアーナ、マレムマ、サールディニアの施療所(せれうじよ)より諸※(二の字点、1-2-22)の病みな一の濠にあつまらば 四六―
そのなやみこの處のごとくなるべし、またこゝより來る惡臭(をしう)は腐りたる身よりいづるものに似たりき ―五一
我等は長き石橋より最後の岸の上にくだり、つねの如く左にむかふにこの時わが目あきらかになりて 五二―五四
底の方(かた)をもみるをえたりき、こはたふとき帝(みかど)の使者(つかひ)なる誤りなき正義がその世に名をしるせる驅者(かたり)等を罰する處なり 五五―五七
思ふに昔エージナの民の悉く病めるをみる悲しみといへども、(この時空に毒滿ちて小さき蟲にいたるまで 五八―
生きとし生けるもの皆斃る、しかして詩人等の眞(まこと)とみなすところによればこの後古の民
蟻の族(やから)よりふたゝびもとのさまにかへさる)、この暗き溪の中にあまたの束(たば)をなして衰へゆく魂を見る悲しみにまさらじ ―六六
ひとりは俯(うつむ)きて臥し、ひとりは同囚(なかま)の背にもたれ、ひとりはよつばひになりてこの悲しみの路をゆけり 六七―六九
我等は病みて身をあぐるをえざる此等の者を見之に耳をかたむけつつ言(ことば)はなくてしづかに歩めり 七〇―七二
こゝにわれ鍋の鍋に凭(もた)れて熱をうくる如く互に凭れて坐しゐたる二人(ふたり)の者を見き、その頭より足にいたるまで瘡斑點(かさまだら)をなせり 七三―七五
その痒きことかぎりなく、さりとてほかに藥なければ、彼等はしば/\おのが身を爪に噛ましむ 七六―
主(きみ)を待たせし厩奴(うまやもり)または心ならず目を覺(さま)しゐたる僕の馬梳(うまぐし)を用ふるもかくはやきはいまだみず ―八一
爪の痂(かさぶた)を掻き落すことたとへば庖丁の鯉またはこれより鱗大なる魚の鱗をかきおとすごとくなりき 八二―八四
わが導者そのひとりにいひけるは、指をもて鎧を解きかくしてしば/\これを釘拔にかゆる者よ 八五―八七
この中(なか)なる者のうちにラチオ人(びと)ありや我等に告げよ、(かくて願はくは汝の爪永遠(とこしへ)にこの勞(いたづき)に堪へなんことを) 八八―九〇
かの者泣きつゝ答へて曰ひけるは、かく朽果てし姿をこゝに見する者はともにラチオ人なりき、されど我等の事をたづぬる汝は誰ぞや 九一―九三
導者曰ふ、我はこの生くる者と共に岩また岩をくだるものなり、我彼に地獄を見せんとす 九四―九六
この時互の支(さゝへ)くづれておの/\わなゝきつゝ我にむかへり、また洩れ聞けるほかの者等もかくなしき 九七―九九
善き師身をいとちかく我によせ、汝のおもふことをすべて彼等にいへといふ、我乃ちその意に從ひて曰ひけるは 一〇〇―一〇二
ねがはくは第一の世にて汝等の記憶人の心をはなれず多くの日輪の下にながらへんことを 一〇三―一〇五
汝等誰にて何の民なりや我に告げよ、罰の見苦しく厭はしきをおもひて我に身を明(あ)かすをおそるゝなかれ 一〇六―一〇八
そのひとり答へて曰ふ、我はアレッツオの者なりき、アールベロ・ダ・シエーナによりてわれ火にかゝるにいたれるなり、然(され)ど 一〇九―
我をこゝに導けるは我を死なしめし事に非ず、我戲れに彼に告げて空飛ぶ術(すべ)をしれりといひ、彼はまた事を好みて智乏しき者なりければこの技(わざ)を示さん事を我に求め、たゞわが彼をデーダロたらしめざりし故により彼を子となす者に我を燒かしめしは實(まこと)なり ―一一七
されど過つあたはざるミノスが我を十の中なる最後の嚢(ボルジヤ)に陷らしめしはわが世に行へる錬金の術によりてなりき 一一八―一二〇
われ詩人に曰ひけるは、そも事を好むシエーナ人の如き民かつて世にありしや、げにフランス人(びと)といへどもはるかにこれにおよばじ 一二一―一二三
此時いまひとりの癩を病める者かくいふをきゝてわが言に答へて曰ひけるは、費(つひえ)を愼しむ術(すべ)しれるストリッカ 一二四―
丁子(ちやうじ)の實(み)ねざす園の中にその奢れる用(もちゐ)をはじめて工夫(くふう)せしニッコロを除け ―一二九
また葡萄畑と大なる林とを蕩盡(つかひはた)せしカッチア・ダシアーンおよびその才を時めかせしアツバリアート等の一隊を除け 一三〇―一三二
されどかく汝に與してシエーナ人にさからふ者の誰なるやをしるをえんため、目を鋭くして我にむかへ、さらばわが顏よく汝に答へ 一三三―一三五
汝はわが錬金の術によりて諸※(二の字点、1-2-22)の金(かね)を詐り變へしカポッキオの魂なるをみん、またわが汝を見る目に誤りなくば、汝は思ひ出づるなるべし 一三六―一三八
我は巧みに自然を似せし猿(ましら)なりしを 一三九―一四一


   第三十曲

テーベの血セーメレの故によりユノネの怒りに觸れし時(その怒りをあらはせることしば/\なりき) 一―三
いたく狂へるアタマンテはその妻が二人(ふたり)の男子(をとこのこ)を左右の手に載せてゆくを見て 四―六
我等網を張らむ、かくしてわれ牝獅子と獅子の仔をその路にてとらへんとさけび、非情の爪をのばし 七―九
そのひとり名をレアルコといへるを執らへ、ふりまはして岩にうちあて、また女は殘れる荷をもて自ら水に溺れにき 一〇―一二
また何事をもおそれず行へるトロイア人(びと)の僭上命運の覆すところとなりて、王その王土と共に亡ぶにいたれる時 一三―一五
悲しき、あぢきなき、囚虜(とらはれ)の身のエークバは、ポリッセーナの死せるをみ、またこのなやめる者その子ポリドロを 一六―
海のほとりにみとめ、憂ひのために心亂れ、その理性(さとり)をうしなひて犬の如く吠えたりき ―二一
されど物にやどりて獸または人の身を驅るテーベ、トロイアの怒りの猛きも 二二―
わが蒼ざめて裸なる二の魂の中にみし怒りには及ばじ、彼等は恰も欄(をり)を出でたる豚の如く且つ噛み且つ走れり ―二七
その一はカポッキオにちかづき、牙を項(うなじ)にたてゝ彼を曳き、堅き底を腹に磨(す)らしむ 二八―三〇
震ひつゝ殘れるアレッツオの者我に曰ひけるは、かの魔性の魑魅(すだま)はジャンニ・スキッキなり、狂ひめぐりてかく人をあしらふ 三一―三三
我彼に曰ふ、(願はくはいま一の者汝に齒をたつるなからんことを)請ふ此者の誰なるやをそのはせさらぬまに我に告げよ 三四―三六
彼我に、こはいとあしきミルラの舊(ふり)し魂なり、彼正しき愛を超えてその父を慕ひ 三七―三九
おのれを人の姿に變へてこれと罪を犯すにいたれり、あたかもかなたにゆく者が 四〇―
獸の群の女王をえんとて己をブオソ・ドナーティといつはり、その遺言書(ゆゐごんしよ)を作りてこれを法例(かた)の如く調(とゝの)ふるにいたれるに似たり ―四五
狂へる二の者過ぎ去りて後、我は此等に注げる目をめぐらし、ほかの幸(さち)なく世に出でし徒(ともがら)を見たり 四六―四八
我見しにこゝにひとり人の叉生(またさ)すあたりより股の附根(つけね)を切りとるのみにて形琵琶に等しかるべき者ありき 四九―五一
同化しえざる水氣によりて顏腹と配(そ)はざるばかりに身に權衡(けんかう)を失はせ、また之を重からしむる水腫(すゐしゆ)の病は 五二―五四
たえずその唇をひらかしめ、そのさまエチカをやめる者の渇きて一を頤(おとがひ)に一を上にむくるに似たりき 五五―五七
彼我等に曰ふ、あゝいぶかしくも苦患(なやみ)の世にゐて何の罰をもうけざる者よ、心をとめてマエストロ・アダモの幸なきさまを見よ 五八―
生ける時は我ゆたかにわが望めるものをえたりしに、いまはあはれ水の一滴(ひとしづく)をねぎもとむ ―六三
カセンティーンの緑の丘(をか)よりアルノにくだり、水路涼しく軟かき多くの小川は 六四―六六
常にわがまへにあらはる、またこれ徒(いたづら)にあらず、その婆の我を乾すことわが顏の肉を削(そ)ぐこの病よりはるかに甚しければなり 六七―六九
我を責むる嚴(おごそか)なる正義は、我に歎息(ためいき)をいよ/\しげく飛ばさしめんとてその手段(てだて)をわが罪を犯せる處に得たり 七〇―七二
即ちかしこにロメーナとてわがバッティスタの像(かた)ある貨幣(かね)の模擬(まがひ)を造り、そのため燒かれし身を世に殘すにいたれる處あり 七三―七五
されど我若しこゝにグイード、アレッサンドロまたは彼等の兄弟の幸(さち)なき魂をみるをえばその福(さいはひ)をフォンテ・ブラングにもかへじ 七六―七八
狂ひめぐる魂等の告ぐること眞(まこと)ならば、ひとりはすでにこの中にあり、されど身繋(つな)がるゝがゆゑに我に益なし 七九―八一
たとひ百年(もゝとせ)の間に一吋(オンチヤ)をゆきうるばかりなりともこの身輕くば、この處周圍(めぐり)十一哩(ミーリア)あり 八二―八四
幅半哩を下らざれども、我は既に出立ちて彼をこの見苦しき民の間に尋ねしなるべし 八五―八七
我は彼等の爲にこそ斯かる家族(やから)の中にあるなれ、我を誘ひて三カラートの合金(まぜがね)あるフィオリーノを鑄らしめしは乃ち彼等なればなり 八八―九〇
我彼に、汝の右に近く寄りそひて臥し、冬の濡手(ぬれて)のごとく烟(けぶ)るふたりの幸なき者は誰ぞや 九一―九三
答へて曰ふ、我この巖間(いわま)に降(ふ)り下れる時彼等すでにこゝにありしが其後一度(たび)も身を動かすことなかりき、思ふに何時(いつ)に至るとも然(しか)せじ 九四―九六
ひとりはジユセッポを讒(しこづ)りし僞りの女、一はトロイアにありしギリシア人(びと)僞りのシノンなり、彼等劇しき熱の爲に臭き烟を出すことかく夥(おびたゞ)し 九七―九九
この時そのひとり、かくあしざまに名をいはれしを怨めるなるべし、拳(こぶし)をあげて彼の硬き腹を打ちしに 一〇〇―一〇二
その音恰も太鼓の如くなりき、マエストロ・アダモはかたさこれにも劣らじとみゆるおのが腕をもてかの者の顏を打ち 一〇三―一〇五
これにいひけるは、たとひこの身重くして動くあたはずともかゝる用(もちゐ)にむかひては自在の肱(かひな)我にあり 一〇六―一〇八
かの者即ち答へて曰ふ、火に行ける時汝の腕かくはやからず、貨幣(かね)を造るにあたりてはかく早く否これよりも早かりき 一〇九―一一一
水氣を病める者、汝のいへるは眞(まこと)なり、されどトロイアにて眞を問はれし時汝はかかる眞の證人(あかしびと)にあらざりき 一一二―一一四
シノネ曰ふ、我は言(ことば)にて欺けるも汝は貨幣(かね)にて欺けるなり、わがこゝにあるは一(ひとつ)の罪のためなるも汝の罪は鬼より多し 一一五―一一七
腹脹(ふく)るゝ者答へて曰ふ、誓ひを破れる者よ、馬を思ひいで、この事全世界にかくれなきをしりて苦しめ 一一八―一二〇
ギリシアの者曰ふ、汝はまた舌を燒くその渇(かわき)と腹を目の前の籬(まがき)となすその腐水(くさりみづ)のために苦しめ 一二一―一二三
この時贋金者(にせがねし)、汝の口は昔の如く己が禍ひのために開(あ)く、我渇き水氣によりて膨るるとも 一二四―一二六
汝は燃えて頭いためば、もしナルチッソの鏡だにあらば人のしふるをもまたで之を舐(ねぶ)らむ 一二七―一二九
我は彼等の言をきかんとのみ思ひたりしに、師我に曰ふ、汝少しく愼しむべし、われたゞちに汝と爭ふにいたらん 一三〇―一三二
彼怒りをふくみてかく我にいへるをきける時我は今もわが記憶に渦(うづま)くばかりの恥をおぼえて彼の方にむかへり 一三三―一三五
人凶夢を見て夢に夢ならんことをねがひ、すでに然るを然らざるごとく切(せち)に求むることあり 一三六―一三八
我亦斯くの如くなりき、我は口にていふをえざれば、たえず詫(わ)びつゝもなほ詫びなんことを願ひてわが既にしかせるを思ふことなかりき 一三九―一四一
師曰ふ、恥斯く大いならずともこれより大いなる過ちを洗ふにたる、されば一切の悲しみを脱れよ 一四二―一四四
若し民かくの如く爭ふところに命運汝を行かしむることあらば、わが常に汝の傍にあるをおもへ 一四五―一四七
かゝる事をきくを願ふはこれ卑しき願ひなればなり 一四八―一五〇


   第三十一曲

同じ一の舌なれども先には我を刺して左右の頬を染め、後には藥を我にえさせき 一―三
聞くならくアキルレとその父の槍もまたかくのごとく始めは悲しみ後は幸ひを人に與ふる習ひなりきと 四―六
我等は背を幸(さち)なき大溪にむけ、之を繞れる岸の上にいで、言(ことば)も交(まじ)へで横ぎれり 七―九
さてこの邊(あたり)は夜たりがたく晝たりがたき處なれば、我は遠く望み見るをえざりしかど、はげしき雷(いかづち)をも微(かすか)ならしむるばかりに 一〇―
角笛(つのぶえ)高く耳にひゞきて我にその行方(ゆくへ)を溯りつゝ目を一の處にのみむけしめき ―一五
師(いくさ)いたましく敗れ、カルロ・マーニオその聖軍を失ひし後のオルラントもかくおそろしくは吹鳴らさゞりしなりけり 一六―一八
われ頭(かうべ)をかなたにめぐらしていまだほどなきに、多くの高き櫓(やぐら)をみしごとく覺えければ、乃ち曰ふ、師よ、告げよ、これ何の邑なりや 一九―二一
彼我に、汝はるかに暗闇の中をうかゞふがゆゑに量ることたゞしからざるにいたる 二二―二四
ひとたびかしこにいたらば遠き處にありては官能のいかに欺かれ易きものなるやをさだかに知るをえん、されば少しく足をはやめよ 二五―二七
かくてやさしく我手をとりていひけるは、我等かなたにゆかざるうち、この事汝にいとあやしとおもはれざるため 二八―三〇
しるべし、彼等は巨人にして櫓にあらず、またその臍(ほぞ)より下は坎(あな)の中岸のまはりにあり 三一―三三
水氣空に籠(こも)りて目にかくれし物の形、霧のはるゝにしたがひて次第に浮びいづるごとく 三四―三六
我次第に縁(ふち)にちかづきわが眼(まなこ)濃き暗き空を穿つにおよびて誤りは逃げ恐れはましぬ 三七―三九
あたかもモンテレッジオンが圓き圍(かこひ)の上に多くの櫓を戴く如く、おそろしき巨人等は 四〇―
その半身をもて坎をかこめる岸を卷けり(ジョーヴェはいまも雷(いかづち)によりて天より彼等を慴(おび)えしむ) ―四五
我は既にそのひとりの顏、肩、胸および腹のおほくと腋を下れる雙腕(もろかひな)とをみわけぬ 四六―四八
げに自然がかゝる生物を造るをやめてかゝる臣等(おみら)をマルテより奪へるは大いに善し 四九―五一
また彼象と鯨を造れるを悔いざれども、見ることさとき人はこれに依りて彼をいよいよ正しくいよ/\慮(おもんぱかり)あるものとなすべし 五二―五四
そは心の固めもし惡意と能力(ちから)に加はらばいかなる人もこれを防ぐあたはざればなり 五五―五七
顏は長く大きくしてローマなる聖ピエートロの松毯(まつかさ)に似、他(ほか)の骨みなこれに適(かな)へり 五八―六〇
されば下半身の裳(も)なりし岸は彼を高くその上に聳えしむ、おもふに三人(みたり)のフリジア人(びと)もその髮に屆(とゞ)くを 六一―
誇りえざりしなるべし、人の外套(うはぎ)を締合(しめあ)はすところより下方(した)わが目にうつれるもの裕(ゆたか)に三十パルモありき ―六六
ラフェル・マイ・アメク・ツアビ・アルミ、猛き口はかく叫べり、(これよりうるはしき聖歌はこの口にふさはしからず) 六七―六九
彼にむかひてわが導者、愚なる魂よ、怒り生じ雜念起らばその角笛に縋りて之をこころやりとせよ 七〇―七二
あわたゞしき魂よ、頸をさぐりてつなげる紐をえ、また笛のその大いなる胸にまつはるをみよ 七三―七五
かくてまた我に曰ひけるは、彼己が罪を陳ぶ、こはネムブロットなり、世に一の言語(ことば)のみ用ゐられざるは即ちそのあしき思ひによれり 七六―七八
我等彼を殘して去り、彼と語るをやめん、これ益なきわざなればなり、人その言(ことば)をしらざる如く彼また人の言をさとらじ 七九―八一
かくて左にむかひて我等遠くすゝみゆき弩(いしゆみ)とゞく間(あひ)をへだてゝまたひとりいよ/\猛くかつ大いなる者をみき 八二―八四
縛(しば)れる者の誰なりしや我はしらねど、彼鏈(くさり)をもてその腕を左はまへに右はうしろに繋(つな)がれ 八五―
この鏈頸より下をめぐりてその身のあらはれしところを絡(ま)くこと五囘(いつまき)に及べり ―九〇
わが導者曰ふ、この傲(たかぶ)る者比類(たぐひ)なきジョーヴェにさからひておのが能力(ちから)をためさんとおもへり、此故にこの報(むくい)をうく 九一―九三
彼名をフィアルテといふ、巨人等が神々の恐るゝところとなりし頃大いなる試(こゝろみ)をなし、その腕を振へるも、今や再び動かすによしなし 九四―九六
我彼に、若しかなはゞ願はくは量り知りがたきブリアレオのわが目に觸れなんことを 九七―九九
彼すなはち答へて曰ふ、汝はこゝより近き處にアンテオを見ん、彼語るをえて身に縛(いましめ)なし、また我等を凡ての罪の底におくらん 一〇〇―一〇二
汝の見んとおもふ者は遠くかなたにありてかくの如く繋がれ形亦同じ、たゞその姿いよ/\猛きのみ 一〇三―一〇五
フィアルテ忽ち身を搖(ゆ)れり、いかに強き地震(なゐ)といへどもその塔をゆるがすことかく劇しきはなし 一〇六―一〇八
此時我は常にまさりて死を恐れぬ、また若し繋(つなぎ)を見ることなくば怖れはすなはち死なりしなるべし 一〇九―一一一
我等すゝみてアンテオに近づけり、彼は岩窟(いはあな)より外にいづること頭を除きて五アルラを下らざりき 一一二―一一四
あゝアンニバールがその士卒と共に背(そびら)を敵にみせし時、シピオンを譽の嗣(よつぎ)となせし有爲(うゐ)の溪間に 一一五―一一七
そのかみ千匹の獅子の獲物(えもの)をはこべる者よ(汝若し兄弟等のゆゝしき師(いくさ)に加はりたらば地の子等勝利(かち)をえしものをと 一一八―
いまも思ふものあるに似たり)、願はくは我等を寒さコチートを閉すところにおくれ、これをいとひて ―一二三
我等をティチオにもティフォにも行かしむる勿れ、この者よく汝等のこゝに求むるものを與ふるをうるがゆゑに身を屈(かゞ)めよ、顏を顰(しか)むる勿れ 一二四―一二六
彼はこの後汝の名を世に新にするをうるなり、彼は生く、また時未だ至らざるうち恩惠(めぐみ)彼を己が許によぶにあらずばなほ永く生くべし 一二七―一二九
師かく曰へり、彼速かに嘗てエルクレにその強(つよみ)をみせし手を伸べてわが導者を取れり 一三〇―一三二
ヴィルジリオはおのが取られしをしりて我にむかひ、こゝに來(こ)よ、我汝をいだかんといひ、さて己と我とを一の束(たば)とせり 一三三―一三五
傾ける方(かた)よりガーリセンダを仰ぎ見れば、雲その上を超ゆる時これにむかひてゆがむかと疑はる 一三六―一三八
われ心をとめてアンテオの屈むをみしにそのさままた斯くの如くなりき、さればほかの路を行かんとの願ひもげにこれ時に起れるなるを 一三九―一四一
彼は我等をかるやかにジユダと共にルチーフェロを呑める底におき、またかくかゞみて時ふることなく 一四二―一四四
船の檣の如く身を上げぬ 一四五―一四七


   第三十二曲

若し我にすべての巖壓(いはほお)しせまる悲しみの坎(あな)にふさはしきあらきだみたる調(しらべ)あらば 一―三
我わが想(おもひ)の汁(しる)をなほも漏れなく搾(しぼ)らんものを、我に是なきによりて語るに臨み心後る 四―六
夫れ全宇宙の底を説くは戲れになすべき業(わざ)にあらず、阿母阿父とよばゝる舌また何ぞよくせんや 七―九
たゞ願はくはアムフィオネをたすけてテーべを閉せる淑女等わが詩をたすけ、言(ことば)の事と配(そ)はざるなきをえしめんことを 一〇―一二
あゝ萬の罪人にまさりて幸なく生れし民、語るも苦(つら)き處に止まる者等よ、汝等は世にて羊または山羊(やぎ)なりしならば猶善かりしなるべし 一三―一五
我等は暗き坎(あな)の中巨人の足下(あしもと)よりはるかに低き處におりたち、我猶高き石垣をながめゐたるに 一六―一八
汝心して歩め、あしうらをもて幸なき弱れる兄弟等の頭を踏むなかれと我にいふものありければ 一九―二一
われ身をめぐらしてみしにわが前また足の下に寒さによりて水に似ず玻璃に似たる一の池ありき 二二―二四
冬のオステルリッキなるダノイアもかの寒空(さむぞら)の下なるタナイもこの處の如く厚き覆面衣(かほおひ)をその流れの上につくれることあらじ 二五―
げにタムベルニッキまたはピエートラピアーナその上に落ちぬともその縁(ふち)すらヒチといはざりしなるべし ―三〇
また農婦が夢にしば/\落穗を拾ふころ、顏を水より出して鳴かんとする蛙の如く 三一―三三
蒼ざめしなやめる魂等は愧(はぢ)のあらはるゝところまで氷にとざゝれ、その齒を鶴の調(しらべ)にあはせぬ 三四―三六
彼等はみなたえず顏を垂る、寒さは口より憂き心は目よりおの/\その證(あかし)をうけぬ 三七―三九
我しばしあたりをみし後わが足元にむかひ、こゝに頭の毛まじらふばかりに近く身をよせしふたりの者を見き 四〇―四二
我曰ふ、胸をおしあはす者よ、汝等は誰なりや我に告げよ、彼等頸をまげ顏をあげて我にむかへるに 四三―四五
さきに内部(うち)のみ濕へるその眼(まなこ)、あふれながれて唇に傳はり、また寒さは目の中の涙を凍らしてふたゝび之をとざせり 四六―四八
鎹(かすがひ)といふともかくつよくは木と木をあはすをえじ、是に於て彼等はげしき怒りを起し、二匹の牡山羊(をやぎ)の如く衝(つ)きあへり 四九―五一
またひとり寒さのために耳を二(ふたつ)ともに失へるもの、うつむけるまゝいひけるは、何ぞ我等をかく汝の鏡となすや 五二―五四
汝このふたりの誰なるを知らんとおもはゞ、聞くべし、ビセンツォの流るゝ溪は彼等の父アルベルト及び彼等のものなりき 五五―五七
彼等は一の身より出づ、汝あまねくカイーナをたづぬとも、氷の中に埋(いけ)らるゝにふさはしきこと彼等にまさる魂をみじ 五八―六〇
アルツーの手にかゝりたゞ一突(ひとつき)にて胸と影とを穿たれし者も、フォカッチヤーも、また頭をもて我を妨げ我に遠く 六一―
見るをえざらしむるこの者(名をサッソール・マスケローニといへり、汝トスカーナ人(びと)ならばよく彼の誰なりしやをしらむ)もまさらじ ―六六
又汝かさねて我に物言はす莫からんため、我はカミチオン・デ・パッチといひてカルリンのわが罪をいひとくを待つ者なるをしるべし 六七―六九
かくて後我は寒さのため犬の如くなれる千の顏をみき、又之を見しによりて凍れる沼は我をわなゝかしむ、後もまた常にしからむ 七〇―七二
我等一切の重力集まる處なる中心にむかひてすゝみ、我はとこしへの寒さの中にふるひゐたりし時 七三―七五
天意常數命運のいづれによりしやしらず、頭(かうべ)の間を歩むとてつよく足をひとりの者の顏にうちあてぬ 七六―七八
彼泣きつゝ我を責めて曰ひけるは、いかなれば我をふみしくや、モンタペルティの罰をまさんとて來れるならずば何ぞ我をなやますや 七九―八一
我、わが師よ、わがこの者によりて一の疑ひを離るゝをうるため請ふ、この處にて我を待ち、その後心のまゝに我をいそがせたまへ 八二―八四
導者は止まれり、我すなはちなほ劇しく詛ひゐたる者にむかひ、汝何者なればかく人を罵るやといへるに 八五―八七
彼答へて、しかいふ汝は何者なればアンテノーラを過ぎゆきて人の頬を打つや、汝若し生ける者なりせば誰かはこれに耐(た)へうべきといふ 八八―九〇
我答へて曰ひけるは、我は生く、このゆゑに汝名を求めば、わが汝の名を記録の中にをさむるは汝の好むところなるべし 九一―九三
彼我に、わが求むるものはその反對(うら)なり、こゝを立去りてまた我に累をなすなかれ、かく諂(へつら)ふともこの窪地(くぼち)に何の益あらんや 九四―九六
この時我その項(うなじ)の毛をとらへ曰ひけるは、いまはのがるゝに途なし、若し名をいはずば汝の髮一筋をだにこゝに殘さじ 九七―九九
彼聞きて曰ふ、汝たとひわが髮を※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)(むし)るとも我の誰なるやを告げじ、また千度(ちたび)わが頭上(づじやう)に落來るともあらはさじ 一〇〇―一〇二
我ははやくも髮を手に捲き、これを拔くこと一房より多きにおよび、彼は吠えつゝたえずその目を垂れゐたるに 一〇三―一〇五
ひとり叫びていひけるは、ボッカよ何をかなせる、※(「鰐」の「魚」に代えて「月」、第3水準1-90-51)(あぎと)を鳴らすもなほ足らずとて吠ゆるか、汝に觸(さは)るは何の鬼ぞや 一〇六―一〇八
我曰ふ、恩に背きし曲者奴(くせものめ)、いまは汝に聞くの用なし、我汝の眞(まこと)の消息(おとづれ)を携へゆきこれを汝の恥となさん 一〇九―一一一
彼答へて曰ふ、往け、しかして思ひのまゝにかたれ、されど汝この中よりいでなば、いまかく口を輕くせし者のことをものべよ 一一二―一一四
彼こゝにフランス人(びと)の銀を悼(いた)む、汝いふべし、我は罪人の冷ゆる處にヅエラの者をみたりきと 一一五―一一七
汝またほかに誰ありしやと問はるゝことあらん、しるべし、汝の傍(そば)にはフィオレンツァに喉を切られしベッケーリアの者あり 一一八―一二〇
かなたにガネルローネ及び眠れるファーエンヅァをひらきしテバルデルロとともにあるはおもふにジャンニ・デ・ソルダニエルなるべし 一二一―一二三
我等既に彼をはなれし時我は一の孔の中に凍れるふたりの者をみき、一の頭は殘りの頭の帽となり 一二四―一二六
上なるものは下なるものゝ腦(なう)と項(うなじ)とあひあふところに齒をくだし、さながら饑ゑたる人の麪麭(パン)を貪り食ふに似たりき 一二七―一二九
怒れるティデオがメナリッポの後額(こめかみ)を噛めるもそのさま之に異ならじとおもふばかりにこの者腦蓋(なうがい)とそのあたりの物とをかめり 一三〇―一三二
我曰ふ、あゝかく人を食(は)みあさましきしるしによりてその怨みをあらはす者よ、我に故を告げよ、我も汝と約を結び 一三三―一三五
汝の憂ひに道理(ことわり)あらば、汝等の誰なるや彼の罪の何なるやをしり、こののち上(うへ)の世に汝にむくいん 一三六―一三八
わが舌乾くことなくば 一三九―一四一


   第三十三曲

かの罪人(つみびと)口をおそろしき糧(かて)よりもたげ、後方(うしろ)を荒らせし頭なる毛にてこれをぬぐひ 一―三
いひけるは、望みなき憂ひはたゞ思ふのみにて未だ語らざるにはやくも我心を絞るを、汝これを新(あらた)ならしめんとす 四―六
されどわが言(ことば)我に噛まるゝ逆賊の汚辱(をじよく)の實を結ぶ種たりうべくば汝はわがかつ語りかつ泣くを見ん 七―九
我は汝の誰なるをも何の方法(てだて)によりてこゝに下れるをも知らず、されどその言をきくに汝は必ずフィレンツェの者ならん 一〇―一二
汝知るべし、我は伯爵(コンテ)ウゴリーノ此(こ)は僧正ルツジェーリといへる者なり、いざ我汝に何によりてか上る隣人(となりびと)となれるやを告げん 一三―一五
彼の惡念あらはるゝにおよびて彼を信ぜる我とらへられ、のち殺されしことはいふを須ひず 一六―一八
されば汝の聞きあたはざりし事、乃ちわが死のいかばかり殘忍なりしやは汝聞きて彼我を虐(しひた)げざりしや否やを知るべし 一九―二一
わがためには餓(うゑ)の名をえてこののちなほも人を籠(こ)むべき塒(とや)なる小窓が 二二―二四
既に多くの月をその口より我に示せる頃、我はわが行末の幔(まく)を裂きし凶夢を見たり 二五―二七
すなはちこの者長(をさ)また主(きみ)となりてルッカをピサ人に見えざらしむる山の上に狼とその仔等を逐ふに似たりき 二八―三〇
肉瘠せ氣燥(はや)り善く馴らされし牝犬(めいぬ)とともにグアンディ、シスモンディ、ランフランキをその先驅(さきて)とす 三一―三三
逐はれて未だ程なきに父も子もよわれりとみえ、我は彼等が鋭き牙にかけられてその傍腹(わきばら)を裂かるゝを見しとおぼえぬ 三四―三六
さて曉に目をさましし時我はともにゐしわが兒等の夢の中に泣きまた麪麭(パン)を乞ふ聲をきゝぬ 三七―三九
若しわが心にうかべる禍ひの兆(きざし)をおもひてなほいまだ悲しまずば汝はげに無情なり、若し又泣かずば汝の涙は何の爲ぞや 四〇―四二
彼等はめさめぬ、糧(かて)の與へらるべき時は近づけり、されど夢のためそのひとりだに危ぶみ恐れざるはなかりき 四三―四五
この時おそろしき塔の下なる戸に釘打つ音きこえぬ、我はわが兒等の顏を見るのみ言(ことば)なし 四六―四八
我は泣かざりき、心石となりたればなり、彼等は泣けり、わがアンセルムッチオ、かく見たまふは父上いかにしたまへるといふ 四九―五一
かくても我に涙なかりき、またわれ答へでこの日この夜をすごし日輪再び世にあらはるゝ時に及べり 五二―五四
微(かすか)なる光憂ひの獄(ひとや)にいりきたりてかの四の顏にわれ自らのすがたをみしとき 五五―五七
我は悲しみのあまり雙手(もろて)を噛めり、わがかくなせるを食(くら)はんためなりとおもひ、彼等俄かに身を起して 五八―六〇
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛(いたみ)は却つて輕からむ、この便(びん)なき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これを剥(は)ぎたまへ 六一―六三
我は彼等の悲しみを増さじとて心をしづめぬ、この日も次の日も我等みな默(もだ)せり、あゝ非情の土よ、汝何ぞ開かざりしや 六四―六六
第四日(よつかめ)になりしときガッドはわが父いかなれば我をたすけたまはざるやといひ、身をのべわがあしもとにたふれて 六七―六九
その處に死にき、かくて五日と六日目の間に我はまのあたり三人(みたり)のあひついでたふるゝをみぬ、我また盲(めしひ)となりしかば 七〇―
彼等を手にてさぐりもとめて死後なほその名を呼ぶこと二日、この時斷食の力憂ひにまさるにいたれるなりき ―七五
かくいへる時彼は目を斜(なゝめ)にしてふたゝび幸(さち)なき頭顱(かうべ)を噛めり、その齒骨に及びて強きこと犬の如くなりき 七六―七八
あゝピサよ、シを語となすうるはしき國の民の名折(なをれ)よ、汝の隣人(となりびと)等汝を罰するおそければ 七九―八一
ねがはくはカプライアとゴルゴーナとゆるぎいでゝアルノの口に籬(まがき)をめぐらし、汝の中なる人々悉く溺れ死ぬるにいたらんことを 八二―八四
そはたとひ伯爵(コンテ)ウゴリーノに汝に背きて城を賣れりとのきこえありとも汝は兒等をかく十字架につくべきにあらざればなり 八五―八七
第二のテーべよ、年若きが故にすなはち罪なし、ウグッチオネもイル・ブリガータもまた既にこの曲に名をいへる二人(ふたり)の者も 八八―九〇
我等はなほ進み、ほかの民の俯(うつむ)かずうらがへりてあらく氷に包まるゝところにいたれり 九一―九三
こゝには憂へ憂ひをとゞめ、なやみは目の上の障礙(しやうげ)にさへられ、苦しみをまさんとて内部(うち)にかへれり 九四―九六
そははじめの涙凝塊(かたまり)となりてあたかも玻璃の被物(おほひ)の如く眉の下なる杯を滿たせばなり 九七―九九
わが顏は寒さのため、胼胝(たこ)のいでたるところにひとしく凡ての感覺を失へるに 一〇〇―一〇二
この時わが風に觸るゝを覺え、曰ひけるは、わが師よ、これを動かすものは誰ぞや、この深處(ふかみ)には一切の地氣消ゆるにあらずや 一〇三―一〇五
彼即ち我に、汝は程なく汝の目が風を降(ふ)らす源(もと)をみてこれが答を汝にえさすところにいたらん 一〇六―一〇八
氷の皮なる幸なき者の中ひとり叫びて我等にいひけるは、あゝ非道にして最後の立處(たちど)に罪なはれたる魂等よ 一〇九―一一一
堅き被物(おほひ)を目よりあげて涙再び凍らぬまに我胸にあふるゝ憂ひを少しく洩すことをえしめよ 一一二―一一四
我すなはち彼に、わが汝をたすくるをねがはゞ汝の誰なるやを我に告げよ、かくして我もしその支障(さゝはり)を去らずば我は氷の底にゆくべし 一一五―一一七
この時彼答ふらく、我は僧(フラーテ)アルベリーゴなり、よからぬ園の木の實の事ありてここに無花果に代へ無漏子(むろし)をうく 一一八―一二〇
我彼に曰ふ、さらば汝既に死にたるか、彼我に、我はわが體(からだ)のいかに上の世に日をふるやをしらず 一二一―一二三
このトロメアには一の得ありていまだアトローポスに追はれざるに魂しば/\こゝに落つることあり 一二四―一二六
また汝玻璃にひとしき此涙をいよ/\こゝろよくわが顏より除くをえんため、しるべし、魂わがなせるごとく信に背くことあれば 一二七―
鬼たゞちにその體(からだ)を奪ひ、みづからこれが主となりて時のめぐりをはるを待ち ―一三二
おのれはかゝる水槽(みづぶね)の中におつ、さればわが後方(うしろ)に冬を送る魂もおもふにいまなほその體(からだ)を上の世にあらはすなるべし 一三三―一三五
汝今此處にくだれるならば彼を知らざることあらじ、彼はセル・ブランカ・ドーリアなり、かく閉されてより既に多くの年を經たり 一三六―一三八
我彼に曰ふ、我は汝の欺くをしる、ブランカ・ドーリアは未だ死なず、彼食(く)ひ飮み寢(い)ねまた衣(ころも)を着るなり 一三九―一四一
彼曰ふ、上なるマーレブランケの濠の中、粘(ねば)き脂(やに)煮ゆるところにミケーレ・ツァンケ未だ着かざるうち 一四二―一四四
この者その體(からだ)に鬼を殘して己にかはらせ、彼と共に逆を行へるその近親のひとりまたしかなせり 一四五―一四七
されどいざ手をこなたに伸べて我目をひらけ、我はひらかざりき、彼にむかひて暴(みだり)なるは是即ち道なりければなり 一四八―一五〇
あゝジエーノヴァ人(びと)よ、一切の美風をはなれ一切の邪惡を滿たす人々よ、汝等の世より散りうせざるは何故ぞ 一五一―一五三
我は極惡(ごくあく)なるローマニアの魂と共に汝等のひとりその行(おこなひ)によりて魂すでにコチートに浸(ひた)り 一五四―
身はなほ生きて地上にあらはるゝ者をみたりき ―一五九


   第三十四曲

地獄の王の旗あらはる、此故に前方(まへ)を望みて彼を認むるや否やを見よ、わが師かく曰へり 一―三
濃霧起る時、闇わが半球を包む時、風のめぐらす碾粉車(こひきぐるま)の遠くかなたに見ゆることあり 四―六
我もこの時かゝる建物(たてもの)をみしをおぼえぬ、また風をいとへどもほかに避くべき處なければ、われ身を導者の後方(うしろ)に寄せたり 七―九
我は既に魂等全く掩(おほ)ひ塞(ふさ)がれ玻璃の中なる藁屑(わらくづ)の如く見え透(す)ける處にゐたり(これを詩となすだに恐ろし) 一〇―一二
伏したる者あり、頭を上にまたは蹠(あしうら)を上にむけて立てる者あり、また弓の如く顏を足元(あしもと)に垂れたる者ありき 一三―一五
我等遠く進みし時、わが師は昔姿美しかりし者を我にみすべき機(おり)いたれるをみ 一六―一八
わが前をさけて我にとゞまらせ、見よディーテを、また見よ雄々(をゝ)しさをもて汝を固(かた)むべきこの處をといふ 一九―二一
この時我身いかばかり冷(ひ)えわが心いかばかり挫(くじ)けしや、讀者よ問ふ勿れ、言(ことば)及ばざるがゆゑに我これを記(しる)さじ 二二―二四
我は死せるにもあらずまた生けるにもあらざりき、汝些(すこし)の理解(さとり)だにあらば請ふ今自ら思へ、彼をも此をも共に失へるわが當時のさまを 二五―二七
悲しみの王土の帝(みかど)その胸の半(なかば)まで氷の外(そと)にあらはれぬ、巨人をその腕に比ぶるよりは 二八―
我を巨人に比ぶるかたなほ易し、その一部だにかくのごとくば之に適(かな)へる全身のいと大いなること知りぬべし ―三三
彼今の醜(みにく)きに應じて昔美しくしかもその造主(つくりぬし)にむかひて眉を上げし事あらば一切の禍ひ彼よりいづるも故なきにあらず 三四―三六
我その頭に三の顏あるを見るにおよびてげに驚けることいかばかりぞや、一は前にありて赤く 三七―三九
殘る二は左右の肩の正中(たゞなか)の上にてこれと連(つらな)り、かつ三ともに※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)冠(とさか)あるところにて合へり 四〇―四二
右なるは白と黄の間の色の如く、左なるはニーロの水上(みなかみ)より來る人々の如くみえき 四三―四五
また顏の下よりはかゝる鳥ににつかしき二(ふたつ)の大いなる翼いでたり、げにかく大いなるものをば我未だ海の帆にも見ず 四六―四八
此等みな羽なくその構造(つくりざま)蝙蝠(かうもり)の翼に似たり、また彼此等を搏ち、三の風彼より起れり 四九―五一
コチートの悉く凍れるもこれによりてなりき、彼は六の眼(まなこ)にて泣き、涙と血の涎(よだれ)とは三の頤(おとがひ)をつたひて滴(したゝ)れり 五二―五四
また口毎にひとりの罪人(つみびと)を齒にて碎くこと碎麻機(あさほぐし)の如く、かくしてみたりの者をなやめき 五五―五七
わけて前なる者は爪にかけられ、その背しば/\皮なきにいたれり、これにくらぶれば噛まるゝは物の數ならじ 五八―六〇
師曰ふ、高くかしこにありてその罰最も重き魂はジユダ・スカリオットなり、彼頭を内にし脛を外に振る 六一―六三
頭さがれるふたりのうち、黒き顏より垂るゝはプルートなり、そのもがきて言(ことば)なきを見よ 六四―六六
また身いちじるしく肥ゆとみゆるはカッシオなり、されど夜はまた來れり、我等すでにすべてのものを見たればいざゆかん 六七―六九
我彼の意に從ひてその頸を抱けるに彼はほどよき時と處をはかり、翼のひろくひらかれしとき 七〇―七二
毛深き腋に縋(すが)り、叢(むら)また叢をつたはりて濃き毛と氷層のあひだをくだれり 七三―七五
かくて我等股の曲際(まがりめ)腰の太(ふと)やかなるところにいたれば導者は疲れて呼吸(いき)もくるしく 七六―七八
さきに脛をおけるところに頭をむけて毛をにぎり、そのさま上(のぼ)る人に似たれば我は再び地獄にかへるなりとおもへり 七九―八一
よわれる人の如く喘ぎつゝ師曰ひけるは、かたくとらへよ、我等はかゝる段(きだ)によりてかゝる大いなる惡を離れざるをえず 八二―八四
かくて後彼とある岩の孔(あな)をいで、我をその縁(ふち)にすわらせ、さて心して足をわが方(かた)に移せり 八五―八七
我はもとのまゝなるルチーフェロをみるならんとおもひて目を擧げて見たりしにその脛上にありき 八八―九〇
わが此時の心の惑ひはわが過ぎし處の何なるやを辨(わきま)へざる愚なる人々ならではしりがたし 九一―九三
師曰ふ、起きよ、路遠く道程(みちすぢ)艱(かた)し、また日は既に第三時の半に歸れり 九四―九六
我等の居りし處は御館(みたち)の廣間(ひろま)にあらず床(ゆか)粗(あら)く光乏しき天然の獄舍(ひとや)なりき 九七―九九
我立ちて曰ひけるは、師よ、わがこの淵を去らざるさきに少しく我に語りて我を迷ひの中よりひきいだしたまへ 一〇〇―一〇二
氷はいづこにありや、この者いかなればかくさかさまに立つや、何によりてたゞしばしのまに日は夕(ゆふ)より朝に移れる 一〇三―一〇五
彼我に、汝はいまなほ地心のかなた、わがさきに世界を貫くよからぬ蟲の毛をとらへし處にありとおもへり 一〇六―一〇八
汝のかなたにありしはわがくだれる間のみ、われ身をかへせし時汝は重量(おもさ)あるものを四方より引く點を過ぎ 一〇九―一一一
廣き乾ける土に蔽はれ、かつ罪なくして世に生れ世をおくれる人その頂點のもとに殺されし半球を離れ 一一二―
いまは之と相對(あひむか)へる半球の下にありて、足をジユデッカの背面を成す小さき球の上におくなり ―一一七
かしこの夕はこゝの朝にあたる、また毛を我等の段(きだ)となせし者の身をおくさまは今も始めと異なることなし 一一八―一二〇
彼が天よりおちくだれるはこなたなりき、この時そのかみこの處に聳えし陸は彼を恐るゝあまり海を蔽物(おほひ)となして 一二一―一二三
我半球に來れるなり、おもふにこなたにあらはるゝものもまた彼をさけんためこの空處をこゝに殘して走り上(のぼ)れるなるべし 一二四―一二六
さてこの深みにベルヅエブの許より起りてその長さ墓の深さに等しき一の處あり、目に見えざれども 一二七―
一の小川の響きによりてしらる、この小川は囘(めぐ)り流れて急ならず、その噛み穿てる岩の中虚(うつろ)を傳はりてこゝにくだれり ―一三二
導者と我とは粲(あざや)かなる世に歸らんため、このひそかなる路に入り、しばしの休(やすみ)をだにもとむることなく 一三三―一三五
わが一の圓き孔の口より天の負(お)ひゆく美しき物をうかゞふをうるにいたるまで、彼第一に我は第二に上(のぼ)りゆき 一三六―一三八
かくてこの處をいでぬ、再び諸※(二の字点、1-2-22)の星をみんとて 一三九―一四一





煉獄篇



   第一曲

かのごとく酷(むご)き海をあとにし、優(まさ)れる水をはせわたらんとて、今わが才の小舟(をぶね)帆を揚ぐ 一―三
かくてわれ第二の王國をうたはむ、こは人の靈淨(きよ)められて天に登るをうるところなり 四―六
あゝ聖なるムーゼよ、我は汝等のものなれば死せる詩をまた起きいでしめよ、願はくはこゝにカルリオペ 七―
少しく昇りてわが歌に伴ひ、かつて幸(さち)なきピーケを撃ちて赦(ゆるし)をうるの望みを絶つにいたらしめたる調(しらべ)をこれに傳へんことを ―一二
東の碧玉(あをだま)の妙(たへ)なる色は、第一の圓にいたるまで晴れたる空ののどけき姿にあつまりて 一三―一五
我かの死せる空氣――わが目と胸を悲しましめし――の中よりいでしとき、再びわが目をよろこばせ 一六―一八
戀にいざなふ美しき星は、あまねく東をほゝゑましめておのが伴(とも)なる雙魚を覆へり 一九―二一
われ右にむかひて心を南極にとめ、第一の民のほかにはみしものもなき四の星をみぬ 二二―二四
天はその小(ちひ)さき焔をよろこぶに似たりき、あゝ寡(やもめ)となれる北の地よ、汝かれらを見るをえざれば 二五―二七
われ目をかれらより離して少しく北極――北斗既にかしこにみえざりき――にむかひ 二八―三〇
こゝにわが身に近くたゞひとりの翁(おきな)ゐたるをみたり、その姿は厚き敬(うやまひ)を起さしむ、子の父に負ふ敬といふともこの上にはいでじ 三一―三三
その長き鬚には白き毛まじり、二(ふたつ)のふさをなして胸に垂れし髮に似たり 三四―三六
聖なる四(よつ)の星の光その顏を飾れるため、我彼をみしに日輪前にあるごとくなりき 三七―三九
彼いかめしき鬚をうごかし、いひけるは。失明(めしひ)の川を溯りて永遠(とこしへ)の獄(ひとや)より脱(のが)れし汝等は誰ぞや 四〇―四二
誰か汝等を導ける、地獄の溪を常闇(とこやみ)となす闌(ふ)けし夜(よる)よりいづるにあたりて誰か汝等の燈火(ともしび)となれる 四三―四五
汝等斯くして淵の律法(おきて)を破れるか、將(はた)天上の定(さだめ)新たに變りて汝等罰をうくといへどもなほわが岩に來るをうるか。 四六―四八
わが導者このとき我をとらへ、言(ことば)と手と表示(しるし)をもてわが脛(はぎ)わが目をうや/\しからしめ 四九―五一
かくて答へて彼に曰ふ。我自ら來れるにあらず、ひとりの淑女天より降れり、我その請(こひ)により伴(とも)となりて彼をたすけぬ 五二―五四
されど汝は我等のまことの状態(ありさま)のさらに汝に明(あ)かされんことを願へば、我もいかでか汝にこれを否むをねがはむ 五五―五七
それこの者未だ最後の夕(ゆふ)をみず、されど愚(おろか)にしてこれにちかづき、たゞいと短き時を殘せり 五八―六〇
われさきにいへるごとく、わが彼に遣はされしは彼を救はんためなりき、またわが踏めるこの路を措きては路ほかにあらざりき 六一―六三
我はすべての罪ある民をすでに彼に示したれば、いまや汝の護(まもり)のもとに己を淨むる諸※(二の字点、1-2-22)の靈を示さんとす 六四―六六
わが彼をこゝに伴(ともな)ひ來れる次第は汝に告げんも事長し、高き處より力降りて我をたすけ、我に彼を導いて汝を見また汝の詞を聞かしむ 六七―六九
いざ願はくは彼の來れるを嘉(よみ)せ、彼往きて自由を求む、そもこのもののいと貴(たふと)きはそがために命(いのち)をも惜しまぬもののしるごとし 七〇―七二
汝これを知る、そはそがためにウティカにて汝は死をも苦しみとせず、大いなる日に燦(あざや)かなるべき衣(ころも)をこゝに棄てたればなり 七三―七五
我等永遠(とこしへ)の法(のり)を犯せるにあらず、そはこの者は生く、またミノス我を繋(つな)がず、我は汝のマルチアの貞節(みさを)の目ある獄(ひとや)より來れり 七六―
あゝ聖なる胸よ、汝に妻とおもはれんとの願ひ今なほ彼の姿にあらはる、されば汝彼の愛のために我等を眷顧(かへり)み ―八一
我等に汝の七(なゝつ)の國を過ぐるを許せ、我は汝よりうくる恩惠(めぐみ)を彼に語らむ、汝若し己が事のかなたに傳へらるゝをいとはずば。 八二―八四
この時彼曰ふ。われ世にありし間、マルチアわが目を喜ばしたれば、その我に請へるところ我すべてこれをなせり 八五―八七
今彼禍ひの川のかなたにとゞまるがゆゑに、わがかしこを出でし時立てられし律法(おきて)に從ひ、またわが心を動かすをえず 八八―九〇
されど汝のいふごとく天の淑女の汝を動かし且つ導くあらば汝そがために我に求むれば足るなり、何ぞ諛言(へつらひごと)をいふを須(もち)ゐん 九一―九三
されば行け、汝一本(もと)の滑かなる藺(ゐ)をこの者の腰に束(つか)ねまたその顏を洗ひて一切の汚穢(けがれ)を除け 九四―九六
霧のために※(「目+毛」、第3水準1-88-78)(かす)める目をもて天堂の使者(つかひ)の中なる最初の使者の前にいづるはふさはしからず 九七―九九
この小さき島のまはりのいと/\低きところ浪打つかなたに、藺ありて軟(やはら)かき泥(ひぢ)の上に生(お)ふ 一〇〇―一〇二
この外には葉を出しまたは硬くなるべき草木(くさき)にてかしこに生を保つものなし、打たれて撓(たわ)まざればなり 一〇三―一〇五
汝等かくして後こなたに歸ることなかれ、今出づる日は汝等に登り易き山路(やまぢ)を示さむ。 一〇六―一〇八
かくいひて見えずなりにき、我は物言はず立ちあがりて身をいと近くわが導者によせ、またわが目を彼にそゝげり 一〇九―一一一
彼曰ふ。子よ、わが歩履(あゆみ)に從へ、この廣野(ひろの)こゝより垂れてその低き端(はし)におよべばいざ我等後(うしろ)にむかはむ。 一一二―一一四
黎明(あけぼの)朝の時に勝ちてこれをその前より走(わし)らしめ、我ははるかに海の打震ふを認めぬ 一一五―一一七
我等はさびしき野をわけゆけり、そのさま失へる路をたづねて再びこれを得るまでは 一一八―一二〇
たゞ徒(いたづら)に歩むことぞと自ら思ふ人に似たりき
露日と戰ひ、その邊(わたり)の冷かなるためにたやすく消えざるところにいたれば 一二一―一二三
わが師雙手(もろて)をひらきてしづかに草の上に置きたり、我即ちその意(こゝろ)をさとり 一二四―一二六
彼にむかひて涙に濡るゝ頬をのべしに、彼は地獄のかくせる色をこと/″\くこゝにあらはせり 一二七―一二九
かくて我等はさびしき海邊(うみべ)、その水を渡れる人の歸りしことなきところにいたれり 一三〇―一三二
こゝに彼、かの翁の心に從ひ、わが腰を括(くゝ)れるに、奇なる哉謙遜の草、彼えらびてこれを採るや 一三三―一三五
その抜かれし處よりたゞちに再び生(お)ひいでき 一三六―一三八


   第二曲

日は今子午線のそのいと高きところをもてイエルサレムを蔽ふ天涯にあらはれ 一―三
これと相對(あひむか)ひてめぐる夜(よ)は、天秤(はかり)(こは夜の長き時その手より落つ)を持ちてガンジェを去れり 四―六
さればわがゐしところにては、美しきアウローラの白き赤き頬、年ふけしため柑子(かうじ)に變りき 七―九
我等はあたかも路のことをおもひて心進めど身止まる人の如くなほ海のほとりにゐたるに 一〇―一二
見よ、朝(あした)近きとき、わたつみの床(ゆか)の上西の方(かた)低きところに、濃き霧の中より火星の紅(あか)くかゞやくごとく 一三―一五
わが目に見えし一の光(あゝ我再びこれをみるをえんことを)海を傳ひていと疾く來れり、げにいかなる羽といふとも斯許(かくばかり)早きはあらじ 一六―一八
われわが導者に問はんとて、しばらく目をこれより離し、後再びこれをみれば今はいよ/\燦(あざや)かにかついよ/\く大いなりき 一九―二一
その左右には何にかあらむ白き物見え、下よりもまた次第に白き物いでぬ 二二―二四
わが師なほ物言はざりしが、はじめの白き物翼とみゆるにいたるにおよび、舟子(ふなこ)の誰なるをさだかに知りて 二五―二七
さけびていふ。いざとく跪き手を合すべし、見よこれ神の使者(つかひ)なり、今より後汝かかる使者等(つかひたち)をみむ 二八―三〇
見よかれ人の器具(うつは)をかろんじ、かく隔たれる二の岸の間にも、擢を用ゐず翼を帆に代ふ 三一―三三
見よ彼これを伸べて天にむかはせ、朽つべき毛の如く變ることなきその永遠(とこしへ)の羽(はね)をもて大氣を動かす。 三四―三六
神の鳥こなたにちかづくに從ひそのさまいよ/\あざやかになりて近くこれを見るにたへねば 三七―三九
われ目を垂れぬ、彼は疾(と)く輕くして少しも水に呑まれざる一の舟にて岸に着けり 四〇―四二
艫(とも)には天の舟人(ふなびと)立ち(福(さいはひ)その姿にかきしるさるゝごとくみゆ)、中には百餘の靈坐せり 四三―四五
イスラエル、エヂプトを出でし時、彼等みな聲をあはせてかくうたひ、かの聖歌に録(しる)されし殘りの詞をうたひをはれば 四三―四五
彼は彼等のために聖十字を截りぬ、彼等即ち皆汀(みぎは)におりたち、彼はその來れる時の如くとく去れり 四九―五一
さてかしこに殘れる群(むれ)は、この處をば知らじとみえ、あたかも新しきものを試むる人の如くあたりをながめき 五二―五四
日はそのさやけき矢をもてはや中天(なかぞら)より磨羯を逐ひ、晝を四方に射下(いくだ)せり 五五―五七
この時新しき民面(おもて)をあげて我等にむかひ、いひけるは。汝等若し知らば、山に行くべき路ををしへよ。 五八―六〇
ヴィルジリオ答へて曰ふ。汝等は我等をこの處に精(くは)しとおもへるならむ、されど我等も汝等と同じ旅客なり 六一―六三
我等は他(ほか)の路を歩みて汝等より少しく先に來れるのみ、その路のいと粗(あら)く且つ艱(かた)きに比(くら)ぶれば今よりこゝを登らんは唯戲(たはぶれ)の如くなるべし。 六四―六六
わが呼吸(いき)によりて我のなほ生くるをしれる魂等はおどろきていたくあをざめぬ 六七―六九
しかしてたとへば報告(しらせ)をえんとて橄欖をもつ使者(つかひ)のもとに人々むらがり、その一人(ひとり)だに踏みあふことを避けざるごとく 七〇―七二
かの幸(さち)多き魂等はみなとゞまりてわが顏をまもり、あたかも行きて身を美しくするを忘るゝに似たりき 七三―七五
我はそのひとりの大いなる愛をあらはし我を抱かんとて進みいづるを見、心動きて自らしかなさんとせしに 七六―七八
あゝ姿のほか凡て空しき魂よ、三度(みたび)われ手をその後(うしろ)に組みしも、三度手はわが胸にかへれり 七九―八一
思ふに我は怪訝(あやしみ)の色に染まれるなるべし、かの魂笑ひて退き、我これを逐ひて前にすゝめば 八二―八四
しづかに我に止(や)めよといふ、この時我その誰なるをしり、しばらくとゞまりて我と語らんことを乞ふ 八五―八七
彼答ふらく。我先に朽つべき肉の中にありて汝を愛せる如く今紲(きづな)を離れて汝を愛す、此故に止まらむ、されど汝の行くは何の爲ぞや。 八八―九〇
我曰ふ。わがカゼルラよ、我のこの羈旅(たびぢ)にあるは再びこゝに歸らんためなり、されど汝何によりてかく多く時を失へるや。 九一―九三
彼我に。時をも人をも心のまゝにえらぶもの、屡※(二の字点、1-2-22)我を拒みてこゝに渡るを許さゞりしかどこれ我に非をなせるにあらず 九四―九六
その意正しき意より成る、されど彼はこの三月(みつき)の間、乘るを願ふものあれば、うけがひて皆これを載せたり 九七―九九
さればこそしばしさき、我かのテーヴェロの水潮(うしほ)に變る海の邊(ほとり)にゆきたるに、彼こころよくうけいれしなれ 一〇〇―一〇二
彼今翼をかの河口(くち)に向く、そはアケロンテの方(かた)にくだらざるものかしこに集まる習ひなればなり。 一〇三―一〇五
我。新しき律法(おきて)汝より、わがすべての願ひを鎭むるを常とせし戀歌の記憶またはその技(わざ)を奪はずば 一〇六―一〇八
肉體とともにこゝに來りて疲(つかれ)甚しきわが魂を、ねがはくは少しくこれをもて慰めよ。 一〇九―一一一
「わが心の中にものいふ戀は」と彼はこのときうたひいづるに、そのうるはしさ今猶耳に殘るばかりに妙(たへ)なりき 一一二―一一四
わが師も我も彼と共にありし民等もみないたくよろこびて、ほかに心に觸るゝもの一だになきごとくみゆ 一一五―一一七
我等すべてとゞまりて心を歌にとめゐたるに、見よ、かのけだかき翁さけびていふ。何事ぞ遲(おそ)き魂等よ 一一八―一二〇
何等の怠慢(おこたり)ぞ、何ぞかくとゞまるや、走(わし)りて山にゆきて穢(けがれ)を去れ、さらずば神汝等にあらはれたまはじ。 一二一―一二三
たとへば食をあさりてつどへる鳩の、聲もいださず、その習ひなる誇(ほこり)もみせで、麥や莠(はぐさ)の實を拾ふとき 一二四―一二六
おそるゝもののあらはるゝあれば、さきにもまさる願ひに攻められ、忽ち食を棄て去るごとく 一二七―一二九
かの新しき群(むれ)歌を棄て、山坂にむかひてゆきぬ、そのさま行けども行方(ゆくへ)をしらざる人に似たりき 一三〇―一三二
我等もまたこれにおくれずいでたてり 一三三―一三五


   第三曲

彼等忽ち馳せ、廣野(ひろの)をわけて散り、理性に促(うなが)されて我等の登る山にむかへるも 一―三
我は身をわがたのもしき伴侶(とも)によせたり、我またいかで彼を觸れて走(わし)るをえんや、誰か我を導いて山に登るをえしめんや 四―六
彼はみづから悔ゆるに似たりき、あゝ尊き清き良心よ、たゞさゝやかなる咎もなほ汝を刺すこといかにはげしき 七―九
彼の足すべての動作(ふるまひ)の美をこぼつ急(いそぎ)を棄つれば、さきに狹(せば)まれるわが心 一〇―一二
さながら求むるものある如く思ひを廣くし、我はかの水の上より天にむかひていと高く聳ゆる山にわが目をそゝぎぬ 一三―一五
後方(うしろ)に赤く燃ゆる日は、わがためにその光を支(さ)へられて碎け、前方(まへ)にわが象(かたち)を殘せり 一六―一八
我わが前方(まへ)にのみ黒き地あるをみしとき、おのが棄てられしことを恐れてわが傍(かたへ)にむかへるに 一九―二一
我を慰むるもの全く我に對(むか)ひていふ。何ぞなほ疑ふや、汝はわが汝と共にありて汝を導くを信ぜざるか 二二―二四
わがやどりて影を映(うつ)せる身の埋(うづ)もるゝ處にてははや夕(ゆふ)なり、この身ナポリにあり、ブランディツィオより移されき 二五―二七
さればわが前に今影なしとも、こはたがひに光を堰(せ)かざる諸天に似てあやしむにたらず 二八―三〇
そも/\威力(ちから)はかゝる體(からだ)を造りてこれに熱と氷の苛責の苦しみを感ぜしむ、されどその爲す事の次第の我等に顯はるゝことを好まず 三一―三三
もし我等の理性をもて、三にして一なる神の踏みたまふ無窮の道を極めんと望むものあらばそのもの即ち狂へるなり 三四―三六
人よ汝等は事を事として足れりとせよ、汝等もし一切を見るをえたりしならば、マリアは子を生むに及ばざりしなるべし 三七―三九
また汝等は、己が願ひをかなふるにふさはしかりし人々にさへ、その願ふところ實を結ばず却つて永遠(とこしへ)に悲しみとなりて殘るを見たり 四〇―四二
わがかくいへるはアリストーテレ、プラトー、その外多くのものの事なり。かくいひて顏を垂れ、思ひなやみてまた言(ことば)なし 四三―四五
かゝるうちにも我等は山の麓に着けり、みあぐれば巖(いはほ)いと嶮しく、脛(はぎ)の疾(はや)きもこゝにては益なしとみゆ 四六―四八
レリーチェとツルビアの間のいとあらびいと廢(すた)れし徑(こみち)といふとも、これに此(くら)ぶれば、寛(ゆるや)かにして登り易き梯子(はしご)の如し 四九―五一
わが師歩みをとゞめていふ。誰か知る、山の腰低く垂れて翼なき族人(たびびと)もなほ登るをうるは何方(いづかた)なるやを。 五二―五四
彼顏をたれて心に路のことをおもひめぐらし、我はあふぎて岩のまはりをながめゐたるに 五五―五七
この時わが左にあらはれし一群(ひとむれ)の魂ありき、彼等はこなたにその足をはこべるも、來ることおそくしてしかすとみえず 五八―六〇
我曰ふ。師よ目を擧げてこなたを見よ、汝自ら思ひ定むるあたはずば彼等我等に教ふべし。 六一―六三
彼かれらを見、氣色(けしき)晴(はれ)やかに答ふらく。彼等の歩履(あゆみ)おそければいざ我等かしこに行かん、好兒(よきこ)よ、望みをかたうせよ。 六四―六六
我等ゆくこと千歩にして、かの民なほ離るゝこと巧みなる投手(なげて)の石のとゞくばかりなりしころ(六七)
彼等はみな高き岸なる堅き岩のほとりにあつまり、互ひに身をよせて動かず、おそれて道を行く人の見んとて止まる如くなりき 七〇―七二
ヴィルジリオ曰ふ。あゝ福(さいはひ)に終れるものらよ、すでに選ばれし魂等よ、我は汝等のすべて待望む平安を指して請ふ 七三―七五
我等に山の斜(なゝめ)にて上りうべきところを告げよ、そは知ることいと大いなる者時を失ふを厭ふことまたいと大いなればなり。 七六―七八
たとへば羊の、一づつ二づつまたは三づつ圈(をり)をいで、殘れるものは臆してひくく目と口を垂れ 七九―八一
而して最初の者の爲す事をばこれに續く者皆傚ひて爲し、かの者止まれば、聲なく思慮(こゝろ)なくその何故なるをも知らで、これが邊(あたり)に押合ふ如く 八二―八四
我はこの時かの幸(さち)多き群(むれ)の先手(さきて)の、容端(かたち)正(たゞしく)歩履(あゆみ)優(いう)にこなたに進み來るをみたり 八五―八七
さきに立つ者、わが右にあたりて光地に碎け、わが影岩に及べるをみ 八八―九〇
とゞまりて少しく後方(うしろ)に退(すさ)れば、續いて來れる者は故をしらねどみなかくなせり 九一―九三
汝等問はざるも我まづ告げむ、汝等の見るものはこれ人の體(からだ)なり、此故に日の光地上に裂く 九四―九六
あやしむなかれ、信ぜよ、天より來る威能(ちから)によらで彼この壁に攀(よ)ぢんとするにあらざるを。 九七―九九
師斯く、かの尊(たふと)き民手背(てのおもて)をもて示して曰ふ。さらば身をめぐらして先に進め。 一〇〇―一〇二
またそのひとりいふ。汝誰なりとも、かく歩みつゝ顏をこなたにむけて、世に我を見しことありや否やをおもへ。 一〇三―一〇五
我即ちかなたにむかひ、目を定めて彼を見しに、黄金(こがね)の髮あり、美しくして姿けだかし、されど一の傷ありてその眉の一を分てり 一〇六―一〇八
我謙(へりく)だりていまだみしことなしとつぐれば、彼はいざ見よといひてその胸の上のかたなる一の疵を我に示せり 一〇九―一一一
かくてほゝゑみていふ。我は皇妃コスタンツァの孫マンフレディなり、此故にわれ汝に請ふ、汝歸るの日 一一二―一一四
シチーリアとアラーゴナの名譽(ほまれ)の母なるわが美しき女(むすめ)のもとにゆき、世の風評(さた)違はば實(まこと)を告げよ 一一五―一一七
わが身二の重傷(いたで)のために碎けしとき、われは泣きつゝ、かのよろこびて罪を赦したまふものにかへれり 一一八―一二〇
恐しかりきわが罪は、されどかぎりなき恩寵(めぐみ)そのいと大いなる腕(かひな)をもて、すべてこれに歸るものをうく 一二一―一二三
クレメンテに唆(そその)かされて我を狩りたるコセンツァの牧者、その頃神の聖經(みふみ)の中によくこの教へを讀みたりしならば 一二四―一二六
わが體(からだ)の骨は、今も重き堆石(つみいし)に護られ、ベネヴェントに近き橋のたもとにありしなるべし 一二七―一二九
さるを今は王土の外(そと)ヴェルデの岸邊(きしべ)に雨に洗はれ風に搖(ゆす)らる、彼消(け)せる燈火(ともしび)をもてこれをかしこに移せるなり 一三〇―一三二
それ望みに緑の一點をとゞむる間は、人彼等の詛ひによりて全く滅び永遠(とこしへ)の愛歸るをえざるにいたることなし 一三三―一三五
されどげに聖なる寺院の命に悖(もと)りて死する者、たとひつひに悔ゆといへども、その僭越なりし間の三十倍の時過ぐるまで 一三六―一三八
必ず外(そと)なるこの岸にとゞまる、もし善き祈りによりて時の短くせらるゝにあらずば 一三九―一四一
請ふわが好(よ)きコスタンツァに汝の我にあへる次第とこの禁制(いましめ)とをうちあかし、汝がこの後我を悦ばすをうるや否やを見よ 一四二―一四四
そはこゝにては、世にある者の助けによりて、我等の得るところ大なればなり。 一四五―一四七


   第四曲

心の作用(はたらき)の一部喜びまたは憂ひを感ずる深ければ、魂こと/″\こゝにあつまり 一―三
また他の能力(ちから)をかへりみることなしとみゆ、知るべし、我等の内部(うち)に燃ゆる魂、一のみならじと思ふは即ち誤りなることを 四―六
この故に聞くこと見るもの、つよく魂をひきよすれば、人時の過ぐるを知らず 七―九
そは耳をとゞむる能力(ちから)は魂を全く占(し)むる能力(ちから)と異なる、後者はその状(さま)繋(つな)がるゝに等しく前者には紲(きづな)なし 一〇―一二
我かの靈のいふところをきき且つはおどろきてしたしくこの事の眞(まこと)なるをさとれり、そは我等かの魂等が我等にむかひ 一三―
聲をあはせて、汝等の尋ぬるものこゝにありと叫べる處にいたれる時、日はわがしらざる間に裕(ゆたか)に五十を上(のぼ)りたればなり ―一八
葡萄黒むころ、たゞ一束(たば)の茨(いばら)をもて、村人(むらびと)の圍(かこ)ふ孔(あな)といふとも、かの群(むれ)我等をはなれし後 一九―
導者さきに我あとにたゞふたり登りゆきし徑路(こみち)よりは間々(まま)大いなるべし ―二四
サンレオにゆき、ノーリにくだり、ビスマントヴァを登りてその頂にいたるにもただ足あれば足る、されどこゝにては飛ばざるをえずと 二五―二七
即ち我に望みを與へ、わが光となりし導者にしたがひ、疾き翼深き願ひの羽を用ゐて 二八―三〇
我等は碎けし岩の間を登れり、崖(がけ)左右より我等に迫り、下なる地は手と足の助けを求めき 三一―三三
我等高き陵(をか)の上縁(うはべり)、山の腰のひらけしところにいたれるとき、我いふ。わが師よ、我等いづれの路をえらばむ。 三四―三六
彼我に。汝一歩をも枉ぐるなかれ、さとき嚮導(しるべ)の我等にあらはるゝことあるまで、たえず我に從ひて山を登れ。 三七―三九
巓(いただき)は高くして視力及ばず、また山腹は象限(しやうげん)の中央(なかば)の線(すぢ)よりはるかに急なり 四〇―四二
我疲れて曰ふ。あゝやさしき父よ、ふりかへりて我を見よ、汝若しとゞまらずば、我ひとりあとに殘るにいたらむ。 四三―四五
わが子よ、身をこの處まで曳き來れ。彼は少しく上方(うへ)にあたりて山のこなたをことごとくめぐれる一の高臺(パルツオ)を指示しつゝかくいへり 四六―四八
この言(ことば)にはげまされ、我は彼のあとより匍匐(はひ)つゝわが足圓の上を踏むまでしひて身をすゝましむ 四九―五一
我等はこゝに、我等の登れる方(かた)なりし東に向ひて倶に坐せり、そは人顧みて心を慰むる習ひなればなり 五二―五四
我まづ目を低き汀(みぎは)にそゝぎ、後これを擧げて日にむかひ、その光我等の左を射たるをあやしめり 五五―五七
詩人はわがかの光の車の我等とアクイロネの間を過ぐるをみていたく惑へることをさだかにさとり 五八―六〇
即ち我にいひけるは。若しカストレとポルルーチェ、光を上と下とにおくるかの鏡とともにあり 六一―六三
かつかのものその舊き道を離れずば、汝は赤き天宮の今よりもなほ北斗に近くめぐるをみるべし 六四―六六
汝いかでこの事あるやをさとるをねがはば、心をこめて、シオンとこの山と地上にその天涯を同じうし 六七―
その半球を異にするを思へ、さらば汝の智にしてもしよく明(あきらか)にこゝにいたらば、かのフェートンが幸(さち)なくも
車を驅るを知らざりし路は何故に此の左、彼の右をかならず過ぐるや、汝これを知るをえむ。 ―七五
我曰ふ。わが師よ、才の足らじとみえしところを、げに今にいたるまで我かくあきらかにさとれることなし 七六―七八
さる學術にて赤道とよばれ、常に日と冬の間にありていと高くめぐる天の中帶は 七九―八一
汝の告ぐる理(ことわり)により、この處を北に距ること、希伯來人(エブレオびと)がこれをみしとき彼等を熱き地の方(かた)に距れるに等し 八二―八四
されど我等いづこまで行かざるをえざるや、汝ねがはくは我にしらせよ、山高くそびえてわが目及ぶあたはざればなり。 八五―八七
彼我に。はじめ常に艱しといへども人の登るに從つてその勞を少うするはこれこの山の自然なり 八八―九〇
此故に汝これをたのしみ、上(のぼ)るの易きことあたかも舟にて流れを追ふごときにいたれば 九一―九三
すなはちこの徑路(こみち)盡(つ)く、汝そこにて疲れを休むることをうべし、わが汝に答ふるは是のみ、しかして我この事の眞(まこと)なるを知る。 九四―九六
彼その言葉を終(を)へしとき、あたりに一の聲ありていふ。おそらくは汝それよりさきに坐せざるをえざるなるべし。 九七―九九
かくいふをききて我等各※(二の字点、1-2-22)ふりかへり、左に一の大いなる石を見ぬ、こは我も彼もさきに心をとめざりしものなりき 一〇〇―一〇二
我等かしこに歩めるに、そこには岩の後(うしろ)なる蔭に息(いこ)へる群(むれ)ありてそのさま怠惰(おこたり)のため身を休むる人に似たりき 一〇三―一〇五
またそのひとりはよわれりとみえ、膝を抱いて坐し、顏を低くその間に垂れゐたり 一〇六―一〇八
我曰ふ。あゝうるはしきわが主、彼を見よ、かれ不精(ぶせい)を姉妹とすともかくおこたれるさまはみすまじ。 一〇九―一一一
この時彼我等の方(かた)に對ひてその心をとめ、目をたゞ股(もゝ)のあたりに動かし、いひけるは。いざ登りゆけ、汝は雄々(をゝ)し。 一一二―一一四
我はこのときその誰なるやをしり、疲れ今もなほ少しくわが息(いき)をはずませしかど、よくこの障礙(しやうげ)にかちて 一一五―一一七
かれの許(もと)にいたれるに、かれ殆んど首(かうべ)をあげず、汝は何故に日が左より車をはするをさとれりやといふ 一一八―一二〇
その無精(ぶせい)の状(さま)と短き語(ことば)とは、すこしく笑(ゑみ)をわが唇にうかばしむ、かくて我曰ふ。ベラックヮよ、我は今より 一二一―
また汝のために憂へず、されど告げよ、汝何ぞこゝに坐するや、導者を待つか、はたたゞ汝の舊(ふ)りし習慣(ならひ)に歸れるか。 ―一二六
彼。兄弟よ、登るも何の益かあらむ、門に坐する神の鳥は、我が苛責をうくるを許さざればなり 一二七―一二九
われ終りまで善き歎息(なげき)を延べたるにより、天はまづ門の外(そと)にて我をめぐる、しかしてその時の長さは世にて我をめぐれる間と相等し 一三〇―一三二
若し恩惠(めぐみ)のうちに生くる心のさゝぐる祈り(異祈(あだしいのり)は天聽かざれば何の效(かひ)あらむ)、これより早く我を助くるにあらざれば。 一三三―一三五
詩人既に我にさきだちて登りていふ。いざ來れ、見よ日は子午線に觸れ、夜は岸邊(きしべ)より 一三六―一三八
はやその足をもてモロッコを覆(おほ)ふ。


   第五曲

我既にかの魂等とわかれてわが導者の足跡(あしあと)に從へるに、このとき一者(ひとり)、後方(うしろ)より我を指ざし 一―三
叫びていふ。見よ光下なるものの左を照さず、彼があたかも生者のごとく歩むとみゆるを。 四―六
我はこの言(ことば)を聞きて目をめぐらし、彼等のあやしみてわれひとり、ただわれひとりと、碎けし光とを目守(まも)るをみたり 七―九
師曰ふ。汝何ぞ心ひかれて行くことおそきや、彼等の私語(さゝやき)汝と何の係(かゝはり)あらんや 一〇―一二
我につきて來れ、斯民(このたみ)をその言ふに任(まか)せよ、風吹くとも頂(いただき)搖(ゆる)がざるつよき櫓(やぐら)の如く立つべし 一三―一五
そは思ひ湧き出でて思ひに加はることあれば、後の思ひ先の思ひの力をよわめ、人その目的(めあて)に遠ざかる習ひなればなり。 一六―一八
我行かんといふの外また何の答へかあるべき、人にしば/\赦(ゆるし)をえしむる色をうかめてわれ斯くいへり 一九―二一
かゝる間に、山の腰にそひ、横方(よこあひ)より、かはる/″\憐れみたまへを歌ひつゝ、我等のすこしく前に來れる民ありき 二二―二四
彼等光のわが身に遮(さへぎ)らるゝをみしとき、そのうたへる歌を長き嗄れたるあゝに變へたり 二五―二七
しかしてそのうちより使者(つかひ)とみゆるものふたり、こなたにはせ來り、我等にこひていふ。汝等いかなるものなりや我等に告げよ。 二八―三〇
わが師。汝等たちかへり、汝等を遣はせるものに告げて、彼の身は眞(まこと)の肉なりといへ 三一―三三
若しわが量(はか)るごとく、彼の影を見て彼等止まれるならば、この答へにて足る、彼等に彼をあがめしめよ、さらば彼等益をえむ。 三四―三六
夜の始めに澄渡る空(そら)を裂き、または日の落つるころ葉月(はづき)の叢雲(むらくも)を裂く光といふとも、そのはやさ 三七―三九
かなたに歸りゆきし彼等には及ばじ、さてかしこに着くや彼等は殘れる者とともに恰も力のかぎり走る群(むれ)の如く足をこなたに轉(めぐ)らせり 四〇―四二
詩人曰ふ。我等に押寄する民數(かず)多し、彼等汝に請はんとて來る、されど汝止まることなく、行きつゝ耳をかたむけよ。 四三―四五
彼等來りよばはりていふ。あゝ幸(さいはひ)ならんため生れながらの身と倶に行く魂よ、しばらく汝の歩履(あゆみ)を停(とゞ)めよ 四六―四八
我等の中に汝嘗て見しによりてその消息(おとづれ)を世に傳ふるをうる者あるか、噫(あゝ)何すれぞ過行くや、汝何すれぞ止まらざるや 四九―五一
我等は皆そのかみ横死を遂げし者なり、しかして臨終(いまは)にいたるまで罪人(つみびと)なりしが、この時天の光我等をいましめ 五二―五四
我等は悔いつゝ赦しつゝ、神即ち彼を見るの願ひをもて我等の心をはげますものと和(やは)らぎて世を去れるなり。 五五―五七
我。われよく汝等の顏をみれども、一だにしれるはなし、されど汝等の心に適(かな)ひわが爲すをうる事あらば、良日(よきひ)の下(もと)に生れし靈よ 五八―六〇
汝等いへ、さらば我は、かゝる導者にしたがひて世より世にわが求めゆく平和を指してこれをなすべし。 六一―六三
一者(ひとり)曰ふ。汝誓はずとも我等みな汝の助けを疑はず、もし力及ばざるため意斷たるることなくば 六四―六六
この故に我まづひとりいひいでて汝に請ふ、汝ローマニアとカルロの國の間の國をみるをえば 六七―六九
汝の厚き志により、わがためにファーノの人々に請ひてよき祈りをささげしめ、我をしてわが重き罪を淨むるをえしめよ 七〇―七二
我はかしこの者なりき、されど我の宿れる血の流れいでし重傷(ふかで)をばわれアンテノリの懷(ふところ)に負へり 七三―七五
こはわがいと安全(やすらか)なるべしとおもへる處なりしを、エスティの者、正義の求むる範圍(かぎり)を超えて我を怨みこの事あるにいたれるなり 七六―七八
されどオリアーコにて追ひ及(し)かるゝとき、若しはやくラ・ミーラの方(かた)に逃げたらんには、我は息通(いきかよ)ふかなたに今もありしなるべし 七九―八一
われ澤に走りゆき、葦(あし)と泥(ひぢ)とにからまりて倒れ、こゝにわが血筋(ちすぢ)の地上につくれる湖(うみ)を見ぬ。 八二―八四
この時また一者(ひとり)いふ。あゝねがはくは汝を引きてこの高山(たかやま)に來らしむる汝の願ひ成就せんことを、汝善き憐(あはれみ)をもてわが願ひをたすけよ 八五―八七
我はモンテフェルトロの者なりき我はボンコンテなり、ジヨヴァンナも誰もわが事を思はず、此故にわれ顏を垂れて此等の者と倶に行く。 八八―九〇
我彼に。汝の墓の知られざるまで、カムパルディーノより汝を遠く離れしめしは、そも/\何の力何の運ぞや。 九一―九三
彼答ふらく。あゝカセンティーノの麓に、横さまに流るゝ水あり、隱家(かくれが)の上なるアペンニノより出で、名をアルキアーノといふ 九四―九六
われ喉を刺されし後、徒(かち)にて逃げつゝ野を血に染めて、かの流れの名消ゆる處に着けり 九七―九九
わが目こゝに見えずなりぬ、わが終焉(をはり)の詞はマリアの名なりき、われこゝに倒れ、殘れるものはたゞわが肉のみ 一〇〇―一〇二
われ眞(まこと)を汝に告げむ、汝これを生者(しやうじや)に傳へよ、神の使者(つかひ)我を取れるに地獄の使者よばはりて、天に屬する者よ 一〇三―
汝何ぞ我物を奪ふや、唯一滴(しづく)の涙の爲に彼我を離れ、汝彼の不朽の物を持行くとも我はその殘りをばわが心のまゝにあしらはんといふ ―一〇八
濕氣空に集りて昇り、冷えて凝る處にいたれば、直ちに水にかへること、汝のさだかに知るごとし 一〇九―一一一
さてかの者たゞ惡をのみ圖る惡意を智に加へ、その性(さが)よりうけし力によりて霧と風とを動かせり 一一二―一一四
かくて日暮れしとき、プラートマーニオよりかの大いなる連山にいたるまで、彼霧をもて溪を蔽ひ、上なる天を包ましむれば 一一五―一一七
密雲變じて水となり、雨降(ふ)りぬ、その地に吸はれざるものみな狹間(はざま)に入れ 一一八―一二〇
やがて多くの大いなる流れと合し、たふとき川に向ひて下るに、その馳することいとはやくして、何物もこれをひきとむをえざりき 一二一―一二三
たくましきアルキアーンははや強直(こはばり)しわが體をその口のあたりに見てこれをアルノに押流し、わが苦しみにたへかねしとき 一二四―
身をもて造れる十字架を胸の上より解き放ち、岸に沿ひまた底に沿ひて我を轉(まろ)ばし、遂に己が獲物(えもの)をもて我を被ひ且つ卷けり。 ―一二九
この時第三の靈第二の靈に續いて曰ふ。あゝ汝世に歸りて遠き族程(たびぢ)の疲れより身を休めなば 一三〇―一三二
われピーアを憶へ、シエーナ我を造りマレムマ我を毀(こぼ)てるなり、こは縁(えにし)の結ばるゝころまづ珠の指輪をば 一三三―一三五
我に與へしものぞしるなる 一三六―一三八


   第六曲

ヅァーラの遊戲(あそび)果つるとき、敗者(まくるもの)は悲しみて殘りつゝ、くりかへし投げて憂ひの中に學び 一―三
人々は皆勝者(かつもの)とともに去り、ひとり前(まへ)に行きひとり後(うしろ)よりこれを控(ひか)へひとり傍(かたへ)よりこれに己を憶はしむるに 四―六
かの者止まらず、彼に此に耳を傾け、また手を伸べて與ふればその人再び迫らざるがゆゑに、かくして身をまもりて推合(おしあ)ふことを避(さ)く 七―九
我亦斯の如く、かのこみあへる群(むれ)の中にてかなたこなたにわが顏をめぐらし、約束をもてその絆(きづな)を絶てり 一〇―一二
こゝにはアレッツオ人(びと)にてギーン・ディ・タッコの猛(たけ)き腕(かひな)に死せるもの及び追ひて走りつゝ水に溺れし者ゐたり 一三―一五
こゝにはフェデリーゴ・ノヴェルロ手を伸べて乞ひ、善きマルヅッコにその強きをあらはさしめしピサの者またしかなせり 一六―一八
我は伯爵(コンテ)オルソを見き、また自らいへるごとく犯せる罪の爲にはあらで怨みと嫉みの爲に己が體(からだ)より分たれし魂を見き 一九―二一
こはピエール・ダ・ラ・ブロッチアの事なり、ブラバンテの淑女はこれがためこれより惡しき群(むれ)の中に入らざるやう世に在る間に心構(こゝろがまへ)せよ 二二―二四
さてすべてこれ等の魂即ちはやくその罪を淨むるをえんとてたゞ人の祈らんことを祈れる者を離れしとき 二五―二七
我曰ひけるは。あゝわが光よ、汝はあきらかに詩の中にて、祈りが天の定(さだめ)を枉ぐるを否むに似たり 二八―三〇
しかしてこの民これをのみ請ふ、さらば彼等の望み空なるか、さらずば我よく汝の言(ことば)をさとらざるか。 三一―三三
彼我に。健(すこやか)なる心をもてよくこの事を思ひみよ、わが筆解(げ)し易く、彼等の望み徒(あだ)ならじ 三四―三六
そは愛の火たとひこゝにおかるゝもののたらはすべきことをたゞしばしのまに滿すとも、審判(さばき)の頂垂れざればなり 三七―三九
またわがこの理(ことわり)を陳べし處にては、祈り、神より離れしがゆゑに、祈れど虧處(おちど)補はれざりき 四〇―四二
されどかく奧深き疑ひについては、眞(まこと)と智(さとり)の間の光となるべき淑女汝に告ぐるにあらずば心を定むることなかれ 四三―四五
汝さとれるや否や、わがいへるはベアトリーチェのことなり、汝はこの山の巓(いただき)に、福(さいはひ)にしてほゝゑめる彼の姿をみるをえむ。 四六―四八
我。主よいそぎてゆかむ、今は我さきのごとく疲れを覺えず、また山のはやその陰を投ぐるをみよ。 四九―五一
答へて曰ふ。我等は日のある間に、我等の進むをうるかぎりすゝまむ、されど事汝の思ふところと違ふ 五二―五四
いまだ巓にいたらざるまに、汝は今山腹にかくれて汝のためにその光を碎かれざる物また歸り來るを見む 五五―五七
されど見よ、かしこにたゞひとりゐて我等の方(かた)をながむる魂あり、かの者我等にいと近き路を教へむ。 五八―六〇
我等これが許にいたりぬ、あゝロムバルディアの魂よ、汝の姿は軒昂(けだか)くまたいかめしく、汝の目は嚴(おごそか)にまた緩(ゆるや)かに動けるよ 六一―六三
かの魂何事をもいはずして我等を行かしめ、たゞ恰もやすらふ獅子のごとく我等を見たり 六四―六六
されどヴィルジリオこれに近づき、登るにいと易きところを我等に示さむことを請へるに、その問ひに答へず 六七―六九
たゞ我等に我等の國と状態(ありさま)をたづねき、このときうるはしき導者マントヴァ……といひかくれば、己ひとりを世とせし魂 七〇―七二
立ちて彼のかたにむかひてそのゐし處をはなれつゝ、あゝマントヴァ人よ、我は汝の邑(まち)の者ソルデルロなりといひ、かくて二者(ふたり)相抱きぬ 七三―七五
あゝ屈辱のイタリアよ、憂ひの客舍、劇しき嵐の中の水夫(かこ)なき船よ、汝は諸州(くに/″\)の女王にあらずして汚れの家なり 七六―七八
かのたふとき魂は、たゞ己が生れし邑(まち)の麗しき名のよばるゝをきき、かく歡びてこの處に同郷人(ふるさとびと)を迎へしならずや 七九―八一
しかるに今汝の中には生者(しやうじや)敬ひをやむる時なく、一の垣一の濠に圍まるゝもの相互(あひたがひ)に噛むことをなす 八二―八四
幸(さち)なきものよ、岸をめぐりて海の邊(ほとり)の地をたづね、後汝の懷(ふところ)を見よ、汝のうちに一なりとも平和を樂しむ處ありや 八五―八七
かのユスティニアーノ汝のために銜(くつわ)を調(とゝの)へしかど、鞍空しくば何の益あらむ、この銜なかりせば恥は却つて少(すく)なかるべし 八八―九〇
あゝ眞心(まごゝろ)をもて神を崇(あが)めかつチェーザレを鞍に載すべき(汝等もしよく神の言(ことば)をさとりなば)人々よ 九一―九三
汝等手綱をとれるよりこのかた、拍車によりて矯(た)めらるゝことなければ、見よこの獸のいかばかり悍(たけ)くなれるやを 九四―九六
あゝドイツ人(びと)アルベルトよ、汝は鞍に跨るべき者なるに、この荒き御しがたき獸を棄つ 九七―九九
ねがはくは正しき審判(さばき)星より汝の血の上に降り、奇(くす)しく且つ顯著(あらは)にて、汝の後を承(う)くる者恐れをいだくにいたらんことを 一〇〇―一〇二
そは汝も汝の父も貪焚(むさぼり)のためにかの地に抑(と)められ、帝國の園をその荒るゝにまかせたればなり 一〇三―一〇五
來りて見よ、思慮なき人よ、モノテッキとカッペルレッティ、モナルディとフィリッペスキを、彼等既に悲しみ此等はおそる 一〇六―一〇八
來れ、無情の者よ、來りて汝の名門の虐(しひた)げらるゝを見、これをその難より救へ、汝またサンタフィオルのいかに安全(やすらか)なるやをみん 一〇九―一一一
來りて汝のローマを見よ、かれ寡婦(やもめ)となりてひとり殘され、晝も夜も泣き叫びて、わがチェーザレよ汝何ぞ我と倶にゐざるやといふ 一一二―一一四
來りて見よ、斯民(このたみ)の相愛することいかに深きやを、若し我等を憐れむの心汝を動かさずば、汝己が名に恥ぢんために來れ 一一五―一一七
また斯く言はんも畏(かしこ)けれど、あゝいと尊きジョーヴェ、世にて我等の爲に十字架にかゝり給へる者よ、汝正しき目を他(ほか)の處にむけたまふか 一一八―一二〇
はたこは我等の全く悟る能はざる福祉(さいはひ)のためいと深き聖旨(みむね)の奧に汝の設けたまふ備(そなへ)なるか 一二一―一二三
そは專横の君あまねくイタリアの諸邑(まち/\)に滿ち、匹夫朋黨に加はりてみなマルチェルとなればなり 一二四―一二六
わがフィオレンツァよ、汝この他事(あだしこと)をきくともこは汝に干係(かゝはり)なければまことに心安からむ、汝をこゝにいたらしむる汝の民は讚むべきかな 一二七―一二九
義を心に宿す者多し、されど漫りに弓を手にするなからんためその射ること遲きのみ、然るに汝の民はこれを口の端(はし)に置く 一三〇―一三二
公共(おほやけ)の荷を拒むもの多し、然るに汝の民は招かれざるにはやくも身を進めて我自ら負はんとさけぶ 一三三―一三五
いざ喜べ、汝しかするは宜(うべ)なればなり、汝富めり、汝泰平なり、汝智(さと)し、わがこの言(ことば)の僞りならぬは事實よくこれを證(あかし)す 一三六―一三八
文運かの如く開け、且つ古の律法(おきて)をたてしアテーネもラチェデーモナも、汝に比(くら)ぶればたゞ小(さゝ)やかなる治國の道を示せるのみ 一三九―
汝の律法(おきて)の絲は細(こまや)かなれば、汝が十月に紡(つむ)ぐもの、十一月の半(なかば)まで保たじ ―一四四
げに汝が汝のおぼゆる時の間に律法(おきて)、錢(ぜに)、職務(つとめ)、習俗(ならはし)を變へ民を新たにせること幾度(いくたび)ぞや 一四五―一四七
汝若しよく記憶をたどりかつ光をみなば、汝は自己(おのれ)があたかも病める女の軟毛(わたげ)の上にやすらふ能はず、身を左右にめぐらして 一四八―一五〇
苦痛(いたみ)を防ぐに似たるを見む 一五一―一五三


   第七曲

ふさはしきうれしき會釋(ゑしやく)三度(みたび)と四度(よたび)に及べる後、ソルデルしざりて汝は誰なりやといふ 一―三
登りて神のみもとにいたるを魂等未だこの山にむかはざりしさきに、オッタヴィアーンわが骨を葬りき 四―六
我はヴィルジリオなり、他(ほか)の罪によるにあらずたゞ信仰なきによりてわれ天を失へり。導者この時斯く答ふ 七―九
ふと目の前に物あらはるればその人あやしみて、こは何なり否あらずといひ、信じてしかして疑ふことあり 一〇―一二
かの魂もまたかくのごとくなりき、かくて目を垂れ、再びうや/\しく導者に近づき、僕(しもべ)の抱くところをいだきて 一三―一五
いひけるは。あゝラチオ人(びと)の榮(さかえ)よ――汝によりて我等の言葉その力の極(きはみ)をあらはせり――あゝわが故郷(ふるさと)の永遠(とこしへ)の實よ 一六―一八
我を汝に遭はしめしは抑※(二の字点、1-2-22)何の功徳何の恩惠(めぐみ)ぞや我若し汝の言(ことば)を聞くの幸(さいはひ)をえば請ふ告げよ汝地獄より來れるかそは何の圍(かこひ)の内よりか。 一九―二一
彼これに答ふらく。我は悲しみの王土の中(うち)なる諸※(二の字点、1-2-22)の獄(ひとや)をへてこゝに來れり、天の威力(ちから)我を動かしぬ、しかしてわれこれとともに行く 二二―二四
爲すによるにあらず爲さざるによりて我は汝の待望み我の後れて知るにいたれる高き日を見るをえざるなり 二五―二七
下に一の處あり、苛責のために憂きにあらねどたゞ暗く、そこにきこゆる悲しみの聲は歎息(ためいき)にして叫喚(さけび)にあらず 二八―三〇
かしこに我は、人の罪より釋(と)かれざりしさきに死の齒に噛まれし稚兒(をさなご)とともにあり 三一―三三
かしこに我は、三の聖なる徳を着ざれど惡を離れ他(ほか)の諸※(二の字点、1-2-22)の徳を知りてすべてこれを行へる者とともにあり 三四―三六
されど汝路をしりかつ我等に示すをうべくば、請ふ我等をして淨火のまことの入口にとくいたるをえせしめよ。 三七―三九
答へて曰ふ。我等は定まれる一の場所におかるゝにあらず、上(のぼ)るも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)るも我これを許さる、われ導者となりて汝と倶に 四〇―
わが行くをうる處までゆくべし、されど見よ日は既に傾きぬ、夜登る能はざれば、我等うるはしき旅宿(やどり)を求めむ ―四五
右の方(かた)なる離れし處に魂の群(むれ)あり、汝肯(うけが)はば我は汝を彼等の許に導かむ、汝彼等を知るを喜びとせざることあらじ。 四六―四八
答へて曰ふ。いかにしてこの事ありや、夜登らんとおもふ者は他(ほか)の者にさまたげらるゝかさらずば力及ばざるため自ら登る能はざるか。 四九―五一
善きソルデルロ指にて地を擦(す)りていふ。見よ、この線(すぢ)をだに日入りて後は汝越えがたし 五二―五四
されど登(のぼり)の障礙(しやうげ)となるもの夜の闇のほかにはあらず、この闇能力(ちから)を奪ひて意志をさまたぐ 五五―五七
天涯晝をとぢこむる間は、汝げに闇とともにこゝをくだりまたは迷ひつゝ山の腰をめぐるをうるのみ。 五八―六〇
この時わが主驚くがごとくいひけるは。さらば請ふ我等を導き、汝の我等に喜びてとゞまるをうべしといへる處にいたれ。 六一―六三
我等少しくかしこを離れしとき、我は山の窪みてあたかも世の大溪(おほたに)の窪むに似たるところを見たり 六四―六六
かの魂曰ふ。かなたに山腹のみづから懷(ふところ)をつくるところあり、我等かしこにゆきて新たなる日を待たむ 六七―六九
忽ち嶮(けは)しく忽ち坦(たひらか)なる一條の曲路我等を導いてかの坎(あな)の邊(ほとり)、縁(ふち)半(なかば)より多く失せし處にいたらしむ 七〇―七二
金、純銀、朱、白鉛、光りてあざやかなるインドの木、碎けし眞際(まぎは)の新しき縁の珠も 七三―七五
各※(二の字点、1-2-22)その色を比ぶれば、かの懷の草と花とに及ばざることなほ小の大に及ばざるごとくなるべし 七六―七八
自然はかしこをいろどれるのみならず、また千の良(よ)き薫(かをり)をもて一の奇しきわけ難き香(にほひ)を作れり 七九―八一
我見しにこゝには溪のため外部(そと)よりみえざりし多くの魂サルウェ・レーギーナを歌ひつゝ縁草(あをくさ)の上また花の上に坐しゐたり 八二―八四
我等をともなへるマントヴァ人(びと)いふ。たゞしばしの日全くその巣に歸るまでは、汝等我に導かれてかしこにゆくをねがふなかれ 八五―八七
汝等窪地(くぼち)にくだりてかの衆と倶にあらんより、この高臺(パルツオ)にありて彼等を見なば却つてよくその姿と顏を認むるをえむ 八八―九〇
いと高き處に坐し、その責務(つとめ)を怠りしごとくみえ、かつ侶(とも)の歌にあはせて口を動かすことをせざる者は 九一―九三
皇帝ロドルフォなりき、かれイタリアの傷を癒すをえたりしにその死ぬるにまかせたれば、人再びこれを生かさんとするともおそし 九四―九六
また彼を慰むるごとくみゆるは、モルタ、アルビアに、アルビア、海におくる水の流れいづる地を治めし者にて 九七―九九
名をオッタケッルロといへり、その襁褓(むつき)に裹(つゝ)まれし頃も、淫樂安逸をむさぼるその子ヴェンチェスラーオの鬚ある頃より遙に善かりき 一〇〇―一〇二
姿いと貴(たふと)き者と親(した)しく相かたらふさまなるかの鼻の小さき者は百合の花を萎(しを)れしめつゝ逃げ走りて死したりき 一〇三―一〇五
かしこに此(これ)のしきりに胸をうつをみよ、また彼のなげきつゝその掌(たなごゝろ)をもて頬の床となすを見よ 一〇六―一〇八
彼等はフランスの禍ひの父と舅なり、彼等彼の邪(よこしま)にして穢れたる世を送れるを知りこれがためにかく憂ひに刺さる 一〇九―一一一
身かの如く肥ゆとみえ、かつかの鼻の雄々しき侶(とも)と節(ふし)をあはせて歌ふ者はその腰に萬の徳の紐を纏ひき 一一二―一一四
若し彼の後(うしろ)に坐せる若き者その王位を繼ぎてながらへたりせば、この徳まことに器(うつは)より器に傳はれるなるべし 一一五―一一七
但し他(ほか)の嗣子(よつぎ)についてはかくいひがたし、ヤーコモとフェデリーゴ今かの國を治む、いと善きものをばその一(ひとり)だに繼がざりき 一一八―一二〇
それ人の美徳は枝を傳ひて上(のぼ)ること稀なり、こはこれを與ふるもの、その己より出づるを知らしめんとてかく定めたまふによる 一二一―一二三
かの鼻の大いなる者も彼と倶にうたふピエルと同じくわがいへるところに適(かな)ふ、此故にプーリアもプロヴェンツァも今悲しみの中にあり 一二四―一二六
げにコスタンツァが今もその夫に誇ること遠くベアトリーチェ、マルゲリータの上に出づる如くに、樹は遠く種に及ばじ 一二七―一二九
簡易の一生を送れる王、イギリスのアルリーゴのかしこにひとり坐せるを見よ、かれの枝にはまされる芽(め)あり 一三〇―一三二
彼等のうち地のいと低きところに坐して仰ぎながむる者は侯爵(マルケーゼ)グイリエルモなり、彼の爲なりきアレッサンドリアとその師(いくさ)とが 一三三―一三五
モンフェルラートとカナヴェーゼとを歎かしむるは。 一三六―一三八


   第八曲

なつかしき友に別れを告げし日、海行く者の思ひ歸りて心やはらぎ、また暮るゝ日を悼(いた)むがごとく 一―三
鐘遠くより聞ゆれば、はじめて異郷の旅にある人、愛に刺さるゝ時とはなりぬ
我は何の聲をもきかず、一の魂の立ちて手をもて請ひて、耳をかたむけしむるを見たり 七―九
この者手を合せてこれをあげ、目を東の方(かた)にそゝぎぬ、そのさま神にむかひて、われ思ひをほかに移さずといふに似たりき 一〇―一二
テー・ルーキス・アンテその口よりいづるに、信念あらはれ調(しらべ)うるはしくして悉くわが心を奪へり 一三―一五
かくて全衆これに和し、目を天球にむかはしめつゝ、聲うるはしく信心深くこの聖歌をうたひをはりき 一六―一八
讀者よ、いざ目を鋭くして眞(まこと)を見よ、そは被物(おほひ)はげに今いと薄く、内部(うち)をうかがふこと容易なればなり 一九―二一
我はかの際(きは)貴(たか)き者の群(むれ)の、やがて色蒼(あを)ざめ且つ謙(へりくだ)り、何者をか待つごとくに默(もだ)して仰ぎながむるを見き 二二―二四
また尖(さき)の削りとられし二の焔の劒(つるぎ)をもち、高き處よりいでて下り來れるふたりの天使を見き 二五―二七
その衣(ころも)は、今萌(も)えいでし若葉のごとく縁なりき、縁の羽に打たれ飜(あふ)られて彼等の後方(うしろ)に曳かれたり 二八―三〇
そのひとりは我等より少しく上方(うへ)にとゞまり、ひとりは對面(むかひ)の岸にくだり、かくして民をその間に挾(はさ)めり 三一―
我は彼等の頭(かうべ)なる黄金(こがね)の髮をみとめしかど、その顏にむかへば、あたかも度を超ゆるによりて能力(ちから)亂るゝごとくわが目眩(くら)みぬ ―三六
ソルデルロ曰ふ。彼等ふたりは溪をまもりて蛇をふせがんためマリアの懷(ふところ)より來れるなり、この蛇たゞちにあらはれむ。 三七―三九
我これを聞きてそのいづれの路よりなるを知らざればあたりをみまはし、わが冷えわたる身をかの頼もしき背に近寄せぬ 四〇―四二
ソルデルロまた。いざ今より下りてかの大いなる魂の群(むれ)に入り、彼等に物言はむ、彼等はいたく汝等を見るを悦ぶなるべし。 四三―四五
下ることたゞ三歩ばかりにて我はやくも底につきしに、こゝにひとり、わが誰なるを思出さんと願ふ如く、たゞ我をのみ見る者ありき 四六―四八
はや次第に空の暮行く時なりしかど、その暗さははじめかくれたりしものを彼の目とわが目の間にあらはさざるほどにあらざりき 四九―五一
彼わが方(かた)に進み我彼の方に進めり、貴き國司ニーンよ、汝が罪人(つみびと)の中にあらざるを見て、わが喜べることいかばかりぞや 五二―五四
我等うるはしき會釋(ゑしやく)の數をつくせしとき、彼問ひていふ。汝はるかに水を渡りて山の麓に來れるよりこの方いくばくの時をか經たる。 五五―五七
我彼に曰ふ。あゝ悲しみの地を過ぎてわが來れるは今朝(けさ)の事なり、我は第一の生をうく、かく旅して第二の生をえんとすれども。 五八―六〇
わが答を聞けるとき、俄に惑へる人々のごとく、ソルデルロもかれもあとにしざりぬ 六一―六三
その一(ひとり)はヴィルジリオに向へり、また一(ひとり)は彼處(かしこ)に坐せる者にむかひ、起きよクルラード、來りて神の惠深き聖旨(みむね)より出し事を見よと叫び 六四―六六
後我にむかひ。渉(わた)るべき處なきまで己が最初(はじめ)の故由(ゆゑよし)を祕(ひ)めたまふものに汝の負ふ稀有(けう)の感謝を指して請ふ 六七―六九
汝大海(おほうみ)のかなたに歸らば、わがジョヴァンナに告げて、罪なき者の祈り聽かるゝところにわがために聲をあげしめよ 七〇―七二
おもふに彼の母はその白き首※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かしらぎぬ)を變へしよりこのかた(あはれ再びこれを望まざるをえず)また我を愛せざるなり 七三―七五
人この例(ためし)をみてげにたやすくさとるをえむ、女の愛なるものは見ること觸るゝことによりて屡※(二の字点、1-2-22)燃やされずば幾何(いくばく)も保つ能はざるを 七六―七八
ミラーノ人(びと)を戰ひの場(には)にみちびく蝮蛇(まむし)も、ガルルーラの鷄のごとくはかの女の墓を飾らじ。 七九―八一
ほどよく心の中に燃ゆる正(たゞ)しき熱(あつ)き思ひの印を姿に捺(お)してかれ斯くいへり 八二―八四
わが飽かざる目は天にのみ、あたかも軸いとちかき輪のごとく星のめぐりのいとおそき處にのみ行けり 八五―八七
わが導者。子よ何をか仰ぎながむるや。我彼に。かの三の燈火(ともしび)なり、南極これが爲にこと/″\く燃ゆ。 八八―九〇
彼我に。今朝(けさ)汝が見たる四のあざやかなる星かなたに沈み、此等は彼等のありし處に上(のぼ)れるなり。 九一―九三
彼語りゐたるとき、ソルデルロ彼をひきよせ、我等の敵を見よといひて指ざしてかなたをみせしむ 九四―九六
かの小さき溪の圍(かこひ)なきところに一の蛇ゐたり、こは昔エーヴァに苦(にが)き食物(くひもの)を與へしものとおそらくは相似たりしなるべし 九七―九九
身を滑(なめらか)ならしむる獸のごとくしば/\頭を背にめぐらして舐(ねぶ)りつゝ草と花とを分けてかの禍ひの紐(ひも)は來(き)ぬ 一〇〇―一〇二
天の鷹の飛立ちしさまは我見ざればいひがたし、されど我は彼も此も倶に飛びゐたるをさだかに見たり 一〇三―
縁の翼空(そら)を裂く響きをききて蛇逃げさりぬ、また天使等は同じ早さに舞ひ上(のぼ)りつゝその定まれる處に歸れり ―一〇八
國司に呼ばれてその傍にゐたる魂は、この爭ひのありし間、片時(かたとき)も瞳を我より離すことなかりき 一〇九―一一一
さていふ。願はくは汝を高きに導く燈火(ともしび)、汝の自由の意志のうちにて、かの※藥(えうやく) の巓に到るまで盡きざるばかりの多くの蝋をえんことを 一一二―
汝若しヴァル・ディ・マーグラとそのあたりの地のまことの消息(おとづれ)をしらば請ふ我に告げよ、我は昔かしこにて大いなる者なりき ―一一七
われ名をクルラード・マラスピーナといへり、かの老(らう)にあらずしてその裔(すゑ)なり、己が宗族(うから)にそゝげるわが愛今こゝに淨(きよ)めらる。 一一八―一二〇
我彼に曰ふ。我は未だ汝等の國を過ぎたることなし、されどエウロパ全洲の中苟も人住む處にその聞(きこえ)なきことあらんや 一二一―一二三
汝等の家をたかむる美名(よきな)は、君をあらはし土地をあらはし、かしこにゆけることなきものもまた能くこれを知る 一二四―一二六
我汝に誓ひて曰はむ(願はくはわれ高きに達するをえんことを)、汝等の尊き一族(やから)は財布と劒(つるぎ)における譽(ほまれ)の飾を失はず 一二七―一二九
習慣(ならはし)と自然これに特殊の力を與ふるがゆゑに、罪ある首(かしら)世を枉(ま)ぐれどもひとり直く歩みて邪(よこしま)の道をかろんず。 一三〇―一三二
彼。いざゆけ、牡羊(をひつじ)四の足をもて蔽ひ跨がる臥床(ふしど)の中に、日の七度(なゝたび)やすまざるまに 一三三―一三五
ねんごろなるこの意見(おもひ)は、人の言(ことば)よりも大いなる釘をもて汝の頭(かうべ)の正中(たゞなか)に釘付けらるべし 一三六―一三八
審判(さばき)の進路(ゆくて)支へられずば。 一三九―一四一


   第九曲

年へしティトネの妾(そばめ)そのうるはしき友の腕(かひな)をはなれてはや東の臺(うてな)に白(しら)み 一―三
その額(ひたひ)は尾をもて人を撃つ冷やかなる生物(いきもの)に象(かたど)れる多くの珠(たま)に輝けり 四―六
また我等のゐたる處にては、夜はその昇(のぼり)の二歩を終へ、第三歩もはやその翼を下方に枉げたり 七―九
このとき我はアダモの讓(ゆづり)を受くるによりて睡りに勝たれ、我等五者(いつたり)みな坐しゐたりし草の上に臥しぬ 一〇―一二
そのかみの憂ひを憶ひ起すなるべし可憐(いとほし)の燕朝近く悲しき歌をうたひいで 一三―一五
また我等の心、肉を離るゝこと遠く思にとらはるゝこと少なくして、その夢あたかも神(しん)に通ずるごとくなる時
我は夢に、黄金(こがね)の羽ある一羽の鷲の、翼をひらきて空(そら)に懸(かゝ)り、降らんとするをみきとおぼえぬ 一九―二一
また我はガニメーデが攫(さら)はれて神集(かんづとひ)にゆき、その侶(とも)あとに殘されしところにゐたりとおぼえぬ 二二―二四
我ひそかに思へらく、この鳥恐らくはその習ひによりて餌をこゝにのみ求むるならむ、恐らくはこれを他(ほか)の處に得て持(もち)て舞上(まひのぼ)るを卑しむならむと 二五―二七
さてしばらく※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りて後、このもの電光(いなづま)のごとく恐ろしく下り來りて我をとらへ、火にいたるまで昇るに似たりき 二八―三〇
鳥も我もかの處にて燃ゆとみえたり、しかして夢の中なる火燒くことはげしかりければわが睡りおのづから破れぬ 三一―三三
かのアキルレが、目覺めてそのあたりを見、何處(いづこ)にあるやをしらずして身をゆるがせしさまといふとも 三四―三六
(こはその母これをキロネより奪ひ、己が腕(かひな)にねむれる間にシロに移せし時の事なり、その後かのギリシア人(びと)これにかしこを離れしむ) 三七―三九
睡(ねむり)顏より逃(に)げしときわがうちふるひしさまに異ならじ、我はあたかも怖れのため氷に變る人の如くに色あをざめぬ 四〇―四二
わが傍には我を慰むる者のみゐたり、日は今高きこと二時(ふたとき)にあまれり、またわが顏は海のかたにむかひゐたりき 四三―四五
わが主曰ふ。おそるゝなかれ、心を固うせよ、よき時來りたればなり、汝の力をみなあらはして抑(おさ)ふるなかれ 四六―四八
汝は今淨火に着けり、その周邊(まはり)をかこむ岩をみよ、岩分るゝとみゆる處にその入口あるをみよ 四九―五一
今より暫(しば)し前(さき)、晝にさきだつ黎明(あけぼの)の頃、汝の魂かの溪を飾る花の上にて汝の中に眠りゐたるとき 五二―五四
ひとりの淑女來りて曰ふ、我はルーチアなり、我にこの眠れる者を齎らすを許せ、我斯くしてその路を易からしめんと 五五―五七
ソルデルとほかの貴き魂は殘れり、淑女汝を携へて日の出づるとともに登り來り、我はその歩履(あゆみ)に從へり 五八―六〇
彼汝をこゝに置きたり、その美しき目はまづ我にかの開きたる入口を示せり、しかして後彼も睡りもともに去りにき。 六一―六三
眞(まこと)あらはるゝに及び、疑ひ解けて心やすんじ、恐れを慰めに變ふる人のごとく 六四―六六
我は變りぬ、わが思ひわづらふことなきをみしとき、導者岩に沿ひて登り、我もつづいて高處(たかみ)にむかへり 六七―六九
讀者よ、汝よくわが詩材のいかに高くなれるやを知る、されば我さらに多くの技(わざ)をもてこれを支へ固むるともあやしむなかれ 七〇―七二
我等近づき、一の場所にいたれるとき、さきにわが目に壁を分つ罅(われめ)に似たる一の隙(ひま)ありとみえしところに 七三―七五
我は一の門と門にいたらんためその下に設けし色異なれる三の段(きだ)と未だ物言はざりしひとりの門守(かどもり)を見たり 七六―七八
またわが目いよ/\かなたを望むをうるに從ひ、我は彼が最高き段(きだ)の上に坐せるをみたり、されどその顏をばわれみるに堪へざりき 七九―八一
彼手に一の白刃(しらは)を持てり、この物光を映(うつ)してつよく我等の方に輝き、我屡※(二の字点、1-2-22)目を擧ぐれども益なかりき 八二―八四
彼曰ふ。汝等何を欲するや、その處にてこれをいへ、導者いづこにかある、漫りに登り來りて自ら禍ひを招く勿れ。 八五―八七
わが師彼に答へて曰ふ。此等の事に精(くは)しき天の淑女今我等に告げて、かしこにゆけそこに門ありといへるなり。 八八―九〇
門守(かどもり)ねんごろに答へていふ。願はくは彼幸(さいはひ)の中に汝等の歩みを導かんことを、さらば汝等我等の段(きだ)まで進み來れ。 九一―九三
我等かなたにすゝみて第一の段(きだ)のもとにいたれり、こは白き大理石にていと清くつややかなれば、わが姿そのまゝこれに映(うつ)りてみえき 九四―九六
第二の段は色ペルソより濃き、粗(あら)き燒石にて縱にも横にも罅裂(ひゞ)ありき 九七―九九
上にありて堅き第三の段は斑岩(はんがん)とみえ、脈より迸る血汐のごとく赤く煌(きらめ)けり 一〇〇―一〇二
神の使者(つかひ)兩足(もろあし)をこの上に載せ、金剛石とみゆる閾のうへに坐しゐたり 一〇三―一〇五
この三の段をわが導者は我を拉(ひ)きてよろこびて登らしめ、汝うやうやしく彼に※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)(とざし)をあけんことを請へといふ 一〇六―一〇八
我まづ三度(みたび)わが胸を打ち、後つゝしみて聖なる足の元にひれふし、慈悲をもてわがために開かんことを彼に乞へり 一〇九―一一一
彼七のP(ピ)を劒(つるぎ)の尖(さき)にてわが額に録(しる)し、汝内に入らば此等の疵を洗へといふ 一一二―一一四
灰または掘上(ほりあげ)し乾ける土はその衣と色等しかるべし、彼はかゝる衣の下より二の鑰(かぎ)を引出(ひきいだ)せり 一一五―一一七
その一は金、一は銀なりき、初め白をもて次に黄をもて、かれ門をわが願へるごとくにひらき 一一八―一二〇
さて我等にいひけるは。この鑰のうち一若し缺くる處ありてほどよく※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)(とざし)の中(なか)にめぐらざればこの入口ひらかざるなり 一二一―一二三
一は殊(こと)に價貴(たふと)し、されど一は纈(むすび)を解(ほぐ)すものなるがゆゑにあくるにあたりて極めて大なる技(わざ)と智(さとり)を要(もと)む 一二四―一二六
我此等をピエルより預かれり、彼我に告げて、民わが足元にひれふさば、むしろ誤りて開くとも誤りて閉(と)ぢおく勿れといへり。 一二七―一二九
かくて聖なる門の扉を押していひけるは。いざ入るべし、されど汝等わが誡めを聞け、すべて後方(うしろ)を見る者は外(そと)に歸らむ。 一三〇―一三二
聖なる門の鳴(なり)よき強き金屬(かね)の肘金(ひぢがね)、肘壺(ひぢつぼ)の中にまはれるときにくらぶれば 一三三―一三五
かの良きメテルロを奪はれし時のタルペーアも(この後これがために瘠す)その叫喚(わめ)きあらがへることなほこれに若かざりしなるべし 一三六―一三八
我は最初(はじめ)の響きに心をとめてかなたにむかひ、うるはしき調(しらべ)にまじれる聲のうちにテー・デウム・ラウダームスを聞くとおぼえぬ 一三九―一四一
わが耳にきこゆるものは、あたかも人々立ちて樂(がく)の器(うつは)にあはせてうたひその詞きこゆることあり 一四二―一四四
きこえざることある時の響きに似たりき 一四五―一四七


   第十曲

我等門の閾の内に入りし後(魂の惡き愛歪(ゆが)める道を直(なほ)く見えしむるためこの門開かるゝこと稀なり) 一―三
我は響きをききてその再び閉されしことを知りたり、我若し目をこれにむけたらんには、いかなる詫(わび)も豈この咎にふさはしからんや 四―六
我等は右に左に紆行(うね)りてその状(さま)あたかも寄せては返す波に似たる一の石の裂目(さけめ)を登れり 七―九
わが導者曰ふ。我等は今縁(ふち)の逼らざるところを求めてかなたこなたに身を寄するため少しく技(わざ)を用ゐざるをえず。 一〇―一二
この事我等の歩みをおそくし、虧けたる月安息(やすみ)を求めてその床に歸れる後 一三―一五
我等はじめてかの針眼(はりのめ)を出づるをえたり、されど山後方(しりへ)にかたよれる高き處にいたりて、我等自由に且つ寛(ゆるや)かになれるとき 一六―一八
われ疲れ、彼も我も定かに路をしらざれば、われらは荒野(あらの)の道よりさびしき一の平地(ひらち)にとゞまれり 一九―二一
空處に隣(とな)れるその縁(へり)と、たえず聳ゆる高き岸の下(もと)との間は、人の身長(みのたけ)三度(たび)はかるに等しかるべし 二二―二四
しかしてわが目その翼をはこぶをうるかぎり右にても左にてもこの臺(うてな)すべて斯(かく)の如く見えき 二五―二七
我等の足未だその上を踏まざるさきに、我は垂直にして登るあたはざるまはりの岸の 二八―三〇
純白の大理石より成り、かのポリクレートのみならず、自然もなほ恥づるばかりの彫刻(ほりもの)をもて飾らるゝをみたり 三一―三三
天を開きてその長き禁(いましめ)を解きし平和(許多(あまた)の年の間、世の人泣いてこれを求めき)を告げしらせんとて地に臨める天使の 三四―三六
うるはしき姿との處に刻(きざ)まれ、ものいはぬ像と見えざるまで眞に逼りて我等の前にあらはれぬ 三七―三九
誰か彼が幸(さち)あれといひゐたるを疑はむ、そは尊き愛を開かんとて鑰を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(まは)せる女の象(かたち)かしこにあらはされたればなり 四〇―四二
しかして神の婢(はしため)を見よといふ言葉、あたかも蝋に印影(かた)の捺(お)さるゝごとくあざやかにその姿に摺(す)られき 四三―四五
汝思ひを一の處にのみ寄する勿れ。人の心臟(こゝろ)のある方(かた)に我をおきたるうるはしき師斯くいへり 四六―四八
我即ち目をめぐらして見しに、マリアの後方(うしろ)、我を導ける者のゐたるかなたに 四九―五一
岩に彫りたる他(ほか)の物語ありき、このゆゑに我はこれをわが目の前(さき)にあらしめんとてヴィルジリオを超えて近づきぬ 五二―五四
そこには同じ大理石の上に、かの聖なる匱(はこ)を曳きゐたる事と牛と刻(きざ)まれき(人この事によりて委(ゆだ)ねられざる職務(つとめ)を恐る) 五五―五七
その前には七の組に分たれし民見えたり、彼等はみなわが官能の二のうち、一に否と一に然り歌ふといはしむ 五八―六〇
これと同じく、わが目と鼻の間には、かしこにゑりたる薫物(たきもの)の煙について然と否との爭ひありき 六一―六三
かしこに謙遜(へりくだ)れる聖歌の作者衣(きぬ)ひき※(「寨」の「木」に代えて「衣」、第3水準1-91-84)(かゝ)げて亂れ舞ひつゝ恩惠(めぐみ)の器(うつは)にさきだちゐたり、この時彼は王者(わうじや)に餘りて足らざりき 六四―六六
對(むかひ)の方(かた)には大いなる殿(との)の窓の邊(ほとり)にゑがかれしミコル、蔑視(さげすみ)悲しむ女の如くこれをながめぬ 六七―六九
我わが立てる處をはなれ、ミコルの後方(うしろ)に白く光れる一の物語をわが近くにみんとて足をはこべば 七〇―七二
こゝには己が徳によりてグレゴーリオを動かしこれに大いなる勝利(かち)をえしめしローマの君の榮光高き事蹟を寫せり 七三―七五
わが斯くいへるは皇帝トラヤーノの事なり、ひとりの寡婦(やもめ)涙と憂ひを姿にあらはし、その轡のほとりに立てり 七六―七八
君のまはりには多くの騎馬武者群(むら)がりて押しあふごとく、またその上には黄金(こがね)の中なる鷲風に漂(たゞよ)ふごとく見えたり 七九―八一
すべてこれらの者のなかにてかの幸(さち)なき女、主よわがためにわが子の仇を報いたまへ、彼死にてわが心いたく傷(いた)むといひ 八二―八四
彼はこれに答へて、まづわが歸るまで待てといふに似たりき、また女、あたかも歎きのために忍ぶあたはざる人の如く、我主よ 八五―八七
若し歸り給はずばといひ、彼、我に代る者汝の爲に報いんといひ、女又、汝己の爲すべき善を思はずば人善を爲すとも汝に何の係(かゝはり)在らん 八八―
といひ、彼聞きて、今は心を安んぜよ、我わが義務(つとめ)を果して後行かざるべからず、正義これを求め、慈悲我を抑(と)むといふに似たりき ―九三
未だ新しき物を見しことなきもの、この見るをうべき詞を造りたまへるなり、こは世にあらざるがゆゑに我等に奇(めづら)し 九四―九六
かく大いなる謙遜を表はしその造主(つくりぬし)の故によりていよ/\たふときこれらの象(かたち)をみ、われ心を喜ばしゐたるに 九七―九九
詩人さゝやきていふ。見よこなたに多くの民あり、されどその歩(あゆみ)は遲し、彼等われらに高き階(きざはし)にいたる路を教へむ。 一〇〇―一〇二
眺(なが)むることにのみ凝(こ)れるわが目も、その好む習ひなる奇(めづら)しき物をみんとて、たゞちに彼の方(かた)にむかへり 一〇三―一〇五
讀者よ、げに我は汝が神何によりて負債(おひめ)を償はせたまふやを聞きて己の善き志より離るゝを願ふにあらず 一〇六―一〇八
心を苛責の状態(ありさま)にとむるなかれ、その成行(なりゆき)を思へ、そのいかにあしくとも大なる審判(さばき)の後まで續かざることを思へ 一〇九―一一一
我曰ふ。師よ、こなたに動くものをみるに姿人の如くならず、されどわが目迷ひて我その何なるを知りがたし。 一一二―一一四
彼我に。苛責の重荷(おもに)彼等を地に屈(かゞ)ましむ、されば彼等の事につきわが目もはじめ爭へるなり 一一五―一一七
されど汝よくかしこをみ、かの石の下になりて來るものをみわくべし、汝は既におのおののいかになやむやを認むるをえむ。 一一八―一二〇
噫※(二の字点、1-2-22)心傲(たかぶる)が基督教徒(クリステイアン)よ、幸(さち)なき弱れる人々よ、汝等精神(たましひ)の視力衰へ、後退(あとじさり)して進むとなす 一二一―一二三
知らずや人は、裸(はだか)のまゝ飛びゆきて審判(さばき)をうくる靈體の蝶を造らんとて生れいでし蟲なることを 一二四―一二六
汝等は羽ある蟲の完(まつた)からず、這ふ蟲の未だ成り終らざるものに似たるに、汝等の精神(たましひ)何すれぞ高く浮び出づるや 一二七―一二九
天井または屋根を支ふるため肱木(ひぢき)に代りてをりふし一の像の膝を胸にあて 一三〇―一三二
眞(まこと)ならざる苦しみをもて眞の苦しみを見る人に起さしむることあり、われ心をとめて彼等をみしにそのさままた斯の如くなりき 一三三―一三五
但し背に負ふ物の多少に從ひ、彼等の身を縮むること一樣ならず、しかして最も忍耐強(しのびづよ)しと見ゆる者すら 一三六―一三八
なほ泣きつゝ、我堪へがたしといふに似たりき 一三九―一四一


   第十一曲

限らるゝにあらず、高き處なる最初(はじめ)の御業(みわざ)をいと潔く愛したまふがゆゑに天に在(いま)す我等の父よ 一―三
願はくは萬物(よろづのもの)うるはしき聖息(みいき)に感謝するの適(ふさ)はしきをおもひ、聖名(みな)と聖能(みちから)を讚(ほ)めたたへんことを 四―六
爾國(みくに)の平和を我等の許(もと)に來らせたまへ、そは若し來らずば、我等意(こゝろばせ)を盡すとも自ら到るあたはざればなり 七―九
天使等(みつかひたち)オザンナを歌ひつゝ己が心を御前(みまへ)にさゝげまつるなれば、人またその心をかくのごとくにさゝげんことを 一〇―一二
今日(けふ)も我等に日毎のマンナを與へたまへ、これなくば、この曠野(あらの)をわけて進まんとて、最もつとむる者も退く 一三―一五
我等のうけし害(そこなひ)をわれら誰にも赦すごとく、汝も我等の功徳(くどく)を見たまはず、聖惠(みめぐみ)によりて赦したまへ 一六―一八
いとよわき我等の力を年へし敵の試(こゝろみ)にあはせず、巧みにこれを唆(そゝの)かす者よりねがはくは救ひ出したまへ 一九―二一
この最後(をはり)の事は、愛する主よ、我等祈(ね)ぎまつるに及ばざれども、かくするはげに己の爲にあらずしてあとに殘れる者のためなり。 二二―二四
斯く己と我等のために幸(さち)多き旅を祈りつゝ、これらの魂は、人のをりふし夢に負ふごとき重荷(おもに)を負ひ 二五―二七
等しからざる苦しみをうけ、みな疲れ、世の濃霧(こききり)を淨めつゝ第一の臺(うてな)の上をめぐれり 二八―三〇
彼等もし我等のためにかしこにたえず幸(さいはひ)を祈らば、己が願ひに良根(よきね)を持つ者、こゝに彼等のために請ひまた爲しうべき事いかばかりぞや 三一―三三
我等は彼等が清く輕くなりて諸※(二の字点、1-2-22)の星の輪にいたるをえんため、よく彼等を助けて、そのこゝより齎(もた)らせし汚染(しみ)を洗はしむべし 三四―三六
あゝ願はくは正義と慈悲速かに汝等の重荷(おもに)を取去り、汝等翼を動かして己が好むがまゝに身を上ぐるをえんことを 三七―三九
請ふいづれの道の階(きざはし)にいとちかきやを告げよ、またもし徑(こみち)一のみならずば、嶮(けは)しからざるものを教へよ 四〇―四二
そは我にともなふこの者、アダモの肉の衣(ころも)の重荷(おもに)あるによりて、心いそげど登ることおそければなり。 四三―四五
我を導く者斯くいへるとき、彼等の答への誰より出でしやはあきらかならざりしかど 四六―四八
その言にいふ。岸を傳ひて我等とともに右に來(こ)よ、さらば汝等は生くる人の登るをうべき徑(こみち)を見ん 四九―五一
我若しわが傲慢(たかぶり)の項(うなじ)を矯(た)め、たえずわが顏を垂れしむるこの石に妨げれずば 五二―五四
名は聞かざれど今も生くるその者に目をとめ、わが彼を知るや否やをみ、この荷のために我を憐ましむべきを 五五―五七
我はラチオの者にて、一人(ひとり)の大いなるトスカーナ人(びと)より生れぬ、グイリエルモ・アルドブランデスコはわが父なりき、この名汝等の間に 五八―
聞えしことありや我知らず、わが父祖の古き血と讚(ほ)むべき業(わざ)我を僭越ならしめ、我は母の同じきをおもはずして ―六三
何人をもいたく侮りしかばそのために死しぬ、シエーナ人(びと)これを知り、カムパニヤティーコの稚兒(をさなご)もまたこぞりてこれをしる 六四―六六
我はオムベルトなり、たゞ我にのみ傲慢(たかぶり)害をなすにあらず、またわが凡ての宗族(うから)をば禍ひの中にひきいれぬ 六七―六九
神の聖心(みこゝろ)の和(やは)らぐ日までわれ此罪のためにこゝにこの重荷を負ひ、生者(しやうじや)の間に爲さざりしことを死者の間になさざるべからず。 七〇―七二
我は聞きつゝ頭(かうべ)を垂れぬ、かれらのひとり(語れる者にあらず)そのわづらはしき重荷の下にて身をゆがめ 七三―七五
我を見て誰なるやを知り、彼等と倶に全く屈(かゞ)みて歩める我に辛うじて目を注ぎつゝ我を呼べり 七六―七八
我彼に曰ふ。あゝ汝はアゴッビオの譽(ほまれ)、巴里(パリージ)にて色彩(しきさい)と稱(とな)へらるゝ技(わざ)の譽なるオデリジならずや。 七九―八一
彼曰ふ。兄弟よ、ボローニア人(びと)フランコの描けるものの華(はなや)かなるには若かじ、彼今すべての譽(ほまれ)をうく、我のうくるは一部のみ 八二―八四
わが生ける間は我しきりに人を凌(しの)がんことをねがひ、心これにのみむかへるが故に、げにかく讓(ゆづ)るあたはざりしなるべし 八五―八七
我等こゝにかゝる傲慢(たかぶり)の負債(おひめ)を償ふ、もし罪を犯すをうるときわれ神に歸らざりせば、今もこの處にあらざるならむ 八八―九〇
あゝ人力の榮(さかえ)は虚(むな)し、衰へる世の來るにあはずばその頂(いたゞき)の縁いつまでか殘らむ 九一―九三
繪にてはチマーブエ、覇を保たんとおもへるに、今はジオットの呼聲(よびごゑ)高く、彼の美名(よきな)微(かすか)になりぬ 九四―九六
また斯の如く一のグイード他のグイードより我等の言語(ことば)の榮光を奪へり、しかしてこの二者(ふたり)を巣より逐ふ者恐らくは生れ出たるなるべし 九七―九九
夫れ浮世(うきよ)の名聞(きこえ)は今此方(こなた)に吹き今彼方(かなた)に吹き、その處を變ふるによりて名を變ふる風の一息(ひといき)に外ならず 一〇〇―一〇二
汝たとひ年へし肉を離るゝため、パッポ、ディンディを棄てざるさきに死ぬるよりは多く世にしらるとも 一〇三―一〇五
豈千年(ちとせ)に亙らむや、しかも千年を永劫に較ぶればその間の短きこと一の瞬(またゝき)をいとおそくめぐる天に較ぶるより甚し 一〇六―
路を刻(きざ)みてわが前をゆく者はかつてその名をあまねくトスカーナに響かせき、しかるに今はシエーナにても(その頃たかぶり今けがるゝフィレンツェの劇しき怒(いかり)亡ぼされし時彼はかしこの君なりき)殆んど彼のことをさゝやく人なし ―一一四
汝等の名は草の色のあらはれてまたきゆるに似たり、しかして草をやはらかに地より生(は)え出(いで)しむるものまたその色をうつろはす。 一一五―一一七
我彼に。汝の眞(まこと)の言(ことば)善き謙遜をわが心にそゝぎ、汝わが大いなる誇(ほこり)をしづむ、されど汝が今語れるは誰の事ぞや。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。プロヴェンツァン・サルヴァーニなり、彼心驕りてシエーナを悉くその手に握らんとせるがゆゑにこゝにあり 一二一―一二三
彼は死にしより以來(このかた)かくのごとく歩みたり、また歩みて休(やす)らふことなし、凡て世に膽(きも)のあまりに大(ふと)き者かゝる金錢(かね)を納めて贖(あがなひ)の代(しろ)とす。 一二四―一二六
我。生命(いのち)の終り近づくまで悔ゆることをせざりし靈かの低き處に殘り、善き祈りの助けによらでは 一二七―
その齡(よはひ)に等しき時過ぐるまで、こゝに登るあたはずば、彼何ぞかく來るを許されしや。 ―一三二
彼曰ふ。彼榮達を極めし頃、一切の恥を棄て、自ら求めてシエーナのカムポにとゞまり 一三三―一三五
その友をカルロの獄(ひとや)の中にうくる苦しみの中より救ひいださんとて、己が全身をかしこに震はしむるにいたれり 一三六―一三八
我またいはじ、我わが言(ことば)の暗きを知る、されど少時(しばらく)せば汝の隣人(となりびと)等その爲すところによりて汝にこれをさとるをえしめむ 一三九―一四一
この行(おこなひ)なりき彼のためにかの幽閉を解きたるものは。 一四二―一四四


   第十二曲

我はかの重荷を負へる魂と、あたかも軛(くびき)をつけてゆく二匹の牡牛のごとく並びて、うるはしき師の許したまふ間歩めり 一―三
されど師が、彼をあとに殘して行け、こゝにては人各※(二の字点、1-2-22)帆と櫂をもてその力のかぎり船を進むべしといへるとき 四―六
我は行歩(あゆみ)の要求(もとめ)に從ひ再び身を直(なほ)くせり、たゞわが思ひはもとのごとく屈みてかつ低かりき 七―九
我既に進み、よろこびてわが師の足にしたがひ、彼も我も既に身のいかに輕きやをあらはしゐたるに 一〇―一二
彼我に曰ふ。目を下にむけよ、道をたのしからしめむため、汝の足を載する床(ゆか)を見るべし。 一三―一五
埋(う)められし者の思出(おもひで)にとて、その上なる平地(ひらち)の墓に、ありし昔の姿刻(きざ)まれ 一六―一八
たゞ有情(うじやう)の者をのみ蹴る記憶の刺(はり)の痛みによりてしば/\涙を流さしむることあり 一九―二一
我見しに、山より突出(つきい)でて路を成せるかの處みなまた斯の如く、象(かたち)をもて飾られき、されど技(わざ)にいたりては巧みなることその比に非ず 二二―二四
我は一側(かたがは)に、萬物(よろづのもの)のうち最も尊く造られし者が天より電光(いなづま)のごとく墜下(おちくだ)るを見き 二五―二七
また一側に、ブリアレオが、天の矢に中(あた)り、死に冷(ひや)されて重く地に伏せるを見き 二八―三〇
我はティムプレオを見き、我はパルラーデとマルテを見き、彼等猶武器をとりその父の身邊(まはり)にゐて巨人等の切放たれし體(からだ)を凝視(みつ)む 三一―三三
我はネムブロットが、あたかも惑へるごとく、かの大いなる建物(たてもの)のほとりに、己と共にセンナールにてたかぶれる民をながむるをみき 三四―三六
あゝニオベよ、殺されし汝の子七人(なゝたり)と七人の間に彫られし汝の姿を路にみしときわが目はいかに憂(うれ)はしかりしよ 三四―三六
あゝサウルよ、汝の己が劒(つるぎ)に伏してジェルボエ(この山この後雨露(あめつゆ)をしらざりき)に死せるさまさながらにこゝに見ゆ 四〇―四二
あゝ狂へるアラーニエよ、我また汝が既に半(なかば)蜘蛛となり、幸(さち)なく織りたる織物の截餘(きれ)の上にて悲しむを見き 四三―四五
あゝロボアムよ、こゝにては汝の姿も、はやおびやかすあたはじとみえ、未だ人に追はれざるにいたく恐れて車を走らす 四六―四八
硬き鋪石(しきいし)はまたアルメオンが、かの不吉なる飾(かざり)の價の貴(たふと)さをその母にしらしめしさまを示せり 四九―五一
またセンナケリプをその子等神宮(みや)の中にて襲ひ、その死するや、これをかしこに殘して去れるさまを示せり 五二―五四
またタミーリの行へる殘害(そこなひ)と酷(むご)き屠(ほふり)を示せり――この時彼チロにいふ、汝血に渇きたりき、我汝に血を滿さんと 五五―五七
またオロフェルネの死せるとき、アッシーリア人(びと)の敗れ走れるさまと殺されし者の遺物(かたみ)を示せり 五八―六〇
我は灰となり窟(いはや)となれるトロイアを見き、あゝイーリオンよ、かしこにみえし彫物(ほりもの)の象(かたち)は汝のいかに低くせられ衰へたるやを示せるよ 六一―六三
すぐるゝ才ある者といふとも誰とて驚かざるはなき陰(かげ)と線(すぢ)とをあらはせるは、げにいかなる畫筆(ゑふで)または墨筆(すみふで)の妙手ぞや 六四―六六
死者は死するに生者は生くるに異ならず、面(まのあたり)見し人なりとて、わが屈(かゞ)みて歩める間に踏みし凡ての事柄を我よりよくは見ざりしなるべし 六七―六九
エーヴァの子等よいざ誇れ、汝等頭(かうべ)を高うして行き、己が禍ひの路を見んとて目をひくく垂るゝことなかれ 七〇―七二
繋(つなぎ)はなれぬわが魂のさとれるよりも、我等はなほ多く山をめぐり、日はさらに多くその道をゆきしとき 七三―七五
常に心を用ゐて先に進めるものいひけるは。頭(かうべ)が擧げよ、時足らざればかく思ひに耽りてゆきがたし 七六―七八
見よかなたにひとりの天使ありて我等の許(もと)に來らんとす、見よ第六の侍婢(はしため)の、晝につかふること終りて歸るを 七九―八一
敬(うやまひ)をもて汝の姿容(すがたかたち)を飾れ、さらば天使よろこびて我等を上に導かむ、この日再び晨(あした)とならざることをおもへ。 八二―八四
我は時を失ふなかれとの彼の誡めに慣れたれば、彼のこの事について語るところ我に明かならざるなかりき 八五―八七
美しき者こなたに來れり、その衣(ころも)は白く、顏はさながら瞬(またゝ)く朝の星のごとし 八八―九〇
彼腕(かひな)をひらきまた羽をひらきていふ。來れ、この近方(ちかく)に階(きざはし)あり、しかして汝等今より後は登り易し。 九一―九三
それ來りてこの報知(しらせ)を聞く者甚だ罕(まれ)なり、高く飛ばんために生れし人よ、汝等些(すこし)の風にあひてかく墜ちるは何故ぞや 九四―九六
彼我等を岩の截られたる處にみちびき、こゝに羽をもてわが額を打ちて後、我に登(のぼり)の安らかなるべきことを約せり 九七―九九
ルバコンテの上方(かみて)に、めでたく治まる邑(まち)をみおろす寺ある山に登らんため、右にあたりて 一〇〇―一〇二
登(のぼり)の瞼しさ段(きだ)(こは文書(ふみ)と樽板(たるいた)の安全なりし世に造られき)に破らる 一〇三―一〇五
こゝにても次の圓よりいと急に垂るゝ岸、かゝる手段(てだて)によりて緩(ゆる)まりぬ、されど右にも左にも身は高き石に觸る 一〇六―一〇八
我等かしこにむかへるとき、聲ありて、靈の貧しき者は福なりと歌へり、そのさま詞をもてあらはすをえじ 一〇九―一一一
あゝこれらの徑(こみち)の地獄のそれと異なることいかばかりぞや、こゝにては入る者歌に伴はれ、かしこにては恐ろしき歎きの聲にともなはる 一一二―一一四
我等既に聖なる段(きだ)を踏みて登れり、また我はさきに平地(ひらち)にありしときより身のはるかに輕きを覺えき 一一五―一一七
是に於てか我。師よ告げよ、何の重き物我より取られしや、我行けども殆んど少しも疲勞(つかれ)を感ぜず。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。消ゆるばかりになりてなほ汝の顏に現れるP(ピ)、その一のごとく全く削り去らるゝ時は 一二一―一二三
汝の足善き願ひに勝たるゝがゆゑに疲勞(つかれ)をしらざるのみならず上方(うへ)に運ばるゝをよろこぶにいたらむ。 一二四―一二六
頭に物を載せてあゆみ自らこれを知らざる人、他(ほか)の人々の素振(そぶり)をみてはじめて異(あやしみ)の心をおこせば 一二七―一二九
手は疑ひを霽(はら)さんため彼を助け探(さぐ)り得て、目の果し能はざる役(つとめ)を行ふ、この時わが爲せることまたかゝる人に似たりき
我はわがひらける右手(めて)の指によりて、かの鑰を持つもののわが額に刻(きざ)める文字たゞ六となれるをしりぬ 一三三―一三五
導者これをみて微笑(ほゝゑ)みたまへり


   第十三曲

我等階(きざはし)の頂にいたれば、登りて罪を淨むる山、こゝにふたゝび截りとられ 一―三
一の臺(うてな)邱(をか)を卷くこと第一の圈の如し、たゞ異なるはその弧線(アルコ)のいよ/\はやく曲(まが)るのみ 四―六
こゝには象(かた)も文(あや)もみえず、岸も路も滑(なめら)かにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七―九
詩人曰ふ。我等路を尋ねんためこゝにて民を待たば、我は我等の選ぶことおそきに過ぐるあらんを恐る。 一〇―一二
かくて目を凝らして日を仰ぎ、身をその右の足に支へ、左の脇(わき)をめぐらして 一三―
いふ。あゝ麗しき光よ、汝に頼恃(よりたの)みてこの新らしき路に就く、願はくは汝我等を導け、そは導く者なくば我等この内に入るをえざればなり ―一八
汝世を暖(あたゝ)め、汝その上に照る、若し故ありて妨げられずば我等は汝の光をもて常に導者となさざるべからず。 一九―二一
心進むによりて時立たず、我等かの處よりゆくこと既にこの世の一哩(ミーリア)にあたる間におよべり 二二―二四
この時多くの靈の、愛の食卓(つくゑ)に招かんとて懇に物いひつゝこなたに飛來る音きこえぬ、されど目には見えざりき 二五―二七
飛過ぎし第一の聲は、彼等に酒なしと高らかにいひ、これをくりかへしつゝ後方(うしろ)に去れり 二八―三〇
この聲未だ遠く離れて全く聞えざるにいたらざるまに、いま一つの聲、我はオレステなりと叫びて過行き、これまた止まらず 三一―三三
我曰ふ。あゝ父よ、こは何の聲なりや。かく問へる時しもあれ、見よ第三の聲、汝等を虐(しひた)げし者を愛せといふ 三四―三六
この時善き師。この圈嫉妬(ねたみ)の罪をむちうつ、このゆゑに鞭(むち)の紐愛より採(と)らる 三七―三九
銜(くつわ)は必ず響きを異にす、我の量(はか)るところによれば、汝これを赦(ゆるし)の徑(こみち)に着かざるさきに聞くならむ 四〇―四二
されど目を据(す)ゑてよくかなたを望め、我等の前に坐する民あり、各※(二の字点、1-2-22)岩にもたれて坐せり。 四三―四五
このとき我いよ/\大きく目を開きてわが前方(まへ)を望み、その色石と異なることなき衣(ころも)を着たる魂を見き 四六―四八
我等なほ少しく先に進める時、マリアよ我等の爲に祈り給へと喚(よば)はりまたミケーレ、ピエル及び諸※(二の字点、1-2-22)の聖徒よと喚ばはる聲を我は聞きたり 四九―五一
思ふに今日地上を歩むいかに頑(かたくな)なる人といふとも、このときわがみしものをみて憐憫(あはれみ)に刺されざることはあらじ 五二―五四
我彼等に近づきてその姿をさだかに見しとき、重き憂ひは涙をわが目よりしぼれり 五五―五七
彼等は粗(あら)き毛織を纏へる如くなりき、互ひに身を肩にて支へ、しかして皆岸にさゝへらる 五八―六〇
生活(なりはひ)の途なき瞽(めしひ)等が赦罪の日物乞はんとてあつまり、彼(かれ)頭を此(これ)に寄せ掛け 六一―六三
詞の節(ふし)によるのみならず、その外見(みえ)によりてこれに劣らず心に訴へ、早く憐(あはれみ)を人に起さしめんとするもそのさままた斯(かく)の如し 六四―六六
また日が瞽の益とならざるごとく、わがいま語れるところにては、天の光魂に己を施すを好まず 六七―六九
鐡(くろがね)の絲凡ての者の瞼(まぶた)を刺し、これを縫ふこと恰もしづかならざる鷹を馴らさんとする時に似たりき 七〇―七二
我はわが彼等を見、みづから見られずして行くの非なるをおもひてわが智(さと)き議者(はからひびと)にむかへるに 七三―七五
彼能くいはざる者のいはんと欲するところをしり、わが問ひを待たずしていふ。語れ約(つづ)まやかにかつ適(ふさ)はしく。 七六―七八
ヴィルジリオは臺(うてな)の外側(そとがは)、縁(ふち)高く繞(めぐ)るにあらねば落下る恐れあるところを行けり 七九―八一
わが左には信心深き多くの魂ありき、その恐ろしき縫線(ぬひめ)より涙はげしく洩れいでて頬を洗へり 八二―八四
我彼等にむかひていふ。己が願ひの唯(たゞ)一の目的(めあて)なる高き光を必ず見るをうる民よ 八五―八七
願はくは恩惠(めぐみ)速かに汝等の良心の泡沫(あわ)を消し、記憶の流れこれを傳ひて清く下るにいたらむことを 八八―九〇
汝等の中にラチオ人(びと)の魂ありや、我に告げよ、我そのしらせを愛(め)で喜ばむ、また我これを知らば恐らくはその者に益あらむ。 九一―九三
あゝわが兄弟よ、我等は皆一の眞(まこと)の都の民なり、汝のいへるは族客(たびびと)となりてイタリアに住める者のことならむ。 九四―九六
わが立てるところよりやゝ先にこの答へきこゆるごとくなりければ、我わが聲をかなたにひゞくにいたらしむ 九七―九九
我は彼等の中にわが言(ことば)を待つ状(さま)なる一の魂を見き、若し人いかなる状ぞと問はば、瞽(めしひ)の習ひに從ひてその頤(おとがひ)を上げゐたりと答へむ 一〇〇―一〇二
我曰ふ。登らむために己を矯(た)むる魂よ、我に答へし者汝ならば、處または名を告げて汝の事を我に知らせよ。 一〇三―一〇五
答へて曰ふ。我はシエーナ人(びと)なりき、我これらの者と共にこゝに罪の生命(いのち)を淨め、御前(みまへ)に泣きて恩惠(めぐみ)を求む 一〇六―一〇八
われ名をサピーアといへるも智慧なく、人の禍ひをよろこぶこと己が福ひよりもなほはるかに深かりき 一〇九―一一一
汝我に欺かると思ふなからんため、わがみづからいふごとく愚なりしや否やを聞くべし、わが齡の坂路(さかみち)はや降(くだり)となれるころ 一一二―一一四
わが邑(まち)の人々その敵とコルレのあたりに戰へり、このときわれ神に祈りてその好みたまへるものを求めき 一一五―一一七
彼等かしこに敗れて幸(さち)なくも逃(に)ぐれば、我はその追はるゝを見、身に例(ためし)なき喜びをおぼえて 一一八―一二〇
あつかましくも顏を上げつゝ神にむかひ、さながら一時(ひととき)の光にあへる黒鳥(メルロ)のごとく、今より後我また汝を恐れずと叫べり 一二一―一二三
我わが生命(いのち)の極(はて)に臨みてはじめて神と和(やはら)がんことを願へり、またもしピエル・ペッティナーイオその慈愛の心よりわがために悲しみその聖なる祈りの中にわが身の上を憶はざりせば、わが負債(おひめ)は今も猶苦楚(くるしみ)に減(へ)らさるゝことなかりしなるべし 一二四―一二六
されど汝は誰ぞや――汝我等の状態(ありさま)をたづね、氣息(いき)をつきて物いふ、またおもふに目に絆(きづな)なし。 一三〇―一三二
我曰ふ。わが目もいつかこゝにて我より奪はるゝことあらむ、されどそは暫時(しばし)のみ、その嫉妬(ねたみ)のために動きて犯せる罪少(すく)なければなり 一三三―一三五
この下なる苛責の恐れはなほはるかに大いにしてわが魂を安からざらしめ、かしこの重荷いま我を壓(お)す。 一三六―一三八
彼我に。汝かなたに歸るとおもはば、誰か汝を導いてこゝに登り我等の間に入らしめしや。我。我と倶にゐて物言はざる者ぞ是なる 一三九―一四一
我は生く、されば選ばれし靈よ、汝若し我の己が死すべき足をこの後汝のために世に動かすことをねがはば我に請へ。 一四二―一四四
答へて曰ふ。あゝこは耳にいと新しき事にて神の汝をめで給ふ大いなる休徴(しるし)なれば、汝をりふしわがために祈りて我を助けよ 一四五―一四七
我また汝の切(せち)に求むるものを指して請ふ、若しトスカーナの地を踏むことあらば、わが宗族(うから)の中に汝再びわが名を立てよ 一四八―一五〇
汝は彼等をタラモネに望みを寄する虚榮の民の間に見む(この民その望みを失ふことディアーナを求めしときより大いならむ 一五一―一五三
されどかしこにて特(こと)に危險(あやふき)を顧みざるは船手を統(す)ぶる人々なるべし)。 一五四―一五六


   第十四曲

死いまだ羽を與へざるに我等の山をめぐり、己が意(こゝろ)のまゝに目を開きまた閉づる者は誰ぞや。 一―三
誰なりや我知らず、我たゞその獨りならざるをしる、汝彼に近ければ自ら問ふべし、快く彼を迎へてものいはしめよ。 四―六
たがひに凭(もた)れし二の靈右の方(かた)にてかくわが事をいひ、さて我に物いはむとて顏をあげたり 七―九
その一者(ひとり)曰ふ。あゝ肉體につゝまれて天にむかひてゆく魂よ、請ふ愛のために我等を慰め、我等に告げよ 一〇―一二
汝いづこより來りしや、また誰なりや、我等汝の恩惠(めぐみ)をみていたく驚く、たえて例(ためし)なきことのかく驚かすは宜(うべ)なればなり。 一三―一五
我。トスカーナの中部をわけてさまよふ一の小川あり、ファルテロナよりいで、流るゝこと百哩(ミーリア)にしてなほ足れりとなさず 一六―一八
その邊(ほとり)より我はこの身をはこべるなり、我の誰なるを汝等に告ぐるは、わが名未だつよく響かざれば、空しく言(ことば)を費すに過ぎず。 一九―二一
はじめ語れるものこの時我に答へて曰ふ。我よく智をもて汝の意中を穿つをえば、汝がいへるはアルノの事ならむ。 二二―二四
その侶(とも)彼に曰ふ。この者何ぞかの流れの名を匿すこと恰も恐るべきことを人のかくすごとくするや。 二五―二七
かく問はれし魂その負債(おひめ)を償(つぐの)ひていふ。我知らず、されどかゝる溪の名はげに滅び失するをよしとす 二八―三〇
そはその源、ペロロを斷たれし高山(たかやま)の水豐(ゆたか)なる處(かの山の中(うち)これよりゆたかなる處少なし)より 三一―三三
海より天の吸上ぐる物(諸※(二の字点、1-2-22)の川これによりてその中に流るゝものを得(う))を返さんとて、その注ぐ處にいたるまで 三四―三六
地の幸(さち)なきによりてなるか、または惡しき習慣(ならはし)にそゝのかさるゝによりてなるか、人皆徳を敵と見做して逐出(おひいだ)すこと蛇の如し 三七―三九
此故にかのあはれなる溪に住む者、いちじるしくその性(さが)を變へ、あたかもチルチェに飼(か)はるゝに似たり 四〇―四二
人の爲に造られし食物(くひもの)よりは橡實(つるばみ)を喰ふに適(ふさ)はしき汚(きたな)き豚の間に、この川まづその貧しき路を求め 四三―四五
後くだりつゝ群(むらが)る小犬の己が力をかへりみずして吠え猛るを見ていやしとし、その顏を曲げて彼等をはなる 四六―四八
くだり/\て次第に水嵩(みづかさ)を増すに從ひ、この詛はるゝ不幸の溝(みぞ)、犬の次第に狼に變はるをみ 四九―五一
後また多くの深き淵を傳ひてくだり、智の捕ふるを恐れざるばかりに欺罔(たばかり)滿ちたる狐の群(むれ)にあふ 五二―五四
われ聞く者あるがために豈口を噤まんや、この者この後眞(まこと)の靈の我にあらはすところを想はば益をえむ 五五―五七
我汝の孫を見るに、彼猛き流れの岸にかの狼を獵り、かれらをこと/″\く怖れしむ 五八―六〇
彼その肉を生けるまゝにて賣り、後これを屠ること老いたる獸に異ならず、多くの者の生命(いのち)を奪ひ自ら己が譽(ほまれ)をうばふ 六一―六三
彼血に塗(まみ)れつゝかの悲しき林を出づれば、林はいたくあれすたれて今より千年(ちとせ)にいたるまで再びもとのさまにかへらじ。 六四―六六
いたましき禍ひの報(しらせ)をうくれば、その難いづれのところより襲ふとも、聞く者顏を曇らすごとく 六七―六九
むきなほりて聞きゐたるかの魂もまたこの詞にうたれ、氣色をかへて悲しみぬ 七〇―七二
一者(ひとり)の言(ことば)と一者の容子(けはひ)は、彼等の名を知らんとの願ひを我に起させき、我はかつ問ひかつ請へり 七三―七五
最初(はじめ)に我に物いへる靈即ち曰ふ。汝は汝のわがために爲すを好まざることを、枉げて我に爲さしめんとす 七六―七八
されど神の聖旨(みむね)によりてかく大いなる恩惠(めぐみ)汝の中に輝きわたれば我も汝に寄に吝(やぶさか)ならじ、知るべし我はグイード・デル・ドゥーカなり 七九―八一
わが血は嫉妬(ねたみ)のために湧きたり、我若し人の福ひを見たらんには、汝は我の憎惡(にくしみ)の色に被(おほ)はるゝをみたりしなるべし 八二―八四
我自ら種を蒔きて今かゝる藁を刈る、あゝ人類よ、侶(とも)を除かざるをえざるところに何ぞ汝等の心を寄するや 八五―八七
此はリニエールとてカールボリ家の誇また譽なり、彼の力を襲(つ)ぐものその後かしこよりいでざりき 八八―九〇
ポーと山と海とレーノの間にて、眞(まこと)と悦びに缺くべからざる徳をかくにいたれるものたゞその血統(ちすぢ)のみならず 九一―九三
有毒(うどく)の雜木(ざつぼく)これらの境界(さかひ)の内に滿つれば、今はたとひ耕すともたやすく除(のぞ)き難からむ 九四―九六
善きリーチオ、アルリーゴ・マナルディ、ピエール・トラヴェルサーロ、グイード・ディ・カルピーニア今何處(いづこ)にかある、噫※(二の字点、1-2-22)庶子となれる 九七―
ローマニア人(びと)等よ、フアッブロの如き者いつか再びボローニアに根差(ねざ)さむ、賤しき草の貴き枝ベルナルディン・ディ・フォスコの如き者
いつか再びファーエンツァよりいでむ、トスカーナ人(びと)よ、かのグイード・ダ・プラータ、我等と住めるウゴリーン・ダッツォ
フェデリーゴ・ティニヨーソ及びその侶(とも)、トラヴェルサーラ家アナスタージ(いづれの族(やから)も世繼なし)
また淑女騎士、人の心かく惡しくなりし處にて愛と義氣にはげまされて我等が求めし苦樂を憶ひ出づる時、我泣くともあやしむなかれ ―一一一
あゝブレッティノロよ、汝の族(やから)と多くの民は罪を避けてはや去れるに、汝何ぞ亡びざるや 一一二―一一四
バーニアカヴァールは善し、再び男子(なんし)を生まざればなり、カストロカーロは惡し、而してコーニオは愈※(二の字点、1-2-22)あし、今も力(つと)めてかゝる伯等(きみたち)を 一一五―
生めばなり、パガーニはその鬼去るの後よからむ、されど無垢(むく)の徴(しるし)をあとに殘すにいたらじ ―一二〇
あゝウゴリーン・デ・ファントリーンよ、汝の名は安し、そは父祖に劣りてこれを辱(はづか)しむる者いづるの憂ひなければなり 一二一―一二三
いざ往けトスカーナ人よ、われらの談話(ものがたり)いたく心を苦しめたれば、今はわれ語るよりなほはるかに泣くをよろこぶ。 一二四―一二六
我等はかの愛する魂等がわれらの足音を聞けるを知れり、されば彼等の默(もだ)すをみて路の正しきを疑はざりき 一二七―一二九
我等進みてたゞふたりとなりしとき、空を擘(つんざ)く電光(いなづま)のごとき聲前より來り 一三〇―一三二
およそ我に遇ふ者我を殺さむといひ、雲遽(にはか)に裂くれば音(おと)細(ほそ)りてきゆる雷(いかづち)のごとく過ぐ 一三三―一三五
この聲我等の耳に休歇(やすみ)をえさせし程もなく見よまた一の聲、疾(と)く續く雷に似て高くはためき 一三六―一三八
我は石となれるアグラウロなりといふ、この時われ身を近く詩人に寄せんとて一歩あとに(まへに進まず)退きぬ 一三九―一四一
四方(よも)の空はや靜かになりぬ、彼我に曰ふ。これは硬き銜(くつわ)にて己が境界(さかひ)の内に人をとどめおくべきものなり 一四二―一四四
しかるに汝等は餌をくらひ、年へし敵の魚釣(はり)にかゝりてその許に曳かれ、銜(くつわ)も呼(よび)も殆んど益なし 一四五―一四七
天は汝等を招き、その永遠(とこしへ)に美しき物を示しつゝ汝等をめぐる、されど汝等の目はたゞ地を見るのみ 一四八―一五〇
是に於てか萬事(よろづのこと)をしりたまふもの汝等を撃つ。 一五一―一五三


   第十五曲

暮(くれ)にむかひてすゝむ日のなほ殘せる路の長さは、たえず戲るゝこと稚子(をさなご)のごとき球のうち 一―
晝の始めより第三時の終りに亙りてあらはるゝところと同じとみえたり、かしこは夕(ゆふべ)こゝは夜半(よは)なりき ―六
我等既に多く山をめぐり、いまはまさしく西にむかひて歩めるをもて光まともに我等をてらしゐたりしに 七―九
我はその輝(かゞやき)ひときは重くわが額を壓(お)すをおぼえしかば、事の奇(くす)しきにおどろきて 一〇―一二
雙手(もろて)を眉のあたりに翳(かざ)し、つよきに過ぐる光を減(へ)らす一の蔽物(おほひ)をわがために造れり 一三―一五
水または鏡にあたりて光反する方に跳(は)ぬれば、くだるとおなじさまにてのぼり 一六―
その間隔(あはひ)をひとしうして垂線をはなるゝは、學理と經驗によりてしらる ―二一
我もかゝる時に似て、わが前に反映(てりかへ)す光に射らるゝごとくおぼえき、さればわが目はたゞちに逃げぬ 二二―二四
われいふ。やさしき父よ、かの物何ぞや、我これを防ぎて目を護らんとすれども益なし、またこはこなたに動くに似たり。 二五―二七
答へて我に曰ふ。天の族(やから)今なほ汝をまばゆうすとも異(あや)しむなかれ、こは人を招きて登らしめんために來れる使者(つかひ)なり 二八―三〇
これらのものをみること汝の患(うれ)へとならずして却つて自然が汝に感ずるをえさするかぎりの悦樂(たのしみ)となる時速かにいたらむ。 三一―三三
我等福(さいはひ)なる天使の許にいたれるに、彼喜ばしき聲にていふ。汝等こゝより入るべし、さきの階(きざはし)よりははるかに易き一の階そこにあり。 三四―三六
我等既にかしこを去りて登れるとき、慈悲ある者は福なり、また、悦べ汝勝者(かつもの)よとうたふ聲後(うしろ)に起れり 三七―三九
わが師と我とはたゞふたりにて登りゆけり、我は行きつゝ師の言(ことば)をききて益をえんことをおもひ 四〇―四二
これにむかひていひけるは。かのローマニアの魂が除くといひ侶といへるは抑※(二の字点、1-2-22)何の意(こゝろ)ぞや。 四三―四五
是に於てか彼我に。彼は己の最大(いとおほ)いなる罪より來る損害(そこなひ)を知る、此故にこれを責めて人の歎(なげき)を少なからしめんとすとも異(あや)しむに足らず 四六―四八
それ汝等の願ひの向ふ處にては、侶と頒(わか)てば分減ずるがゆゑに、嫉妬(ねたみ)鞴(ふいご)を動かして汝等に大息(といき)をつかしむれども 四九―五一
至高(いとたか)き球の愛汝等の願ひを上にむかはしむれば、汝等の胸にこのおそれなし 五二―五四
そはかしこにては、我等の所有(もちもの)と稱(とな)ふる者愈※(二の字点、1-2-22)多ければ、各自(おの/\)の享(う)くる幸(さいはひ)愈※(二の字点、1-2-22)多く、かの僧院に燃ゆる愛亦愈※(二の字点、1-2-22)多ければなり。 五五―五七
我曰ふ。我若しはじめより默(もだ)したりせば、斯く足(た)らはぬことなかりしものを、今は却つて多くの疑ひを心に集む 五八―六〇
一の幸(さいはひ)を頒つにあたり、これを享くる者多ければ、享くる者少なき時より所得多きは何故ぞや。 六一―六三
彼我に。汝は心を地上の物にのみとむるがゆゑに眞(まこと)の光より闇を摘む 六四―六六
かの高きにいまして極(きはみ)なくかつ言ひ難き幸(さいはひ)は、恰も光線の艶(つや)ある物に臨むがごとく、馳せて愛にいたり 六七―六九
熱に應じて己を與ふ、されば愛の大いなるにしたがひ永劫の力いよ/\その上に加はる 七〇―七二
心を天に寄する民愈※(二の字点、1-2-22)多ければ、深く愛すべき物愈※(二の字点、1-2-22)多く、彼等の愛亦愈※(二の字点、1-2-22)多し、而して彼等の互ひに己を映(うつ)すこと鏡に似たり 七三―七五
若しわが説くところ汝の饑(うゑ)を鎭(しづ)めずば、汝ベアトリーチェを見るべし、さらば彼は汝のために全くこれらの疑ひを解かむ 七六―七八
今はたゞ、痛みの爲にふさがる五の傷(きず)の、とくかの二のごとく消ゆるにいたる途を求めよ。 七九―八一
我はこのとき我よくさとるといはんとおもひしかど、わがすでに次の圓に着けるを見しかば、目の願ひのために默(もだ)せり 八二―八四
こゝにて我俄かにわが官能をはなれて一の幻(まぼろし)の中に曳かれ、多くの人を一の神殿(みや)の内にみしごとくなりき 八五―八七
母たる者のやさしさを姿にあらはせしひとりの女、入口に立ち、わが子よ、何ぞ我等にかくなしたるや 八八―九〇
見よ、汝の父と我と憂へて汝を尋ねたりといひ、いひをはりて默(もだ)せしとき、第一の異象消ゆ 九一―九三
次にまたひとりの女わが前にあらはれき、はげしき怒りより生るゝとき憂ひのしたたらす水その頬をくだれり 九四―九六
彼曰ふ。汝實(まこと)にかゝる都――これが名について神々の間にかのごとき爭ひありき、また凡ての知識の光この處より閃(きらめ)きいづ――の君ならば 九七―九九
ピシストラートよ、我等の女(むすめ)が抱きたる不敵の腕(かひな)に仇をむくいよ。されど君は寛仁柔和の人とみえ 一〇〇―一〇二
さわぐ氣色(けしき)もなくこれに答へて、我等己を愛する者を罪せば、我等の禍ひを求むる者に何をなすべきやといふごとくなりき 一〇三―一〇五
我また民が怒りの火に燃え、殺せ/\とのみ聲高く叫びあひつゝ石をもてひとりの少年(わかもの)を殺すをみたり 一〇六―一〇八
死はいま彼を壓しつゝ地にむかひてかゞましむれど、彼はたえず目を天の門となし 一〇九―一一一
かゝる爭ひのうちにも憐憫(あはれみ)を惹(ひ)く姿にてたふとき主に祈り、己を虐(しひた)ぐる者のために赦しを乞へり 一一二―一一四
わが魂外部(そと)にむかひ、その外部(そと)なる眞(まこと)の物に歸れる時、我は己の僞りならざる誤りをみとめき 一一五―一一七
わが導者は、眠りさむる人にひとしきわが振舞をみるをえていふ。汝いかにせる、何ぞ自ら身をさゝふるあたはずして 一一八―一二〇
半レーガ餘の間、目を閉ぢ足をよろめかし、あたかも酒や睡りになやむ人のごとく來れるや。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝやさしきわが父よ、汝耳をかたむけたまはば、我かく脛(はぎ)を奪はれしときわが前にあらはれしものを汝に告ぐべし。 一二四―一二六
彼。汝たとひ百の假面(めん)にて汝の顏を覆ふとも、汝の思ひのいと微小(さゝやか)なるものをすら、我にかくすことあたはじ 一二七―一二九
それかのものの汝に見えしは、汝が言遁(いひのが)るゝことなくしてかの永遠(とこしへ)の泉より溢(あふ)れいづる平和の水に心を開かんためなりき 一三〇―一三二
わがいかにせると汝に問へるも、こは魂肉體を離るれば視る能はざる目のみをもて見るものの問ふごとくなせるにあらず 一三三―一三五
たゞ汝の足に力をえさせんとて問へるなり、總て怠惰にて覺醒(めざめ)己に歸るといへどもこれを用ゐる事遲き者はかくして勵ますを宜しとす。 一三六―一三八
我等は夕(ゆふべ)の間、まばゆき暮(くれ)の光にむかひて目の及ぶかぎり遠く前途(ゆくて)を見つゝ歩みゐたるに 一三九―一四一
見よ夜の如く黒き一團の煙しづかに/\こなたに動けり、しかして避くべきところなければ 一四二―一四四
我等は目と澄める空氣をこれに奪はれき 一四五―一四七


   第十六曲

地獄の闇または乏しき空(そら)に雲みち/\て暗き星なき夜(よ)の闇といふとも 一―三
我等をおほへる烟のごとく厚き粗(あら)き面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)を造りてわが目を遮りわが官に觸れしことはあらじ 四―六
われ目をひらくあたはざれば、智(さと)き頼(たのも)しきわが導者は我にちかづきてその肩をかしたり 七―九
我は瞽(めしひ)が路をあやまりまたは己を害(そこな)ふか殺しもすべき物にうちあたるなからんためその相者(てびき)に從ふごとく 一〇―一二
苛(から)き濁れる空氣をわけ、わが導者の、汝我と離れざるやう心せよとのみいへる言(ことば)に耳を傾けて歩めり 一三―一五
こゝに多くの聲きこえぬ、各※(二の字点、1-2-22)平和と慈悲とを、かの罪を除きたまふ神の羔(こひつじ)に祈るに似たりき 一六―一八
祈りはたえずアーグヌス・デイーにはじまり、詞も節もみな同じ、さればすべての聲全く相和せるごとくなりき 一九―二一
我曰ふ。師よ、かくうたふは靈なりや。彼我に。汝のはかるところ正し、彼等は怒りの結(むすび)を解くなり。 二二―二四
我等の烟を裂き、いまだ時を月に分つ者のごとく我等の事を語る者よ、汝は誰ぞや。 二五―二七
一の聲斯く曰へり、是に於てかわが師曰ふ。汝答へよ、しかして登りの道のこなたにありや否やを問ふべし。 二八―三〇
我。あゝ身を麗しうして己が造主(つくりぬし)に歸らんため罪を淨むる者よ、汝我にともなはば奇(くす)しき事を聽くをえむ。 三一―三三
答へて曰ふ。我汝に從ひてわが行くをうる間はゆかむ、烟は見るを許さずとも聞くことこれに代りて我等を倶にあらしめむ。 三四―三六
このとき我曰ふ。我は死の解く纏布(まきぎぬ)をまきて登りゆくなり、地獄の苦しみを過ぎてこゝに來れり 三七―三九
神はわがその王宮を、近代(ちかきよ)に全く例(ためし)なき手段(てだて)によりて見るを好(よみ)したまふまで、我をその恩惠(めぐみ)につゝみたまへるなれば 四〇―四二
汝死なざる前(さき)は誰なりしや請ふ隱さず我に告げよ、また我のかくゆきて徑(こみち)にいたるや否やを告げて汝の言を我等の導(しるべ)とならしめよ。 四三―四五
我はロムバルディアの者にて名をマルコといへり、我よく世の事を知り、今はひとりだに狙(ねら)ふ人なき徳を慕へり 四六―四八
汝登らんとてこなたにゆくはよし。かく答へてまたいふ。高き處にいたらば請ふ汝わがために祈れ。 四九―五一
我彼に。我は誓ひて汝の請ふところをなさむ、たゞ我に一の疑ひあり、我もしこれを解かずば死すべし 五二―五四
こは初め單(ひとへ)なりしも今二重(ふたへ)となりぬ、そは汝の言(ことば)、これと連(つら)なる事の眞(まこと)なるをこゝにもかしこにも定かに我に示せばなり 五五―五七
世はげに汝のいふごとく全く一切の徳を失ひ、邪惡を孕みてかつこれにおほはる 五八―六〇
されど請ふ我にその原因(もと)を指示(さししめ)し、我をして自らこれを見また人にみするをえしめよ、そは或者これを天に歸し或者地に歸すればなり。 六一―六三
憂ひの噫(あゝ)に終らしむる深き歎息(ためいき)をつきて後彼曰ひけるは。兄弟よ、世は盲(めしひ)なり、しかして汝まことにかしこより來る 六四―六六
汝等生者は一切の原因(もと)をたゞ上なる天にのみ歸し、この物必然の力によりてよく萬事を定むとなす 六七―六九
若し夫れ然らば自由の意志汝等の中に滅ぶべく、善のために喜び惡のために悲しみを得るは正しき事にあらざるべし 七〇―七二
天は汝等の心の動(うごき)に最初(はじめ)の傾向(かたむき)を與ふれども、凡てに於て然るにあらず、また假りに然りと見做すも汝等には善惡を知るの光と 七三―七五
自由の意志と與へらる(この意志もしはじめて天と戰ふ時の疲勞(つかれ)に堪へ後善く養はるれば凡ての物に勝つ) 七六―七八
汝等は天の左右しあたはざる智力を汝等の中に造るもの即ち天より大いなる力、まされる性(さが)の下(もと)に屬して而して自由を失はず 七九―八一
此故に今の世(よ)路を誤らば、その原因(もと)汝等の中にあり、汝等己が中にたづねよ、我またこの事について今明かに汝に告ぐべし 八二―八四
それ純なる幼(をさな)き魂は、たゞ己を樂しますものに好みてむかふ(喜悦(よろこび)の源なる造主(つくりぬし)よりいづるがゆゑに)外(ほか)何事をも知らず 八五―
あたかも泣きつゝ笑ひつゝ遊び戲るゝ女童(めのわらは)のごとくにて、その未だあらざるさきよりこれをめづる者の手を離れ ―九〇
まづ小(さゝ)やかなる幸(さいはひ)を味ひてこれに欺かれ、導者か銜(くつわ)その愛を枉げずば即ち馳せてこれを追ふ 九一―九三
是に於てか律法(おきて)を定めて銜となし、またせめて眞(まこと)の都の塔を見分くる王を立てざるあたはざりき 九四―九六
律法なきに非ず、されど手をこれにつくる者は誰ぞや、一人(ひとり)だになし、これ上(かみ)に立つ牧者※(「齒+台」、第4水準2-94-79)(にれが)むことをうれどもその蹄(つめ)分れざればなり 九七―九九
このゆゑに民は彼等の導者が彼等の貪る幸(さいはひ)にのみ心をとむるをみてこれを食(は)み、さらに遠く求むることなし 一〇〇―一〇二
汝今よく知りぬらむ、世の邪(よこしま)になりたる原因(もと)は、汝等の中の腐れし性(さが)にあらずして惡しき導(みちびき)なることを 一〇三―一〇五
善き世を造れるローマには、世と神との二の路をともに照らせし二の日あるを常とせり 一〇六―一〇八
一は他(ほか)の一を消しぬ、劒(つるぎ)は杖と結ばれぬ、かくして二を一にすとも豈宜(よろ)しきをうべけんや 一〇九―一一一
これ結びては互ひに恐れざればなり、汝もし我を信ぜずば穗を思ひみよ、草はすべて種によりて知らる 一一二―一一四
アディーチェとポーの濕ほす國にては、フェデリーゴがいまだ爭ひを起さざりしころ、常に武あり文ありき 一一五―一一七
今は善き人々と語りまたは彼等に近づくことを恥ぢて避くる者かしこをやすらかに過ぐるをう 一一八―一二〇
されど古をもて今を責め、神の己をまさる生命(いのち)に復(かへ)し給ふを遲しとおもふ三人(みたり)の翁(おきな)なほまことにかしこにあり 一二一―一二三
クルラード・ダ・パラッツオ、善きゲラルド及びフランス人(びと)の習ひに依(よ)りて素樸のロムバルドの名にて知らるゝグイード・ダ・カステル是なり 一二四―一二六
汝今より後いふべし、ローマの寺院は二の主權を己の中に亂せるにより、泥士におちいりて己と荷とを倶に汚(けが)すと。 一二七―一二九
我曰ふ。あゝわがマルコよ、汝の説くところ好(よ)し、我は今レーヴィの子等がかの産業に與かるあたはざりしゆゑをしる 一三〇―一三二
されど汝が、消えにし民の記念(かたみ)に殘りて朽廢(くちすた)れし代(よ)を責むといへるゲラルドとは誰の事ぞや。 一三三―一三五
答へて曰ふ。汝の言(ことば)我を欺くか將(はた)我を試むるか、汝トスカーナの方言(くにことば)にて我と語りて而して少しも善きゲラルドの事をしらざるに似たり 一三六―一三八
我彼に異名(いみやう)あるをしらず――若し我これをその女(むすめ)ガイアより取らずば――願はくは神汝と倶にあれ、我こゝにて汝と別れむ 一三九―一四一
烟をわけてはや白く映(さ)す光を見よ、天使かしこにあり、我はわが彼に見えざるさきに去らざるをえず。 一四二―一四四
斯くいひて身をめぐらし、わがいふところを聞かんともせざりき 一四五―一四七


   第十七曲

讀者よ、霧峻嶺(たかね)にて汝を襲ひ、汝物を見るあたかも※(「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1-94-84)鼠(もぐら)が膜を透してみるごとくなりしことあらば、憶(おも)へ 一―三
濕(しめ)りて濃き水氣の薄らぎはじむるころ、日の光微かにその中に入り來るを 四―六
しかせば汝の想像はわが第一に日(このとき沈みかゝりぬ)を再び見しさまを容易(たやす)く見るにいたるべし 七―九
我は斯くわが歩履(あゆみ)をわが師のたのもしきあゆみにあはせてかゝる雲をいで、はや低き水際(みぎは)に死せる光にむかへり 一〇―一二
あゝ千の喇叭(らっぱ)あたりに響くもしらざるまでに人をしば/\外部(そと)より奪ふ想像の力よ 一三―一五
若し官能汝に物を與へずば誰ぞや汝を動かすは、天にて形造(かたちづく)らるゝ光或ひは自ら或ひはこれを地に導く意志によりて汝を動かす 一六―一八
歌ふを最もよろこぶ鳥に己が形を變へたる女の殘忍なりし事の蹟(あと)わが想像の中にあらはれぬ 一九―二一
このときわが魂はみな己の中にあつまり外部(そと)より來るところのものを一だに受けざりき 二二―二四
次にひとりの十字架にかゝれる者わが高まれる想像の中に降(ふ)りぬ、侮蔑と兇猛を顏にあらはし、死に臨めどもこれを變へず 二五―二七
そのまはりには大いなるアッスエロとその妻エステル、及び言(ことば)行(おこなひ)倶に全き義人マルドケオゐたり 二八―三〇
あたかも覆(おほ)へる水の乏しくなれる一の泡(あわ)のごとくこの象(かたち)おのづから碎けしとき 三一―三三
わが幻の中にひとりの處女(をとめ)あらはれ、いたく泣きつゝいひけるは。あゝ王妃よ、何とて怒りのために無に歸するを願ひたまひたる 三四―三六
汝ラヴィーナを失はじとて身を殺し、今我を失ひたまへり、母上よ、かの人の死よりさきに汝の死を悼(いた)むものぞ我なる。 三七―三九
新しき光閉ぢたる目を俄かに射れば睡りは破れ、破れてしかしてその全く消えざるさきに搖(ゆら)めくごとく 四〇―四二
我等の見慣るゝ光よりもなほはるかに大いなるものわが顏にあたるに及びてかの想像の象(かたち)消えたり 四三―四五
我はわがいづこにあるやを知らんとて身をめぐらせるに、この時一の聲、登る處はこゝぞといひて凡ての他(ほか)の思ひよりわが心を引離し 四六―四八
語れる者の誰なるをみんとのわが願ひを、顏を合すにあらざれば絶えて鎭(しづ)まることなきばかり深くせしかど 四九―五一
あたかも我等の視力を壓(あつ)し、強きに過ぐる光によりてその形を被ひかくす日にむかふ時のごとくにわが力足らざりき 五二―五四
こは天の靈なり、己が光の中にかくれ、我等の請ふを待たずして我等に登(のぼり)の道を示す 五五―五七
彼人を遇(あしら)ふこと人の自己(おのれ)をあしらふに似たり、そは人は乏しきを見て乞はるゝを待つ時、その惡しき心より早くも拒まんとすればなり 五八―六〇
いざ我等かゝる招きに足をあはせて暮れざるさきにいそぎ登らむ、暮れなば再び晝となるまでしかするあたはじ。 六一―六三
わが導者かくいへり、我は彼と、足を一の階(きざはし)にむけたり、かくてわれ第一の段(きだ)を踏みしとき 六四―六六
我は身の邊(ほとり)に翼の如く動きてわが顏を扇ぐものあるを覺え、また、平和を愛する者(惡しき怒りを起さざる)は福なりといふ聲をききたり 六七―六九
夜をともなふ最後の光ははや我等をはなれて高き處を照し、かなたこなたに星あらはれぬ 七〇―七二
あゝわが能力(ちから)よ、汝何ぞかく消ゆるや。我自らかくいへり、そは我わが脛(はぎ)の作用(はたらき)の歇(や)むを覺えたればなり 七三―七五
我等はかの階(きざはし)登り果てしところに立てり、しかして動かざること岸に着ける船に似たりき 七六―七八
また我はこの新しき圓に音する物のあらんをおもひてしばし耳を傾けし後、わが師にむかひていふ 七九―八一
わがやさしき父よ告げたまへ、この圓に淨めらるゝは何の咎ぞや、たとひ足はとゞめらるとも汝の言(ことば)をとどむるなかれ。 八二―八四
彼我に。幸(さいはひ)を愛する愛、その義務(つとめ)に缺くるところあればこゝにて補(おぎな)はる、怠りて遲(おそ)くせる櫂(かい)こゝにて再び早めらる 八五―八七
されど汝なほ明かにさとらんため心を我にむかはしめよ、さらば我等の止まる間に汝善き果(み)を摘むをうべし。 八八―九〇
かくて又曰ふ。子よ、造主(つくりぬし)にも被造物(つくられしもの)にも未だ愛なきことなかりき、これに自然の愛あり、魂より出づる愛あり、汝これを知る 九一―九三
自然の愛は常に誤らず、されど他はよからぬ目的(めあて)または強さの過ぐるか足らざるによりて誤ることあり 九四―九六
愛第一の幸(さいはひ)をめざすか、ほどよく第二の幸をめざす間は、不義の快樂(けらく)の原因(もと)たるあたはず 九七―九九
されど逸(そ)れて惡に向ふか、または幸を追ふといへどもその熱適(よろしき)を失ひて或ひは過ぎ或ひは足らざる時は即ち被造物(つくられしもの)己を造れる者に逆(さから)ふ 一〇〇―一〇二
是故に汝さとるをうべし、愛は必ず汝等の中にて凡ての徳の種となり、また罰をうくるに當るすべての行爲(おこなひ)の種となるを 一〇三―一〇五
さてまた愛はその主體の福祉より目をめぐらすをえざるがゆゑにいかなる物にも自ら憎むの恐れあるなく 一〇六―一〇八
いかなる物も第一者とわかれて自ら立つの理なきがゆゑにその情はみなこれを憎むことより斷たる 一〇九―一一一
わがかく説分(ときわく)る處正しくば、愛せらるゝ禍ひは即ち隣人(となりびと)の禍ひなる事亦自(おのづ)から明かならむ、而して汝等の泥(ひぢ)の中にこの愛の生ずる状(さま)三あり 一一二―一一四
己が隣人の倒るゝによりて自ら秀でんことを望み、たゞこのためにその高きより墜つるを希ふ者あり 一一五―一一七
人の高く登るを見て己が權(ちから)、惠(めぐみ)、譽(ほまれ)及び名を失はんことをおそれ悲しみてその反對(うら)を求むる者あり 一一八―一二〇
また復讐を貪るほどに損害(そこなひ)を怨むとみゆる者あり、かゝる者は必ず人の禍ひをくはだつ 一二一―一二三
この三樣の愛この下に歎かる、汝これよりいま一の愛即ち程度(ほど)を誤りて幸を追ふもののことを聞け 一二四―一二六
それ人各※(二の字点、1-2-22)己が魂を安んぜしむる一の幸をおぼろにみとめてこれを望み、皆爭ひてこれに就(つ)かんとす 一二七―一二九
これを見または求むるにあたりて汝等を引くところの愛鈍(にぶ)ければ、この臺(うてな)は汝等を、正しく悔いし後に苛責す 一三〇―一三二
また一の幸(さいはひ)あり、こは人を幸にせざるものにて眞(まこと)の幸にあらず、凡ての幸の果(み)またその根なる至上の善にあらず 一三三―一三五
かゝる幸に溺るゝ愛この上なる三の圈にて歎かる、されどその三に分るゝ次第は 一三六―一三八
我いはじ、汝自らこれをたづねよ。 一三九―一四一


   第十八曲

説きをはりて後たふとき師わが足れりとするや否やをしらんと心をとめてわが顏を見たり 一―三
我はすでに新しき渇(かわき)に責められたれば、外(そと)に默(もだ)せるも内(うち)に曰ふ。恐らくは問ふこと多きに過ぎて我彼を累(わづら)はすならむ。 四―六
されどかの眞(まこと)の父はわが臆して闢(ひら)かざる願ひをさとり、自ら語りつゝ、我をはげましてかたらしむ 七―九
是に於てか我。師よ、汝の光わが目をつよくし、我は汝の言(ことば)の傳ふるところまたは陳ぶるところをみな明かに認むるをう 一〇―一二
されば請ふ、わが愛する麗しき父よ、すべての善惡の行の本(もと)なりと汝がいへる愛の何物なるやを我にときあかしたまへ。 一三―一五
彼曰ふ。智の鋭き目をわが方にむけよ、しかせば汝は、かの己を導者となす瞽(めしひ)等の誤れることをさだかに見るべし 一六―一八
夫れ愛し易く造られし魂樂しみのためにさめてそのはたらきを起すにいたればたゞちに動き、凡て己を樂します物にむかふ 一九―二一
汝等の會得(ゑとく)の力は印象を實在よりとらへ來りて汝等の衷(うち)にあらはし魂をこれにむかはしむ 二二―二四
魂これにむかひ、しかしてこれに傾けば、この傾(かたむき)は即ち愛なり、樂しみによりて汝等の中に新たに結ばるゝ自然なり 二五―二七
かくて恰も火がその體(たい)の最や永く保たるゝところに登らんとする素質によりて高きにむかひゆくごとく 二八―三〇
とらはれし魂は靈の動(うごき)なる願ひの中に入り、愛せらるゝものこれをよろこばすまでは休まじ 三一―三三
汝是に依りてさとるをえむ、いかなる愛にても愛そのものは美(ほ)むべきものなりと斷ずる人々いかに眞(まこと)に遠ざかるやを 三四―三六
これ恐らくはその客體常に良(よし)と見ゆるによるべし、されどたとひ蝋は良とも印影(かた)悉くよきにあらず。 三七―三九
我答へて彼に曰ふ。汝の言(ことば)とこれに附隨(つきしたが)へるわが智とは我に愛をあらはせり、されどわが疑ひは却つてこのためにいよ/\深し 四〇―四二
そは愛外部(そと)より我等に臨み、魂他(ほか)の足にて行かずば、直く行くも曲りてゆくも己が業(ごふ)にあらざればなり。 四三―四五
彼我に。理性のこれについて知るところは我皆汝に告ぐるをう、それより先は信仰に關(かゝ)はる事なればベアトリーチェを待つべし 四六―四八
それ物質と分れてしかしてこれと結び合ふ一切の靈體は特殊の力をその中にあつむ 四九―五一
この力はその作用によらざれば知られず、あたかも草木(くさき)の生命(いのち)の縁葉(みどりのは)に於ける如くその果(くわ)によらざれば現はれず 五二―五四
是故に最初の認識の智と、慾の最初の目的(めあて)を求むる情とは恰も蜜を造る本能蜂の中にある如く汝等の中にありて 五五―
そのいづこより來るや人知らず、しかしてこの最初の願ひは譽(ほめ)をも毀(そしり)をもうくべきものにあらざるなり ―六〇
さてこれに他(ほか)の凡ての願ひの集まるためには、謀りて而して許諾(うけがひ)の閾(しきみ)をまもるべき力自然に汝等の中に備はる 六一―六三
是即ち評價の源(みなもと)なり、是が善惡二の愛をあつめ且つ簸(ひ)るの如何によりて汝等の價値(かち)定まるにいたる 六四―六六
理をもて物を究めし人々この本然の自由を認めき、このゆゑに彼等徳義を世界に遣(のこ)せるなり 六七―六九
かかればたとひ汝等の衷(うち)に燃ゆる愛みな必須より起ると見做すも、汝等にはこれを抑(おさ)ふべき力あり 七〇―七二
ベアトリーチェはこの貴き力をよびて自由の意志といふ、汝これを憶ひいでよ、彼若しこの事について汝に語ることあらば。 七三―七五
夜半(よは)近くまでおくれし月は、その形白熱の釣瓶(つるべ)のごとく、星を我等にまれにあらはし 七六―七八
ローマの人がサールディニアとコルシーカの間に沈むを見る頃の日の炎をあぐる道に沿ひ天に逆ひて走れり 七九―八一
マントヴァの邑(まち)よりもピエートラを名高くなせる貴き魂わが負はせし荷をはやときおろし 八二―八四
我わが問ひをもて明(あきら)かにして解(げ)し易き説をはや刈り收めたれば、我は恰も睡氣(ねむけ)づきて思ひ定まらざる人の如く立ちゐたり 八五―八七
されど此時後方(うしろ)よりはやこなたにめぐり來れる民ありて忽ちわが睡氣(ねむけ)をさませり 八八―九〇
テーベ人(びと)等バッコの助けを求むることあれば、イスメーノとアーソポがそのかみ夜その岸邊(きしべ)に見しごとき狂熱と雜沓とを 九一―九三
我はかの民に見きとおぼえぬ、彼等は善き願ひと正しき愛に御せられつゝかの圓に沿ひてその歩履(あゆみ)を曲ぐ 九四―九六
かの大いなる群(むれ)こと/″\く走り進めるをもて、彼等たゞちに我等の許に來れり、さきの二者(ふたり)泣きつゝ叫びていひけるは。 九七―九九
マリアはいそぎて山にはせゆけり。また。チェーザレはイレルダを服(したが)へんとて、マルシリアを刺しし後イスパニアに走れり。 一〇〇―一〇二
衆つゞいてさけびていふ。とく來れとく、愛の少なきために時を失ふなかれ、善行(よきおこなひ)をつとめて求めて恩惠(めぐみ)を新たならしめよ。 一〇三―一〇五
あゝ善を行ふにあたりて微温(ぬるみ)のためにあらはせし怠惰(おこたり)と等閑(なほざり)を恐らくは今強き熱にて償ふ民よ 一〇六―一〇八
この生くる者(我決して汝等を欺かず)登り行かんとてたゞ日の再び輝くを待つ、されば請ふ徑(こみち)に近きはいづ方なりや我等に告げよ。 一〇九―一一一
是わが導者の詞なりき、かの靈の一曰ふ。我等と同じ方(かた)に來れ、しかせば汝徑を見む 一一二―一一四
進むの願ひいと深くして我等止まることをえず、このゆゑに我等の義務(つとめ)もし無禮(むらい)とみえなば宥(ゆる)せ 一一五―一一七
我は良きバルバロッサが(ミラーノ彼の事を語れば今猶愁ふ)帝國に君たりし頃ヴェロナのサン・ヅェノの院主なりき 一一八―一二〇
既に隻脚(かたあし)を墓に入れしひとりの者程なくかの僧院のために歎き、權をその上に揮(ふる)ひしことを悲しまむ 一二一―一二三
彼はその子の身全からず、心さらにあしく、生(うまれ)正しからざるものをその眞(まこと)の牧者に代らしめたればなり。 一二四―一二六
彼既に我等を超えて遠く走り行きたれば、そのなほ語れるやまたは默(もだ)せるや我知らず、されどかくいへるをきき喜びてこれを心にとめぬ 一二七―一二九
すべて乏しき時のわが扶(たすけ)なりし者いふ。汝こなたにむかひて、かのふたりの者の怠惰(おこたり)を噛みつゝ來るを見よ。 一三〇―一三二
凡ての者の後方(うしろ)にて彼等いふ。ひらかれし海をわたれる民は、ヨルダンがその嗣子(よつぎ)を見ざりしさきに死せり。 一三三―一三五
また。アンキーゼの子とともに終りまで勞苦を忍ばざりし民は、榮(はえ)なき生に身を委ねたり。 一三六―一三八
かくてかの魂等遠く我等を離れて見るをえざるにいたれるとき、新しき想ひわが心に起りて 一三九―一四一
多くの異なる想ひを生めり、我彼より此とさまよひ、迷ひのためにわが目を閉づれば 一四二―一四四
想ひは夢に變りにき 一四五―一四七


   第十九曲

晝の暑(あつさ)地球のために、またはしば/\土星のために消え、月の寒(さむさ)をはややはらぐるあたはざるとき 一―三
地占者(ゼオマンテイ)等が、夜の明けざるさきに、その大吉と名(な)づくるものの、ほどなく白む道を傳ひて、東に登るを見るころほひ 四―六
ひとりの女夢にわが許に來れり、口吃(ども)り目眇(すが)み足曲(まが)り手斷(た)たれ色蒼し 七―九
われこれに目をとむれば、夜の凍(こゞ)えしむる身に力をつくる日のごとくわが目その舌をかろくし 一〇―
後また程なくその全身を直くし、そのあをざめし顏を戀の求むるごとく染めたり ―一五
さてかく詞の自由をえしとき、彼歌をうたひいづれば、我わが心をほかに移しがたしとおもひぬ 一六―一八
その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中(たゞなか)に水手(かこ)等を迷はす 一九―二一
我わが歌をもてウリッセをその漂泊(さすらひ)の路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 二二―二四
その口未だ閉ぢざる間に、ひとりの聖なる淑女、これをはぢしめんとてわが傍(かたへ)にあらはれ 二五―二七
あゝヴィルジリオよ、ヴィルジリオよ、これ何者ぞやとあららかにいふ、導者即ち淑女にのみ目をそゝぎつゝ近づけり 二八―三〇
さてかの女をとらへ、衣(ころも)の前を裂き開きてその腹を我に見すれば、惡臭(をしう)これよりいでてわが眠りをさましぬ 三一―三三
われ目を善き師にむかはしめたり、彼いふ。少なくも三たび我汝を呼びぬ、起きて來れ、我等は汝の過ぎて行くべき門を尋ねむ。 三四―三六
我は立てり、高き光ははや聖なる山の諸※(二の字点、1-2-22)の圓に滿てり、我等は新しき日を背にして進めり 三七―三九
我は彼に從ひつゝ、わが額をば、あたかもこれに思ひを積み入れ身を反橋(そりはし)の半(なかば)となす者のごとく垂れゐたるに 四〇―四二
この人界にては開くをえざるまでやはらかくやさしく、來れ、道こゝにありといふ聲きこえぬ 四三―四五
かく我等に語れるもの、白鳥のそれかとみゆる翼をひらきて、硬き巖の二の壁の間より我等を上にむかはしめ 四六―四八
後羽を動かして、哀れむ者はその魂慰(なぐさめ)の女主となるがゆゑに福なることを告げつつ我等を扇(あふ)げり 四九―五一
我等ふたり天使をはなれて少しく登りゆきしとき、わが導者我にいふ。汝いかにしたりとて地をのみ見るや。 五二―五四
我。あらたなる幻(まぼろし)はわが心をこれにかたむかせ、我この思ひを棄つるをえざれば、かく疑ひをいだきてゆくなり。 五五―五七
彼曰ふ。汝はこの後唯一者(ひとり)にて我等の上なる魂を歎かしむるかの年へし妖女を見しや、人いかにしてこれが紲(きづな)を斷つかを見しや 五八―六〇
足れり、いざ汝歩履(あゆみ)をはやめ、永遠(とこしへ)の王が諸天をめぐらして汝等に示す餌に目をむけよ。 六一―六三
はじめは足をみる鷹も聲かゝればむきなほり、心食物(くひもの)のためにかなたにひかれ、これをえんとの願ひを起して身を前に伸ぶ 六四―六六
我亦斯の如くになりき、かくなりて、かの岩の裂け登る者に路を與ふるところを極め、環(めぐ)りはじむる處にいたれり 六七―六九
第五の圓にいでしとき、我見しにこゝに民ありき、彼等みな地に俯(うつむ)き伏して泣きゐたり 七〇―七二
わが魂は塵につきぬ、我はかく彼等のいへるをききしかど、詞ほとんど解(げ)しがたきまでその歎息(なげき)深かりき 七三―七五
あゝ神に選ばれ、義と望みをもて己が苦しみをかろむる者等よ、高き登の道ある方(かた)を我等にをしへよ。 七六―七八
汝等こゝに來るといへども伏すの憂ひなく、たゞいと亟(すみや)かに道に就かんことをねがはば、汝等の右を常に外(そと)とせよ。 七九―八一
詩人斯く請ひ我等かく答へをえたり、こは我等の少しく先にきこえしかば、我その言(ことば)によりてかのかくれたる者を認め 八二―八四
目をわが主にむけたるに、主は喜悦(よろこび)の休徴(しるし)をもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五―八七
我わが身を思ひのまゝになすをえしとき、かの魂即ちはじめ詞をもてわが心を惹ける者にちかづき 八八―九〇
いひけるは。神のみ許(もと)に歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙に熟(う)ましむる魂よ、わがために少時(しばらく)汝の大いなる意(こゝろばせ)を抑へて 九一―九三
我に告げよ、汝誰なりしや、汝等何ぞ背を上にむくるや、汝わが汝の爲に世に何物をか求むるを願ふや、我は生(いき)ながら彼處(かしこ)よりいづ。 九四―九六
彼我に。何故に我等の背を天が己にむけしむるやは我汝に告ぐべきも、汝まづ我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし 九七―九九
一の美しき流れシェストリとキアーヴェリの間をくだる、しかしてわが血族(やから)の稱呼(となへ)はその大いなる誇をばこの流れの名に得たり 一〇〇―一〇二
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣(ころも)が、これを泥(ひぢ)に汚さじと力(つと)むる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三―一〇五
わが歸依はあはれおそかりき、されどローマの牧者となるにおよびて我は生の虚僞(いつはり)多きことをさとれり 一〇六―一〇八
かく高き地位をえて心なほしづまらず、またかの生をうくる者さらに高く上(のぼ)るをえざるをみたるがゆゑにこの生の愛わが衷(うち)に燃えたり 一〇九―一一一
かの時にいたるまで、我は幸(さち)なき、神を離れし、全く慾深き魂なりき、今は汝の見るごとく我このためにこゝに罰せらる 一一二―一一四
貪婪(むさぼり)の爲すところのことは我等悔いし魂の罪を淨むる状(さま)にあらはる、そも/\この山にこれより苦(にが)き罰はなし 一一五―一一七
我等の目地上の物に注ぎて、高く擧げられざりしごとくに、正義はこゝにこれを地に沈ましむ 一一八―一二〇
貪婪(むさぼり)善を求むる我等の愛を消して我等の働をとゞめしごとくに、正義はこゝに足をも手をも搦(から)めとらへて 一二一―
かたく我等を壓(おさ)ふ、正しき主の好みたまふ間は、我等いつまでも身を伸べて動かじ。 ―一二六
我は既に跪きてゐたりしが、このとき語らんと思へるに、わが語りはじむるや彼ただ耳を傾けて我の尊敬(うやまひ)をあらはすをしり 一二七―一二九
いひけるは。汝何ぞかく身をかゞむるや。我彼に。汝の分(きは)貴(たか)ければわが良心は我の直く立つを責めたり。 一三〇―一三二
彼答ふらく。兄弟よ、足を直くして身を起すべし、誤るなかれ、我も汝等とおなじく一の權威(ちから)の僕(しもべ)なり 一三三―一三五
汝若しまた嫁せずといへる福音の聲をきけることあらば、またよくわがかく語る所以(ゆゑん)をさとらむ 一三六―一三八
いざ往(ゆ)け、我は汝の尚長く止まるを願はず、我泣いて汝のいへるところのものを熟(う)ましむるに汝のこゝにあるはその妨(さまたげ)となればなり 一三九―一四一
我には世に、名をアラージヤといふひとりの姪(めひ)あり、わが族(うから)の惡に染まずばその氣質(こゝろばへ)はよし 一四二―一四四
わがかしこに殘せる者たゞかの女のみ。 一四五―一四七


   第二十曲

一の意これにまさる意と戰ふも利なし、是故に我は彼を悦ばせんためわが願ひに背きて飽かざる海絨(うみわた)を水よりあげぬ 一―三
我は進めり、わが導者はたえず岩に沿ひて障礙(しやうげ)なき處をゆけり、そのさま身を女墻(ひめがき)に寄せつゝ城壁の上をゆく者に似たりき 四―六
そは片側(かたがは)には、全世界にはびこる罪を一滴(しづく)また一滴、目より注ぎいだす民、あまりに縁(ふち)近くゐたればなり 七―九
禍ひなるかな汝年へし牝の狼よ、汝ははてしなき饑(う)ゑのために獲物(えもの)をとらふること凡ての獸の上にいづ 一〇―一二
あゝ天よ(人或ひは下界の推移を汝の運行に歸するに似たり)、これを逐ふ者いつか來らむ 一三―一五
我等はおそくしづかに歩めり、我は魂等のいたはしく歎き憂ふる聲をききつゝこれに心をとめゐたるに 一六―一八
ふと我等の前に、産(うみ)にくるしむ女のごとく悲しくさけぶ聲きこえて、うるはしきマリアよといひ 一九―二一
續いてまた、汝の貧しかりしことは汝が汝の聖なる嬰兒(をさなご)を臥さしめしかの客舍にあらはるといひ 二二―二四
また次に、あゝ善きファーブリツィオよ、汝は不義と大いなる富を得んより貧と徳をえんと思へりといふ 二五―二七
これらの詞よくわが心に適(かな)ひたれば、我はかくいへりとみゆる靈の事をしらんとてなほさきに進めるに 二八―三〇
彼はまたニッコロが小女(をとめ)等の若き生命(いのち)を導きて貞淑(みさを)に到らしめんため彼等にをしまず物を施せしことをかたれり 三一―三三
我曰ふ。あゝかく大いなる善を語る魂よ、汝は誰なりしや、何ぞたゞひとりこれらの讚(ほ)むべきわざを新たに陳ぶるや、請ふ告げよ 三四―三六
果(はて)をめざして飛びゆく生命(いのち)の短き旅を終へんためわれ世に歸らば、汝の詞報酬(むくい)をえざることあらじ。 三七―三九
彼。我はかしこに慰(なぐさめ)をうるを望まざれども、かく大いなる恩惠(めぐみ)いまだ死せざる汝の中に輝くによりてこれを告ぐべし 四〇―四二
一の惡しき木その蔭をもてすべてのクリスト數國をおほひ、良果(よきみ)これより採らるゝこと罕(まれ)なり、そも/\我はかの木の根なりき 四三―四五
されどドアジォ、リルラ、ガンド、及びブルーゼスの力足りなば報(むくい)速かにこれに臨まむ、我また萬物を裁(さば)き給ふ者にこの報を乞ひ求む 四六―四八
我は世に名をウーゴ・チャペッタといへり、多くのフィリッピとルイージ我よりいでて近代(ちかきよ)のフランスを治む 五二―五四
我は巴里(パリージ)のとある屠戸(にくや)の子なりき、昔の王達はやみな薨(かく)れて、灰色の衣を着る者獨り殘れるのみなりし頃 五二―五四
我は王國の統御の手綱のかたくわが手にあるを見ぬ、また新たに得たる大いなる力とあふるゝばかりの友ありければ 五五―五七
わが子の首(かうべ)擢(ぬき)んでられて、寡(やもめ)となれる冠を戴き、かの受膏(じゅかう)の族(やから)彼よりいでたり 五八―六〇
大いなる聘物(おくりもの)プロヴェンツァがわが血族より羞恥の心を奪はざりし間は、これに美(ほ)むべき業(わざ)もなくさりとてあしき行ひもなかりしに 六一―六三
かの事ありしよりこの方、暴(あらび)と僞(いつはり)をもて掠(かす)むることをなし、後贖(あがな)ひのためにポンティ、ノルマンディア及びグアスコニアを取れり 六四―六六
カルロ、イタリアに來れり、しかして贖のためにクルラディーノを犧牲(いけにへ)となし、後また贖のためにトムマーゾを天に歸らしむ 六七―六九
我見るに、今より後程なく來る一の時あり、この時到らば他(ほか)のカルロは己と己が族(やから)の事を尚(なほ)よく人に知らせんとてフランスを出づべし 七〇―七二
かれ身を固めず、ジュダの試(ため)せし槍を提(ひつさ)げてひとりかしこをいで、これにて突きてフィレンツェの腹を壞(やぶ)らむ 七三―七五
かれかくして國を得ず、罪と恥をえむ、これらは彼が斯(かゝ)る禍ひを輕んずるにより、彼にとりていよ/\重し 七六―七八
我見るに、嘗てとらはれて船を出でしことあるカルロは、己が女(むすめ)を賣りてその價を爭ふこと恰も海賊が女の奴隷をあしらふに似たり 七九―八一
あゝ貪慾(むさぼり)よ、汝わが血族(ちすぢ)を汝の許にひきてこれに己が肉をさへ顧みざらしめしほどなれば、この上(うへ)何をなすべきや 八二―八四
我見るに、過去(こしかた)未來(ゆくすゑ)の禍ひを小(ちひ)さくみえしめんとて、百合(フイオルダリーゾ)の花アラーニアに入り、クリストその代理者の身にてとらはれたまふ 八五―八七
我見るに、彼はふたゝび嘲られ、ふたゝび醋(す)と膽(い)とを嘗(な)め、生ける盜人の間に殺されたまふ 八八―九〇
我見るに、第二のピラート心殘忍なればこれにてもなは飽かず、法によらずして強慾の帆をかの殿(みや)の中まで進む 九一―九三
あゝ我主よ、聖意(みこゝろ)の奧にかくれつゝ聖怒(みいかり)をうるはしうする復讎を見てわがよろこぶ時いつか來らむ 九四―九六
聖靈のたゞひとりの新婦(はなよめ)についてわが語り、汝をしてその解説(ときあかし)を聞かんためわが方にむかはしめしかの詞は 九七―九九
晝の間我等の凡ての祈りにつゞく唱和なり、されど夜いたれば我等これに代へてこれと反する聲をあぐ 一〇〇―一〇二
そのとき我等はかの黄金(こがね)をいたく貪りて背信、盜竊、殺人の罪を犯せるピグマリオンと 一〇三―一〇五
飽くなきの求めによりて患艱(なやみ)をえ常に人の笑ひを招く慾深きミーダのことをくりかへし 一〇六―一〇八
また分捕物(えもの)を盜みとれるため今もこゝにてヨスエの怒りに刺さるとみゆる庸愚(おるか)なるアーカンのことを憶(おも)ひ 一〇九―一一一
次にサフィーラとその夫を責め、エリオドロの蹴られしことを讚(ほ)む、我等はまたポリドロを殺せるポリネストルの汚名をして 一一二―
あまねく山をめぐらしめ、さて最後にさけびていふ、クラッソよ、黄金(こがね)の味(あぢ)はいかに、告げよ、汝知ればなりと ―一一七
ひとりの聲高くひとりの聲低きことあり、こは情の我等を策(むちう)ちて或ひはつよく或ひは弱く語らしむるによる 一一八―一二〇
是故に晝の間我等のこゝにて陳ぶべき徳を我今ひとりいへるにあらず、たゞこのあたりにては我より外に聲を上ぐる者なかりしのみ。 一二一―一二三
我等既に彼を離れ、今はわれらの力を盡して路に勝たんとつとめゐたるに 一二四―一二六
このとき我は山の震ひ動くこと倒るゝ物に似たるを覺えき、是に於てかわが身恰も死に赴く人の如く冷ゆ 一二七―一二九
げにラートナが天の二の目を生まんとて巣を營める時よりさきのデロといふともかく強くはゆるがざりしなるべし 一三〇―一三二
ついではげしき喊聲(さけびごゑ)四方に起れり、師即ち我に近づき、わが導く間は汝恐るゝなかれといふ 一三三―一三五
至高處(いとたかきところ)には榮光神にあれ。衆皆斯くいひゐたり、かくいひゐたるを我は身に近くしてその叫びの聞分(きゝわ)けうべき魂によりてさとれるなりき 一三六―一三八
我等はかの歌を最初に聞ける牧者のごとく、あやしみとゞまりて動かず、震動(ふるひ)止み歌終るにおよびて 一三九―一四一
こゝに再び我等の聖なる行路(たびぢ)にいでたち、既にいつもの歎(なげき)にかへれる多くの地に伏す魂をみたり 一四二―一四四
若しわが記憶に誤りなくば、いかなる疑ひもわがかの時の思ひのうちにありとみえしもののごとく大いなる軍(いくさ)を起して 一四五―
その解説(ときあかし)を我に求めしことあらじ、されどいそぎのためにはゞかりてこれを質(たゞ)さず、さりとて自から何事をも知るをえざれば ―一五〇
我は臆しつゝ思ひ沈みて歩みにき 一五一―一五三


   第二十一曲

サマーリアの女の乞ひ求めたる水を飮まではとゞまることなき自然の渇(かわき)に 一―三
なやまされ、かつは急(いそぎ)に策(むちう)たれつゝ、我わが導者に從ひて障(さゝはり)多き道を歩み、正しき刑罰を憐みゐたるに 四―六
見よ、はや墓窟(はかあな)より起き出でたまへるクリストが途をゆく二人(ふたり)の者に現はれしこと路加(ルーカ)の書(ふみ)に録(しる)さるゝごとく 七―九
一の魂我等にあらはる、我等かの伏したる群(むれ)を足元に見ゐたりしときこの者後(うしろ)に來りしかど我等これを知らざりければ彼まづ語りて 一〇―一二
わが兄弟達よ、神平安を汝等に與へたまへといふ、我等直ちに身をめぐらしぬ、而してヴィルジリオは適(ふさ)はしき表示(しるし)をもてこれに答へて 一三―一五
後曰ひけるは。我を永遠(とこしへ)の流刑(るけい)に處せし眞(まこと)の法廷願はくは汝を福なる集會(つどひ)の中に入れ汝に平和を受けしめんことを。 一六―一八
そは如何(いかに)、汝等神に許されて登るをうる魂に非ずば誰に導かれてその段(きだ)をこゝまで踏みしや。彼かくいひ、いふ間(ま)も我等は疾(と)く行けり 一九―二一
わが師。この者天使の描く標(しるし)を着く、汝これを見ば汝は彼が善き民と共に治むるにいたるをさだかに知らむ 二二―二四
されど夜晝紡(つむ)ぐ女神(めがみ)は、クロートが人各※(二の字点、1-2-22)のために掛けかつ押固(おしかた)むる一束(たば)を未だ彼のために繰(く)り終らざるがゆゑに 二五―二七
汝と我の姉妹なるその魂は登り來るにあたり獨りにて來る能はざりき、そは物を見ること我等と等しからざればなり 二八―三〇
是故に彼に路を示さんため我は曳(ひ)かれて地獄の闊(ひろ)き喉を出づ、またわが教(をし)への彼を導くをうる間は我彼に路を示さむ 三一―三三
然(され)ど汝若し知らば我等に告げよ、山今かの如く搖(ゆる)げるは何故ぞや、またその濡(ぬ)るゝ据に至るまで衆齊(ひと)しく叫ぶと見えしは何故ぞや。 三四―三六
この問ひよくわが願ひの要(かなめ)にあたれり、されば望みをいだけるのみにてわが渇(かわき)はやうすらぎぬ 三七―三九
彼曰ふ。この山の聖なる律法(おきて)はすべて秩序なきことまたはその習ひにあらざることを容(ゆる)さず 四〇―四二
この地一切の變異をまぬかる、たゞその原因(もと)となるをうべきは天が自ら與へて自ら受くるところの者のみ、この外にはなし 四三―四五
是故に雨も雹も雪も露もまた霜も、かの三の段(きだ)より成れる短き階(きざはし)のこなたに落ちず 四六―四八
濃(こ)き雲も淡(うす)き雲も電光(いなづま)も、またかの世に屡※(二の字点、1-2-22)處を變ふるタウマンテの女(むすめ)も現はれず 四九―五一
乾ける氣は、わがいへる三の段の頂、ピエートロの代理者がその足をおくところよりうへに登らず 五二―五四
かしこより下は或ひは幾許(いくばく)か震ひ動かむ、されど上は、我その次第を知らざれども、地にかくるゝ風のために震ひ動けることたえてなし 五五―五七
たゞ魂の中に己が清きを感ずる者ありて起(た)ちまたは昇らんとして進む時、この地震ひ、かのごとき喊(さけび)次ぐ 五八―六〇
清きことの證左(あかし)となるものは意志のみ、魂既に全く自由にその侶を變ふるをうるにいたればこの意志におそはれ且つこれを懷くを悦ぶ 六一―六三
意志はげに始めよりあり、されど願ひこれを許さず、こはさきに罪を求めし如く今神の義に從ひ意志にさからひて苛責を求むる願ひなり 六四―六六
我この苦患(なやみ)の中に伏すこと五百年餘に及びこゝにはじめてまされる里に到らんとの自由の望みをいだけるがゆゑに 六七―六九
汝地の震ふを覺え、また山の信心深き諸※(二の字点、1-2-22)の靈の主(願はくは速かに彼等に登るをえさせたまへ)を讚(ほ)めまつるを聞けるなり。 七〇―七二
彼斯く我等にいへり、しかして渇(かわき)劇しければ飮むの喜び亦從ひて大いなるごとく、彼の言は我にいひがたき滿足を與へき 七三―七五
智(さと)き導者。汝等をこゝに捕ふる網、その解くる状(さま)、地のこゝに震ふ所以、汝等の倶に喜ぶところの物、我今皆これを知る 七六―七八
いざねがはくは汝の誰なりしやを我にしらしめ、また何故にこゝに伏してかく多くの代(よ)を經たるやを汝の詞にて我にあらはせ。 七九―八一
かの靈答へて曰ふ。いと高き王の助けをうけて善きティトがジユダの賣りし血流れ出たる傷の仇をむくいし頃 八二―
最も人にあがめられかつ長く殘る名をえて我ひろく世に知らる、されど未だ信仰なかりき ―八七
わが有聲(うせい)の靈の麗しければ我はトロサ人(びと)なるもローマに引かれ、かしこにミルトをもて額を飾るをうるにいたれり 八八―九〇
世の人わが名を今もスターツィオと呼ぶ、われテーべを歌ひ、後また大いなるアキルレをうたへり、されど第二の荷を負ひて路に倒れぬ 九一―九三
さてわが情熱の種は、千餘の心を燃やすにいたれるかの聖なる焔よりいでて我をあたゝめし火花なりき 九四―九六
わがかくいふは「エーネイダ」の事なり、こは我には母なりき詩の乳母(めのと)なりき、これなくば豈我に一ドラムマの重(おもさ)あらんや 九七―九九
我若しヴィルジリオと代(よ)を同じうするをえたらんには、わが流罪(るざい)の期(とき)滿つること一年(ひととせ)後(おく)るゝともいとはざらんに。 一〇〇―一〇二
これらの詞を聞きてヴィルジリオ我にむかひ聲なき顏にて默(もだ)せといへり、されど意志は萬事(よろづのこと)を爲しがたし 一〇三―一〇五
そは笑(ゑみ)も涙もまづその源なる情に從ひ、その人いよ/\誠實なればいよ/\意志に背けばなり 一〇六―一〇八
我たゞ微笑(ほゝゑ)めるのみ、されどその状(さま)※(「目+旬」、第3水準1-88-80)(めくばせ)する人に似たれば、かの魂口を噤み、心のいとよくあらはるゝ處なる目を見て 一〇九―一一一
いふ。願はくは汝幸(さいはひ)の中にかく大いなる勞苦を終(を)ふるをえんことを、汝の顏今笑(ゑみ)の閃(ひらめき)を我に見せしは何故ぞや。 一一二―一一四
我今左右に檢束をうく、かなたは我に默(もだ)せといひ、こなたは我にいへと命ず、是に於てか大息すれば 一一五―
わが師さとりて我に曰ふ。汝語るをおそるゝなかれ、語りて彼にそのかく心をこめて尋ぬるところの事を告ぐべし。 ―一二〇
是に於てか我。年へし靈よ、思ふに汝はわがほゝゑめるをあやしむならむ、されど我汝の驚きをさらに大いならしめんとす 一二一―一二三
わが目を導いて高きに到らしむるこの者こそは、かのヴィルジリオ、人と神々をうたふにあたりて汝に力を與へし者なれ 一二四―一二六
若しわが笑(ゑみ)の原因(もと)と思へるもの他にあらば、眞(まこと)ならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝の言(ことば)を眞(まこと)の原因(もと)とおもふべし。 一二七―一二九
わが師の足を抱かんとて彼既に身をかゞめゐたりき、されど師彼に曰ふ。兄弟よ、しかするなかれ、汝も魂汝の見る者も魂なれば。 一三〇―一三二
彼立上(たちあが)りつゝ。今汝は汝のために燃ゆるわが愛の大いなるをさとるをえむ、そは我等の身の空しきを忘れて 一三三―一三五
我はあたかも固體のごとく魂をあしらひたればなり 一三六―一三八


   第二十二曲

我等すでに天使をあとにす(こは我等を第六の圓にむかはせ、わが顏より一の疵をとりのぞける天使なり 一―三
彼は我等に義を慕ふ者の福なることを告げたり、而してその詞はたゞシチウントをもてこれを結びき) 四―六
また我は他(ほか)の徑(こみち)を通れる時より身輕ければ、疲勞(つかれ)を覺ゆることなくしてかの足早き二の靈に從ひつゝ歩みゐたるに 七―九
このときヴィルジリオ曰ふ。徳の燃やせし愛はその焔一たび外にあらはるればまた他の愛を燃やすを常とす 一〇―一二
是故にジヨヴェナーレが地獄のリムボの中なる我等の間にくだりて汝の情愛を我に明(あか)せし時よりこの方 一三―一五
汝に對してわれ大いなる好意(よしみ)を持てり、實(げに)これより固くはまだ見ぬ者と結べる人なし、かかれば今は此等の段(きだ)も我に短しと見ゆるなるべし 一六―一八
されど告げよ――若し心安きあまりにわが手綱弛(ゆる)みなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九―二一
貪婪(むさぼり)はいかで汝の胸の中、汝の勵みによりて汝に滿ちみちしごとき大なる智慧の間に宿るをえしや。 二二―二四
これらの詞をききてスターツィオまづ少しく笑を含み、かくて答へて曰ひけるは。汝の言葉はみな我にとりて愛のなつかしき表象(しるし)なり 二五―二七
それまことの理(ことわり)かくるゝがゆゑに我等に誤りて疑ひを起さしむる物げにしば/\現はるゝことあり 二八―三〇
汝が我をば世に慾深かりし者なりきと信ずることは汝の問ひよく我に證(あかし)す、これ思ふにわがかの圈にゐたるによらむ 三一―三三
知るべし、我は却つてあまりに貪婪(むさぼり)に遠ざかれるため、幾千の月この放縱を罰せるなり 三四―三六
我若し汝が恰も人の性を憤るごとくさけびて、あゝ黄金(わうごん)の不淨の饑ゑよ汝人慾を導いていづこにか到らざらんと 三七―
いへる處に心をとめ、わが思ひを正さざりせば、今は轉(まろ)ばしつゝ憂(う)き牴觸を感ずるものを ―四二
かの時我は費(つひや)すにあたりて手のあまりにひろく翼を伸ぶるをうるを知り、これを悔ゆること他(ほか)の罪の如くなりき 四三―四五
それ無智のために生くる間も死に臨みてもこの罪を悔ゆるあたはず、後(のち)髮を削りて起き出づるにいたる者その數いくばくぞ 四六―四八
汝また知るべし、一の罪とともに、まさしくこれと相反する咎、その縁(みどり)をこゝに涸(か)らすを 四九―五一
是故にわれ罪を淨めんとてかの貪婪(むさぼり)のために歎く民の間にありきとも、これと反する愆(とが)のゆゑにこそこの事我に臨めるなれ。 五二―五四
牧歌の歌人いひけるは。汝ヨカスタの二重(ふたへ)の憂ひの酷(むご)き爭ひを歌へるころは 五五―五七
クリオがこの詩に汝と關渉(かゝりあ)ふさまをみるに、善行(よきおこなひ)にかくべからざる信仰未だ汝を信ある者となさざりしに似たり 五八―六〇
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなる燭(ともしび)ぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一―六三
彼曰ふ。汝まづ我をパルナーゾの方(かた)にみちびきてその窟(いはや)に水を掬(むす)ぶをえしめ、後また我を照して神のみもとに向はしめたり 六四―六六
汝の爲すところはあたかも夜燈火(ともしび)を己が後(うしろ)に携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七―六九
そは汝のいへる詞に、世改まり義と人の古歸り新しき族(やから)天より降るとあればなり 七〇―七二
我は汝によりて詩人となり汝によりて基督教徒(クリスティアーノ)となれり、されどわが概略(おほよそ)に畫(ゑが)ける物を尚良く汝に現はさんため我今手を伸(の)べて彩色(いろど)らん 七三―七五
眞(まこと)の信仰は永久(とこしへ)の國の使者等(つかひたち)に播かれてすでにあまねく世に滿ちたりしに 七六―七八
わが今引ける汝の言(ことば)、新しき道を傳ふる者とその調(しらべ)を同じうせしかば、彼等を訪(おとづ)るることわが習ひとなり 七九―八一
かのドミチアーンが彼等を責めなやまししとき、わが涙彼等の歎(なげき)にともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗(ならはし)は我をして他(ほか)の教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシア人(びと)を導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮(バッテスモ)をうけしかど、公(おほやけ)の基督教徒(クリスティアーン)となるをおそれて 八八―九〇
久しく異教の下(もと)にかくれぬ、この微温(ぬるみ)なりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝる幸(さいはひ)をかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處(いづこ)にあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシア人(びと)とともに 一〇〇―一〇二
無明(むみやう)の獄(ひとや)の第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母(めのと)等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹(ラウロ)をもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々の中(うち)にては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアの女(むすめ)とテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともに默(もだ)し 一一五―一一七
晝の四人(よたり)の侍婢(はしため)ははやあとに殘されて、第五の侍婢轅(ながえ)のもとにその燃ゆる尖(さき)をばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩を縁(ふち)にむけ、山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)ること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣(ならはし)はかしこにてかく我等の導(しるべ)となれり、しかしてかの貴き魂の肯(うけが)へるため我等いよいよ疑はずして路に就けり 一二四―一二六
彼等はさきに我ひとり後(あと)よりゆけり、我は彼等のかたる言葉に耳を傾け、詩作についての教へをきくをえたりしかど 一二七―一二九
このうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の中央(たゞなか)に、香(にほひ)やはらかくして良き果(み)ある一本(ひともと)の木を見たればなり 一三〇―一三二
あたかも樅(もみ)の、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三―一三五
われらの路の塞がれる方(かた)にては、清き水高き岩より落ちて葉の上にのみちらばれり 一三六―一三八
ふたりの詩人樹にちかづけるに、一の聲葉の中よりさけびていふ。汝等はこの食物(くひもの)に事缺かむ。 一三九―一四一
又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物言ふ)の事よりも、婚筵のたふとくして全からむことをおもへり 一四二―一四四
昔のローマの女等はその飮料(のみもの)に水を用ゐ、またダニエルロは食物(くひもの)をいやしみて知識をえたり 一四五―一四七
古(いにしへ)の代(よ)は黄金(こがね)の如く美しかりき、饑ゑて橡(つるばみ)を味(あぢ)よくし、渇きて小川を聖酒(ネッタレ)となす 一四八―一五〇
蜜と蝗蟲(いなご)とはかの洗禮者(バテイスタ)を曠野(あらの)にやしなへる糧(かて)なりき、是故に彼榮え、その大いなること 一五一―一五三
聖史の中にあらはるゝごとし。 一五四―一五六


   第二十三曲

我はあたかも小鳥を逐ひて空しく日を送る者の爲すごとくかの青葉に目をとめゐたれば 一―三
父にまさる者いひけるは。子よ、いざ來れ、我等は定まれる時をわかちて善く用ゐざるをえざればなり。 四―六
われ目と歩(あゆみ)を齊(ひと)しく移して聖達(ひじりたち)に從ひ、その語ることを聞きつゝ行けども疲れをおぼえざりしに 七―九
見よ、歎(なげき)と歌ときこえぬ、主よわが唇をと唱ふるさま喜びとともに憂ひを生めり 一〇―一二
あゝやさしき父よ、我にきこゆるものは何ぞや。我斯くいへるに彼。こは魂なり、おそらくは行きつゝその負債(おひめ)の纈(むすび)を解くならむ。 一三―一五
たとへば物思ふ異郷の族人(たびびと)、路にて知らざる人々に追及(おひし)き、ふりむきてこれをみれども、その足をとゞめざるごとく 一六―一八
信心深き魂の一群(むれ)、もだしつゝ、我等よりもはやく歩みて後方(うしろ)より來り、過ぎ行かんとして我等を目安(まも)れり 一九―二一
彼等はいづれも眼(まなこ)窪みて光なく、顏あをざめ、その皮(かは)骨の形をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四
思ふに饑(う)ゑを恐るゝこといと大いなりしときのエリシトネといふともそのためにかく枯れて皮ばかりとはならざりしならむ 二五―二七
我わが心の中にいふ。マリアその子を啄(ついば)みしときイエルサレムを失へる民を見よ。 二八―三〇
眼窩(めあな)は珠(たま)なき指輪に似たりき、OMO(オモ)を人の顏に讀む者M(エムメ)をさだかに認めしなるべし 三一―三三
若しその由來を知らずば誰か信ぜん、果實(このみ)と水の香(かをり)、劇しき慾を生みて、かく力をあらはさんとは 三四―三六
彼等の痩すると膚(はだ)いたはしく荒るゝ原因(もと)未だ明(あきら)かならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今異(あや)しみゐたりしに 三七―三九
見よ、一の魂、頭(かうべ)の深處(ふかみ)より目を我にむけてつら/\視、かくて高くさけびて、こはわがためにいかなる恩惠(めぐみ)ぞやといふ 四〇―四二
我何ぞ顏を見て彼の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀てるものその聲にあらはれき 四三―四五
この火花はかの變れる貌(かたち)にかゝはるわが凡ての記憶を燃やし、我はフォレーゼの顏をみとめぬ 四六―四八
彼請ひていふ。あゝ、乾ける痂(かさぶた)わが膚(はだ)の色を奪ひ、またわが肉乏しとも、汝これに心をとめず 四九―五一
故に汝の身の上と汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物言ふを否むなかれ。 五二―五四
我答へて彼に曰ふ。死(しに)てさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りて見ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與へて泣かしむ 五五―五七
然(され)ば告げよ、われ神を指(さ)して請ふ、汝等をかく枯(か)らす物は何ぞや、わが異(あやし)む間我に言(い)はしむる勿れ、心に他(ほか)の思ひ滿つればその人いふ事宜(よろ)しきをえず。 五八―六〇
彼我に。永遠(とこしへ)の思量(はからひ)によりて我等の後方(うしろ)なるかの水の中樹の中に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六一―六三
己が食慾に耽れるため泣きつゝ歌ふこの民はみな饑ゑ渇きてこゝにふたゝび己を清くす 六四―六六
果實(このみ)より、また青葉にかゝる飛沫(みづけぶり)よりいづる香氣(かをり)は飮食(のみくひ)の慾を我等の中(うち)に燃やすなり 六七―六九
しかして我等のこの處を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りて苦しみを新たにすることたゞ一度(たび)にとゞまらず――われ苦しみといふ、まことに慰(なぐさめ)といはざるべからず 七〇―七二
そはクリストの己が血をもて我等を救ひたまへる時、彼をしてよろこびてエリといはしめし願ひ我等を樹下(このもと)に導けばなり。 七三―七五
我彼に。フォレーゼよ、汝世を變へてまさる生命(いのち)をえしよりこの方いまだ五年(とせ)の月日經ず 七六―七八
若し我等を再び神に嫁(とつ)がしむる善き憂ひの時到らざるまに、汝の罪を犯す力既に盡きたるならんには 七九―八一
汝いかでかこゝに來れる、我は汝を下なる麓、時の時を補(おぎな)ふところに今も見るならんとおもへるなりき。 八二―八四
是に於てか彼我に。わがネルラそのあふるゝ涙をもて我をみちびき、苛責の甘き茵※(「くさかんむり/陳」、第3水準1-91-23)(いんちん)を飮ましむ 八五―八七
彼心をこめし祈祷(いのり)と歎息(ためいき)をもて、かの魂の待つ處なる山の腰より我を引きまた我を他の諸※(二の字点、1-2-22)の圓より救へり 八八―九〇
わが寡婦(やもめ)わが深く愛せし者はその善行(よきおこなひ)の類(たぐひ)少なきによりていよ/\神にめでよろこばる 九一―九三
そは婦人(をんな)の愼(つゝしみ)に於ては、サールディニアのバルバジアさへ、わがかの女を殘して去りしバルバジアよりはるかに上にあればなり 九四―九六
あゝなつかしき兄弟よ、我汝に何を告げんや、今を昔となさざる未來すでにわが前にあらはる 九七―九九
この時到らば教壇に立つ人、面皮(めんぴ)厚きフィレンツェの女等の、乳房(ちぶさ)と腰を露(あら)はしつゝ外(そと)に出るをいましむべし 一〇〇―一〇二
いかなる未開の女いかなるサラチーノの女なりとて、靈または他(ほか)の懲戒(こらしめ)なきため身を被はずして出でし例(ためし)あらんや 一〇三―一〇五
されどかの恥知らぬ女等、若し※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)轉(めぐり)早き天が彼等の爲に備ふるものをさだかに知らば、今既に口をひらきてをめくなるべし 一〇六―一〇八
そはわが先見に誤りなくば、今子守歌(ナンナ)を聞きてしづかに眠る者の頬に鬚生(お)ひぬまに彼等悲しむべければなり 一〇九―一一一
あゝ兄弟よ、今は汝の身の上を我にかくすことなかれ、見よ我のみかは、これらの者皆汝が日を覆ふところを凝視(みつ)む。 一一二―一一四
我即ち彼に。汝若し汝の我と我の汝といかに世をおくれるやをおもひいでなば、その記憶は今も汝をくるしめむ 一一五―一一七
わが前にゆく者我にかゝる生を棄てしむ、こは往日(さきつひ)これの――かくいひて日をさし示せり――姉妹の圓く現はれし時の事なり 一一八―一二〇
彼我を彼に從ひてゆくこの眞(まこと)の肉とともに導いて闌(ふ)けし夜(よ)を過ぎ、まことの死者をはなれたり 一二一―一二三
我彼に勵まされてかしこをいで、汝等世の爲に歪める者を直くするこの山を登りつつまた※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りつゝこゝに來れり 一二四―一二六
彼はベアトリーチェのあるところにわがいたらん時まで我をともなはむといふ、かしこにいたらば我ひとり殘らざるをえず 一二七―一二九
かく我にいふはこの者即ちヴィルジリオなり(我彼を指ざせり)、またこれなるは汝等の王國を去る魂なり、この地今 一三〇―一三二
その隅々(すみ/″\)までもゆるげるは彼のためなりき。


   第二十四曲

言(ことば)歩(あゆみ)を、歩言をおそくせず、我等は語りつゝあたかも順風に追はるゝ船のごとく疾(と)く行けり 一―三
再び死にし者に似たる魂等はわが生くるを知り、我を見て驚愕(おどろき)を目の坎(あな)より吐けり 四―六
我續いてかたりていふ。彼若し伴侶(とも)のためならずは、おそらくはなほ速かに登らむ 七―九
されど知らば我に告げよ、ピッカルダはいづこにありや、また告げよ、かく我を視る民の中に心をとむべき者ありや。 一〇―一二
わが姉妹(その美その善いづれまされりや我知らず)は既に高きオリムポによろこびて勝利(かち)の冠をうく。 一三―一五
彼まづ斯くいひて後。我等の姿斷食のためにかく搾(しぼ)り取らるゝがゆゑに、こゝにては我等誰(た)が名をも告ぐるをう 一六―一八
此は――指ざしつゝ――ボナジユンタ、ルッカのボナジユンタなり、またその先のきはだちて憔悴(やつれ)し顏は 一九―二一
かつて聖なる寺院を抱けり、彼はトルソの者なりき、いま斷食によりてボルセーナの鰻(うなぎ)とヴェルナッチヤを淨む。 二二―二四
その他(ほか)多くの者の名を彼一々我に告ぐるに、彼等皆名をいはるゝを厭はじとみえ、その一者(ひとり)だに憂(う)き状(さま)をなすはあらざりき 二五―二七
我はウバルディーン・デラ・ピーラと、杖にて多くの民を牧せしボニファーチョとが、饑ゑの爲に空しくその齒を動かすを見たり 二八―三〇
我はメッセル・マルケーゼを見たり、この者フォルリにありし頃はかく劇しき渇(かわき)なく且つ飮むに便宜(たより)多かりしかどなほ飽く事を知らざりき 三一―三三
されど恰も見てその中よりひとりを擇ぶ人の如く我はルッカの者をえらびぬ、彼我の事を知るを最(いと)希ふさまなりければ 三四―三六
彼はさゝやけり、我は彼がかく彼等を痩せしむる正義の苦痛(いたみ)を感ずるところにてゼントゥッカといふを聞きし如くなりき 三七―三九
我曰ふ。あゝかく深く我と語るを望むに似たる魂よ、請ふ汝のいへることを我にさとらせ、汝の言葉をもて汝と我の願ひを滿たせよ。 四〇―四二
彼曰ふ。女生れていまだ首※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かしらぎぬ)を被(かづ)かず、この者わが邑(まち)を、人いかに誹るとも、汝の心に適(かな)はせむ 四三―四五
汝この豫言を忘るゝなかれ、もしわが低語(さゝやき)汝の誤解を招けるならば、この後まことの事汝にこれをときあかすべし 四六―四八
されど告げよ、かの新しき詩を起し、戀を知る淑女等とそのはじめにいへる者是即ち汝なりや。 四九―五一
我彼に。愛我を動かせば我これに意を留めてそのわが衷(うち)に口授(くじゆ)するごとくうたひいづ。 五二―五四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、我今かの公(おほやけ)の證人(あかしびと)とグイットネと我とをわが聞く麗はしき新しき調(しらべ)のこなたにつなぐ節(ふし)をみる 五五―五七
我よく汝等の筆が口授者(くじゆしや)にちかく附隨(つきしたが)ひて進むをみる、われらの筆にはげにこの事あらざりき 五八―六〇
またなほ遠く先を見んとつとむる者も彼と此との調(しらべ)の區別(けぢめ)をこの外にはみじ。かくいひて心足れるごとく默(もだ)しぬ 六一―六三
ニーロの邊(ほとり)に冬籠(ふゆごも)る鳥、空に群(むらが)り集(つど)ひて後、なほも速かに飛ばんため達(つらな)り行くことあるごとく 六四―六六
その痩すると願ひあるによりて身輕きかしこの民は、みな首(かうべ)をめぐらしつゝふたゝびその歩履(あゆみ)をはやめぬ 六七―六九
また走りて疲れたる人その侶におくれ、ひとり歩みて腰の喘(あへぎ)のしづまる時を待つごとく 七〇―七二
フォレーゼは聖なる群(むれ)をさきにゆかしめ、我とともにあとより來りていひけるは。我の再び汝に會ふをうるは何時(いつ)ぞや。 七三―七五
我彼に答ふらく。いつまで生くるや我知らず、されどわが歸ること早しとも、我わが願ひの中に、それよりはやくこの岸に到らむ 七六―七八
そはわが郷土(ふるさと)となりたる處は、日に日に自ら善を失ひ、そのいたましく荒るゝことはや定まれりとみゆればなり。 七九―八一
彼曰ふ。いざ行け、我見るに、この禍ひに關(かゝ)はりて罪の最も大いなるもの、一の獸の尾の下(もと)にて曳かれ、罪赦さるゝ例(ためし)なき溪にむかふ 八二―八四
獸はたえずはやさを増しつゝ一足毎にとくすゝみ、遂に彼を踏み碎きてその恥づべき躯(むくろ)を棄つ 八五―八七
これらの輪未だ長く※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)らざるまに(かくいひて目を天にむく)、わが言(ことば)のなほよく説明(ときあか)す能はざるもの汝に明(あきらか)なるにいたらむ 八八―九〇
いざ汝あとに殘れ、この王國にては時いと尊し、汝と斯く相並びてゆかば、わが失ふところ多きに過ぎむ。 九一―九三
たとへば先登(さきがけ)の譽をえんとて、馬上の群(むれ)の中より一人(ひとり)の騎士、馳せ出づることあるごとく 九四―九六
彼足をはやめて我等を離れ、我は世の大いなる軍帥(ぐんすゐ)なりし二者(ふたり)とともに路に殘れり 九七―九九
彼既に我等の前を去ること遠く、わが目の彼に伴ふさま、わが心の彼の詞にともなふごとくなりしとき 一〇〇―一〇二
いま一本(もと)の樹の、果(み)饒(ゆたか)にして盛なる枝我にあらはる、また我この時はじめてかなたにめぐれるなればその處甚だ遠からざりき 一〇三―一〇五
我見しに民その下にて手を伸べつゝ葉にむかひて何事をかよばはりゐたり、罪なき嬰兒(をさなご)物を求めて 一〇六―
乞へども乞はるゝ人答へず、かへつて願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずして高く擡(もた)ぐるもこの類(たぐひ)なるべし ―一一一
かくて彼等はあたかも迷ひ覺めしごとく去り、我等はかく多くの請(こひ)と涙を卻(しりぞ)くる巨樹(おほき)のもとにたゞちにいたれり 一一二―一一四
汝等過ぎゆきて近づくなかれ、エーヴァのくらへる木この上にあり、これはもとかの樹よりいづ。 一一五―一一七
誰ならむ小枝の間よりかくいふ者ありければ、ヴィルジリオとスターツィオと我とは互ひに近く身を寄せつゝ聳ゆる岸の邊(ほとり)を行けり 一一八―一二〇
かの者またいふ。雲間に生れし詛(のろひ)の子等即ち飽いてその二重(ふたへ)の腰をもてテゼオと爭へる者を憶へ 一二一―一二三
また貪り飮みしため、マディアンにむかひて山を下れるゼデオンがその侶となさざりし希伯來人(エブレオびと)を憶へ。 一二四―一二六
かく我等は二の縁(へり)の一を傳ひて、幸(さち)なき報(むくい)のともなへる多食の罪の事をきゝつゝこゝを過ぎ 一二七―一二九
後身を寛(ゆるやか)にしてさびしき路を行き、いづれも言葉なく思ひに沈みて裕(ゆたか)に千餘の歩履(あゆみ)をはこべり 一三〇―一三二
汝等何ぞたゞみたり行きつゝかく物を思ふや。ふと斯くいへる聲ありき、是に於てか我は恰もおぢおそるゝ獸の如く顫(ふる)ひ 一三三―一三五
その誰なるやを見んとて首(かうべ)を擧ぐればひとりの者みゆ、爐の中なる玻璃または金屬(かね)といふとも斯く光り 一三六―
かく赤くみゆるはあらじ、彼曰ふ。汝等登らんことをねがはばこゝより折れよ、往いて平和をえんとする者みなこなたにむかふ。 ―一四一
彼の姿わが目の力を奪へるため、我は身をめぐらして、あたかも耳に導かるゝ人の如く、わがふたりの師の後(うしろ)にいたれり 一四二―一四四
曉告ぐる五月の輕風(そよかぜ)ゆたかに草と花とを含み、動きて佳(よ)き香(か)を放つごとくに 一四五―一四七
うるはしき風わが額の正中(たゞなか)にあたれり、我は神饌(アムプロージャ)の匂(にほ)ひを我に知らしめし羽の動くをさだかにしれり 一四八―一五〇
また聲ありていふ。大いなる恩惠(めぐみ)に照され、味(あぢはひ)の愛飽くなき慾を胸に燃やさず常に宜(よろ)しきに從ひて饑うる者は福(さいはひ)なり。 一五一―一五三


   第二十五曲

時は昇(のぼり)の遲きを許さず、そは子午線を日は金牛に夜は天蠍にはや付(わた)したればなり 一―三
さればあたかも必要の鞭(むち)にむちうたるゝ人、いかなる物あらはるゝとも止まらずしてその路を行くごとく 四―六
我等はひとりづつ徑(こみち)に入りて階(きざはし)を登れり(階狹きため昇る者並び行くをえず) 七―九
たとへば鸛(こうづる)の雛、飛ぶをねがひて翼をあぐれど、巣を離るゝの勇なくして再びこれを收むるごとく 一〇―一二
わが問はんと欲する願ひ燃えてまた消え、我はたゞいひいださんと構ふる者の状(さま)をなすに過ぎざりき 一三―一五
歩(あゆみ)速かなりしかどもわがなつかしき父は默(もだ)さで、汝鏃(やじり)までひきしぼれる言(ことば)の弓を射よといふ 一六―一八
この時我これにはげまされ、口を啓きていふ。滋養(やしなひ)をうくるに及ばざるものいかにして痩するを得るや。 一九―二一
彼曰ふ。汝若しメレアグロの身が、炬火(たいまつ)の燃え盡くるにつれて盡きたるさまを憶ひ出でなば、この事故にさとりがたきにあらざるべく 二二―二四
また鏡に映(うつ)る汝等の姿が、汝等の動くにつれて動くを思はば、今硬くみゆるもの汝に軟かにみゆるにいたらむ 二五―二七
されど汝望むがまゝに心を安んずることをえんため、見よ、こゝにスターツィオあり、我彼を呼び彼に請ひて汝の傷を癒さしむべし。 二八―三〇
スターツィオ答ふらく。我この常世(とこよ)の状態(ありさま)を汝のをる處にて彼に説明(ときあか)すとも、こは汝の請(こひ)をわが否む能はざるが爲なれば咎むるなかれ。 三一―三三
かくてまたいふ。子よ、汝の心わが詞を見てこれを受けなば、これは即ち汝の質(たゞ)す疑ひを照す光とならむ 三四―三六
それ血の完全にして、渇ける脈に吸はるゝことなく、あたかも食卓(つくゑ)よりはこびさらるゝ食物(くひもの)のごとく殘るもの 三七―三九
人の諸※(二の字点、1-2-22)の肢體を營む力をば心臟の中に得(う)、これ此等の物とならんため脈を傳ひて出づるにいたるものなればなり 四〇―四二
いよ/\清くなるに及びて、この血は人のいふを憚かる處にくだり、後又そこより自然の器(うつは)の中なる異なる血の上にしたゝり 四三―四五
二の血こゝに相合ふ、その一には堪ふる性(さが)あり、また一にはその出づる處全きがゆゑに行ふ性あり 四六―四八
此(これ)彼と結びてはたらき、まづ凝固(こりかた)まらせ、後己が材としてその固(かた)め整(とゝの)へる物に生命(いのち)を與ふ 四九―五一
活動の力恰も草木の魂の如きものとなりて(但し一は道程にあり一は彼岸に達す、異なるところたゞこれのみ)後 五二―五四
なほその作用(はたらき)をとゞめず、この物動きかつ感ずること海の菌の如きにいたれば、さらに己を種として諸※(二の字点、1-2-22)の力を組立てはじむ 五五―五七
子よ、生む者の心臟即ち自然が諸※(二の字点、1-2-22)の肢體に意を用ゐる處よりいづる力は今や既に弘がりて延ぶ 五八―六〇
されど汝は未だ生物のいかにして人間となるやを聞かず、こは汝よりさとかりし者の嘗て誤れる一の點なり 六一―六三
そは彼靜智に當つべき何の機官をも見ざるによりて、その教への中にこれを魂より離れしめたればなり 六四―六六
汝わが陳ぶる眞(まこと)にむかひて胸をひらき、而して知るべし、胎兒における腦の組織(くみたて)全く成り終るや否や 六七―六九
第一の發動者、自然のかく大いなる技(わざ)をめでてこれにむかひ、力滿ちたる新しき靈を嘘入(ふきい)れたまひ 七〇―七二
靈はかしこにはたらきゐたるものを己が實體の中にひきいれ、たゞ一の魂となりて、且つ生き且つ感じ且つ自ら己をめぐる 七三―七五
汝この言(ことば)をふかくあやしむなからんため、思ひみよ、太陽の熱葡萄の樹よりしたゝる汁と相混(あひまじ)りて酒となるを 七六―七八
ラケージスの絲盡くる時は、この魂、肉の繋(つなぎ)を離れ、人と神とに屬するものをその實質において携ふ 七九―八一
他(ほか)の能力(ちから)はみな默(もだ)せども、記憶、了知及び意志の作用(はたらき)は却つてはるかに前よりも強し 八二―八四
かくて止まらずしてあやしくも自ら岸の一に落ち、こゝにはじめて己が行くべき路を知る 八五―八七
處一たび定まれば、構成(いとなみ)の力たゞちにあたりを輝かし、その状(さま)もその程(ほど)も、生くる肢體におけるに同じ 八八―九〇
しかしてたとへば空氣雨を含むとき、日の光これに映(うつ)るによりて多くの色に飾らるるごとく 九一―九三
あたりの空氣はそこにとゞまれる魂が己の力によりてその上に捺(お)す形をうく 九四―九六
かくてあたかも火の動くところ焔これにともなふごとく、新しき形靈にともなふ 九七―九九
この物この後これによりてその姿を現すがゆゑに影(オムブラ)と呼ばれ、またこれによりて凡ての官能をとゝのへ、見ることをさへ得るにいたる 一〇〇―一〇二
我等これによりて物言ひ、これによりて笑ふ、またこれによりて我等に涙あり歎息(なげき)あり(汝これをこの山の上に聞けるなるべし) 一〇三―一〇五
諸※(二の字点、1-2-22)の願ひまたはその他の情の我等に作用(はたらき)を及ぼすにしたがひ、影も亦姿を異にす、是ぞ汝のあやしとする事の原因(もと)なる。 一〇六―一〇八
我等はこの時はや最後の曲路にいたりて右にむかひ、心を他(ほか)にとめゐたり 一〇九―一一一
こゝにては岸焔の矢を射、縁(ふち)は風を上におくりてこれを追返さしめ、そこに一の路を空(あ)く 一一二―一一四
されば我等は開きたる處を傳ひてひとり/″\に行かざるをえざりき、我はこなたに火を恐れかなたに下に落(おつ)るをおそれぬ 一一五―一一七
わが導者曰ふ。かたく目の手綱を緊(し)めてこゝを過ぎよ、たゞ些(すこし)の事のために足を誤るべければなり。 一一八―一二〇
この時こよなき憐憫(あはれみ)の神と猛火の懷(ふところ)にうたふ聲我にきこえてわが心をばまたかなたにもむかはしむ 一二一―一二三
かくて我見しに焔の中をゆく多くの靈ありければ、我は彼等を見またわが足元(あしもと)をみてたえずわが視力をわかてり 一二四―一二六
聖歌終れば、彼等は高くわれ夫を知らずとさけび、後低く再びこの聖歌をうたひ 一二七―一二九
これを終ふればまた叫びて、ディアーナ森にとゞまりて、かのヴェーネレの毒を嘗めしエリーチェを逐へりといふ 一三〇―一三二
かくて彼等歌に歸り、後またさけびて、徳と縁(えにし)の命ずる如く貞操(みさを)を守れる妻と夫の事を擧ぐ 一三三―一三五
おもふに火に燒かるゝ間は、彼等たえずかく爲すなるべし、かゝる藥かゝる食物(くひもの)によりてこそ 一三六―一三八
その傷(きず)つひにふさがるなれ 一三九―一四一


   第二十六曲

我等かく縁(ふち)を傳ひ一列(ひとつら)となりて歩める間に、善き師しば/\いふ。心せよ、わが誡めを空しうするなかれ。 一―三
はや光をもて西をあまねく蒼より白に變ふる日は、わが右の肩にあたれり 四―六
我は影によりて焔をいよ/\赤く見えしめ、また多くの魂のかゝる表徴(しるし)にのみ心をとめつゝ行くを見たり 七―九
彼等のわが事を語るにいたれるもこれが爲なりき、かれらまづ、彼は虚(むな)しき身のごとくならずといふ 一〇―一二
かくていくたりか、燒かれざる處に出でじとたえず心を用ゐつゝ、その進むをうるかぎりわが方(かた)に來れる者ありき 一三―一五
あゝ汝おそき歩履(あゆみ)のためならずして恐らくは敬(うやまひ)のために侶のあとより行く者よ、渇(かわき)と火に燃ゆる我に答へよ 一六―一八
汝の答を求むる者我獨りに非ず、此等の者皆これに渇く、そのはげしきに比(くら)ぶればインド人(びと)又はエチオピア人の冷(つめた)き水にかわくも及ばじ 一九―二一
請ふ我等に告げよ、汝未だ死の網(あみ)の中に入らざるごとく、身を壁として日を遮(さへぎ)るはいかにぞや。 二二―二四
その一(ひとり)斯く我にいへり、また若しこの時新しき物現はれて心をひくことなかりせば、我は既にわが身の上をあかせしなるべし 二五―二七
されどこの時顏をこの民にむけ燃ゆる路の正中(たゞなか)をあゆみて來る民ありければ、我は彼等をみんとて詞をとゞめぬ 二八―三〇
我見るにかなたこなたの魂みないそぎ、たがひに接吻(くちづけ)すれども短き會釋(ゑしやく)をもて足れりとして止まらず 三一―三三
あたかも蟻がその黒める群(むれ)の中にてたがひに口を觸れしむる(こはその路と幸(さち)とを探(さぐ)るためなるべし)に似たり 三四―三六
したしみの會釋をはれば、未だ一歩も進まざるまに、いづれも競うてその聲を高くし 三七―三九
新しき群(むれ)は、ソッドマ、ゴモルラといひ、殘りの群は、牡牛をさそひて己の慾を遂げんためパシフェの牝牛の中に入るといふ 四〇―四二
かくてたとへば群鶴(むらづる)の、一部はリフエの連山(やま/\)にむかひ、また一部は砂地(すなぢ)にむかひ、此(これ)氷を彼(かれ)日を厭ひて飛ぶごとく 四三―四五
民の一群(むれ)かなたにゆき、一群こなたに來り、みな泣きつゝ、さきにうたへる歌と、彼等にいとふさはしき叫びに歸れり 四六―四八
また我に請へるかの魂等は、聽くの願ひをその姿にあらはしつゝ前の如く我に近づきぬ 四九―五一
我斯く再び彼等の望みを見ていひけるは。あゝいつか必ず平安を享くる魂等よ 五二―五四
熟(う)めるも熟まざるもわが身かの世に殘るにあらず、その血その骨節(ふし)みな我とともにこゝにあり 五五―五七
我こゝより登りてわが盲(めしひ)を癒さんとす、我等の爲に恩惠(めぐみ)を求むる淑女天に在り、是故にわれ肉體を伴ひて汝等の世を過ぐ 五八―六〇
ねがはくは汝等の大望速かに遂げ、愛の滿ち/\且ついと廣く弘がる天汝等を住(すま)はしむるにいたらんことを 六一―六三
請ふ我に告げてこの後紙にしるすをえしめよ、汝等は誰なりや、また汝等の背(せ)の方(かた)にゆく群(むれ)は何ぞや。 六四―六六
粗野なる山人(やまびと)都に上れば、心奪はれ思ひ亂れて、あたりをみつゝ言葉なし 六七―六九
かの魂等またみなかくのごとく見えき、されど驚愕(おどろき)(貴き心の中にてはそのしづまること早し)の重荷おろされしとき 七〇―七二
さきに我に問へる者またいひけるは。福なる哉汝生を善くせんとてこの地の經驗を船に載す 七三―七五
我等と共に來らざる民の犯せる罪は、そのかみ勝誇れるチェーザルをして王妃といへる罵詈(のゝしり)の叫びを聞くにいたらしめしものなりき 七六―七八
是故に汝等の聞けるごとく彼等自ら責めてソッドマとさけびて去り、その恥をもて焔をたすく 七九―八一
我等の罪は異性によれり、されど獸の如く慾に從ひ、人の律法(おきて)を守らざりしがゆゑに 八二―八四
我等彼等とわかるゝ時は、かの獸となれる板の内にて獸となれる女の名を讀み、自ら己をはづかしむ 八五―八七
汝既に我等の行爲(おこなひ)と我等の犯せる罪を知る、恐らくはさらに我等の名を知るを望むべけれど告ぐるに時なく又我然(しか)するをえざるなるべし 八八―九〇
たゞわが身に就(つい)ては我汝の願ひを滿(みた)さむ、我はグイード・グィニツェルリなり、未だ最後(いまは)とならざる先に悔いしため今既に罪を淨む。 九一―九三
我及び我にまさりて愛のうるはしきけだかき調(しらべ)が奏(かな)でしことある人々の父かく己が名をいふを聞きしとき 九四―
我はさながらリクルゴの憂ひのうちに再び母をみしときの二人(ふたり)の男の子の如くなりき、されど彼等のごとく激せず ―九九
たゞ物を思ひつゝ長く彼を見てあゆみ、聞かず語らず、また火をおそれてかなたに近づくことをせざりき 一〇〇―一〇二
かくてわが目飽くにおよび、われかたく誓ひをたてて彼のために能くわが力を盡さんと告ぐれば 一〇三―一〇五
彼我に。わが汝より聞ける事の我心にとゞむる痕跡(あと)いとあざやかなるをもてレーテもこれを消しまたは朦朧(おぼろ)ならしむるあたはず 一〇六―一〇八
されど今の汝の詞我に眞(まこと)を誓へるならば、請ふ告げよ、汝の我を愛すること目にも言(ことば)にもかくあらはるゝは何故ぞや。 一〇九―一一一
我彼に。汝のうるはしき歌ぞそれなる、近世(ちかきよ)の習ひつゞくかぎりは、その文字(もじ)常に愛せらるべし。 一一二―一一四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、わが汝にさししめす者は(前なる一の靈を指ざし)我よりもよくその國語(くにことば)を鍛(きた)へし者なり 一一五―一一七
戀の詩散文の物語にては彼(かれ)衆にぬきんず、レモゼスの人をもてこれにまさるとなすは愚者なり、彼等をそのいふにまかせよ 一一八―一二〇
彼等は眞(まこと)よりも評(うはさ)をかへりみ、技(わざ)と理(ことわり)を問はざるさきにはやくも己が説を立つ 一二一―一二三
多くの舊人(ふるきひと)のグイットネにおけるも亦斯の如し、さらに多くの人を得て眞(まこと)の勝つにいたれるまでは彼等たゞ響きを傳へて彼のみを讚(ほ)めぬ 一二四―一二六
さて汝ゆたかなる恩惠(めぐみ)をうけて、僧侶の首(かしら)にクリストを戴くかの僧院に行くことをえば 一二七―一二九
わが爲に彼に向ひて一遍の主の祈(パーテルノストロ)を唱へよ、但しこの世界にて我等の求むる事にて足る、こゝにては我等また罪を犯すをえざれば。 一三〇―一三二
かくいひて後、後方(うしろ)に近くゐたる者を己に代らしむるためなるべし、恰も水底(みなそこ)深く沈みゆく魚の如く火に入りて見えざりき 一三三―一三五
我は指示されし者の方(かた)に少しく進みて、わが願ひ彼の名のためにゆかしき處を備へしことを告ぐれば 一三六―一三八
彼こゝろよく語りて曰ふ。汝の問ひのねんごろなるにめでて、我は己を汝にかくすこと能はず、またしかするをねがはざるなり 一三九―一四一
我はアルナルドなり、泣きまた歌ひてゆく、われ過去(こしかた)をみてわが痴(おろか)なりしを悲しみ、行末(ゆくすゑ)をみてわが望む日の來るを喜ぶ 一四二―一四四
この階(きざはし)の頂まで汝を導く權能(ちから)をさして今我汝に請ふ、時到らばわが苦患(なやみ)を憶(おも)へ。 一四五―一四七
かくいひ終りて彼等を淨むる火の中にかくれぬ 一四八―一五〇


   第二十七曲

今や日はその造主(つくりぬし)血を流したまへるところに最初(はじめ)の光をそゝぐ時(イベロは高き天秤(はかり)の下にあり 一―
ガンジェの浪は亭午(まひる)に燒かる)とその位置を同じうし、晝既に去らんとす、この時喜べる神の使者(つかひ)我等の前に現はれぬ ―六
彼焔の外(そと)岸の上に立ちて、心の清き者は福なりとうたふ、その聲爽(さわや)かにしてはるかにこの世のものにまされり 七―九
我等近づけるとき彼曰ひけるは。聖なる魂等よ、まづ火に噛まれざればこゝよりさきに行くをえず 一〇―
汝等この中に入りまたかなたにうたふ歌に耳を傾けよ。かくいふを聞きしとき我はあたかも穴に埋(いけ)らるゝ人の如くになりき ―一五
手を組合(くみあは)せつゝ身をその上より前に伸べて火をながむれば、わが嘗て見し、人の體(からだ)の燒かるゝありさま、あざやかに心に浮びぬ 一六―一八
善き導者等わが方にむかへり、かくてヴィルジリオ我に曰ふ。我子よ、こゝにては苛責はあらむ死はあらじ 一九―二一
憶(おも)へ、憶へ……ジェーリオンに乘れる時さへ我汝を安らかに導けるに、神にいよいよ近き今、しかするをえざることあらんや 二二―二四
汝かたく信ずべし、たとひこの焔の腹の中に千年(ちとせ)の長き間立つとも汝は一筋(すぢ)の髮をも失はじ 二五―二七
若しわが言(ことば)の僞なるを疑はば、焔にちかづき、己が手に己が衣の裾をとりてみづからこれを試みよ 二八―三〇
いざ棄てよ、一切の恐れを棄てよ、かなたにむかひて心安く進みゆくべし。かくいへるも我なほ動かずわが良心に從はざりき 三一―三三
わがなほ頑(かたくな)にして動かざるをみて彼少しく心をなやまし、子よ、ベアトリーチェと汝の間にこの壁あるを見よといふ 三四―三六
桑眞紅(しんく)となりしとき、死に臨めるピラーモがティスベの名を聞き目を開きてつらつら彼を見しごとく 三七―三九
わが思ひの中にたえず湧(わ)き出づる名を聞くや、わが固き心やはらぎ、我は智(さと)き導者にむかへり 四〇―四二
是に於てか彼首(かうべ)を振りて、我等此方(こなた)に止まるべきや如何(いかに)といひ、恰も一の果實(このみ)に負くる稚兒(をさなご)にむかふ人の如くにほゝゑみぬ 四三―四五
かくて彼我よりさきに火の中に入り、またこの時にいたるまでながく我等の間をわかてるスターツィオに請ひて我等の後(あと)より來らしむ 四六―四八
我火の中に入りしとき、その燃ゆることかぎりなく劇しければ、煮え立つ玻璃の中になりとも身を投入れて冷(ひや)さんとおもへり 四九―五一
わがやさしき父は我をはげまさんとて、ベアトリーチェの事をのみ語りてすゝみ、我既に彼の目を見るごとくおぼゆといふ 五二―五四
かなたにうたへる一の聲我等を導けり、我等はこれにのみ心をとめつゝ登るべきところにいでぬ 五五―五七
わが父に惠まるゝ者よ來れ。かしこにありてわが目をまばゆうし我に見るをえざらしめたる一の光の中にかくいふ聲す 五八―六〇
またいふ。日は入り夕(ゆふべ)が來る、とゞまるなかれ、西の暗くならざる間に足をはやめよ。 六一―六三
路直く岩を穿ちて東の方に上(のぼ)るがゆゑに、すでに低き日の光を我はわが前より奪へり 六四―六六
しかしてわが影消ゆるを見て我もわが聖等(ひじりたち)も我等の後方(うしろ)に日の沈むをしりたる時は、我等の試みし段(きだ)なほ未だ多からざりき 六七―六九
はてしなく濶(ひろ)き天涯未だ擧(こぞ)りて一の色とならず、夜その闇をことごとく頒ち與へざるまに 七〇―七二
我等各一の段(きだ)を床となしぬ、そはこの山の性(さが)、登るの願ひよりもその力を我等より奪へばなり 七三―七五
食物(くひもの)をえざるさきには峰の上に馳せ狂へる山羊も、日のいと熱き間蔭にやすみて聲をもいださず 七六―
その牧者(彼杖にもたれ、もたれつゝその群(むれ)を牧(か)ふ)にまもられておとなしく倒嚼(にれが)むことあり ―八一
また外(そと)に宿る牧人、そのしづかなる群のあたりに夜を過(すご)して、野の獸のこれを散らすを防ぐことあり 八二―八四
我等みたりもまたみな斯(かく)の如くなりき、我は山羊に彼等は牧者に似たり、しかして高き岩左右より我等をかこめり 八五―八七
外(そと)はたゞ少しく見ゆるのみなりしかど、我はこの少許(すこし)の處に、常よりも燦(あざや)かにしてかつ大なる星を見き 八八―九〇
我かく倒嚼(にれが)み、かく星をながめつゝ睡りに襲はる、即ち事をそのいまだ出來(いでこ)ぬさきにに屡※(二の字点、1-2-22)告知らす睡りなり 九一―九三
たえず愛の火に燃ゆとみゆるチテレアがはじめてその光を東の方よりこの山にそゝぐ頃かとおもはる 九四―九六
我は夢に、若き美しきひとりの淑女の、花を摘みつゝ野を分けゆくを見しごとくなりき、かの者うたひていふ 九七―九九
わが名を問ふ者あらば知るべし、我はリーアなり、我わがために一の花圈(はなかざり)を編まんとて美しき手を動かして行く 一〇〇―一〇二
鏡にむかひて自ら喜ぶことをえんため我こゝにわが身を飾り、わが妹ラケールは終日(ひねもす)坐してその鏡を離れず 一〇三―一〇五
われ手をもてわが身を飾るをねがふごとくに彼その美しき目を見るをねがふ、見ること彼の、行ふこと我の心を足(たら)はす。 一〇六―一〇八
異郷の旅より歸る人の、わが家(や)にちかく宿るにしたがひ、いよ/\愛(め)づる曉(あかつき)の光 一〇九―一一一
はや四方より闇を逐ひ、闇とともにわが睡りを逐へり、我即ち身を起(おこ)せば、ふたりの大いなる師この時既に起きゐたり 一一二―一一四
げに多くの枝によりて人のしきりに尋ね求むる甘き果(み)は今日汝の饑(う)ゑをしづめむ。 一一五―一一七
ヴィルジリオかく我にいへり、またこれらの語(ことば)のごとく心に適(かな)ふ賜(たまもの)はあらじ 一一八―一二〇
わが登るの願ひ願ひに加はり、我はこの後一足毎に羽生(は)えいでて我に飛ばしむるをおぼえき 一二一―一二三
我等階(きざはし)をこと/″\く渡り終りて最高(いとたか)き段(きだ)の上に立ちしとき、ヴィルジリオ我にその目をそゝぎて 一二四―一二六
いふ。子よ、汝既に一時(ひととき)の火と永久(とこしへ)の火とを見てわが自から知らざるところに來れるなり 一二七―一二九
われ智(さとり)と術(わざ)をもて汝をこゝにみちびけり、今より汝は好む所を導者となすべし、汝嶮(けは)しき路を出で狹き路をはなる 一三〇―一三二
汝の額を照す日を見よ、地のおのづからこゝに生ずる若草と花と木とを見よ 一三三―一三五
涙を流して汝の許に我を遣はせし美しき目のよろこびて來るまで、汝坐するもよし、これらの間を行くもよし 一三六―一三八
わが言(ことば)をも表示(しるし)をもこの後望み待つことなかれ、汝の意志は自由にして直く健全(すこやか)なればそのむかふがまゝに行はざれば誤らむ 一三九―一四一
是故にわれ冠と帽を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ。


   第二十八曲

あらたに出し日の光を日にやはらかならしむる茂れる生ける神の林の内部(うち)をも周邊(まはり)をも探(さぐ)らんとて 一―三
我ためらはず岸を去り、しづかに/\野を分けゆけば、地はいたるところ佳香(よきか)を放てり 四―六
うるはしき空氣變化(かはり)なく動きてわが額を撃ち、そのさまさながら軟かき風の觸るゝに異ならず 七―九
諸※(二の字点、1-2-22)の枝これに靡きてふるひつゝ、みな聖なる山がその最初(はじめ)の影を投ぐる方(かた)にかゞめり 一〇―一二
されどはなはだしく撓(たわ)むにあらねば、梢(こずゑ)の小鳥その一切の技(わざ)を棄つるにいたらず 一三―一五
いたくよろこびて歌ひつゝ、そよふく朝風を葉の間にうけ、葉はエオロがシロッコを解き放つとき 一六―
キアッシの岸の上なる松の林の枝より枝に集まるごとき音をもてその調(しらべ)にあはせぬ ―二一
しづかなる歩履(あゆみ)我を運びて年へし林の中深く入らしめ、我既にわがいづこより入來れるやを見るあたはざりしとき 二二―二四
見よわが行手を遮れる一の流れあり、その細波(さゞなみ)をもて、縁(ふち)に生(は)え出し草を左に曲げぬ 二五―二七
日にも月にもかしこを照すをゆるさざる永劫の蔭に蔽はれ、黒み黒みて流るれども 二八―
一物として隱るゝはなきかの水にくらぶれば、世のいと清き水といふともみな雜(まじり)ありとみゆべし ―三三
わが足とどまり、わが目は咲ける木々の花の類(たぐひ)甚だ多きを見んとて小川のかなたに進めるに 三四―三六
このときあたかも物不意にあらはれて人を驚かし、他(ほか)の思ひをすべて棄てしむることあるごとくかしこにあらはれし 三七―三九
たゞひとりの淑女あり、歌をうたひて歩みつゝ、その行道(ゆくみち)をこと/″\くいろどれる花また花を摘みゐたり 四〇―四二
我彼に曰ふ。あゝ美しき淑女よ、心の證(あかし)となる習ひなる姿に信を置くをうべくば愛の光にあたゝまる者よ 四三―
ねがはくは汝の歌の我に聞ゆるにいたるまで、この流れのかたにすゝみきたれ ―四八
汝は我にプロセルピーナが、その母彼を彼春を失へるとき、いづこにゐしやいかなるさまにありしやを思ひ出でしむ。 四九―五一
たとへば舞をまふ女の、その二の蹠(あしうら)を地にまた互ひに寄せてすゝみ、ほとんど一足(かたあし)を一足の先に置かざるごとく 五二―五四
彼は紅と黄の花を踏みてこなたにすゝみ、そのさま目をしとやかにたるゝ處女(をとめ)に異ならず 五五―五七
かくて麗はしき聲その詞とともに我に聞ゆるまで近づきてわが願ひを滿たせり 五八―六〇
まさしく草がかの美しき流れの波に洗はるゝところに來るやいなや、彼わがためにその目を擧げぬ 六一―六三
思ふにヴェーネレのあやまちてわが子に刺されし時といふとも、その眉の下に輝ける光かく大いならざりしなるべし 六四―六六
彼は種なきにかの高き邱(をか)に生ずる色をなほも己が手をもて摘みつゝ、右の岸に微笑(ほゝゑ)みゐたり 六七―六九
流れは三歩我等を隔てき、されどセルセの渡れる(このこと今も人のすべての誇りを誡しむ)エルレスポントが 七〇―七二
セストとアビードの間の荒浪のためにレアンドロよりうけし怨みも、かの流れが、かの時開かざりしために我よりうけし怨みにはまさらじ 七三―七五
彼曰ふ。汝等は今初めて來れる者なれば、人たる者の巣に擇ばれしこの處に我のほほゑむをみて 七六―七八
驚きかつ異(あや)しむならむ、されど汝我を樂しませ給へりといへる聖歌は光を與へて汝等の了知(さとり)の霧を拂ふに足るべし 七九―八一
また汝先に立つ者我に請へる者よ、聞くべきことあらばいへ、我はいかなる汝の問ひにも足(たら)はぬ事なく答へんと心構(こゝろがまへ)して來れるなれば。 八二―八四
我曰ふ。水と林の響きとはあらたに起せるわが信を攻む、そはわが聞けるところ今見るところと異なればなり。 八五―八七
是に於てか彼。我は汝のあやしむものにそのいで來る原因(もと)あるを陳べて汝を蔽ふ霧をきよめむ 八八―九〇
それ己のみ己が心に適(かな)ふ至上の善は人を善にまた善行の爲に造り、この處をこれに與へて限りなき平和の契約となせり 九一―九三
人己が越度(をちど)によりてたゞ少時(しばらく)こゝにとゞまり、己が越度によりて正しき笑ひと麗はしき悦びを涙と勤勞(ほねをり)に變らせぬ 九四―九六
水より地よりたちのぼりてその力の及ぶかぎり熱に從ひゆくもののこの下に起す亂(みだれ)が 九七―九九
人と戰ふなからんため、この山かく高く天に聳えき、しかしてその鎖(とざ)さるゝところより上はみなこれを免かる 一〇〇―一〇二
さて空氣は、若しその※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(まは)ることいづこにか妨げられずば、こと/″\く第一の囘轉とともに圓を成してめぐるがゆゑに 一〇三―一〇五
かゝる動き、純なる空氣の中にありて全く絆(ほだし)なやこの高嶺(たかね)を撃ち、林に聲を生ぜしむ、これその繁きによりてなり 一〇六―一〇八
また撃たれし草木(くさき)にはその性(さが)を風に滿たすの力あり、この風その後吹きめぐりてこれをあたりに散らし 一〇九―一一一
かなたの地は己が特質と天の利にしたがひて孕み、性(さが)異なる諸※(二の字点、1-2-22)の木を生む 一一二―一一四
かゝればわがこの言(ことば)を聞く者、たとひ見ゆべき種なきにかしこに萌えいづる草木を見るとも、世の不思議とみなすに足らず 一一五―一一七
汝知るべし、この聖なる廣野(ひろの)には一切の種滿ち、かの世に摘むをえざる果(み)のあることを 一一八―一二〇
また汝の今見る水は、漲(みなぎ)り涸(か)るゝ河のごとくに、冷えて凝れる水氣の補(おぎな)ふ脈より流れいづるにあらず 一二一―一二三
變らず盡きざる泉よりいづ、而して泉は神の聖旨(みむね)によりて、その二方の口よりそゝぐものをば再び得(う) 一二四―一二六
こなたには罪の記憶を奪ふ力をもちてくだりゆき、かなたには諸※(二の字点、1-2-22)の善行(よきおこなひ)を憶ひ起さしむ 一二七―一二九
こなたなるはレーテと呼ばれ、かなたなるをエウノエといふ、この二の水まづ味はれざればその功徳(くどく)なし 一三〇―一三二
こは他(ほか)の凡ての味(あぢはひ)にまさる、我またさらに汝に教ふることをせずとも、汝の渇(かわき)はや全くやみたるならむ、されど 一三三―一三五
己が好(このみ)にまかせてなほ一の事を加へむ、思ふにわが言(ことば)たとひ約束の外にいづとも汝の喜びに變りはあらじ 一三六―一三八
いにしへ黄金(こがね)の代(よ)とその幸(さち)多きさまを詩となせる人々、恐らくはパルナーゾにて夢にこの處を見しならむ 一三九―一四一
こゝに罪なくして人住みぬ、こゝにとこしへの春とすべての實(み)あり、彼等の所謂ネッタレは是なり。 一四二―一四四
我はこの時身を後方(うしろ)にめぐらしてわがふたりの詩人にむかひ、彼等が笑を含みつゝこの終りの言をきけるを見 一四五―一四七
後ふたゝび目をかの美しき淑女にむけたり 一四八―一五〇


   第二十九曲

彼かたりをはれるとき、戀する女のごとく歌ひて、罪をおほはるゝものは福なりといひ 一―三
かくてたとへばひとりは日を見ひとりはこれを避けんとて林の蔭をあゆみゆきしさびしきニンファの群(むれ)のごとくに 四―六
岸をつたひ流れにさかのぼりて進み、また我はわが歩みを細(こまか)にしてそのこまかなる歩みにあはせ、これと相並びて行けり 七―九
ふたりの足數合せて百とならざるさきに、岸兩つながら等しくその方向(むき)を變へたれば、我は再び東にむかへり 一〇―一二
またかくしてゆくことなほ未だ遠からざりしに、淑女全くわが方にむかひて、わが兄弟よ、視よ、耳を傾けよといふ 一三―一五
このとき忽ち一の光かの大なる林の四方に流れ、我をして電光(いなづま)なるかと疑はしめき 一六―一八
されど電光はその現はるゝごとく消ゆれど、この光は長くつゞきていよ/\輝きわたりたれば、我わが心の中に是何物ぞやといふ 一九―二一
また一のうるはしき聲あかるき空をわけて流れぬ、是に於てか我は正しき憤りよりエーヴァの膽の大(ふと)きを責めたり 二二―二四
彼は造られていまだ程なきたゞひとりの女なるに、天地(あめつち)神に遵(したが)へるころ、被物(おほひ)の下に、しのびてとゞまることをせざりき
彼その下に信心深くとゞまりたりせば、我は早くまた永くこのいひがたき樂しみを味へるなるべし 二八―三〇
かぎりなき樂しみの初穗かく豐かなるに心奪はれ、たゞいよ/\大いなる喜びをうるをねがひつゝ、我その間を歩みゐたるに 三一―三三
我等の前にて縁の技の下なる空氣燃ゆる火のごとくかゞやき、かのうるはしき音(おと)今は歌となりて聞えぬ 三四―三六
あゝげに聖なる處女(をとめ)等よ、我汝等のために饑ゑ、寒さ、または眠りをしのびしことあらば、今その報(むくい)を請はざるをえず 三七―三九
いざエリコナよわがためにそゝげ、ウラーニアよ、歌の侶とともに我をたすけて、おもふだに難き事をば詩となさしめよ 四〇―四二
さてその少しく先にあたりてあらはれし物あり、我等と是とはなほ離るゝこと遠かりければ、誤りて七の黄金(こがね)の木と見えぬ 四三―四五
されど相似て官能を欺く物その時性の一をも距離(へだゝり)のために失はざるまで我これに近づけるとき 四六―四八
理性に物を判(わか)たしむる力は、これの燭臺なるとうたへる歌のオザンナなるをさとりたり 四九―五一
この美しき一組の燭臺、上より焔を放ちてその燦(あざや)かなること澄みわたれる夜半(よは)の空の望月(もちづき)よりもはるかにまされり 五二―五四
我はいたくおどろきて身をめぐらし、善きヴィルジリオにむかへるに、我に劣らざる怪訝(あやしみ)を顏にあらはせる外答へなかりき 五五―五七
我即ちふたゝび目をかのたふとき物にむくれば、新婦(はなよめ)にさへ負くるならんとおもはるゝほどいとゆるやかにこなたにすゝめり 五八―六〇
淑女我を責めていふ。汝いかなればかくたゞ生くる光のさまに心を燃やし、その後方(うしろ)より來るものを見ざるや。 六一―六三
このとき我見しに、白き衣を着(かくばかり白き色世にありし例(ためし)なし)、己が導者に從ふごとく後方(うしろ)より來る民ありき 六四―六六
水はわが左にかゞやき、我これを視れば、あたかも鏡のごとくわが身の左の方を映(うつ)せり 六七―六九
われ岸のこなた、たゞ流れのみ我をへだつるところにいたれるとき、なほよくみんと、わが歩みをとゞめて 七〇―七二
視しに、焔はそのうしろに彩色(いろど)れる空氣を殘してさきだちすゝみ、さながら流るゝ小旗のごとく 七三―七五
空氣は七の線(すぢ)にわかたれ、これに日の弓、デリアの帶のすべての色あり 七六―七八
これらの旌(はた)後(うしろ)の方(かた)に長く流れてわが目及ばず、またわがはかるところによれば左右の端(はし)にあるものの相離るゝこと十歩なりき 七九―八一
かく美しきさにおほはれ、二十四人の長老、百合(フイオルダリーゾ)の花の冠をつけてふたりづつならび來れり 八二―八四
みなうたひていふ。アダモの女子(むすめ)のうちにて汝は福なる者なり、ねがはくは汝の美にとこしへの福あれ。 八五―八七
かの選ばれし民、わが對面(むかひ)なるかなたの岸の花と新しき草をはなれしとき 八八―九〇
あたかも天にて光光に從ふごとく、そのうしろより四の生物(いきもの)各※(二の字点、1-2-22)頭(かしら)に縁の葉をいただきて來れり 九一―九三
皆六の翼をもち、目その羽に滿つ、アルゴの目若し生命(いのち)あらばかくのごとくなるべし 九四―九六
讀者よ、彼等の形を録(しる)さんとて我またさらに韻語を散らさじ、そは他の費(つひえ)に支(さ)へられてこの費を惜しまざること能はざればなり 九七―九九
エゼキエレを讀め、彼は彼等が風、雲、火とともに寒き處より來るを見てこれを描(ゑが)けり 一〇〇―一〇二
わがこゝにみし彼等の状(さま)もまたかれの書(ふみ)にいづるものに似たり、但し羽については、ジヨヴァンニ彼と異なりて我と同じ 一〇三―一〇五
これらの四の生物(いきもの)の間を二の輪ある一の凱旋車占む、一頭のグリフォネその頸にてこれを曳けり 一〇六―一〇八
この者二の翼を、中央(なか)の一と左右の三の線(すぢ)の間に伸べたれば、その一をも斷(た)たず損(そこな)はず 一〇九―一一一
翼は尖(さき)の見えざるばかり高く上(あが)れり、その身の中(うち)に鳥なるところはすべて黄金(こがね)にて他(ほか)はみな紅まじれる白なりき 一一二―一一四
アフリカーノもアウグストもかく美しき車をもてローマを喜ばせしことなきはいふに及ばず、日の車さへこれに比ぶれば映(はえ)なからむ 一一五―一一七
(即ち路をあやまれるため、信心深きテルラの祈りによりてジョーヴェの奇(くす)しき罰をうけ、燒盡されし日の車なり) 一一八―一二〇
右の輪のほとりには、舞ひめぐりつゝ進み來れるみたりの淑女あり、そのひとりは、火の中にては見分け難しと思はるゝばかりに赤く 一二一―一二三
次なるは、肉も骨も縁の玉にて造られしごとく、第三なるは、新たに降(ふ)れる雪に似たり 一二四―一二六
或時は白或時は赤他(ほか)のふたりをみちびくと見ゆ、しかしてその歌にあはせて、侶のゆくこと或ひはおそく或ひははやし 一二七―一二九
左の輪のほとりには、紫の衣を着てたのしく踊れるよたりの淑女あり、そのひとり頭に三の目ある者ほかのみたりをみちびきぬ 一三〇―一三二
かく擧げ來れる凡ての群(むれ)の後(うしろ)に、我はふたりの翁を見たり、その衣は異なれどもおごそかにしておちつきたる姿は同じ 一三三―一三五
ひとりは己がかのいと大いなるイッポクラテ(即ち自然がその最愛の生物のために造れる)の流れを汲むものなるをあらはし 一三六―一三八
またひとりは、川のこなたなる我にさへ恐れをいだかしめしほど光りて鋭き一の劒を持ちて、これと反する思ひをあらはせり 一三九―一四一
我は次に外見(みえ)の劣れるよたりの者と、凡ての者の後(うしろ)よりたゞひとりにて眠りて來れる氣色鋭き翁を見たり 一四二―一四四
この七者(なゝたり)は衣第一の組と同じ、されど頭を卷ける花圈(はなわ)百合にあらずして 一四五―一四七
薔薇とその他の紅の花なりき、少しく離れしところにてもすべての者の眉の上にまさしく火ありと見えしなるべし 一四八―一五〇
輦(くるま)わが對面(むかひ)にいたれるとき雷(いかづち)きこえぬ、是に於てかかのたふとき民はまた進むをえざるごとく 一五一―一五三
最初の旌とともにかしこにとゞまれり 一五四―一五六


   第三十曲

第一天の七星(出沒(いるいづる)を知らず、罪よりほかの雲にかくれしこともなし 一―三
しかしてかしこにをる者に各※(二の字点、1-2-22)その任務(つとめ)をしらしめしこと恰も低き七星の、港をさして舵取るものにおけるに似たりき) 四―六
とゞまれるとき、是とグリフォネの間に立ちて先に進める眞(まこと)の民、己が平和にむかふごとく、身をめぐらして車にむかへば 七―九
そのひとりは、天より遣はされしものの如く、新婦(はなよめ)よリバーノより來れと三度(みたび)うたひてよばはり、ほかの者みなこれに傚へり 一〇―一二
最後の喇叭(らつぱ)の響きとともに、すべて惠(めぐ)まるゝ者、再び衣を着たる聲をもてアレルヤをうたひつゝその墓より起出づるごとく 一三―一五
かの大いなる翁(おきな)の聲をきゝて神の車の上にたちあがれる永遠(とこしへ)の生命(いのち)の僕(しもべ)と使者(つかひ)百ありき 一六―一八
みないふ。來たる者よ汝は福なり。また花を上とあたりに散らしつゝ。百合を手に滿たして撒(ま)け。 一九―二一
我かつて見ぬ、晝の始め、東の方こと/″\く赤く、殘りの空すみてうるはしきに 二二―二四
日の面(おもて)曇りて出で、目のながくこれに堪ふるをうるばかり光水氣に和(やは)らげらるゝを 二五―二七
かくのごとく、天使の手より立昇りてふたゝび内外(うちそと)に降れる花の雲の中に 二八―三〇
白き面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)の上には橄欖を卷き、縁の表衣(うはぎ)の下には燃ゆる焔の色の衣を着たるひとりの淑女あらはれぬ 三一―三三
わが靈は(はやかく久しく彼の前にて驚異(おどろき)のために震ひつゝ挫(くじ)かるゝことなかりしに) 三四―三六
目の能くこれに教ふるをまたず、たゞ彼よりいづる奇(く)しき力によりて、昔の愛がその大いなる作用(はたらき)を起すを覺えき 三七―三九
わが童(わらべ)の時過ぎざるさきに我を刺し貫けるたふとき力わが目を射るや 四〇―四二
我はあたかも物に恐れまたは苦しめらるゝとき、走りてその母にすがる稚兒(をさなご)の如き心をもて、たゞちに左にむかひ 四三―四五
一滴(しづく)だに震ひ動かずしてわが身に殘る血はあらじ、昔の焔の名殘をば我今知るとヴィルジリオにいはんとせしに 四六―四八
ヴィルジリオ、いとなつかしき父のヴィルジリオ、わが救ひのためにわが身を委ねしヴィルジリオははや我等を棄去れり 四九―五一
昔の母の失へるすべてのものも、露に淨められし頬をして、涙にふたゝび汚れしめざるあたはざりき 五二―五四
ダンテよ、ヴィルジリオ去れりとて今泣くなかれ今泣くなかれ、それよりほかの劒(つるぎ)に刺されて汝泣かざるをえざればなり。 五五―五七
己が名(我已むをえずしてこゝに記(しる)せり)の呼ばるゝを聞きてわれ身をめぐらせしとき、我はさきに天使の撒華(さんげ)におほはれて 五八―
我にあらはれしかの淑女が、さながら水軍(ふなて)の大將の、艫(とも)に立ち舳(へさき)に立ちつゝあまたの船に役(つか)はるゝ人々を見てこれをはげまし
よくその業(わざ)をなさしむるごとく、車の左の縁(ふち)にゐて、流れのこなたなる我に目をそそぐを見たり ―六六
ミネルヴァの木葉(このは)に卷かれし面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)その首(かうべ)より垂るゝがゆゑに、我さだかに彼を見るをえざりしかど 六七―六九
凛々(りゝ)しく、氣色(けしき)なほもおごそかに、あたかも語りつゝいと熱(あつ)き言(ことば)をばしばし控(ひか)ふる人の如く、彼續いていひけるは 七〇―七二
よく我を視よ、げに我は我はげにベアトリーチェなり、汝如何(いか)してこの山に近づくことをえしや汝は人が福(さいはひ)をこゝに受くるを知らざりしや。 七三―七五
わが目は澄める泉に垂れぬ、されどそこに己が姿のうつれるをみて我これを草に移しぬ、恥いと重く額を壓(お)せしによりてなり 七六―七八
母たる者の子に嚴(いかめ)しとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫(あはれみ)の味(あぢ)は苦味(にがみ)を帶ぶるものなればなり 七九―八一
彼は默せり、また天使等は忽ちうたひて、主よわが望みは汝にありといへり、されどわが足をの先をいはざりき 八二―八四
スキアヴォーニアの風に吹寄せられてイタリアの背なる生くる梁木(うつばり)の間にかたまれる雪も 八五―八七
陰を失ふ國氣を吐くときは、火にあへる蝋かとばかり、溶け滴りて己の内に入るごとく 八八―九〇
つねにとこしへの球の調(しらべ)にあはせてしらぶる天使等いまだうたはざりしさきには、我に涙も歎息(なげき)もあらざりしかど 九一―九三
かのうるはしき歌をきゝて、彼等の我を憐むことを、淑女よ何ぞかく彼を叱責(さいな)むやと彼等のいふをきかんよりもなほ明(あきら)かに知りし時 九四―九六
わが心のまはりに張れる氷は、息(いき)と水に變りて胸をいで、苦しみて口と目を過ぎぬ 九七―九九
彼なほ輦(くるま)の左の縁(ふち)に立ちてうごかず、やがてかの慈悲深き群(むれ)にむかひていひけるは 一〇〇―一〇二
汝等とこしへの光の中に目を醍(さま)しをるをもて、夜(よる)も睡りも、世がその道に踏みいだす一足をだに汝等にかくさじ 一〇三―一〇五
是故にわが答への求むるところは、むしろかしこに泣く者をしてわが言(ことば)をさとらせ、罪と憂ひの量(はかり)を等しからしむるにあり 一〇六―一〇八
すべて生るゝ者をみちびきその侶なる星にしたがひて一の目的(めあて)にむかはしむる諸天のはたらきによるのみならず 一〇九―一一一
また神の恩惠(めぐみ)(その雨のもとなる水氣はいと高くして我等の目近づくあたはず)のゆたかなるによりて 一一二―一一四
彼は生命(いのち)の新たなるころ實(まこと)の力すぐれたれば、そのすべての良き傾向(かたむき)は、げにめざましき證(あかし)となるをえたりしものを 一一五―一一七
種を擇ばず耕さざる地は、土の力のいよ/\さかんなるに從ひ、いよ/\惡くいよ/\荒る 一一八―一二〇
しばらくは我わが顏をもて彼を支(さゝ)へき、わが若き目を彼に見せつゝ彼をみちびきて正しき方(かた)にむかはせき 一二一―一二三
我わが第二の齡(よはひ)の閾(しきみ)にいたりて生を變ふるにおよび、彼たゞちに我をはなれ、身を他人(あだしびと)にゆだねぬ 一二四―一二六
われ肉より靈に登りて美も徳も我に増し加はれるとき、彼却つて我を愛せず、かへつて我をよろこばす 一二七―一二九
いかなる約束をもはたすことなき空しき幸(さいはひ)の象(かたち)を追ひつゝその歩(あゆみ)を眞(まこと)ならざる路にむけたり 一三〇―一三二
我また乞ひて默示をえ、夢幻(ゆめまぼろし)の中にこれをもて彼を呼戻さんとせしも益なかりき、彼これに心をとめざりければなり 一三三―一三五
彼いと深く墜ち、今はかの滅亡(ほろび)の民を彼に示すことを措きてはその救ひの手段(てだて)みな盡きぬ 一三六―一三八
是故にわれ死者の門を訪(と)ひ、彼をこゝに導ける者にむかひて、泣きつゝわが乞ふところを陳べぬ 一三九―一四一
若し夫れ涙をそゝぐ悔(くい)の負債(おひめ)を償(つぐの)はざるものレーテを渡りまたその水を味ふをうべくば 一四二―一四四
神のたふとき定(さだめ)は破れむ。


   第三十一曲

あゝ汝聖なる流れのかなたに立つ者よ、いへ、この事眞(まこと)なりや否や、いへ、かくきびしきわが責(せめ)に汝の懺悔のともなはでやは 一―三
彼は刃(は)さへ利(と)しとみえしその言(ことば)の鋩(きつさき)を我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四―六
わが能力(ちから)の作用(はたらき)いたく亂れしがゆゑに、聲は動けどその官を離れて外(そと)にいでざるさきに冷えたり 七―九
彼しばらく待ちて後いふ。何を思ふや、我に答へよ、汝の心の中の悲しき記憶を水いまだ損(そこな)はざれば。 一〇―一二
惑ひと怖れあひまじりて、目を借らざれば聞分けがたき一のシをわが口より逐へり 一三―一五
たとへば弩(いしゆみ)を放つとき、これを彎(ひ)くことつよきに過ぐれば、弦(つる)切れ弓折れて、矢の的に中る力の減(へ)るごとく 一六―一八
とめどなき涙大息(といき)とともにわれかの重荷(おもに)の下にひしがれ、聲はいまだ路にあるまに衰へぬ 一九―二一
是に於てか彼我に。われらの望みの終極(いやはて)なるかの幸(さいはひ)を愛せんため汝を導きしわが願ひの中に 二二―二四
いかなる堀またはいかなる鏈を見て、汝はさきにすゝむの望みをかく失ふにいたれるや 二五―二七
また他(ほか)の幸の額にいかなる慰(なぐさめ)または益のあらはれて汝その前をはなれがたきにいたれるや。 二八―三〇
一のくるしき大息(といき)の後、我にほとんど答ふる聲なく、唇からうじてこれをつくれり 三一―三三
我泣きて曰ふ。汝の顏のかくるゝや、眼前(めのまへ)に在る物その僞りの快樂(けらく)をもてわが歩履(あゆみ)を曲げしなり 三四―三六
彼。汝たとひ默(もだ)しまたは今の汝の懺悔をいなみきとすとも汝の愆(とが)何ぞかくれ易からん、かのごとき士師(さばきづかさ)知りたまふ 三七―三九
されど罪を責むる言(ことば)犯せる者の口よりいづれば、我等の法廷(しらす)にて、輪はさかさまに刃(は)にむかひてめぐる 四〇―四二
しかはあれ汝今己が過ちを恥ぢ、この後シレーネの聲を聞くとも心を固うするをえんため 四三―四五
涙の種を棄てて耳をかたむけ、葬られたるわが肉の汝を異なる方にむかしむべかりし次第を聞くべし 四六―四八
さきに我を包みいま地にちらばる美しき身のごとく汝を喜ばせしものは、自然も技(わざ)も嘗て汝にあらはせることあらざりき 四九―五一
わが死によりてこのこよなき喜び汝に缺けしならんには、そも/\世のいかなる物ぞその後汝の心を牽(ひ)きてこれを求むるにいたらしめしは 五二―五四
げに汝は假初(かりそめ)の物の第一の矢のため、はやかゝる物ならざりし我に從ひて立昇るべく 五五―五七
稚(をさな)き女そのほか空しきはかなきものの矢を待ちて翼をひくく地に低るべきにあらざりき 五八―六〇
それ二の矢三の矢を待つは若き小鳥の事ぞかし、羽あるものの目のまへにて網を張り弓を彎(ひ)くは徒爾(いたづら)なり。 六一―六三
我はあたかもはぢて言なく、目を地にそゝぎ耳を傾けて立ち、己が過ちをさとりて悔ゆる童(わらべ)のごとく 六四―六六
立ちゐたり、彼曰ふ。汝聞きて憂ふるか、鬚を上げよ、さらば見ていよ/\憂へむ。 六七―六九
たくましき樫の木の、本土(ところ)の風またはヤルバの國より吹く風に拔き倒さるゝ時といふとも、そのこれにさからふこと 七〇―七二
わが彼の命をきゝて頤(おとがひ)をあげしときに及ばじ、彼顏といはずして鬚といへるとき、我よくその詞の毒を認めぬ 七三―七五
我わが顏をあげしとき、わが目は、かのはじめて造られし者等が、ふりかくることをやめしをさとり 七六―七八
また(わが目なほ定かならざりしかど)ベアトリーチェが、身たゞ一にて性(さが)二ある獸のかたにむかふを見たり 七九―八一
面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)におほはれ、流れのかなたにありてさへ、彼はその未だ世にありし頃世の女等(たち)に優(まさ)れるよりもさらに己が昔の姿にまされりとみゆ 八二―八四
悔(くい)の刺草(いらくさ)いたく我を刺ししかば、すべてのものの中にて最も深く我を迷はしわが愛を惹けるものわが最も忌嫌(いみきら)ふものとはなりぬ 八五―八七
我かく己が非をさとる心の痛みに堪へかねて倒れき、此時我のいかなるさまにてありしやは我をこゝにいたらしめし者ぞ知るなる 八八―九〇
かくてわが心その能力(ちから)を外部(そと)に還せし時、我は先に唯獨りにて我に現れし淑女をば我上(うへ)の方(かた)に見たり、彼曰ふ。我を捉(とら)へよ我をとらへよ。 九一―九三
彼は流れの中に既に我を喉まで引入れ、今己が後(うしろ)より我を曳きつゝ、杼(ひ)のごとく輕く水の上を歩めるなりき 九四―九六
われ福(さいはひ)の岸に近づけるとき、汝我に注ぎ給へといふ聲聞えぬ、その麗はしさ類(たぐひ)なければ思出づることだに能はず何ぞ記(しる)すをうべけんや 九七―九九
かの美しき淑女腕(かひな)をひらきてわが首(かうべ)が抱き、なほも我を沈めて水を飮まざるをえざらしめ 一〇〇―一〇二
その後我をひきいだして、よたりの美しき者の踊れるなかに、かく洗はれしわが身をおき、彼等は各※(二の字点、1-2-22)その腕(かひな)をもて我を蔽へり 一〇三―一〇五
こゝには我等ニンフェなり、天には我等星ぞかし、ベアトリーチェのまだ世に降らざるさきに、我等は定まりきその侍女(はしため)と 一〇六―一〇八
我等汝を導いて彼の目の邊(ほとり)に到らむ、されどその中(うち)なる悦びの光を見んため、物を見ること尚深き彼處(かしこ)の三者(みたり)汝の目をば強くせむ。 一〇九―一一一
かくうたひて後、彼等は我をグリフォネの胸のほとり、ベアトリーチェの我等にむかひて立ちゐたるところに連行(つれゆ)き 一一二―一一四
いひけるは。汝見ることを惜しむなかれ、我等は汝を縁の珠の前におけり、愛かつて汝を射んとてその矢をこれより拔きたるなりき。 一一五―一一七
火よりも熱き千々(ちゞ)の願ひわが目をしてかのたえずグリフォネの上にとまれる光ある目にそゞがしむれば 一一八―一二〇
二樣の獸は忽ち彼忽ち此の姿態(みぶり)をうつしてその中にかゞやき、そのさま日輪の鏡におけるに異なるなかりき 一二一―一二三
讀者よ、物みづから動かざるにその映(うつ)れる象(かたち)變るを視しとき我のあやしまざりしや否やを思へ 一二四―一二六
いたくおどろき且つまた喜びてわが魂この食物(くひもの)(飽くに從ひていよ/\慾を起さしむ)を味へる間に 一二七―一二九
かのみたりの女、姿に際(きは)のさらにすぐれて貴(たか)きをあらはし、その天使の如き舞の詞(しらべ)につれてをどりつゝ進みいでたり 一三〇―一三二
むけよベアトリーチェ、汝に忠實(まめやか)なるものに汝の聖なる目をむけよ、彼は汝にあはんとてかく多くの歩履(あゆみ)をはこべり 一三三―
ねがはくは我等のために汝の口を彼にあらはし、彼をして汝のかくす第二の美を辨(わきま)へしめよ。是彼等の歌なりき ―一三八
あゝ生くるとこしへの光の輝(かゞやき)よ、パルナーゾの蔭に色あをざめまたはその泉の水をいかに飮みたる者といふとも 一三九―一四一
汝が濶(ひろ)き空氣の中に汝の面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)を脱(ぬ)ぎて天のその調(しらべ)をあはせつゝ汝の上を覆ふ處に現はれし時の姿をば寫し出さんとするにあたり 一四二―一四四
豈その心を亂さざらんや


   第三十二曲

十年(ととせ)の渇(かわき)をしづめんため、心をこめてわが目をとむれば、他の官能はすべて眠れり 一―三
またこの目には左右に等閑(なほざり)の壁ありき、聖なる微笑(ほゝゑみ)昔の網をもてかくこれを己の許に引きたればなり 四―六
このときかの女神等(めがみたち)、汝あまりに凝視(みつむ)るよといひてしひてわが目を左の方にむかはしむ 七―九
日の光に射られし目にてたゞちに物を見る時のごとく、我やゝ久しくみることあたはざりしかど 一〇―一二
視力舊(もと)に復(かへ)りて小(ちひ)さき輝(かゞやき)に堪ふるに及び(わがこれを小さしといへるはしひてわが目を離すにいたれる大いなる輝に比ぶればなり) 一三―一五
我は榮光の戰士(つはもの)等が身をめぐらして右にむかひ、日と七の焔の光を顏にうけつゝ歸るを見たり 一六―一八
たとへば一の隊伍の、己を護らんとて盾(たて)にかくれ、その擧りて方向(むき)を變ふるをえざるまに、旗を持ちつゝめぐるがごとく 一九―二一
かの先に進める天の王國の軍人(いくさびと)等は、車がいまだその轅(ながえ)を枉げざるまに、皆我等の前を過ぐ 二二―二四
是に於てか淑女等は輪のほとりに歸り、グリフォネはその羽の一をも搖(ゆる)がさずしてたふとき荷をうごかし 二五―二七
我をひきて水を渉れる美しき淑女とスターツィオと我とは、轍(わだち)に殘せし弓の形の小さき方(かた)なる輪に從ひ 二八―三〇
かくしてかの高き林、蛇を信ぜし女の罪に空しくなりたる地をわけゆけば、天使のうたふ一の歌我等の歩履(あゆみ)を齊(とゝの)へり 三一―三三
彎(ひ)き放たれし矢の飛ぶこと三度(たび)にして屆くとみゆるところまで我等進めるとき、ベアトリーチェはおりたちぬ 三四―三六
衆皆聲をひそめてアダモといひ、やがて枝に花も葉もなき一本(もと)の木のまはりを卷けり 三七―三九
その髭は森の中なるインド人(びと)をも驚かすばかりに高く、かつ高きに從ひていよ/\伸び弘(ひろ)がれり 四〇―四二
福なるかなグリフォネよ、この木口に甘しといへどもいたく腹をなやますがゆゑに汝これを啄(ついば)まず。 四三―四五
たくましき木のまはりにて衆かくよばはれば、かの二樣の獸は、すべての義の種かくのごとくにして保たるといひ 四六―四八
曳き來れる轅(ながえ)にむかひつゝこれを裸なる幹の下(もと)にひきよせ、その小枝をもてこれにつなげり 四九―五一
大いなる光天上の魚の後(うしろ)にかゞやく光にまじりて降るとき、わが世の草木(くさき) 五二―五四
膨れいで、日がその駿馬(しゆんめ)を他の星の下に裝はざるまに、各※(二の字点、1-2-22)その色をもて姿を新たにするごとく 五五―五七
さきに枝のさびれしこの木、薔薇(ばら)より淡(うす)く菫より濃き色をいだして新たになりぬ 五八―六〇
このときかの民うたへるも我その歌の意(こゝろ)を解(げ)せず――世にうたはるゝことあらじ――またよく終りまで聞くをえざりき 六一―六三
我若しかの非情の目、その守(まもり)きびしきために高き價を拂へる目が、シリンガの事を聞きつゝ眠れる状(さま)を寫すをうべくば 六四―
我自らの眠れるさまを、恰も樣式(かた)を見てゑがく畫家の如くに録(しる)さんものを、巧みに睡りを現はす者にあらざればこの事望み難きがゆゑに ―六九
わがめさめし時にたゞちにうつりて語るらく、とある光の煌(きらめき)と起きよ汝何を爲すやとよばはる聲とはわが睡りの幕を裂きたり 七〇―七二
林檎(諸※(二の字点、1-2-22)の天使をしてその果(み)をしきりに求めしめ無窮の婚筵を天にいとなむ)の小さき花を見んため 七三―七五
ピエートロとジヨヴァンニとヤーコポと導かれて氣を失ひ、さらに大いなる睡りを破れる言葉をきゝて我にかへりて 七六―七八
その侶の減りたる――モイゼもエリアもあらざれば――とその師の衣の變りたるとをみしごとく 七九―八一
我もまた我にかへりてかの慈悲深き淑女、さきに流れに沿ひてわが歩履(あゆみ)をみちびけるもののわがほとりに立てるを見 八二―八四
いたくあやしみていひけるは。ベアトリーチェはいづこにありや。彼。新しき木葉(このは)の下にてその根の上に坐するを見よ 八五―八七
彼をかこめる組(くみ)をみよ、他はみないよ/\うるはしき奧深き歌をうたひつゝグリフォネの後(あと)より昇る。 八八―九〇
我は彼のなほかたれるや否やをしらず、そはわが心を塞ぎてほかにむかはしめざりし女既にわが目に入りたればなり 九一―九三
彼はかの二樣の獸の繋げる輦(くるま)をまもらんとてかしこに殘るもののごとくひとり眞(まこと)の地の上に坐し 九四―九六
七のニンフェは北風(アクイロネ)も南風(アウストロ)も消すあたはざる光を手にし、彼のまはりに身をもてまろき圍(かこひ)をつくれり 九七―九九
汝はこゝに少時(しばらく)林の人となり、その後かぎりなく我と倶にかのローマ即ちクリストをローマ人(びと)の中にかぞふる都の民のひとりとなるべし 一〇〇―一〇二
さればもとれる世を益せんため、目を今輦(くるま)にとめよ、しかして汝の見ることをかなたに歸るにおよびて記(しる)せ。 一〇三―一〇五
ベアトリーチェ斯く、また我はつゝしみてその命に從はんとのみ思ひゐたれば、心をも目をもその求むるところにむけたり 一〇六―一〇八
いと遠きところより雨の落つるとき、濃き雲の中より火の降るはやしといへども 一〇九―一一一
わが見しジョーヴェの鳥に及ばじ、この鳥木をわけ舞ひくだりて花と新しき葉と皮とをくだき 一一二―一一四
またその力を極めて輦(くるま)を打てば、輦はゆらぎてさながら嵐の中なる船の、浪にゆすられ、忽ち右舷忽ち左舷に傾くに似たりき 一一五―一一七
我また見しにすべての良き食物(くひもの)に饑うとみゆる一匹の牝狐かの凱旋車の車内にかけいりぬ 一一八―一二〇
されどわが淑女はその穢(けがら)はしき罪を責めてこれを逐ひ、肉なき骨のこれに許すかぎりわしらしむ 一二一―一二三
我また見しにかの鷲はじめのごとく舞下りて車の匣(はこ)の内に入り己が羽をかしこに散(ちら)して飛去りぬ 一二四―一二六
この時なやめる心よりいづるごとき聲天よりいでていひけるは。ああわが小舟(をぶね)よ、汝の積める荷はいかにあしきかな。 一二七―一二九
次にはわれ輪と輪の間の地ひらくがごときをおぼえ、またその中より一の龍のいで來るをみたり、この者尾をあげて輦(くるま)を刺し 一三〇―一三二
やがて螫(はり)を收むる蜂のごとくその魔性の尾を引縮め車底の一部を引出(ひきいだ)して紆曲(うね)りつつ去りゆけり 一三三―一三五
殘れる物は肥えたる土の草におけるがごとく羽(おそらくは健全(すこやか)にして厚き志よりさゝげられたる)に 一三六―一三八
おほはれ、左右の輪及び轅(ながえ)もまたたゞちに――その早きこと一の歎息(ためいき)の口を開く間にまされり――これにおほはる 一三九―一四一
さてかく變りて後この聖なる建物(たてもの)その處々(ところ/″\)より頭を出せり、即ち轅よりは三、稜(かど)よりはみな一を出せり 一四二―一四四
前の三には牡牛のごとき角あれども後の四には額に一の角あるのみ、げにかく寄(くす)しき物かつてあらはれし例(ためし)なし 一四五―一四七
その上には高山(たかやま)の上の城のごとく安らかに坐し、しきりにあたりをみまはしゐたるひとりのしまりなき遊女(あそびめ)ありき 一四八―一五〇
我また見しにあたかもかの女の奪ひ去らるゝを防ぐがごとく、ひとりの巨人その傍に立ちてしば/\これと接吻(くちづけ)したり 一五一―一五三
されど女がその定まらずみだりなる目を我にむくるや、かの心猛き馴染(なじみ)頭より足にいたるまでこれを策(むちう)ち 一五四―一五六
かくて嫉みと怒りにたへかね、異形(いぎやう)の物を釋き放ちて林の奧に曳入るれば、たゞこの林盾(たて)となりて 一五七―一五九
遊女(あそびめ)も奇(くす)しき獸も見えざりき 一六〇―一六二


   第三十三曲

神よ異邦人(ことくにびと)は來れり、淑女等涙を流しつゝ、忽ちみたり忽ちよたり、かはる/″\詞を次ぎてうるはしき歌をうたひいづれば 一―三
ベアトリーチェは憐み歎きて、さながら十字架のほとりのマリアのごとく變りつゝ、彼等に耳をかたむけぬ 四―六
されどかの處女(をとめ)等彼にそのものいふ機(をり)を與へしとき、色あたかも火のごとく、たちあがりて 七―九
わが愛する姉妹等よ、少時(しばらく)せば汝等我を見ず、またしばらくせば我を見るべしと答へ 一〇―一二
後七者(なゝたり)をこと/″\くその前におき、我と淑女と殘れる聖(ひじり)とをたゞ表示(しるし)によりてその後(うしろ)におくれり 一三―一五
彼かくして進み、その第十歩の足いまだ地につかじとおもはるゝころ、己が目をもてわが目を射 一六―一八
容(かたち)を和らげて我に曰ふ。とく來れ、さらば我汝とかたるに、汝我に近くしてよくわが言(ことば)を聽くをえむ。 一九―二一
我その命にしたがひて彼の許にいたれるとき、彼たゞちにいふ。兄弟よ、汝今我と倶にゆきて何ぞ敢て我に問はざるや。 二二―二四
たとへば長者のまへに、敬ひはゞかりてものいふ人の、その聲を齊(とゝの)ふるをえざるごとく 二五―二七
我もまた言葉を亂していひけるは。わが淑女よ、汝はわが求むるものとこれに適(ふさ)はしきものとを知る。 二八―三〇
彼我に。汝今より後怖れと恥の縺れをはなれよ、さらば再び夢見る人のごとくものいふなからむ 三一―三三
知るべし蛇の破れる器(うつは)はさきにありしもいまあらず、されど罪ある者をして、神の復讐がサッピを恐れざるを信ぜしめよ 三四―三六
羽を輦(くるま)に殘してこれを異形(いぎやう)の物とならしめその後獲物(えもの)とならしめし鷲は常に世繼なきことあらじ 三七―三九
そは一切の妨碍障礙を離れし星の、一の時を來らせんとてはや近づくを我あきらかに見ればなり(此故に我これを告ぐ) 四〇―四二
この時來らば神より遣はされし一の五百と十と五とは、かの盜人をばこれと共に罪を犯す巨人とともに殺すべし 四三―四五
おそらくはわが告ぐることテミ、スフィンジェの如くおぼろにて、その智を暗ます状(さま)また彼等と等しければ汝さとるをえじ 四六―四八
されどこの事速かに起りてナイアーデとなり、羊、穀物(こくもつ)の損害(そこなひ)なくしてこのむづかしき謎を解かむ 四九―五一
心にとめよ、しかして死までの一走(ひとはしり)なる生をうけて生くる者等にこれらの語(ことば)をわがいへるごとく傳へよ 五二―五四
またこれを録(しる)すとき、こゝにて既に二度(たび)までも掠められたる樹についてすべて汝の見しことを隱すべからざるを忘るゝなかれ 五五―五七
凡そこれを掠め又はこれを折る者は行爲(おこなひ)の謗※(ばうとく) をもて神に逆らふ、そは神はたゞ己のためにとてこれを聖なる者に造りたまひたればなり 五八―六〇
これを噛めるがゆゑに第一の魂は、噛める罪の罰を自ら受けしものを待ちつゝ、苦しみと願ひの中に五千年餘の時を經たりき 六一―六三
若しことさらなる理によりてこの樹かく秀でその頂かくうらがへるを思はずば汝の才は眠れるなり 六四―六六
また若し諸※(二の字点、1-2-22)の空しき想(おもひ)汝の心の周邊(まはり)にてエルザの水とならず、この想より起る樂しみ桑を染めしピラーモとならざりせば 六七―六九
たゞかく多くの事柄によりて、汝はこの樹の禁制(いましめ)のうちに神の正義の眞(まこと)の意義を認めしものを 七〇―七二
我見るに汝の智石に變り、石となりてかつ黒きがゆゑに、わが言(ことば)の光汝の目をしてまばゆからしむ、されどわがなほ汝に望むところは 七三―
汝がこの言を心に畫(ゑが)きて(たとひ書(しる)さざるも)こゝより携へ歸るにあり、かくするは巡禮が棕櫚にて卷ける杖を持つとその理(ことわり)相同じ。 ―七八
我。あたかも印の形をとゞめてこれを變へざる蝋のごとく、わが腦は今汝の捺(お)せし象(かた)をうく 七九―八一
されどなつかしき汝の言の高く飛びてわが目およはず、いよ/\みんとつとむればいよ/\みえざるは何故ぞや。 八二―八四
彼曰ふ。こは汝が汝の學べるところのものをかへりみて、その教へのわが語(ことば)にともなふをうるや否やを見 八五―八七
しかして汝等の道の神の道に遠ざかることかのいと高き疾き天の地を離るゝごとくなるをさとるをえんためぞかし。 八八―九〇
是に於てか我答へて彼に曰ふ。我は一度(たび)も汝を離れしことあるを覺えず、良心我を責めざるなり。 九一―九三
彼笑(ゑ)みつゝ答へて曰ふ。汝覺ゆるあたはずば、いざ思ひいでよ今日(けふ)この日汝がレーテの水を飮めるを 九四―九六
それ烟をみて火あるを知る、かく忘るゝといふことは他(ほか)に移りし汝の思ひに罪あることをさだかに證(あかし)す 九七―九九
げにこの後はわが詞いとあらはになりて、汝の粗(あら)き目にもみゆるにふさはしかるべし。 一〇〇―一〇二
光いよ/\はげしくして歩(あゆみ)いよ/\遲き日は、見る處の異なるにつれてこゝかしこにあらはるゝ亭午の圈を占めゐたり 一〇三―一〇五
この時あたかも導者となりて群(むれ)よりさきにゆく人が、みなれぬものをその路に見てとゞまるごとく 一〇六―一〇八
七人(なゝたり)の淑女は、とある仄闇(ほのぐら)き蔭(縁の葉黒き枝の下なる冷やかなる流れの上にアルペの投ぐる陰に似たる)果(はつ)る處にとゞまれり 一〇九―一一一
我は彼等の前にエウフラーテスとティーグリと一の泉より出で、わかれてゆくのおそきこと友のごときを見しとおぼえぬ 一一二―一一四
あゝ光よ、すべて人たる者の尊榮(さかえ)よ、かく一の源よりあふれいでてわかれ流るゝ水は何ぞや。 一一五―一一七
わがこの問ひに答へて曰ふ。マテルダに請ひ彼をしてこれを汝に告げしめよ。この時かの美しき淑女、罪を辨解(いひひら)く人のごとく 一一八―
答ふらく。さきに我この事をもほかの事をも彼に告げたり、またレーテの水いかでかこれを忘れしめんや。 ―一二三
ベアトリーチェ。さらにつよく心を惹(ひ)きてしば/\記憶を奪ふもの、彼の智(さとり)の目を昧(くら)ませしなるべし 一二四―一二六
されど見よかしこに流るゝエウノエを、汝かなたに彼をみちびき、汝の常に爲す如く、その萎(な)えたる力をふたゝび生かせ。 一二七―一二九
たとへば他人(ひと)の願ひ表示(しるし)となりて外部(そと)にあらはるゝとき、尊(たふと)き魂言遁(いひのが)るゝことをせず、たゞちにこれを己が願ひとなすごとく 一三〇―一三二
美しき淑女我を拉(ひ)きてすゝみ、またスターツィオにむかひてしとやかに、彼と倶に來(こ)よといふ 一三三―一三五
讀者よ、我に餘白の滿(みた)すべきあらば、飮めども飽かざる水の甘(うま)さをいさゝかなりともうたはんものを 一三六―一三八
第二の歌に充(あ)てし紙はやみなこゝに盡きたるがゆゑに、技巧の手綱にとゞめられて我またさきにゆきがたし 一三九―一四一
さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり 一四二―一四四
清くして、諸※(二の字点、1-2-22)の星にいたるにふさはしかりき 一四五―一四七






天国篇



   第一曲

萬物を動かす者の榮光遍(あまね)く宇宙を貫くといへどもその輝(かゞやき)の及ぶこと一部に多く一部に少し 一―三
我は聖光(みひかり)を最(いと)多く受くる天にありて諸※(二の字点、1-2-22)の物を見たりき、されど彼處(かしこ)れて降(くだ)る者そを語るすべを知らずまた然(しか)するをえざるなり 四―六
これわれらの智、己が願ひに近きによりていと深く進み、追思もこれに伴(ともな)ふあたはざるによる 七―九
しかはあれ、かの聖なる王國たついてわが記憶に秘藏(ひめをさ)めしかぎりのことゞも、今わが歌の材たらむ 一〇―一二
あゝ善(よ)きアポルロよ、この最後(いやはて)の業(わざ)のために願はくは我を汝の徳の器(うつは)とし、汝の愛する桂(アルローロ)をうくるにふさはしき者たらしめよ 一三―一五
今まではパルナーゾの一の巓(いたゞき)にて足(た)りしかど、今は二つながら求めて殘りの馬場に入らざるべからず 一六―一八
願はくは汝わが胸に入り、かつてマルシーアをその身の鞘(さや)より拔き出せる時のごとくに氣息(いき)を嘘(ふ)け 一九―二一
あゝいと聖なる威力(ちから)よ、汝我をたすけ、我をしてわが腦裏に捺(お)されたる祝福(めぐみ)の國の薄(うす)れし象(かた)を顯(あら)はさしめなば 二二―二四
汝はわが汝の愛(めづ)る樹の下(もと)にゆきてその葉を冠となすを見む、詩題と汝、我にかく爲(する)をえしむればなり 二五―二七
父よ、皇帝(チェーザレ)または詩人の譽(ほまれ)のために摘(つ)まるゝことのいと罕(まれ)なれば(人の思ひの罪と恥なり) 二八―三〇
ペネオの女(むすめ)の葉人をして己にかはかしむるときは、悦び多きデルフォの神に喜びを加へざることあらじ 三一―三三
それ小さき火花にも大いなる焔ともなふ、おそらくは我より後、我にまさる馨ありて祈(ね)ぎ、チルラの應(こたへ)をうるにいたらむ 三四―三六
世界の燈(ともしび)多くの異(こと)なる處より上(のぼ)りて人間にあらはるれども、四の圈相合して三の十字を成す處より 三七―三九
出づれば、その道まさり、その伴ふ星またまさる、而(しか)してその己が性(さが)に從ひて世の蝋を整(とゝの)へ象(かた)を捺(お)すこといよ/\著(いちじる)し 四〇―四二
かしこを朝(あした)こゝを夕(ゆふべ)となしゝ日は殆どかゝる處よりいで、いまやかの半球みな白く、その他(ほか)は黒かりき 四三―四五
この時我見しに、ベアトリーチェは左に向ひて目を日にとめたり、鷲だにもかくばかりこれを凝視(みつめ)しことあらじ 四六―四八
第二の光線常に第一のそれよりいでゝ再び昇る、そのさま歸るを願ふ異郷の客に異ならず 四九―五一
かくのごとく、彼の爲(な)す所――目を傳ひてわが心の内に入りたる――よりわが爲す所いで、我は世の常を超(こ)えて目を日に注げり 五二―五四
元來(もとより)人の住處(すまひ)として造られたりしところなれば、こゝにてはわれらの力に餘りつゝかしこにてはわれらが爲すをうること多し 五五―五七
わが目のこれに堪(た)ふるをえしはたゞ些(すこし)の間なりしも、そがあたかも火よりいづる熱鐡の如く火花をあたりに散(ちら)すを見ざる程ならざりき 五八―六〇
しかして忽ち晝晝に加はり、さながらしかすることをうる者いま一の日輪にて天を飾れるごとく見えたり 六一―六三
ベアトリーチェはその目をひたすら永遠(とこしへ)の輪にそゝぎて立ち、我はわが目を上より移して彼にそゝげり 六四―六六
かれの姿を見るに及び、わが衷(うち)あたかもかのグラウコが己を海の神々の侶たらしむるにいたれる草を味へる時の如くになりき 六七―六九
抑※(二の字点、1-2-22)(そも/\)超人の事たるこれを言葉に表(あら)はし難し、是故に恩惠(めぐみ)によりてこれが驗(ためし)を經(ふ)べき者この例をもて足(た)れりとすべし 七〇―七二
天を統治(すべをさ)むる愛よ、我は汝が最後に造りし我の一部に過ぎざりしか、こは聖火(みひかり)にて我を擧げし汝の知り給ふ所なり 七三―七五
慕はるゝにより汝が無窮となしゝ運行、汝の整(とゝの)へかつ頒(わか)つそのうるはしき調(しらべ)をもてわが心を引けるとき 七六―七八
日輪の焔いとひろく天を燃(もや)すと見えたり、雨または河といふともかくひろがれる湖(うみ)はつくらじ 七九―八一
音(おと)の奇(くす)しきと光の大いなるとは、その原因(もと)につき、未だ感じゝことなき程に強き願ひをわが心に燃(もや)したり 八二―八四
是においてか、我を知ることわがごとくなりし淑女、わが亂るゝ魂を鎭(しづ)めんとて、我の未だ問はざるさきに口を啓(ひら)き 八五―八七
いひけるは。汝謬(あやま)れる思ひをもて自ら己を愚(おろか)ならしむ。是故にこれを棄つれば見ゆるものをも汝は見るをえざるなり 八八―九〇
汝は汝の信ずるごとく今地上にあるにあらず、げに己が處を出でゝ馳(は)する電光(いなづま)疾(はや)しといへども汝のこれに歸るに及ばじ。 九一―九三
わが第一の疑ひはこれらの微笑(ほゝゑ)める短き詞(ことば)によりて解けしかど、一の新(あらた)なる疑ひ起りていよ/\いたく我を絡(から)めり 九四―九六
我即ち曰(い)ふ。かの大いなる驚異(あやしみ)につきてはわが心既に足りて安んず、されどいかにしてわれ此等の輕き物體を超(こ)えて上(のぼ)るや、今これを異(あやし)とす 九七―九九
是においてか彼、一の哀憐(あはれみ)の大息(といき)の後、狂へる子を見る母のごとく、目をわが方にむけて 一〇〇―一〇二
いふ。凡(およ)そありとしあらゆる物、皆その間に秩序を有す、しかしてこれは、宇宙を神の如くならしむる形式ぞかし 一〇三―一〇五
諸※(二の字点、1-2-22)の尊く造られし物、永遠(とこしへ)の威能(ちから)(これを目的(めあて)としてかゝる法(のり)は立てられき)の跡をこの中に見る 一〇六―一〇八
わがいふ秩序の中に自然はすべて傾けども、その分(ぶん)異(こと)なりて、己が源にいと近きあり然らざるあり 一〇九―一一一
是故にみな己が受けたる本能に導かれつゝ、存在の大海(おほうみ)をわたりて多くの異なる湊(みなと)にむかふ 一一二―一一四
火を月の方に送るも是(これ)、滅ぶる心を動かすも是、地を相寄せて一にするもまた是なり 一一五―一一七
またこの弓は、たゞ了知(さとり)なきものゝみならず、智あり愛あるものをも射放つ 一一八―一二〇
かく萬有の次第を立つる神の攝理は、いと疾(と)くめぐる天をつゝむ一の天をば、常にその光によりてしづかならしむ 一二一―一二三
今やかしこに、己が射放つ物をばすべて樂しき的(まと)にむくる弦(つる)の力我等を送る、あたかも定(さだま)れる場所におくるごとし 一二四―一二六
されどげに、材默(もだ)して應(こた)へざるため形しば/\技藝の工夫(くふう)に配(そ)はざるごとく 一二七―一二九
被造物(つくられしもの)またしば/\この路を離る、そはこれは、かく促(うなが)さるれども、もし最初の刺戟僞りの快樂(けらく)の爲に逸(そ)れて 一三〇―
これを地に向はしむれば、その行方(ゆくへ)を誤る(あたかも雲より火の墜(おつ)ることあるごとく)ことをうればなり ―一三五
わが量(はか)るところ正しくば、汝の登るはとある流れの高山より麓(ふもと)に下り行くごとし、何ぞ異(あやし)とするに足らんや 一三六―一三八
汝障礙(しやうげ)を脱しつゝなほ下に止まらば、是かへつて汝における一の不思議にて、地上に靜なることの燃ゆる火における如くなるべし。 一三九―一四一
かくいひて再び顏を天にむけたり 一四二―一四四


   第二曲

あゝ聽かんとて小舟(をぶね)に乘りつゝ、歌ひて進むわが船のあとを追ひ來れる人等よ 一―三
立歸りて再び汝等の岸を見よ、沖に浮びいづるなかれ、恐らくは汝等我を見ずしてさまよふにいたるべければなり 四―六
わがわたりゆく水は人いまだ越えしことなし、ミネルヴァ氣息(いき)を嘘(ふ)き、アポルロ我を導き、九のムーゼ我に北斗を指示す 七―九
また數少きも、天使の糧(かて)(世の人これによりて生くれど飽(あ)くにいたらず)にむかひて疾(と)く項(うなじ)を擧(あ)げし人等よ 一〇―一二
水の面(おもて)の再び平らかならざるさきにわが船路(ふなぢ)の跡をたどりつゝ海原(うなばら)遠く船を進めよ 一三―一五
イアソンが耕人(たがやすひと)となれるをコルコに渡れる勇士(つはもの)等の見し時にもまさりて汝等驚き異(あやし)まむ 一六―一八
神隨(かんながら)の王國を求むる本然永劫(えいごふ)の渇(かわき)われらを運び、その速なること殆ど天のめぐるに異ならず 一九―二一
ベアトリーチェは上方(うへ)を、我は彼を見き、しかして矢の弦(つる)を離れ、飛び、止(とゞ)まるばかりの間に 二二―二四
我は奇(くす)しき物ありてわが目をこれに惹(ひ)けるところに着きゐたり、是においてかわが心の作用(はたらき)をすべて知れる淑女 二五―二七
その美しさに劣(おと)らざる悦びを表(あら)はしわが方にむかひていふ。われらを第一の星と合せたまひし神に感謝の心を獻(さゝ)ぐべし。 二八―三〇
日に照らさるゝ金剛石のごとくにて、光れる、濃(こ)き、固き、磨ける雲われらを蔽ふと見えたりき 三一―三三
しかしてこの不朽の眞珠は、あたかも水の分れずして光線を受け入るゝごとく、我等を己の内に入れたり 三四―三六
一の量のいかにして他の量を容(い)れたりし――體、體の中に入らばこの事なきをえざるなり――やは人知り難し、されば我もし 三七―
肉體なりしならんには、神入相結ぶ次第を顯はすかの至聖者を見んとの願ひ、愈※(二の字点、1-2-22)強くわれらを燃(もや)さゞるをえず ―四二
信仰に由(よ)りて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但し證(あかし)せらるゝに非(あら)ず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物自(おのづ)から明らかならむ 四三―四五
我答ふらく。わが淑女よ、我は人間世界より我を移したまへる者に、わが眞心(まごゝろ)を盡して感謝す 四六―四八
されど告げよ、この物體にありて、かの下界の人々にカインの物語を爲(な)さしむる多くの黒き斑(ほし)は何ぞや。 四九―五一
彼少しく微笑(ほゝゑ)みて後いふ。官能の鑰(かぎ)の開くをえざる處にて人思ひ誤るとも 五二―五四
げに汝今驚きの矢に刺さるべきにはあらず、諸※(二の字点、1-2-22)の官能にともなふ理性の翼の短きを汝すでに知ればなり 五五―五七
されど汝自らこれをいかに思ふや、我に告げよ。我。こゝにてわれらにさま/″\に見ゆるものは、思ふに體の粗密に由來す。 五八―六〇
彼。もしよく耳をわが反論に傾けなば、汝は必ず汝の思ひの全く虚僞に陷(おちい)れるを見む 六一―六三
それ第八の天球の汝等に示す光は多し、しかしてこれらはその質と量とにおいて各※(二の字点、1-2-22)あらはるゝ姿を異にす 六四―六六
もし粗密のみこれが原因(もと)ならば、同じ一の力にてたゞ頒(わか)たれし量を異にしまたはこれを等しうするもの凡(すべ)ての光の中にあらむ 六七―六九
力の異なるは諸※(二の字点、1-2-22)の形式の原理の相異なるによらざるをえず、然るに汝の説に從へば、これらは一を除くのほか皆亡び失はるにいたる 七〇―七二
さてまた粗なること、汝の尋(たづ)ぬるかの斑點(はんてん)の原因(もと)ならば、この遊星には、その材の全く乏しき處あるか 七三―七五
さらずば一の肉體が脂(あぶら)と肉とを頒(わか)つごとく、この物もまたその書(ふみ)の中に重(かさ)ぬる紙を異にせむ 七六―七八
もし第一の場合なりせば、こは日蝕の時、光の射貫(いぬ)く(他の粗なる物體に引入れらるゝ時の如く)ことによりて明らかならむ 七九―八一
されどこの事なきがゆゑに、殘るは第二の場合のみ、我もしこれを打消すをえば、汝の思ひの誤れること知らるべし 八二―八四
もしこの粗、穿(うが)ち貫(つらぬ)くにいたらずば、必ず一の極限(きはみ)あり、密こゝにこれを阻(はゞ)みてそのさらに進むをゆるさじ 八五―八七
しかしてかしこより日の光の反映(てりかへ)すこと、鉛を後方(うしろ)にかくす玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)(はり)より色の歸るごとくなるべし 八八―九〇
是においてか汝はいはむ、奧深き方より反映(てりかへ)すがゆゑに、かしこにてはほかの處よりも光暗しと 九一―九三
汝等の學術の流れの源(もと)となる習(ならはし)なる經驗は――汝もしこれに徴せば――この異論より汝を解くべし 九四―九六
汝三の鏡をとりて、その二をば等しく汝より離し、殘る一をさらに離してさきの二の間に見えしめ 九七―九九
さてこれらに對(むか)ひつゝ、汝の後(うしろ)に一の光を置きてこれに三の鏡を照らさせ、その三より汝の方に反映(てりかへ)らせよ 一〇〇―一〇二
さらば汝は、遠き方よりかへる光が、量において及ばざれども、必ず等しくかゞやくを見む 一〇三―一〇五
今や汝の智、あたかも雪の下にある物、暖き光に射られて、はじめの色と冷(つめた)さとを 一〇六―
失ふごとくなりたれば、汝の目にきらめきてみゆるばかりに強き光を我は汝にさとらしむべし ―一一一
それいと聖なる平安を保つ天の中に一の物體のめぐるあり、これに包まるゝ凡(すべ)ての物の存在はみなこれが力に歸(き)す 一一二―一一四
その次にあたりてあまたの光ある天は、かの存在を頒ちて、これを己と分たるれども己の中に含まるゝさま/″\の本質に與へ 一一五―一一七
他の諸※(二の字点、1-2-22)の天は、各※(二の字点、1-2-22)異なる状(さま)により、その目的(めあて)と種(たね)とにむかひて、己が衷(うち)なる特性をとゝのふ 一一八―一二〇
かゝればこれらの宇宙の機關は、上より受けて下に及ぼし、次第を逐(お)ひて進むこと、今汝の知るごとし 一二一―一二三
汝よく我を視、汝の求むる眞理にむかひてわがこの處を過ぎ行くさまに心せよ、さらばこの後獨(ひと)りにて淺瀬を渡るをうるにいたらむ 一二四―一二六
そも/\諸天の運行とその力とは、あたかも鍛工(かぢ)より鐡槌(つち)の技(わざ)のいづるごとく、諸※(二の字点、1-2-22)のたふとき動者(うごかすもの)よりいでざるべからず 一二七―一二九
しかしてかのあまたの光に飾らるゝ天は、これをめぐらす奧深き心より印象(かた)を受けかつこれを捺(お)す 一三〇―一三二
また汝等の塵(ちり)の中なる魂がさま/″\の能力(ちから)に應じて異なる肢體(したい)にゆきわたるごとく 一三三―一三五
かの天を司(つかさど)るもの、またその徳をあまたにしてこれを諸※(二の字点、1-2-22)の星に及ぼし、しかして自ら一(いつ)なることを保(たも)ちてめぐる 一三六―一三八
さま/″\の力その活(い)かす貴(たふと)き物體(力のこれと結びあふこと生命(いのち)の汝等におけるが如し)と合して造る混合物(まぜもの)一(いつ)ならじ 一三九―一四一
悦び多き性(さが)より流れ出づるがゆゑに、この混(まじ)れる力、物體の中に輝き、あたかも生くる瞳の中に悦びのかゞやくごとし 一四二―一四四
光と光の間にて異なりと見ゆるものゝ原因(もと)、げに是にして粗密にあらず、是ぞ即ち形式の原理 一四五―
己が徳に從つてかの明暗を生ずる物なる。 ―一五〇


   第三曲

さきに愛をもてわが胸をあたゝめし日輪、是(ぜ)と非(ひ)との證(あかし)をなして、美しき眞理のたへなる姿を我に示せり 一―三
されば我は、わがはや誤らず疑はざるを自白せんため、物言はんとてほどよく頭(かうべ)を擧(あ)げしかど 四―六
このとき我に現はれし物あり、いとつよくわが心を惹(ひ)きてこれを見るに專(もつぱら)ならしめ、我をしてわが告白を忘れしむ 七―九
透(す)きとほりて曇(くもり)なき玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)または清く靜にてしかして底の見えわかぬまで深きにあらざる水に映(うつ)れば 一〇―一二
われらの俤(おもかげ)かすかに見えて、さながら白き額(ひたひ)の眞珠のたゞちに瞳に入らざるに似たり 一三―一五
我また語るを希(ねが)ふ多くのかゝる顏を見しかば、人と泉との間に戀を燃(もや)したるその誤りの裏をかへしき 一六―一八
かの顏を見るや、我はこれらを物に映(うつ)れる姿なりとし、その所有者(もちぬし)の誰なるをみんとて直ちに目をめぐらせり 一九―二一
されど何をも見ざりしかば、再びこれを前にめぐらし、うるはしき導者――彼は微笑(ほゝゑ)み、その聖なる目輝きゐたり――の光に注げり 二二―二四
彼我に曰ふ。汝の思ひの稚(をさな)きをみて我のほゝゑむを異(あや)しむなかれ、汝の足はなほいまだ眞理の上にかたく立たず 二五―二七
その常の如く汝を空(くう)にむかはしむ、そも/\汝の見るものは、誓ひを果さゞりしためこゝに逐はれし眞(まこと)の靈なり 二八―三〇
是故に彼等と語り、聽きて信ぜよ、彼等を安んずる眞(まこと)の光は、己を離れて彼等の足の迷ふを許さゞればなり。 三一―三三
我は即ち最も切(せち)に語るを求むるさまなりし魂にむかひ、あたかも願ひ深きに過ぎて心亂るゝ人の如く、いひけるは 三四―三六
あゝ生得(しやうとく)の幸(さち)ある靈よ、味はゝずして知るによしなき甘さをば、永遠(とこしへ)の生命(いのち)の光によりて味(あぢは)ふ者よ 三七―三九
汝の名と汝等の状態(ありさま)とを告げてわが心をたらはせよ、さらば我悦ばむ。是においてか彼ためらはず、かつ目に笑(ゑみ)をたゝへつゝ 四〇―四二
我等の愛は、その門を正しき願ひの前に閉ぢず、あたかも己が宮人(みやびと)達のみな己と等しきをねがふ愛に似たり 四三―四五
我は世にて尼なりき、汝もしよく記憶をたどらば、昔にまさるわが美しさも我を汝にかくさずして 四六―四八
汝は我のピッカルダなることを知らむ、これらの聖徒達とともに我こゝに置かれ、いとおそき球の中にて福(さいはひ)を受く 四九―五一
さてまたわれらの情は、たゞ聖靈の意(こゝろ)に適(かな)ふものにのみ燃(もや)さるゝが故に、その立つる秩序によりて整(とゝの)へらるゝことを悦ぶ 五二―五四
しかしてかくいたく劣(おと)りて見ゆる分のわれらに與へられたるは、われら誓ひを等閑(なほざり)にし、かつ缺く處ありしによるなり。 五五―五七
是においてか我彼に。汝等の奇(くす)しき姿の中には、何ならむ、いと聖なるものありて輝き、昔の容(かたち)變りたれば 五八―六〇
たゞちに思ひ出るをえざりき、されど汝の我にいへること今我をたすけ我をして汝を認め易(やす)からしむ 六一―六三
請(こ)ふ告げよ、汝等こゝにて福(さいはひ)なる者よ、汝等はさらに高き處に到りてさらに多く見またはさらに多くの友を得るを望むや。 六四―六六
他の魂等とともに彼まづ少しく微笑(ほゝゑ)みて後、初戀の火に燃ゆと見ゆるほど、いとよろこばしげに答ふらく 六七―六九
兄弟よ、愛の徳われらの意(こゝろ)を鎭(しづ)め、我等をしてわれらの有(も)つ物をのみ望みて他の物に渇(かわ)くなからしむ 七〇―七二
我等もしさらに高からんことをねがはゞ、われらの願ひは、われらをこゝと定むる者の意(こゝろ)に違ふ 七三―七五
もし愛の中にあることこゝにて肝要ならば、また汝もしよくこの愛の性(さが)を視(み)ば、汝はこれらの天にこの事あるをえざるを知らむ 七六―七八
げに常に神の聖意(みこゝろ)の中にとゞまり、これによりて我等の意(こゝろ)一となるは、これこの福(さいはひ)なる生の素(もと)なり 七九―八一
されば我等がこの王國の諸天に分れをる状(さま)は、王(我等の思ひを己が思ひに配(そ)はしむる)の心に適(かな)ふ如く全王國の心に適ふ 八二―八四
聖意(みこゝろ)はすなはちわれらの平和、その生み出だし自然の造る凡ての物の流れそゝぐ海ぞかし。 八五―八七
天のいづこも天堂にて、たゞかしこに至上の善の恩惠(めぐみ)の一樣に降(ふ)らざるのみなること是時我に明らかなりき 八八―九〇
されど人もし一の食物(くひもの)に飽き、なほ他に望む食物あれば、此を求めてしかして彼のために謝す 九一―九三
我も姿、詞(ことば)によりてまたかくの如くになしぬ、こは彼がいかなる機(はた)を織るにあたりて杼(ひ)を終りまで引かざりしやを彼より聞かんとてなりき 九四―九六
彼我に曰(い)ふ。完き生涯と勝(すぐ)るゝ徳とはひとりの淑女をさらに高き天に擧ぐ、その法(のり)に從ひて衣を着(き)面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)を付(つく)る者汝等の世にあり 九七―九九
彼等はかくしてかの新郎(はなむこ)、即ち愛より出るによりて己が心に適(かな)ふ誓ひをすべてうけいるゝ者と死に至るまで起臥(おきふし)を倶(とも)にせんとす 一〇〇―一〇二
かの淑女に從はんため我若うして世を遁(のが)れ、身に彼の衣を纏(まと)ひ、またわが誓ひをその派の道に結びたり 一〇三―一〇五
その後、善よりも惡に親しむ人々、かのうるはしき僧院より我を引放しにき、神知り給ふ、わが生涯のこの後いかになりしやを 一〇六―一〇八
またわが右にて汝に現はれ、われらの天のすべての光にもやさるゝこの一の輝(かゞやき)は 一〇九―一一一
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてその頭(かうべ)より聖なる首※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かしらぎぬ)の陰(かげ)を奪はる 一一二―一一四
されど己が願ひに背(そむ)きまた良(よ)き習(ならはし)に背きてげに世に還(かへ)れる後にも、未だ嘗(かつ)て心の面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)を釋(と)くことなかりき 一一五―一一七
こはソアーヴェの第二の風によりて第三の風即ち最後の威力(ちから)を生みたるかの大いなるコスタンツァの光なり。 一一八―一二〇
かく我に語りて後、かれはアーヴェ・マリーアを歌ひいで、さてうたひつゝ、深き水に重き物の沈む如く消失(きえう)せき 一二一―一二三
見ゆるかぎり彼のあとを追ひしわが目は、これを見るをえざるに及び、さらに大いなる願ひの目的(めあて)にかへり來りて 一二四―一二六
全くベアトリーチェにそゝげり、されど淑女いとつよくわが目に煌(きら)めき、視力(みるちから)はじめこれに耐(た)へざりしかば 一二七―一二九
わが問これがために後(おく)れぬ。 一三〇―一三二


   第四曲

等(ひと)しく隔(へだた)り等しく誘(いざな)ふ二の食物(くひもの)の間にては、自由の人、その一をも齒に觸れざるさきに饑(う)ゑて死すべし 一―三
かくの如く、二匹の猛(たけ)き狼の慾と慾との間にては一匹の羔(こひつじ)ひとしくこれを恐れて動かず、二匹の鹿の間にては一匹の犬止まらむ 四―六
是故に、二の疑ひに等(ひと)しく促(うなが)されて、我默(もだ)せりとも、こは已(や)むをえざるにいづれば、我は己を責めもせじ讚(ほ)めもせじ 七―九
我は默せり、されどわが願ひとともにわが問は言葉に明らかに現はすよりもはるかに強くわが顏にゑがゝる 一〇―一二
ベアトリーチェはあたかもナブコッドノゾルの怒り(彼を殘忍非道となしたる)をしづめし時に當りてダニエルロの爲(な)しゝ如くになしき 一三―一五
即ち曰ふ。我は汝が二の願ひに引かるゝにより、汝の思ひむすぼれて言葉に出でざるを定(さだ)かに見るなり 一六―一八
汝論(あげつら)ふらく、善き願ひだに殘らんには、何故にわが功徳の量、人の暴虐(しへたげ)のために減(へ)るやと 一九―二一
加之(しかのみならず)、プラトネの教へしごとく、魂、星に歸るとみゆること、また汝に疑ひを起さしむ 二二―二四
この二こそ汝の思ひをひとしく壓(お)すところの問(とひ)なれ、されば我まづ毒多き方(かた)よりいはむ 二五―二七
セラフィーンの中にて神にいと近き者も、モイゼもサムエールもジョヴァンニ(汝いづれを選ぶとも)も、げにマリアさへ 二八―三〇
今汝に現はれし諸※(二の字点、1-2-22)(もろ/\)の靈と天を異(こと)にして座するにあらず、またその存在の年數(としかず)これらと異なるにもあらず 三一―三三
凡(すべ)ての者みな第一の天を――飾る、たゞ永遠(とこしへ)の聖息(みいき)を感ずるの多少に從ひ、そのうるはしき生に差別(けぢめ)あるのみ 三四―三六
これらのこゝに現はれしは、この球がその分と定められたるゆゑならずしてその天界の最低(いとひく)きを示さんためなり 三七―三九
汝等の才に對(むか)ひてはかくして語らざるをえず、そは汝等の才は、後(のち)智に照らすにいたる物をもたゞ官能の作用(はたらき)によりて識(し)ればなり 四〇―四二
是においてか聖書は汝等の能力(ちから)に準じ、手と足とを神に附して他の意義に用ゐ 四三―四五
聖なる寺院は、ガブリエール、ミケール、及びかのトビアを癒(いや)しゝ天使をば人の姿によりて汝等にあらはす 四六―四八
ティメオが魂について論(あげつら)ふところは、こゝにて見ゆる物に似ず、これ彼はそのいふごとく信ずと思はるゝによりてなり 四九―五一
即ち魂が、自然のこれに肉體を司らしめし時、己の星より分れ出たるものなるを信じて、彼はこの物再びかしこに歸るといへり 五二―五四
或は彼の説く所、その語(ことば)の響と異なり、侮(あなど)るべからざる意義を有することあらむ 五五―五七
もしそれこれらの天にその影響の譽(ほまれ)も毀(そしり)も歸る意ならば、その矢いくばくか眞理に中(あた)らむ 五八―六〇
この原理誤り解(げ)せられてそのかみ殆ど全世界を枉(ま)げ、これをして迷ひのあまりジョーヴェ、メルクリオ、マルテと名づけしむ 六一―六三
汝を惱ますいま一の疑ひは毒少し、そはその邪惡も、汝を導きて我より離すあたはざればなり 六四―六六
われらの正義が人間の目に不正とみゆるは即ち信仰の過程(くわてい)にて異端邪説の過程にあらず 六七―六九
されど汝等の知慧よくこの眞理を穿(うが)つことをうるがゆゑに、我は汝の望むごとく汝に滿足をえさすべし 七〇―七二
もし暴(あらび)とは、強(し)ひらるゝ人いさゝかも強ふる人に與(くみ)せざる時生ずるものゝ謂(いひ)ならば、これらの魂はこれによりて罪を脱(のが)るゝことをえじ 七三―七五
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度(ちたび)強ひて撓(たわ)めらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六―七八
是故に意志の屈するは、その多少を問はず、暴(あらび)にこれの從ふなり、而(しか)してこれらの魂は聖所(せいじよ)に歸るをうるにあたりてかくなしき 七九―八一
鐡架(てつきう)の上の苦しみに堪(た)へしロレンツォ、わが手につらかりしムツィオのごとく、彼等の意志全(まつた)かりせば 八二―八四
彼等が自由となるに及び、この意志直ちに彼等をしてその強ひられて離れし路に再び還(かへ)らしめしなるべし、されどかく固き意志極めて稀(まれ)なり 八五―八七
汝よくこれらの言葉を心にとめてさとれるか、さらばこの後汝をしば/\惱ますべかりし疑ひは、はや必ず解けたるならむ 八八―九〇
されど汝の眼前(めのまへ)に今なほ横たはる一の路あり、こはいと難(かた)き路なれば汝獨(ひと)りにてはこれを出でざるさきに疲れむ 九一―九三
我あきらかに汝に告げて、福(さいはひ)なる魂は常に第一の眞(まこと)に近くとゞまるがゆゑに僞(いつは)るあたはずといへることあり 九四―九六
後汝はコスタンツァがその面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)をば舊(もと)の如く慕へる事をピッカルダより聞きたるならむ、さればこれとわが今茲(こゝ)にいふ事と相反すとみゆ 九七―九九
兄弟よ、人難を免(まぬが)れんため、わが意に背(そむ)き、その爲すべきにあらざることをなしゝ例(ためし)は世に多し 一〇〇―一〇二
アルメオネが父に請(こ)はれて己が生の母を殺し、孝を失はじとて不孝となりしもその一なり 一〇三―一〇五
かゝる場合については、請ふ思へ、暴(あらび)意志とまじりて相共にはたらくがゆゑに、その罪いひのがるゝによしなきことを 一〇六―一〇八
絶對の意志は惡に與(くみ)せず、そのこれに與するは、拒(こば)みてかへつて尚大いなる苦難(なやみ)にあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九―一一一
さればピッカルダはかく語りて絶對の意志を指(さ)し、我は他の意志を指す、ふたりのいふところ倶に眞(まこと)なり。 一一二―一一四
一切の眞理の源なる泉よりいでし聖なる流れかくその波を揚(あ)げ、かくして二の願ひをしづめき 一一五―一一七
我即ち曰ふ。あゝ第一の愛に愛せらるゝ者よ、あゝいと聖なる淑女よ、汝の言(ことば)我を潤(うるほ)し我を暖め、かくして次第に我を生かしむ 一一八―一二〇
されどわが愛深からねば汝の恩惠(めぐみ)に謝するに足らず、願はくは全智全能者これに應(こた)へ給はんことを 一二一―一二三
我よく是を知る、我等の智は、かの眞(まこと)(これより外には眞なる物一だになし)に照らされざれば、飽(あ)くことあらじ 一二四―一二六
智のこれに達するや、あたかも洞の中に野獸(ののけもの)の憩(いこ)ふ如く、直ちにその中にいこふ、またこはこれに達するをう、然らずばいかなる願ひも空ならむ 一二七―一二九
是故に疑ひは眞理の根より芽の如くに生ず、しかしてこは峰より峰にわれらを促し巓(いたゞき)にいたらしむる自然の途なり 一三〇―一三二
淑女よ、この事我を誘ひ我を勵まし、いま一の明らかならざる眞理についてうや/\しく汝に問はしむ 一三三―一三五
請ふ告げよ、人その破れる誓ひの爲、汝等の天秤(はかり)に懸(か)くるも輕からぬほど他の善をもて汝等に贖(あがなひ)をなすことをうるや。 一三六―一三八
ベアトリーチェは愛の光のみち/\しいと聖なる目にて我を見き、さればわが視力(みるちから)これに勝たれで背(うしろ)を見せ 一三九―一四一
我は目を垂(た)れつゝ殆ど我を失へり。 一四二―一四四


   第五曲

われ世に比類(たぐひ)なきまで愛の焔に輝きつゝ汝にあらはれ、汝の目の力に勝つとも 一―三
こは全き視力――その認むるに從つて、認めし善に進み入る――より出づるがゆゑにあやしむなかれ 四―六
われあきらかに知る、見らるゝのみにてたえず愛を燃す永遠(とこしへ)の光、はや汝の智の中にかゞやくを 七―九
もし他の物汝等の愛を迷はさば、こはかの光の名殘がその中に映(さ)し入りて見誤らるゝによるのみ 一〇―一二
汝の知らんと欲するは、果(はた)されざりし誓ひをば人他の務(つとめ)によりて償(つぐの)ひ、魂をして論爭(あらそひ)を免(まぬが)れしむるをうるや否(いな)やといふ事是なり。 一三―一五
ベアトリーチェはかくこの曲(カント)をうたひいで、言葉を斷(た)たざる人のごとく、聖なる教へを續けていふ。 一六―一八
それ神がその裕(ゆたか)なる恩惠(めぐみ)により造りて與へ給へる物にて最もその徳に適(かな)ひかつその最も重んじ給ふ至大の賜(たまもの)は 一九―二一
即ち意志の自由なりき、知慧ある被造物は皆、またかれらに限り、昔これを受け今これを受く 二二―二四
いざ汝推(お)して知るべし、人肯(うけが)ひて神また肯ひかくして誓ひ成るならんには、そのいと貴(とほと)きものなることを 二五―二七
そは神と人との間に契約を結ぶにあたりては、わがいふ如く貴きこの寶犧牲(いけにへ)となり、かつかくなるも己が作用(はたらき)によればなり 二八―三〇
されば何物をもて償(つぐのひ)となすことをえむ、捧げし物を善く用ゐんと思ふは是※物(ぞうぶつ) をもて善事を爲さんとねがふなり 三一―三三
汝既に要點を會得(ゑとく)す、されど聖なる寺院は誓ひより釋(と)き、わが汝にあらはしゝ眞理に背(そむ)くとみゆるがゆゑに 三四―三六
汝なほ食卓(つくゑ)に向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへる硬(かた)き食物(くひもの)はその消化(こな)るゝ爲になほ助けを要(もと)むればなり 三七―三九
心を開きて、わが汝に示すものを受け、これをその中に收めよ、聽きて保(たも)たざるは知識をうるの道にあらじ 四〇―四二
それ二の物相合してこの犧牲(いけにへ)の要素を成す、一はその作らるゝ基(もと)となるもの一は即ち契約なり 四三―四五
後者は守るにあらざれば消えず、但しこれについては我既にいとさだかに述べたり 四六―四八
是故に希伯來人(エブレオびと)は、捧ぐる物の如何によりこれを易(か)ふるをえたれども(汝必ず是を知らん)、なほ献物(さゝげもの)をなさゞるをえざりき 四九―五一
前者即ち汝に材とし知らるゝものは、これを他の材に易(か)ふとも必ず咎(とが)となるにはあらず 五二―五四
されど黄白二の鑰(かぎ)のめぐるなくば何人もその背に負(お)へる荷を、心のまゝにとりかふべからず 五五―五七
かつ取らるゝ物が置かるゝ物を容(い)るゝことあたかも六の四における如くならずば、いかに易ふとも徒(いたづら)なるを信ずべし 五八―六〇
是故に己が價値(ねうち)によりていと重くいかなる天秤(はかり)をも引下(ひきさ)ぐる物にありては、他の費(つひえ)をもて償(つぐな)ふことをえざるなり 六一―六三
人よ誓ひを戲事(たはぶれごと)となす勿れ、これに忠なれ、されどイエプテのその最初の供物(くもつ)におけるごとく輕々しくこれを立るなかれ 六四―六六
守りてしかしてまされる惡を爲さんより、彼は宜(よろ)しく我あしかりきといふべきなりき、汝はまたギリシア人(びと)の大將のかく愚(おろか)なりしをみむ 六七―六九
さればイフィジェニアはその妍(みめよ)きがために泣き、かゝる神事(じんじ)を傳へ聞きたる賢者愚者をしてまた彼の爲に泣かしむ 七〇―七二
基督教徒(クリスティアーニ)よ、おも/\しく身を動かし、いかなる風にも動く羽のごとくなるなかれ、いかなる水も汝等を洗ふと思ふなかれ 七三―七五
汝等に舊約新約あり、寺院の牧者の導くあり、汝等これにて己が救ひを得るに足る 七六―七八
もし邪慾汝等に他の途(みち)を勸(すゝ)めなば、汝等人たれ、愚(おろか)なる羊となりて汝等の中の猶太人(ジュデーアびと)に笑はるゝなかれ 七九―八一
己が母の乳を棄て、思慮(こゝろ)なく、浮(うか)れつゝ、好みて自ら己と戰ふ羔(こひつじ)のごとく爲すなかれ。 八二―八四
わがこゝに記(しる)すごとく、ベアトリーチェかく我に、かくていとなつかしき氣色(けしき)にて、宇宙の最も生氣に富める處にむかへり 八五―八七
その沈默と變貌(かはれるすがた)とは、わが飽(あ)くなきの智、はや新しき問を起しゐたりしわが智に默(もだ)せと命じき 八八―九〇
しかしてあたかも弦(つる)のしづかならざる先に的(まと)に中(あた)る矢のごとく、われらは馳(は)せて第二の王國にいたれり 九一―九三
われ見しに、かの天の光の中に入りしとき、わが淑女いたくよろこび、かの星自らそがためいよ/\輝きぬ 九四―九六
星さへ變りてほゝゑみたりせば、己が性(さが)のみによりていかなるさまにも變るをうる我げにいかになりしぞや 九七―九九
しづかなる清き池の中にて、魚もしその餌とみゆる物の外(そと)より入來るをみれば、これが邊(ほとり)にはせよるごとく 一〇〇―一〇二
千餘の輝われらの方にはせよりき、おの/\いふ。見よわれらの愛をますべきものを。 一〇三―一〇五
しかして各※(二の字点、1-2-22)われらの許(もと)に來るに及び、我は魂が、その放つ光のあざやかなるによりて、あふるゝ悦びをあらはすを見たり 一〇六―一〇八
讀者よ、この物語續かずばその先を知るあたはざる汝の苦しみいかばかりなるやを思へ 一〇九―一一一
さらば汝自ら知らむ、これらのものわが目に明らかに見えし時、彼等よりその状態(ありさま)を聞かんと思ふわが願ひのいかに深かりしやを 一一二―一一四
あゝ良日(よきひ)の下(もと)に生れ、戰ひ未だ終らざるに恩惠(めぐみ)に許されて永遠(とこしへ)の凱旋の諸※(二の字点、1-2-22)の寶座(くらゐ)を見るを得る者よ 一一五―一一七
遍(あまね)く天に滿(み)つる光にわれらは燃(もや)さる、是故にわれらの光をうくるをねがはゞ、汝心のまゝに飽(あ)け。 一一八―一二〇
信心深きかの靈の一我にかくいへるとき、ベアトリーチェ曰ふ。いへ、いへ、臆(おく)する勿(なか)れ、かれらを神々の如く信ぜよ。 一二一―一二三
我よく汝が己の光の中に巣(す)くひて目よりこれを出すをみる、汝笑へば目煌(きら)めくによりてなり 一二四―一二六
されど尊き魂よ、我は汝の誰なるやを知らず、また他の光に蔽はれて人間に見えざる天の幸(さち)をば何故にうくるやを知らず。 一二七―一二九
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいへり、是においてかそのかゞやくこと前よりはるかに強かりき 一三〇―一三二
あたかも日輪が(濃(こ)き水氣の幕その熱に噛盡(かみつく)さるれば)そのいと強き光に己をかくすごとく 一三三―一三五
かの聖なる姿は、まさる悦びのため己が光の中にかくれ、さてかく全く籠(こも)りつゝ、我に答へき 一三六―一三八
次の曲(カント)の歌ふごとく 一三九―一四一


   第六曲

コスタンティーンが鷲をして天の運行に逆(さから)はしめし(ラヴィーナを娶(めと)れる昔人(むかしのひと)に附きてこの鷲そのかみこれに順(したが)へり)時より以來(このかた) 一―三
二百年餘の間、神の鳥はエウローパの際涯(はて)、そがさきに出でし山々に近き處にとゞまり 四―六
かしこにてその聖なる翼の陰に世を治めつゝ、手より手に移り、さてかく變りてわが手に達せり 七―九
我は皇帝(チェーザレ)なりき、我はジュスティニアーノなり、今わが感ずる第一の愛の聖旨(みむね)によりてわれ律法(おきて)の中より過剩(あまれるもの)と無益物(えきなきもの)とを除きたり 一〇―一二
未だこの業(わざ)に當らざりしさき、われはクリストにたゞ一の性(さが)あるを信じ、かつかゝる信仰をもて足(た)れりとなしき 一三―一五
されど至高の牧者なるアガピート尊者、その言葉をもて我を正しき信仰に導けり 一六―一八
我は彼を信じたり、しかして今我彼の信ずる所をあきらかに見ることあたかも汝が一切の矛盾(むじゅん)の眞なり僞やなるを見るごとし 一九―二一
われ寺院と歩みを合せて進むに及び、神はその恩惠(めぐみ)により我を勵ましてこの貴き業(わざ)を爲さしむるをよしとし、我は全く身をこれに捧げ 二二―二四
武器をばわがベリサルに委ねたりしに、天の右手(めで)彼に結ばりて、わが休むべき休徴(しるし)となりき 二五―二七
さて我既に第一の問に答へ終りぬ、されどこの答の性(さが)に強(し)ひられ、なほ他の事を加ふ 二八―三〇
こは汝をしていかに深き理(ことわり)によりてかのいと聖なる旗に、これを我有(わがもの)となす者も將(はた)これに敵(はむか)ふ者も、ともに逆(さから)ふやを見しめん爲なり 三一―三三
パルランテがこれに王國を與へんとて死にし時を始めとし、見よいかなる徳のこれをあがむべき物とせしやを 三四―三六
汝知る、この物三百年餘の間アルバにとゞまり、その終り即ち三人(みたり)の三人とさらにこれがため戰ふ時に及べることを 三七―三九
また知る、この物サビーニの女達の禍ひよりルクレーチアの憂ひに至るまで七王の代に附近(あたり)の多くの民に勝ちていかなる業(わざ)をなしゝやを 四〇―四二
知る、この物秀でしローマ人等の手にありてブレンノ、ピルロ、その他の君主等及び共和の國々と戰ひ、いかなる業(わざ)をなしゝやを 四三―四五
(是等の戰ひにトルクァート、己が蓬髮(おどろのかみ)に因(ちな)みて名を呼ばれたるクインツィオ、及びデーチとファービとはわが悦びて甚(いた)く尊(たふと)む譽(ほまれ)を得たり) 四六―四八
アンニバーレに從ひて、ポーよ汝の源なるアルペの岩々を越えしアラビア人(びと)等の誇りをくじけるもこの物なりき 四九―五一
この物の下(もと)に、シピオネとポムペオとは年若うして凱旋したり、また汝の郷土に臨(のぞ)みて聳(そび)ゆる山にはこの物酷(つら)しと見えたりき 五二―五四
後、天が全世界を己の如く晴和(のどか)ならしめんと思ひし時に近き頃、ローマの意に從ひて、チェーザレこれを取りたりき 五五―五七
ヴァーロよりレーノに亘りてこの物の爲しゝことをばイサーラもエーラもセンナも見、ローダノを滿たすすべての溪(たに)もまた見たり 五八―六〇
ラヴェンナを出でゝルビコンを越えし後このものゝ爲しゝ事はいとはやければ、詞(ことば)も筆も伴(ともな)ふ能(あた)はじ 六一―六三
士卒を轉(めぐ)らしてスパーニアに向ひ、後ドゥラッツオにむかひ、またファルサーリアを撃(う)ちて熱きニーロにも痛みを覺えしむるにいたれり 六四―六六
そが出立ちし處なるアンタンドロとシモエンタ、またかのエットレの休(やすら)ふところを再び見、後、身を震(ふる)はして禍ひをトロメオに與へ 六七―六九
そこよりイウバの許(もと)に閃(ひらめ)き下り、後、汝等の西に轉(めぐ)りてかしこにポムペオの角(らつぱ)を聞けり 七〇―七二
次の旗手と共にこの物の爲しゝことをば、ブルートとカッシオ地獄に證(あかし)す、このものまたモーデナとペルージヤとを憂へしめたり 七三―七五
うれはしきクレオパトラは今もこの物の爲に泣く、彼はその前より逃げつゝ、蛇によりて俄(にはか)なる慘(むご)き死を遂(と)げき 七六―七八
かの旗手とともにこの物遠く紅の海邊(うみべ)に進み、彼とともに世界をば、イアーノの神殿(みや)の鎖(とざ)さるゝほどいと安泰(やすらか)ならしめき 七九―八一
されどわが語種(かたりぐさ)なるこの旗が、これに屬する世の王國の全體(すべて)に亘りて、さきに爲したりし事も後に爲すべかりし事も 八二―八四
小(さゝや)かにかつ朧(おぼろ)に見ゆるにいたらむ、人この物を、目を明らかにし思ひを清うして、第三のチェーザレの手に視なば 八五―八七
そはこの物彼の手にありしとき、我をはげます生くる正義は、己が怒りに報(むく)ゆるの譽(ほまれ)をこれに與へたればなり 八八―九〇
いざ汝わが反復語(くりかへしごと)を聞きて異(あや)しめ、この後この物ティトとともに、昔の罪を罰せんために進めり 九一―九三
またロンゴバルディの齒、聖なる寺院を嚼(か)みしとき、この物の翼の下にて勝ちつゝ、カルロ・マーニオこれを救へり 九四―九六
今や汝は、わがさきに難じし如き人々の何者なるやと凡(すべ)て汝等の禍ひの本なる彼等の罪のいかなるやとを自ら量(はか)り知るをえむ 九七―九九
彼(かれ)黄の百合を公(おほやけ)の旗に逆(さか)らはしむれば此(これ)一黨派の爲にこれを己が有(もの)となす、いづれか最も非なるを知らず 一〇〇―一〇二
ギベルリニをして行はしめよ、他の旗の下(もと)にその術を行はしめよ、この旗を正義と離す者何ぞ善(よ)くこれに從ふことあらむ 一〇三―一〇五
またこの新しきカルロをして己がグエルフィと共にこれを倒さず、かれよりも強き獅子より皮を奪ひしその爪を恐れしめよ 一〇六―一〇八
子が父の罪の爲に泣くこと古來例多し、彼をして神その紋所を彼の百合の爲に變へ給ふと信ぜしむる勿(なか)れ 一〇九―一一一
さてこの小さき星は、進みて多くの業(わざ)を爲しゝ諸※(二の字点、1-2-22)の善き靈にて飾らる、彼等のかく爲しゝは譽と美名(よきな)をえん爲なりき 一一二―一一四
しかして願ひ斯く路を誤りてかなたに昇れば、上方(うへ)に昇る眞(まこと)の愛、光を減ぜざるをえじ 一一五―一一七
されどわれらの報(むくい)が功徳と量を等しうすることわれらの悦びの一部を成す、われら彼の此より多からず少からざるを見ればなり 一一八―一二〇
生くる正義はこの事によりてわれらの情をうるはしうし、これをして一度(たび)も歪(ゆが)みて惡に陷るなからしむ 一二一―一二三
さま/″\の聲下界にて麗(うる)はしき節(ふし)となるごとく、さま/″\の座(くらゐ)わが世にてこの諸※(二の字点、1-2-22)の球の間のうるはしき詞(しらべ)を整(とゝの)ふ 一二四―一二六
またこの眞珠の中にはロメオの光の光るあり、彼の美しき大いなる業(わざ)は正しく報(むく)いられざりしかど 一二七―一二九
彼を陷れしプロヴェンツァ人(びと)等笑ふをえざりき、是故に他人(ひと)の善行をわが禍ひとなす者は即ち邪道を歩む者なり 一三〇―一三二
ラモンド・ベリンギエーリには四人(よたり)の女(むすめ)ありて皆王妃となれり、しかしてこは賤しき旗客ロメオの力によりてなりしに 一三三―一三五
後(のち)かれ讒者の言に動かされ、この正しき人(十にて七と五とをえさせし)に清算を求めき 一三六―一三八
是においてか老いて貧しき身をもちて彼去りぬ、世もし一口(ひとくち)一口と食を乞ひ求めし時のその固き心を知らば 一三九―一四一
(今もいたく讚(ほ)むれども)今よりもいたく彼をほむべし。 一四二―一四四


   第七曲

オザンナ、萬軍の聖なる神、己が光をもてこれらの王國の惠まるゝ火を上より照らしたまふ者。 一―三
二重(ふたへ)の光を重(かさ)ね纏(まと)ひしかの聖者は、その節(ふし)にあはせてめぐりつゝ、かく歌ふと見えたりき 四―六
しかしてこれもその他の者もみなまた舞ひいで、さていとはやき火花の如く、忽ちへだゝりてわが目にかくれぬ 七―九
われ疑ひをいだき、心の中にいひけるは。いへ、いへ、わが淑女にいへ、彼甘き雫(しづく)をもてわが渇(かわき)をとゞむるなれば。 一〇―一二
されどたゞ「ベ」と「イーチェ」のみにて我を統治(すべをさ)むる敬(うやまひ)我をして睡りに就く人の如く再びわが頭(かうべ)を垂れしむ 一三―一五
ベアトリーチェはたゞ少時(しばし)我をかくあらしめし後、火の中にさへ人を福(さいはひ)ならしむる微笑(ほゝゑみ)をもて我を照らしていひけるは 一六―一八
わが量(はか)るところ(こは謬(あやま)ることあらじ)によれば、汝思へらく、正しき罰いかにして正しく罰せらるゝをうるやと 一九―二一
されど我は速に汝の心を釋放(ときはな)つべし、いざ耳を傾けよ、そはわが詞(ことば)、大いなる教へを汝にさづくべければなり 二二―二四
それかの生れしにあらざる人は、己が益なる意志の銜(くつわ)に堪(た)へかねて、己を罪しつゝ、己がすべての子孫を罪せり 二五―二七
是においてか人類は、大いなる迷ひの中に、幾世の間、病みて下界に臥(ふ)ししかば、神の語(ことば)遂に世に降るをよしとし 二八―三〇
その永遠(とこしへ)の愛の作用(はたらき)のみにより、かの己が造主(つくりぬし)より離れし性(さが)を、かしこに神結(かみむすび)にて己と合せ給ひたり 三一―三三
いざ汝わが今語るところに心をとめよ、己が造主と結合(むすびあ)へるこの性は、その造られし時の如く純にして善なりしかど 三四―三六
眞理の道とおのが生命(いのち)に遠ざかり、自ら求めてかの樂園より逐(お)はれたりき 三七―三九
是故に合せられたる性(さが)より見れば、十字架の齎(もた)らしゝ刑罰は、正しく行はれしこと他に類(たぐひ)なし 四〇―四二
されどこれを受けし者、かゝる性をあはせし者の爲人(ひととなり)より見れば、正しからざることまた他に類なし 四三―四五
されば一の行爲(おこなひ)より樣々(さま/″\)の事出でぬ、そは一の死、神の聖意(みこゝろ)にも猶太人(ジュデーアびと)の心にも適ひたればなり、この死の爲に地は震ひ天は開きぬ 四六―四八
今や汝はさとりがたしと思はぬならむ、正しき罰後にいたりて正しき法廷(しらす)に罰せられきといふを聞くとも 四九―五一
されど我は今汝の心が、思ひより思ひに移りて一の※(「(米/糸)+頁」、第4水準2-84-60)(ふし)の中にむすぼれ、それより解放(ときはな)たれんことをばしきりに願ひつゝ待つを見るなり 五二―五四
汝いふ、我よくわが聞けるところをさとる、されど我は神が何故にわれらの贖(あがなひ)のためこの方法(てだて)をのみ選び給へるやを知らずと 五五―五七
兄弟よ、智もし愛の焔の中に熟せざればいかなる人もこの定(さだめ)を會得(ゑとく)せじ 五八―六〇
しかはあれ、この目標(しるし)は多く見られて少しくさとらるゝものなれば、我は何故にかゝる方法(てだて)の最もふさはしかりしやを告ぐべし 六一―六三
それ己より一切の嫉(ねた)みを卻(しりぞ)くる神の善は、己が中に燃えつゝ、光を放ちてその永遠(とこしへ)の美をあらはす 六四―六六
是より直に滴(したゝ)るものはその後滅びじ、これが自ら印を捺(お)すとき、象(かた)消ゆることなければなり 六七―六九
是より直に降下(ふりくだ)るものは全く自由なり、新しき物の力に服從(つきしたが)ふことなければなり 七〇―七二
かゝるものは最も是に類(たぐ)ふが故に最も是が心に適(かな)ふ、萬物を照らす聖なる焔は最も己に似る物の中に最も強く輝けばなり 七三―七五
しかしてこれらの幸(さち)はみな、人たる者の受くるところ、一つ缺くれば、人必ずその尊(たふと)さを失ふ 七六―七八
人の自由を奪ひ、これをして至上の善に似ざらしめ、その光に照らさるること從つて少きにいたらしむるものは罪のみ 七九―八一
もしそれ正しき刑罰を不義の快樂(けらく)に對(むか)はしめつゝ、罪のつくれる空處を滿(みた)すにあらざれば、人その尊さに歸ることなし 八二―八四
汝等の性(さが)は、その種子(たね)によりて悉(こと/″\)く罪を犯(をか)すに及び、樂園とともにこれらの尊き物を失ひ 八五―八七
淺瀬の一を渡らずしては、いかなる道によりても再びこれを得るをえざりき(汝よく思ひを凝(こ)らさばさとるなるべし) 八八―九〇
淺瀬とは、神がたゞその恩惠(めぐみ)によりて赦(ゆる)し給ふか、または人が自らその愚を贖(あがな)ふか即ち是なり 九一―九三
いざ汝力のかぎり目をわが詞にちかくよせつゝ、永遠(とこしへ)の思量(はからひ)の淵深く見よ 九四―九六
そも/\人は、その限りあるによりて、贖(あがなひ)をなす能はざりき、そは後神に順(したが)ひ心を卑(ひく)うして下(くだ)るとも、さきに逆きて 九七―
上らんとせし高さに應ずる能(あた)はざればなり、人自ら贖(あがな)ふの力なかりし理(ことわり)げに茲(こゝ)に存す ―一〇二
是故に神は己が道――即ちその一かまたは二――をもて、人をその完き生に復(かへ)したまふのほかなかりき 一〇三―一〇五
されど行ふ者の行は、これがいづる心の善をあらはすに從ひ、いよ/\悦ばるゝがゆゑに 一〇六―一〇八
宇宙に印影(かた)を捺(お)す神の善は、再び汝等を上げんため、己がすべての道によりて行ふを好めり 一〇九―一一一
また最終(いやはて)の夜と最始(いやさき)の晝との間に、これらの道のいづれによりても、かく尊(たふと)くかく偉(おほい)なる業(わざ)は爲されしことなし爲さるゝことあらじ 一一二―一一四
そは神は人をして再び身を上(あぐ)るに適(ふさは)しからしめん爲己を與へ給ひ、たゞ自ら赦すに優(まさ)る恩惠(めぐみ)をば現し給ひたればなり 一一五―一一七
神の子己を卑(ひく)うして肉體となり給はざりせば、他(ほか)のいかなる方法(てだて)といふとも正義に當るに足らざりしなるべし 一一八―一二〇
さて我は今、汝の願ひをすべてよく滿たさんため、溯(さかのぼ)りて一の事を説き示し、汝をしてわが如くこれを見るをえしめむ 一二一―一二三
汝いふ、我視るに、地水火風及びそのまじりあへるものみな滅び、永く保(たも)たじ 一二四―一二六
しかるにこれらは被造物(つくられしもの)なり――是故にわがいへること眞(まこと)ならばこれらには滅ぶるの患(うれへ)あるべきならず――と 一二七―一二九
兄弟よ、諸※(二の字点、1-2-22)の天使と、汝が居る處の純なる國とは、現在(いま)のごとき完き状態(さま)にて造られきといふをうれども 一三〇―一三二
汝の名指(なざ)しゝ諸※(二の字点、1-2-22)の元素およびこれより成る物は、造られし力これをとゝのふ 一三三―一三五
造られしはかれらの物質、造られしはかれらをめぐるこの諸※(二の字点、1-2-22)の星のうちのとゝのふる力なり 一三六―一三八
諸※(二の字点、1-2-22)の聖なる光の輝と※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)轉(めぐり)とは、すべての獸及び草木(くさき)の魂をば、これとなりうべき原質よりひきいだせども 一三九―一四一
至上の慈愛は、たゞちに汝等の生命(いのち)を嘘(ふき)入れ、かつこれをして己を愛せしむるが故に、この物たえずこれを慕ひ求むるにいたる 一四二―一四四
さてまたこの理(ことわり)よりさらに推し及ぼして汝は汝等の更生(よみがへり)を知ることをえむ、もし第一の父母(ちゝはゝ)ともに造られし時 一四五―一四七
人の肉體のいかに造られしやを思ひみば


   第八曲

世は、その危ふかりし頃、美しきチプリーニアが第三のエピチクロをめぐりつゝ痴情の光を放つと信ずる習(ならはし)なりき 一―三
されば古(いにしへ)の人々その古の迷ひより、牲(いけにへ)を供(そな)へ誓願をかけて彼を崇(あが)めしのみならず 四―六
またディオネとクーピドをも崇めて彼をその母とし此をその子とし、かついへり、この子かつてディドの膝の上に坐しきと 七―九
かれらはまた、日輪に或ひは後(うしろ)或ひは前(まへ)より秋波(しうは)をおくる星の名を、わがかく歌の始めにうたふかの女神(めがみ)より取れり 一〇―一二
かの星の中に登れることを我は知らざりしかど、その中にありしことをば、わが淑女のいよ/\美しくなるを見て、かたく信じき 一三―一五
しかして火花焔のうちに見え、聲々のうちに判(わか)たるゝ(一動かず一往來(ゆきき)するときは)ごとく 一六―一八
我はかの光の中に、他の多くの光、輪を成して※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)るを見たり、但し早さに優劣(まさりおとり)あるはその永劫(えいごふ)の視力の如何によりてなるべし 一九―二一
見ゆる風や見えざる風の、冷やかなる雲よりくだる疾(はや)しとも、これらのいと聖なる光が 二二―二四
尊きセラフィーニの中にまづ始まりし舞を棄てつゝ我等に來るを見たらん人には、たゞ靜にて遲しと思はれむ 二五―二七
さて最も先に現はれし者のなかにオザンナ響きぬ、こはいと妙(たへ)なりければ、我は爾後(そののち)再び聞かんと願はざることたえてなかりき 二八―三〇
かくてその一われらにいよ/\近づき來り、單獨(たゞひとり)にていふ。われらみな汝の好む所に從ひ汝を悦ばしめんとす 三一―三三
われらは天上の君達と圓を一にし、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)轉(めぐり)を一にし、渇(かわき)を一にしてまはる、汝嘗(かつ)て世にて彼等にいひけらく 三四―三六
汝等了知(さとり)をもて第三の天を動かす者よと、愛我等に滿つるが故に、汝の心に適(かな)はせんとて少時(しばらく)しづまるとも我等の悦び減(へ)ることあらじ。 三七―三九
われ目をうや/\しくわが淑女にそゝぎ、その思ひを定(さだ)かに知りてわが心を安んじゝ後 四〇―四二
再びこれをかの光――かく大いなることを約しゝ――にむかはせ、切(せつ)なる情を言葉にこめつゝ汝等は誰なりや告げよといへり 四三―四五
われ語れる時、新たなる喜び己が喜びに加はれるため、かの光が、その量と質とにおいて、優(まさ)りしことげにいかばかりぞや 四六―四八
さてかく變りて我に曰ふ。世はたゞしばし我を宿(やど)しき、もし時さらに長かりせば、來るべき多くの禍ひは避けられしものを 四九―五一
わが身のまはりに輝き出づるわが喜びは我を汝の目に見えざらしめ、我を隱してあたかも己が絹に卷かるゝ蟲の如くす 五二―五四
汝深く我を愛しき、是また宜(うべ)なり、我もし下界に長生(ながら)へたりせば、わが汝に表(あら)はす愛は葉のみにとゞまらざりしなるべし 五五―五七
ローダノがソルガと混(まじ)りし後に洗ふ左の岸は、時に及びてわがその君となるを望み 五八―六〇
バーリ、ガエタ及びカートナ際涯(はて)を占め、トロント、ヴェルデの流れて海に入る處なるアウソーニアの角(つの)もまたしか望みき 六一―六三
はやわが額(ひたひ)には、ドイツの岸を棄てし後ダヌービオの濕(うるほ)す國の冠かゞやきゐたり 六四―六六
またエウロに最もわづらはさるゝ灣の邊(ほとり)パキーノとペロロの間にて、ティフェオの爲ならずそこに生ずる硫黄の爲に烟(けむ)る 六七―
かの美しきトリナクリアは、カルロとリドルフォの裔(すゑ)我よりいでゝその王となるを今も望み待ちしなるべし ―七二
民の心を常に荒立(あらだつ)る虐政パレルモを動かして、死せよ死せよと叫ばしむるにいたらざりせば 七三―七五
またわが兄弟にして豫めこれを見たらんには、カタローニアの慾と貪とをはやくも避けて、その禍ひを自ら受くるにいたらざりしなるべし 七六―七八
そはげに彼にてもあれ他(ほか)の人にてもあれ、はや荷の重き彼の船にさらに荷を積むなからんため備へを成さゞるをえざればなり 七九―八一
物惜しみせぬ性(さが)より出でゝ吝(やぶさか)なりし彼の性は、貨殖に心專ならざる部下を要せむ。 八二―八四
わが君よ、我は汝の言(ことば)の我に注ぐ深き喜びが、一切の善の始まりかつ終る處にて汝に見らるゝことわがこれを見る如しと 八五―
信ずるがゆゑに、その喜びいよ/\深し、我また汝が神を見てしかしてこれをさとるを愛(め)づ ―九〇
汝我に悦びをえさせぬ、さればまた教へをえさせよ(汝語りて我に疑ひを起さしめたればなり)――苦(にが)き物いかにして甘き種より出づるや。 九一―九三
我かく彼に、彼即ち我に。我もし汝に一の眞理を示すをえば、汝は汝の尋(たづ)ぬる事に顏を向(むく)ること今背をむくる如くなるべし 九四―九六
汝の昇る王國を遍(あまね)くめぐらしかつ悦ばすところの善は、これらの大いなる物體において、己が攝理を力とならしむ 九七―九九
また諸※(二の字点、1-2-22)の自然のみ、自(おのづか)ら完き意(こゝろ)の中に齊(とゝのへ)らるゝにあらずして、かれらとともにその安寧もまた然(しか)せらる 一〇〇―一〇二
是故にこの弓の射放つものは、みな豫(あらかじ)め定められたる目的(めあて)にむかひて落ち、あたかも己が的(まと)にむけられし物の如し 一〇三―一〇五
もしこの事微(なか)りせば、今汝の過行く天は、その果(み)を技藝に結ばずして破壞にむすぶにいたるべし 一〇六―一〇八
しかしてこはある事ならじ、もし此等の星を動かす諸※(二の字点、1-2-22)の智備はらず、またかく此等を完からしめざりし第一の智に缺處(かくるところ)あるにあらずば 一〇九―一一一
汝この眞理をなほも明かにせんと願ふや。我。否(いな)然(しか)らず、我は自然が必要の事に當りて疲るゝ能はざるを知ればなり。 一一二―一一四
彼即ちまた。いざいへ、世の人もし一市民たらずば禍ひなりや。我答ふ。然り、その理(ことわり)は我問はじ。 一一五―一一七
人各※(二の字点、1-2-22)世に住むさまを異にし異なる職務(つとめ)をなすにあらずして市民たることを得るや、汝等の師の記(しる)す所正しくば然(しか)らず。 一一八―一二〇
かく彼論じてこゝに及び、さて結びていふ。かゝれば汝等の業(わざ)の根も、また異ならざるをえず 一二一―一二三
是故に一人(ひとり)はソロネ、一人はセルゼ、一人はメルキゼデク、また一人は空(そら)を飛びつゝわが子を失へる者とし生る 一二四―一二六
人なる蝋に印を捺(お)す諸※(二の字点、1-2-22)の天の力は、善く己が技(わざ)を爲せども彼家(かのや)此家(このや)の差別(けじめ)を立てず 一二七―一二九
是においてかエサウはヤコブと種(たね)を異にし、またクイリーノは人がこれをマルテに歸するにいたれるほど父の賤(いや)しき者なりき 一三〇―一三二
もし神の攝理勝たずば、生れし性(さが)は生みたるものと常に同じ道に進まむ 一三三―一三五
汝の後(うしろ)にありしもの今前にあり、されど汝と語るわが悦びを汝に知らしめんため、われなほ一の事を加へて汝の表衣(うはぎ)となさんとす 一三六―一三八
それ性(さが)は、命運これに配(そ)はざれば、あたかも處を得ざる種のごとく、その終りを善くすることなし 一三九―一四一
しかして下界もしその心を自然の据(す)うる基(もとゐ)にとめてこれに從はゞその民榮(さか)えむ 一四二―一四四
しかるに汝等は、劒を腰に帶びんがために生れし者を枉(ま)げて僧とし、法(のり)を説くべき者を王とす 一四五―一四七
是においてか汝等の歩履(あゆみ)道を離る。 一四八―一五〇


   第九曲

美しきクレメンツァよ、汝のカルロはわが疑ひを解きし後、我にその子孫のあふべき欺罔(たばかり)の事を告げたり 一―三
されどまた、默して年をその移るに任せよといひしかば、我は汝等の禍ひの後に正しき歎き來らんといふのほか何をもいふをえざるなり 四―六
さてかの聖なる光の生命(いのち)は、萬物を足らはす善の滿(み)たす如く己を滿たす日輪にはや再びむかひゐたりき 七―九
あゝ迷へる魂等よ、不信心なる被造物等よ、心をかゝる善にそむけて頭(かうべ)を空しき物にむくとは 一〇―一二
時に見よ、いま一の光、わが方に進み出で、我を悦ばせんとの願ひを外部(そと)の輝に現はせり 一三―一五
さきのごとく我に注げるベアトリーチェの目は、うれしくもわが願ひを容(い)るゝことをば定(さだ)かに我に知らしめき 一六―一八
我曰(い)ふ。あゝ福(さいはひ)なる靈よ、請(こ)ふ速にわが望みをかなへ、わが思ふ所汝に映(うつ)りて見ゆとの證(あかし)を我にえさせよ。 一九―二一
是においてか未だ我に知られざりしかの光、さきに歌ひゐたる處なる深處(ふかみ)より、あたかも善行を悦ぶ人の如く、續いていふ 二二―二四
邪(よこしま)なるイタリアの國の一部、リアルトとブレンタ、ピアーヴァの源との間の地に 二五―二七
いと高しといふにあらねど一の山の聳(そび)ゆるあり、かつて一の炬火(たいまつ)こゝより下りていたくこの地方を荒しき 二八―三〇
我とこれとは一の根より生れたり、我はクニッツァと呼ばれにき、わがこゝに輝くはこの星の光に勝たれたればなり 三一―三三
されど我今喜びて自らわが命運の原因(もと)を赦(ゆる)し、心せこれに惱(なや)まさじ、こは恐らくは世俗の人にさとりがたしと見ゆるならむ 三四―三六
われらの天の中のこの光りて貴き珠(たま)、我にいと近き珠の名は今も高く世に聞ゆ、またその滅びざるさきに 三七―三九
この第百年はなほ五度(いつたび)も重ならむ、見よ人たる者己を勝(すぐ)るゝ者となし、第二の生をば第一の生に殘さしむべきならざるやを 四〇―四二
さるにターリアメントとアディーチェに圍まるゝ現在(いま)の群集(ぐんじゆう)これを思はず、撃(う)たるれどもなほ悔(く)いじ 四三―四五
されどパードヴァは、その民頑(かたくな)にして義に背(そむ)くにより、程なく招の邊(ほとり)にて、かのヴィチェンツァを洗ふ水を變へむ 四六―四八
またシーレとカニアーンの落合ふ處は、或者これを治め、頭を高うして歩めども、彼を捕へんとて人はや網を造りたり 四九―五一
フェルトロもまたその非道の牧者の罪の爲に泣かむ、かつその罪はいと惡くしてマルタに入れられし者にさへ類(たぐひ)を見ざる程ならむ 五二―五四
己が黨派に忠なることを示さんとてこのやさしき僧の與ふるフェルラーラ人(びと)の血は、げにいと大いなる桶ならでは ―五五
これを容(い)るゝをえざるべく、※(オンチャ) に分けてこれを量(はか)らばその人疲れむ、而(しか)してかゝる贈物(おくりもの)は本國(ところ)の慣習(ならはし)に適(かな)ふなるべし ―六〇
諸※(二の字点、1-2-22)の鏡上方(うへ)にあり、汝等これを寶座(ツローニ)といふ、審判(さばき)の神そこより我等を照らすがゆゑに我等皆これらの言葉を眞(まこと)とす。 六一―六三
かくいひて默(もだ)し、さきのごとく輪に加はりてめぐりつゝ、心をほかにむくるに似たりき 六四―六六
名高き者とはやわが知りしかの殘りの喜びは、日の光に當る良(よ)き紅玉(あかだま)の如くわが目に見えたり 六七―六九
上にては悦びによりて、強き光のえらるゝこと、世にて笑のえらるゝ如し、されど下にては心の悲しきにつれて魂黒く外(そと)にあらはる 七〇―七二
我曰ふ。福なる靈よ、神萬物を見給ひ、汝の目神に入る、是故にいかなる願ひも汝にかくるゝことあらじ 七三―七五
もしそれ然らば、六の翼を緇衣となす信心深き火とともに歌ひてとこしへに天を樂します汝の聲 七六―七八
何ぞわが諸※(二の字点、1-2-22)の願ひを滿たさゞる、もしわが汝の衷(うち)に入ること汝のわが衷に入るごとくならば、我豈(あに)汝の問を待たんや。 七九―八一
このとき彼曰ふ。地を卷く海を除(のぞ)きては、水湛(たゝ)ふる溪(たに)の中にて最(いと)大いなるもの 八二―八四
相容(あひい)れざる二の岸の間にて、日に逆(さから)ひて遠く延びゆき、さきに天涯となれる所を子牛線(しごせん)となす 八五―八七
我はこの溪の邊(ほとり)、エブロとマークラ(短き流れによりてゼーノヴァ人(びと)とトスカーナ人とを分つ)の間に住める者なりき 八八―九〇
そのかみ己が血をもて湊を熱くせしわが故郷(ふるさと)はブッジェーアと殆ど日出(ひので)日沒(ひのいり)を同うす 九一―九三
わが名を知れる人々我をフォルコと呼べり、我今象(かた)をこの天に捺(お)す、この天我に捺(お)しゝごとし 九四―九六
そはシケオとクレウザとを虐(しひた)げしベロの女(むすめ)も、デモフォーンテに欺かれたるロドペーアも、またイオレを心に 九七―
包める頃のアルチーデも、齡(とし)に適(ふさ)はしかりし間の我より強くは、思ひに燃えざりければなり ―一〇二
しかはあれ、こゝにては我等悔(く)いず、たゞ笑ふ、こは罪の爲ならで(再び心に浮ばざれば)、定め、整(とゝの)ふる力のためなり 一〇三―一〇五
こゝにては我等、かく大いなる御業(みわざ)を飾る技巧を視、天界に下界を治めしむる善を知る 一〇六―一〇八
されどこの球の中に生じゝ汝の願ひ悉(こと/″\)く滿たされんため、我なほ語(ことば)を繼(つ)がざるべからず 一〇九―一一一
汝は誰(た)がこの光(あたかも清き水に映ずる日の光の如くわが傍(かたへ)に閃(ひらめ)くところの)の中にあるやを知らんと欲す 一一二―一一四
いざ知るべし、ラアブこのうちにやすらふ、彼われらの組に加はりその印をこれに捺すこと他に類(たぐひ)なし 一一五―一一七
人の世界の投ぐる影、尖(とが)れる端(はし)となる處なるこの天は、クリストの凱旋に加はる魂の中彼をば最も先に受けたり 一一八―一二〇
左右の掌(たなごゝろ)にて獲(ゑ)たる尊き勝利のしるしとして彼を天の一におくは、げにふさはしき事なりき 一二一―一二三
そは彼ヨスエを聖地――今やこの地殆ど法王の記憶に觸れじ――にたすけてその最初の榮光をこれにえさせたればなり 一二四―一二六
はじめて己が造主(つくりぬし)に背(そむ)き、嫉(ねた)みによりて深き歎きを殘せる者の建てたりし汝の邑(まち)は 一二七―一二九
詛(のろ)ひの花を生じて散らす、こは牧者を狼となして、羊、羔(こひつじ)をさまよはしゝもの 一三〇―一三二
これがために福音と諸※(二の字点、1-2-22)の大いなる師とは棄てられ、人專ら寺院の法規(おきて)を學ぶことその紙端(かみのはし)にあらはるゝ如し 一三三―一三五
これにこそ法王もカルディナレもその心をとむるなれ、彼等の思ひはガブリエルロが翼を伸(の)べし處なるナツァレッテに到らじ 一三六―一三八
されどヴァティカーノ、その他ローマの中の選ばれし地にてピエートロに從へる軍人(いくさびと)等の墓となりたる所はみな 一三九―一四一
この姦淫より直ちに釋放たるべし。 一四二―一四四


   第十曲

言ひ難き第一の力は、己が子を、彼と此との永遠(とこしへ)の息(いき)なる愛とともにうちまもりつゝ 一―三
心または處にめぐるすべての物をば、いと妙(たへ)なる次第を立てゝ造れるが故に、これを見る者必ずかの力を味ふ 四―六
讀者よされば目を擧げて我とともに天球にむかひ、一の運行の他と相觸(あひふ)るゝところを望み 七―九
よろこびて師の技(わざ)を見よ、師はその心の中に深くこれを愛し、目をこれより離すことなし 一〇―一二
見よ諸※(二の字点、1-2-22)の星を携(たづさ)ふる一の圈、かれらを呼求むる世を足らはさんとて、斜(なゝめ)にかしこより岐(わか)れ出づるを 一三―一五
もしかれらの道傾斜(なぞへ)ならずば、天の力多くは空しく、下界の活動(はたらき)殆どみな止まむ 一六―一八
またもし直線とこれとの距離(へだゝり)今より多きか少きときは、宇宙の秩序は上にも下にも多く缺くべし 一九―二一
いざ讀者よ、未だ疲れざるさきに疾く喜ぶをえんと願はゞ、汝の椅子に殘りて、わが少しく味はしめしことを思ひめぐらせ 二二―二四
我はや汝の前に置きたり、汝今より自ら食(は)むべし、わが筆の獻(さゝ)げられたる歌題はわが心を悉(こと/″\)くこれに傾けしむればなり 二五―二七
自然の最(いと)大いなる僕(しもべ)にて、天の力を世界に捺(お)し、かつ己が光をもてわれらのために時を量(はか)るもの 二八―三〇
わがさきにいへる處と合し、かの螺旋(らせん)即ちそが日毎(ひごと)に早く己を現はすその條(すぢ)を傳ひてめぐれり 三一―三三
我この物とともにありき、されど登れることを覺えず、あたかも思ひ始むるまでは思ひの起るを知らざる人の如くなりき 三四―三六
かく一の善よりこれにまさる善に導き、しかして己が爲す事の、時を占むるにいたらざるほどいと早きはベアトリーチェなり 三七―三九
わが入りし日の中にさへ色によらで光によりて現はるゝとは、げにそのものゝ自ら輝くこといかばかりなりけむ 四〇―四二
たとひわれ、才と技巧と練達を呼び求むとも、これを語りて人をして心に描かしむるをえんや、人たゞ信じて自ら視るを願ふべし 四三―四五
またわれらの想像の力低うしてかゝる高さに到らずとも異(あや)しむに足らず、そは未だ日よりも上に目の及べることなければなり 四六―四八
尊き父の第四の族(やから)かゝる姿にてかしこにありき、父は氣息(いき)を嘘(ふ)く状(さま)と子を生むさまとを示しつゝ絶えずこれを飽(あ)かしめ給ふ 四九―五一
ベアトリーチェ曰ふ。感謝せよ、恩惠(めぐみ)によりて汝を擧げつゝこの見ゆべき日にいたらんめし諸※(二の字点、1-2-22)の天使の日に感謝せよ。 五二―五四
人の心いかに畏敬の念に傾き、またいかに喜び進みて己を神に棒げんとすとも 五五―五七
これらの詞(ことば)を聞ける時のわがさまに及ばじ、わが愛こと/″\く神に注がれ、ベアトリーチェはそがために少時(しばし)忘られき 五八―六〇
されど怒らず、いとうつくしく微笑(ほゝゑ)みたれば、そのゑめる目の耀(かゞやき)はわが合ひし心をわかちて多くの物にむかはしむ 六一―六三
われ見しに多くの生くる勝(すぐ)るゝ光、われらを中心となし己を一の輪となしき、その聲のうるはしきこと姿の輝くにまさりたり 六四―六六
空氣孕(みごも)り、帶となるべき糸を保(たも)つにいたるとき、われらは屡※(二の字点、1-2-22)(しば/″\)ラートナの女(むすめ)の亦かくの如く卷かるゝを見る 六七―六九
そも/\天の王宮(かしこより我は歸りぬ)には、いと貴く美しくして王土の外(そと)に齎(もた)らすをえざる寶多し 七〇―七二
これらの光の歌もその一なりき、かしこに飛登るべき羽を備へざる者は、かなたの消息(おとづれ)を唖(おふし)に求めよ 七三―七五
これらの燃ゆる日輪、かくうたひつゝわれらを三度(みたび)、動かざる極に近き星のごとくに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)れる時 七六―七八
かれらはあたかも踊り終らぬ女等が、新しき節(ふし)を聞くまで耳傾けつゝ、默(もだ)して止まるごとく見えたり 七九―八一
かくてその一の中より聲いでゝ曰ふ。眞(まこと)の愛を燃(もや)しかつ愛するによりて増し加はる恩惠(めぐみ)の光 八二―八四
汝の衷(うち)につよく輝き、後また昇らざる者の降ることなきかの階(きざはし)を傳ひ汝を上方(うへ)に導くがゆゑに 八五―八七
己が壜子(とくり)の酒を與へて汝の渇(かわき)をとゞむることをせざる者は、その自由ならざること、海に注(そゝ)がざる水に等し 八八―九〇
汝はこの花圈(はなわ)(汝を強うして天に登らしむる美しき淑女を圍み、悦びてこれを視る物)がいかなる草木(くさき)の花に飾らるゝやを知らんとす 九一―九三
我はドメーニコに導かれ、迷はずばよく肥(こ)ゆるところなる道を歩む聖なる群(むれ)の羔(こひつじ)の一なりき 九四―九六
右にて我にいと近きはわが兄弟たり師たりし者なり、彼はコローニアのアルベルトといひ、我はアクイーノのトマスといへり 九七―九九
このほかすべての者の事を汝かく定(さだ)かにせんと思はゞ、わが言葉に續きつゝこの福なる花圈(はなわ)にそひて汝の目を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)らすべし 一〇〇―一〇二
次の焔はグラツィアーンの笑ひより出づ、彼は天堂において嘉(よみ)せらるゝほど二の法廷を助けし者なり 一〇三―一〇五
またその傍(かたへ)にてわれらの組を飾る焔はピエートロ即ちかの貧しき女に傚(なら)ひ己が寶を聖なる寺院に捧げし者なり 一〇六―一〇八
われらの中の最美物(いとうつくしきもの)なる第五の光は、下界擧(こぞ)りてその消息(おとづれ)に饑(うゝ)るほどなる戀より吹出づ 一〇九―一一一
そがなかにはいと深き知慧を受けたる尊き心あり、眞もし眞ならば、智においてこれと並ぶべき者興りしことなし 一一二―一一四
またその傍(かたへ)なるかの蝋燭の光を見よ、こは肉體の中にありて、天使の性(さが)とその役(つとめ)とをいと深く見し者なりき 一一五―一一七
次の小(ちひ)さき光の中(なか)には、己が書(ふみ)をアウグスティーンの用(もち)ゐに供(そな)へしかの信仰の保護者ほゝゑむ 一一八―一二〇
さてわが讚詞(ほめことば)を逐(お)ひて汝の心の目を光より光に移さば、汝は既に第八の光に渇(かわ)きつゝあらむ 一二一―一二三
そがなかには、己が言(ことば)を善く聽く人に、虚僞(いつはり)の世を現はす聖なる魂、一切の善を見るによりて悦ぶ 一二四―一二六
このものゝ追はれて出でし肉體はいまチェルダウロにあり、己は殉教と流鼠(りゆうそ)とよりこの平安に來れるなりき 一二七―一二九
その先に、イシドロ、ベーダ及び想ふこと人たる者の上に出でしリッカルドの息(いき)の、燃えて焔を放つを見よ 一三〇―一三二
また左(さ)にて我にいと近きは、その深き思ひの中にて、死の來るを遲しと見し一の靈の光なり 一三三―一三五
これぞ藁(わら)の街(まち)にて教へ、嫉(ねた)まるゝべき眞理を證(あかし)せしシジエーリのとこしへの光なる。 一三六―一三八
かくてあたかも神の新婦(はなよめ)が朝の歌をば新郎(はなむこ)の爲にうたひその愛を得んとて立つ時われらを呼ぶ時辰儀(じしんぎ)の 一三九―一四一
一部他の一部を、曳(ひ)きかつ押して音妙(おとたへ)にチン/\と鳴り、神に心向へる靈を愛にてあふれしむるごとく 一四二―一四四
我は榮光の輪のめぐりつゝ、喜び限りなき處ならでは知るあたはざる和合と美とにその聲々をあはすを見たり。 一四五―一四七


   第十一曲

あゝ人間の愚(おろか)なる心勞(こゝろづかひ)よ、汝をして翼を鼓(う)ちて下らしむるは、そも/\いかに誤り多き推理ぞや 一―三
一人(ひとり)は法に一人は醫に走り、ひとりは僧官を追ひ、ひとりは暴力または詭辯(きべん)によりて治めんとし 四―六
一人(ひとり)は奪ひ取らんとし、一人は公務に就かんとし、一人は肉の快樂(けらく)に迷ひてこれに耽り、ひとりは安佚(あんいつ)を貪(むさ)ぼれる 七―九
間(ま)に、我はすべてこれらの物より釋(と)かれ、ベアトリーチェとともに、かくはな/″\しく天に迎へ入れられき 一〇―一二
さていづれの靈もかの圈の中、さきにそのありし處に歸れるとき、動かざることあたかも燭臺に立つ蝋燭(ろうそく)の如くなりき 一三―一五
しかしてさきに我に物言へる光、いよ/\あざやかになりてほゝゑみ、内より聲を出して曰(い)ふ 一六―一八
われ永遠(とこしへ)の光を視て汝の思ひの出來(いできた)る本(もと)を知る、なほかの光に照らされてわれ自ら輝くごとし 一九―二一
汝はさきにわが「よく肥(こ)ゆるところ」といひまた「これと並ぶべき者生れしことなし」といへるをあやしみ 二二―
汝の了解(さとり)に適(ふさ)はしきまで明らかなるゆきわたりたる言葉にてその説示されんことを願ふ、げにこゝにこそ具(つぶさ)に辨(わ)くべき事はあるなれ ―二七
それ被造物(つくられしもの)の目の視きはむる能はざるまでいと深き思量(はからひ)をもて宇宙を治むる神の攝理は 二八―三〇
かの新婦(はなよめ)――即ち大聲(おほごゑ)によばはりつゝ尊き血をもてこれと縁(えにし)を結べる者の新婦――をしてその愛(いつくし)む者の許(もと)に往(ゆ)くにあたり 三一―三三
心を安んじかつ彼にいよ/\忠實(まめやか)ならしめんとて、これがためにその左右の導者となるべき二人(ふたり)の君を定めたり 三四―三六
その一人(ひとり)は熱情全くセラフィーノのごとく、ひとりは知慧によりてケルビーノの光を地上に放てり 三七―三九
我その一人(ひとり)の事をいはむ、かれらの業(わざ)の目的(めあて)は一なるがゆゑに、いづれにてもひとりを讚(ほ)むるはふたりをほむることなればなり 四〇―四二
トゥピーノと、ウバルド尊者に選ばれし丘よりくだる水との間に、とある高山(たかやま)より、肥沃の坂の垂(た)るゝあり 四三―四五
(この山よりペルージアは、ポルタ・ソレにて暑さ寒さを受く、また坂の後方(うしろ)にはノチェーラとグアルドと重き軛(くびき)の爲に泣く) 四六―四八
この坂の中嶮(けは)しさのいたく破るゝ處より、一の日輪世に出でたり――あたかもこれがをりふしガンジェより出るごとく 四九―五一
是故にこの處のことをいふ者、もし應(ふさ)はしくいはんと思はゞ、アーシェージといはずして(語(ことば)足らざれば)東方(オリエンテ)といふべし 五二―五四
昇りて久しからざるに、彼は早くもその大いなる徳をもて地に若干(そこばく)の勵みを覺えしむ 五五―五七
そは彼若き時、ひとりだに悦びの戸を開きて迎ふる者なき(死を迎へざるごとく)女の爲に父と爭ひ 五八―六〇
而して己が靈の法廷(しらす)に、父の前にて、これと縁(えにし)を結びし後、日毎(ひごと)に深くこれを愛したればなり 六一―六三
それかの女(をんな)は、最初(はじめ)の夫を失ひてより、千百年餘の間、蔑視(さげす)まれ疎(うと)んぜられて、彼の出るにいたるまで招かるゝことあらざりき 六四―六六
かの女が、アミクラーテと倶(とも)にありて、かの全世界を恐れしめたる者の聲にも驚かざりきといふ風聞(うはさ)さへこれに益なく 六七―六九
かの女が、心堅(かた)く膽大(きもふと)ければ、マリアを下に殘しつゝ、クリストとともに十字架に上(のぼ)りし事さへこれが益とならざりき 七〇―七二
されどわが物語あまりに朧(おぼろ)に進まざるため、汝は今、わがこの長き言(ことば)の中なる戀人等の、フランチェスコと貧なるを知れ 七三―七五
かれらの和合とそのよろこべる姿とは、愛、驚、及び敬ひを、聖なる思ひの原因(もと)たらしめき 七六―七八
かゝれば尊きベルナルドは第一に沓(くつ)をぬぎ、かく大いなる平安を逐(お)ひて走り、走れどもなほおそしとおもへり 七九―八一
あゝ未知の富(とみ)肥沃(ひよく)の財寶(たから)よ、エジディオ沓を脱(ぬ)ぎ、シルヴェストロ沓をぬぎて共に新郎(はなむこ)に從へり、新婦(はなよめ)いたく心に適(かな)ひたるによる 八二―八四
かくてかの父たり師たりし者は己が戀人及びはや卑(いや)しき紐(ひも)を帶とせし家族(やから)とともに出立(いでた)てり 八五―八七
またピエートロ・ベルナルドネの子たりし爲にも、奇(くす)しくさげすまるべき姿の爲にも、心の怯額(おくれ)を壓(お)さず 八八―九〇
王者の如くインノチェンツィオにその嚴(いかめ)しき企(くはだて)を明(あか)し、己が分派(わかれ)のために彼より最初の印を受けたり 九一―九三
貧しき民の彼――そのいと妙(たへ)なる生涯はむしろ天の榮光の中に歌はるゝかたよかるべし――に從ふ者増しゝ後 九四―九六
永遠(とこしへ)の靈は、オノリオの手を經て、この法主(ほふしゆ)の聖なる志に第二の冠を戴かしめき 九七―九九
さて彼殉教に渇き、驕(おご)るソルダンの目前(めのまへ)にて、クリストとその從者等のことを宣べしも 一〇〇―一〇二
民心熟せず、歸依者(きえしや)なきを見、空しく止まらんよりはイタリアの草の實をえんとて歸り、その時 一〇三―一〇五
テーヴェロとアルノの間の粗(あら)き巖の中にて最後の印をクリストより受け、二年(ふたとせ)の間これを己が身に帶(お)びき 一〇六―一〇八
彼を選びてかゝる幸(さいはひ)に到らしめ給ひし者、彼を召し、身を卑(ひく)うして彼の得たる報(むくい)をば與ふるをよしとし給へる時 一〇九―一一一
正しき嗣子(よつぎ)等に薦(すゝ)むるごとく彼その兄弟達に己が最愛の女を薦め、まめやかにこれを愛せと命じ 一一二―一一四
かくして尊き魂は、かの女の懷(ふところ)を離れて己が王國に歸るを願へり、またその肉體の爲に他の柩(ひつぎ)を求めざりき 一一五―一一七
いざ思へ、大海(おほうみ)に浮ぶピエートロの船の行方(ゆくへ)を誤らしめざるにあたりて彼の侶(りよ)たるに適(ふさ)はしき人のいかなる者にてありしやを 一一八―一二〇
是ぞわれらの教祖なりける、かゝれば汝は、およそ彼に從ひてその命ずる如く爲す者の者の、良貨(よきしろもの)を積むをさとらむ 一二一―一二三
されど彼の牧(か)ふ群(むれ)は新しき食物(くひもの)をいたく貪り、そがためかなたこなたの山路(やまぢ)に分れ散らざるをえざるにいたれり 一二四―一二六
しかして彼の羊遠く迷ひていよ/\彼を離るれば、いよ/\乳に乏しくなりて圈(をり)に歸る 一二七―一二九
げにその中には害を恐れ牧者に近く身を置くものあり、されど少許(すこし)の布にてかれらの僧衣(ころも)を造るに足るほどその數少し 一三〇―一三二
さてもしわが言葉微(かすか)ならずば、またもし汝心をとめて聽きたらんには、しかしてわが既にいへることを再び心に想ひ起さば 一三三―一三五
汝の願ひの一部は滿(み)つべし、そは汝削(けづ)られし木を見、何故に革紐(かはひも)を纏(まと)ふ者が「迷はずばよく肥(こ)ゆるところ」と 一三六―一三八
論(あげつ)らふやを知るべければなり。


   第十二曲

かの福なる焔最終(をはり)の語(ことば)をいへるとき、聖なる碾石(ひきうす)たゞちに※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りはじめたり 一―三
しかしてその未だ一周(ひとめぐり)せざるまに、いま一の碾石まろくこれを圍(かこ)みつゝ、舞をば舞に歌をば歌にあはせたり 四―六
この歌は、かのうるはしき笛よりいで、さながら元の輝(かゞやき)が映(うつ)れる光に優(まさ)る如く、われらのムーゼわれらのシレーネにまさる 七―九
イウノネその侍女(はしため)に命ずれば、相並び色も等しき二の弓、やはらかき雲の中に張られ 一〇―一二
(外(そと)の弓内(うち)の弓より生る、その状(さま)かの流離(さすらひ)の女、日の爲に消ゆる霧かとばかり戀の爲に消たる者の言葉に似たり) 一三―一五
世の人々をして、神がノエと立て給ひし契約にもとづき、世界にふたゝび洪水なきを卜(ぼく)せしむ 一六―一八
かくの如く、これらの不朽の薔薇の二の花圈(はなわ)はわれらの周圍(まはり)をめぐり、またかくの如く、その外の圈(わ)内の圈と相適(あひかな)ひたり 一九―二一
喜びの舞と尊き大いなる祝(いはひ)――光、光と樂しく快くかつ歌ひかつ照しあふ――とが 二二―二四
あたかもその好むところに從つて共に閉ぢ共に開かざるをえざる目の如く、時と意志とを同うしてともに靜になりし後 二五―二七
新しき光の一の中(なか)よりとある聲出で、我をば星を指す針のごとくそなたにむかしめき 二八―三〇
いふ。我を美しうする愛我を促して今一人(いまひとり)の導者の事を語らしむ――彼の爲に、わが師いまかく稱(たゝ)へられたり 三一―三三
一(ひとり)のをる處には他もまた請(しやう)ぜられ、さきに二人(ふたり)が心を合(あは)せて戰へる如く、その榮光をもともに輝かすを宜(よろ)しとす 三四―三六
いと高き價を拂ひて武器を新にしたるクリストの軍隊が、旗の後(うしろ)より、遲く、怖(お)ぢつゝ、疎(まばら)になりて進みゐしころ 三七―三九
永遠(とこしへ)に治め給ふ帝(みかど)は、かのおぼつかなき軍人(いくさびと)等の爲に、かれらの徳によるにあらでたゞ己が恩惠(めぐみ)によりて備(そなへ)をなし 四〇―四二
さきにいはれしごとく二人(ふたり)の勇士(ますらを)を遣(おく)りて己が新婦(はなよめ)を扶(たす)け給へり、かれらの言(ことば)と行(おこなひ)とにより迷へる人々道に歸りき 四三―四五
若葉をひらきこれをもてエウローパの衣(ころも)を新ならしめんため爽(さわや)かなる西風(ゼツヒロ)の起るところ 四六―四八
浪打際(なみうちぎは)――日は時として長く疾(はや)く進みて後、かの浪のかなたにて萬人(よろづのひと)の目にかくる――よりいと遠くはあらぬあたりに 四九―五一
幸(さち)多きカラロガあり、從ひ從ふる獅子を表(あら)はすかの大いなる楯(たて)にまもらる 五二―五四
かしこに、クリストの信仰を慕ふ戀人、味方にやさしく敵につれなき聖なる剛者(つはもの)生れたり 五五―五七
かれの心はその造られし時、生(いく)る力をもてたゞちに滿たされたりしかば、母に宿(やど)りゐてこれを豫言者たらしめき 五八―六〇
彼と信仰の間の縁(えにし)、聖盤(サクロフォンテ)のほとりに結ばれ、かれらかしこにて相互(かたみ)の救ひをその聘物(おくりもの)となしゝ後 六一―六三
かれに代りて肯(うけが)へる女は、かれとその嗣子(よつぎ)等とより出づるにいたる奇(く)しき果(み)を己が眠れる間に見たり 六四―六六
しかして彼の爲人(ひとゝなり)を語(ことば)の形に顯(あら)はさんため、靈この處よりくだり、彼は全く主のものなればその意をとりて名となせり 六七―六九
彼即ちドメーニコと呼ばれき、我は彼をば、クリストにえらばれその園にてこれをたすけし農夫にたとへむ 七〇―七二
げに彼はクリストの使(つかひ)またその弟子なることを示せり、かれに現はれし最初の愛はクリストの與へ給ひし第一の訓(さとし)に向ひたればなり 七三―七五
かれの乳母(めのと)は、かれが屡※(二の字点、1-2-22)目を醒しつゝ默して地に伏し、その状(さま)我このために生るといふが如きを見たり 七六―七八
あゝ彼の父こそ眞(まこと)にフェリーチェ、かれの母こそ眞にジョヴァンナ(若しこれに世の釋(と)く如き意義あらば)といふべけれ 七九―八一
人々が今、かのオスティア人(びと)またはタッデオの後(あと)を逐(お)ひつゝ勞して求むる世の爲ならで、まことのマンナの愛の爲に 八二―八四
彼は程なく大いなる師となり、葡萄の園――園丁(にはつくり)あしくばたゞちに白まむ――をめぐりはじめき 八五―八七
彼が法座(正しき貧者(ひんじや)を今は普の如くいたはらず、されどこはこれに坐する劣(おと)れる者の罪にして法座その物の罪ならじ)に求めしは 八八―九〇
六をえて二三を頒(わか)つことにあらず、最初に空(あ)きたる官をうるの幸(さち)にもあらず、また神の貧者に屬する什一にもあらで 九一―九三
汝をかこむ二十四本の草木(くさき)の元(もと)なる種のために、かの迷へる世と戰ふの許(もと)なりしぞかし 九四―九六
かくてかれは教理、意志、及び使徒の任務(つとめ)をもてあたかも激流の、高き脈より押出さるゝごとくに進み 九七―九九
勢猛(たけ)く異端邪説の雜木(ざつぼく)を打ち、さからふ力のいと大いなる處にては打つことまたいと強かりき 一〇〇―一〇二
この後さま/″\の流れ彼より出でたり、カトリックの園これによりて潤(うるほ)ひ、その叢樹(こだち)いよ/\榮ゆ 一〇三―一〇五
聖なる寺院が自ら衞(まも)りかつ戰場にその内亂を鎭(しづ)めしとき乘りし車の一の輪げにかくの如くならば 一〇六―一〇八
殘の輪――わが來らざるさきにトムマのいたく稱(たゝ)へたる――の秀づること必ずや汝にあきらかならむ 一〇九―一一一
されどこの輪の周圍(まはり)のいと高きところの殘しゝ轍(あと)を人かへりみず、良酒(よきさけ)のありしところに黴(かび)生ず 一一二―一一四
彼の足跡(あしあと)を踏み傳ひて直く進みしかれの家族(やから)は全くその方向(むき)を變へ、指を踵(かゝと)の方に投ぐ 一一五―一一七
しかしてかくあしく耕すことのいかなる收穫(かりいれ)に終るやは、程なく知られむ、その時至らば莠(はぐさ)は穀倉(くら)を奪はるゝをかこつべければなり 一一八―一二〇
しかはあれ、人もしわれらの書(ふみ)を一枚(ひとひら)また一枚としらべなば、我はありし昔のまゝなりと録(しる)さるゝ紙の今猶(なほ)あるを見む 一二一―一二三
されどこはカザールまたはアクアスパルタよりならじ、かしこより來りてかの文書(かきもの)に係(たづさ)はる者或ひはこれを避け或ひはこれを縮(ちゞ)む 一二四―一二六
さて我はボナヴェントゥラ・ダ・バーニオレジオの生命(いのち)なり、大いなる職務(つとめ)を果さんためわれ常に世の心勞(こゝろづかひ)を後(あと)にせり 一二七―一二九
イルルミナートとアウグスティンこゝにあり、彼等は紐によりて神の友となりたる最初の素足(すあし)の貧者の中にありき 一三〇―一三二
ウーゴ・ダ・サン・ヴィットレ彼等と倶(とも)に茲(こゝ)にあり、またピエートロ・マンジァドレ及び世にて十二の卷(まき)に輝くピエートロ・イスパーノあり 一三三―一三五
豫言者ナタン、京(きやう)の僧正クリソストモ、アンセルモ、及び第一の學術に手を下すをいとはざりしドナートあり 一三六―一三八
ラバーノこゝにあり、また豫言の靈を授けられたるカーラブリアの僧都ジョヴァッキーノわが傍(かたへ)にかゞやく 一三九―一四一
フラア・トムマーゾの燃ゆる誠(まこと)とそのふさはしき言(ことば)とは我を動かしてかく大いなる武士(ものゝふ)を競(きそ)ひ讚(ほ)めしめ 一四二―一四四
かつ我とともにこれらの侶を動かしたりき。 一四五―一四七


   第十三曲

わが今視し物をよくさとらむとねがふ人は、心の中に描きみよ(しかしてわが語る間、その描ける物を堅(かた)き巖(いはほ)の如くに保(たも)て) 一―三
空氣いかに密なりともなほこれに勝つばかりいと燦(あざや)かなる光にてこゝかしこに天を活(い)かす十五の星を 四―六
われらの天の懷(ふところ)をもて夜も晝も足れりとし、轅(ながえ)をめぐらしつゝかくれぬ北斗を描きみよ 七―九
またかの車軸――第一の輪これがまはりをめぐる――の端(はし)より起る角笛(つのぶえ)の口をゑがきみよ 一〇―一二
即ちこれらのもの己をもてあたかもミノスの女(むすめ)が死の冷(つめた)さを覺えし時に造れるごとき徴號(しるし)を二つ天につくり 一三―一五
一はその光を他の一の内に保ち、かつ相共にめぐりつゝ一は先(さき)に一は後(あと)より行く状(さま)を 一六―一八
さらば眞(まこと)の星宿(ほしのやどり)と、わが立處(たちど)をかこみめぐる二重(ふたへ)の舞とをおぼろに認めむ 一九―二一
そはこれがわが世の習(ならひ)を超(こ)ゆること、さながら諸天の中の最(いと)疾(と)きものゝ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)る早さがキアーナの水の流れに優(まさ)る如くなればなり 二二―二四
かしこにかれらの歌へるはバッコに非(あら)ずペアーナにあらず、三一(みつひとつ)言る神の性(さが)、及び一となれる神人(かみひと)二の性(さが)なりき 二五―二七
歌も舞も終りにいたれば、これらの聖なる光は、その心をわれらにとめつゝ、彼より此と思ひを移すを悦べり 二八―三〇
かの神の貧しき人の奇(く)しき一生を我に語れる光、相和する聖徒の中(なか)にて、このとき靜寂(しづかさ)を破りて 三一―三三
曰ふ。一の穗碎かれ、その實すでに蓄(たくは)へらるゝがゆゑに、うるはしき愛我を招きてさらに殘の穗を打たしむ 三四―三六
汝思へらく、己が味(あぢはひ)のため全世界をして價(あたひ)を拂はしめし女の美しき頬を造らんとて肋骨(あばらぼね)を拔きし胸にも 三七―三九
槍に刺され、一切の罪の重さにまさる贖(あがなひ)をそのあとさきになしゝ胸にも 四〇―四二
この二を造れる威能(ちから)は、凡そ人たる者の受くるをうるかぎりの光を悉(こと/″\)く注(そゝ)ぎ入れたるなりと 四三―四五
是故に汝は、さきに我汝に告げて、かの第五の光につゝまるゝ福(さいはひ)には並ぶ者なしといへるを異(あや)しむ 四六―四八
いざ目を開きてわが答ふるところを望め、さらば汝は汝の思ひとわが言(ことば)とが眞理において一となること圓の中心の如きを見む 四九―五一
それ滅びざるものも滅びうるものも、みな愛によりてわれらの主の生みたまふ觀念の耀(かゞやき)にほかならず 五二―五四
そはかの活光(いくるひかり)、即ち己が源の光よりいでゝこれを離れずまたこれらと三一に結ばる愛を離れざるもの 五五―五七
自ら永遠(とこしへ)に一となりて殘りつゝ、その恩惠(めぐみ)によりて己が光線を、あたかも鏡に映(うつ)す如く、九の物に集むればなり 五八―六〇
さてこの光線こゝより降りて最も劣(おと)れる物に及ぶ、而(しか)してかく業(わざ)より業に移るに從ひ力愈※(二の字点、1-2-22)弱く遂には只はかなき苟且(かりそめ)の物をのみ造るにいたる 六一―六三
苟且(かりそめ)の物とは※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)る諸天が種によりまたは種によらずして生ずる所の産物をいふ 六四―六六
またかゝる物の蝋とこの蝋を整ふるものとは一樣にあらず、されば觀念に印せられてその中に輝く光或ひは多く或ひは少し 六七―六九
是においてか類において同じ木も善果(よきみ)惡果(あしきみ)を結び、汝等もまた才を異にして生るゝにいたる 七〇―七二
蝋もし全く備はり、天の及ぼす力いとつよくば、印の光みなあらはれむ 七三―七五
されど自然は常に乏しき光を與ふ、即ちそのはたらくさまあたかも技(わざ)に精(くは)しけれど手の震ふ技術家の如し 七六―七八
もしそれ熱愛材をとゝのへ、第一の力の燦(あざや)かなる視力を印せば、物みな極めて完全ならむ 七九―八一
さればこそ土は往昔(そのかみ)生物の極めて完全なるに適(ふさ)はしく造られ、また處女(をとめ)は孕(みごも)りしなれ 八二―八四
是故に人たるものゝ性(さが)がこの二者(ふたり)の性の如くになれること先にもあらず後にもあらずと汝の思ふを我は好(よし)とす 八五―八七
さて我もしさらに説進まずば、汝はまづ、さらばかの者いかでその此類(たぐひ)を見ずやといはむ 八八―九〇
されど顯(あら)はれざる事の明らかに顯はれん爲、彼の何人なりしやを思へ、またその求めよといはれし時彼を動かして請(こ)はしめし原因(もと)を思へ 九一―九三
わがいへるところ朧(おぼろ)なりとも汝なほ定(さだ)かに知らむ、彼の王者なりし事を、またその知慧を求めしは即ち良王(よきわう)とならん爲にて
天上の動者(うごかすもの)の數を知らん爲にも、必然と偶然とが必然を造ることありや否(いな)やを知らん爲にも 九七―九九
第一の動(うごき)の有無(うむ)を知らん爲にも、はたまた一の直角なき三角形が半圓の内に造らるゝをうるや否やを知らん爲にもあらざりしを 一〇〇―一〇二
是故に汝もしさきにわがいへることゝ此事とを思ひみなば、わが謂(い)ふところの比類(たぐひ)なき智とは王者の深慮(ふかきおもんばかり)を指すをみむ 一〇三―一〇五
またもし明らかなる目を興りしといふ語(ことば)にむけなば、こは數多くして良者(よきもの)稀(まれ)なる王達にのみ關(かゝ)はるをみむ 一〇六―一〇八
かく別(わか)ちてわが言(ことば)を受けよ、さらばそは第一の父及びわれらの愛する者についての汝の信仰と並び立つべし 一〇九―一一一
汝この事をもて常に足の鉛とし、汝の見ざる然(しか)と否(いな)とにむかひては疲れし人の如く徐(しづか)に進め 一一二―一一四
肯(うべな)ふべき時にてもまたいなむべき時にても、彼と此とを別たずしてしかする者はいみじき愚者にほかならず 一一五―一一七
そは輕々しく事を斷ずれば誤り易(やす)く、情また尋(つ)いで智を絆(ほだ)すにいたればなり 一一八―一二〇
眞理を漁(あさ)りて、技(わざ)を有せざる者は、その歸るや出立つ時と状(さま)を異にす、豈(あに)空(むな)しく岸を離れ去るのみならんや 一二一―一二三
パルメニーデ、メリッソ、ブリッソ、そのほか行きつゝ行方(ゆくへ)を知らざりし多くの人々みな世にむかひて明かにこれが證(あかし)をなす 一二四―一二六
サベルリオ、アルリオ及びあたかも劒の如く聖書を映(うつ)してその直(なほ)き顏を歪(ゆが)めし愚者また然(しか)り 一二七―一二九
されば人々餘りに安んじて事を判じ、さながら畑(はた)にある穗をばその熟せざるさきに評價(ねぶみ)する人の如くなるなかれ 一三〇―一三二
そはわれ茨(いばら)が、冬の間は堅(かた)く恐ろしく見ゆれども、後その梢(こずゑ)に薔薇(しやうび)の花をいたゞくを見 一三三―一三五
また船が直(なほ)く疾(と)く海を渡りて航路(ふなぢ)を終へつゝ、遂に港の入口に沈むを見しことあればなり 一三六―一三八
ドンナ・ベルタもセル・マルティーノも、一人(ひとり)盜み一人物を獻(さゝ)ぐるを見て、神の審判(さばき)かれらにあらはると思ふ勿(なか)れ 一三九―一四一
恐らくは彼起き此倒るゝことあらむ。 一四二―一四四


   第十四曲

圓(まる)き器(うつは)の中なる水、外(そと)または内(うち)より打たるれば、その波動中心より縁(ふち)にまたは縁より中心に及ぶ 一―三
トムマーゾのたふとき生命(いのち)默(もだ)しゝとき、この事たちまちわが心に浮べり 四―六
こは彼の言(ことば)と彼に續いて物言へるベアトリーチェの言とよりこれに似たる事生じゝによる、淑女曰ふ 七―九
いまひとつの眞理をばこの者求めて根に到らざるをえず、されど聲はもとより未だ思ひによりてさへこれを汝等にいはざるなり 一〇―一二
請(こ)ふ彼に告げよ、汝等靈體を飾る光は、今のごとくとこしへに汝等とともに殘るや否(いな)やを 一三―一五
またもし殘らば、請ふ告げよ、汝等が再び見ゆるにいたる時、その光いかにして汝等の目を害(そこな)はざるをうべきやを。 一六―一八
たとへば輪に舞ふ人々が、悦び増せば、これに促(うなが)され引かれつゝ、相共に聲を高うし、姿に樂しみを現はすごとく 一九―二一
かの二の聖なる圓は、急なるうや/\しき願ひをきゝて、その※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)るさまと妙(たへ)なる節(ふし)とに新なる悦びを現はせり 二二―二四
およそ人の天に生きんとて地に死ぬるを悲しむ者は、永劫の雨の爽(さわや)かなるを未だかしこに見ざる者なり 二五―二七
さてかの一と二と三、即ち永遠(とこしへ)に生き、かつとこしへに三と二と一にて治め、限られずして萬物を限り給ふものをば 二八―三〇
かの諸※(二の字点、1-2-22)の靈いづれも三度(たび)うたひたり、その妙(たへ)なる調(しらべ)はげにいかなる功徳の報(むくい)となすにも適(ふさ)はしかるべし 三一―三三
我また小き方(かた)の圓の中なる最(いと)神々しき光の中に一の柔かき聲を聞たり、マリアに語れる天使の聲もかくやありけむ 三四―三六
その答ふる所にいふ。天堂の樂しみ續くかぎり、我等の愛光を放ちてかゝる衣をわれらのまはりに現はさむ 三七―三九
その燦(あざや)かさは愛の強さに伴ひ、愛の強さは視力(みるちから)に伴ひ、しかして是またその功徳を超えて受くるところの恩惠(めぐみ)に準ず 四〇―四二
尊くせられ聖(きよ)められし肉再びわれらに着せらるゝ時、われらの身はその悉く備はるによりて、いよ/\めづべき物となるべし 四三―四五
是故に至上の善が我等にめぐむすべての光、われらに神を視るをえしむる光は増さむ 四六―四八
是においてか視力(みるちから)増し、これに燃(もや)さるゝ愛も増し、愛よりいづる光も増さむ 四九―五一
されど炭が焔を出し、しかして白熱をもてこれに勝ちつゝ己が姿をまもるごとく 五二―五四
この耀――今われらを包む――は、たえず地に被(おほ)はるゝ肉よりも、そのあらはるゝさま劣るべし 五五―五七
またかく大いなる光と雖、われらを疲れしむる能はじ、そは肉體の諸※(二の字点、1-2-22)の機關強くして、我等を悦ばす力あるすべての物に堪(た)ふればなり。 五八―六〇
いと疾(と)くいちはやくかの歌の組二ながらアーメンといひ、死にたる體(からだ)をうるの願ひをあきらかに示すごとくなりき 六一―六三
またこの願ひは恐らくは彼等自らの爲のみならず、父母(ちゝはゝ)その他彼等が未だ不朽の焔とならざる先に愛しゝ者の爲なりしならむ 六四―六六
時に見よ、一樣に燦(あざや)かなる一の光あたりに現はれ、かしこにありし光のかなたにてさながら輝く天涯に似たりき 六七―六九
また日の暮初(くれそ)むる頃、新に天に現はれ出づるものありて、その見ゆるは眞(まこと)か否かわきがたきごとく 七〇―七二
我はかしこに多くの新しき靈ありて、かの二の輪の外(そと)に一の圓を造りゐたるを見きとおぼえぬ 七三―七五
あゝ聖靈の眞(まこと)の閃(きらめき)よ、その不意にしてかつ輝くこといかばかりなりけむ、わが目くらみて堪ふるをえざりき 七六―七八
されどベアトリーチェは、記憶の及ぶあたはざるまでいと美しくかつ微笑(ほゝゑ)みて見えしかば 七九―八一
わが目これより力を受けて再び自ら擧ぐるをえ、我はたゞわが淑女とともにいよいよ尊き救ひに移りゐたるを見たり 八二―八四
わがさらに高く昇れることを定かに知りしは、常よりも紅(あか)くみえし星の、燃ゆる笑ひによりてなりき 八五―八七
我わが心を盡し、萬人(よろづのひと)のひとしく用ゐる言葉にて、この新なる恩惠(めぐみ)に適(ふさ)はしき燔祭(はんさい)を神に獻(さゝ)げ 八八―九〇
しかして供物(くもつ)の火未だわが胸の中に盡きざるさきに、我はこの獻物(さゝげもの)の嘉納(かなふ)せられしことを知りたり 九一―九三
そは多くの輝二の光線の中にて我に現はれ、あゝかくかれらを飾るエリオスよとわがいへるほど燦(あざや)かにかつ赤かりければなり 九四―九六
たとへば銀河が、大小さま/″\の光を列(つら)ねて宇宙の兩極の間に白み、いと賢き者にさへ疑ひをいだかしむるごとく 九七―九九
かの光線は、星座となりつゝ、火星の深處(ふかみ)に、象限(しやうげん)相結びて圓の中に造るその貴き標識(しるし)をつくれり 一〇〇―一〇二
さて茲(こゝ)に到りてわが記憶才に勝つ、そはかの十字架の上にクリスト煌(かゞや)き給ひしかど我は適(ふさ)はしき譬(たと)へを得るをえざればなり 一〇三―一〇五
されど己が十字架をとりてクリストに從ふ者は、いつかかの光明の中に閃(ひら)めくクリストを見てわがかく省(はぶ)くを責めざるならむ 一〇六―一〇八
桁(けた)より桁にまた頂(いたゞき)と脚(あし)との間に諸※(二の字点、1-2-22)の光動き、相會ふ時にも過ぐるときにもかれらは強くきらめけり 一〇九―一一一
己を護(まも)らんため智(さとり)と技(わざ)とをもて人々の作る陰を分けつゝをりふし條(すぢ)を引く光の中に、長き短き極微の物體 一一二―
或ひは直(なほ)く或ひは曲(ゆが)み、或ひは疾く或ひは遲く、たえずその容(かたち)を變へて動くさままたかくの如し ―一一七
また譬(たと)へば多くの絃(いと)にて調子(しらべ)を合せし琵琶(びわ)や琴が、節(ふし)を知らざる者にさへ、鼓音(ひくね)妙(たへ)にきこゆるごとく 一一八―一二〇
かしこに顯(あらは)れし諸※(二の字点、1-2-22)の光より一のうるはしき音(おと)十字架の上にあつまり、歌を解(げ)しえざりし我もこれに心を奪はれき 一二一―一二三
されど我よくそが尊き讚美なるを知りたり、そは起(た)ちて勝てといふ詞、解せざれどなは聞く人に聞ゆる如く、我に聞えたればなり 一二四―一二六
わが愛これに燃やされしこといかばかりぞや、げに是時にいたるまで、かくうるはしき絆(きづな)をもて我を繋(つな)げるもの一だになし 一二七―一二九
恐らくはわがこの言(ことば)、かの美しき目(これを視ればわが願ひ安んず)の與ふる樂をかろんじ、餘りに輕率(かるはずみ)なりと見えむ 一三〇―一三二
されど人もし一切の美を捺(お)す諸※(二の字点、1-2-22)の生くる印がその高きに從つて愈※(二の字点、1-2-22)強く働く事と、わが未だ彼處(かしこ)にてかの目に向はざりし事とを思はゞ 一三三―一三五
わが辯解(いひひら)かんため自ら責むるその事をもて我を責めず、かつわが眞(まこと)を告ぐるを見む、そはかの聖なる樂しみをわれ今除きていへるに非ず 一三六―一三八
これまたその登るに從つていよ/\清くなればなり 一三九―一四一


   第十五曲

慾を惡意のあらはすごとくまつたき愛をつねにあらはす善意によりて 一―三
かのうるはしき琴は默(もだ)し、天の右手(めで)の弛(ゆる)べて締(し)むる聖なる絃(いと)はしづまりき 四―六
そも/\これらの靈體は、我をして彼等に請ふの願ひを起さしめんとて皆齊(ひと)しく默(もだ)しゝなれば、いかで正しき請(こひ)に耳を傾けざらんや 七―九
苟且(かりそめ)の物を愛するため自ら永遠(とこしへ)にこの愛を失ふ人のはてしなく歎くにいたるも宜(むべ)なる哉(かな) 一〇―一二
靜なる、清き、晴和(のどけ)き空(そら)に、ゆくりなき火しば/\流れて、やすらかなりし目を動かし 一三―一五
位置を變ふる星と見ゆれど、たゞその燃え立ちし處にては失せし星なくかつその永く保たぬごとくに 一六―一八
かの十字架の右の桁(けた)より、かしこに輝く星座の中の星一つ馳せ下りて脚(あし)にいたれり 一九―二一
またこの珠(たま)は下るにあたりてその紐を離れず、光の線(すぢ)を傳ひて走り、さながら雪花石(アラバストロ)の後(うしろ)の火の如く見えき 二二―二四
アンキーゼの魂が淨土(エリジオ)にてわが子を見いとやさしく迎へしさまも(われらの最(いと)大いなるムーザに信をおくべくば)かくやありけむ 二五―二七
あゝわが血族(うから)よ、あゝ上より注がれし神の恩惠(めぐみ)よ、汝の外誰の爲にか天(あめ)の戸の二度(たび)開かれしことやある。 二八―三〇
かの光かく、是に於てか我これに心をとめ、後(のち)目をめぐらしてわが淑女を見れば、わが驚きは二重(ふたへ)となりぬ 三一―三三
そは我をしてわが目にてわが恩惠(めぐみ)わが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑(ほゝゑみ)その目のうちに燃えゐたればなり 三四―三六
かくてかの靈、聲姿ともにゆかしく、その初の音(ことば)に添へて物言へり、されど奧深くしてさとるをえざりき 三七―三九
但しこは彼が、好みて我より隱れしにあらず、已(や)むをえざるにいづ、人間の的(まと)よりもその思ふところ高ければなり 四〇―四二
しかしてその熱愛の弓冷えゆき、そがためその言(ことば)人智の的の方(かた)に下るにおよび 四三―四五
わがさとれる第一の事にいふ。讚(ほ)むべき哉三一(みつひとつ)にいます者、汝わが子孫をかくねんごろに眷顧(かへりみ)たまふ。 四六―四八
また續いて曰ふ。白きも黒きも變ることなき大いなる書(ふみ)を讀みてより、樂しくも久しく饑(うゑ)を覺えしに 四九―五一
子よ汝はこれをこの光(我この中(うち)にて汝に物言ふ)のなかにて鎭(しづ)めぬ、こはかく高く飛ばしめんため羽を汝に着せし淑女の恩惠(めぐみ)によれり 五二―五四
汝信ずらく、汝の思ひは第一の思ひより我に移り、その状(さま)あたかも一(いち)なる數の知らるゝ時五と六とこれより分れ出るに似たりと 五五―五七
さればこそわが誰なるやまた何故にこの樂しき群(むれ)の中にて特(こと)によろこばしく見ゆるやを汝は我に問はざるなれ 五八―六〇
汝の信ずる所正し、そは大いなるも小(ちひさ)きもすべてこの生を享(う)くる者は汝の思ひが未だ成らざるさきに現はるゝかの鏡を見ればなり 六一―六三
されど我をして目を醒(さま)しゐて永遠(とこしへ)に見しめまたうるはしき願ひに渇(かは)かしむる聖なる愛のいよ/\遂(と)げられんため 六四―六六
恐れず憚(はゞか)らずかつ悦ばしき聲をもて思ひを響かし願ひをひゞかせよ、わが答ははや定まりぬ。 六七―六九
我はベアトリーチェにむかへり、この時淑女わが語らざるにはやくも聞きて、我に一の徴(しるし)を與へ、わが願ひの翼を伸ばしき 七〇―七二
我即ち曰ふ。第一の平等者(びやうとうじや)汝等に現はるゝや、汝等各自(おの/\)の愛と智とはその重(おも)さ等しくなりき 七三―七五
これ熱と光とをもて汝等を照らしかつ暖めし日輪が、これに比(たぐ)ふに足る物なきまでその平等を保つによる 七六―七八
されど人間にありては、汝等のよく知る理由(ことわり)にもとづき、意(おも)ふことと表(あら)はす力とその翼同じからず 七九―八一
是故に人間の我、自らこの不同を感ずるにより、父の如く汝の歡(よろこ)び迎ふるをたゞ心にて謝するのみ 八二―八四
我誠に汝に請(こ)ふ、この貴き寶を飾る生くる黄玉(わうぎよく)よ、汝の名を告げてわが願ひを滿(み)たせ。 八五―八七
あゝわが葉よ。汝を待つさへわが喜びなりき、我こそ汝の根なりけれ。彼まづかく我に答へ 八八―九〇
後また曰(い)ひけるは。汝の家族(やから)の名の本(もと)にて、第一の臺(うてな)に山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)ることはや百年餘(もゝとせあまり)に及べる者は 九一―九三
我には子汝には曾祖父(そうそふ)なりき、汝須(すべか)らく彼の爲にその長き勞苦をば汝の業(わざ)によりて短うすべし 九四―九六
それフィオレンツァはその昔の城壁――今もかしこより第三時と第九時との鐘聞ゆ――の内にて平和を保ち、かつ節(ひか)へかつ愼(つつし)めり 九七―九九
かしこに索(くさり)も冠もなく、飾れる沓(くつ)を穿(は)く女も、締むる人よりなほ目立つべき帶もなかりき 一〇〇―一〇二
まだその頃は女子(によし)生るとも父の恐れとならざりき、その婚期(とき)その聘禮(おくりもの)いづれも度(のり)を超(こ)えざりければなり 一〇三―一〇五
かしこに人の住まざる家なく、室(しつ)の内にて爲(せ)らるゝことを教へんとてサルダナパロの來れることもあらざりき 一〇六―一〇八
まだその頃は汝等のウッチェルラトイオもモンテマーロにまさらざりき――今その榮(さかえ)のまさるごとく、この後衰(おとろへ)もまたまさらむ 一〇九―一一一
我はベルリンチオーン・ベルティが革紐(かわひも)と骨との帶を卷きて出で、またその妻が假粧(けさう)せずして鏡を離れ來るを見たり 一一二―一一四
またネルリの家長(いへをさ)とヴェッキオの家長(いへをさ)とが皮のみの衣をもて、その妻等が紡錘(つむ)と麻とをもて、心に足(た)れりとするを見たり 一一五―一一七
あゝ幸(さち)多き女等よ、彼等は一人だにその墓につきて恐れず、また未だフランスの故によりて獨(ひと)り臥床(ふしど)に殘されず 一一八―一二〇
ひとりは目を醒(さめ)しゐて搖籃(ゆりかご)を守り、またあやしつゝ、父母(ちゝはゝ)の心をばまづ樂します言(ことば)を用ゐ 一二一―一二三
ひとりは絲を紡(つむ)ぎつゝ、わが家(や)の人々と、トロイア人(びと)、フィエソレ、ローマの物語などなしき、チアンゲルラや 一二四―
ラーポ・サルテレルロの如き者その頃ありしならんには、チンチンナートやコルニーリアの今における如く、いと異(あや)しとせられしなるべし ―一二九
かく平穩(やすらか)にかく美しく邑(まち)の人々の住みゐたる中(なか)に、かく頼もしかりし民、かくうるはしかりし客舍に 一三〇―一三二
マリア――唱名の聲高きを開きて――我を加へ給へり、汝等の昔の授洗所にて我は基督教徒(クリスティアーノ)となり、カッチアグイーダとなりたりき 一三三―一三五
わが兄弟なりし者にモロントとエリゼオとあり、わが妻はポーの溪(たに)よりわが許(もと)に來れり、汝の姓(うぢ)かの女より出づ 一三六―一三八
後われ皇帝クルラードに事(つか)へ、その騎士の帶をさづけられしほど功(いさを)によりていと大いなる恩寵(めぐみ)をえたり 一三九―一四一
我彼に從ひて出で、牧者達の過のため汝等の領地を侵(おか)す人々の不義の律法(おきて)と戰ひ 一四二―一四四
かしこにてかの穢(けが)れし民の手に罹(かゝ)りて虚僞(いつはり)の世――多くの魂これを愛するがゆゑに穢る――より解かれ 一四五―一四七
殉教よりこの平安に移りにき。 一四八―一五〇


   第十六曲

あゝ人の血統(ちすぢ)のたゞ小(さゝや)かなる尊貴(たふとさ)よ、情の衰ふるところなる世に、汝人々をして汝に誇るにいたらしむとも 一―三
我重(かさ)ねてこれを異(あや)しとすることあらじ、そは愛欲の逸(そ)れざるところ即ち天にて我自ら汝に誇りたればなり 四―六
げに汝は短くなり易(やす)き衣のごとし、日に日に補ひ足されずば、時は鋏(はさみ)をもて周圍(まはり)をめぐらむ 七―九
ローマの第一に許しゝ語(ことば)しかしてその族(やから)の中にて最も廢(すた)れし語なるヴォイを始めに、我再び語りいづれば 一〇―一二
少しく離れゐたりしベアトリーチェは、笑(ゑみ)を含み、さながら書(ふみ)に殘るかのジネーヴラの最初の咎(とが)を見て咳(しはぶ)きし女の如く見えき 一三―一五
我曰(い)ひけらく。汝(ヴォイ)はわが父なり、汝いたく我をはげまして物言はしめ、また我を高うして我にまさる者とならしむ 一六―一八
いと多くの流れにより嬉しさわが心に滿(み)つれば、心は自らその壞(やぶ)れずしてこれに堪(た)ふるをうるを悦ぶ 一九―二一
さればわが愛する遠祖(とほつおや)よ、請(こ)ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝童(わらべ)なりし時、年は幾何(いくばく)の數をか示せる 二二―二四
請ふ告げよ、聖(サン)ジョヴァンニの羊の圈(をり)はその頃いかばかり大いなりしや、またその内にて高座(かみざ)に就くに適(ふさ)はしき民は誰なりしや。 二五―二七
たとへば炭風に吹かれ、燃えて焔を放つごとく、我はかの光のわが媚ぶる言(ことば)をきゝて輝くを見たり 二八―三〇
しかしてこの物いよ/\美しくわが目に見ゆるに從ひ、いよ/\麗(うるは)しき柔(やはら)かき聲にて(但し近代(ちかきよ)の言葉を用ゐで) 三一―三三
我に曰ひけるは。アーヴェのいはれし日より、今は聖徒なるわが母、子を生み、宿(やど)しゝ我を世にいだせる時までに 三四―三六
この火は五百八十囘己が獅子の處にゆき、その足の下にてあらたに燃えたり 三七―三九
またわが先祖達と我とは、汝等の年毎の競技に與(あづか)りて走る者がかの邑(まち)の最後の區劃(わかち)を最初に見る處にて生れき 四〇―四二
わが列祖の事につきては汝これを聞きて足れりとすべし、彼等の誰なりしやまた何處(いづこ)よりこゝに來りしやは寧(むし)ろ言はざるを宜(むべ)とす 四三―四五
その頃マルテと洗禮者(バッティスタ)との間にありて武器を執(と)るをえし者は、すべて合せて、今住む者の五分(ぶ)一なりき 四六―四八
されど今カムピ、チェルタルド、及びフェギーネと混(まじ)れる斯民(このたみ)、その頃はいと賤しき工匠(たくみ)にいたるまで純なりき 四九―五一
あゝこれらの人々皆隣人(となりびと)にして、ガルルッツォとトレスピアーノとに汝等の境あらん方(かた)、かれらを容(い)れてかのアグリオンの賤男(しづのを) 五二―
またはシーニアの賤男(公職(おおやけのつとめ)を賣らんとはや目を鋭うする)の惡臭(をしう)を忍ぶにまさることいかばかりぞや ―五七
もし世の最も劣(おと)れる人々、チェーザレと繼(まゝ)しからず、あたかも母のわが兒におけるごとくこまやかなりせば 五八―六〇
かの今フィレンツェ人(びと)となりて兩替しかつ商賣(あきなひ)するひとりの人は、その祖父が物乞へる處なるシミフォンテに歸りしなるべく 六一―六三
モンテムルロは今も昔の伯等(きみたち)に屬し、チェルキはアーコネの寺領に殘り、ボンデルモンティは恐らくはヴァルディグレーヴェに殘れるなるべし 六四―六六
人々の入亂るゝことは、食に食を重ぬることの肉體における如くにて、常にこの邑(まち)の禍ひの始めなりき 六七―六九
盲(めしひ)の牡牛は盲の羔(こひつじ)よりも疾(と)く倒る、一(ひとつ)の劒(つるぎ)五(いつ)にまさりて切味(きれあぢ)よきことしば/\是あり 七〇―七二
汝もしルーニとウルビサーリアとがはや滅び、キウーシとシニガーリアとがまたその後(あと)を追ふを見ば 七三―七五
家族(やから)の消失するを聞くとも異(あや)しみ訝(いぶか)ることなからむ、邑(まち)さへ絶ゆるにいたるをおもひて 七六―七八
そも/\汝等に屬する物はみな汝等の如く朽(く)つ、たゞ永く續く物にありては、汝等の生命(いのち)の短きによりて、この事隱るゝのみ 七九―八一
しかして月天の運行が、たえず渚(なぎさ)をば、蔽(おほ)ふてはまた露(あら)はす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二―八四
美名(よきな)を時の中に失ふ貴きフィレンツェ人(びと)についてわが語るところのことも異(あや)しと思はれざるならむ 八五―八七
我はウーギ、カテルリニ、フィリッピ、グレーチ、オルマンニ、及びアルベリキ等なだゝる市民のはや倒れかゝるを見 八八―九〇
またラ・サンネルラ及びラルカの家長(いへをさ)、ソルダニエーリ、アルディンギ、及びボスティーキ等のその舊(ふる)きがごとく大いなるを見たり 九一―九三
今新なるいと重き罪を積み置く――その重さにてたゞちに船を損ふならむ――かの門の邊(ほとり)には 九四―九六
ラヴィニアーニ住み居たり、伯爵(コンテ)グイード、及びその後貴きベルリンチオーネの名を襲(つ)げる者皆これより出づ 九七―九九
ラ・プレッサの家長(いへをさ)は既に治むる道を知り、ガリガーイオは黄金裝(こがねづくり)の柄(つか)と鍔(つば)とを既にその家にて持てり 一〇〇―一〇二
「ヴァイオ」の柱、サッケッティ、ジユオキ、フィファンティ、バルッチ、ガルリ、及びかの桝目の爲に赤らむ家族(やから)いづれも既に大なりき 一〇三―一〇五
カルフッチの出でし木の根もまた既に大なりき、シツィイとアルリグッチとは既に貴(たか)き座に押されたり 一〇六―一〇八
かの己が傲慢(たかぶり)の爲遂に滅ぶにいたれる家族(やから)もわが見し頃はいかなりしぞや、黄金(こがね)の丸(たま)はそのすべての偉業をもてフィオレンツァを飾り 一〇九―一一一
汝等の寺院の空(あ)くごとに相集(あひつど)ひて身を肥(こ)やす人々の父もまたかくなしき 一一二―一一四
逃ぐる者をば龍となりて追ひ、齒や財布を見する者には羔(こひつじ)のごとく柔和(おとな)しきかの僭越の族(うから) 一一五―一一七
既に興れり、されど素姓(うぢ)賤しかりしかば、ウベルティーン・ドナートはその後舅が彼をばかれらの縁者となしゝを喜ばざりき 一一八―一二〇
カーポンサッコは既にフィエソレを出でゝ市場(いちば)にくだり、ジウダとインファンガートとは既に良(よき)市民となりゐたり 一二一―一二三
今我信じ難くして而して眞(まこと)なる事を告げむ、ラ・ペーラの家族(やから)に因(ちな)みて名づけし門より人かの小さき城壁の内に入りし事即ち是なり 一二四―一二六
トムマーゾの祭によりて名と徳とをたえず顯(あら)はすかの大いなる領主(バーロネ)の美しき紋所を分け用ゐる者は、いづれも 一二七―一二九
騎士の位と殊遇とを彼より受けき、たゞ縁(へり)にてこれを卷くもの今日庶民と相結ぶのみ 一三〇―一三二
グアルテロッティもイムポルトゥーニも既に榮えき、もし彼等に新なる隣人(となりびと)等微(なか)りせば、ボルゴは今愈※(二の字点、1-2-22)よ靜なりしならむ 一三三―一三五
義憤(ただしきいかり)の爲に汝等を殺し汝等の樂しき生活を斷(た)ち、かくして汝等の嘆を生み出せる家は 一三六―一三八
その所縁(ゆかり)の家族(やから)と倶(とも)に崇(あが)められき、あゝブオンデルモンテよ、汝が人の勸(すゝ)めを容(い)れ、これと縁(えにし)を結ぶを避けしはげにいかなる禍(わざは)ひぞや 一三九―一四一
汝はじめてこの邑(まち)に來るにあたり神汝をエーマに與へ給ひたりせば、多くの人々今悲しまで喜べるものを 一四二―一四四
フィオレンツァはその平和終る時、犧牲(いけにへ)をば、橋を護(まも)るかの缺石(かけいし)に獻げざるをえざりしなりき 一四五―一四七
我はフィオレンツァにこれらの家族(やから)と他の諸※(二の字点、1-2-22)の家族とありて、歎くべき謂れなきまでそのいと安らかなるを見たり 一四八―一五〇
またこれらの家族(やから)ありて、その民榮えかつ正しかりければ、百合は未だ倒(さかさ)に竿に着けられしことなく 一五一―一五三
分離の爲紅に變ることもなかりき一五四


   第十七曲

今猶(なほ)父をして子に對(むか)ひて吝(やぶさか)ならしむる者、人の己を誹(そし)るを聞き、事の眞(まこと)を定(さだ)かにせんためクリメーネの許(もと)に行きしことあり 一―三
我また彼の如くなりき、而してベアトリーチェも、また先にわがために處を變へしかの聖なる燈(ともしび)も、わが彼の如くなりしを知りき 四―六
是故に我淑女我に曰ふ。汝の願ひの焔を放て、そが汝の心の象(かた)をあざやかにうけていづるばかりに 七―九
されどこは汝の言(ことば)によりてわれらの知識の増さん爲ならず、汝が渇(かわき)を告ぐるに慣(な)れ、人をして汝に飮ますをえしめん爲なり。 一〇―一二
あゝ愛するわが根よ(汝いと高くせられ、あたかも人智が一の三角の内に二の鈍角の容(い)れられざるを知るごとく 一三―一五
苟且(かりそめ)の事をその未だ在らざるさきに知るにいたる、これ時の現在(いま)ならぬはなき一の點を視るがゆゑなり) 一六―一八
われヴィルジリオと倶(とも)にありて、諸※(二の字点、1-2-22)の魂を癒(いや)す山に登り、また死の世界にくだれる間に 一九―二一
わが將來(ゆくすゑ)の事につきて諸※(二の字点、1-2-22)のいたましき言(ことば)を聞きたり、但し命運我を撃(う)つとも我よく自らとれに堪(た)ふるをうるを覺ゆ 二二―二四
是故にいかなる災(わざはひ)のわが身に迫(せま)るやを聞かばわが願ひ滿(み)つべし、これ豫(あらかじ)め見ゆる矢はその中る力弱ければなり。 二五―二七
さきに我に物言へる光にむかひて我かくいひ、ベアトリーチェの望むごとくわが願ひを明(あか)したり 二八―三〇
諸※(二の字点、1-2-22)の罪を取去る神の羔(こひつじ)未だ殺されざりし昔、愚(おろか)なる民を惑(まど)はしゝその語(ことば)の如く朧(おぼろ)ならず 三一―三三
明らかにいひ定かに語りてかの父の愛、己が微笑(ほゝゑみ)の中に隱れかつ顯(あら)はれつゝ、答ふらく 三四―三六
それ苟且(かりそめ)の事即ち汝等の物質の書(ふみ)より外に延びざる事はみな永遠(とこしへ)の目に映ず 三七―三九
されど映ずるが爲にこの事必ず起るにあらず、船流れを下りゆけどもそのうつる目の然らしむるにあらざるに似たり 四〇―四二
この永遠の目より汝の行末のわが目に入り來ることあたかも樂器よりうるはしき和合の音の耳に入り來る如し 四三―四五
イッポリートが無情邪險の繼母(まゝはゝ)の爲にアテーネを去れるごとく、汝フィオレンツァを去らざるべからず 四六―四八
日毎(ひごと)にクリストの賣買(うりかひ)せらるゝ處にてこれを思ひめぐらす者これを願ひかつはや企圖(たくみ)ぬ、さればまた直ちにこれを行はむ 四九―五一
虐(しひた)げられし人々に世はその常の如く罪を歸すべし、されど刑罰はこれを頒(わか)ち與ふるものなる眞(まこと)の爲の證(あかし)とならむ 五二―五四
いと深く愛する物をば汝悉(こと/″\)く棄て去らむ、是即ち流罪(るざい)の弓の第一に射放つ矢なり 五五―五七
他人(ひと)の麺麭(パン)のいかばかり苦(にが)く他人(ひと)の階子(はしご)の昇降(のぼりくだり)のいかばかりつらきやを汝自ら驗(ため)しみむ 五八―六〇
しかして最も重く汝の肩を壓(お)すものは、汝とともにこの溪(たに)に落つる邪惡庸愚の侶なるべし 六一―六三
かれら全く恩を忘れ狂ひ猛(たけ)りて汝に背(そむ)かむ、されどかれら(汝にあらず)はこれが爲に程なく顏を赤うせむ 六四―六六
かれらの行爲(おこなひ)は獸の如きその性(さが)の證(あかし)とならむ、されば汝唯一人(たゞひとり)を一の黨派たらしむるかた汝にとりて善(よ)かるべし 六七―六九
汝の第一の避所(さけどころ)第一の旅舍(やどり)は、聖なる鳥を梯子(はしご)の上におくかの大いなるロムバルディア人(びと)の情(なさけ)ならむ 七〇―七二
彼汝に對(むか)ひて深き好意(よしみ)を有(も)つが故に、爲す事と求むる事との中(うち)他の人々の間にてはいと遲きものも汝等二人(ふたり)の間にては先となるべし 七三―七五
己が功(いさを)の世に顯(あら)はるゝにいたるばかりこの強き星の力を生るゝ時に受けたる者をば汝彼の許(もと)に見む 七六―七八
人々未だこの者を知らじ、そはその年若く諸天のこれをめぐれることたゞ九年(こゝのとせ)のみなればなり 七九―八一
されどかのグアスコニア人(びと)が未だ貴きアルリーゴを欺(あざむ)かざるさきにその徳の光は、銀(かね)をも疲(つかれ)をも心にとめざる事において現はれむ 八二―八四
その諸※(二の字点、1-2-22)の榮(はえ)ある業(わざ)はこの後遍(あまね)く世に知られ、その敵さへこれについて口を噤(つぐ)むをえざるにいたらむ 八五―八七
汝彼と彼の恩惠(めぐみ)とを望み待て、彼あるによりて多くの民改まり、貧富互(かたみ)に地を更(か)へむ 八八―九〇
汝また彼の事を心に記して携(たづさ)へ行くべし、されど人に言ふ莫(なか)れ。かくて彼は面(まのあたり)見る者もなほ信ずまじきことどもを告げ 九一―九三
後加ふらく。子よ、汝が聞きたる事の解説(ときあかし)は即ち是なり、是ぞ多からぬ年の後方(うしろ)にかくるゝ係蹄(わな)なる 九四―九六
されど汝の隣人(となりびと)等を妬(ねた)むなかれ、汝の生命(いのち)はかれらの邪惡の罰よりも遙に遠き未來に亘るべければなり。 九七―九九
かの聖なる魂默(もだ)し、經(たていと)を張りてわが渡したる織物に緯(よこいと)を入れ終りしことをあらはせる時 一〇〇―一〇二
あたかも疑ひをいだく者が、智あり徳あり愛ある人の教へを希(ねが)ふごとく、我曰(いひ)けるは 一〇三―一〇五
わが父よ、我よく時の我に打撃を與へんとてわが方(かた)に急ぎ進むを見る、しかしてこは思慮なき人にいと重く加へらるべき打撃なり 一〇六―一〇八
是故にわれ先見をもて身を固(かた)むるを宜(よ)しとす、さらばたとひ最愛の地を奪はるともその他の地をばわが歌の爲に失ふことなからむ 一〇九―一一一
果(はてし)なき苦しみの世にくだり、またわが淑女の目に擧げられて美しき巓をばわが離れしその山をめぐり 一一二―一一四
後また光より光に移りつゝ天を經(へ)てわが知るをえたる事を我もし語らば、そは多くの人にとりて味(あぢはひ)甚だ辛(から)かるべし 一一五―一一七
されど我もし眞理に對(むか)ひて卑怯の友たらんには、今を昔と呼ぶ人々の間に生命(いのち)を失ふの恐れあり。 一一八―一二〇
かのわが寶のほゝゑむ姿を包みし光は、まづ日の光にあたる黄金(こがね)の鏡のごとく煌(きらめ)き 一二一―一二三
かくて答ふらく。己が罪または他人(ひと)の罪の爲に曇れる心は、げに汝の言(ことば)を烈(はげ)しと感ぜむ 一二四―一二六
しかはあれ、一切の虚僞(いつはり)を棄てつゝ、汝の見し事をこと/″\くあらはし、瘡(かさ)ある處は人のこれを掻くに任(まか)せよ 一二七―一二九
汝の聲はその味(あぢ)はじめ厭(いと)はしとも、後消化(こな)るゝに及び極めて肝要なる滋養(やしなひ)を殘すによりてなり 一三〇―一三二
汝の叫びの爲す所あたかも最(いと)高き巓をいと強くうつ風の如し、是豈(あに)譽(ほまれ)のたゞ小(さゝ)やかなる證(あかし)ならんや 一三三―一三五
是故にこれらの天にても、かの山にても、またかの苦患(なやみ)の溪にても、汝に示されしは、名の世に知らるゝ魂のみ 一三六―一三八
そは例を引きてその根知られずあらはれず、證(あかし)して明らかならざれば、人聞くとも心安まらず、信をこれに置かざればなり。 一三九―一四一


   第十八曲

福(さいはひ)なるかの鏡は今たゞ己が思ひを樂しみ、我はわが思ひを味ひつゝ、甘さをもて苦しさを和げゐたりしに 一―三
我を神のみもとに導きゐたる淑女いひけるは。思ひを變へよ、一切の虐(しひたげ)を輕むるものにわが近きを思ふべし。 四―六
我はわが慰藉(なぐさめ)の慕はしき聲を聞きて身を轉(めぐら)せり、されどこの時かの聖なる目の中にいかなる愛をわが見しや、こゝに記(しる)さじ 七―九
これ我自らわが言(ことば)を頼(たの)まざるのみならず、導く者なくばかく遠く記憶に溯(さかのぼ)る能(あた)はざるによりてなり 一〇―一二
かの刹那(せつな)のことについてわが語るを得るは是のみ、曰く、彼を視るに及びわが情は他の一切の願ひより解かると 一三―一五
ベアトリーチェを直ちに照らせる永遠(とこしへ)の喜びその第二の姿をば美しき目に現はしてわが心を足(たら)はしゐたりしとき 一六―一八
一の微笑(ほゝゑみ)の光をもて我を服(したが)へつゝ淑女曰ふ。身を轉(めぐら)してしかして聽け、わが目の中にのみ天堂あるにあらざればなり。 一九―二一
情もし魂を悉く占むるばかりに強ければ、目に現はるゝことまゝ世に例(ためし)あり 二二―二四
かくの如く、我はわがふりかへりて見し聖なる光の輝の中に、なほしばし我と語るの意あるを認めき 二五―二七
このものいふ。頂によりて生き、常に實を結び、たえて葉を失はぬ木のこの第五座に 二八―三〇
福なる諸※(二の字点、1-2-22)の靈あり、かれらは天に來らざりしさき、いかなるムーザをも富(と)ますばかり世に名聲(きこえ)高かりき 三一―三三
是故にかの十字架の桁(けた)を見よ、我今名をいはん、さらばその者あたかも雲の中にてその疾(と)き火の爲(な)す如き技(わざ)をかしこに爲すべし。 三四―三六
ヨスエの名いはるゝや、我は忽ち一の光の十字架を傳ひて動くを見たり、げに言(いふ)と爲(なす)といづれの先なりしやを知らず 三七―三九
尊きマッカベオの名とともに、我はいま一の光の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りつゝ進み出づるを見たり、しかして喜悦(よろこび)はかの獨樂(こま)の糸なりき 四〇―四二
またカルロ・マーニョとオルランドとの呼ばれし時にも、我は心をとめて他の二の光を見、宛然(さながら)己が飛立つ鷹に目の伴ふ如くなりき 四三―四五
後またグイリエルモ、レノアルド、公爵(ドウーカ)ゴッティフレーディ、及びルベルト・グイスカールドわが目を引きてかの十字架を傳はしむ 四六―四八
かくて我に物言へる魂、他の光の間に移り混(まじ)りつゝ、天の歌人(うたびと)の中にても技(わざ)のいたく勝(すぐ)るゝことを我に示せり 四九―五一
われ身をめぐらして右に向ひ、ベアトリーチェによりて、その言(ことば)または動作(ふるまひ)に表(あら)はるゝわが務を知らんとせしに 五二―五四
姿平常(つね)にまさり最終(をはり)の時にもまさるばかり、その目清くたのしげなりき 五五―五七
また善を行ふにあたり心に感ずる喜びのいよ/\大いなるによりて、人己が徳の進むを日毎に自ら知るごとく 五八―六〇
我はかの奇(く)しき聖業(みわざ)のいよ/\美しくなるを見て、天とともにわが※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)る輪のその弧(アルコ)を増しゝを知れり 六一―六三
しかして色白き女が、その顏より羞恥(はぢらひ)の荷をおろせば、たゞ束(つか)の間(ま)に變るごとく 六四―六六
われ回顧(ふりかへ)りしときわが見るもの變りゐたり、こは己の内に我を容(い)れし温和なる第六の星の白さの爲なりき 六七―六九
我見しに、かのジョーヴェの燈火(ともしび)の中には愛の煌(きらめき)のあるありて、われらの言語(ことば)をわが目に現はせり 七〇―七二
しかしてたとへば岸より立ちさながら己が食物(くひもの)を見しを祝ふに似たる群鳥(むらどり)の、相連(あひつらな)りて忽ち圓を作りまた忽ち他(ほか)の形を作る如く 七三―七五
諸※(二の字点、1-2-22)の聖者はかの諸※(二の字点、1-2-22)の光の中にて飛びつゝ歌ひ、相寄りて忽ちD(デイ)忽ちI(イ)忽ちL(エルレ)の形を作れり 七六―七八
かれらはまづ歌ひつゝ己が節(ふし)に合せて動き、さてこれらの文字の一となるや、しばらく止まりて默(もだ)しゝなりき 七九―八一
あゝ女神(めがみ)ペガーゼアよ(汝才に榮光を與へてその生命(いのち)を長うす、才が汝の助けによりて諸邑諸國に及ぼす所またかくの如し) 八二―八四
願はくは汝の光をもて我を照らし我をして彼等の象(かたち)をそのわが心にある如く示すをえしめよ、願はくは汝の力をこれらの短き句に現はせ 八五―八七
さてかれらは七の五倍の母字子字となりて顯はれ、我はまた一部一部を、その言顯はしゝ次第に從ひて、心に記(と)めたり 八八―九〇
Diligite(ディーリギテ) iustitiam(イウスティティアム) 是全畫面の始めの語(ことば)なる動詞と名詞にてその終りの語は Quiiudicatis(クイーイウディカーチス) terram(テルラム) なりき 九一―九三
かくて第五の語(ことば)の中のM(エムメ)にいたり、彼等かく並べるまゝ止まりたれば、かしこにては木星宛然(さながら)金にて飾れる銀と見えたり 九四―九六
我またMの頂の處に他の諸※(二の字点、1-2-22)の光降り、歌ひつゝ――己の許(もと)に彼等を導く善の事ならむ――そこに靜まるを見たり 九七―九九
かくてあたかも燃えたる薪を打てば數しれぬ火花出づる(愚者これによりて占(うらなひ)をなす習ひあり)ごとく 一〇〇―一〇二
かしこより千餘の光出で、かれらを燃す日輪の定むるところに從ひて、或者高く或者少しく昇ると見えたり 一〇三―一〇五
しかして各その處にしづまりしとき、我はかの飾れる火が一羽の鷲の首(かしら)と頸(くび)とを表はすを見たり 一〇六―一〇八
そも/\かしこに畫く者はこれを導く者あるにあらず、彼自ら導く、かれよりぞ巣を作るの本(もと)なる力いづるなる 一〇九―一一一
さて他の聖者の群(むれ)即ち先にエムメにて百合となりて悦ぶ如く見えし者は、少しく動きつゝかの印象(かた)を捺(お)し終りたり 一一二―一一四
あゝ麗しき星よ、世の正義が汝の飾る天の力にもとづくことを我に明らかならしめしはいかなる珠いかばかり數多き珠ぞや 一一五―一一七
是故に我は汝の動(うごき)汝の力の汝なる聖意(みこゝろ)に祈る、汝の光を害ふ烟の出る處をみそなはし 一一八―一二〇
血と殉教とをもて築きあげし神殿(みや)の内に賣買(うりかひ)の行はるゝためいま一たび聖怒(みいかり)を起し給へと 一二一―一二三
あゝわが視る天の軍人(いくさびと)等よ、惡例(あしきためし)に傚ひて迷はざるなき地上の人々のために祈れ 一二四―一二六
昔は劒(つるぎ)をもて戰鬪(いくさ)をする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭(パン)をばこゝかしこより奪ひて戰ふ 一二七―一二九
されど汝、たゞ消さんとて録(しる)す者よ、汝が荒す葡萄園(ぶだうばたけ)の爲に死にたるピエートロとパオロとは今も生くることを思へ 一三〇―一三二
うべ汝は曰はむ、たゞ獨りにて住むを好み、かつ一踊(ひとをどり)のため教へに殉ずるにいたれる者に我專らわが願ひを据ゑたれば 一三三―一三五
我は漁夫をもポロをも知らずと 一三六―一三八


   第十九曲

うるはしき樂しみのために悦ぶ魂等が相結びて造りなしゝかの美しき象(かたち)は、翼を開きてわが前に現はる 一―三
かれらはいづれも小さき紅玉(あかだま)が日輪の燃えて輝く光を受けつゝわが目にこれを反映(てりかへ)らしむる如く見えたり 四―六
しかしてわが今述べんとするところは、聲これを傳へ、墨これを録(しる)しゝことなく、想像もこれを懷(いだ)きしことなし 七―九
そは我見かつ聞きしに、嘴(くちばし)物言ひ、その聲の中にはわれらとわれらのとの意(こゝろ)なるわれとわがと響きたればなり 一〇―一二
いふ。正しく慈悲深かりしため、こゝにはわれ今高くせられて、願ひに負けざる榮光をうけ 一三―一五
また地には、かしこの惡しき人々さへ美(ほ)むるばかりの――かれら美(ほ)むれど鑑(かゞみ)に傚(なら)はず――わが記念(かたみ)を遺しぬ。 一六―一八
たとへば數多き熾火(おきび)よりたゞ一の熱のいづるを感ずる如く、數多き愛の造れるかの象(かたち)よりたゞ一の響きいでたり 一九―二一
是においてか我直に。あゝ永遠(とこしへ)の喜びの不斷の花よ、汝等は己がすべての薫(かをり)をたゞ一と我に思はしむ 二二―二四
請ふ語りてわが大いなる斷食(だんじき)を破れ、地上に食物(くひもの)をえざりしため我久しく饑(う)ゑゐたればなり 二五―二七
我よく是を知る、神の正義天上の他の王國をその鏡となさば、汝等の王國も亦幔(まく)を隔(へだ)てゝこれを視じ 二八―三〇
汝等はわが聽かんと思ふ心のいかばかり深きやを知る、また何の疑ひのかく長く我を饑ゑしめしやを知る。 三一―三三
鷹その被物(かぶりもの)を脱(と)らるれば、頭を動かし翼を搏(う)ち、願ひと勢(いきほひ)とを示すごとく 三四―三六
神の恩惠(めぐみ)の讚美にて編めるこの旗章(はたじるし)は、天に樂しむ者のみ知れる歌をうたひてその悦びを表(あら)はせり 三七―三九
かくていふ。宇宙の極(はて)に圓規(コムパス)をめぐらし、隱るゝ物と顯るゝ物とを遍(あまね)くその内に頒(わか)ちし者は 四〇―四二
己が言(ことば)の限りなく優(まさ)らざるにいたるほど、その力をば全宇宙に印する能はざりき 四三―四五
しかして萬(よろづ)の被造物(つくられしもの)の長(をさ)なりしかの第一の不遜者(ふそんじや)が光を待たざるによりて熟(う)まざる先に墜(おと)し事よくこれを證(あかし)す 四六―四八
されば彼に劣る一切の性(さが)が、己をもて己を量る無窮の善を受入れんには器(うつは)あまりに小さき事もまたこれによりて明らかならむ 四九―五一
是故に、萬物の中に滿つる聖意(みこゝろ)の光のたゞ一線(ひとすぢ)ならざるをえざる我等の視力は 五二―五四
その性(さが)として、己が源を己に見ゆるものよりも遙かかなたに認めざるほど強きにいたらじ 五五―五七
かゝれば汝等の世の享くる視力が無窮の正義に入りゆく状(さま)は、目の海におけるごとし 五八―六〇
目は汀(みぎは)より底を見れども沖にてはこれを見じ、されどかしこに底なきにあらず、深きが爲に隱るゝのみ 六一―六三
曇(くもり)しらぬ蒼空(あをぞら)より來るものゝ外光なし、否(いな)闇あり、即ち肉の陰またはその毒なり 六四―六六
生くる正義を汝に匿(かく)しこれについてかくしげく汝に問を發(おこ)さしめたる隱所(かくれどころ)は、今よく汝の前に開かる 六七―六九
汝曰(いひ)けらく、人インドの岸に生れ(かしこにはクリストの事を説く者なく、讀む者も書く者もなし) 七〇―七二
人間の理性の導くかぎり、その思ふ所爲(な)すところみな善く言行(ことばおこなひ)に罪なけれど 七三―七五
たゞ洗禮(バッテスモ)を受けず信仰に入らずして死(し)ぬるあらんに、かゝる人を罰する正義いづこにありや、彼信ぜざるもその咎(とが)將(はた)いづこにありやと 七六―七八
抑※(二の字点、1-2-22)(そも/\)汝は何者なれば一布指(スパンナ)の先をも見る能はずして席に着き、千哩(ミーリア)のかなたを審(さば)かんと欲するや 七九―八一
聖書汝等の上にあらずば、げに我とともに事を究めんとつとむる者にいたく疑ふの事由(いはれ)はあらむ 八二―八四
あゝ地上の動物よ、愚(おろか)なる心よ、それおのづから善なる第一の意志は、己即ち至上の善より未だ離れしことあらじ 八五―八七
凡て物の正しきはこれと和するの如何による、造られし善の中これを己が許に引く物一だになし、この善光を放つがゆゑにかの善生ず。 八八―九〇
餌を雛に與へ終りて鸛(こふづる)巣の上をめぐり、雛は餌をえてその母を視るごとく 九一―九三
いと多き議(はからひ)に促(うなが)されてかの福なる象(かたち)翼を動かし、また我はわが目を擧げたり 九四―九六
さてめぐりつゝ歌ひ、かつ曰ふ。汝のわが歌を解(げ)せざる如く、汝等人間は永遠(とこしへ)の審判(さばき)をげせじ。 九七―九九
ローマ人(びと)に世界の崇(あがめ)をうけしめし徴號(しるし)をばなほ保ちつゝ、聖靈の光る火しづまりて後 一〇〇―一〇二
かの者またいふ。クリストが木に懸(か)けられ給ひし時より前にも後にも彼を信ぜざりし人の、この國に登り來れることなし 一〇三―一〇五
されど見よ、クリスト、クリストとよばゝる人にて、審判(さばき)のときには、クリストを知らざる人よりも遠く彼を離るべき者多し 一〇六―一〇八
かゝる基督教徒(クリスティアーニ)をばエチオピア人(びと)罪に定めむ、こは人二の群(むれ)にわかたれ、彼永遠(とこしへ)に富み此貧しからん時なり 一〇九―一一一
汝等の王達の汚辱をすべて録(しる)しゝ書(ふみ)の開かるゝを見る時、ペルシア人(びと)彼等に何をかいふをえざらむ 一一二―一一四
そこにはアルベルトの行爲(おこなひ)の中、ほどなく筆を運ばしむる事見ゆべし、その行爲によりてプラーガの王國の荒らさるゝこと即ち是なり 一一五―一一七
そこには猪(ゐのしゝ)に衝(つ)かれて死すべき者が、貨幣(かね)の模擬(まがへ)を造りつゝ、センナの邊(ほとり)に齎(もたら)すところの患(うれへ)見ゆべし 一一八―一二〇
そこにはかのスコットランド人(びと)とイギリス人とを狂はし、そのいづれをも己が境の内に止まる能はざらしむる傲慢(たかぶり)(渇(かわき)を起す)見ゆべし 一二一―一二三
スパニアの王とボエムメの王(この人嘗(かつ)て徳を知らずまた求めしこともなし)との淫樂(いんらく)と懦弱(だじやく)の生活と見ゆべし 一二四―一二六
イエルサレムメの跛者(あしなへ)の善は一のI(イ)にて記(しる)され、一のM(エムメ)はその惡の記號(しるし)となりて見ゆべし 一二七―一二九
アンキーゼが長生(ながきいのち)を畢(を)へし處なる火の島を治むる者の強慾と怯懦(けふだ)と見ゆべし 一三〇―一三二
またかれのいみじき小人なるをさとらせんため、その記録には略字を用ゐて、些(すこし)の場所に多くの事を言現はさむ 一三三―一三五
またいと秀(ひい)づる家系(いへがら)と二の冠とを辱めたるその叔父と兄弟との惡しき行(おこなひ)は何人にも明らかなるべし 一三六―一三八
またポルトガルロの王とノルヴェジアの王とはかの書(ふみ)によりて知らるべし、ヴェネージアの貨幣(かね)を見て禍ひを招けるラシアの王また然り 一三九―一四一
あゝ重ねて虐政を忍ばずばウンガリアは福なる哉、取卷く山を固(かため)となさばナヴァルラは福なる哉 一四二―一四四
またこの事の契約として、ニコシアとファマゴスタとが今既にその獸――他の獸の傍(かたへ)を去らざる――の爲に 一四五―一四七
嘆き叫ぶを人皆信ぜよ。


   第二十曲

全世界を照らすもの、わが半球より、遠くくだりて、晝いたるところに盡くれば 一―三
さきにはこれにのみ燃(もや)さるゝ天、忽ち多くの光――一の光をうけて輝く――によりて再び己を現はすにいたる 四―六
かゝる天の現象(すがた)なりき、世界とその導者達との徴號(しるし)の尊き嘴默(もだ)しゝ時、わが心に浮べるものは 七―九
そはかの諸※(二の字点、1-2-22)の生くる光は、みないよ/\強く光りつゝ、わが記憶より逃げ易(やす)く消え易き歌をうたひいでたればなり 一〇―一二
あゝ微笑(ほゝゑみ)の衣を纏(まと)ふうるはしき愛よ、聖なる思ひの息(いき)のみ通へるかの諸※(二の字点、1-2-22)の笛の中に汝はいかに熱(あつ)く見えしよ 一三―一五
第六の光を飾る諸※(二の字点、1-2-22)の貴きかゞやける珠、その妙(たへ)なる天使の歌を絶(た)ちしとき 一六―一八
我は清らかに石より石と傳ひ下りて己が源の豐(ゆたか)なるを示す流れのとある低語(さゝやき)を聞くとおぼえき 一九―二一
しかしてたとへば琵琶(びわ)の頸にて、音(おと)その調(しらべ)を得(え)、篳篥(ひちりき)の孔にて、入來る風またこれを得るごとく 二二―二四
かの鷲の低語(さゝやき)は、待つ間もあらず頸を傳ひて――そが空(うつろ)なりしごとく――上(のぼ)り來れり 二五―二七
さてかしこに聲となり、かしこよりその嘴を過ぎ言葉の體(かたち)を成して出づ、この言葉こそわがこれを録(しる)しゝ心の待ちゐたるものなれ 二八―三〇
我に曰ふ。わが身の一部、即ち物を見、かつ地上の鷲にありてはよく日輪に堪ふるところを今汝心して視るべし 三一―三三
そはわが用ゐて形をとゝなふ諸※(二の字点、1-2-22)の火の中(うち)、目となりてわが首(かうべ)が輝く者、かれらの凡ての位のうちの第一を占むればなり 三四―三六
眞中(まなか)に光りて瞳となるは、聖靈の歌人(うたびと)、邑(まち)より邑にかの匱(はこ)を移しゝ者なり 三七―三九
今彼は、己が歌の徳――己が思ひよりこの歌のいでたるかぎり――をば、これにふさはしき報(むくい)によりて知る 四〇―四二
輪を造りて我眉となる五の火の中、わが嘴(くちばし)にいと近きは、寡婦(やもめ)をばその子の事にて慰めし者なり 四三―四五
今彼は、クリストに從はざることのいかに貴き價を拂ふにいたるやを知る、そは彼この麗(うるは)しき世とその反(うら)とを親しく味ひたればなり 四六―四八
またわがいへる圓のうちの弓形(ゆみがた)上(のぼ)る處にて彼に續くは、眞(まこと)の悔(くひ)によりて死を延べし者なり 四九―五一
今彼は、適(ふさ)はしき祈り下界にて、今日(けふ)の事を明日(あす)になすとも、永遠(とこしへ)の審判(さばき)に變りなきを知る 五二―五四
次なる者は、牧者に讓らんとて(その志善かりしかど結べる果(み)惡(あ)しかりき)律法(おきて)及び我とともに己をギリシアのものとなせり 五五―五七
今彼は、その善行より出でたる惡の、たとひ世を亡ぼすとも、己を害(そこな)はざるを知る 五八―六〇
弓形下(くだ)る處に見ゆるはグリエルモといへる者なり、カルロとフェデリーゴと在るが爲に嘆く國彼なきが爲に泣く 六一―六三
今彼は、天のいかばかり正しき王を慕ふやを知り、今もこれをその輝く姿に表はす 六四―六六
トロイア人(びと)リフェオがこの輪の聖なる光の中の第五なるを、誤り多き下界にては誰か信ぜむ 六七―六九
今彼は、神の恩惠(めぐみ)について世のさとりえざる多くの事を知る、その目も底を認めざれども。 七〇―七二
まづ歌ひつゝ空に漂ふ可憐(いとほし)の雲雀(ひばり)が、やがて自ら最後(をはり)の節(ふし)のうるはしさに愛(め)で、心足りて默(もだ)すごとく 七三―七五
永遠(とこしへ)の悦び(これが願ふところに從ひ萬物皆そのあるごとくなるにいたる)の印せる像(かたち)も心足らへる如く見えき 七六―七八
しかしてかしこにては我のわが疑ひにおけるあたかも玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)(はり)のその被(おほ)ふ色におけるに似たりしかど、この疑ひは默(もだ)して時を待つに堪へず 七九―八一
己が重(おも)さの力をもて、これらの事は何ぞやといふ言(ことば)をばわが口より押出したり、またこれと共に我は大いなる喜びの閃(ひらめ)くを見き 八二―八四
かくてかの尊(たふと)き徴號(しるし)、いよ/\つよく目を燃やしつゝ、我をながく驚異(あやしみ)のうちにとめおかじとて、答ふらく 八五―八七
我見るに、汝がこれらの事を信ずるは、わがこれを言ふが爲にてその所以を知れるに非ず、されば事信ぜられて猶隱る 八八―九〇
汝はあたかも物を名によりてよく會得(ゑとく)すれども、その本質にいたりては人これを現はさゞれば知る能はざる者の如し 九一―九三
それ天の王國は、熱き愛及び生くる望みに侵さる、これらのもの聖意(みこゝろ)に勝つによりてなり 九四―九六
されどその状(さま)人々を從ふる如きに非ず、そがこれに勝つはこれ自ら勝(か)たれんと思へばなり、しかして勝れつゝ己が仁慈(いつくしみ)によりて勝つ 九七―九九
さて眉の中なる第一と第五の生命(いのち)が天使の國に描かるゝを見て汝これを異(あや)しめども 一〇〇―一〇二
かれらはその肉體を出るに當り汝の思ふ如く異教徒なりしに非ず、基督教徒(クリスティアーニ)にて、彼は痛むべき足此は痛める足を固く信じき 一〇三―一〇五
即ちその一者(ひとり)は、善意(よきおもひ)に戻(もど)る者なき處なる地獄より骨に歸れり、是抑※(二の字点、1-2-22)(そも/\)生くる望みの報(むくい)にて 一〇六―一〇八
この生くる望みこそ、彼の甦りその思ひの移るをうるにいたらんため神に捧げまつれる祈りに力をえしめたりしなれ 一〇九―一一一
件(くだん)の尊き魂は肉に歸りて(たゞ少時(しばし)これに宿りき)、己を助くるをうるものを信じ 一一二―一一四
信じつゝ眞(まこと)の愛の火に燃えしかば、第二の死に臨みては、この樂しみを享(う)くるに適(ふさ)はしくなりゐたり 一一五―一一七
また一者(ひとり)は、被造物(つくられしもの)未だ嘗(かつ)て目を第一の波に及ぼしゝことなきまでいと深き泉より流れ出る恩惠(めぐみ)により 一一八―一二〇
その愛を世にてこと/″\く正義に向けたり、是故に恩惠(めぐみ)恩惠に加はり、神彼の目を開きて我等の未來の贖(あがなひ)を見しめぬ 一二一―一二三
是においてか彼これを信じ、其後異教の惡臭(をしう)を忍ばず、かつその事にて多くの悖(もと)れる人々を責めたり 一二四―一二六
汝がかの右の輪の邊(ほとり)に見しみたりの淑女は、洗禮(バッテスモ)の事ありし時より一千年餘の先に當りて彼の洗禮となりたりき 一二七―一二九
あゝ永遠(とこしへ)の定(さだめ)よ、第一の原因(もと)を見きはむるをえざる目に汝の根の遠ざかることいかばかりぞや 一三〇―一三二
また汝等人間よ愼みて事を斷ぜよ、われら神を見る者といへども猶(なほ)凡ての選ばれし者を知らじ 一三三―一三五
而して我等かく缺處(かくるところ)あるを悦ぶ、我等の幸(さいはひ)は神の思召(おぼしめ)す事をわれらもまた思ふといふその幸によりて全うせらるればなり。 一三六―一三八
かくかの神の象(かたち)、わが近眼(ちかめ)をいやさんとて、われにこゝちよき藥を與へき 一三九―一四一
しかしてたとへば巧みに琵琶を奏(かな)づる者が、絃(いと)の震動(ゆるぎ)を、巧みに歌ふ者と合(あは)せて、歌に興を添ふるごとく 一四二―一四四
(憶ひ出づれば)我は鷲の語る間、二のたふとき光が言葉につれて焔を動かし、そのさま雙(さう)の目の 一四五―一四七
時齊(ひと)しく瞬(またゝ)くに似たるを見たり


   第二十一曲

はやわが目は再びわが淑女の顏に注(そゝ)がれ、目とともに意(こゝろ)もこれに注がれて他の一切の思ひを離れき 一―三
この時淑女ほゝゑまずして我に曰ふ。我もしほゝゑまば、汝はあたかも灰となりしときのセーメレの如くになるべし 四―六
これ永遠(とこしへ)の宮殿(みや)の階(きざはし)を傳ひていよ/\高く登るに從ひいよ/\燃ゆる(汝の見し如く)わが美しさは 七―九
和(やはら)げらるゝに非(あらざ)ればいと強く赫(かゞや)くが故に、人たる汝の力その光に當りてさながら雷に碎かるゝ小枝の如くなるによるなり 一〇―一二
われらは擧げられて第七の輝の中にあり、こは燃ゆる獅子の胸の下にてその力とまじりつゝ今下方を照らすもの 一三―一五
汝意(こゝろ)を雙の目の行方(ゆくへ)にとめてかれらを鏡とし、いまこの鏡に見ゆる像(かたち)をこれに映(うつ)せ。 一六―一八
我わが思ひを變へしそのとき、かのたふとき姿のうちにわが目いかなる喜びをえしや、そを知る者は 一九―二一
彼方(かなた)と此方(こなた)とを權(はか)り比(くら)べてしかして知らむ、わが天上の案内者(しるべ)の命に從ふことのいかばかり我に樂しかりしやを 二二―二四
世界のまはりをめぐりつゝその名立(なだゝ)る導者の――一切の邪惡かれの治下(みよ)に滅びにき――名を負(お)ふ水晶の中に 二五―二七
我は一の樹梯(はしだて)を見たり、こは日の光に照らさるゝ黄金(こがね)の色にて、わが目の及ぶあたはざるほど高く聳(そび)えき 二八―三〇
我また段(きだ)を傳ひて諸※(二の字点、1-2-22)の光の降るを見たり、その數(かず)は最(いと)多く、我をして天に現はるゝ一切の光かしこより注がると思はしむ 三一―三三
自然の習(ならひ)とて、晝の始め、冷やかなる羽をあたゝめんため、鴉(からす)むらがりて飛び 三四―三六
後或者は往(ゆ)きて還(かへ)らず、或者はさきにいでたちし處にむかひ、或者は殘りゐてめぐる 三七―三九
むらがり降れるかの煌(きらめき)も、とある段(きだ)に着くに及びて、またかくの如く爲すと見えたり 四〇―四二
しかして我等にいと近く止まれる光殊(こと)に燦(あざやか)になりければ、われ心の中にいふ、我よく汝の我に示す愛を見ると 四三―四五
されど何時(いつ)如何(いか)に言ひまたは默(もだ)すべきやを我に教ふる淑女身を動かすことをせざりき、是においてかわが願ひに背(そむ)き我は問はざるを可(よし)とせり 四六―四八
是時淑女、萬物を見る者に照らして、わが默(もだ)す所以(ゆゑん)を見、汝の熱き願ひを解くべしと我にいふ 四九―五一
我即ち曰ひけるは。わが功徳は我をして汝の答を得しむるに足らず、されど問ふことを我に許す淑女の故によりて請ふ 五二―五四
己が悦びの中にかくるゝ尊き生命(いのち)よ、汝いかなればかくわが身に近づけるやを我に知らせよ 五五―五七
また天堂の妙(たへ)なる調(しらべ)が、下なる諸※(二の字点、1-2-22)の天にてはいとうや/\しく響くなるに、この天にてはいかなれば默(もだ)すやを告げよ。 五八―六〇
答へて我に曰ふ。汝の耳は目の如く人間のものなるがゆゑに、ベアトリーチェの微笑(ほゝゑ)まざると同じ理によりてこゝに歌なし 六一―六三
聖なる梯子(はしご)の段(きだ)を傳ひてわがかく下れるは、たゞ言(ことば)とわが纏(まと)ふ光とをもて汝を喜ばしめんためなり 六四―六六
またわが特(こと)に早かりしも愛の優(まさ)る爲ならじ、汝に焔の現はす如く、優(まさ)るかさなくも等しき愛かしこに高く燃ゆればなり 六七―六九
たゞ我等をば宇宙を治め給ふ聖旨(みむね)の疾(と)き僕(しもべ)となす尊き愛ぞ、汝の視るごとく、こゝにて鬮(くじ)を頒(わか)つなる。 七〇―七二
我曰(い)ふ。聖なる燈火(ともしび)よ、我よく知る、この王宮にては、永遠(とこしへ)の攝理に從ふためには自由の愛にて足ることを 七三―七五
されど何故に汝の侶(とも)を措(お)き汝ひとり豫(あらかじ)め選ばれてこの職(つとめ)を爲すにいたれるや、これわが悟り難(がた)しとする所なり。 七六―七八
わが未だ最後(をはり)の語(ことば)をいはざるさきに、かの光は己が眞中(まなか)を中心として疾(と)き碾石(ひきうす)の如くめぐりき 七九―八一
かくして後そのうちの愛答ふらく。我を包む光を貫いて神の光わが上にとゞまり 八二―八四
その力わが視力(みるちから)と結合(むすびあ)ひつゝ我をはるかに我より高うし、我をしてその出る處なる至高者(いとたかきもの)を見るをえしむ 八五―八七
この見ることこそ我を輝かす悦びの本(もと)なれ、そはわが目の燦(あざや)かなるに從ひ、焔も燦かなればなり 八八―九〇
されどいと強く天にかゞやく魂も、目をいとかたく神にとむるセラフィーノも、汝の願ひを滿すをえじ 九一―九三
これ汝の尋ぬる事は永遠(とこしへ)の定(さだめ)の淵深きところにありて、凡ての造られし目を離るゝによる 九四―九六
汝歸らばこれを人の世に傳へ、かゝる目的(めあて)にむかひて敢(あへ)てまた足を運ぶことなからしむべし 九七―九九
こゝにては光る心も地にては烟(けぶ)る、是故に思へ、天に容(い)れられてさへその爲すをえざる事をいかで下界に爲しえんや。 一〇〇―一〇二
これらの言葉我を控(ひか)へしめたれば、我はこの問を棄て、自ら抑(ひか)へつゝたゞ謙(へりくだ)りてその誰なりしやを問へり 一〇三―一〇五
イタリアの二の岸の間、汝の郷土(ふるさと)よりいと遠くはあらざる處に雷(いかづち)の音遙に下に聞ゆるばかり高く聳ゆる岩ありて 一〇六―一〇八
一の峰を成す、この峰カートリアと呼ばれ、これが下にはたゞ禮拜(らいはい)の爲に用ゐる習なりし一の庵(いほり)聖(きよ)めらる。 一〇九―一一一
かの者三度(みたび)我に語りてまづかくいひ、後また續いていひけるは。かしこにて我ひたすら神に事(つか)へ 一一二―一一四
默想に心を足(たら)はしつゝ、橄欖(かんらん)の液(しる)の食物(くひもの)のみにて、輕く暑さ寒さを過せり 一一五―一一七
昔はかの僧院、これらの天のため、實(み)をさはに結びしに、今はいと空しくなりぬ、かゝればその状(さま)必ず直に顯(あら)はれん 一一八―一二〇
我はかしこにてピエートロ・ダミアーノといひ、アドリアティコの岸なるわれらの淑女の家にてはピエートロ・ペッカトルといへり 一二一―一二三
餘命幾何(いくばく)もなかりしころ、強(し)ひて請(こ)はれて我かの帽を受く、こは傳へらるゝごとに優(すぐ)れる惡に移る物 一二四―一二六
チエファスの來るや、聖靈の大いなる器(うつは)の來るや、身痩(や)せ足に沓(くつ)なく、いかなる宿(やど)の糧(かて)をもくらへり 一二七―一二九
しかるに近代(ちかきよ)の牧者等は、己を左右より支ふる者と導く者と(身いと重ければなり)裳裾(もすそ)をかゝぐる者とを求む 一三〇―一三二
かれらまたその表衣(うはぎ)にて乘馬(じようめ)を蔽(おほ)ふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、怺(こら)へてこゝにいたるとは。 一三三―一三五
かくいへる時、我は多くの焔が段(きだ)より段にくだりてめぐり、かつめぐるごとにいよ/\美しくなるを見き 一三六―一三八
かくてかれらはこの焔のほとりに來り止まりて叫び、世に此(たぐひ)なきまで強き響きを起せり 一三九―一四一
されど我はその雷(いかづち)に堪へずして、聲の何たるを解(げ)せざりき 一四二―一四四


   第二十二曲

驚異(おどろき)のあまり、我は身をわが導者に向はしむ、その状(さま)事ある毎(ごと)に己が第一の恃處(たのみどころ)に馳せ歸る稚兒(をさなご)の如くなりき 一―三
この時淑女、あたかも蒼(あをざ)めて息(いき)はずむ子を、その心をば常に勵(はげ)ます聲をもて、たゞちに宥(なだ)むる母のごとく 四―六
我に曰ふ。汝は汝が天に在(ある)を知らざるや、天は凡て聖にして、こゝに爲さるゝ事、皆熱き愛より出るを知らざるや 七―九
かの叫びさへかくまで汝を動かせるに、歌とわが笑とは、汝をいかに變らしめけむ、今汝これを量(はか)り知りうべし 一〇―一二
もしかの叫びの祈る所をさとりたりせば、汝はこれにより、汝の死なざるさきに見るべき刑罰を、既に知りたりしものを 一三―一五
そも/\天上の劒(つるぎ)たるや、斬るに當りて急(いそ)がず遲(おく)れじ、たゞ望みつゝまたは恐れつゝそを待つ者にかゝる事ありと見ゆるのみ 一六―一八
されど汝今身を他(ほか)の者の方(かた)にむくべし、わがいふごとく目を轉(めぐ)らさば、多くの名高き靈を見るべければなり。 一九―二一
彼の好むごとく我は目を向け、百の小さき球の群(むれ)ゐてその光を交(かは)しつゝいよ/\美しくなれるを見たり 二二―二四
我はさながら過ぐるを恐れて願ひの刺戟を衷(うち)に抑へ敢(あへ)て問はざる人のごとく立ちゐたるに 二五―二七
かの眞珠のうちの最(いと)大いにして最(いと)強く光るもの、己が事につきわが願ひを滿(みた)さんとて進み出でたり 二八―三〇
かくて聲その中(なか)にて曰ふ。汝もしわれらのうちに燃ゆる愛をわがごとく見ば、汝の思ひを言現はさむ 三一―三三
されど汝が、待つことにより、たふとき目的(めあて)に後(おく)れざるため、我は汝のかく愼しみて敢ていはざるその思ひに答ふべし 三四―三六
坂にカッシーノある山にては、往昔(そのかみ)巓に登りゆく迷へる曲(ゆが)める人多かりき 三七―三九
しかして我等をいと高うする眞理をば地に齎(ひと)しゝ者の名を、はじめてかの山に傳へしものは即ち我なり 四〇―四二
またいと深き恩惠(めぐみ)わが上に輝きたれば、我そのまはりの村里(むらざと)をして、世界を惑はしゝ不淨の禮拜(らいはい)を脱(のが)れしむ 四三―四五
さてこれらの火は皆默想に心を寄せ、聖なる花と實とを生ずる熱によりて燃(もや)されし人々なりき 四六―四八
こゝにマッカリオあり、こゝにロモアルドあり、またこゝに足を僧院の内に止めて道心堅固(けんご)なりしわが兄弟達あり。 四九―五一
我彼に。我と語りて汝が示す所の愛と汝等のすべての焔にわが見て心をとむる好(よ)き姿とは 五二―五四
わが信頼の念を伸べ、そのさま日の光が薔薇を伸(の)べてその力のかぎり開くにいたらしむるごとし 五五―五七
是故に父よ汝に請ふ、われ大いなる恩惠(めぐみ)を受けて汝の貌(かたち)を顯(あらは)に見るをうべきや否(いな)や、定(さだ)かに我に知らしめよ。 五八―六〇
是においてか彼。兄弟よ、汝の尊き願ひは最後の球にて滿(みた)さるべし、こはわが願ひも他の凡ての願ひも皆滿(みた)さるゝところなり 六一―六三
かしこにては誰(た)が願ひも備はり、熟し、圓(まどか)なり、かの球においてのみこれが各部はその常にありしところにとゞまる 六四―六六
そはこれ場所を占むるにあらず、軸を有(も)つに非(あらざ)ればなり、われらの梯子(はしご)これに達し、かく汝の目より消ゆ 六七―六九
族長ヤコブその頂の高くかしこに到るを見たり、こはこれがいと多くの天使を載せつゝ彼に現はれし時なりき 七〇―七二
然るに今はこれに登らんとて地より足を離す者なし、わが制(おきて)は紙を損(そこな)はんがために殘るのみ 七三―七五
僧坊たりしむかしの壁は巣窟となりぬ、法衣(ころも)はあしき粉(こな)の滿ちたる袋なり 七六―七八
げに不當の高利といふとも、神の聖旨(みむね)に逆(さから)ふこと、僧侶の心をかく狂はしむる果(み)には及ばじ 七九―八一
そは寺院の貯(たくはへ)は皆神によりて求むる民の物にて、親戚またはさらに賤(いや)しき人々の物ならざればなり 八二―八四
そも/\人間の肉はいと弱し、されば世にては、善く始められし事も、樫(かし)の生出(おひいづ)るより實を結ぶにいたるまでだに續かじ 八五―八七
ピエルは金銀なきに、我は祈りと斷食(だんじき)とをもて、業(わざ)を始め、フランチェスコは身を卑(ひく)うしてその集(つどひ)を起せり 八八―九〇
汝これらのものゝ濫觴(おこり)をたづね後またその迷ひ入りたる處をさぐらば、白の黒くなれるを見む 九一―九三
しかはあれ、神の聖旨(みむね)によりてヨルダンの退(しざ)り海の逃ぐるは、救ひをこゝに見るよりもなほ異(あや)しと見えしなるべし。 九四―九六
かく我に曰ひて後、かれその侶に加はれり、侶は互に寄り近づけり、しかして全衆あたかも旋風の如く上に昇れり 九七―九九
うるはしき淑女はたゞ一の表示(しるし)をもて我を促(うな)がし彼等につゞいてかの梯子(はしご)を上らしむ、その力かくわが自然に勝ちたりき 一〇〇―一〇二
また人の昇降(のぼりくだり)するに當りて自然に從ふ處なるこの下界にては、動くこといかに速かなりともわが翼に此(たぐ)ふに足(た)らじ 一〇三―一〇五
讀者よ(願はくはかの聖なる凱旋にわが歸るをえんことを、我これを求めて屡※(二の字点、1-2-22)わが罪に泣き、わが胸を打つ) 一〇六―一〇八
わがかの金牛に續く天宮を見てその内に入りしごとく早くは汝豈(あに)指を火に入れて引かんや 一〇九―一一一
あゝ榮光の星よ、大いなる力滿つる光よ、我は汝等よりわがすべての才(そはいかなるものなりとも)の出づるを認む 一一二―一一四
我はじめてトスカーナの空氣を吸ひし時、一切の滅ぶる生命(いのち)の父なる者、汝等と共に出で汝等とともに隱れにき 一一五―一一七
後ゆたかなる恩惠(めぐみ)をうけ、汝等をめぐらす貴き天に入りし時、我は圖(はか)らずも汝等の處に着けり 一一八―一二〇
汝等にこそわが魂は、これを己が許(もと)に引くその難所をば超(こ)ゆるに適(ふさ)はしき力をえんとて、今うや/\くしく嘆願(なげく)なれ 一二一―一二三
ベアトリーチェ曰ふ。汝は汝の目を瞭(あきらか)にし鋭くせざるをえざるほど、終極(いやはて)の救ひに近づけり 一二四―一二六
されば汝が未だこれに入らざるさきに、俯(うつむ)き望みて、いかばかりの世界をばわがすでに汝の足の下におきしやを見よ 一二七―一二九
これ凱旋の群衆(ぐんじゆう)喜ばしくこの圓(まろ)き天をわけ來るとき、樂しみ極(きは)まる汝の心のこれに現はれんためぞかし。 一三〇―一三二
われ目を戻して七の天球をこと/″\く望み、さてわが球のさまを見てその劣れる姿のために微笑(ほゝゑ)めり 一三三―一三五
しかしてこれをばいと賤しと判ずる心を我はいと善しと認む、思ひを他の物にむくる人はげに直(なほ)しといふをえむ 一三六―一三八
我はラートナの女(むすめ)がかの影(さきに我をして彼に粗(そ)あり密ありと思はしめたる原因(もと)なりし)なくて燃ゆるを見たり 一三九―一四一
イペリオネよ、こゝにてわが目は汝の子の姿に堪(た)へき、我またマイアとディオネとが彼の周邊(まはり)にかつ彼に近く動くを見たり 一四二―一四四
次に父と子との間にてジョーヴェの和(やはら)ぐるを望み、かれらがその處をば變ふる次第を明らかにしき 一四五―一四七
しかして凡(すべ)て七(なゝつ)の星は、その大いさとそのはやさとその住處(すまひ)の隔たるさまとを我に示せり 一四八―一五〇
われ不朽の雙兒とともにめぐれる間に、人をしていと猛(あら)くならしむる小さき麥場(うちば)、山より河口(かはぐち)にいたるまで悉(こと/″\)く我に現はれき 一五一―一五三
かくて後我は目をかの美しき目にむかはしむ 一五四―一五六


   第二十三曲

物見えわかぬ夜(よる)の間(あひだ)、なつかしき木の葉のうちにて、己がいつくしむ雛とともに巣に休みゐたる鳥が 一―三
かれらの慕はしき姿を見、かつかれらに食(くら)はしむる物をえん――これがためには大いなる勞苦も樂し――とて 四―六
時ならざるに梢にいたり、曉の生るゝをのみうちまもりつゝ、燃ゆる思ひをもて日を待つごとく 七―九
わが淑女は、頭(かうべ)を擧げ心をとめて立ち、日脚(ひあし)の最も遲しとみゆるところにむかへり 一〇―一二
されば彼の待ち憧(あこが)るゝを見、我はあたかも願ひに物を求めつゝ希望(のぞみ)に心を足(たら)はす人の如くになれり 一三―一五
されど彼と此との二の時、即ちわが待つことゝ天のいよ/\赫(かゞや)くを見ることゝの間はたゞしばしのみなりき 一六―一八
ベアトリーチェ曰(い)ふ。見よ、クリストの凱旋の軍を、またこれらの球の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)轉(めぐり)によりて刈取られし一切の實(み)を。 一九―二一
淑女の顏はすべて燃ゆるごとく見え、その目にはわが語らずして已(や)むのほかなき程に大いなる喜悦(よろこび)滿てり 二二―二四
澄(すみ)わたれる望月(もちづき)の空に、トリヴィアが、天の懷(ふところ)をすべて彩色(いろど)る永遠(とこしへ)のニンフェにまじりてほゝゑむごとく 二五―二七
我は千(ちゞ)の燈火(ともしび)の上に一の日輪ありてかれらをこと/″\く燃(もや)し、その状(さま)わが日輪の、星におけるに似たるを見たり 二八―三〇
しかしてかの光る者その生くる光を貫いていと燦(あざや)かにわが顏を照らしたれば、わが目これに堪(た)ふるをえざりき 三一―三三
あゝベアトリーチェわがうるはしき慕はしき導者よ、彼我に曰ふ。汝の視力に勝つものは、防ぐに術(すべ)なき力なり 三四―三六
こゝにこそ、天地(あめつち)の間の路を開きてそのかみ人のいと久しく願ひし事をかなへたるその知慧と力とあるなれ。 三七―三九
たとへば火が雲の容(い)るゝ能(あた)はざるまで延びゆきて遂にこれを破り、その性(さが)に背(そむ)きて地にくだるごとく 四〇―四二
わが心はかの諸※(二の字点、1-2-22)の饗(もてなし)のためにひろがりて己を離れ、そのいかになりしやを自ら思ひ出で難し 四三―四五
いざ目を啓(ひら)きてわが姿を見よ、汝諸※(二の字点、1-2-22)の物を見てはやわが微笑(ほゝゑみ)に堪ふるにいたりたればなり。 四六―四八
過去(こしかた)を録(しる)す書(ふみ)の中より消失することなきほどの感謝をば受くるにふさはしきこの勸(すゝめ)を聞きし時 四九―
我はあたかも忘れし夢をその名殘によりて心に浮べんといたづらに力(つと)むる人のごとくなりき ―五四
たとひポリンニアとその姉妹達とがかれらのいと甘き乳をもていとよく養ひし諸※(二の字点、1-2-22)の舌今擧(こぞ)りて鳴りて 五五―五七
我を助くとも、聖なる微笑(ほゝゑみ)とそがいかばかり聖なる姿を燦(あざや)かにせしやを歌ふにあたり、眞(まこと)の千分(ぶ)一にも到らじ 五八―六〇
是故に天堂を描く時、この聖なる詩は、行手(ゆくて)の道の斷(き)れたるを見る人のごとく、跳(をどり)越えざるをえざるなり 六一―六三
されど題(テーマ)の重きことゝ人間の肩のこれを負(お)ふことゝを思はゞ、たとひこれが下にてゆるぐとも、誰しも肩を責めざるならむ 六四―六六
この勇ましき舳(へさき)のわけゆく路は、小舟またはほねをしみする舟人(ふなびと)の進みうべきところにあらじ 六七―六九
汝何ぞわが顏をのみいたく慕ひて、クリストの光の下(もと)に花咲く美しき園をかへりみざるや 七〇―七二
かしこに薔薇あり、こはその中(なか)にて神の言(ことば)肉となり給へるもの、かしこに諸※(二の字点、1-2-22)の百合あり、こはその薫(かをり)にて人に善道(よきみち)をとらしめしもの。 七三―七五
ベアトリーチェかく、また我は、その勸(すゝめ)に心すべて傾きゐたれば、再び身を弱き眼(まなこ)の戰(いくさ)に委(ゆだ)ねき 七六―七八
日の光雲間(くもま)をわけてあざやかに映(さ)す花の野を、わが目嘗(かつ)て陰に蔽はれて見しことあり 七九―八一
かくの如く、燃ゆる光に上より照らされて輝く者のあまたの群(むれ)を我は見き、その輝の本を見ずして 八二―八四
あゝかくかれらに印影(かた)を捺(お)す慈愛の力よ、汝は力足らざる目にその見るをりをえしめんとて自ら高く昇れるなりき 八五―八七
あさなゆふなわが常に呼びまつる美しき花の名を聞き、我わが魂をこと/″\くあつめて、いと大いなる火をみつむ 八八―九〇
しかして下界にて秀でしごとく天上にてもまた秀づるかの生くる星の質と量とがわが二の目に描かれしとき 九一―九三
天の奧より冠の如き輪形(わがた)を成せる一の燈火(ともしび)降りてこの星を卷き、またこれが周圍(まはり)をめぐれり 九四―九六
世にいと妙(たへ)にひゞきて魂をいと強く惹(ひ)く調(しらべ)といふとも、かの琴――いとあざやかなる天を飾る 九七―
かの美しき碧玉(あをだま)の冠となりし――の音にくらぶれば、雲の裂けてとゞろくごとく思はるべし ―一〇二
われはこれ天使の愛なり、われらの願ひの宿(やど)なりし胎(たい)よりいづるそのたふとき悦びを我今めぐる 一〇三―一〇五
我はめぐらむ、天の淑女よ、汝爾子(みこ)のあとを逐ひゆき、至高球(いとたかききう)をして、汝のこれに入るにより、いよ/\聖ならしむるまで。 一〇六―一〇八
めぐりつゝかくうたひをはれば、他の光はすべてマリアの聖名(みな)を唱(とな)へり 一〇九―一一一
宇宙の諸天をこと/″\く蔽ひ、神の聖息(みいき)と法(のり)とをうけて熱いと強く生氣いと旺(さかん)なる王衣(おうのころも)は 一一二―一一四
その内面(うちがは)われらを遠く上方(うへ)に離れゐたるため、わがをりし處にては、その状(さま)未だ我に見えねば 一一五―一一七
冠を戴きつゝ己が子のあとより昇れる焔に、わが目ともなふあたはざりき 一一八―一二〇
しかしてたとへば、乳を吸ひし後、愛燃えて外(そと)にあらはれ、腕(かひな)を母の方(かた)に伸(の)ぶる稚兒(をさなご)のごとく 一二一―一二三
これらの光る火、いづれもその焔を上方(うへ)に伸べ、そがマリアにむかひていだく尊き愛を我に示しき 一二四―一二六
かくてかれらはレーギーナ・コイリーをうたひつゝわが眼前(めのまへ)に殘りゐたり、その歌いと妙(たへ)にしてこれが喜び一度(たび)も我を離れしことなし 一二七―一二九
あゝこれらの最(いと)も富める櫃(はこ)に――こは下界にて種を蒔(ま)くに適(ふさ)はしき地なりき――收めし物の豐かなることいかばかりぞや 一三〇―一三二
こゝにはかれらそのバビローニアの流刑(るけい)に泣きつゝ黄金(こがね)をかしこに棄てゝえたる財寶(たから)にて生き、かつこれを樂しむ 一三三―一三五
こゝにはいと大いなる榮光の鑰を保つ者、神の、またマリアの尊き子の下(もと)にて、舊新二つの集會(つどひ)とともに 一三六―
その戰勝(かちいくさ)を祝ふ ―一四一


   第二十四曲

あゝ尊き羔(こひつじ)(彼汝等に食を與へて常に汝等の願ひを滿たす)の大いなる晩餐(ゆふげ)に選ばれて列る侶等よ 一―三
神の恩惠(めぐみ)により、此人汝等の食卓(つくゑ)より落つる物をば、死が未だ彼の期(とき)を定めざるさきに豫(あらかじ)め味ふなれば 四―六
心をかれのいと深き願ひにとめ、少しくかれを露にて潤(うる)ほせ、汝等は彼の思ふ事の出づる本(もと)なる泉の水をたえず飮むなり。 七―九
ベアトリーチェかく、またかの喜べる魂等は、動かざる軸の貫(つらぬ)く球となりて、そのはげしく燃ゆることあたかも彗星(はうきぼし)に似たりき 一〇―一二
しかして時辰儀(じしんぎ)にては、その裝置(しかけ)の輪※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)るにあたり、これに心をとむる人に、初めの輪しづまりて終りの輪飛ぶと見ゆるごとく 一三―一五
これらの球は、或は速く或は遲くさま/″\に舞ひ、我をしてかれらの富を量(はか)るをえしめき 一六―一八
さていと美しと我に見えし球の中より一の火出づ、こはいと福なる火にて、かしこに殘れる者一としてこれより燦(あざやか)なるはなかりき 一九―二一
この火歌ひつゝベアトリーチェの周邊(まはり)をめぐること三度(たび)、その歌いと聖なりければ我今心に浮べんとすれども効(かひ)なし 二二―二四
是故にわが筆跳越(をどりこ)えてこれを録(しる)さじ、われらの想像は、况(まし)て言葉は、かゝる襞※(「ころもへん+責」、第3水準1-91-87)(ひだ)にとりて色明(あかる)きに過ればなり 二五―二七
あゝかくうや/\しくわれらに請ふわが聖なる姉妹よ、汝の燃ゆる愛によりて汝は我をかの美しき球より解けり。 二八―三〇
かの福なる火は、止まりて後、息(いき)をわが淑女に向けつゝ、わがいへるごとく語れるなりき 三一―三三
この時淑女。あゝわれらの主がこの奇(く)しき悦びの鑰(かぎ)(下界に主の齎(もたら)し給ひし)を委(ゆだ)ね給へる丈夫(ますらを)の永遠(とこしへ)の光よ 三四―三六
嘗(かつ)て汝に海の上を歩ましめし信仰に就き、輕き重き種々(さま/″\)の事をもて、汝の好むごとく彼を試みよ 三七―三九
彼善く愛し善く望みかつ信ずるや否や、汝これを知る、そは汝目を萬物(よろづのもの)の描かれて視ゆるところにとむればなり 四〇―四二
されどこの王國が民を得たるは眞(まこと)の信仰によるがゆゑに、これに榮光あらしめんため、これの事を語る機(をり)の彼に來るを宜(むべ)とす。 四三―四五
あたかも學士が、師の問を發(おこ)すを待ちつゝ、これを論(あげつら)はんため――これを決(きむ)るためならず――默(もだ)して備を成すごとく 四六―四八
我はかゝる問者に答へかつかゝる告白をなすをえんため、淑女の語りゐたる間に、一切の理(ことはり)をもて備を成せり 四九―五一
いへ、良き基督教徒(クリスティアーノ)よ、汝の思ふ所を明(あか)せ、そも/\信仰といふは何ぞや。我即ち頭(かうべ)を擧げてこの言(ことば)の出でし處なる光を見 五二―五四
後ベアトリーチェにむかへば、かれ直に我に示してわが心の泉より水を注ぎいださしむ 五五―五七
我曰ふ。大いなる長(をさ)の前にてわがいひあらはすを許す恩惠(めぐみ)、願はくは我をしてよくわが思ひを述ぶるをえしめよ。 五八―六〇
かくて續いて曰ふ。父よ、汝とともに、ローマを正しき路に就かせし汝の愛する兄弟の、眞(まこと)の筆の録(しる)すごとく 六一―六三
信仰とは望まるゝ物の基見えざる物の證(あかし)なり、しかして是その本質と見ゆ。 六四―六六
是時聲曰ふ。汝の思ふ所正し、されど彼が何故にこれをまづ基の中に置き、後證(あかし)の中に置きしやを汝よくさとるや否(いな)や。 六七―六九
我即ち。こゝにて我にあらはるゝもろ/\の奧深き事物も、全く下界の目にかくれ 七〇―七二
かしこにてはその在りとせらるゝことたゞ信によるのみ、人この信の上に高き望みを築くがゆゑに、この物即ち基に當る 七三―七五
また人他(ほか)の物を見ず、たゞこの信によりて理(ことわ)らざるをえざるがゆゑに、この物即ち證(あかし)にあたる。 七六―七八
是時聲曰ふ。凡そ教へによりて世に知らるゝものみなかくの如く解(げ)せられんには、詭辯者の才かしこに容れられざるにいたらむ。 七九―八一
かくかの燃ゆる愛言(ことば)に出(いだ)し、後加ふらく。この貨幣の混合物(まぜもの)とその重さとは汝既にいとよく檢(しら)べぬ 八二―八四
されどいへ、汝はこれを己が財布の中に有(も)つや。我即ち。然り、そを鑄(い)し樣(さま)に何の疑はしき事もなきまで光りて圓(まる)し。 八五―八七
この時、かしこに輝きゐたるかの光の奧より聲出でゝいふ。一切の徳の礎(いしずゑ)なるこの貴き珠は 八八―九〇
そも/\いづこより汝の許(もと)に來れるや。我。舊新二種の皮の上にゆたかに注ぐ聖靈の雨は 九一―九三
これが眞(まこと)を我に示しゝ論法にて、その鋭きに此(くら)ぶれば、いかなる證明も鈍(にぶ)しとみゆ。 九四―九六
聲次(つい)で曰ふ。かく汝に論決せしむる舊新二つの命題を、汝が神の言(ことば)となすは何故ぞや。 九七―九九
我。この眞理を我に現はす所の證(あかし)が、ともなへる諸※(二の字点、1-2-22)の業(わざ)(即ち自然がその爲鐡(くろがね)を燒きまたは鐡床(かなしき)を打しことなき)なり 一〇〇―一〇二
聲我に答ふらく。いへ、これらの業の行はれしを汝に定かならしむるものは誰ぞや、他なし、自ら證(あかし)を求むる者ぞ汝にこれを誓ふなる。 一〇三―一〇五
我曰ふ。奇蹟なきに世キリストの教へに歸依(きえ)せば、是かへつて一の大いなる奇蹟にて、他の凡ての奇蹟はその百分(ぶ)一にも當らじ 一〇六―一〇八
そは汝、貧しく、饑(う)ゑつゝ、畠(はた)に入り、良木(よきき)の種を蒔(ま)きたればなり(この木昔葡萄(ぶどう)なりしも今荊棘(いばら)となりぬ)。 一〇九―一一一
かくいひ終れる時、尊き聖なる宮人(みやびと)等、天上の歌の調(しらべ)妙(たへ)に、「われら神を讚美す」と歌ひ、諸※(二の字点、1-2-22)の球に響きわたらしむ 一一二―一一四
しかして問質(とひたゞ)しつゝかく枝より枝に我をみちびき、はや我とともに梢に近づきゐたる長(をさ) 一一五―一一七
重ねて曰ふ。汝の心と契(ちぎ)る恩惠(めぐみ)、今までふさはしく汝の口を啓(ひら)けるがゆゑに 一一八―一二〇
我は出でしものを可(よし)とす、されど汝何を信ずるや、また何によりてかく信ずるにいたれるや、今これを我に述ぶべし。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝ聖なる父よ、墓の邊(ほとり)にて若(わか)き足に勝ちしほどかたく信じゐたりしものを今見る靈よ 一二四―一二六
汝は我にわがとくいだける信の本體をこゝにあらはさんことを望み、かつまたこれがゆゑよしを問ふ 一二七―一二九
わが答は是なり、我は一神(ひとりのかみ)、唯一(たゞひとり)にて永遠(とこしへ)にいまし、愛と願ひとをもてすべての天を動かしつゝ自ら動かざる神を信ず 一三〇―一三二
しかして、かゝる信仰に對しては、我に物理哲理の證(あかし)あるのみならじ、モイゼ、諸※(二の字点、1-2-22)の豫言者、詩篇、聖傳 一三三―
及び汝等即ち燃ゆる靈に淨められし後書録(かきしる)せる人々によりこゝより降下(ふりくだ)る眞理もまた我にこの信を與ふ ―一三八
我また永遠(とこしへ)の三位を信ず、しかしてこれらの本(もと)は一、一にして三なれば、おしなべてソノといひエステといふをうるを信ず 一三九―一四一
わがいふところの奧深き神のさまをば、福音の教へいくたびもわが心に印す 一四二―一四四
是ぞ源、是ぞ火花、後延びて強き炎となり、あたかも天(そら)の星のごとくわが心に煌めくものなる。 一四五―一四七
己を悦ばす事を聞く主(しゆ)が、僕(しもべ)やがて默(もだ)すとき、その報知(しらせ)にめでゝ、直ちにこれを抱くごとく 一四八―一五〇
かの使徒の光――我に命じて語らしめし――は、わが默しゝ時、直ちに歌ひて我を祝しつゝ、三度(たび)わが周圍(まはり)をめぐれり 一五一―
わが言(ことば)かくその意(こゝろ)に適(かな)へるなりき。 ―一五六


   第二十五曲

年久しく我を窶(やつ)れしむるほど天地(あめつち)ともに手を下しゝ聖なる詩、もしかの麗はしき圈(をり)―― 一―
かしこに軍(いくさ)を起す狼どもの敵(あだ)、羔(こひつじ)としてわが眠りゐし處――より我を閉(し)め出(いだ)すその殘忍に勝つこともあらば ―六
その時我は變れる聲と變れる毛とをもて詩人として歸りゆき、わが洗禮(バッテスモ)の盤のほとりに冠を戴かむ 七―九
そは我かしこにて、魂を神に知らすものなる信仰に入り、後ピエートロこれが爲にかくわが額(ひたひ)の周圍(まはり)をめぐりたればなり 一〇―一二
クリストがその代理者の初果(はつなり)として殘しゝ者の出でし球より、このとき一の光こなたに進めり 一三―一五
わが淑女いたく悦びて我にいふ。見よ、見よ、かの長(をさ)を見よ、かれの爲にこそ下界にて人ガーリツィアに詣(まうづ)るなれ。 一六―一八
鳩その侶(とも)の傍(かたへ)に飛びくだるとき、かれもこれも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りつゝさゝやきつゝ、互(かたみ)に愛をあらはすごとく 一九―二一
我はひとりの大いなる貴き君が他のかゝる君に迎へられ、かれらを飽(あ)かしむる天上の糧(かて)をばともに讚(ほ)め稱(たゝ)ふるを見き 二二―二四
されど會繹(えしやく)終れる時、かれらはいづれも、我に顏を垂(た)れしむるほど強く燃えつゝ、默(もだ)してわが前にとゞまれり 二五―二七
是時ベアトリーチェ微笑(ほゝゑ)みて曰ふ。われらの王宮の惠みのゆたかなるを録(しる)しゝなだゝる生命(いのち)よ 二八―三〇
望みをばこの高き處に響き渡らすべし、汝知る、イエスが、己をいとよく三人(みたり)に顯はし給ひし毎に、汝のこれを象(かたど)れるを。 三一―三三
頭(かうべ)を擧げよ、しかして心を強くせよ、人の世界よりこゝに登り來るものは、みなわれらの光によりて熟せざるをえざればなり。 三四―三六
この勵ます言(ことば)第二の火よりわが許(もと)に來れり、是においてか我は目を擧げ、かの先に重きに過ぎてこれを垂(た)れしめし山を見ぬ二七
恩惠(めぐみ)によりてわれらの帝(みかど)は、汝が、未だ死なざるさきに、その諸※(二の字点、1-2-22)の伯達(きみたち)と内殿に會ふことを許し 四〇―四二
汝をしてこの王宮の眞状(まことのさま)を見、これにより望み即ち下界に於て正しき愛を促(うなが)すものをば、汝と他(ほか)の人々の心に、強むるをえしめ給ふなれば 四三―四五
その望みの何なりや、いかに汝の心に咲くや、またいづこより汝の許に來れるやをいへ。第二の光續いてさらにかく曰へり 四六―四八
わが翼の羽を導いてかく高く飛ばしめしかの慈悲深き淑女、是時我より先に答へていふ 四九―五一
わが軍を遍(あまね)く照らすかの日輪に録(しる)さるゝごとく、戰鬪(たゝかひ)に參(あづか)る寺院にては彼より多くの望みをいだく子一人(ひとり)だになし 五二―五四
是故にかれは、その軍役(いくさのつとめ)を終へざるさきにエジプトを出で、イエルサレムメに來りて見ることを許さる 五五―五七
さて他(ほか)の二の事、即ち汝が、知らんとてならず、たゞ彼をしてこの徳のいかばかり汝の心に適(かな)ふやを傳へしめんとて問ひし事は 五八―六〇
我是を彼に委(ゆだ)ぬ、そは是彼に難からず虚榮の本(もと)とならざればなり、彼これに答ふべし、また願はくは神恩(かみのめぐみ)彼にかく爲(な)すをえしめ給へ。 六一―六三
あたかも弟子が、その精(くわ)しく知れる事においては、わが才能(ちから)を現はさんため、疾(と)くかつ喜びて師に答ふるごとく 六四―六六
我曰ひけるは。望みとは未來の榮光の確(かた)き期待にて、かゝる期待は神の恩惠(めぐみ)と先立つ功徳より生ず 六七―六九
この光多くの星より我許(わがもと)に來れど、はじめてこれをわが心に注げるは、最大(いとおほ)いなる導者を歌へる最大いなる歌人(うたびと)たりし者なりき 七〇―七二
かれその聖歌の中にいふ、爾名(みな)を知る者は望みを汝におくべしと、また誰か我の如く信じてしかしてこれを知らざらんや 七三―七五
かれの雫(しづく)とともに汝その後(のち)書(ふみ)のうちにて我にこれを滴(したゝ)らし、我をして滿たされて汝等の雨を他(ほか)の人々にも降らさしむ。 七六―七八
わが語りゐたる間、かの火の生くる懷(ふところ)のうちにとある閃(ひらめき)、俄にかつ屡※(二の字点、1-2-22)顫(ふる)ひ、そのさま電光(いなづま)の如くなりき 七九―八一
かくていふ。棕櫚(しゆろ)をうるまで、戰場(いくさのには)を出づる時まで、我にともなへる徳にむかひ今も我を燃(もや)す愛 八二―八四
我に勸(すゝ)めて再び汝――この徳を慕ふ者なる――と語らしむ、されば請ふ、望みの汝に何を約するやを告げよ。 八五―八七
我。新舊二つの聖經標(みふみしるし)を建(た)つ、この標こそ我にこれを指示(さししめ)すなれ、神が友となしたまへる魂につき 八八―九〇
イザヤは、かれらいづれも己が郷土(ふるさと)にて二重(ふたへ)の衣を着るべしといへり、己が郷土とは即ちこのうるはしき生の事なり 九一―九三
また汝の兄弟は、白衣(しろきころも)のことを述べしところにて、さらに詳(つまび)らかにこの默示をわれらにあらはす。 九四―九六
かくいひ終れる時、スペーレント・イン・テーまづわれらの上に聞え、舞ふ者こと/″\くこれに和したり 九七―九九
次いでかれらの中にて一の光いと強く輝けり、げにもし巨蟹宮に一のかゝる水晶あらば、冬の一月(ひとつき)はたゞ一の晝とならむ 一〇〇―一〇二
またたとへば喜ぶ處女(をとめ)が、その短處(おちど)の爲ならず、たゞ新婦(はなよめ)の祝ひのために、起(た)ち、行き、踊りに加はるごとく 一〇三―一〇五
かの輝く光は、己が燃ゆる愛に應じて圓くめぐれる二の光の許(もと)に來れり 一〇六―一〇八
かくてかしこにて歌と節とを合はせ、またわが淑女は、默(もだ)して動かざる新婦(はなよめ)のごとく、目をかれらにとむ 一〇六―一〇八
こは昔われらの伽藍鳥(ペルリカーノ)の胸に倚(よ)りし者、また選ばれて十字架の上より大いなる務を委(ゆだ)ねられし者なり。 一一二―一一四
わが淑女かく、されどその言(ことば)のためにその目を移さず、これをかたくとむることいはざる先の如くなりき 一一五―一一七
瞳を定めて、日の少しく虧(か)くるを見んと力(つと)むる人は、見んとてかへつて見る能はざるにいたる 一一八―一二〇
わがかの最後の火におけるもまたかくの如くなりき、是時聲曰ふ。汝何ぞこゝに在らざる物を視んとて汝の目を眩(まばゆ)うするや 一二一―一二三
わが肉體は土にして地にあり、またわれらの數(かず)が永遠(とこしへ)の聖旨(みむね)に配(そ)ふにいたるまでは他の肉體と共にかしこにあらむ 一二四―一二六
二襲(かさね)の衣を着つゝ尊き僧院にあるものは、昇りし二の光のみ、汝これを汝等の世に傳ふべし。 一二七―一二九
かくいへるとき、焔の舞は、三の氣吹(いぶき)の音(おと)のまじれるうるはしき歌とともにしづまり 一三〇―一三二
さながら水を掻きゐたる櫂(かひ)が、疲勞(つかれ)または危き事を避けんため、一の笛の音(ね)とともにみな止まる如くなりき 一三三―一三五
あゝわが心の亂れいかなりしぞや、そは我是時身を轉(めぐ)らしてベアトリーチェを見んとせしかど(我彼に近くかつ福の世にありながら) 一三六―
見るをえざりければなり ―一四一


   第二十六曲

わが視力の盡きしことにて我危ぶみゐたりしとき、これを盡きしめしかの輝く焔より一の聲出でゝわが心を惹けり 一―三
曰ふ。我を見て失ひし目の作用(はたらき)をば汝の再び得るまでは、語りてこれを償(つぐの)ふをよしとす 四―六
さればまづ、いへ、汝の魂何處(いづこ)をめざすや、かつまた信ぜよ、汝の視力は亂れしのみにて、滅び失せしにあらざるを 七―九
そは汝を導いてこの聖地を過ぐる淑女は、アナーニアの手の有(も)てる力を目にもてばなり 一〇―一二
我曰ふ。遲速(おそきはやき)を問はずたゞ彼の心のまゝにわが目癒(い)ゆべし、こは彼が、絶えず我を燃(もや)す火をもて入來りし時の門なりき 一三―一五
さてこの王宮を幸(さきは)ふ善こそ、或は低く或は高く愛のわが爲に讀むかぎりの文字(もじ)のアルファにしてオメガなれ。 一六―一八
目の俄にくらめるための恐れを我より取去れるその聲、我をして重ねて語るの意を起さしむ 一九―二一
その言(ことば)に曰ふ。げに汝はさらに細かき篩にて漉さゞるべからず、誰(た)が汝の弓をかゝる的(まと)に向けしめしやをいはざるべからず。 二二―二四
我。哲理の論ずる所によりまたこゝより降る權威によりて、かゝる愛は、我に象(かた)を捺(お)さゞるべからず 二五―二七
これ善は、その善なるかぎり、知らるゝとともに愛を燃(もや)し、かつその含む善の多きに從ひて愛また大いなるによる 二八―三〇
されば己の外に存する善がいづれもたゞ己の光の一線(すぢ)に過ぎざるほど勝(すぐ)るゝ者に向ひては 三一―三三
この證(あかし)の基(もとゐ)なる眞理をわきまふる人の心、他の者にむかふ時にまさりて愛しつゝ進まざるをえじ 三四―三六
我に凡ての永遠(とこしへ)の物の第一の愛を示すもの、かゝる眞理をわが智に明(あか)し 三七―三九
眞(まこと)の作者、即ち己が事を語りて我汝に一切の徳を見すべしとモイゼにいへる者の聲これを明し 四〇―四二
汝も亦、かの尊き公布(ふれ)により、他(ほか)のすべての告示(しらせ)にまさりて、こゝの秘密を下界に徇(とな)へつゝ、我にこれを明すなり。 四三―四五
是時聲曰ふ。人智及びこれと相和する權威によりて、汝の愛のうちの最(いと)大いなるもの神にむかふ 四六―四八
されど汝は、神の方(かた)に汝を引寄する綱のこの外(ほか)にもあるを覺ゆるや、請ふ更にこれを告げこの愛が幾個(いくつ)の齒にて汝を噛むやを言現(いひあら)はすべし。 四九―五一
クリストの鷲の聖なる思ひ隱れざりき、否(いな)我はよく彼のわが告白をばいづこに導かんとせしやを知りて 五二―五四
即ちまたいひけるは。齒をもて心を神に向はしむるをうるもの、みなわが愛と結び合へり 五五―五七
そは宇宙の存在、我の存在、我を活かしめんとて彼の受けし死、及び凡そ信ずる人の我と等しく望むものは 五八―六〇
先に述べし生くる認識とともに、我を悖(もと)れる愛の海より引きて、正しき愛の岸に置きたればなり 六一―六三
永遠(とこしへ)の園丁(にはつくり)の園にあまねく茂る葉を、我は神がかれらに授け給ふ幸(さいはひ)の度に從ひて愛す。 六四―六六
我默(もだ)しゝとき、忽ち一のいとうるはしき歌天に響き、わが淑女全衆に和して、聖なり聖なり聖なりといへり 六七―六九
鋭き光にあへば、物視る靈が、膜より膜に進み入るその輝に馳せ向ふため、眠り覺まされ 七〇―七二
覺めたる人は、判ずる力己を助くるにいたるまで、己が俄にさめし次第を知らで、その視る物におびゆるごとく 七三―七五
ベアトリーチェは、千哩(ミーリア)の先をも照らす己が目の光をもて、一切の埃(ほこり)をわが目より拂ひ 七六―七八
我は是時前よりもよく見るをえて、第四の光のわれらとともにあるを知り、いたく驚きてこれが事を問へり 七九―八一
わが淑女。この光の中には、第一の力のはじめて造れる第一の魂その造主(つくりぬし)を慕ふ。 八二―八四
たとへば風過ぐるとき、枝はその尖(さき)を垂(た)るれど、己が力に擡(もた)げられて、後また己を高むるごとく 八五―八七
我は彼の語れる間、いたく異(あや)しみて頭(かうべ)を低(た)れしも、語るの願ひに燃されて、後再び心を強うし 八八―九〇
曰ひけるは。あゝ熟して結べる唯一(たゞひとつ)の果實(このみ)よ、あゝ新婦(はなよめ)といふ新婦を女(むすめ)子婦(よめ)に有(も)つ昔の父よ 九一―九三
我いとうや/\しく汝に祈(ね)ぐ、請ふ語れ、わが願ひは汝の知るところなれば、汝の言(ことば)を疾(と)く聞かんため、我いはじ。 九四―九六
獸包まれて身を搖動(ゆりうごか)し、包む物またこれとともに動くがゆゑに、願ひを現はさゞるををえざることあり 九七―九九
かくの如く、第一の魂は、いかに悦びつゝわが望みに添はんとせしやを、その蔽物(おほひ)によりて我に示しき 一〇〇―一〇二
かくていふ。汝我に言現はさずとも、わが汝の願ひを知ること、およそ汝にいと明らかなることを汝の知るにもまさる 一〇三―一〇五
こは我これを眞(まこと)の鏡――この鏡萬物を己に映(うつ)せど、一物としてこれを己に映(うつ)すはなし――に照して見るによりてなり 一〇六―一〇八
汝の聞かんと欲するは、この淑女がかく長き階(きぎはし)をば汝に昇るをえしめし處なる高き園の中に神の我を置給ひしは幾年前(いくとせさき)なりしやといふ事 一〇九―一一一
これがいつまでわが目の樂なりしやといふ事、大いなる憤(いきどほり)の眞(まこと)の原因(もと)、またわが用ゐわが作れる言葉の事即ち是なり 一一二―一一四
さて我子よ、かの大いなる流刑(るけい)の原因(もと)は、木實(このみ)を味(あぢは)へるその事ならで、たゞ分を超(こ)えたることなり 一一五―一一七
我は汝の淑女がヴィルジリオを出立(いでた)ゝしめし處にありて、四千三百二年の間この集會(つどひ)を慕ひたり 一一八―一二〇
また地に住みし間に、我は日が九百三十回、その道にあたるすべての光に歸るを見たり 一二一―一二三
わが用ゐし言葉は、ネムブロットの族(やから)がかの成し終へ難き業(わざ)を試みしその時よりも久しき以前(さき)に悉く絶えにき 一二四―一二六
そは人の好む所天にともなひて改まるがゆゑに、理性より生じてしかして永遠(とこしへ)に續くべきもの未だ一つだにありしことなければなり 一二七―一二九
抑※(二の字点、1-2-22)(そも/\)人の物言ふは自然の業(わざ)なり、されどかく言ひかくいふことは自然これを汝等に委(ゆだ)ね汝等の好むまゝに爲さしむ 一三〇―一三二
わが未だ地獄に降りて苦しみをうけざりしさきには、我を裏(つゝ)む喜悦(よろこび)の本(もと)なる至上の善、世にてI(イ)と呼ばれ 一三三―一三五
その後EL(エル)と呼ばれにき、是亦宜(うべ)なり、そは人の習慣(ならはし)は、さながら枝の上なる葉の、彼散りて此生ずるに似たればなり 一三六―一三八
かの波の上いと高く聳(そび)ゆる山に、罪なくしてまた罪ありてわが住みしは、第一時より、日の象限(しやうげん)を變ふるとともに 一三九―
第六時に次ぐ時までの間なりき。 ―一四四


   第二十七曲

父に子に聖靈に榮光あれ。天堂擧(こぞ)りてかく唱(とな)へ、そのうるはしき歌をもて我を醉はしむ 一―三
わが見し物は宇宙の一微笑(ひとゑみ)のごとくなりき、是故にわが醉(ゑひ)耳よりも目よりも入りたり 四―六
あゝ樂しみよ、あゝいひがたき歡びよ、あゝ愛と平和とより成る完(まつた)き生よ、あゝ慾なき恐れなき富よ 七―九
わが目の前には四(よつ)の燈火(ともしび)燃えゐたり、しかして第一に來れるものいよ/\あざやかになり 一〇―一二
かつその姿を改めぬ、木星(ジョーヴェ)もし火星(マルテ)とともに鳥にして羽を交換(とりかは)しなば、またかくの如くなるべし 一三―一五
次序(ついで)と任務(つとめ)とをこゝにて頒(わか)ち與ふる攝理、四方(よも)の聖徒達をしてしづかならしめしとき 一六―一八
わが聞ける言(ことば)にいふ。われ色を變ふと雖も異(あや)しむ莫(なか)れ、そはわが語るを聞きて是等の者みな色を變ふるを汝見るべければなり 一九―二一
わが地位、わが地位、わが地位(神の子の聖前(みまへ)にては今も空(むな)し)を世にて奪ふ者 二二―二四
わが墓所(はかどころ)をば血と穢(けがれ)との溝となせり、是においてか天上より墮(お)ちし悖(もと)れる者も下界に己が心を和らぐ。 二五―二七
是時我は、日と相對(あひむか)ふによりて朝(あした)夕(ゆふべ)に雲を染めなす色の、遍(あまね)く天に漲(みなぎ)るを見たり 二八―三〇
しかしてたとへばしとやかなる淑女が、心に怖(おそ)るゝことなけれど、他人(ひと)の過失(おちど)をたゞ聞くのみにてはぢらふごとく 三一―三三
ベアトリーチェは容貌(かたち)を變へき、思ふに比類(たぐひ)なき威能(ちから)の患(なや)み給ひし時にも、天かく暗くなりしなるべし 三四―三六
かくてピエートロ、容貌(かたち)の變るに劣らざるまでかはれる聲にて、續いて曰ふ 三七―三九
抑※(二の字点、1-2-22)クリストの新婦(はなよめ)を、わが血及びリーン、クレートの血にてはぐゝめるは、これをして黄金(こがね)をうるの手段(てだて)たらしめん爲ならず 四〇―四二
否(いな)この樂しき生を得ん爲にこそ、シストもピオもカーリストもウルバーノも、多くの苦患(なやみ)の後血を注げるなれ 四三―四五
基督教徒(クリスティアーニ)なる民の一部我等の繼承者(けいしようじや)の右に坐し、その一部左に坐するは、われらの志しゝところにあらじ 四六―四八
我に委(ゆだ)ねられし鑰(かぎ)が、受洗者(じゆせんじや)と戰ふための旗のしるしとなることもまた然(しか)り 四九―五一
我を印の象(かた)となして、贏利虚妄(えいりきよまう)の特典に捺(お)し、われをして屡※(二の字点、1-2-22)かつ恥ぢかつ憤(おこ)らしむることも亦然り 五二―五四
こゝ天上より眺むれば、牧者の衣を着たる暴(あら)き狼隨處(いたるところ)の牧場(まきば)に見ゆ、あゝ神の擁護(みまもり)よ、何ぞ今も起(た)たざるや 五五―五七
カオルサ人(びと)等とグアスコニア人等、はや我等の血を飮まんとす、ああ善き始めよ、汝の落行先(おちゆくさき)はいかなる惡しき終りぞや 五八―六〇
されど思ふに、シピオによりローマに世界の榮光を保たしめたる尊き攝理、直ちに助け給ふべし 六一―六三
また子よ、汝は肉體の重さのため再び下界に歸るべければ、口を啓(ひら)け、わが隱さゞる事を隱す莫(なか)れ。 六四―六六
日輪天の磨羯(まかつ)の角(つの)に觸るゝとき、凍(こほ)れる水氣片(ひら)を成してわが世の空(そら)より降るごとく 六七―六九
我はかの飾れる精氣より、さきにわれらとともにかしこに止まれる凱旋(がいせん)の水氣片(ひら)をなして昇るを見たり 七〇―七二
わが目はかれらの姿にともなひ、間(あはひ)の大いなるによりさらに先を見るをえざるにいたりてやみぬ 七三―七五
是においてか淑女、わが仰ぎ見ざるを視、我にいふ。目を垂(た)れて汝の※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)れるさまを見るべし。 七六―七八
我見しに、はじめわが見し時より以來(このかた)、我は第一帶の半(なかば)よりその端(はし)に亘る弧線(アルコ)を悉くめぐり終へゐたり 七九―八一
さればガーデのかなたにはウリッセの狂(くるほ)しき船路(ふなぢ)見え、近くこなたには、エウローパがゆかしき荷となりし處なる岸見えぬ 八二―八四
日輪もし一天宮餘を隔(へだ)てゝわが足の下に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りをらずば、この小さき麥場(うちば)なほ廣く我に現はれたりしなるべし 八五―八七
たえずわが淑女と契る戀心(こひごゝろ)、常よりもはげしく燃えつゝ、わが目を再び彼にむかしむ 八八―九〇
げに自然や技(わざ)が、心を獲んためまづ目を捉(とら)へんとて、人の肉體やその繪姿(ゑすがた)に造れる餌(ゑば) 九一―九三
すべて合はさるとも、わが彼のほゝゑむ顏に向へるとき我を照らしゝ聖なる樂しみに此ぶれば物の數ならじと見ゆべし 九四―九六
しかしてかく見しことよりわが受けたる力は、我をレーダの美しき巣より引離して、いと疾(はや)き天に押し入れき 九七―九九
これが各部皆いと強く輝きて高くかつみな同じ状(さま)なれば、我はベアトリーチェがその孰(いづ)れを選びてわが居る處となしゝやを知らじ 一〇〇―一〇二
されど淑女は、わが願ひを見、その顏に神の悦び現はると思ふばかりいとうれしくほゝゑみていふ 一〇三―一〇五
中心を鎭(しづ)め、その周圍(まはり)なる一切の物を動かす宇宙の性(さが)は、己が源より出づるごとく、こゝよりいづ 一〇六―一〇八
またこの天には神意(みこころ)の外(ほか)處(ところ)なし、しかしてこれを轉らす愛とこれが降(ふら)す力とはこの神意の中に燃ゆ 一〇九―一一一
一の圈の光と愛これを容るゝことあたかもこれが他の諸※(二の字点、1-2-22)の圈を容(い)るゝに似たり、しかしてこの圈を司(つかさど)る者はたゞこれを包む者のみ 一一二―一一四
またこれが運行は他の運行によりて測(はか)られじ、されど他の運行は皆これによりて量(はか)らる、猶十のその半(なかば)と五分(ぶ)一とによりて測らるゝ如し 一一五―一一七
されば時なるものが、その根をかゝる鉢に保ち、葉を他の諸※(二の字点、1-2-22)の鉢にたもつ次第は、今汝に明らかならむ 一一八―一二〇
あゝ慾よ、汝は人間を深く汝の下に沈め、ひとりだに汝の波より目を擡(もた)ぐるをえざるにいたらしむ 一二一―一二三
意志は人々のうちに良花(よきはな)と咲けども、雨の止まざるにより、眞(まこと)の李(すもゝ)惡しき實に變る 一二四―一二六
信と純とはたゞ童兒(わらべ)の中にあるのみ、頬に鬚(ひげ)の生(お)ひざるさきにいづれも逃ぐ 一二七―一二九
片言(かたこと)をいふ間斷食(だんじき)を守る者も、舌ゆるむ時至れば、いかなる月の頃にてもすべての食物(くひもの)を貪りくらひ 一三〇―一三二
片言をいふ間母を愛しこれに從ふ者も、言語(ことば)調(とゝの)ふ時いたれば、これが葬らるゝを見んとねがふ 一三三―一三五
かくの如く、朝(あした)を齎し夕(ゆふべ)を殘しゆくものゝ美しき女(むすめ)の肌は、はじめ白くして後黒し 一三六―一三八
汝これを異(あや)しとするなからんため、思ひみよ、地には治むる者なきことを、人の族(やから)道を誤るもこの故ぞかし 一三九―一四一
されど第一月が、世にかの百分(ぶ)一の等閑(なほざり)にせらるゝため、全く冬を離るゝにいたらざるまに、諸※(二の字点、1-2-22)の天は鳴轟き 一四二―一四四
待ちに待ちし嵐起りて、艫(とも)を舳(へさき)の方(かた)にめぐらし、千船(ちふね)を直く走らしむべし 一四五―一四七
かくてぞ花の後に眞(まこと)の實あらむ。 一四八―一五〇


   第二十八曲

我をして心を天堂に置かしむる淑女、幸(さち)なき人間の現世(げんぜ)を難じつゝその眞状(まことのさま)をあらはしゝ時 一―三
我はあたかも、見ず思はざるさきに己が後方(うしろ)にともされし燈火(ともしび)の焔を鏡に見 四―六
玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)の果して眞(まこと)を告ぐるや否やを見んとて身を轉らし、此と彼と相合ふこと歌のその譜(ふ)におけるに似たるを見る 七―
人の如く(記憶によりて思ひ出づれば)、かの美しき目即ち愛がこれをもて紐(ひも)を造りて我を捉(とら)へし目を見たり ―一二
かくてふりかへり、人がつら/\かの天のめぐるを視るとき常にかしこに現はるゝものわが目に觸るゝに及び 一三―一五
我は鋭き光を放つ一點を見たり、げにかゝる光に照らされんには、いかなる目も、そのいと鋭きが爲に閉ぢざるをえじ 一六―一八
また世より最小(いとちひ)さく見ゆる星さへ、星の星と並ぶごとくかの點とならびなば、さながら月と見ゆるならむ 一九―二一
月日(つきひ)の暈(かさ)が、これを支(さゝ)ふる水氣のいと濃(こ)き時にあたり、これを彩(いろど)る光を卷きつゝその邊(ほとり)に見ゆるばかりの 二二―二四
間(あはひ)を隔(へだ)てゝ、一の火輪(ひのわ)かの點のまはりをめぐり、その早きこと、いと速に世界を卷く運行にさへまさると思はるゝ程なりき 二五―二七
また是は第二の輪に、第二は第三、第三は第四、第四は第五、第五は第六の輪に卷かる 二八―三〇
第七の輪これに續いて上方(うへ)にあり、今やいたくひろがりたれば、ユーノの使者(つかひ)完全(まつた)しともこれを容(い)るゝに足らざるなるべし 三一―三三
第八第九の輪また然り、しかしていづれもその數(かず)が一(いち)を距(へだゝ)ること遠きに從ひ、※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)ることいよ/\遲く 三四―三六
また清き火花にいと近きものは、これが眞(まこと)に與(あづ)かること他にまさる爲ならむ、その焔いと燦(あざや)かなりき 三七―三九
わがいたく思ひ惑(まど)ふを見て淑女曰ふ。天もすべての自然も、かの一點にこそ懸(かゝ)るなれ 四〇―四二
見よこれにいと近き輪を、しかして知るべし、その※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)ることかく早きは、燃ゆる愛の刺戟を受くるによるなるを。 四三―四五
我彼に。宇宙もしわがこれらの輪に見るごとき次第を保(たも)たば、わが前に置かるゝもの我を飽かしめしならむ 四六―四八
されど官能界にありては、諸※(二の字点、1-2-22)の回轉その中心を遠ざかるに從つていよ/\聖なるを見るをう 四九―五一
是故にこの妙(たへ)なる、天使の神殿(みや)、即ちたゞ愛と光とをその境界(さかひ)とする處にて、わが顏ひ全く成るをうべくば 五二―五四
請(こ)ふさらに何故に模寫(うつし)と樣式(かた)とが一樣ならざるやを我に告げよ、我自らこれを想ふはいたづらなればなり。 五五―五七
汝の指かゝる纈(むすび)を解くをえずとも異(あや)しむに足らず、こはその試みられざるによりていと固くなりたればなり。 五八―六〇
わが淑女かく、而して又曰ふ。もし飽くことを願はゞ、わが汝に告ぐる事を聽き、才を鋭うしてこれにむかへ 六一―六三
それ諸※(二の字点、1-2-22)の球體は、遍(あまね)くその各部に亘りてひろがる力の多少に從ひ、或は廣く或は狹し 六四―六六
徳大なればその生ずる福祉(さいはひ)もまた必ず大に、體大なれば(而してその各部等しく完全なれば)その容(い)るゝ福祉(ふくし)もまた從つて大なり 六七―六九
是においてか己と共に殘の宇宙を悉く轉(めぐ)らす球は、愛と智とのともにいと多き輪に適(かな)ふ 七〇―七二
是故に汝の量(はかり)を、圓(まる)く汝に現はるゝものゝ外見(みえ)に据(す)ゑずして力に据ゑなば 七三―七五
汝はいづれの天も、その天使と――即ち大いなるは優れると、小さきは劣れると――奇(くす)しく相應ずるを見む。 七六―七八
ボーレアがそのいと温和(おだやか)なる方(かた)の頬より吹くとき、半球の空あざやかに澄みわたり 七九―八一
さきにこれを曇らせし霧拂はれ消えて、天その隨處の美を示しつゝほゝゑむにいたる 八二―八四
わが淑女がその明らかなる答を我に與へしとき、我またかくの如くになり、眞(まこと)を見ること天の星を見るに似たりき 八五―八七
しかしてその言(ことば)終るや、諸※(二の字点、1-2-22)の輪火花を放ち、そのさま熱鐡の火花を散らすに異なるなかりき 八八―九〇
火花は各※(二の字点、1-2-22)その火にともなへり、またその數(かず)はいと多くして、將棊(しようぎ)を倍するに優ること幾千といふ程なりき 九一―九三
我は彼等がかれらをその常にありし處に保ちかつ永遠(とこしへ)に保つべきかの動かざる點に向ひ、組々(くみ/″\)にオザンナを歌ふを聞けり 九四―九六
淑女わが心の中の疑ひを見て曰ふ。最初(はじめ)の二つの輪はセラフィニとケルビとを汝に示せり 九七―九九
かれらのかく速に己が絆に(きづな)從ふは、及ぶ限りかの點に己を似せんとすればなり、而してその視る位置の高きに準じてかく爲すをう 一〇〇―一〇二
かれらの周圍(まはり)を轉(めぐ)る諸※(二の字点、1-2-22)の愛は、神の聖前(みまへ)の寶座(フローニ)と呼ばる、第一の三(みつ)の組かれらに終りたればなり 一〇三―一〇五
汝知るべし、一切の智の休らふ處なる眞(まこと)をばかれらが見るの深きに應じてその悦び大いなるを 一〇六―一〇八
かゝれば福祉(さいはひ)が見る事に原(もと)づき愛すること(即ち後に來る事)にもとづかざる次第もこれによりて明らかならむ 一〇九―一一一
また、見る事の量(はかり)となるは功徳にて、恩惠(めぐみ)と善心(よきこゝろ)とより生る、次序(ついで)をたてゝ物の進むことかくの如し 一一二―一一四
同じくこの永劫(えいごふ)の春――夜の白羊宮もこれを掠(かす)めじ――に萌出(もえいづ)る第二の三(みつ)の組は 一一五―一一七
永遠(とこしへ)にオザンナを歌ひつゝ、その三(みつ)を造り成す三の喜悦(よろこび)の位の中に三の妙(たへ)なる音(ね)をひゞかしむ 一一八―一二〇
この組の中には三種(みくさ)の神あり、第一は統治(ドミナーツィオニ)、次は懿徳(ヴィルトゥーディ)、第三の位は威能(ボデスターディ)なり 一二一―一二三
次で最後(をはり)に最(いと)近(ちか)く踊り※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)る二の群(むれ)は主權(ブリンチパーティ)と首天使(アルカンゼリ)にて、最後(をはり)にをどるは、すべて樂しき天使なり 一二四―一二六
これらの位みな上方(うへ)を視る、かれらまたその力を強く下方(した)に及ぼすがゆゑに、みな神の方(かた)に引かれしかしてみな引く 一二七―一二九
さてディオニージオは、心をこめてこれらの位の事を思ひめぐらし、わがごとくこれが名をいひこれを別つにいたりたり 一三〇―一三二
されどその後グレゴーリオ彼を離れき、是においてか目をこの天にて開くに及び、自ら顧みて微笑(ほゝゑ)めり 一三三―一三五
またたとひ人たる者がかくかくれたる眞(まこと)をば世に述べたりとて異(あや)しむ勿(なか)れ、こゝ天上にてこれを見し者、これらの輪に關(かゝ)はる 一三六―
他の多くの眞(まこと)とともにこれを彼に現はせるなれば。 ―一四一


   第二十九曲

ラートナのふたりの子、白羊と天秤(てんびん)とに蔽はれて、齊(ひと)しく天涯を帶とする頃 一―三
天心が權衡(けんこう)を保つ刹那(せつな)より、彼も此も半球を換(か)へかの帶を離れつゝ權衡を破るにいたる程の間 四―六
ベアトリーチェは、わが目に勝ちたるかの一點をつら/\視つゝ、笑(ゑみ)を顏にうかべて默(もだ)し 七―九
かくて曰ふ。汝の聞かんと願ふことを我問はで告ぐ、そは我これを一切の處と時との集まる點にて見たればなり 一〇―一二
抑※(二の字点、1-2-22)(そも/\)永遠(とこしへ)の愛は、己が幸(さいはひ)を増さん爲ならず(こはあるをえざる事なり)、たゞその光が照りわたりつゝ、我在りといふをえんため 一三―
時を超(こ)え他の一切の限(かぎり)を超え、己が無窮の中にありて、その心のまゝに己をば諸※(二の字点、1-2-22)の新しき愛のうちに現はせり ―一八
またその先にも、爲すなきが如くにて休らひゐざりき、そはこれらの水の上に神の動き給ひしは、先後(あとさき)に起れる事にあらざればなり 一九―二一
形式と物質と、或は合ひ或は離れて、あたかも三(みつ)の弦(つる)ある弓より三の矢の出る如く出で、缺くるところなき物となりたり 二二―二四
しかして光が、玻※(「王+黎」、第3水準1-88-35)(はり)琥珀(こはく)または水晶を照らす時、その入來るより入終るまでの間に些(すこし)の隙(ひま)もなきごとく 二五―二七
かの三(みつ)の形の業(わざ)は、みな直に成り備(そな)はりてその主より輝き出で、いづれを始めと別ちがたし 二八―三〇
また時を同じうしてこの三の物の間に秩序は造られ立てられき、而して純なる作用を授けられしもの宇宙の頂となり 三一―三三
純なる勢能最低處(いとひくきところ)を保ち、中央には一の繋(つなぎ)、繋離るゝことなきほどにいと固(かた)く、勢能を作用と結び合せき 三四―三六
イエロニモは、天使達がその餘の宇宙の造られし時より幾百年の久しきさきに造られしことを録(しる)せるも 三七―三九
わがいふ眞(まこと)は聖靈を受けたる作者達のしば/\書(ふみ)にしるしゝところ、汝よく心をとめなば自らこれをさとるをえむ 四〇―四二
また理性もいくばくかこの眞(まこと)を知らしむ、そは諸※(二の字点、1-2-22)の動者(うごかすもの)がかく久しく全からざりしとはその認めざることなればなり 四三―四五
今や汝これらの愛の、いづこに、いつ、いかに造られたりしやを知る、されば汝の願ひの中三(みつ)の焔ははや消えたり 四六―四八
數(かず)を二十までかぞふるばかりの時をもおかず、天使の一部は、汝等の原素のうちのいと低きものを亂し 四九―五一
その餘の天使は、殘りゐて、汝の見るごとき技(わざ)を始む(かくする喜びいと大いなりければ、かれら※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)り止(や)むことあらじ) 五二―五四
墮落の原因(もと)は、汝の見しごとく宇宙一切の重さに壓(お)されをる者の、詛(のろ)ふべき傲慢(たかぶり)なりき 五五―五七
またこゝに見ゆる天使達は、謙(へりくだ)りて、かの善即ちかれらをしてかく深く悟るにいたらしめたる者よりかれらの出しを認めたれば 五八―六〇
恩惠(めぐみ)の光と己が功徳とによりてその視る力増したりき、是故にその意志備りて固し 六一―六三
汝疑ふなかれ、信ぜよ、恩惠(めぐみ)を受くるは功徳にて、この功徳は恩惠を迎ふる情の多少に應ずることを 六四―六六
汝もしわが言(ことば)をさとりたらんには、たとひ他(ほか)の助けなしとも、今やこの集會(つどひ)につきて多くの事を想ふをえむ 六七―六九
されど地上汝等の諸※(二の字点、1-2-22)の學寮にては、天使に了知、記憶、及び意志ありと教へらるゝがゆゑに 七〇―七二
我さらに語り、汝をして、かゝる教へにおける言葉の明らかならざるため下界にて紛(まが)ふ眞理の純なる姿を見しむべし 七三―七五
そも/\これらの者は、神の聖顏(みかほ)を見て悦びし時よりこの方、目をこれ(一物としてこれにかくるゝはなし)に背(そむ)けしことなし 七六―七八
是故にその見ること新しき物に阻(はば)まれじ、是故にまたその想(おもひ)の分れたる爲、記憶に訴ふることを要せじ 七九―八一
されば世にては人眠らざるに夢を見つゝ、或は眞(まこと)をいふと信じ或はしかすと信ぜざるなり、後者は罪も恥(はぢ)もまさる 八二―八四
汝等世の人、理(ことわり)を究(きわ)むるにあたりて同一(おなじひとつ)の路を歩まず、これ外見(みえ)を飾るの慾と思ひとに迷はさるゝによりてなり 八五―八七
されどこれとても、神の書(ふみ)の疎(うと)んぜられまたは曲げらるゝに此(くら)ぶれば、そが天上にうくる憎惡(にくしみ)なほ輕し 八八―九〇
かの書(ふみ)を世に播(ま)かんためいくばくの血流されしや、謙(へりくだ)りてこれに親しむ者いかばかり聖意(みこゝろ)に適(かな)ふやを人思はず 九一―九三
各※(二の字点、1-2-22)外見(みえ)のために力め、さま/″\の異説を立つれば、これらはまた教を説く者の論(あげつら)ふところとなりて福音ものいはじ 九四―九六
ひとりいふ、クリストの受難の時は、月退(しざ)りて中間(なか)を隔(へだ)てしため、日の光地に達せざりきと 九七―九九
またひとりいふ、こは光の自ら隱れしためなり、されば猶太人(ジュデーアびと)のみならずスパニア人(びと)もインド人も等しくその缺くるを見たりと 一〇〇―一〇二
ラーポとビンドいかにフィオレンツァに多しとも、年毎(としごと)にこゝかしこにて教壇より叫ばるゝかゝる浮説の多きには若(し)かず 一〇三―一〇五
是故に何をも知らぬ羊は、風を食ひて牧場より歸る、また己が禍ひを見ざることも彼等を罪なしとするに足らじ 一〇六―一〇八
クリストはその最初の弟子達に向ひ、往きて徒言(あだこと)を世に宣傳(のべつた)へといひ給はず、眞(まこと)の礎(いしずゑ)をかれらに授け給ひたり 一〇九―一一一
この礎のみぞかれらの唱(とな)へしところなる、されば信仰を燃(もや)さん爲に戰ふにあたり、かれらは福音を楯(たて)とも槍ともなしたりき 一一二―一一四
今や人々戲言(ざれごと)と戲語(たはけ)とをもて教へを説き、たゞよく笑はしむれば僧帽脹(ふく)る、かれらの求むるものこの外(ほか)になし 一一五―一一七
されど帽の端(はし)には一羽の鳥の巣くふあり、俗衆これを見ばその頼む罪の赦の何物なるやを知るをえむ 一一八―一二〇
是においてかいと愚(おろか)なること地にはびこり、定かにすべき證(あかし)なきに、人すべての約束の邊(ほとり)に集(つど)ひ 一二一―一二三
聖アントニオは(贋造(まがへ)の貨幣(かね)を拂ひつゝ)これによりて、その豚と、豚より穢(けが)れし者とを肥(こや)す 一二四―一二六
されど我等主題を遠く離れたれば、今目を轉(めぐ)らして正路を見るべし、さらば時とともに途(みち)を短うするをえむ 一二七―一二九
それ天使は數(かず)きはめて多きに達し、人間の言葉も思ひもともなふあたはじ 一三〇―一三二
汝よくダニエールの現はしゝ事を思はゞ、その幾千なる語(ことば)のうちに定かなる數かくるゝを知らむ 一三三―一三五
彼等はかれらをすべて照らす第一の光を受く、但し受くる状態(ありさま)に至りては、この光と結び合ふ諸※(二の字点、1-2-22)の輝の如くに多し 一三六―一三八
是においてか、情愛は會得(ゑとく)の作用にともなふがゆゑに、かれらのうちのうるはしき愛その熱(あつ)さ微温(ぬる)さを異にす 一三九―一四一
見よ今永遠(とこしへ)の力の高さと廣さとを、そはこのもの己が爲にかく多くの鏡を造りてそれらの中に碎くれども 一四二―一四四
一たるを失はざること始めの如くなればなり。 一四五―一四七


   第三十曲

第六時はおよそ六千哩(ミーリア)のかなたに燃え、この世界の陰傾きてはや殆んど水平をなすに 一―三
いたれば、いや高き天の中央(たゞなか)白みはじめて、まづとある星、この世に見ゆる力を失ひ 四―六
かくて日のいと燦(あざや)かなる侍女(はしため)のさらに進み來るにつれ、天は光より光と閉ぢゆき、そのいと美しきものにまで及ぶ 七―九
己が包むものに包まると見えつゝわが目に勝ちし一點のまはりに永遠(とこしへ)に舞ふかの凱旋も、またかくの如く 一〇―一二
次第に消えて見えずなりき、是故に何をも見ざることゝ愛とは、我を促(うなが)して目をベアトリーチェに向けしむ 一三―一五
たとひ今にいたるまで彼につきていひたる事をみな一の讚美の中に含ましむとも、わが務(つとめ)を果すに足らじ 一六―一八
わが見し美は、豈(あに)たゞ人の理解(さとり)を超(こ)ゆるのみならんや、我誠に信ずらく、これを悉く樂しむ者その造主(つくりぬし)の外になしと 一九―二一
げに茲(こゝ)にいたり我は自らわが及ばざりしを認む、喜曲または悲曲の作者もその題(テーマ)の難きに處してかく挫(くぢ)けしことはあらじ 二二―二四
そは日輪の、いと弱き視力におけるごとく、かのうるはしき微笑の記憶は、わが心より心その物を掠むればなり 二五―二七
この世にはじめて彼の顏を見し日より、かく視るにいたるまで、我たえず歌をもてこれにともなひたりしかど 二八―三〇
今は歌ひつゝその美を追ひてさらに進むことかなはずなりぬ、いかなる藝術の士も力盡くればまたかくの如し 三一―三三
さてかれは、かく我をしてわが喇叭(らつぱ)(こはその難き歌をはや終へんとす)よりなほ大いなる音にかれを委(ゆだ)ねしむるほどになりつゝ 三四―三六
敏(と)き導者に似たる動作(みぶり)と聲とをもて重ねていふ。われらは最(いと)大いなる體を出でゝ、純なる光の天に來れり 三七―三九
この光は智の光にて愛これに滿(み)ち、この愛は眞(まこと)の幸(さいはひ)の愛にて悦びこれに滿ち、この悦び一切の樂しみにまさる 四〇―四二
汝はこゝにて天堂の二隊(ふたて)の軍(いくさ)をともに見るべし、而(しか)してその一隊(ひとて)をば最後(をはり)の審判(さばき)の時汝に現はるゝその姿にて見む。 四三―四五
俄に閃(ひらめ)く電光(いなづま)が、物見る諸※(二の字点、1-2-22)の靈を亂し、いと強き物の與ふる作用(はたらき)をも目より奪ふにいたるごとく 四六―四八
生くる光わが身のまはりを照らし、その輝(かゞやき)の面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)をもて我を卷きたれば、何物も我に見えざりき 四九―五一
この天をしづむる愛は、常にかゝる會釋(ゑしやく)をもて己が許(もと)に歡(よろこ)び迎ふ、これ蝋燭をその焔に適(ふさ)はしからしめん爲なり。 五二―五四
これらのつゞまやかなる言葉わが耳に入るや否や、我はわが力の常よりも増しゐたるをさとりき 五五―五七
しかして新しき視力わが衷(うち)に燃え、いかなる光にてもわが目の防ぎえざるほど燦(あざ)やかなるはなきにいたれり 五八―六〇
さて我見しに、河のごとき形の光、妙(たへ)なる春をゑがきたる二つの岸の間にありていとつよく輝き 六一―六三
この流れよりは、諸※(二の字点、1-2-22)の生くる火出でゝ左右の花の中(なか)に止まり、さながら紅玉(あかだま)を黄金(こがね)に嵌(はさ)むるに異ならず 六四―六六
かくて香に醉へるごとく再び奇(く)しき淵に沈みき、しかして入る火と出づる火と相亞(あひつ)げり 六七―六九
汝が見る物のことを知らんとて今汝を燃しかつ促(うなが)す深き願ひは、そのいよ/\切なるに從ひいよ/\わが心に適(かな)ふ 七〇―七二
されどかゝる渇(かわき)をとゞむるにあたり、汝まづこの水を飮まざるべからず。わが目の日輪かく我にいひ 七三―七五
さらに加ふらく。河、入り出る諸※(二の字点、1-2-22)の珠(たま)、及び草の微笑(ほゝゑみ)は、その眞状(まことのさま)を豫(あらかじ)め示す象(かたち)なり 七六―七八
こはこれらの物その物の難(かた)きゆゑならず、汝に缺くるところありて視力未ださまで強からざるによる。 七九―八一
常よりもいと遲く目を覺しゝ嬰兒(をさなご)が、顏を乳の方(かた)にむけつゝ身を投ぐる疾(はや)ささへ 八二―八四
目をば優(まさ)る鏡とせんとてわがかの水(人をしてその中(なか)にて優れる者とならしめん爲流れ出(いづ)る)の方(かた)に身を屈(かゞ)めしその早さには如(し)かじ 八五―八七
しかしてわが瞼(まぶた)の縁(ふち)この水を飮める刹那(せつな)に、その長き形は、變りて圓(まる)く成ると見えたり 八八―九〇
かくてあたかも假面(めん)を被(かう)むれる人々が、己を隱しゝ假(かり)の姿を棄つるとき、前と異なりて見ゆる如く 九一―九三
花も火もさらに大いなる悦びに變り、我はあきらかに二組の天の宮人(みやびと)達を見たり 九四―九六
あゝ眞(まこと)の王國の尊き凱旋を我に示せる神の輝よ、願はくは我に力を與へて、わがこれを見し次第を言はしめよ 九七―九九
かしこに光あり、こは造主(つくりぬし)をばかの被造物(つくられしもの)即ち彼を見るによりてのみその平安を得る物に見えしむる光にて 一〇〇―一〇二
その周邊(まはり)を日輪の帶となすとも緩(ゆる)きに過ぐと思はるゝほど廣く圓形(まるがた)に延びをり 一〇三―一〇五
そが見ゆるかぎりはみな、プリーモ・モービレの頂より反映(てりかへ)す一線(ひとすぢ)の光(かの天この光より生命(いのち)と力とを受く)より成る 一〇六―一〇八
しかして邱(をか)が、�p草(あをくさ)や花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をその麓(ふもと)の水に映(うつ)すごとく 一〇九―一一一
すべてわれらの中(うち)天に歸りたりし者、かの光の上にありてこれを圍(かこ)み繞(めぐ)りつゝ、千餘の列より己を映(うつ)せり 一一二―一一四
そのいと低き階(きだ)さへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片(はなびら)果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五―一一七
わが視力(みるちから)は廣さ高さのために亂れず、かの悦びの量と質とをすべてとらへき 一一八―一二〇
近きも遠きもかしこにては加へじ減(ひ)かじ、神の親しくしろしめし給ふ處にては自然の法(のり)さらに行はれざればなり 一二一―一二三
段(きだ)また段と延びをり、とこしへに春ならしむる日輪にむかひて讚美の香(か)を放つ無窮の薔薇の黄なるところに 一二四―一二六
ベアトリーチェは、あたかも物言はんと思ひつゝ言はざる人の如くなりし我を惹行(ひきゆ)き、さて曰(いひ)けるは。見よ白衣(びやくえ)の群(むれ)のいかばかり大いなるやを 一二七―一二九
見よわれらの都のその周圍(まはり)いかばかり廣きやを、見よわれらの席の塞(ふさが)りて、この後こゝに待たるゝ民いかばかり數少きやを 一三〇―一三二
かの大いなる座、即ちその上にはや置かるゝ冠の爲汝が目をとむる座には、汝の未だこの婚筵(こんえん)に連(つらな)りて食せざるさきに 一三三―一三五
尊きアルリーゴの魂(下界に帝となるべき)坐すべし、彼はイタリアを直くせんとてその備へのかしこに成らざる先に行かむ 一三六―一三八
汝等は無明の慾に迷ひ、あたかも死ぬるばかりに饑(う)ゑつゝ乳母(めのと)を逐ひやる嬰鬼(をさなご)の如くなりたり 一三九―一四一
しかして顯(あらは)にもひそかにも彼と異なる道を行く者、その時神の廳(つかさ)の長(をさ)たらむ 一四二―一四四
されど神がこの者に聖なる職(つとめ)を許し給ふはその後たゞ少時(しばし)のみ、彼はシモン・マーゴの己が報いをうくる處に投げ入れられ 一四五―一四七
かのアラーエア人(びと)をして愈※(二の字点、1-2-22)深く沈ましむべければなり。 一四八―一五〇


   第三十一曲

クリストの己が血をもて新婦(はなよめ)となしたまへる聖軍は、かく純白の薔薇の形となりて我に現はれき 一―三
されど殘の一軍(ひとて)(これが愛を燃すものゝ榮光と、これをかく秀でしめし威徳とを、飛びつゝ見かつ歌ふところの)は 四―六
蜂の一群(むれ)が、或時は花の中に入り、或時はその勞苦の味(あぢ)の生ずるところに歸るごとく 七―九
かのいと多くの花片(はなびら)にて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇―一二
かれらの顏はみな生くる焔、翼は黄金(こがね)にて、その他(ほか)はいかなる雪も及ばざるまで白かりき 一三―一五
席より席と花の中にくだる時、かれらは脇を扇(あふ)ぎて得たりし平和と熱とを傳へたり 一六―一八
またかく大いなる群(むれ)飛交(とびかは)しつゝ上なる物と花の間を隔(へだ)つれども、目も輝もこれに妨げられざりき 一九―二一
そは神の光宇宙をばその功徳に準じて貫(つらぬ)き、何物もこれが障礙(しょうがい)となることあたはざればなり 二二―二四
この安らけき樂しき國、舊(ふる)き民新しき民の群居(むれゐ)る國は、目をも愛をも全く一の目標(めあて)にむけたり 二五―二七
あゝ唯一(たゞひとつ)の星によりてかれらの目に閃きつゝかくこれを飽かしむる三重(みへ)の光よ、願はくはわが世の嵐を望み見よ 二八―三〇
未開の人々、エリーチェがその愛兒(いとしご)とともにめぐりつゝ日毎(ひごと)に蔽(おほ)ふ方(かた)より來り 三一―三三
ローマとそのいかめしき業(わざ)――ラテラーノが人間の爲すところのものに優れる頃の――とを見ていたく驚きたらんには 三四―三六
人の世より神の世に、時より永劫に、フィオレンツァより、正しき健(すこや)かなる民の許(もと)に來れる我 三七―三九
豈(あに)いかばかりの驚きにてか滿されざらんや、げに驚きと悦びの間にありて、我は聞かず言はざるを願へり 四〇―四二
しかして巡禮が、その誓願をかけし神殿(みや)の中にて邊(あたり)を見つゝ心を慰め、はやその状(さま)を人に傳へんと望む如く四二
我は目をかの生くる光に馳せつゝ、諸※(二の字点、1-2-22)の段(きだ)に沿(そ)ひ、或ひは上或ひは下或ひは周圍(まはり)にこれを移し 四六―四八
神の光や己が微笑(ほゝゑみ)に裝(よそ)はれ、愛の勸(すゝ)むる諸※(二の字点、1-2-22)の顏と、すべての愼(つゝしみ)にて飾らるゝ諸※(二の字点、1-2-22)の擧動(ふるまひ)とを見たり 四九―五一
おしなべての天堂の形をわれ既に悉く認めたれど、未だそのいづれのところにも目を据(す)ゑざりき 五二―五四
かくて新しき願ひに燃され、我はわが心に疑ひをいだかしめし物につきてわが淑女に問はんため身をめぐらせるに 五五―五七
わが志(こゝろざ)しゝ事我に臨(のぞ)みし事と違へり、わが見んと思ひしはベアトリーチェにてわが見しは一人(ひとり)の翁(おきな)なりき、その衣は榮光の民の如く 五八―六〇
目にも頬にも仁愛の悦びあふれ、その姿は、やさしき父たるにふさはしきまで慈悲深かりき 六一―六三
彼何處(いづこ)にありや。我は直にかく曰(い)へり、是においてか彼。汝の願ひを滿さんためベアトリーチェ我をしてわが座を離れしむ 六四―六六
汝仰ぎてかの最高(いとたか)き段(きだ)より第三に當る圓を見よ、さらば彼をその功徳によりてえたる寶座(くらゐ)の上にて再び見む。 六七―六九
我答へず、目を擧げて淑女を見しに、永遠(とこしへ)の光彼より反映(てりかへ)しつゝその冠となりゐたり 七〇―七二
人の目いかなる海の深處(ふかみ)に沈むとも、雷(いかづち)の鳴るいと高きところよりその遠く隔(へだ)たること 七三―七五
わが目の彼處(かしこ)にてベアトリーチェを離れしに及ばじ、されど是我に係(かゝはり)なかりき、そはその姿間(あひだ)に混(まじ)る物なくしてわが許(もと)に下りたればなり 七六―七八
あゝわが望みを強うする者、わが救ひのために忍びて己が足跡(あしあと)を地獄に殘すにいたれる淑女よ 七九―八一
わが見しすべての物につき、我は恩惠(めぐみ)と強さとを汝の力汝の徳よりいづと認む 八二―八四
汝は適(ふさ)はしき道と方法(てだて)とを盡し、我を奴僕(ぬぼく)の役(つとめ)より引きてしかして自由に就かしめぬ 八五―八七
汝の癒(いや)しゝわが魂が汝の意(こゝろ)にかなふさまにて肉體より解かるゝことをえんため、願はくは汝の賜をわが衷(うち)に護(まも)れ。 八八―九〇
我かく請(こ)へり、また淑女は、かのごとく遠しと見ゆる處にてほゝゑみて我を視(み)、その後永遠(とこしへ)の泉にむかへり 九一―九三
聖なる翁曰ふ。汝の覊旅(たびぢ)を全うせんため(願ひと聖なる愛とはこのために我を遣(つか)はしゝなりき) 九四―九六
目を遍(あまね)くこの園の上に馳(は)せよ、これを見ば汝の視力は、神の光を分けていよ/\遠く上(のぼ)るをうるべければなり 九七―九九
またわが全く燃えつゝ愛する天の女王、われらに一切の恩惠(めぐみ)を與へむ、我は即ち彼に忠なるベルナルドなるによりてなり。 一〇〇―一〇二
わがヴェロニカを見んとて例(たと)へばクロアツィアより人の來ることあらんに、久しく傳へ聞きゐたるため、その人飽(あ)くことを知らず 一〇三―一〇五
これが示さるゝ間、心の中にていはむ、わが主ゼス・クリスト眞神(まことのかみ)よ、さてはかゝる御姿(おんすがた)にてましましゝかと 一〇六―一〇八
現世(このよ)にて默想のうちにかの平安を味へる者の生くる愛を見しとき、我またかゝる人に似たりき 一〇九―一一一
彼曰ふ。恩惠(めぐみ)の子よ、目を低うして底にのみ注ぎなば、汝この法悦の状(さま)を知るをえじ 一一二―一一四
されば諸※(二の字点、1-2-22)の圈を望みてそのいと遠きものに及べ、この王國の從ひ事へまつる女王の、坐せるを見るにいたるまで。 一一五―一一七
われ目を擧げぬ、しかしてたとへば朝(あした)には天涯の東の方(かた)が、日の傾く方にまさるごとく 一一八―一二〇
我は目にて(溪より山は行くかとばかり)縁(ふち)の一部が光において殘るすべての頂に勝ちゐたるを見たり 一二一―一二三
またたとへば、フェトンテのあつかひかねし車の轅(ながえ)の待たるゝ處はいと強く燃え、そのかなたこなたにては光衰ふるごとく 一二四―一二六
かの平和の焔章旗(オリアヒアムマ)は、その中央(たゞなか)つよくかゞやき、左右にあたりて焔一樣に薄らげり 一二七―一二九
しかしてかの中央(たゞなか)には、光も技(わざ)も各異なれる千餘の天使、翼をひらきて歡び舞ひ 一三〇―一三二
凡(すべ)ての聖者達の目の悦びなりし一の美、かれらの舞ふを見歌ふを聞きてほゝゑめり 一三三―一三五
われたとひ想像におけるごとく言葉に富むとも、その樂しさの萬分一(まんぶいち)をもあえて述ぶることをせじ 一三六―一三八
ベルナルドは、その燃ゆる愛の目的(めあて)にわが目の切(せち)に注がるゝを見て、己が目をもいとなつかしげにこれにむけ 一三九―一四一
わが目をしていよ/\見るの願ひに燃えしむ 一四二―一四四


   第三十二曲

愛の目を己が悦びにとめつゝ、かの默想者(もくさうじや)、進みて師の役(つとめ)をとり、聖なる言葉にて曰(い)ひけるは 一―三
マリアの塞(ふさ)ぎて膏を(あぶら)ぬりし疵――これを開きこれを深くせし者はその足元なるいと美しき女なり 四―六
第三の座より成る列の中、この女の下には、汝の見るごとく、ラケールとベアトリーチェと坐す 七―九
サラ、レベッカ、ユディット、及び己が咎(とが)をいたみて我を憐みたまへといへるその歌人(うたびと)の曾祖母(そうそぼ)たりし女が 一〇―一二
列より列と次第をたてゝ下に坐するを汝見るべし(我その人々の名を擧げつゝ花片(はなびら)より花片と薔薇を傳ひて下るにつれ) 一三―一五
また第七の段(きだ)より下には、この段にいたるまでの如く、希伯來人(エブレオびと)の女達相續きて花のすべての髮を分く 一六―一八
そは信仰がクリストを見しさまに從ひ、かれらはこの聖なる階(きざはし)をわかつ壁なればなり 一九―二一
此方(こなた)、即ち花の花片(はなびら)のみな全(まつた)きところには、クリストの降り給ふを信ぜる者坐し 二二―二四
彼方(かなた)、即ち諸※(二の字点、1-2-22)の半圓の、空處に斷(た)たるゝところには、降り給へるクリストに目をむけし者坐す 二五―二七
またこなたには、天の淑女の榮光の座とその下の諸※(二の字点、1-2-22)の座とがかく大いなる隔(へだて)となるごとく 二八―三〇
對(むかひ)が方(かた)には、常に聖にして、曠野、殉教、尋(つい)で二年(ふたとせ)の間地獄に堪(た)へしかの大いなるジョヴァンニの座またこれとなり 三一―三三
彼の下にフランチュスコ、ベネデット、アウグスティーノ、及びその他の人々定(さだめ)によりてかく隔(へだて)て、圓より圓に下りて遂にこの處にいたる 三四―三六
いざ見よ神の尊(たふと)き攝理を、そは信仰の二の姿相等しくこの園に滿つべければなり 三七―三九
また知るべし、二(ふたつ)の區劃(しきり)を線(すぢ)の半(なかば)にて截(き)る段(きだ)より下にある者は、己が功徳によりてかしこに坐するにあらず 四〇―四二
他人(ひと)の功徳によりて(但し或る約束の下に)しかすと、これらは皆自ら擇ぶ眞(まこと)の力のあらざる先に解放たれし靈なればなり 四三―四五
汝よくかれらを見かれらに耳を傾けなば、顏や稚(をさな)き聲によりてよくこれをさとるをえむ 四六―四八
今や汝異(あや)しみ、あやしみてしかして物言はず、されど鋭(さと)き思ひに汝の緊(し)めらるゝ強き紲(きづな)を我汝の爲に解くべし 四九―五一
抑※(二の字点、1-2-22)(そも/\)この王國廣しといへども、その中には、悲しみも渇(かわき)も饑(う)えもなきが如く、偶然の事一(ひとつ)だになし 五二―五四
そは汝の視る一切の物、永遠(とこしへ)の律法(おきて)によりて定められ、指輪はこゝにて、まさしく指に適(あ)へばなり 五五―五七
されば急ぎて眞(まこと)の生に來れるこの人々のこゝに受くる福(さいはひ)に多少あるも故なしとせじ 五八―六〇
いかなる願ひも敢てまたさらに望むことなきまで大いなる愛と悦びのうちにこの國をを康(やす)んじたまふ王は 六一―六三
己が樂しき聖顏(みかほ)のまへにて凡(すべ)ての心を造りつゝ、聖旨(みむね)のまゝに異なる恩惠(めぐみ)を與へ給ふ、汝今この事あるをもて足れりとすべし 六四―六六
しかしてこは定かに明らかに聖書に録(しる)さる、即ち母の胎内にて怒りを起しゝ雙兒(ふたご)のことにつきてなり 六七―六九
是故にかゝる恩惠(めぐみ)の髮の色の如何に從ひ、いと高き光は、これにふさはしき冠とならざるをえじ 七〇―七二
さればかれらは、己が行爲(おこなひ)の徳によらず、たゞ最初の視力の鋭さ異なるによりてその置かるゝ段(きだ)を異にす 七三―七五
世の未だ新しき頃には、罪なき事に加へてたゞ兩親(ふたおや)の信仰あれば、げに救ひをうるに足り 七六―七八
第一の世終れる後には、男子(なんし)は割禮によりてその罪なき羽に力を得ざるべからざりしが 七九―八一
恩惠(めぐみ)の時いたれる後には、クリストの全き洗禮(バッテスモ)を受けざる罪なき稚兒(をさなご)かの低き處に抑(と)められき 八二―八四
いざいとよくクリストに似たる顏をみよ、その輝のみ汝をしてクリストを見るをえしむればなり。 八五―八七
我見しに、諸※(二の字点、1-2-22)の聖なる心(かの高き處をわけて飛ばんために造られし)の齎(もた)らす大いなる悦びかの顏に降注(ふりそゝ)ぎたり 八八―九〇
げに先にわが見たる物一としてこれの如く驚をもてわが心を奪ひしはなく、かく神に似しものを我に示せるはなし 九一―九三
しかしてさきに彼の上に降れる愛、幸(さち)あれマリア恩惠(めぐみ)滿つ者よと歌ひつゝ、その翼をかれの前にひらけば 九四―九六
天の宮人(みやびと)達四方よりこの聖歌に和し、いづれの姿も是によりていよ/\燦(きらび)やかになりたりき 九七―九九
あゝ永遠(とこしへ)の定(さだめ)によりて坐するそのうるはしき處を去りつゝ、わがためにこゝに下るをいとはざる聖なる父よ 一〇〇―一〇二
かのいたく喜びてわれらの女王の目に見入り、燃ゆと見ゆるほどこれを慕ふ天使は誰ぞや。 一〇三―一〇五
あたかも朝の星の日におけるごとくマリアによりて美しくなれる者の教へを、我はかく再び請(こ)へり 一〇六―一〇八
彼我に。天使または魂にあるをうるかぎりの剛(つよ)さと雅(みや)びとはみな彼にあり、われらもまたその然るをねがふ 一〇九―一一一
そは神の子がわれらの荷を負(お)はんと思ひ給ひしとき、棕櫚(しゆろ)を持ちてマリアの許(もと)に下れるものは彼なればなり 一一二―一一四
されどいざわが語り進むにつれて目を移し、このいと正しき信心深き帝國の大いなる高官(つかさ)達を見よ 一一五―一一七
かの高き處に坐し、皇妃にいと近きがゆゑにいと福(さいはひ)なるふたりのものは、この薔薇の二つの根に當る 一一八―一二〇
左の方にて彼と並ぶは、膽(きも)大(ふと)く味へるため人類をしてかゝる苦(にが)さを味ふにいたらしめし父 一二一―一二三
右なるは、聖なる寺院の古の父、この愛(め)づべき花の二(ふたつ)の鑰(かぎ)をクリストより委(ゆだ)ねられし者なり 一二四―一二六
また槍と釘とによりて得られし美しき新婦(はなよめ)のその時々の幸(さち)なさをば、己が死なざるさきにすべて見し者 一二七―一二九
これが傍に坐し、左の者の傍には、恩を忘れ心恒(つね)なくかつ背(そむ)き易(やす)き民マンナに生命(いのち)を支(さゝ)へし頃かれらを率(ひき)ゐし導者坐す 一三〇―一三二
ピエートロと相對(あひむか)ひてアンナの坐するを見よ、彼はいたくよろこびて己が女(むすめ)を見、オザンナを歌ひつゝなほ目を放たじ 一三三―一三五
また最(いと)大いなる家長(いへをさ)の對(むかひ)には、汝が馳(は)せ下らんとて目を垂(た)れしとき汝の淑女を起(た)たしめしルーチア坐す 一三六―一三八
されど汝の睡りの時疾(と)く過ぐるがゆゑに、あたかも良(よ)き縫物師(ぬひものし)のその有(も)つ織物(きれ)に適(あは)せて衣を造る如く、我等こゝに言(ことば)を止(とゞ)めて 一三九―一四一
目を第一の愛にむけむ、さらば汝は、彼の方(かた)を望みつゝ、汝の及ぶかぎり深くその輝を見るをうべし 一四二―一四四
しかはあれ、汝己が翼を動かし、進むと思ひつゝ或ひは退(しりぞ)く莫(なか)らんため、祈りによりて、恩惠(めぐみ)を受ること肝要なり 一四五―一四七
汝を助くるをうる淑女の恩惠(めぐみ)を、また汝は汝の心のわが言葉より離れざるほど、愛をもて我にともなへ。 一四八―一五〇
かくいひ終りて彼この聖なる祈りをさゝぐ 一五一―一五三


   第三十三曲

處女(をとめ)なる母わが子の女(むすめ)、被造物(つくられしもの)にまさりて己を低くししかして高くせらるゝ者、永遠(とこしへ)の聖旨(みむね)の確(かた)き目的(めあて)よ 一―三
人たるものを尊(たふと)くし、これが造主(つくりぬし)をしてこれに造らるゝをさへ厭はざるにいたらしめしは汝なり 四―六
汝の胎用にて愛はあらたに燃えたりき、その熱(あつ)さによりてこそ永遠(とこしへ)の平和のうちにこの花かくは咲きしなれ 七―九
こゝにては我等にとりて汝は愛の亭午(まひる)の燈火(ともしび)、下界人間のなかにては望みの活泉(いくるいづみ)なり 一〇―一二
淑女よ、汝いと大いにしていと強し、是故に恩惠(めぐみ)を求めて汝に就かざる者あらば、これが願ひは翼なくして飛ばんと思ふに異(こと)ならじ 一三―一五
汝の厚き志はたゞ請ふ者をのみ助くるならで、自ら進みて求めに先んずること多し 一六―一八
汝に慈悲あり、汝に哀憐惠與(あいれんえいよ)あり、被造物(つくられしもの)のうちなる善といふ善みな汝のうちに集まる 一九―二一
今こゝに、宇宙のいと低き沼よりこの處にいたるまで、靈の三界を一々(ひとつ/″\)見し者 二二―二四
伏して汝に請ひ、恩惠(めぐみ)によりて力をうけつゝ、終極(いやはて)の救ひの方にいよ/\高くその目を擧ぐるをうるを求む 二五―二七
また彼の見んことを己が願ふよりも深くは、己自ら見んと願ひし事なき我、わが祈りを悉く汝に捧げかつその足らざるなきを祈る 二八―三〇
願はくは汝の祈りによりて浮世(ふせい)一切の雲を彼より拂ひ、かくして彼にこよなき悦びを現はしたまへ 三一―三三
我またさらに汝に請ふ、思ひの成らざるなき女王よ、かく見まつりて後かれの心を永く健全(すこやか)ならしめたまへ 三四―三六
願はくは彼を護りて世の雜念に勝たしめ給へ、見よベアトリーチェがすべての聖徒達と共にわが諸※(二の字点、1-2-22)の祈りを扶(たす)け汝に向ひて合掌するを。 三七―三九
神に愛(め)でられ尊まるゝ目は、祈れる者の上に注ぎて、信心深き祈りのいかばかりかの淑女の心に適(かな)ふやを我等に示し 四〇―四二
後永遠(とこしへ)の光にむかへり、げに被造物(つくられしもの)の目にてその中(うち)をかく明らかに見るはなしと思はる 四三―四五
また我は凡ての望みの極(はて)に近づきゐたるがゆゑに、燃ゆる願ひおのづから心の中にて熄(や)むをおぼえき 四六―四八
ベルナルドは、我をして仰がしめんとて、微笑(ほゝゑ)みつゝ表示(しるし)を我に與へしかど、我は自らはやその思ふごとくなしゐたり 四九―五一
そはわが目明らかになり、本來眞(まこと)なる高き光の輝のうちにいよ/\深く入りたればなり 五二―五四
さてこの後わが見しものは人の言葉より大いなりき、言葉はかゝる姿に及ばず、記憶はかゝる大いさに及ばじ 五五―五七
我はあたかも夢に物を見てしかして醒むれば、餘情のみさだかに殘りて他は心に浮び來らざる人の如し 五八―六〇
そはわが見しもの殆んどこと/″\く消え、これより生るゝうるはしさのみ今猶心に滴(したゝ)ればなり 六一―六三
雪、日に溶くるも、シビルラの託宣、輕き木葉(このは)の上にて風に散り失するも、またかくやあらむ 六四―六六
あゝ至上の光、いと高く人の思ひを超ゆる者よ、汝の現はれしさまをすこしく再びわが心に貸し 六七―六九
わが舌を強くして、汝の榮光の閃(きらめき)を、一なりとも後代(のちのよ)の民に遺すをえしめよ 七〇―七二
そはいさゝかわが記憶にうかび、すこしくこの詩に響くによりて、汝の勝利はいよ/\よく知らるゝにいたるべければなり 七三―七五
わが堪へし活光(いくるひかり)の鋭(するど)さげにいかばかりなりしぞや、さればもしこれを離れたらんには、思ふにわが目くるめきしならむ 七六―七八
想ひ出れば、我はこのためにこそ、いよ/\心を堅(かた)うして堪(た)へ、遂にわが目を無限(かぎりなき)威力(ちから)と合はすにいたれるなれ 七九―八一
あゝ我をして視る力の盡くるまで、永遠(とこしへ)の光の中に敢て目を注(そゝ)がしめし恩惠(めぐみ)はいかに裕(ゆたか)なるかな 八二―八四
我見しに、かの光の奧には、遍(あまね)く宇宙に枚(ひら)となりて分れ散るもの集り合ひ、愛によりて一(ひとつ)の卷(まき)に綴(つゞ)られゐたり 八五―八七
實在、偶在、及びその特性相混(まじ)れども、その混る状(さま)によりて、かのものはたゞ單一の光に外ならざるがごとくなりき 八八―九〇
萬物を齊(とゝの)へこれをかく結び合はすものをば我は自ら見たりと信ず、そはこれをいふ時我わが悦びのいよ/\さはなるを覺ゆればなり 九一―九三
たゞ一の瞬間(またゝくま)さへ、我にとりては、かのネッツーノをしてアルゴの影に驚かしめし企圖(くはだて)における二千五百年よりもなほ深き睡りなり 九四―九六
さてかくわが心は全く奪はれ、固く熟視(みつめ)て動かず移らず、かつ視るに從つていよ/\燃えたり 九七―九九
かの光にむかへば、人甘んじて身をこれにそむけつゝ他の物を見るをえざるにいたる 一〇〇―一〇二
これ意志の目的(めあて)なる善みなこのうちに集まり、この外(そと)にては、こゝにて完(まつた)き物も完からざるによりてなり 一〇三―一〇五
今やわが言(ことば)は(わが想起(おもひいづ)ることにつきてさへ)、まだ乳房(ちぶさ)にて舌を濡らす嬰兒(をさなご)の言(ことば)よりもなほ足(た)らじ 一〇六―一〇八
わが見し生くる光の中にさま/″\の姿のありし爲ならず(この光はいつも昔と變らじ) 一〇九―一一一
わが視る力の見るにつれて強まれるため、たゞ一の姿は、わが變るに從ひ、さま/″\に見えたるなりき 一一二―一一四
高き光の奧深くして燦(あざや)かなるがなかに、現はれし三(みつ)の圓あり、その色三にして大いさ同じ 一一五―一一七
その一はイリのイリにおけるごとく他の一の光をうけて返すと見え、第三なるは彼方(かなた)此方(こなた)より等しく吐かるゝ火に似たり 一一八―一二〇
あゝわが想(おもひ)に此(くら)ぶれば言(ことば)の足らず弱きこといかばかりぞや、而してこの想すらわが見しものに此ぶればこれを些(すこし)といふにも當らじ 一二一―一二三
あゝ永遠(とこしへ)の光よ、己が中にのみいまし、己のみ己を知り、しかして己に知られ己を知りつゝ、愛し微笑(ほゝゑ)み給ふ者よ 一二四―一二六
反映(てりかへ)す光のごとく汝の生むとみえし輪は、わが目しばしこれをまもりゐたるとき 一二七―一二九
同じ色にて、その内に、人の像(かたち)を描き出しゝさまなりければ、わが視る力をわれすべてこれに注げり 一三〇―一三二
あたかも力を盡して圓を量(はか)らんとつとめつゝなほ己が要(もと)むる原理に思ひいたらざる幾何學者(きかがくしや)の如く 一三三―一三五
我はかの異象(いしやう)を見、かの像(かたち)のいかにして圓と合へるや、いかにしてかしこにその處を得しやを知らんとせしかど 一三六―一三八
わが翼これにふさはしからざりしに、この時一の光わが心を射てその願ひを滿たしき 一三九―一四一
さてわが高き想像はこゝにいたりて力を缺きたり、されどわが願ひと思ひとは宛然(さながら)一樣に動く輪の如く、はや愛に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)らさる 一四二―一四四
日やそのほかのすべての星を動かす愛に。 一四五―一四七






Dante Alighieri - Opera Omnia  -  edited by ilVignettificio

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