Dante Alighieri - Opera Omnia >>  The divine comedy
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神曲

LA DIVINA COMMEDIA

アリギエリ・ダンテ Alighieri Dante

山川丙三郎訳


煉獄篇



   第一曲

かのごとく酷(むご)き海をあとにし、優(まさ)れる水をはせわたらんとて、今わが才の小舟(をぶね)帆を揚ぐ 一―三
かくてわれ第二の王國をうたはむ、こは人の靈淨(きよ)められて天に登るをうるところなり 四―六
あゝ聖なるムーゼよ、我は汝等のものなれば死せる詩をまた起きいでしめよ、願はくはこゝにカルリオペ 七―
少しく昇りてわが歌に伴ひ、かつて幸(さち)なきピーケを撃ちて赦(ゆるし)をうるの望みを絶つにいたらしめたる調(しらべ)をこれに傳へんことを ―一二
東の碧玉(あをだま)の妙(たへ)なる色は、第一の圓にいたるまで晴れたる空ののどけき姿にあつまりて 一三―一五
我かの死せる空氣――わが目と胸を悲しましめし――の中よりいでしとき、再びわが目をよろこばせ 一六―一八
戀にいざなふ美しき星は、あまねく東をほゝゑましめておのが伴(とも)なる雙魚を覆へり 一九―二一
われ右にむかひて心を南極にとめ、第一の民のほかにはみしものもなき四の星をみぬ 二二―二四
天はその小(ちひ)さき焔をよろこぶに似たりき、あゝ寡(やもめ)となれる北の地よ、汝かれらを見るをえざれば 二五―二七
われ目をかれらより離して少しく北極――北斗既にかしこにみえざりき――にむかひ 二八―三〇
こゝにわが身に近くたゞひとりの翁(おきな)ゐたるをみたり、その姿は厚き敬(うやまひ)を起さしむ、子の父に負ふ敬といふともこの上にはいでじ 三一―三三
その長き鬚には白き毛まじり、二(ふたつ)のふさをなして胸に垂れし髮に似たり 三四―三六
聖なる四(よつ)の星の光その顏を飾れるため、我彼をみしに日輪前にあるごとくなりき 三七―三九
彼いかめしき鬚をうごかし、いひけるは。失明(めしひ)の川を溯りて永遠(とこしへ)の獄(ひとや)より脱(のが)れし汝等は誰ぞや 四〇―四二
誰か汝等を導ける、地獄の溪を常闇(とこやみ)となす闌(ふ)けし夜(よる)よりいづるにあたりて誰か汝等の燈火(ともしび)となれる 四三―四五
汝等斯くして淵の律法(おきて)を破れるか、將(はた)天上の定(さだめ)新たに變りて汝等罰をうくといへどもなほわが岩に來るをうるか。 四六―四八
わが導者このとき我をとらへ、言(ことば)と手と表示(しるし)をもてわが脛(はぎ)わが目をうや/\しからしめ 四九―五一
かくて答へて彼に曰ふ。我自ら來れるにあらず、ひとりの淑女天より降れり、我その請(こひ)により伴(とも)となりて彼をたすけぬ 五二―五四
されど汝は我等のまことの状態(ありさま)のさらに汝に明(あ)かされんことを願へば、我もいかでか汝にこれを否むをねがはむ 五五―五七
それこの者未だ最後の夕(ゆふ)をみず、されど愚(おろか)にしてこれにちかづき、たゞいと短き時を殘せり 五八―六〇
われさきにいへるごとく、わが彼に遣はされしは彼を救はんためなりき、またわが踏めるこの路を措きては路ほかにあらざりき 六一―六三
我はすべての罪ある民をすでに彼に示したれば、いまや汝の護(まもり)のもとに己を淨むる諸※(二の字点、1-2-22)の靈を示さんとす 六四―六六
わが彼をこゝに伴(ともな)ひ來れる次第は汝に告げんも事長し、高き處より力降りて我をたすけ、我に彼を導いて汝を見また汝の詞を聞かしむ 六七―六九
いざ願はくは彼の來れるを嘉(よみ)せ、彼往きて自由を求む、そもこのもののいと貴(たふと)きはそがために命(いのち)をも惜しまぬもののしるごとし 七〇―七二
汝これを知る、そはそがためにウティカにて汝は死をも苦しみとせず、大いなる日に燦(あざや)かなるべき衣(ころも)をこゝに棄てたればなり 七三―七五
我等永遠(とこしへ)の法(のり)を犯せるにあらず、そはこの者は生く、またミノス我を繋(つな)がず、我は汝のマルチアの貞節(みさを)の目ある獄(ひとや)より來れり 七六―
あゝ聖なる胸よ、汝に妻とおもはれんとの願ひ今なほ彼の姿にあらはる、されば汝彼の愛のために我等を眷顧(かへり)み ―八一
我等に汝の七(なゝつ)の國を過ぐるを許せ、我は汝よりうくる恩惠(めぐみ)を彼に語らむ、汝若し己が事のかなたに傳へらるゝをいとはずば。 八二―八四
この時彼曰ふ。われ世にありし間、マルチアわが目を喜ばしたれば、その我に請へるところ我すべてこれをなせり 八五―八七
今彼禍ひの川のかなたにとゞまるがゆゑに、わがかしこを出でし時立てられし律法(おきて)に從ひ、またわが心を動かすをえず 八八―九〇
されど汝のいふごとく天の淑女の汝を動かし且つ導くあらば汝そがために我に求むれば足るなり、何ぞ諛言(へつらひごと)をいふを須(もち)ゐん 九一―九三
されば行け、汝一本(もと)の滑かなる藺(ゐ)をこの者の腰に束(つか)ねまたその顏を洗ひて一切の汚穢(けがれ)を除け 九四―九六
霧のために※(「目+毛」、第3水準1-88-78)(かす)める目をもて天堂の使者(つかひ)の中なる最初の使者の前にいづるはふさはしからず 九七―九九
この小さき島のまはりのいと/\低きところ浪打つかなたに、藺ありて軟(やはら)かき泥(ひぢ)の上に生(お)ふ 一〇〇―一〇二
この外には葉を出しまたは硬くなるべき草木(くさき)にてかしこに生を保つものなし、打たれて撓(たわ)まざればなり 一〇三―一〇五
汝等かくして後こなたに歸ることなかれ、今出づる日は汝等に登り易き山路(やまぢ)を示さむ。 一〇六―一〇八
かくいひて見えずなりにき、我は物言はず立ちあがりて身をいと近くわが導者によせ、またわが目を彼にそゝげり 一〇九―一一一
彼曰ふ。子よ、わが歩履(あゆみ)に從へ、この廣野(ひろの)こゝより垂れてその低き端(はし)におよべばいざ我等後(うしろ)にむかはむ。 一一二―一一四
黎明(あけぼの)朝の時に勝ちてこれをその前より走(わし)らしめ、我ははるかに海の打震ふを認めぬ 一一五―一一七
我等はさびしき野をわけゆけり、そのさま失へる路をたづねて再びこれを得るまでは 一一八―一二〇
たゞ徒(いたづら)に歩むことぞと自ら思ふ人に似たりき
露日と戰ひ、その邊(わたり)の冷かなるためにたやすく消えざるところにいたれば 一二一―一二三
わが師雙手(もろて)をひらきてしづかに草の上に置きたり、我即ちその意(こゝろ)をさとり 一二四―一二六
彼にむかひて涙に濡るゝ頬をのべしに、彼は地獄のかくせる色をこと/″\くこゝにあらはせり 一二七―一二九
かくて我等はさびしき海邊(うみべ)、その水を渡れる人の歸りしことなきところにいたれり 一三〇―一三二
こゝに彼、かの翁の心に從ひ、わが腰を括(くゝ)れるに、奇なる哉謙遜の草、彼えらびてこれを採るや 一三三―一三五
その抜かれし處よりたゞちに再び生(お)ひいでき 一三六―一三八


   第二曲

日は今子午線のそのいと高きところをもてイエルサレムを蔽ふ天涯にあらはれ 一―三
これと相對(あひむか)ひてめぐる夜(よ)は、天秤(はかり)(こは夜の長き時その手より落つ)を持ちてガンジェを去れり 四―六
さればわがゐしところにては、美しきアウローラの白き赤き頬、年ふけしため柑子(かうじ)に變りき 七―九
我等はあたかも路のことをおもひて心進めど身止まる人の如くなほ海のほとりにゐたるに 一〇―一二
見よ、朝(あした)近きとき、わたつみの床(ゆか)の上西の方(かた)低きところに、濃き霧の中より火星の紅(あか)くかゞやくごとく 一三―一五
わが目に見えし一の光(あゝ我再びこれをみるをえんことを)海を傳ひていと疾く來れり、げにいかなる羽といふとも斯許(かくばかり)早きはあらじ 一六―一八
われわが導者に問はんとて、しばらく目をこれより離し、後再びこれをみれば今はいよ/\燦(あざや)かにかついよ/\く大いなりき 一九―二一
その左右には何にかあらむ白き物見え、下よりもまた次第に白き物いでぬ 二二―二四
わが師なほ物言はざりしが、はじめの白き物翼とみゆるにいたるにおよび、舟子(ふなこ)の誰なるをさだかに知りて 二五―二七
さけびていふ。いざとく跪き手を合すべし、見よこれ神の使者(つかひ)なり、今より後汝かかる使者等(つかひたち)をみむ 二八―三〇
見よかれ人の器具(うつは)をかろんじ、かく隔たれる二の岸の間にも、擢を用ゐず翼を帆に代ふ 三一―三三
見よ彼これを伸べて天にむかはせ、朽つべき毛の如く變ることなきその永遠(とこしへ)の羽(はね)をもて大氣を動かす。 三四―三六
神の鳥こなたにちかづくに從ひそのさまいよ/\あざやかになりて近くこれを見るにたへねば 三七―三九
われ目を垂れぬ、彼は疾(と)く輕くして少しも水に呑まれざる一の舟にて岸に着けり 四〇―四二
艫(とも)には天の舟人(ふなびと)立ち(福(さいはひ)その姿にかきしるさるゝごとくみゆ)、中には百餘の靈坐せり 四三―四五
イスラエル、エヂプトを出でし時、彼等みな聲をあはせてかくうたひ、かの聖歌に録(しる)されし殘りの詞をうたひをはれば 四三―四五
彼は彼等のために聖十字を截りぬ、彼等即ち皆汀(みぎは)におりたち、彼はその來れる時の如くとく去れり 四九―五一
さてかしこに殘れる群(むれ)は、この處をば知らじとみえ、あたかも新しきものを試むる人の如くあたりをながめき 五二―五四
日はそのさやけき矢をもてはや中天(なかぞら)より磨羯を逐ひ、晝を四方に射下(いくだ)せり 五五―五七
この時新しき民面(おもて)をあげて我等にむかひ、いひけるは。汝等若し知らば、山に行くべき路ををしへよ。 五八―六〇
ヴィルジリオ答へて曰ふ。汝等は我等をこの處に精(くは)しとおもへるならむ、されど我等も汝等と同じ旅客なり 六一―六三
我等は他(ほか)の路を歩みて汝等より少しく先に來れるのみ、その路のいと粗(あら)く且つ艱(かた)きに比(くら)ぶれば今よりこゝを登らんは唯戲(たはぶれ)の如くなるべし。 六四―六六
わが呼吸(いき)によりて我のなほ生くるをしれる魂等はおどろきていたくあをざめぬ 六七―六九
しかしてたとへば報告(しらせ)をえんとて橄欖をもつ使者(つかひ)のもとに人々むらがり、その一人(ひとり)だに踏みあふことを避けざるごとく 七〇―七二
かの幸(さち)多き魂等はみなとゞまりてわが顏をまもり、あたかも行きて身を美しくするを忘るゝに似たりき 七三―七五
我はそのひとりの大いなる愛をあらはし我を抱かんとて進みいづるを見、心動きて自らしかなさんとせしに 七六―七八
あゝ姿のほか凡て空しき魂よ、三度(みたび)われ手をその後(うしろ)に組みしも、三度手はわが胸にかへれり 七九―八一
思ふに我は怪訝(あやしみ)の色に染まれるなるべし、かの魂笑ひて退き、我これを逐ひて前にすゝめば 八二―八四
しづかに我に止(や)めよといふ、この時我その誰なるをしり、しばらくとゞまりて我と語らんことを乞ふ 八五―八七
彼答ふらく。我先に朽つべき肉の中にありて汝を愛せる如く今紲(きづな)を離れて汝を愛す、此故に止まらむ、されど汝の行くは何の爲ぞや。 八八―九〇
我曰ふ。わがカゼルラよ、我のこの羈旅(たびぢ)にあるは再びこゝに歸らんためなり、されど汝何によりてかく多く時を失へるや。 九一―九三
彼我に。時をも人をも心のまゝにえらぶもの、屡※(二の字点、1-2-22)我を拒みてこゝに渡るを許さゞりしかどこれ我に非をなせるにあらず 九四―九六
その意正しき意より成る、されど彼はこの三月(みつき)の間、乘るを願ふものあれば、うけがひて皆これを載せたり 九七―九九
さればこそしばしさき、我かのテーヴェロの水潮(うしほ)に變る海の邊(ほとり)にゆきたるに、彼こころよくうけいれしなれ 一〇〇―一〇二
彼今翼をかの河口(くち)に向く、そはアケロンテの方(かた)にくだらざるものかしこに集まる習ひなればなり。 一〇三―一〇五
我。新しき律法(おきて)汝より、わがすべての願ひを鎭むるを常とせし戀歌の記憶またはその技(わざ)を奪はずば 一〇六―一〇八
肉體とともにこゝに來りて疲(つかれ)甚しきわが魂を、ねがはくは少しくこれをもて慰めよ。 一〇九―一一一
「わが心の中にものいふ戀は」と彼はこのときうたひいづるに、そのうるはしさ今猶耳に殘るばかりに妙(たへ)なりき 一一二―一一四
わが師も我も彼と共にありし民等もみないたくよろこびて、ほかに心に觸るゝもの一だになきごとくみゆ 一一五―一一七
我等すべてとゞまりて心を歌にとめゐたるに、見よ、かのけだかき翁さけびていふ。何事ぞ遲(おそ)き魂等よ 一一八―一二〇
何等の怠慢(おこたり)ぞ、何ぞかくとゞまるや、走(わし)りて山にゆきて穢(けがれ)を去れ、さらずば神汝等にあらはれたまはじ。 一二一―一二三
たとへば食をあさりてつどへる鳩の、聲もいださず、その習ひなる誇(ほこり)もみせで、麥や莠(はぐさ)の實を拾ふとき 一二四―一二六
おそるゝもののあらはるゝあれば、さきにもまさる願ひに攻められ、忽ち食を棄て去るごとく 一二七―一二九
かの新しき群(むれ)歌を棄て、山坂にむかひてゆきぬ、そのさま行けども行方(ゆくへ)をしらざる人に似たりき 一三〇―一三二
我等もまたこれにおくれずいでたてり 一三三―一三五


   第三曲

彼等忽ち馳せ、廣野(ひろの)をわけて散り、理性に促(うなが)されて我等の登る山にむかへるも 一―三
我は身をわがたのもしき伴侶(とも)によせたり、我またいかで彼を觸れて走(わし)るをえんや、誰か我を導いて山に登るをえしめんや 四―六
彼はみづから悔ゆるに似たりき、あゝ尊き清き良心よ、たゞさゝやかなる咎もなほ汝を刺すこといかにはげしき 七―九
彼の足すべての動作(ふるまひ)の美をこぼつ急(いそぎ)を棄つれば、さきに狹(せば)まれるわが心 一〇―一二
さながら求むるものある如く思ひを廣くし、我はかの水の上より天にむかひていと高く聳ゆる山にわが目をそゝぎぬ 一三―一五
後方(うしろ)に赤く燃ゆる日は、わがためにその光を支(さ)へられて碎け、前方(まへ)にわが象(かたち)を殘せり 一六―一八
我わが前方(まへ)にのみ黒き地あるをみしとき、おのが棄てられしことを恐れてわが傍(かたへ)にむかへるに 一九―二一
我を慰むるもの全く我に對(むか)ひていふ。何ぞなほ疑ふや、汝はわが汝と共にありて汝を導くを信ぜざるか 二二―二四
わがやどりて影を映(うつ)せる身の埋(うづ)もるゝ處にてははや夕(ゆふ)なり、この身ナポリにあり、ブランディツィオより移されき 二五―二七
さればわが前に今影なしとも、こはたがひに光を堰(せ)かざる諸天に似てあやしむにたらず 二八―三〇
そも/\威力(ちから)はかゝる體(からだ)を造りてこれに熱と氷の苛責の苦しみを感ぜしむ、されどその爲す事の次第の我等に顯はるゝことを好まず 三一―三三
もし我等の理性をもて、三にして一なる神の踏みたまふ無窮の道を極めんと望むものあらばそのもの即ち狂へるなり 三四―三六
人よ汝等は事を事として足れりとせよ、汝等もし一切を見るをえたりしならば、マリアは子を生むに及ばざりしなるべし 三七―三九
また汝等は、己が願ひをかなふるにふさはしかりし人々にさへ、その願ふところ實を結ばず却つて永遠(とこしへ)に悲しみとなりて殘るを見たり 四〇―四二
わがかくいへるはアリストーテレ、プラトー、その外多くのものの事なり。かくいひて顏を垂れ、思ひなやみてまた言(ことば)なし 四三―四五
かゝるうちにも我等は山の麓に着けり、みあぐれば巖(いはほ)いと嶮しく、脛(はぎ)の疾(はや)きもこゝにては益なしとみゆ 四六―四八
レリーチェとツルビアの間のいとあらびいと廢(すた)れし徑(こみち)といふとも、これに此(くら)ぶれば、寛(ゆるや)かにして登り易き梯子(はしご)の如し 四九―五一
わが師歩みをとゞめていふ。誰か知る、山の腰低く垂れて翼なき族人(たびびと)もなほ登るをうるは何方(いづかた)なるやを。 五二―五四
彼顏をたれて心に路のことをおもひめぐらし、我はあふぎて岩のまはりをながめゐたるに 五五―五七
この時わが左にあらはれし一群(ひとむれ)の魂ありき、彼等はこなたにその足をはこべるも、來ることおそくしてしかすとみえず 五八―六〇
我曰ふ。師よ目を擧げてこなたを見よ、汝自ら思ひ定むるあたはずば彼等我等に教ふべし。 六一―六三
彼かれらを見、氣色(けしき)晴(はれ)やかに答ふらく。彼等の歩履(あゆみ)おそければいざ我等かしこに行かん、好兒(よきこ)よ、望みをかたうせよ。 六四―六六
我等ゆくこと千歩にして、かの民なほ離るゝこと巧みなる投手(なげて)の石のとゞくばかりなりしころ(六七)
彼等はみな高き岸なる堅き岩のほとりにあつまり、互ひに身をよせて動かず、おそれて道を行く人の見んとて止まる如くなりき 七〇―七二
ヴィルジリオ曰ふ。あゝ福(さいはひ)に終れるものらよ、すでに選ばれし魂等よ、我は汝等のすべて待望む平安を指して請ふ 七三―七五
我等に山の斜(なゝめ)にて上りうべきところを告げよ、そは知ることいと大いなる者時を失ふを厭ふことまたいと大いなればなり。 七六―七八
たとへば羊の、一づつ二づつまたは三づつ圈(をり)をいで、殘れるものは臆してひくく目と口を垂れ 七九―八一
而して最初の者の爲す事をばこれに續く者皆傚ひて爲し、かの者止まれば、聲なく思慮(こゝろ)なくその何故なるをも知らで、これが邊(あたり)に押合ふ如く 八二―八四
我はこの時かの幸(さち)多き群(むれ)の先手(さきて)の、容端(かたち)正(たゞしく)歩履(あゆみ)優(いう)にこなたに進み來るをみたり 八五―八七
さきに立つ者、わが右にあたりて光地に碎け、わが影岩に及べるをみ 八八―九〇
とゞまりて少しく後方(うしろ)に退(すさ)れば、續いて來れる者は故をしらねどみなかくなせり 九一―九三
汝等問はざるも我まづ告げむ、汝等の見るものはこれ人の體(からだ)なり、此故に日の光地上に裂く 九四―九六
あやしむなかれ、信ぜよ、天より來る威能(ちから)によらで彼この壁に攀(よ)ぢんとするにあらざるを。 九七―九九
師斯く、かの尊(たふと)き民手背(てのおもて)をもて示して曰ふ。さらば身をめぐらして先に進め。 一〇〇―一〇二
またそのひとりいふ。汝誰なりとも、かく歩みつゝ顏をこなたにむけて、世に我を見しことありや否やをおもへ。 一〇三―一〇五
我即ちかなたにむかひ、目を定めて彼を見しに、黄金(こがね)の髮あり、美しくして姿けだかし、されど一の傷ありてその眉の一を分てり 一〇六―一〇八
我謙(へりく)だりていまだみしことなしとつぐれば、彼はいざ見よといひてその胸の上のかたなる一の疵を我に示せり 一〇九―一一一
かくてほゝゑみていふ。我は皇妃コスタンツァの孫マンフレディなり、此故にわれ汝に請ふ、汝歸るの日 一一二―一一四
シチーリアとアラーゴナの名譽(ほまれ)の母なるわが美しき女(むすめ)のもとにゆき、世の風評(さた)違はば實(まこと)を告げよ 一一五―一一七
わが身二の重傷(いたで)のために碎けしとき、われは泣きつゝ、かのよろこびて罪を赦したまふものにかへれり 一一八―一二〇
恐しかりきわが罪は、されどかぎりなき恩寵(めぐみ)そのいと大いなる腕(かひな)をもて、すべてこれに歸るものをうく 一二一―一二三
クレメンテに唆(そその)かされて我を狩りたるコセンツァの牧者、その頃神の聖經(みふみ)の中によくこの教へを讀みたりしならば 一二四―一二六
わが體(からだ)の骨は、今も重き堆石(つみいし)に護られ、ベネヴェントに近き橋のたもとにありしなるべし 一二七―一二九
さるを今は王土の外(そと)ヴェルデの岸邊(きしべ)に雨に洗はれ風に搖(ゆす)らる、彼消(け)せる燈火(ともしび)をもてこれをかしこに移せるなり 一三〇―一三二
それ望みに緑の一點をとゞむる間は、人彼等の詛ひによりて全く滅び永遠(とこしへ)の愛歸るをえざるにいたることなし 一三三―一三五
されどげに聖なる寺院の命に悖(もと)りて死する者、たとひつひに悔ゆといへども、その僭越なりし間の三十倍の時過ぐるまで 一三六―一三八
必ず外(そと)なるこの岸にとゞまる、もし善き祈りによりて時の短くせらるゝにあらずば 一三九―一四一
請ふわが好(よ)きコスタンツァに汝の我にあへる次第とこの禁制(いましめ)とをうちあかし、汝がこの後我を悦ばすをうるや否やを見よ 一四二―一四四
そはこゝにては、世にある者の助けによりて、我等の得るところ大なればなり。 一四五―一四七


   第四曲

心の作用(はたらき)の一部喜びまたは憂ひを感ずる深ければ、魂こと/″\こゝにあつまり 一―三
また他の能力(ちから)をかへりみることなしとみゆ、知るべし、我等の内部(うち)に燃ゆる魂、一のみならじと思ふは即ち誤りなることを 四―六
この故に聞くこと見るもの、つよく魂をひきよすれば、人時の過ぐるを知らず 七―九
そは耳をとゞむる能力(ちから)は魂を全く占(し)むる能力(ちから)と異なる、後者はその状(さま)繋(つな)がるゝに等しく前者には紲(きづな)なし 一〇―一二
我かの靈のいふところをきき且つはおどろきてしたしくこの事の眞(まこと)なるをさとれり、そは我等かの魂等が我等にむかひ 一三―
聲をあはせて、汝等の尋ぬるものこゝにありと叫べる處にいたれる時、日はわがしらざる間に裕(ゆたか)に五十を上(のぼ)りたればなり ―一八
葡萄黒むころ、たゞ一束(たば)の茨(いばら)をもて、村人(むらびと)の圍(かこ)ふ孔(あな)といふとも、かの群(むれ)我等をはなれし後 一九―
導者さきに我あとにたゞふたり登りゆきし徑路(こみち)よりは間々(まま)大いなるべし ―二四
サンレオにゆき、ノーリにくだり、ビスマントヴァを登りてその頂にいたるにもただ足あれば足る、されどこゝにては飛ばざるをえずと 二五―二七
即ち我に望みを與へ、わが光となりし導者にしたがひ、疾き翼深き願ひの羽を用ゐて 二八―三〇
我等は碎けし岩の間を登れり、崖(がけ)左右より我等に迫り、下なる地は手と足の助けを求めき 三一―三三
我等高き陵(をか)の上縁(うはべり)、山の腰のひらけしところにいたれるとき、我いふ。わが師よ、我等いづれの路をえらばむ。 三四―三六
彼我に。汝一歩をも枉ぐるなかれ、さとき嚮導(しるべ)の我等にあらはるゝことあるまで、たえず我に從ひて山を登れ。 三七―三九
巓(いただき)は高くして視力及ばず、また山腹は象限(しやうげん)の中央(なかば)の線(すぢ)よりはるかに急なり 四〇―四二
我疲れて曰ふ。あゝやさしき父よ、ふりかへりて我を見よ、汝若しとゞまらずば、我ひとりあとに殘るにいたらむ。 四三―四五
わが子よ、身をこの處まで曳き來れ。彼は少しく上方(うへ)にあたりて山のこなたをことごとくめぐれる一の高臺(パルツオ)を指示しつゝかくいへり 四六―四八
この言(ことば)にはげまされ、我は彼のあとより匍匐(はひ)つゝわが足圓の上を踏むまでしひて身をすゝましむ 四九―五一
我等はこゝに、我等の登れる方(かた)なりし東に向ひて倶に坐せり、そは人顧みて心を慰むる習ひなればなり 五二―五四
我まづ目を低き汀(みぎは)にそゝぎ、後これを擧げて日にむかひ、その光我等の左を射たるをあやしめり 五五―五七
詩人はわがかの光の車の我等とアクイロネの間を過ぐるをみていたく惑へることをさだかにさとり 五八―六〇
即ち我にいひけるは。若しカストレとポルルーチェ、光を上と下とにおくるかの鏡とともにあり 六一―六三
かつかのものその舊き道を離れずば、汝は赤き天宮の今よりもなほ北斗に近くめぐるをみるべし 六四―六六
汝いかでこの事あるやをさとるをねがはば、心をこめて、シオンとこの山と地上にその天涯を同じうし 六七―
その半球を異にするを思へ、さらば汝の智にしてもしよく明(あきらか)にこゝにいたらば、かのフェートンが幸(さち)なくも
車を驅るを知らざりし路は何故に此の左、彼の右をかならず過ぐるや、汝これを知るをえむ。 ―七五
我曰ふ。わが師よ、才の足らじとみえしところを、げに今にいたるまで我かくあきらかにさとれることなし 七六―七八
さる學術にて赤道とよばれ、常に日と冬の間にありていと高くめぐる天の中帶は 七九―八一
汝の告ぐる理(ことわり)により、この處を北に距ること、希伯來人(エブレオびと)がこれをみしとき彼等を熱き地の方(かた)に距れるに等し 八二―八四
されど我等いづこまで行かざるをえざるや、汝ねがはくは我にしらせよ、山高くそびえてわが目及ぶあたはざればなり。 八五―八七
彼我に。はじめ常に艱しといへども人の登るに從つてその勞を少うするはこれこの山の自然なり 八八―九〇
此故に汝これをたのしみ、上(のぼ)るの易きことあたかも舟にて流れを追ふごときにいたれば 九一―九三
すなはちこの徑路(こみち)盡(つ)く、汝そこにて疲れを休むることをうべし、わが汝に答ふるは是のみ、しかして我この事の眞(まこと)なるを知る。 九四―九六
彼その言葉を終(を)へしとき、あたりに一の聲ありていふ。おそらくは汝それよりさきに坐せざるをえざるなるべし。 九七―九九
かくいふをききて我等各※(二の字点、1-2-22)ふりかへり、左に一の大いなる石を見ぬ、こは我も彼もさきに心をとめざりしものなりき 一〇〇―一〇二
我等かしこに歩めるに、そこには岩の後(うしろ)なる蔭に息(いこ)へる群(むれ)ありてそのさま怠惰(おこたり)のため身を休むる人に似たりき 一〇三―一〇五
またそのひとりはよわれりとみえ、膝を抱いて坐し、顏を低くその間に垂れゐたり 一〇六―一〇八
我曰ふ。あゝうるはしきわが主、彼を見よ、かれ不精(ぶせい)を姉妹とすともかくおこたれるさまはみすまじ。 一〇九―一一一
この時彼我等の方(かた)に對ひてその心をとめ、目をたゞ股(もゝ)のあたりに動かし、いひけるは。いざ登りゆけ、汝は雄々(をゝ)し。 一一二―一一四
我はこのときその誰なるやをしり、疲れ今もなほ少しくわが息(いき)をはずませしかど、よくこの障礙(しやうげ)にかちて 一一五―一一七
かれの許(もと)にいたれるに、かれ殆んど首(かうべ)をあげず、汝は何故に日が左より車をはするをさとれりやといふ 一一八―一二〇
その無精(ぶせい)の状(さま)と短き語(ことば)とは、すこしく笑(ゑみ)をわが唇にうかばしむ、かくて我曰ふ。ベラックヮよ、我は今より 一二一―
また汝のために憂へず、されど告げよ、汝何ぞこゝに坐するや、導者を待つか、はたたゞ汝の舊(ふ)りし習慣(ならひ)に歸れるか。 ―一二六
彼。兄弟よ、登るも何の益かあらむ、門に坐する神の鳥は、我が苛責をうくるを許さざればなり 一二七―一二九
われ終りまで善き歎息(なげき)を延べたるにより、天はまづ門の外(そと)にて我をめぐる、しかしてその時の長さは世にて我をめぐれる間と相等し 一三〇―一三二
若し恩惠(めぐみ)のうちに生くる心のさゝぐる祈り(異祈(あだしいのり)は天聽かざれば何の效(かひ)あらむ)、これより早く我を助くるにあらざれば。 一三三―一三五
詩人既に我にさきだちて登りていふ。いざ來れ、見よ日は子午線に觸れ、夜は岸邊(きしべ)より 一三六―一三八
はやその足をもてモロッコを覆(おほ)ふ。


   第五曲

我既にかの魂等とわかれてわが導者の足跡(あしあと)に從へるに、このとき一者(ひとり)、後方(うしろ)より我を指ざし 一―三
叫びていふ。見よ光下なるものの左を照さず、彼があたかも生者のごとく歩むとみゆるを。 四―六
我はこの言(ことば)を聞きて目をめぐらし、彼等のあやしみてわれひとり、ただわれひとりと、碎けし光とを目守(まも)るをみたり 七―九
師曰ふ。汝何ぞ心ひかれて行くことおそきや、彼等の私語(さゝやき)汝と何の係(かゝはり)あらんや 一〇―一二
我につきて來れ、斯民(このたみ)をその言ふに任(まか)せよ、風吹くとも頂(いただき)搖(ゆる)がざるつよき櫓(やぐら)の如く立つべし 一三―一五
そは思ひ湧き出でて思ひに加はることあれば、後の思ひ先の思ひの力をよわめ、人その目的(めあて)に遠ざかる習ひなればなり。 一六―一八
我行かんといふの外また何の答へかあるべき、人にしば/\赦(ゆるし)をえしむる色をうかめてわれ斯くいへり 一九―二一
かゝる間に、山の腰にそひ、横方(よこあひ)より、かはる/″\憐れみたまへを歌ひつゝ、我等のすこしく前に來れる民ありき 二二―二四
彼等光のわが身に遮(さへぎ)らるゝをみしとき、そのうたへる歌を長き嗄れたるあゝに變へたり 二五―二七
しかしてそのうちより使者(つかひ)とみゆるものふたり、こなたにはせ來り、我等にこひていふ。汝等いかなるものなりや我等に告げよ。 二八―三〇
わが師。汝等たちかへり、汝等を遣はせるものに告げて、彼の身は眞(まこと)の肉なりといへ 三一―三三
若しわが量(はか)るごとく、彼の影を見て彼等止まれるならば、この答へにて足る、彼等に彼をあがめしめよ、さらば彼等益をえむ。 三四―三六
夜の始めに澄渡る空(そら)を裂き、または日の落つるころ葉月(はづき)の叢雲(むらくも)を裂く光といふとも、そのはやさ 三七―三九
かなたに歸りゆきし彼等には及ばじ、さてかしこに着くや彼等は殘れる者とともに恰も力のかぎり走る群(むれ)の如く足をこなたに轉(めぐ)らせり 四〇―四二
詩人曰ふ。我等に押寄する民數(かず)多し、彼等汝に請はんとて來る、されど汝止まることなく、行きつゝ耳をかたむけよ。 四三―四五
彼等來りよばはりていふ。あゝ幸(さいはひ)ならんため生れながらの身と倶に行く魂よ、しばらく汝の歩履(あゆみ)を停(とゞ)めよ 四六―四八
我等の中に汝嘗て見しによりてその消息(おとづれ)を世に傳ふるをうる者あるか、噫(あゝ)何すれぞ過行くや、汝何すれぞ止まらざるや 四九―五一
我等は皆そのかみ横死を遂げし者なり、しかして臨終(いまは)にいたるまで罪人(つみびと)なりしが、この時天の光我等をいましめ 五二―五四
我等は悔いつゝ赦しつゝ、神即ち彼を見るの願ひをもて我等の心をはげますものと和(やは)らぎて世を去れるなり。 五五―五七
我。われよく汝等の顏をみれども、一だにしれるはなし、されど汝等の心に適(かな)ひわが爲すをうる事あらば、良日(よきひ)の下(もと)に生れし靈よ 五八―六〇
汝等いへ、さらば我は、かゝる導者にしたがひて世より世にわが求めゆく平和を指してこれをなすべし。 六一―六三
一者(ひとり)曰ふ。汝誓はずとも我等みな汝の助けを疑はず、もし力及ばざるため意斷たるることなくば 六四―六六
この故に我まづひとりいひいでて汝に請ふ、汝ローマニアとカルロの國の間の國をみるをえば 六七―六九
汝の厚き志により、わがためにファーノの人々に請ひてよき祈りをささげしめ、我をしてわが重き罪を淨むるをえしめよ 七〇―七二
我はかしこの者なりき、されど我の宿れる血の流れいでし重傷(ふかで)をばわれアンテノリの懷(ふところ)に負へり 七三―七五
こはわがいと安全(やすらか)なるべしとおもへる處なりしを、エスティの者、正義の求むる範圍(かぎり)を超えて我を怨みこの事あるにいたれるなり 七六―七八
されどオリアーコにて追ひ及(し)かるゝとき、若しはやくラ・ミーラの方(かた)に逃げたらんには、我は息通(いきかよ)ふかなたに今もありしなるべし 七九―八一
われ澤に走りゆき、葦(あし)と泥(ひぢ)とにからまりて倒れ、こゝにわが血筋(ちすぢ)の地上につくれる湖(うみ)を見ぬ。 八二―八四
この時また一者(ひとり)いふ。あゝねがはくは汝を引きてこの高山(たかやま)に來らしむる汝の願ひ成就せんことを、汝善き憐(あはれみ)をもてわが願ひをたすけよ 八五―八七
我はモンテフェルトロの者なりき我はボンコンテなり、ジヨヴァンナも誰もわが事を思はず、此故にわれ顏を垂れて此等の者と倶に行く。 八八―九〇
我彼に。汝の墓の知られざるまで、カムパルディーノより汝を遠く離れしめしは、そも/\何の力何の運ぞや。 九一―九三
彼答ふらく。あゝカセンティーノの麓に、横さまに流るゝ水あり、隱家(かくれが)の上なるアペンニノより出で、名をアルキアーノといふ 九四―九六
われ喉を刺されし後、徒(かち)にて逃げつゝ野を血に染めて、かの流れの名消ゆる處に着けり 九七―九九
わが目こゝに見えずなりぬ、わが終焉(をはり)の詞はマリアの名なりき、われこゝに倒れ、殘れるものはたゞわが肉のみ 一〇〇―一〇二
われ眞(まこと)を汝に告げむ、汝これを生者(しやうじや)に傳へよ、神の使者(つかひ)我を取れるに地獄の使者よばはりて、天に屬する者よ 一〇三―
汝何ぞ我物を奪ふや、唯一滴(しづく)の涙の爲に彼我を離れ、汝彼の不朽の物を持行くとも我はその殘りをばわが心のまゝにあしらはんといふ ―一〇八
濕氣空に集りて昇り、冷えて凝る處にいたれば、直ちに水にかへること、汝のさだかに知るごとし 一〇九―一一一
さてかの者たゞ惡をのみ圖る惡意を智に加へ、その性(さが)よりうけし力によりて霧と風とを動かせり 一一二―一一四
かくて日暮れしとき、プラートマーニオよりかの大いなる連山にいたるまで、彼霧をもて溪を蔽ひ、上なる天を包ましむれば 一一五―一一七
密雲變じて水となり、雨降(ふ)りぬ、その地に吸はれざるものみな狹間(はざま)に入れ 一一八―一二〇
やがて多くの大いなる流れと合し、たふとき川に向ひて下るに、その馳することいとはやくして、何物もこれをひきとむをえざりき 一二一―一二三
たくましきアルキアーンははや強直(こはばり)しわが體をその口のあたりに見てこれをアルノに押流し、わが苦しみにたへかねしとき 一二四―
身をもて造れる十字架を胸の上より解き放ち、岸に沿ひまた底に沿ひて我を轉(まろ)ばし、遂に己が獲物(えもの)をもて我を被ひ且つ卷けり。 ―一二九
この時第三の靈第二の靈に續いて曰ふ。あゝ汝世に歸りて遠き族程(たびぢ)の疲れより身を休めなば 一三〇―一三二
われピーアを憶へ、シエーナ我を造りマレムマ我を毀(こぼ)てるなり、こは縁(えにし)の結ばるゝころまづ珠の指輪をば 一三三―一三五
我に與へしものぞしるなる 一三六―一三八


   第六曲

ヅァーラの遊戲(あそび)果つるとき、敗者(まくるもの)は悲しみて殘りつゝ、くりかへし投げて憂ひの中に學び 一―三
人々は皆勝者(かつもの)とともに去り、ひとり前(まへ)に行きひとり後(うしろ)よりこれを控(ひか)へひとり傍(かたへ)よりこれに己を憶はしむるに 四―六
かの者止まらず、彼に此に耳を傾け、また手を伸べて與ふればその人再び迫らざるがゆゑに、かくして身をまもりて推合(おしあ)ふことを避(さ)く 七―九
我亦斯の如く、かのこみあへる群(むれ)の中にてかなたこなたにわが顏をめぐらし、約束をもてその絆(きづな)を絶てり 一〇―一二
こゝにはアレッツオ人(びと)にてギーン・ディ・タッコの猛(たけ)き腕(かひな)に死せるもの及び追ひて走りつゝ水に溺れし者ゐたり 一三―一五
こゝにはフェデリーゴ・ノヴェルロ手を伸べて乞ひ、善きマルヅッコにその強きをあらはさしめしピサの者またしかなせり 一六―一八
我は伯爵(コンテ)オルソを見き、また自らいへるごとく犯せる罪の爲にはあらで怨みと嫉みの爲に己が體(からだ)より分たれし魂を見き 一九―二一
こはピエール・ダ・ラ・ブロッチアの事なり、ブラバンテの淑女はこれがためこれより惡しき群(むれ)の中に入らざるやう世に在る間に心構(こゝろがまへ)せよ 二二―二四
さてすべてこれ等の魂即ちはやくその罪を淨むるをえんとてたゞ人の祈らんことを祈れる者を離れしとき 二五―二七
我曰ひけるは。あゝわが光よ、汝はあきらかに詩の中にて、祈りが天の定(さだめ)を枉ぐるを否むに似たり 二八―三〇
しかしてこの民これをのみ請ふ、さらば彼等の望み空なるか、さらずば我よく汝の言(ことば)をさとらざるか。 三一―三三
彼我に。健(すこやか)なる心をもてよくこの事を思ひみよ、わが筆解(げ)し易く、彼等の望み徒(あだ)ならじ 三四―三六
そは愛の火たとひこゝにおかるゝもののたらはすべきことをたゞしばしのまに滿すとも、審判(さばき)の頂垂れざればなり 三七―三九
またわがこの理(ことわり)を陳べし處にては、祈り、神より離れしがゆゑに、祈れど虧處(おちど)補はれざりき 四〇―四二
されどかく奧深き疑ひについては、眞(まこと)と智(さとり)の間の光となるべき淑女汝に告ぐるにあらずば心を定むることなかれ 四三―四五
汝さとれるや否や、わがいへるはベアトリーチェのことなり、汝はこの山の巓(いただき)に、福(さいはひ)にしてほゝゑめる彼の姿をみるをえむ。 四六―四八
我。主よいそぎてゆかむ、今は我さきのごとく疲れを覺えず、また山のはやその陰を投ぐるをみよ。 四九―五一
答へて曰ふ。我等は日のある間に、我等の進むをうるかぎりすゝまむ、されど事汝の思ふところと違ふ 五二―五四
いまだ巓にいたらざるまに、汝は今山腹にかくれて汝のためにその光を碎かれざる物また歸り來るを見む 五五―五七
されど見よ、かしこにたゞひとりゐて我等の方(かた)をながむる魂あり、かの者我等にいと近き路を教へむ。 五八―六〇
我等これが許にいたりぬ、あゝロムバルディアの魂よ、汝の姿は軒昂(けだか)くまたいかめしく、汝の目は嚴(おごそか)にまた緩(ゆるや)かに動けるよ 六一―六三
かの魂何事をもいはずして我等を行かしめ、たゞ恰もやすらふ獅子のごとく我等を見たり 六四―六六
されどヴィルジリオこれに近づき、登るにいと易きところを我等に示さむことを請へるに、その問ひに答へず 六七―六九
たゞ我等に我等の國と状態(ありさま)をたづねき、このときうるはしき導者マントヴァ……といひかくれば、己ひとりを世とせし魂 七〇―七二
立ちて彼のかたにむかひてそのゐし處をはなれつゝ、あゝマントヴァ人よ、我は汝の邑(まち)の者ソルデルロなりといひ、かくて二者(ふたり)相抱きぬ 七三―七五
あゝ屈辱のイタリアよ、憂ひの客舍、劇しき嵐の中の水夫(かこ)なき船よ、汝は諸州(くに/″\)の女王にあらずして汚れの家なり 七六―七八
かのたふとき魂は、たゞ己が生れし邑(まち)の麗しき名のよばるゝをきき、かく歡びてこの處に同郷人(ふるさとびと)を迎へしならずや 七九―八一
しかるに今汝の中には生者(しやうじや)敬ひをやむる時なく、一の垣一の濠に圍まるゝもの相互(あひたがひ)に噛むことをなす 八二―八四
幸(さち)なきものよ、岸をめぐりて海の邊(ほとり)の地をたづね、後汝の懷(ふところ)を見よ、汝のうちに一なりとも平和を樂しむ處ありや 八五―八七
かのユスティニアーノ汝のために銜(くつわ)を調(とゝの)へしかど、鞍空しくば何の益あらむ、この銜なかりせば恥は却つて少(すく)なかるべし 八八―九〇
あゝ眞心(まごゝろ)をもて神を崇(あが)めかつチェーザレを鞍に載すべき(汝等もしよく神の言(ことば)をさとりなば)人々よ 九一―九三
汝等手綱をとれるよりこのかた、拍車によりて矯(た)めらるゝことなければ、見よこの獸のいかばかり悍(たけ)くなれるやを 九四―九六
あゝドイツ人(びと)アルベルトよ、汝は鞍に跨るべき者なるに、この荒き御しがたき獸を棄つ 九七―九九
ねがはくは正しき審判(さばき)星より汝の血の上に降り、奇(くす)しく且つ顯著(あらは)にて、汝の後を承(う)くる者恐れをいだくにいたらんことを 一〇〇―一〇二
そは汝も汝の父も貪焚(むさぼり)のためにかの地に抑(と)められ、帝國の園をその荒るゝにまかせたればなり 一〇三―一〇五
來りて見よ、思慮なき人よ、モノテッキとカッペルレッティ、モナルディとフィリッペスキを、彼等既に悲しみ此等はおそる 一〇六―一〇八
來れ、無情の者よ、來りて汝の名門の虐(しひた)げらるゝを見、これをその難より救へ、汝またサンタフィオルのいかに安全(やすらか)なるやをみん 一〇九―一一一
來りて汝のローマを見よ、かれ寡婦(やもめ)となりてひとり殘され、晝も夜も泣き叫びて、わがチェーザレよ汝何ぞ我と倶にゐざるやといふ 一一二―一一四
來りて見よ、斯民(このたみ)の相愛することいかに深きやを、若し我等を憐れむの心汝を動かさずば、汝己が名に恥ぢんために來れ 一一五―一一七
また斯く言はんも畏(かしこ)けれど、あゝいと尊きジョーヴェ、世にて我等の爲に十字架にかゝり給へる者よ、汝正しき目を他(ほか)の處にむけたまふか 一一八―一二〇
はたこは我等の全く悟る能はざる福祉(さいはひ)のためいと深き聖旨(みむね)の奧に汝の設けたまふ備(そなへ)なるか 一二一―一二三
そは專横の君あまねくイタリアの諸邑(まち/\)に滿ち、匹夫朋黨に加はりてみなマルチェルとなればなり 一二四―一二六
わがフィオレンツァよ、汝この他事(あだしこと)をきくともこは汝に干係(かゝはり)なければまことに心安からむ、汝をこゝにいたらしむる汝の民は讚むべきかな 一二七―一二九
義を心に宿す者多し、されど漫りに弓を手にするなからんためその射ること遲きのみ、然るに汝の民はこれを口の端(はし)に置く 一三〇―一三二
公共(おほやけ)の荷を拒むもの多し、然るに汝の民は招かれざるにはやくも身を進めて我自ら負はんとさけぶ 一三三―一三五
いざ喜べ、汝しかするは宜(うべ)なればなり、汝富めり、汝泰平なり、汝智(さと)し、わがこの言(ことば)の僞りならぬは事實よくこれを證(あかし)す 一三六―一三八
文運かの如く開け、且つ古の律法(おきて)をたてしアテーネもラチェデーモナも、汝に比(くら)ぶればたゞ小(さゝ)やかなる治國の道を示せるのみ 一三九―
汝の律法(おきて)の絲は細(こまや)かなれば、汝が十月に紡(つむ)ぐもの、十一月の半(なかば)まで保たじ ―一四四
げに汝が汝のおぼゆる時の間に律法(おきて)、錢(ぜに)、職務(つとめ)、習俗(ならはし)を變へ民を新たにせること幾度(いくたび)ぞや 一四五―一四七
汝若しよく記憶をたどりかつ光をみなば、汝は自己(おのれ)があたかも病める女の軟毛(わたげ)の上にやすらふ能はず、身を左右にめぐらして 一四八―一五〇
苦痛(いたみ)を防ぐに似たるを見む 一五一―一五三


   第七曲

ふさはしきうれしき會釋(ゑしやく)三度(みたび)と四度(よたび)に及べる後、ソルデルしざりて汝は誰なりやといふ 一―三
登りて神のみもとにいたるを魂等未だこの山にむかはざりしさきに、オッタヴィアーンわが骨を葬りき 四―六
我はヴィルジリオなり、他(ほか)の罪によるにあらずたゞ信仰なきによりてわれ天を失へり。導者この時斯く答ふ 七―九
ふと目の前に物あらはるればその人あやしみて、こは何なり否あらずといひ、信じてしかして疑ふことあり 一〇―一二
かの魂もまたかくのごとくなりき、かくて目を垂れ、再びうや/\しく導者に近づき、僕(しもべ)の抱くところをいだきて 一三―一五
いひけるは。あゝラチオ人(びと)の榮(さかえ)よ――汝によりて我等の言葉その力の極(きはみ)をあらはせり――あゝわが故郷(ふるさと)の永遠(とこしへ)の實よ 一六―一八
我を汝に遭はしめしは抑※(二の字点、1-2-22)何の功徳何の恩惠(めぐみ)ぞや我若し汝の言(ことば)を聞くの幸(さいはひ)をえば請ふ告げよ汝地獄より來れるかそは何の圍(かこひ)の内よりか。 一九―二一
彼これに答ふらく。我は悲しみの王土の中(うち)なる諸※(二の字点、1-2-22)の獄(ひとや)をへてこゝに來れり、天の威力(ちから)我を動かしぬ、しかしてわれこれとともに行く 二二―二四
爲すによるにあらず爲さざるによりて我は汝の待望み我の後れて知るにいたれる高き日を見るをえざるなり 二五―二七
下に一の處あり、苛責のために憂きにあらねどたゞ暗く、そこにきこゆる悲しみの聲は歎息(ためいき)にして叫喚(さけび)にあらず 二八―三〇
かしこに我は、人の罪より釋(と)かれざりしさきに死の齒に噛まれし稚兒(をさなご)とともにあり 三一―三三
かしこに我は、三の聖なる徳を着ざれど惡を離れ他(ほか)の諸※(二の字点、1-2-22)の徳を知りてすべてこれを行へる者とともにあり 三四―三六
されど汝路をしりかつ我等に示すをうべくば、請ふ我等をして淨火のまことの入口にとくいたるをえせしめよ。 三七―三九
答へて曰ふ。我等は定まれる一の場所におかるゝにあらず、上(のぼ)るも※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)るも我これを許さる、われ導者となりて汝と倶に 四〇―
わが行くをうる處までゆくべし、されど見よ日は既に傾きぬ、夜登る能はざれば、我等うるはしき旅宿(やどり)を求めむ ―四五
右の方(かた)なる離れし處に魂の群(むれ)あり、汝肯(うけが)はば我は汝を彼等の許に導かむ、汝彼等を知るを喜びとせざることあらじ。 四六―四八
答へて曰ふ。いかにしてこの事ありや、夜登らんとおもふ者は他(ほか)の者にさまたげらるゝかさらずば力及ばざるため自ら登る能はざるか。 四九―五一
善きソルデルロ指にて地を擦(す)りていふ。見よ、この線(すぢ)をだに日入りて後は汝越えがたし 五二―五四
されど登(のぼり)の障礙(しやうげ)となるもの夜の闇のほかにはあらず、この闇能力(ちから)を奪ひて意志をさまたぐ 五五―五七
天涯晝をとぢこむる間は、汝げに闇とともにこゝをくだりまたは迷ひつゝ山の腰をめぐるをうるのみ。 五八―六〇
この時わが主驚くがごとくいひけるは。さらば請ふ我等を導き、汝の我等に喜びてとゞまるをうべしといへる處にいたれ。 六一―六三
我等少しくかしこを離れしとき、我は山の窪みてあたかも世の大溪(おほたに)の窪むに似たるところを見たり 六四―六六
かの魂曰ふ。かなたに山腹のみづから懷(ふところ)をつくるところあり、我等かしこにゆきて新たなる日を待たむ 六七―六九
忽ち嶮(けは)しく忽ち坦(たひらか)なる一條の曲路我等を導いてかの坎(あな)の邊(ほとり)、縁(ふち)半(なかば)より多く失せし處にいたらしむ 七〇―七二
金、純銀、朱、白鉛、光りてあざやかなるインドの木、碎けし眞際(まぎは)の新しき縁の珠も 七三―七五
各※(二の字点、1-2-22)その色を比ぶれば、かの懷の草と花とに及ばざることなほ小の大に及ばざるごとくなるべし 七六―七八
自然はかしこをいろどれるのみならず、また千の良(よ)き薫(かをり)をもて一の奇しきわけ難き香(にほひ)を作れり 七九―八一
我見しにこゝには溪のため外部(そと)よりみえざりし多くの魂サルウェ・レーギーナを歌ひつゝ縁草(あをくさ)の上また花の上に坐しゐたり 八二―八四
我等をともなへるマントヴァ人(びと)いふ。たゞしばしの日全くその巣に歸るまでは、汝等我に導かれてかしこにゆくをねがふなかれ 八五―八七
汝等窪地(くぼち)にくだりてかの衆と倶にあらんより、この高臺(パルツオ)にありて彼等を見なば却つてよくその姿と顏を認むるをえむ 八八―九〇
いと高き處に坐し、その責務(つとめ)を怠りしごとくみえ、かつ侶(とも)の歌にあはせて口を動かすことをせざる者は 九一―九三
皇帝ロドルフォなりき、かれイタリアの傷を癒すをえたりしにその死ぬるにまかせたれば、人再びこれを生かさんとするともおそし 九四―九六
また彼を慰むるごとくみゆるは、モルタ、アルビアに、アルビア、海におくる水の流れいづる地を治めし者にて 九七―九九
名をオッタケッルロといへり、その襁褓(むつき)に裹(つゝ)まれし頃も、淫樂安逸をむさぼるその子ヴェンチェスラーオの鬚ある頃より遙に善かりき 一〇〇―一〇二
姿いと貴(たふと)き者と親(した)しく相かたらふさまなるかの鼻の小さき者は百合の花を萎(しを)れしめつゝ逃げ走りて死したりき 一〇三―一〇五
かしこに此(これ)のしきりに胸をうつをみよ、また彼のなげきつゝその掌(たなごゝろ)をもて頬の床となすを見よ 一〇六―一〇八
彼等はフランスの禍ひの父と舅なり、彼等彼の邪(よこしま)にして穢れたる世を送れるを知りこれがためにかく憂ひに刺さる 一〇九―一一一
身かの如く肥ゆとみえ、かつかの鼻の雄々しき侶(とも)と節(ふし)をあはせて歌ふ者はその腰に萬の徳の紐を纏ひき 一一二―一一四
若し彼の後(うしろ)に坐せる若き者その王位を繼ぎてながらへたりせば、この徳まことに器(うつは)より器に傳はれるなるべし 一一五―一一七
但し他(ほか)の嗣子(よつぎ)についてはかくいひがたし、ヤーコモとフェデリーゴ今かの國を治む、いと善きものをばその一(ひとり)だに繼がざりき 一一八―一二〇
それ人の美徳は枝を傳ひて上(のぼ)ること稀なり、こはこれを與ふるもの、その己より出づるを知らしめんとてかく定めたまふによる 一二一―一二三
かの鼻の大いなる者も彼と倶にうたふピエルと同じくわがいへるところに適(かな)ふ、此故にプーリアもプロヴェンツァも今悲しみの中にあり 一二四―一二六
げにコスタンツァが今もその夫に誇ること遠くベアトリーチェ、マルゲリータの上に出づる如くに、樹は遠く種に及ばじ 一二七―一二九
簡易の一生を送れる王、イギリスのアルリーゴのかしこにひとり坐せるを見よ、かれの枝にはまされる芽(め)あり 一三〇―一三二
彼等のうち地のいと低きところに坐して仰ぎながむる者は侯爵(マルケーゼ)グイリエルモなり、彼の爲なりきアレッサンドリアとその師(いくさ)とが 一三三―一三五
モンフェルラートとカナヴェーゼとを歎かしむるは。 一三六―一三八


   第八曲

なつかしき友に別れを告げし日、海行く者の思ひ歸りて心やはらぎ、また暮るゝ日を悼(いた)むがごとく 一―三
鐘遠くより聞ゆれば、はじめて異郷の旅にある人、愛に刺さるゝ時とはなりぬ
我は何の聲をもきかず、一の魂の立ちて手をもて請ひて、耳をかたむけしむるを見たり 七―九
この者手を合せてこれをあげ、目を東の方(かた)にそゝぎぬ、そのさま神にむかひて、われ思ひをほかに移さずといふに似たりき 一〇―一二
テー・ルーキス・アンテその口よりいづるに、信念あらはれ調(しらべ)うるはしくして悉くわが心を奪へり 一三―一五
かくて全衆これに和し、目を天球にむかはしめつゝ、聲うるはしく信心深くこの聖歌をうたひをはりき 一六―一八
讀者よ、いざ目を鋭くして眞(まこと)を見よ、そは被物(おほひ)はげに今いと薄く、内部(うち)をうかがふこと容易なればなり 一九―二一
我はかの際(きは)貴(たか)き者の群(むれ)の、やがて色蒼(あを)ざめ且つ謙(へりくだ)り、何者をか待つごとくに默(もだ)して仰ぎながむるを見き 二二―二四
また尖(さき)の削りとられし二の焔の劒(つるぎ)をもち、高き處よりいでて下り來れるふたりの天使を見き 二五―二七
その衣(ころも)は、今萌(も)えいでし若葉のごとく縁なりき、縁の羽に打たれ飜(あふ)られて彼等の後方(うしろ)に曳かれたり 二八―三〇
そのひとりは我等より少しく上方(うへ)にとゞまり、ひとりは對面(むかひ)の岸にくだり、かくして民をその間に挾(はさ)めり 三一―
我は彼等の頭(かうべ)なる黄金(こがね)の髮をみとめしかど、その顏にむかへば、あたかも度を超ゆるによりて能力(ちから)亂るゝごとくわが目眩(くら)みぬ ―三六
ソルデルロ曰ふ。彼等ふたりは溪をまもりて蛇をふせがんためマリアの懷(ふところ)より來れるなり、この蛇たゞちにあらはれむ。 三七―三九
我これを聞きてそのいづれの路よりなるを知らざればあたりをみまはし、わが冷えわたる身をかの頼もしき背に近寄せぬ 四〇―四二
ソルデルロまた。いざ今より下りてかの大いなる魂の群(むれ)に入り、彼等に物言はむ、彼等はいたく汝等を見るを悦ぶなるべし。 四三―四五
下ることたゞ三歩ばかりにて我はやくも底につきしに、こゝにひとり、わが誰なるを思出さんと願ふ如く、たゞ我をのみ見る者ありき 四六―四八
はや次第に空の暮行く時なりしかど、その暗さははじめかくれたりしものを彼の目とわが目の間にあらはさざるほどにあらざりき 四九―五一
彼わが方(かた)に進み我彼の方に進めり、貴き國司ニーンよ、汝が罪人(つみびと)の中にあらざるを見て、わが喜べることいかばかりぞや 五二―五四
我等うるはしき會釋(ゑしやく)の數をつくせしとき、彼問ひていふ。汝はるかに水を渡りて山の麓に來れるよりこの方いくばくの時をか經たる。 五五―五七
我彼に曰ふ。あゝ悲しみの地を過ぎてわが來れるは今朝(けさ)の事なり、我は第一の生をうく、かく旅して第二の生をえんとすれども。 五八―六〇
わが答を聞けるとき、俄に惑へる人々のごとく、ソルデルロもかれもあとにしざりぬ 六一―六三
その一(ひとり)はヴィルジリオに向へり、また一(ひとり)は彼處(かしこ)に坐せる者にむかひ、起きよクルラード、來りて神の惠深き聖旨(みむね)より出し事を見よと叫び 六四―六六
後我にむかひ。渉(わた)るべき處なきまで己が最初(はじめ)の故由(ゆゑよし)を祕(ひ)めたまふものに汝の負ふ稀有(けう)の感謝を指して請ふ 六七―六九
汝大海(おほうみ)のかなたに歸らば、わがジョヴァンナに告げて、罪なき者の祈り聽かるゝところにわがために聲をあげしめよ 七〇―七二
おもふに彼の母はその白き首※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かしらぎぬ)を變へしよりこのかた(あはれ再びこれを望まざるをえず)また我を愛せざるなり 七三―七五
人この例(ためし)をみてげにたやすくさとるをえむ、女の愛なるものは見ること觸るゝことによりて屡※(二の字点、1-2-22)燃やされずば幾何(いくばく)も保つ能はざるを 七六―七八
ミラーノ人(びと)を戰ひの場(には)にみちびく蝮蛇(まむし)も、ガルルーラの鷄のごとくはかの女の墓を飾らじ。 七九―八一
ほどよく心の中に燃ゆる正(たゞ)しき熱(あつ)き思ひの印を姿に捺(お)してかれ斯くいへり 八二―八四
わが飽かざる目は天にのみ、あたかも軸いとちかき輪のごとく星のめぐりのいとおそき處にのみ行けり 八五―八七
わが導者。子よ何をか仰ぎながむるや。我彼に。かの三の燈火(ともしび)なり、南極これが爲にこと/″\く燃ゆ。 八八―九〇
彼我に。今朝(けさ)汝が見たる四のあざやかなる星かなたに沈み、此等は彼等のありし處に上(のぼ)れるなり。 九一―九三
彼語りゐたるとき、ソルデルロ彼をひきよせ、我等の敵を見よといひて指ざしてかなたをみせしむ 九四―九六
かの小さき溪の圍(かこひ)なきところに一の蛇ゐたり、こは昔エーヴァに苦(にが)き食物(くひもの)を與へしものとおそらくは相似たりしなるべし 九七―九九
身を滑(なめらか)ならしむる獸のごとくしば/\頭を背にめぐらして舐(ねぶ)りつゝ草と花とを分けてかの禍ひの紐(ひも)は來(き)ぬ 一〇〇―一〇二
天の鷹の飛立ちしさまは我見ざればいひがたし、されど我は彼も此も倶に飛びゐたるをさだかに見たり 一〇三―
縁の翼空(そら)を裂く響きをききて蛇逃げさりぬ、また天使等は同じ早さに舞ひ上(のぼ)りつゝその定まれる處に歸れり ―一〇八
國司に呼ばれてその傍にゐたる魂は、この爭ひのありし間、片時(かたとき)も瞳を我より離すことなかりき 一〇九―一一一
さていふ。願はくは汝を高きに導く燈火(ともしび)、汝の自由の意志のうちにて、かの※藥(えうやく) の巓に到るまで盡きざるばかりの多くの蝋をえんことを 一一二―
汝若しヴァル・ディ・マーグラとそのあたりの地のまことの消息(おとづれ)をしらば請ふ我に告げよ、我は昔かしこにて大いなる者なりき ―一一七
われ名をクルラード・マラスピーナといへり、かの老(らう)にあらずしてその裔(すゑ)なり、己が宗族(うから)にそゝげるわが愛今こゝに淨(きよ)めらる。 一一八―一二〇
我彼に曰ふ。我は未だ汝等の國を過ぎたることなし、されどエウロパ全洲の中苟も人住む處にその聞(きこえ)なきことあらんや 一二一―一二三
汝等の家をたかむる美名(よきな)は、君をあらはし土地をあらはし、かしこにゆけることなきものもまた能くこれを知る 一二四―一二六
我汝に誓ひて曰はむ(願はくはわれ高きに達するをえんことを)、汝等の尊き一族(やから)は財布と劒(つるぎ)における譽(ほまれ)の飾を失はず 一二七―一二九
習慣(ならはし)と自然これに特殊の力を與ふるがゆゑに、罪ある首(かしら)世を枉(ま)ぐれどもひとり直く歩みて邪(よこしま)の道をかろんず。 一三〇―一三二
彼。いざゆけ、牡羊(をひつじ)四の足をもて蔽ひ跨がる臥床(ふしど)の中に、日の七度(なゝたび)やすまざるまに 一三三―一三五
ねんごろなるこの意見(おもひ)は、人の言(ことば)よりも大いなる釘をもて汝の頭(かうべ)の正中(たゞなか)に釘付けらるべし 一三六―一三八
審判(さばき)の進路(ゆくて)支へられずば。 一三九―一四一


   第九曲

年へしティトネの妾(そばめ)そのうるはしき友の腕(かひな)をはなれてはや東の臺(うてな)に白(しら)み 一―三
その額(ひたひ)は尾をもて人を撃つ冷やかなる生物(いきもの)に象(かたど)れる多くの珠(たま)に輝けり 四―六
また我等のゐたる處にては、夜はその昇(のぼり)の二歩を終へ、第三歩もはやその翼を下方に枉げたり 七―九
このとき我はアダモの讓(ゆづり)を受くるによりて睡りに勝たれ、我等五者(いつたり)みな坐しゐたりし草の上に臥しぬ 一〇―一二
そのかみの憂ひを憶ひ起すなるべし可憐(いとほし)の燕朝近く悲しき歌をうたひいで 一三―一五
また我等の心、肉を離るゝこと遠く思にとらはるゝこと少なくして、その夢あたかも神(しん)に通ずるごとくなる時
我は夢に、黄金(こがね)の羽ある一羽の鷲の、翼をひらきて空(そら)に懸(かゝ)り、降らんとするをみきとおぼえぬ 一九―二一
また我はガニメーデが攫(さら)はれて神集(かんづとひ)にゆき、その侶(とも)あとに殘されしところにゐたりとおぼえぬ 二二―二四
我ひそかに思へらく、この鳥恐らくはその習ひによりて餌をこゝにのみ求むるならむ、恐らくはこれを他(ほか)の處に得て持(もち)て舞上(まひのぼ)るを卑しむならむと 二五―二七
さてしばらく※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りて後、このもの電光(いなづま)のごとく恐ろしく下り來りて我をとらへ、火にいたるまで昇るに似たりき 二八―三〇
鳥も我もかの處にて燃ゆとみえたり、しかして夢の中なる火燒くことはげしかりければわが睡りおのづから破れぬ 三一―三三
かのアキルレが、目覺めてそのあたりを見、何處(いづこ)にあるやをしらずして身をゆるがせしさまといふとも 三四―三六
(こはその母これをキロネより奪ひ、己が腕(かひな)にねむれる間にシロに移せし時の事なり、その後かのギリシア人(びと)これにかしこを離れしむ) 三七―三九
睡(ねむり)顏より逃(に)げしときわがうちふるひしさまに異ならじ、我はあたかも怖れのため氷に變る人の如くに色あをざめぬ 四〇―四二
わが傍には我を慰むる者のみゐたり、日は今高きこと二時(ふたとき)にあまれり、またわが顏は海のかたにむかひゐたりき 四三―四五
わが主曰ふ。おそるゝなかれ、心を固うせよ、よき時來りたればなり、汝の力をみなあらはして抑(おさ)ふるなかれ 四六―四八
汝は今淨火に着けり、その周邊(まはり)をかこむ岩をみよ、岩分るゝとみゆる處にその入口あるをみよ 四九―五一
今より暫(しば)し前(さき)、晝にさきだつ黎明(あけぼの)の頃、汝の魂かの溪を飾る花の上にて汝の中に眠りゐたるとき 五二―五四
ひとりの淑女來りて曰ふ、我はルーチアなり、我にこの眠れる者を齎らすを許せ、我斯くしてその路を易からしめんと 五五―五七
ソルデルとほかの貴き魂は殘れり、淑女汝を携へて日の出づるとともに登り來り、我はその歩履(あゆみ)に從へり 五八―六〇
彼汝をこゝに置きたり、その美しき目はまづ我にかの開きたる入口を示せり、しかして後彼も睡りもともに去りにき。 六一―六三
眞(まこと)あらはるゝに及び、疑ひ解けて心やすんじ、恐れを慰めに變ふる人のごとく 六四―六六
我は變りぬ、わが思ひわづらふことなきをみしとき、導者岩に沿ひて登り、我もつづいて高處(たかみ)にむかへり 六七―六九
讀者よ、汝よくわが詩材のいかに高くなれるやを知る、されば我さらに多くの技(わざ)をもてこれを支へ固むるともあやしむなかれ 七〇―七二
我等近づき、一の場所にいたれるとき、さきにわが目に壁を分つ罅(われめ)に似たる一の隙(ひま)ありとみえしところに 七三―七五
我は一の門と門にいたらんためその下に設けし色異なれる三の段(きだ)と未だ物言はざりしひとりの門守(かどもり)を見たり 七六―七八
またわが目いよ/\かなたを望むをうるに從ひ、我は彼が最高き段(きだ)の上に坐せるをみたり、されどその顏をばわれみるに堪へざりき 七九―八一
彼手に一の白刃(しらは)を持てり、この物光を映(うつ)してつよく我等の方に輝き、我屡※(二の字点、1-2-22)目を擧ぐれども益なかりき 八二―八四
彼曰ふ。汝等何を欲するや、その處にてこれをいへ、導者いづこにかある、漫りに登り來りて自ら禍ひを招く勿れ。 八五―八七
わが師彼に答へて曰ふ。此等の事に精(くは)しき天の淑女今我等に告げて、かしこにゆけそこに門ありといへるなり。 八八―九〇
門守(かどもり)ねんごろに答へていふ。願はくは彼幸(さいはひ)の中に汝等の歩みを導かんことを、さらば汝等我等の段(きだ)まで進み來れ。 九一―九三
我等かなたにすゝみて第一の段(きだ)のもとにいたれり、こは白き大理石にていと清くつややかなれば、わが姿そのまゝこれに映(うつ)りてみえき 九四―九六
第二の段は色ペルソより濃き、粗(あら)き燒石にて縱にも横にも罅裂(ひゞ)ありき 九七―九九
上にありて堅き第三の段は斑岩(はんがん)とみえ、脈より迸る血汐のごとく赤く煌(きらめ)けり 一〇〇―一〇二
神の使者(つかひ)兩足(もろあし)をこの上に載せ、金剛石とみゆる閾のうへに坐しゐたり 一〇三―一〇五
この三の段をわが導者は我を拉(ひ)きてよろこびて登らしめ、汝うやうやしく彼に※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)(とざし)をあけんことを請へといふ 一〇六―一〇八
我まづ三度(みたび)わが胸を打ち、後つゝしみて聖なる足の元にひれふし、慈悲をもてわがために開かんことを彼に乞へり 一〇九―一一一
彼七のP(ピ)を劒(つるぎ)の尖(さき)にてわが額に録(しる)し、汝内に入らば此等の疵を洗へといふ 一一二―一一四
灰または掘上(ほりあげ)し乾ける土はその衣と色等しかるべし、彼はかゝる衣の下より二の鑰(かぎ)を引出(ひきいだ)せり 一一五―一一七
その一は金、一は銀なりき、初め白をもて次に黄をもて、かれ門をわが願へるごとくにひらき 一一八―一二〇
さて我等にいひけるは。この鑰のうち一若し缺くる處ありてほどよく※(「戸の旧字/炯のつくり」、第3水準1-84-68)(とざし)の中(なか)にめぐらざればこの入口ひらかざるなり 一二一―一二三
一は殊(こと)に價貴(たふと)し、されど一は纈(むすび)を解(ほぐ)すものなるがゆゑにあくるにあたりて極めて大なる技(わざ)と智(さとり)を要(もと)む 一二四―一二六
我此等をピエルより預かれり、彼我に告げて、民わが足元にひれふさば、むしろ誤りて開くとも誤りて閉(と)ぢおく勿れといへり。 一二七―一二九
かくて聖なる門の扉を押していひけるは。いざ入るべし、されど汝等わが誡めを聞け、すべて後方(うしろ)を見る者は外(そと)に歸らむ。 一三〇―一三二
聖なる門の鳴(なり)よき強き金屬(かね)の肘金(ひぢがね)、肘壺(ひぢつぼ)の中にまはれるときにくらぶれば 一三三―一三五
かの良きメテルロを奪はれし時のタルペーアも(この後これがために瘠す)その叫喚(わめ)きあらがへることなほこれに若かざりしなるべし 一三六―一三八
我は最初(はじめ)の響きに心をとめてかなたにむかひ、うるはしき調(しらべ)にまじれる聲のうちにテー・デウム・ラウダームスを聞くとおぼえぬ 一三九―一四一
わが耳にきこゆるものは、あたかも人々立ちて樂(がく)の器(うつは)にあはせてうたひその詞きこゆることあり 一四二―一四四
きこえざることある時の響きに似たりき 一四五―一四七


   第十曲

我等門の閾の内に入りし後(魂の惡き愛歪(ゆが)める道を直(なほ)く見えしむるためこの門開かるゝこと稀なり) 一―三
我は響きをききてその再び閉されしことを知りたり、我若し目をこれにむけたらんには、いかなる詫(わび)も豈この咎にふさはしからんや 四―六
我等は右に左に紆行(うね)りてその状(さま)あたかも寄せては返す波に似たる一の石の裂目(さけめ)を登れり 七―九
わが導者曰ふ。我等は今縁(ふち)の逼らざるところを求めてかなたこなたに身を寄するため少しく技(わざ)を用ゐざるをえず。 一〇―一二
この事我等の歩みをおそくし、虧けたる月安息(やすみ)を求めてその床に歸れる後 一三―一五
我等はじめてかの針眼(はりのめ)を出づるをえたり、されど山後方(しりへ)にかたよれる高き處にいたりて、我等自由に且つ寛(ゆるや)かになれるとき 一六―一八
われ疲れ、彼も我も定かに路をしらざれば、われらは荒野(あらの)の道よりさびしき一の平地(ひらち)にとゞまれり 一九―二一
空處に隣(とな)れるその縁(へり)と、たえず聳ゆる高き岸の下(もと)との間は、人の身長(みのたけ)三度(たび)はかるに等しかるべし 二二―二四
しかしてわが目その翼をはこぶをうるかぎり右にても左にてもこの臺(うてな)すべて斯(かく)の如く見えき 二五―二七
我等の足未だその上を踏まざるさきに、我は垂直にして登るあたはざるまはりの岸の 二八―三〇
純白の大理石より成り、かのポリクレートのみならず、自然もなほ恥づるばかりの彫刻(ほりもの)をもて飾らるゝをみたり 三一―三三
天を開きてその長き禁(いましめ)を解きし平和(許多(あまた)の年の間、世の人泣いてこれを求めき)を告げしらせんとて地に臨める天使の 三四―三六
うるはしき姿との處に刻(きざ)まれ、ものいはぬ像と見えざるまで眞に逼りて我等の前にあらはれぬ 三七―三九
誰か彼が幸(さち)あれといひゐたるを疑はむ、そは尊き愛を開かんとて鑰を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(まは)せる女の象(かたち)かしこにあらはされたればなり 四〇―四二
しかして神の婢(はしため)を見よといふ言葉、あたかも蝋に印影(かた)の捺(お)さるゝごとくあざやかにその姿に摺(す)られき 四三―四五
汝思ひを一の處にのみ寄する勿れ。人の心臟(こゝろ)のある方(かた)に我をおきたるうるはしき師斯くいへり 四六―四八
我即ち目をめぐらして見しに、マリアの後方(うしろ)、我を導ける者のゐたるかなたに 四九―五一
岩に彫りたる他(ほか)の物語ありき、このゆゑに我はこれをわが目の前(さき)にあらしめんとてヴィルジリオを超えて近づきぬ 五二―五四
そこには同じ大理石の上に、かの聖なる匱(はこ)を曳きゐたる事と牛と刻(きざ)まれき(人この事によりて委(ゆだ)ねられざる職務(つとめ)を恐る) 五五―五七
その前には七の組に分たれし民見えたり、彼等はみなわが官能の二のうち、一に否と一に然り歌ふといはしむ 五八―六〇
これと同じく、わが目と鼻の間には、かしこにゑりたる薫物(たきもの)の煙について然と否との爭ひありき 六一―六三
かしこに謙遜(へりくだ)れる聖歌の作者衣(きぬ)ひき※(「寨」の「木」に代えて「衣」、第3水準1-91-84)(かゝ)げて亂れ舞ひつゝ恩惠(めぐみ)の器(うつは)にさきだちゐたり、この時彼は王者(わうじや)に餘りて足らざりき 六四―六六
對(むかひ)の方(かた)には大いなる殿(との)の窓の邊(ほとり)にゑがかれしミコル、蔑視(さげすみ)悲しむ女の如くこれをながめぬ 六七―六九
我わが立てる處をはなれ、ミコルの後方(うしろ)に白く光れる一の物語をわが近くにみんとて足をはこべば 七〇―七二
こゝには己が徳によりてグレゴーリオを動かしこれに大いなる勝利(かち)をえしめしローマの君の榮光高き事蹟を寫せり 七三―七五
わが斯くいへるは皇帝トラヤーノの事なり、ひとりの寡婦(やもめ)涙と憂ひを姿にあらはし、その轡のほとりに立てり 七六―七八
君のまはりには多くの騎馬武者群(むら)がりて押しあふごとく、またその上には黄金(こがね)の中なる鷲風に漂(たゞよ)ふごとく見えたり 七九―八一
すべてこれらの者のなかにてかの幸(さち)なき女、主よわがためにわが子の仇を報いたまへ、彼死にてわが心いたく傷(いた)むといひ 八二―八四
彼はこれに答へて、まづわが歸るまで待てといふに似たりき、また女、あたかも歎きのために忍ぶあたはざる人の如く、我主よ 八五―八七
若し歸り給はずばといひ、彼、我に代る者汝の爲に報いんといひ、女又、汝己の爲すべき善を思はずば人善を爲すとも汝に何の係(かゝはり)在らん 八八―
といひ、彼聞きて、今は心を安んぜよ、我わが義務(つとめ)を果して後行かざるべからず、正義これを求め、慈悲我を抑(と)むといふに似たりき ―九三
未だ新しき物を見しことなきもの、この見るをうべき詞を造りたまへるなり、こは世にあらざるがゆゑに我等に奇(めづら)し 九四―九六
かく大いなる謙遜を表はしその造主(つくりぬし)の故によりていよ/\たふときこれらの象(かたち)をみ、われ心を喜ばしゐたるに 九七―九九
詩人さゝやきていふ。見よこなたに多くの民あり、されどその歩(あゆみ)は遲し、彼等われらに高き階(きざはし)にいたる路を教へむ。 一〇〇―一〇二
眺(なが)むることにのみ凝(こ)れるわが目も、その好む習ひなる奇(めづら)しき物をみんとて、たゞちに彼の方(かた)にむかへり 一〇三―一〇五
讀者よ、げに我は汝が神何によりて負債(おひめ)を償はせたまふやを聞きて己の善き志より離るゝを願ふにあらず 一〇六―一〇八
心を苛責の状態(ありさま)にとむるなかれ、その成行(なりゆき)を思へ、そのいかにあしくとも大なる審判(さばき)の後まで續かざることを思へ 一〇九―一一一
我曰ふ。師よ、こなたに動くものをみるに姿人の如くならず、されどわが目迷ひて我その何なるを知りがたし。 一一二―一一四
彼我に。苛責の重荷(おもに)彼等を地に屈(かゞ)ましむ、されば彼等の事につきわが目もはじめ爭へるなり 一一五―一一七
されど汝よくかしこをみ、かの石の下になりて來るものをみわくべし、汝は既におのおののいかになやむやを認むるをえむ。 一一八―一二〇
噫※(二の字点、1-2-22)心傲(たかぶる)が基督教徒(クリステイアン)よ、幸(さち)なき弱れる人々よ、汝等精神(たましひ)の視力衰へ、後退(あとじさり)して進むとなす 一二一―一二三
知らずや人は、裸(はだか)のまゝ飛びゆきて審判(さばき)をうくる靈體の蝶を造らんとて生れいでし蟲なることを 一二四―一二六
汝等は羽ある蟲の完(まつた)からず、這ふ蟲の未だ成り終らざるものに似たるに、汝等の精神(たましひ)何すれぞ高く浮び出づるや 一二七―一二九
天井または屋根を支ふるため肱木(ひぢき)に代りてをりふし一の像の膝を胸にあて 一三〇―一三二
眞(まこと)ならざる苦しみをもて眞の苦しみを見る人に起さしむることあり、われ心をとめて彼等をみしにそのさままた斯の如くなりき 一三三―一三五
但し背に負ふ物の多少に從ひ、彼等の身を縮むること一樣ならず、しかして最も忍耐強(しのびづよ)しと見ゆる者すら 一三六―一三八
なほ泣きつゝ、我堪へがたしといふに似たりき 一三九―一四一


   第十一曲

限らるゝにあらず、高き處なる最初(はじめ)の御業(みわざ)をいと潔く愛したまふがゆゑに天に在(いま)す我等の父よ 一―三
願はくは萬物(よろづのもの)うるはしき聖息(みいき)に感謝するの適(ふさ)はしきをおもひ、聖名(みな)と聖能(みちから)を讚(ほ)めたたへんことを 四―六
爾國(みくに)の平和を我等の許(もと)に來らせたまへ、そは若し來らずば、我等意(こゝろばせ)を盡すとも自ら到るあたはざればなり 七―九
天使等(みつかひたち)オザンナを歌ひつゝ己が心を御前(みまへ)にさゝげまつるなれば、人またその心をかくのごとくにさゝげんことを 一〇―一二
今日(けふ)も我等に日毎のマンナを與へたまへ、これなくば、この曠野(あらの)をわけて進まんとて、最もつとむる者も退く 一三―一五
我等のうけし害(そこなひ)をわれら誰にも赦すごとく、汝も我等の功徳(くどく)を見たまはず、聖惠(みめぐみ)によりて赦したまへ 一六―一八
いとよわき我等の力を年へし敵の試(こゝろみ)にあはせず、巧みにこれを唆(そゝの)かす者よりねがはくは救ひ出したまへ 一九―二一
この最後(をはり)の事は、愛する主よ、我等祈(ね)ぎまつるに及ばざれども、かくするはげに己の爲にあらずしてあとに殘れる者のためなり。 二二―二四
斯く己と我等のために幸(さち)多き旅を祈りつゝ、これらの魂は、人のをりふし夢に負ふごとき重荷(おもに)を負ひ 二五―二七
等しからざる苦しみをうけ、みな疲れ、世の濃霧(こききり)を淨めつゝ第一の臺(うてな)の上をめぐれり 二八―三〇
彼等もし我等のためにかしこにたえず幸(さいはひ)を祈らば、己が願ひに良根(よきね)を持つ者、こゝに彼等のために請ひまた爲しうべき事いかばかりぞや 三一―三三
我等は彼等が清く輕くなりて諸※(二の字点、1-2-22)の星の輪にいたるをえんため、よく彼等を助けて、そのこゝより齎(もた)らせし汚染(しみ)を洗はしむべし 三四―三六
あゝ願はくは正義と慈悲速かに汝等の重荷(おもに)を取去り、汝等翼を動かして己が好むがまゝに身を上ぐるをえんことを 三七―三九
請ふいづれの道の階(きざはし)にいとちかきやを告げよ、またもし徑(こみち)一のみならずば、嶮(けは)しからざるものを教へよ 四〇―四二
そは我にともなふこの者、アダモの肉の衣(ころも)の重荷(おもに)あるによりて、心いそげど登ることおそければなり。 四三―四五
我を導く者斯くいへるとき、彼等の答への誰より出でしやはあきらかならざりしかど 四六―四八
その言にいふ。岸を傳ひて我等とともに右に來(こ)よ、さらば汝等は生くる人の登るをうべき徑(こみち)を見ん 四九―五一
我若しわが傲慢(たかぶり)の項(うなじ)を矯(た)め、たえずわが顏を垂れしむるこの石に妨げれずば 五二―五四
名は聞かざれど今も生くるその者に目をとめ、わが彼を知るや否やをみ、この荷のために我を憐ましむべきを 五五―五七
我はラチオの者にて、一人(ひとり)の大いなるトスカーナ人(びと)より生れぬ、グイリエルモ・アルドブランデスコはわが父なりき、この名汝等の間に 五八―
聞えしことありや我知らず、わが父祖の古き血と讚(ほ)むべき業(わざ)我を僭越ならしめ、我は母の同じきをおもはずして ―六三
何人をもいたく侮りしかばそのために死しぬ、シエーナ人(びと)これを知り、カムパニヤティーコの稚兒(をさなご)もまたこぞりてこれをしる 六四―六六
我はオムベルトなり、たゞ我にのみ傲慢(たかぶり)害をなすにあらず、またわが凡ての宗族(うから)をば禍ひの中にひきいれぬ 六七―六九
神の聖心(みこゝろ)の和(やは)らぐ日までわれ此罪のためにこゝにこの重荷を負ひ、生者(しやうじや)の間に爲さざりしことを死者の間になさざるべからず。 七〇―七二
我は聞きつゝ頭(かうべ)を垂れぬ、かれらのひとり(語れる者にあらず)そのわづらはしき重荷の下にて身をゆがめ 七三―七五
我を見て誰なるやを知り、彼等と倶に全く屈(かゞ)みて歩める我に辛うじて目を注ぎつゝ我を呼べり 七六―七八
我彼に曰ふ。あゝ汝はアゴッビオの譽(ほまれ)、巴里(パリージ)にて色彩(しきさい)と稱(とな)へらるゝ技(わざ)の譽なるオデリジならずや。 七九―八一
彼曰ふ。兄弟よ、ボローニア人(びと)フランコの描けるものの華(はなや)かなるには若かじ、彼今すべての譽(ほまれ)をうく、我のうくるは一部のみ 八二―八四
わが生ける間は我しきりに人を凌(しの)がんことをねがひ、心これにのみむかへるが故に、げにかく讓(ゆづ)るあたはざりしなるべし 八五―八七
我等こゝにかゝる傲慢(たかぶり)の負債(おひめ)を償ふ、もし罪を犯すをうるときわれ神に歸らざりせば、今もこの處にあらざるならむ 八八―九〇
あゝ人力の榮(さかえ)は虚(むな)し、衰へる世の來るにあはずばその頂(いたゞき)の縁いつまでか殘らむ 九一―九三
繪にてはチマーブエ、覇を保たんとおもへるに、今はジオットの呼聲(よびごゑ)高く、彼の美名(よきな)微(かすか)になりぬ 九四―九六
また斯の如く一のグイード他のグイードより我等の言語(ことば)の榮光を奪へり、しかしてこの二者(ふたり)を巣より逐ふ者恐らくは生れ出たるなるべし 九七―九九
夫れ浮世(うきよ)の名聞(きこえ)は今此方(こなた)に吹き今彼方(かなた)に吹き、その處を變ふるによりて名を變ふる風の一息(ひといき)に外ならず 一〇〇―一〇二
汝たとひ年へし肉を離るゝため、パッポ、ディンディを棄てざるさきに死ぬるよりは多く世にしらるとも 一〇三―一〇五
豈千年(ちとせ)に亙らむや、しかも千年を永劫に較ぶればその間の短きこと一の瞬(またゝき)をいとおそくめぐる天に較ぶるより甚し 一〇六―
路を刻(きざ)みてわが前をゆく者はかつてその名をあまねくトスカーナに響かせき、しかるに今はシエーナにても(その頃たかぶり今けがるゝフィレンツェの劇しき怒(いかり)亡ぼされし時彼はかしこの君なりき)殆んど彼のことをさゝやく人なし ―一一四
汝等の名は草の色のあらはれてまたきゆるに似たり、しかして草をやはらかに地より生(は)え出(いで)しむるものまたその色をうつろはす。 一一五―一一七
我彼に。汝の眞(まこと)の言(ことば)善き謙遜をわが心にそゝぎ、汝わが大いなる誇(ほこり)をしづむ、されど汝が今語れるは誰の事ぞや。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。プロヴェンツァン・サルヴァーニなり、彼心驕りてシエーナを悉くその手に握らんとせるがゆゑにこゝにあり 一二一―一二三
彼は死にしより以來(このかた)かくのごとく歩みたり、また歩みて休(やす)らふことなし、凡て世に膽(きも)のあまりに大(ふと)き者かゝる金錢(かね)を納めて贖(あがなひ)の代(しろ)とす。 一二四―一二六
我。生命(いのち)の終り近づくまで悔ゆることをせざりし靈かの低き處に殘り、善き祈りの助けによらでは 一二七―
その齡(よはひ)に等しき時過ぐるまで、こゝに登るあたはずば、彼何ぞかく來るを許されしや。 ―一三二
彼曰ふ。彼榮達を極めし頃、一切の恥を棄て、自ら求めてシエーナのカムポにとゞまり 一三三―一三五
その友をカルロの獄(ひとや)の中にうくる苦しみの中より救ひいださんとて、己が全身をかしこに震はしむるにいたれり 一三六―一三八
我またいはじ、我わが言(ことば)の暗きを知る、されど少時(しばらく)せば汝の隣人(となりびと)等その爲すところによりて汝にこれをさとるをえしめむ 一三九―一四一
この行(おこなひ)なりき彼のためにかの幽閉を解きたるものは。 一四二―一四四


   第十二曲

我はかの重荷を負へる魂と、あたかも軛(くびき)をつけてゆく二匹の牡牛のごとく並びて、うるはしき師の許したまふ間歩めり 一―三
されど師が、彼をあとに殘して行け、こゝにては人各※(二の字点、1-2-22)帆と櫂をもてその力のかぎり船を進むべしといへるとき 四―六
我は行歩(あゆみ)の要求(もとめ)に從ひ再び身を直(なほ)くせり、たゞわが思ひはもとのごとく屈みてかつ低かりき 七―九
我既に進み、よろこびてわが師の足にしたがひ、彼も我も既に身のいかに輕きやをあらはしゐたるに 一〇―一二
彼我に曰ふ。目を下にむけよ、道をたのしからしめむため、汝の足を載する床(ゆか)を見るべし。 一三―一五
埋(う)められし者の思出(おもひで)にとて、その上なる平地(ひらち)の墓に、ありし昔の姿刻(きざ)まれ 一六―一八
たゞ有情(うじやう)の者をのみ蹴る記憶の刺(はり)の痛みによりてしば/\涙を流さしむることあり 一九―二一
我見しに、山より突出(つきい)でて路を成せるかの處みなまた斯の如く、象(かたち)をもて飾られき、されど技(わざ)にいたりては巧みなることその比に非ず 二二―二四
我は一側(かたがは)に、萬物(よろづのもの)のうち最も尊く造られし者が天より電光(いなづま)のごとく墜下(おちくだ)るを見き 二五―二七
また一側に、ブリアレオが、天の矢に中(あた)り、死に冷(ひや)されて重く地に伏せるを見き 二八―三〇
我はティムプレオを見き、我はパルラーデとマルテを見き、彼等猶武器をとりその父の身邊(まはり)にゐて巨人等の切放たれし體(からだ)を凝視(みつ)む 三一―三三
我はネムブロットが、あたかも惑へるごとく、かの大いなる建物(たてもの)のほとりに、己と共にセンナールにてたかぶれる民をながむるをみき 三四―三六
あゝニオベよ、殺されし汝の子七人(なゝたり)と七人の間に彫られし汝の姿を路にみしときわが目はいかに憂(うれ)はしかりしよ 三四―三六
あゝサウルよ、汝の己が劒(つるぎ)に伏してジェルボエ(この山この後雨露(あめつゆ)をしらざりき)に死せるさまさながらにこゝに見ゆ 四〇―四二
あゝ狂へるアラーニエよ、我また汝が既に半(なかば)蜘蛛となり、幸(さち)なく織りたる織物の截餘(きれ)の上にて悲しむを見き 四三―四五
あゝロボアムよ、こゝにては汝の姿も、はやおびやかすあたはじとみえ、未だ人に追はれざるにいたく恐れて車を走らす 四六―四八
硬き鋪石(しきいし)はまたアルメオンが、かの不吉なる飾(かざり)の價の貴(たふと)さをその母にしらしめしさまを示せり 四九―五一
またセンナケリプをその子等神宮(みや)の中にて襲ひ、その死するや、これをかしこに殘して去れるさまを示せり 五二―五四
またタミーリの行へる殘害(そこなひ)と酷(むご)き屠(ほふり)を示せり――この時彼チロにいふ、汝血に渇きたりき、我汝に血を滿さんと 五五―五七
またオロフェルネの死せるとき、アッシーリア人(びと)の敗れ走れるさまと殺されし者の遺物(かたみ)を示せり 五八―六〇
我は灰となり窟(いはや)となれるトロイアを見き、あゝイーリオンよ、かしこにみえし彫物(ほりもの)の象(かたち)は汝のいかに低くせられ衰へたるやを示せるよ 六一―六三
すぐるゝ才ある者といふとも誰とて驚かざるはなき陰(かげ)と線(すぢ)とをあらはせるは、げにいかなる畫筆(ゑふで)または墨筆(すみふで)の妙手ぞや 六四―六六
死者は死するに生者は生くるに異ならず、面(まのあたり)見し人なりとて、わが屈(かゞ)みて歩める間に踏みし凡ての事柄を我よりよくは見ざりしなるべし 六七―六九
エーヴァの子等よいざ誇れ、汝等頭(かうべ)を高うして行き、己が禍ひの路を見んとて目をひくく垂るゝことなかれ 七〇―七二
繋(つなぎ)はなれぬわが魂のさとれるよりも、我等はなほ多く山をめぐり、日はさらに多くその道をゆきしとき 七三―七五
常に心を用ゐて先に進めるものいひけるは。頭(かうべ)が擧げよ、時足らざればかく思ひに耽りてゆきがたし 七六―七八
見よかなたにひとりの天使ありて我等の許(もと)に來らんとす、見よ第六の侍婢(はしため)の、晝につかふること終りて歸るを 七九―八一
敬(うやまひ)をもて汝の姿容(すがたかたち)を飾れ、さらば天使よろこびて我等を上に導かむ、この日再び晨(あした)とならざることをおもへ。 八二―八四
我は時を失ふなかれとの彼の誡めに慣れたれば、彼のこの事について語るところ我に明かならざるなかりき 八五―八七
美しき者こなたに來れり、その衣(ころも)は白く、顏はさながら瞬(またゝ)く朝の星のごとし 八八―九〇
彼腕(かひな)をひらきまた羽をひらきていふ。來れ、この近方(ちかく)に階(きざはし)あり、しかして汝等今より後は登り易し。 九一―九三
それ來りてこの報知(しらせ)を聞く者甚だ罕(まれ)なり、高く飛ばんために生れし人よ、汝等些(すこし)の風にあひてかく墜ちるは何故ぞや 九四―九六
彼我等を岩の截られたる處にみちびき、こゝに羽をもてわが額を打ちて後、我に登(のぼり)の安らかなるべきことを約せり 九七―九九
ルバコンテの上方(かみて)に、めでたく治まる邑(まち)をみおろす寺ある山に登らんため、右にあたりて 一〇〇―一〇二
登(のぼり)の瞼しさ段(きだ)(こは文書(ふみ)と樽板(たるいた)の安全なりし世に造られき)に破らる 一〇三―一〇五
こゝにても次の圓よりいと急に垂るゝ岸、かゝる手段(てだて)によりて緩(ゆる)まりぬ、されど右にも左にも身は高き石に觸る 一〇六―一〇八
我等かしこにむかへるとき、聲ありて、靈の貧しき者は福なりと歌へり、そのさま詞をもてあらはすをえじ 一〇九―一一一
あゝこれらの徑(こみち)の地獄のそれと異なることいかばかりぞや、こゝにては入る者歌に伴はれ、かしこにては恐ろしき歎きの聲にともなはる 一一二―一一四
我等既に聖なる段(きだ)を踏みて登れり、また我はさきに平地(ひらち)にありしときより身のはるかに輕きを覺えき 一一五―一一七
是に於てか我。師よ告げよ、何の重き物我より取られしや、我行けども殆んど少しも疲勞(つかれ)を感ぜず。 一一八―一二〇
答へて曰ふ。消ゆるばかりになりてなほ汝の顏に現れるP(ピ)、その一のごとく全く削り去らるゝ時は 一二一―一二三
汝の足善き願ひに勝たるゝがゆゑに疲勞(つかれ)をしらざるのみならず上方(うへ)に運ばるゝをよろこぶにいたらむ。 一二四―一二六
頭に物を載せてあゆみ自らこれを知らざる人、他(ほか)の人々の素振(そぶり)をみてはじめて異(あやしみ)の心をおこせば 一二七―一二九
手は疑ひを霽(はら)さんため彼を助け探(さぐ)り得て、目の果し能はざる役(つとめ)を行ふ、この時わが爲せることまたかゝる人に似たりき
我はわがひらける右手(めて)の指によりて、かの鑰を持つもののわが額に刻(きざ)める文字たゞ六となれるをしりぬ 一三三―一三五
導者これをみて微笑(ほゝゑ)みたまへり


   第十三曲

我等階(きざはし)の頂にいたれば、登りて罪を淨むる山、こゝにふたゝび截りとられ 一―三
一の臺(うてな)邱(をか)を卷くこと第一の圈の如し、たゞ異なるはその弧線(アルコ)のいよ/\はやく曲(まが)るのみ 四―六
こゝには象(かた)も文(あや)もみえず、岸も路も滑(なめら)かにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七―九
詩人曰ふ。我等路を尋ねんためこゝにて民を待たば、我は我等の選ぶことおそきに過ぐるあらんを恐る。 一〇―一二
かくて目を凝らして日を仰ぎ、身をその右の足に支へ、左の脇(わき)をめぐらして 一三―
いふ。あゝ麗しき光よ、汝に頼恃(よりたの)みてこの新らしき路に就く、願はくは汝我等を導け、そは導く者なくば我等この内に入るをえざればなり ―一八
汝世を暖(あたゝ)め、汝その上に照る、若し故ありて妨げられずば我等は汝の光をもて常に導者となさざるべからず。 一九―二一
心進むによりて時立たず、我等かの處よりゆくこと既にこの世の一哩(ミーリア)にあたる間におよべり 二二―二四
この時多くの靈の、愛の食卓(つくゑ)に招かんとて懇に物いひつゝこなたに飛來る音きこえぬ、されど目には見えざりき 二五―二七
飛過ぎし第一の聲は、彼等に酒なしと高らかにいひ、これをくりかへしつゝ後方(うしろ)に去れり 二八―三〇
この聲未だ遠く離れて全く聞えざるにいたらざるまに、いま一つの聲、我はオレステなりと叫びて過行き、これまた止まらず 三一―三三
我曰ふ。あゝ父よ、こは何の聲なりや。かく問へる時しもあれ、見よ第三の聲、汝等を虐(しひた)げし者を愛せといふ 三四―三六
この時善き師。この圈嫉妬(ねたみ)の罪をむちうつ、このゆゑに鞭(むち)の紐愛より採(と)らる 三七―三九
銜(くつわ)は必ず響きを異にす、我の量(はか)るところによれば、汝これを赦(ゆるし)の徑(こみち)に着かざるさきに聞くならむ 四〇―四二
されど目を据(す)ゑてよくかなたを望め、我等の前に坐する民あり、各※(二の字点、1-2-22)岩にもたれて坐せり。 四三―四五
このとき我いよ/\大きく目を開きてわが前方(まへ)を望み、その色石と異なることなき衣(ころも)を着たる魂を見き 四六―四八
我等なほ少しく先に進める時、マリアよ我等の爲に祈り給へと喚(よば)はりまたミケーレ、ピエル及び諸※(二の字点、1-2-22)の聖徒よと喚ばはる聲を我は聞きたり 四九―五一
思ふに今日地上を歩むいかに頑(かたくな)なる人といふとも、このときわがみしものをみて憐憫(あはれみ)に刺されざることはあらじ 五二―五四
我彼等に近づきてその姿をさだかに見しとき、重き憂ひは涙をわが目よりしぼれり 五五―五七
彼等は粗(あら)き毛織を纏へる如くなりき、互ひに身を肩にて支へ、しかして皆岸にさゝへらる 五八―六〇
生活(なりはひ)の途なき瞽(めしひ)等が赦罪の日物乞はんとてあつまり、彼(かれ)頭を此(これ)に寄せ掛け 六一―六三
詞の節(ふし)によるのみならず、その外見(みえ)によりてこれに劣らず心に訴へ、早く憐(あはれみ)を人に起さしめんとするもそのさままた斯(かく)の如し 六四―六六
また日が瞽の益とならざるごとく、わがいま語れるところにては、天の光魂に己を施すを好まず 六七―六九
鐡(くろがね)の絲凡ての者の瞼(まぶた)を刺し、これを縫ふこと恰もしづかならざる鷹を馴らさんとする時に似たりき 七〇―七二
我はわが彼等を見、みづから見られずして行くの非なるをおもひてわが智(さと)き議者(はからひびと)にむかへるに 七三―七五
彼能くいはざる者のいはんと欲するところをしり、わが問ひを待たずしていふ。語れ約(つづ)まやかにかつ適(ふさ)はしく。 七六―七八
ヴィルジリオは臺(うてな)の外側(そとがは)、縁(ふち)高く繞(めぐ)るにあらねば落下る恐れあるところを行けり 七九―八一
わが左には信心深き多くの魂ありき、その恐ろしき縫線(ぬひめ)より涙はげしく洩れいでて頬を洗へり 八二―八四
我彼等にむかひていふ。己が願ひの唯(たゞ)一の目的(めあて)なる高き光を必ず見るをうる民よ 八五―八七
願はくは恩惠(めぐみ)速かに汝等の良心の泡沫(あわ)を消し、記憶の流れこれを傳ひて清く下るにいたらむことを 八八―九〇
汝等の中にラチオ人(びと)の魂ありや、我に告げよ、我そのしらせを愛(め)で喜ばむ、また我これを知らば恐らくはその者に益あらむ。 九一―九三
あゝわが兄弟よ、我等は皆一の眞(まこと)の都の民なり、汝のいへるは族客(たびびと)となりてイタリアに住める者のことならむ。 九四―九六
わが立てるところよりやゝ先にこの答へきこゆるごとくなりければ、我わが聲をかなたにひゞくにいたらしむ 九七―九九
我は彼等の中にわが言(ことば)を待つ状(さま)なる一の魂を見き、若し人いかなる状ぞと問はば、瞽(めしひ)の習ひに從ひてその頤(おとがひ)を上げゐたりと答へむ 一〇〇―一〇二
我曰ふ。登らむために己を矯(た)むる魂よ、我に答へし者汝ならば、處または名を告げて汝の事を我に知らせよ。 一〇三―一〇五
答へて曰ふ。我はシエーナ人(びと)なりき、我これらの者と共にこゝに罪の生命(いのち)を淨め、御前(みまへ)に泣きて恩惠(めぐみ)を求む 一〇六―一〇八
われ名をサピーアといへるも智慧なく、人の禍ひをよろこぶこと己が福ひよりもなほはるかに深かりき 一〇九―一一一
汝我に欺かると思ふなからんため、わがみづからいふごとく愚なりしや否やを聞くべし、わが齡の坂路(さかみち)はや降(くだり)となれるころ 一一二―一一四
わが邑(まち)の人々その敵とコルレのあたりに戰へり、このときわれ神に祈りてその好みたまへるものを求めき 一一五―一一七
彼等かしこに敗れて幸(さち)なくも逃(に)ぐれば、我はその追はるゝを見、身に例(ためし)なき喜びをおぼえて 一一八―一二〇
あつかましくも顏を上げつゝ神にむかひ、さながら一時(ひととき)の光にあへる黒鳥(メルロ)のごとく、今より後我また汝を恐れずと叫べり 一二一―一二三
我わが生命(いのち)の極(はて)に臨みてはじめて神と和(やはら)がんことを願へり、またもしピエル・ペッティナーイオその慈愛の心よりわがために悲しみその聖なる祈りの中にわが身の上を憶はざりせば、わが負債(おひめ)は今も猶苦楚(くるしみ)に減(へ)らさるゝことなかりしなるべし 一二四―一二六
されど汝は誰ぞや――汝我等の状態(ありさま)をたづね、氣息(いき)をつきて物いふ、またおもふに目に絆(きづな)なし。 一三〇―一三二
我曰ふ。わが目もいつかこゝにて我より奪はるゝことあらむ、されどそは暫時(しばし)のみ、その嫉妬(ねたみ)のために動きて犯せる罪少(すく)なければなり 一三三―一三五
この下なる苛責の恐れはなほはるかに大いにしてわが魂を安からざらしめ、かしこの重荷いま我を壓(お)す。 一三六―一三八
彼我に。汝かなたに歸るとおもはば、誰か汝を導いてこゝに登り我等の間に入らしめしや。我。我と倶にゐて物言はざる者ぞ是なる 一三九―一四一
我は生く、されば選ばれし靈よ、汝若し我の己が死すべき足をこの後汝のために世に動かすことをねがはば我に請へ。 一四二―一四四
答へて曰ふ。あゝこは耳にいと新しき事にて神の汝をめで給ふ大いなる休徴(しるし)なれば、汝をりふしわがために祈りて我を助けよ 一四五―一四七
我また汝の切(せち)に求むるものを指して請ふ、若しトスカーナの地を踏むことあらば、わが宗族(うから)の中に汝再びわが名を立てよ 一四八―一五〇
汝は彼等をタラモネに望みを寄する虚榮の民の間に見む(この民その望みを失ふことディアーナを求めしときより大いならむ 一五一―一五三
されどかしこにて特(こと)に危險(あやふき)を顧みざるは船手を統(す)ぶる人々なるべし)。 一五四―一五六


   第十四曲

死いまだ羽を與へざるに我等の山をめぐり、己が意(こゝろ)のまゝに目を開きまた閉づる者は誰ぞや。 一―三
誰なりや我知らず、我たゞその獨りならざるをしる、汝彼に近ければ自ら問ふべし、快く彼を迎へてものいはしめよ。 四―六
たがひに凭(もた)れし二の靈右の方(かた)にてかくわが事をいひ、さて我に物いはむとて顏をあげたり 七―九
その一者(ひとり)曰ふ。あゝ肉體につゝまれて天にむかひてゆく魂よ、請ふ愛のために我等を慰め、我等に告げよ 一〇―一二
汝いづこより來りしや、また誰なりや、我等汝の恩惠(めぐみ)をみていたく驚く、たえて例(ためし)なきことのかく驚かすは宜(うべ)なればなり。 一三―一五
我。トスカーナの中部をわけてさまよふ一の小川あり、ファルテロナよりいで、流るゝこと百哩(ミーリア)にしてなほ足れりとなさず 一六―一八
その邊(ほとり)より我はこの身をはこべるなり、我の誰なるを汝等に告ぐるは、わが名未だつよく響かざれば、空しく言(ことば)を費すに過ぎず。 一九―二一
はじめ語れるものこの時我に答へて曰ふ。我よく智をもて汝の意中を穿つをえば、汝がいへるはアルノの事ならむ。 二二―二四
その侶(とも)彼に曰ふ。この者何ぞかの流れの名を匿すこと恰も恐るべきことを人のかくすごとくするや。 二五―二七
かく問はれし魂その負債(おひめ)を償(つぐの)ひていふ。我知らず、されどかゝる溪の名はげに滅び失するをよしとす 二八―三〇
そはその源、ペロロを斷たれし高山(たかやま)の水豐(ゆたか)なる處(かの山の中(うち)これよりゆたかなる處少なし)より 三一―三三
海より天の吸上ぐる物(諸※(二の字点、1-2-22)の川これによりてその中に流るゝものを得(う))を返さんとて、その注ぐ處にいたるまで 三四―三六
地の幸(さち)なきによりてなるか、または惡しき習慣(ならはし)にそゝのかさるゝによりてなるか、人皆徳を敵と見做して逐出(おひいだ)すこと蛇の如し 三七―三九
此故にかのあはれなる溪に住む者、いちじるしくその性(さが)を變へ、あたかもチルチェに飼(か)はるゝに似たり 四〇―四二
人の爲に造られし食物(くひもの)よりは橡實(つるばみ)を喰ふに適(ふさ)はしき汚(きたな)き豚の間に、この川まづその貧しき路を求め 四三―四五
後くだりつゝ群(むらが)る小犬の己が力をかへりみずして吠え猛るを見ていやしとし、その顏を曲げて彼等をはなる 四六―四八
くだり/\て次第に水嵩(みづかさ)を増すに從ひ、この詛はるゝ不幸の溝(みぞ)、犬の次第に狼に變はるをみ 四九―五一
後また多くの深き淵を傳ひてくだり、智の捕ふるを恐れざるばかりに欺罔(たばかり)滿ちたる狐の群(むれ)にあふ 五二―五四
われ聞く者あるがために豈口を噤まんや、この者この後眞(まこと)の靈の我にあらはすところを想はば益をえむ 五五―五七
我汝の孫を見るに、彼猛き流れの岸にかの狼を獵り、かれらをこと/″\く怖れしむ 五八―六〇
彼その肉を生けるまゝにて賣り、後これを屠ること老いたる獸に異ならず、多くの者の生命(いのち)を奪ひ自ら己が譽(ほまれ)をうばふ 六一―六三
彼血に塗(まみ)れつゝかの悲しき林を出づれば、林はいたくあれすたれて今より千年(ちとせ)にいたるまで再びもとのさまにかへらじ。 六四―六六
いたましき禍ひの報(しらせ)をうくれば、その難いづれのところより襲ふとも、聞く者顏を曇らすごとく 六七―六九
むきなほりて聞きゐたるかの魂もまたこの詞にうたれ、氣色をかへて悲しみぬ 七〇―七二
一者(ひとり)の言(ことば)と一者の容子(けはひ)は、彼等の名を知らんとの願ひを我に起させき、我はかつ問ひかつ請へり 七三―七五
最初(はじめ)に我に物いへる靈即ち曰ふ。汝は汝のわがために爲すを好まざることを、枉げて我に爲さしめんとす 七六―七八
されど神の聖旨(みむね)によりてかく大いなる恩惠(めぐみ)汝の中に輝きわたれば我も汝に寄に吝(やぶさか)ならじ、知るべし我はグイード・デル・ドゥーカなり 七九―八一
わが血は嫉妬(ねたみ)のために湧きたり、我若し人の福ひを見たらんには、汝は我の憎惡(にくしみ)の色に被(おほ)はるゝをみたりしなるべし 八二―八四
我自ら種を蒔きて今かゝる藁を刈る、あゝ人類よ、侶(とも)を除かざるをえざるところに何ぞ汝等の心を寄するや 八五―八七
此はリニエールとてカールボリ家の誇また譽なり、彼の力を襲(つ)ぐものその後かしこよりいでざりき 八八―九〇
ポーと山と海とレーノの間にて、眞(まこと)と悦びに缺くべからざる徳をかくにいたれるものたゞその血統(ちすぢ)のみならず 九一―九三
有毒(うどく)の雜木(ざつぼく)これらの境界(さかひ)の内に滿つれば、今はたとひ耕すともたやすく除(のぞ)き難からむ 九四―九六
善きリーチオ、アルリーゴ・マナルディ、ピエール・トラヴェルサーロ、グイード・ディ・カルピーニア今何處(いづこ)にかある、噫※(二の字点、1-2-22)庶子となれる 九七―
ローマニア人(びと)等よ、フアッブロの如き者いつか再びボローニアに根差(ねざ)さむ、賤しき草の貴き枝ベルナルディン・ディ・フォスコの如き者
いつか再びファーエンツァよりいでむ、トスカーナ人(びと)よ、かのグイード・ダ・プラータ、我等と住めるウゴリーン・ダッツォ
フェデリーゴ・ティニヨーソ及びその侶(とも)、トラヴェルサーラ家アナスタージ(いづれの族(やから)も世繼なし)
また淑女騎士、人の心かく惡しくなりし處にて愛と義氣にはげまされて我等が求めし苦樂を憶ひ出づる時、我泣くともあやしむなかれ ―一一一
あゝブレッティノロよ、汝の族(やから)と多くの民は罪を避けてはや去れるに、汝何ぞ亡びざるや 一一二―一一四
バーニアカヴァールは善し、再び男子(なんし)を生まざればなり、カストロカーロは惡し、而してコーニオは愈※(二の字点、1-2-22)あし、今も力(つと)めてかゝる伯等(きみたち)を 一一五―
生めばなり、パガーニはその鬼去るの後よからむ、されど無垢(むく)の徴(しるし)をあとに殘すにいたらじ ―一二〇
あゝウゴリーン・デ・ファントリーンよ、汝の名は安し、そは父祖に劣りてこれを辱(はづか)しむる者いづるの憂ひなければなり 一二一―一二三
いざ往けトスカーナ人よ、われらの談話(ものがたり)いたく心を苦しめたれば、今はわれ語るよりなほはるかに泣くをよろこぶ。 一二四―一二六
我等はかの愛する魂等がわれらの足音を聞けるを知れり、されば彼等の默(もだ)すをみて路の正しきを疑はざりき 一二七―一二九
我等進みてたゞふたりとなりしとき、空を擘(つんざ)く電光(いなづま)のごとき聲前より來り 一三〇―一三二
およそ我に遇ふ者我を殺さむといひ、雲遽(にはか)に裂くれば音(おと)細(ほそ)りてきゆる雷(いかづち)のごとく過ぐ 一三三―一三五
この聲我等の耳に休歇(やすみ)をえさせし程もなく見よまた一の聲、疾(と)く續く雷に似て高くはためき 一三六―一三八
我は石となれるアグラウロなりといふ、この時われ身を近く詩人に寄せんとて一歩あとに(まへに進まず)退きぬ 一三九―一四一
四方(よも)の空はや靜かになりぬ、彼我に曰ふ。これは硬き銜(くつわ)にて己が境界(さかひ)の内に人をとどめおくべきものなり 一四二―一四四
しかるに汝等は餌をくらひ、年へし敵の魚釣(はり)にかゝりてその許に曳かれ、銜(くつわ)も呼(よび)も殆んど益なし 一四五―一四七
天は汝等を招き、その永遠(とこしへ)に美しき物を示しつゝ汝等をめぐる、されど汝等の目はたゞ地を見るのみ 一四八―一五〇
是に於てか萬事(よろづのこと)をしりたまふもの汝等を撃つ。 一五一―一五三


   第十五曲

暮(くれ)にむかひてすゝむ日のなほ殘せる路の長さは、たえず戲るゝこと稚子(をさなご)のごとき球のうち 一―
晝の始めより第三時の終りに亙りてあらはるゝところと同じとみえたり、かしこは夕(ゆふべ)こゝは夜半(よは)なりき ―六
我等既に多く山をめぐり、いまはまさしく西にむかひて歩めるをもて光まともに我等をてらしゐたりしに 七―九
我はその輝(かゞやき)ひときは重くわが額を壓(お)すをおぼえしかば、事の奇(くす)しきにおどろきて 一〇―一二
雙手(もろて)を眉のあたりに翳(かざ)し、つよきに過ぐる光を減(へ)らす一の蔽物(おほひ)をわがために造れり 一三―一五
水または鏡にあたりて光反する方に跳(は)ぬれば、くだるとおなじさまにてのぼり 一六―
その間隔(あはひ)をひとしうして垂線をはなるゝは、學理と經驗によりてしらる ―二一
我もかゝる時に似て、わが前に反映(てりかへ)す光に射らるゝごとくおぼえき、さればわが目はたゞちに逃げぬ 二二―二四
われいふ。やさしき父よ、かの物何ぞや、我これを防ぎて目を護らんとすれども益なし、またこはこなたに動くに似たり。 二五―二七
答へて我に曰ふ。天の族(やから)今なほ汝をまばゆうすとも異(あや)しむなかれ、こは人を招きて登らしめんために來れる使者(つかひ)なり 二八―三〇
これらのものをみること汝の患(うれ)へとならずして却つて自然が汝に感ずるをえさするかぎりの悦樂(たのしみ)となる時速かにいたらむ。 三一―三三
我等福(さいはひ)なる天使の許にいたれるに、彼喜ばしき聲にていふ。汝等こゝより入るべし、さきの階(きざはし)よりははるかに易き一の階そこにあり。 三四―三六
我等既にかしこを去りて登れるとき、慈悲ある者は福なり、また、悦べ汝勝者(かつもの)よとうたふ聲後(うしろ)に起れり 三七―三九
わが師と我とはたゞふたりにて登りゆけり、我は行きつゝ師の言(ことば)をききて益をえんことをおもひ 四〇―四二
これにむかひていひけるは。かのローマニアの魂が除くといひ侶といへるは抑※(二の字点、1-2-22)何の意(こゝろ)ぞや。 四三―四五
是に於てか彼我に。彼は己の最大(いとおほ)いなる罪より來る損害(そこなひ)を知る、此故にこれを責めて人の歎(なげき)を少なからしめんとすとも異(あや)しむに足らず 四六―四八
それ汝等の願ひの向ふ處にては、侶と頒(わか)てば分減ずるがゆゑに、嫉妬(ねたみ)鞴(ふいご)を動かして汝等に大息(といき)をつかしむれども 四九―五一
至高(いとたか)き球の愛汝等の願ひを上にむかはしむれば、汝等の胸にこのおそれなし 五二―五四
そはかしこにては、我等の所有(もちもの)と稱(とな)ふる者愈※(二の字点、1-2-22)多ければ、各自(おの/\)の享(う)くる幸(さいはひ)愈※(二の字点、1-2-22)多く、かの僧院に燃ゆる愛亦愈※(二の字点、1-2-22)多ければなり。 五五―五七
我曰ふ。我若しはじめより默(もだ)したりせば、斯く足(た)らはぬことなかりしものを、今は却つて多くの疑ひを心に集む 五八―六〇
一の幸(さいはひ)を頒つにあたり、これを享くる者多ければ、享くる者少なき時より所得多きは何故ぞや。 六一―六三
彼我に。汝は心を地上の物にのみとむるがゆゑに眞(まこと)の光より闇を摘む 六四―六六
かの高きにいまして極(きはみ)なくかつ言ひ難き幸(さいはひ)は、恰も光線の艶(つや)ある物に臨むがごとく、馳せて愛にいたり 六七―六九
熱に應じて己を與ふ、されば愛の大いなるにしたがひ永劫の力いよ/\その上に加はる 七〇―七二
心を天に寄する民愈※(二の字点、1-2-22)多ければ、深く愛すべき物愈※(二の字点、1-2-22)多く、彼等の愛亦愈※(二の字点、1-2-22)多し、而して彼等の互ひに己を映(うつ)すこと鏡に似たり 七三―七五
若しわが説くところ汝の饑(うゑ)を鎭(しづ)めずば、汝ベアトリーチェを見るべし、さらば彼は汝のために全くこれらの疑ひを解かむ 七六―七八
今はたゞ、痛みの爲にふさがる五の傷(きず)の、とくかの二のごとく消ゆるにいたる途を求めよ。 七九―八一
我はこのとき我よくさとるといはんとおもひしかど、わがすでに次の圓に着けるを見しかば、目の願ひのために默(もだ)せり 八二―八四
こゝにて我俄かにわが官能をはなれて一の幻(まぼろし)の中に曳かれ、多くの人を一の神殿(みや)の内にみしごとくなりき 八五―八七
母たる者のやさしさを姿にあらはせしひとりの女、入口に立ち、わが子よ、何ぞ我等にかくなしたるや 八八―九〇
見よ、汝の父と我と憂へて汝を尋ねたりといひ、いひをはりて默(もだ)せしとき、第一の異象消ゆ 九一―九三
次にまたひとりの女わが前にあらはれき、はげしき怒りより生るゝとき憂ひのしたたらす水その頬をくだれり 九四―九六
彼曰ふ。汝實(まこと)にかゝる都――これが名について神々の間にかのごとき爭ひありき、また凡ての知識の光この處より閃(きらめ)きいづ――の君ならば 九七―九九
ピシストラートよ、我等の女(むすめ)が抱きたる不敵の腕(かひな)に仇をむくいよ。されど君は寛仁柔和の人とみえ 一〇〇―一〇二
さわぐ氣色(けしき)もなくこれに答へて、我等己を愛する者を罪せば、我等の禍ひを求むる者に何をなすべきやといふごとくなりき 一〇三―一〇五
我また民が怒りの火に燃え、殺せ/\とのみ聲高く叫びあひつゝ石をもてひとりの少年(わかもの)を殺すをみたり 一〇六―一〇八
死はいま彼を壓しつゝ地にむかひてかゞましむれど、彼はたえず目を天の門となし 一〇九―一一一
かゝる爭ひのうちにも憐憫(あはれみ)を惹(ひ)く姿にてたふとき主に祈り、己を虐(しひた)ぐる者のために赦しを乞へり 一一二―一一四
わが魂外部(そと)にむかひ、その外部(そと)なる眞(まこと)の物に歸れる時、我は己の僞りならざる誤りをみとめき 一一五―一一七
わが導者は、眠りさむる人にひとしきわが振舞をみるをえていふ。汝いかにせる、何ぞ自ら身をさゝふるあたはずして 一一八―一二〇
半レーガ餘の間、目を閉ぢ足をよろめかし、あたかも酒や睡りになやむ人のごとく來れるや。 一二一―一二三
我曰ふ。あゝやさしきわが父よ、汝耳をかたむけたまはば、我かく脛(はぎ)を奪はれしときわが前にあらはれしものを汝に告ぐべし。 一二四―一二六
彼。汝たとひ百の假面(めん)にて汝の顏を覆ふとも、汝の思ひのいと微小(さゝやか)なるものをすら、我にかくすことあたはじ 一二七―一二九
それかのものの汝に見えしは、汝が言遁(いひのが)るゝことなくしてかの永遠(とこしへ)の泉より溢(あふ)れいづる平和の水に心を開かんためなりき 一三〇―一三二
わがいかにせると汝に問へるも、こは魂肉體を離るれば視る能はざる目のみをもて見るものの問ふごとくなせるにあらず 一三三―一三五
たゞ汝の足に力をえさせんとて問へるなり、總て怠惰にて覺醒(めざめ)己に歸るといへどもこれを用ゐる事遲き者はかくして勵ますを宜しとす。 一三六―一三八
我等は夕(ゆふべ)の間、まばゆき暮(くれ)の光にむかひて目の及ぶかぎり遠く前途(ゆくて)を見つゝ歩みゐたるに 一三九―一四一
見よ夜の如く黒き一團の煙しづかに/\こなたに動けり、しかして避くべきところなければ 一四二―一四四
我等は目と澄める空氣をこれに奪はれき 一四五―一四七


   第十六曲

地獄の闇または乏しき空(そら)に雲みち/\て暗き星なき夜(よ)の闇といふとも 一―三
我等をおほへる烟のごとく厚き粗(あら)き面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)を造りてわが目を遮りわが官に觸れしことはあらじ 四―六
われ目をひらくあたはざれば、智(さと)き頼(たのも)しきわが導者は我にちかづきてその肩をかしたり 七―九
我は瞽(めしひ)が路をあやまりまたは己を害(そこな)ふか殺しもすべき物にうちあたるなからんためその相者(てびき)に從ふごとく 一〇―一二
苛(から)き濁れる空氣をわけ、わが導者の、汝我と離れざるやう心せよとのみいへる言(ことば)に耳を傾けて歩めり 一三―一五
こゝに多くの聲きこえぬ、各※(二の字点、1-2-22)平和と慈悲とを、かの罪を除きたまふ神の羔(こひつじ)に祈るに似たりき 一六―一八
祈りはたえずアーグヌス・デイーにはじまり、詞も節もみな同じ、さればすべての聲全く相和せるごとくなりき 一九―二一
我曰ふ。師よ、かくうたふは靈なりや。彼我に。汝のはかるところ正し、彼等は怒りの結(むすび)を解くなり。 二二―二四
我等の烟を裂き、いまだ時を月に分つ者のごとく我等の事を語る者よ、汝は誰ぞや。 二五―二七
一の聲斯く曰へり、是に於てかわが師曰ふ。汝答へよ、しかして登りの道のこなたにありや否やを問ふべし。 二八―三〇
我。あゝ身を麗しうして己が造主(つくりぬし)に歸らんため罪を淨むる者よ、汝我にともなはば奇(くす)しき事を聽くをえむ。 三一―三三
答へて曰ふ。我汝に從ひてわが行くをうる間はゆかむ、烟は見るを許さずとも聞くことこれに代りて我等を倶にあらしめむ。 三四―三六
このとき我曰ふ。我は死の解く纏布(まきぎぬ)をまきて登りゆくなり、地獄の苦しみを過ぎてこゝに來れり 三七―三九
神はわがその王宮を、近代(ちかきよ)に全く例(ためし)なき手段(てだて)によりて見るを好(よみ)したまふまで、我をその恩惠(めぐみ)につゝみたまへるなれば 四〇―四二
汝死なざる前(さき)は誰なりしや請ふ隱さず我に告げよ、また我のかくゆきて徑(こみち)にいたるや否やを告げて汝の言を我等の導(しるべ)とならしめよ。 四三―四五
我はロムバルディアの者にて名をマルコといへり、我よく世の事を知り、今はひとりだに狙(ねら)ふ人なき徳を慕へり 四六―四八
汝登らんとてこなたにゆくはよし。かく答へてまたいふ。高き處にいたらば請ふ汝わがために祈れ。 四九―五一
我彼に。我は誓ひて汝の請ふところをなさむ、たゞ我に一の疑ひあり、我もしこれを解かずば死すべし 五二―五四
こは初め單(ひとへ)なりしも今二重(ふたへ)となりぬ、そは汝の言(ことば)、これと連(つら)なる事の眞(まこと)なるをこゝにもかしこにも定かに我に示せばなり 五五―五七
世はげに汝のいふごとく全く一切の徳を失ひ、邪惡を孕みてかつこれにおほはる 五八―六〇
されど請ふ我にその原因(もと)を指示(さししめ)し、我をして自らこれを見また人にみするをえしめよ、そは或者これを天に歸し或者地に歸すればなり。 六一―六三
憂ひの噫(あゝ)に終らしむる深き歎息(ためいき)をつきて後彼曰ひけるは。兄弟よ、世は盲(めしひ)なり、しかして汝まことにかしこより來る 六四―六六
汝等生者は一切の原因(もと)をたゞ上なる天にのみ歸し、この物必然の力によりてよく萬事を定むとなす 六七―六九
若し夫れ然らば自由の意志汝等の中に滅ぶべく、善のために喜び惡のために悲しみを得るは正しき事にあらざるべし 七〇―七二
天は汝等の心の動(うごき)に最初(はじめ)の傾向(かたむき)を與ふれども、凡てに於て然るにあらず、また假りに然りと見做すも汝等には善惡を知るの光と 七三―七五
自由の意志と與へらる(この意志もしはじめて天と戰ふ時の疲勞(つかれ)に堪へ後善く養はるれば凡ての物に勝つ) 七六―七八
汝等は天の左右しあたはざる智力を汝等の中に造るもの即ち天より大いなる力、まされる性(さが)の下(もと)に屬して而して自由を失はず 七九―八一
此故に今の世(よ)路を誤らば、その原因(もと)汝等の中にあり、汝等己が中にたづねよ、我またこの事について今明かに汝に告ぐべし 八二―八四
それ純なる幼(をさな)き魂は、たゞ己を樂しますものに好みてむかふ(喜悦(よろこび)の源なる造主(つくりぬし)よりいづるがゆゑに)外(ほか)何事をも知らず 八五―
あたかも泣きつゝ笑ひつゝ遊び戲るゝ女童(めのわらは)のごとくにて、その未だあらざるさきよりこれをめづる者の手を離れ ―九〇
まづ小(さゝ)やかなる幸(さいはひ)を味ひてこれに欺かれ、導者か銜(くつわ)その愛を枉げずば即ち馳せてこれを追ふ 九一―九三
是に於てか律法(おきて)を定めて銜となし、またせめて眞(まこと)の都の塔を見分くる王を立てざるあたはざりき 九四―九六
律法なきに非ず、されど手をこれにつくる者は誰ぞや、一人(ひとり)だになし、これ上(かみ)に立つ牧者※(「齒+台」、第4水準2-94-79)(にれが)むことをうれどもその蹄(つめ)分れざればなり 九七―九九
このゆゑに民は彼等の導者が彼等の貪る幸(さいはひ)にのみ心をとむるをみてこれを食(は)み、さらに遠く求むることなし 一〇〇―一〇二
汝今よく知りぬらむ、世の邪(よこしま)になりたる原因(もと)は、汝等の中の腐れし性(さが)にあらずして惡しき導(みちびき)なることを 一〇三―一〇五
善き世を造れるローマには、世と神との二の路をともに照らせし二の日あるを常とせり 一〇六―一〇八
一は他(ほか)の一を消しぬ、劒(つるぎ)は杖と結ばれぬ、かくして二を一にすとも豈宜(よろ)しきをうべけんや 一〇九―一一一
これ結びては互ひに恐れざればなり、汝もし我を信ぜずば穗を思ひみよ、草はすべて種によりて知らる 一一二―一一四
アディーチェとポーの濕ほす國にては、フェデリーゴがいまだ爭ひを起さざりしころ、常に武あり文ありき 一一五―一一七
今は善き人々と語りまたは彼等に近づくことを恥ぢて避くる者かしこをやすらかに過ぐるをう 一一八―一二〇
されど古をもて今を責め、神の己をまさる生命(いのち)に復(かへ)し給ふを遲しとおもふ三人(みたり)の翁(おきな)なほまことにかしこにあり 一二一―一二三
クルラード・ダ・パラッツオ、善きゲラルド及びフランス人(びと)の習ひに依(よ)りて素樸のロムバルドの名にて知らるゝグイード・ダ・カステル是なり 一二四―一二六
汝今より後いふべし、ローマの寺院は二の主權を己の中に亂せるにより、泥士におちいりて己と荷とを倶に汚(けが)すと。 一二七―一二九
我曰ふ。あゝわがマルコよ、汝の説くところ好(よ)し、我は今レーヴィの子等がかの産業に與かるあたはざりしゆゑをしる 一三〇―一三二
されど汝が、消えにし民の記念(かたみ)に殘りて朽廢(くちすた)れし代(よ)を責むといへるゲラルドとは誰の事ぞや。 一三三―一三五
答へて曰ふ。汝の言(ことば)我を欺くか將(はた)我を試むるか、汝トスカーナの方言(くにことば)にて我と語りて而して少しも善きゲラルドの事をしらざるに似たり 一三六―一三八
我彼に異名(いみやう)あるをしらず――若し我これをその女(むすめ)ガイアより取らずば――願はくは神汝と倶にあれ、我こゝにて汝と別れむ 一三九―一四一
烟をわけてはや白く映(さ)す光を見よ、天使かしこにあり、我はわが彼に見えざるさきに去らざるをえず。 一四二―一四四
斯くいひて身をめぐらし、わがいふところを聞かんともせざりき 一四五―一四七


   第十七曲

讀者よ、霧峻嶺(たかね)にて汝を襲ひ、汝物を見るあたかも※(「鼬」の「由」に代えて「晏」、第3水準1-94-84)鼠(もぐら)が膜を透してみるごとくなりしことあらば、憶(おも)へ 一―三
濕(しめ)りて濃き水氣の薄らぎはじむるころ、日の光微かにその中に入り來るを 四―六
しかせば汝の想像はわが第一に日(このとき沈みかゝりぬ)を再び見しさまを容易(たやす)く見るにいたるべし 七―九
我は斯くわが歩履(あゆみ)をわが師のたのもしきあゆみにあはせてかゝる雲をいで、はや低き水際(みぎは)に死せる光にむかへり 一〇―一二
あゝ千の喇叭(らっぱ)あたりに響くもしらざるまでに人をしば/\外部(そと)より奪ふ想像の力よ 一三―一五
若し官能汝に物を與へずば誰ぞや汝を動かすは、天にて形造(かたちづく)らるゝ光或ひは自ら或ひはこれを地に導く意志によりて汝を動かす 一六―一八
歌ふを最もよろこぶ鳥に己が形を變へたる女の殘忍なりし事の蹟(あと)わが想像の中にあらはれぬ 一九―二一
このときわが魂はみな己の中にあつまり外部(そと)より來るところのものを一だに受けざりき 二二―二四
次にひとりの十字架にかゝれる者わが高まれる想像の中に降(ふ)りぬ、侮蔑と兇猛を顏にあらはし、死に臨めどもこれを變へず 二五―二七
そのまはりには大いなるアッスエロとその妻エステル、及び言(ことば)行(おこなひ)倶に全き義人マルドケオゐたり 二八―三〇
あたかも覆(おほ)へる水の乏しくなれる一の泡(あわ)のごとくこの象(かたち)おのづから碎けしとき 三一―三三
わが幻の中にひとりの處女(をとめ)あらはれ、いたく泣きつゝいひけるは。あゝ王妃よ、何とて怒りのために無に歸するを願ひたまひたる 三四―三六
汝ラヴィーナを失はじとて身を殺し、今我を失ひたまへり、母上よ、かの人の死よりさきに汝の死を悼(いた)むものぞ我なる。 三七―三九
新しき光閉ぢたる目を俄かに射れば睡りは破れ、破れてしかしてその全く消えざるさきに搖(ゆら)めくごとく 四〇―四二
我等の見慣るゝ光よりもなほはるかに大いなるものわが顏にあたるに及びてかの想像の象(かたち)消えたり 四三―四五
我はわがいづこにあるやを知らんとて身をめぐらせるに、この時一の聲、登る處はこゝぞといひて凡ての他(ほか)の思ひよりわが心を引離し 四六―四八
語れる者の誰なるをみんとのわが願ひを、顏を合すにあらざれば絶えて鎭(しづ)まることなきばかり深くせしかど 四九―五一
あたかも我等の視力を壓(あつ)し、強きに過ぐる光によりてその形を被ひかくす日にむかふ時のごとくにわが力足らざりき 五二―五四
こは天の靈なり、己が光の中にかくれ、我等の請ふを待たずして我等に登(のぼり)の道を示す 五五―五七
彼人を遇(あしら)ふこと人の自己(おのれ)をあしらふに似たり、そは人は乏しきを見て乞はるゝを待つ時、その惡しき心より早くも拒まんとすればなり 五八―六〇
いざ我等かゝる招きに足をあはせて暮れざるさきにいそぎ登らむ、暮れなば再び晝となるまでしかするあたはじ。 六一―六三
わが導者かくいへり、我は彼と、足を一の階(きざはし)にむけたり、かくてわれ第一の段(きだ)を踏みしとき 六四―六六
我は身の邊(ほとり)に翼の如く動きてわが顏を扇ぐものあるを覺え、また、平和を愛する者(惡しき怒りを起さざる)は福なりといふ聲をききたり 六七―六九
夜をともなふ最後の光ははや我等をはなれて高き處を照し、かなたこなたに星あらはれぬ 七〇―七二
あゝわが能力(ちから)よ、汝何ぞかく消ゆるや。我自らかくいへり、そは我わが脛(はぎ)の作用(はたらき)の歇(や)むを覺えたればなり 七三―七五
我等はかの階(きざはし)登り果てしところに立てり、しかして動かざること岸に着ける船に似たりき 七六―七八
また我はこの新しき圓に音する物のあらんをおもひてしばし耳を傾けし後、わが師にむかひていふ 七九―八一
わがやさしき父よ告げたまへ、この圓に淨めらるゝは何の咎ぞや、たとひ足はとゞめらるとも汝の言(ことば)をとどむるなかれ。 八二―八四
彼我に。幸(さいはひ)を愛する愛、その義務(つとめ)に缺くるところあればこゝにて補(おぎな)はる、怠りて遲(おそ)くせる櫂(かい)こゝにて再び早めらる 八五―八七
されど汝なほ明かにさとらんため心を我にむかはしめよ、さらば我等の止まる間に汝善き果(み)を摘むをうべし。 八八―九〇
かくて又曰ふ。子よ、造主(つくりぬし)にも被造物(つくられしもの)にも未だ愛なきことなかりき、これに自然の愛あり、魂より出づる愛あり、汝これを知る 九一―九三
自然の愛は常に誤らず、されど他はよからぬ目的(めあて)または強さの過ぐるか足らざるによりて誤ることあり 九四―九六
愛第一の幸(さいはひ)をめざすか、ほどよく第二の幸をめざす間は、不義の快樂(けらく)の原因(もと)たるあたはず 九七―九九
されど逸(そ)れて惡に向ふか、または幸を追ふといへどもその熱適(よろしき)を失ひて或ひは過ぎ或ひは足らざる時は即ち被造物(つくられしもの)己を造れる者に逆(さから)ふ 一〇〇―一〇二
是故に汝さとるをうべし、愛は必ず汝等の中にて凡ての徳の種となり、また罰をうくるに當るすべての行爲(おこなひ)の種となるを 一〇三―一〇五
さてまた愛はその主體の福祉より目をめぐらすをえざるがゆゑにいかなる物にも自ら憎むの恐れあるなく 一〇六―一〇八
いかなる物も第一者とわかれて自ら立つの理なきがゆゑにその情はみなこれを憎むことより斷たる 一〇九―一一一
わがかく説分(ときわく)る處正しくば、愛せらるゝ禍ひは即ち隣人(となりびと)の禍ひなる事亦自(おのづ)から明かならむ、而して汝等の泥(ひぢ)の中にこの愛の生ずる状(さま)三あり 一一二―一一四
己が隣人の倒るゝによりて自ら秀でんことを望み、たゞこのためにその高きより墜つるを希ふ者あり 一一五―一一七
人の高く登るを見て己が權(ちから)、惠(めぐみ)、譽(ほまれ)及び名を失はんことをおそれ悲しみてその反對(うら)を求むる者あり 一一八―一二〇
また復讐を貪るほどに損害(そこなひ)を怨むとみゆる者あり、かゝる者は必ず人の禍ひをくはだつ 一二一―一二三
この三樣の愛この下に歎かる、汝これよりいま一の愛即ち程度(ほど)を誤りて幸を追ふもののことを聞け 一二四―一二六
それ人各※(二の字点、1-2-22)己が魂を安んぜしむる一の幸をおぼろにみとめてこれを望み、皆爭ひてこれに就(つ)かんとす 一二七―一二九
これを見または求むるにあたりて汝等を引くところの愛鈍(にぶ)ければ、この臺(うてな)は汝等を、正しく悔いし後に苛責す 一三〇―一三二
また一の幸(さいはひ)あり、こは人を幸にせざるものにて眞(まこと)の幸にあらず、凡ての幸の果(み)またその根なる至上の善にあらず 一三三―一三五
かゝる幸に溺るゝ愛この上なる三の圈にて歎かる、されどその三に分るゝ次第は 一三六―一三八
我いはじ、汝自らこれをたづねよ。 一三九―一四一


   第十八曲

説きをはりて後たふとき師わが足れりとするや否やをしらんと心をとめてわが顏を見たり 一―三
我はすでに新しき渇(かわき)に責められたれば、外(そと)に默(もだ)せるも内(うち)に曰ふ。恐らくは問ふこと多きに過ぎて我彼を累(わづら)はすならむ。 四―六
されどかの眞(まこと)の父はわが臆して闢(ひら)かざる願ひをさとり、自ら語りつゝ、我をはげましてかたらしむ 七―九
是に於てか我。師よ、汝の光わが目をつよくし、我は汝の言(ことば)の傳ふるところまたは陳ぶるところをみな明かに認むるをう 一〇―一二
されば請ふ、わが愛する麗しき父よ、すべての善惡の行の本(もと)なりと汝がいへる愛の何物なるやを我にときあかしたまへ。 一三―一五
彼曰ふ。智の鋭き目をわが方にむけよ、しかせば汝は、かの己を導者となす瞽(めしひ)等の誤れることをさだかに見るべし 一六―一八
夫れ愛し易く造られし魂樂しみのためにさめてそのはたらきを起すにいたればたゞちに動き、凡て己を樂します物にむかふ 一九―二一
汝等の會得(ゑとく)の力は印象を實在よりとらへ來りて汝等の衷(うち)にあらはし魂をこれにむかはしむ 二二―二四
魂これにむかひ、しかしてこれに傾けば、この傾(かたむき)は即ち愛なり、樂しみによりて汝等の中に新たに結ばるゝ自然なり 二五―二七
かくて恰も火がその體(たい)の最や永く保たるゝところに登らんとする素質によりて高きにむかひゆくごとく 二八―三〇
とらはれし魂は靈の動(うごき)なる願ひの中に入り、愛せらるゝものこれをよろこばすまでは休まじ 三一―三三
汝是に依りてさとるをえむ、いかなる愛にても愛そのものは美(ほ)むべきものなりと斷ずる人々いかに眞(まこと)に遠ざかるやを 三四―三六
これ恐らくはその客體常に良(よし)と見ゆるによるべし、されどたとひ蝋は良とも印影(かた)悉くよきにあらず。 三七―三九
我答へて彼に曰ふ。汝の言(ことば)とこれに附隨(つきしたが)へるわが智とは我に愛をあらはせり、されどわが疑ひは却つてこのためにいよ/\深し 四〇―四二
そは愛外部(そと)より我等に臨み、魂他(ほか)の足にて行かずば、直く行くも曲りてゆくも己が業(ごふ)にあらざればなり。 四三―四五
彼我に。理性のこれについて知るところは我皆汝に告ぐるをう、それより先は信仰に關(かゝ)はる事なればベアトリーチェを待つべし 四六―四八
それ物質と分れてしかしてこれと結び合ふ一切の靈體は特殊の力をその中にあつむ 四九―五一
この力はその作用によらざれば知られず、あたかも草木(くさき)の生命(いのち)の縁葉(みどりのは)に於ける如くその果(くわ)によらざれば現はれず 五二―五四
是故に最初の認識の智と、慾の最初の目的(めあて)を求むる情とは恰も蜜を造る本能蜂の中にある如く汝等の中にありて 五五―
そのいづこより來るや人知らず、しかしてこの最初の願ひは譽(ほめ)をも毀(そしり)をもうくべきものにあらざるなり ―六〇
さてこれに他(ほか)の凡ての願ひの集まるためには、謀りて而して許諾(うけがひ)の閾(しきみ)をまもるべき力自然に汝等の中に備はる 六一―六三
是即ち評價の源(みなもと)なり、是が善惡二の愛をあつめ且つ簸(ひ)るの如何によりて汝等の價値(かち)定まるにいたる 六四―六六
理をもて物を究めし人々この本然の自由を認めき、このゆゑに彼等徳義を世界に遣(のこ)せるなり 六七―六九
かかればたとひ汝等の衷(うち)に燃ゆる愛みな必須より起ると見做すも、汝等にはこれを抑(おさ)ふべき力あり 七〇―七二
ベアトリーチェはこの貴き力をよびて自由の意志といふ、汝これを憶ひいでよ、彼若しこの事について汝に語ることあらば。 七三―七五
夜半(よは)近くまでおくれし月は、その形白熱の釣瓶(つるべ)のごとく、星を我等にまれにあらはし 七六―七八
ローマの人がサールディニアとコルシーカの間に沈むを見る頃の日の炎をあぐる道に沿ひ天に逆ひて走れり 七九―八一
マントヴァの邑(まち)よりもピエートラを名高くなせる貴き魂わが負はせし荷をはやときおろし 八二―八四
我わが問ひをもて明(あきら)かにして解(げ)し易き説をはや刈り收めたれば、我は恰も睡氣(ねむけ)づきて思ひ定まらざる人の如く立ちゐたり 八五―八七
されど此時後方(うしろ)よりはやこなたにめぐり來れる民ありて忽ちわが睡氣(ねむけ)をさませり 八八―九〇
テーベ人(びと)等バッコの助けを求むることあれば、イスメーノとアーソポがそのかみ夜その岸邊(きしべ)に見しごとき狂熱と雜沓とを 九一―九三
我はかの民に見きとおぼえぬ、彼等は善き願ひと正しき愛に御せられつゝかの圓に沿ひてその歩履(あゆみ)を曲ぐ 九四―九六
かの大いなる群(むれ)こと/″\く走り進めるをもて、彼等たゞちに我等の許に來れり、さきの二者(ふたり)泣きつゝ叫びていひけるは。 九七―九九
マリアはいそぎて山にはせゆけり。また。チェーザレはイレルダを服(したが)へんとて、マルシリアを刺しし後イスパニアに走れり。 一〇〇―一〇二
衆つゞいてさけびていふ。とく來れとく、愛の少なきために時を失ふなかれ、善行(よきおこなひ)をつとめて求めて恩惠(めぐみ)を新たならしめよ。 一〇三―一〇五
あゝ善を行ふにあたりて微温(ぬるみ)のためにあらはせし怠惰(おこたり)と等閑(なほざり)を恐らくは今強き熱にて償ふ民よ 一〇六―一〇八
この生くる者(我決して汝等を欺かず)登り行かんとてたゞ日の再び輝くを待つ、されば請ふ徑(こみち)に近きはいづ方なりや我等に告げよ。 一〇九―一一一
是わが導者の詞なりき、かの靈の一曰ふ。我等と同じ方(かた)に來れ、しかせば汝徑を見む 一一二―一一四
進むの願ひいと深くして我等止まることをえず、このゆゑに我等の義務(つとめ)もし無禮(むらい)とみえなば宥(ゆる)せ 一一五―一一七
我は良きバルバロッサが(ミラーノ彼の事を語れば今猶愁ふ)帝國に君たりし頃ヴェロナのサン・ヅェノの院主なりき 一一八―一二〇
既に隻脚(かたあし)を墓に入れしひとりの者程なくかの僧院のために歎き、權をその上に揮(ふる)ひしことを悲しまむ 一二一―一二三
彼はその子の身全からず、心さらにあしく、生(うまれ)正しからざるものをその眞(まこと)の牧者に代らしめたればなり。 一二四―一二六
彼既に我等を超えて遠く走り行きたれば、そのなほ語れるやまたは默(もだ)せるや我知らず、されどかくいへるをきき喜びてこれを心にとめぬ 一二七―一二九
すべて乏しき時のわが扶(たすけ)なりし者いふ。汝こなたにむかひて、かのふたりの者の怠惰(おこたり)を噛みつゝ來るを見よ。 一三〇―一三二
凡ての者の後方(うしろ)にて彼等いふ。ひらかれし海をわたれる民は、ヨルダンがその嗣子(よつぎ)を見ざりしさきに死せり。 一三三―一三五
また。アンキーゼの子とともに終りまで勞苦を忍ばざりし民は、榮(はえ)なき生に身を委ねたり。 一三六―一三八
かくてかの魂等遠く我等を離れて見るをえざるにいたれるとき、新しき想ひわが心に起りて 一三九―一四一
多くの異なる想ひを生めり、我彼より此とさまよひ、迷ひのためにわが目を閉づれば 一四二―一四四
想ひは夢に變りにき 一四五―一四七


   第十九曲

晝の暑(あつさ)地球のために、またはしば/\土星のために消え、月の寒(さむさ)をはややはらぐるあたはざるとき 一―三
地占者(ゼオマンテイ)等が、夜の明けざるさきに、その大吉と名(な)づくるものの、ほどなく白む道を傳ひて、東に登るを見るころほひ 四―六
ひとりの女夢にわが許に來れり、口吃(ども)り目眇(すが)み足曲(まが)り手斷(た)たれ色蒼し 七―九
われこれに目をとむれば、夜の凍(こゞ)えしむる身に力をつくる日のごとくわが目その舌をかろくし 一〇―
後また程なくその全身を直くし、そのあをざめし顏を戀の求むるごとく染めたり ―一五
さてかく詞の自由をえしとき、彼歌をうたひいづれば、我わが心をほかに移しがたしとおもひぬ 一六―一八
その歌にいふ。我はうるはしきシレーナなり、耳を樂しましむるもの我に滿ちみつるによりて海の正中(たゞなか)に水手(かこ)等を迷はす 一九―二一
我わが歌をもてウリッセをその漂泊(さすらひ)の路より引けり、およそ我と親しみて後去る者少なし、心にたらはぬところなければ。 二二―二四
その口未だ閉ぢざる間に、ひとりの聖なる淑女、これをはぢしめんとてわが傍(かたへ)にあらはれ 二五―二七
あゝヴィルジリオよ、ヴィルジリオよ、これ何者ぞやとあららかにいふ、導者即ち淑女にのみ目をそゝぎつゝ近づけり 二八―三〇
さてかの女をとらへ、衣(ころも)の前を裂き開きてその腹を我に見すれば、惡臭(をしう)これよりいでてわが眠りをさましぬ 三一―三三
われ目を善き師にむかはしめたり、彼いふ。少なくも三たび我汝を呼びぬ、起きて來れ、我等は汝の過ぎて行くべき門を尋ねむ。 三四―三六
我は立てり、高き光ははや聖なる山の諸※(二の字点、1-2-22)の圓に滿てり、我等は新しき日を背にして進めり 三七―三九
我は彼に從ひつゝ、わが額をば、あたかもこれに思ひを積み入れ身を反橋(そりはし)の半(なかば)となす者のごとく垂れゐたるに 四〇―四二
この人界にては開くをえざるまでやはらかくやさしく、來れ、道こゝにありといふ聲きこえぬ 四三―四五
かく我等に語れるもの、白鳥のそれかとみゆる翼をひらきて、硬き巖の二の壁の間より我等を上にむかはしめ 四六―四八
後羽を動かして、哀れむ者はその魂慰(なぐさめ)の女主となるがゆゑに福なることを告げつつ我等を扇(あふ)げり 四九―五一
我等ふたり天使をはなれて少しく登りゆきしとき、わが導者我にいふ。汝いかにしたりとて地をのみ見るや。 五二―五四
我。あらたなる幻(まぼろし)はわが心をこれにかたむかせ、我この思ひを棄つるをえざれば、かく疑ひをいだきてゆくなり。 五五―五七
彼曰ふ。汝はこの後唯一者(ひとり)にて我等の上なる魂を歎かしむるかの年へし妖女を見しや、人いかにしてこれが紲(きづな)を斷つかを見しや 五八―六〇
足れり、いざ汝歩履(あゆみ)をはやめ、永遠(とこしへ)の王が諸天をめぐらして汝等に示す餌に目をむけよ。 六一―六三
はじめは足をみる鷹も聲かゝればむきなほり、心食物(くひもの)のためにかなたにひかれ、これをえんとの願ひを起して身を前に伸ぶ 六四―六六
我亦斯の如くになりき、かくなりて、かの岩の裂け登る者に路を與ふるところを極め、環(めぐ)りはじむる處にいたれり 六七―六九
第五の圓にいでしとき、我見しにこゝに民ありき、彼等みな地に俯(うつむ)き伏して泣きゐたり 七〇―七二
わが魂は塵につきぬ、我はかく彼等のいへるをききしかど、詞ほとんど解(げ)しがたきまでその歎息(なげき)深かりき 七三―七五
あゝ神に選ばれ、義と望みをもて己が苦しみをかろむる者等よ、高き登の道ある方(かた)を我等にをしへよ。 七六―七八
汝等こゝに來るといへども伏すの憂ひなく、たゞいと亟(すみや)かに道に就かんことをねがはば、汝等の右を常に外(そと)とせよ。 七九―八一
詩人斯く請ひ我等かく答へをえたり、こは我等の少しく先にきこえしかば、我その言(ことば)によりてかのかくれたる者を認め 八二―八四
目をわが主にむけたるに、主は喜悦(よろこび)の休徴(しるし)をもて、顏にあらはれしわが願ひの求むるところを許したまへり 八五―八七
我わが身を思ひのまゝになすをえしとき、かの魂即ちはじめ詞をもてわが心を惹ける者にちかづき 八八―九〇
いひけるは。神のみ許(もと)に歸るにあたりて缺くべからざるところの物を涙に熟(う)ましむる魂よ、わがために少時(しばらく)汝の大いなる意(こゝろばせ)を抑へて 九一―九三
我に告げよ、汝誰なりしや、汝等何ぞ背を上にむくるや、汝わが汝の爲に世に何物をか求むるを願ふや、我は生(いき)ながら彼處(かしこ)よりいづ。 九四―九六
彼我に。何故に我等の背を天が己にむけしむるやは我汝に告ぐべきも、汝まづ我はペトルスの繼承者なりしことを知るべし 九七―九九
一の美しき流れシェストリとキアーヴェリの間をくだる、しかしてわが血族(やから)の稱呼(となへ)はその大いなる誇をばこの流れの名に得たり 一〇〇―一〇二
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣(ころも)が、これを泥(ひぢ)に汚さじと力(つと)むる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三―一〇五
わが歸依はあはれおそかりき、されどローマの牧者となるにおよびて我は生の虚僞(いつはり)多きことをさとれり 一〇六―一〇八
かく高き地位をえて心なほしづまらず、またかの生をうくる者さらに高く上(のぼ)るをえざるをみたるがゆゑにこの生の愛わが衷(うち)に燃えたり 一〇九―一一一
かの時にいたるまで、我は幸(さち)なき、神を離れし、全く慾深き魂なりき、今は汝の見るごとく我このためにこゝに罰せらる 一一二―一一四
貪婪(むさぼり)の爲すところのことは我等悔いし魂の罪を淨むる状(さま)にあらはる、そも/\この山にこれより苦(にが)き罰はなし 一一五―一一七
我等の目地上の物に注ぎて、高く擧げられざりしごとくに、正義はこゝにこれを地に沈ましむ 一一八―一二〇
貪婪(むさぼり)善を求むる我等の愛を消して我等の働をとゞめしごとくに、正義はこゝに足をも手をも搦(から)めとらへて 一二一―
かたく我等を壓(おさ)ふ、正しき主の好みたまふ間は、我等いつまでも身を伸べて動かじ。 ―一二六
我は既に跪きてゐたりしが、このとき語らんと思へるに、わが語りはじむるや彼ただ耳を傾けて我の尊敬(うやまひ)をあらはすをしり 一二七―一二九
いひけるは。汝何ぞかく身をかゞむるや。我彼に。汝の分(きは)貴(たか)ければわが良心は我の直く立つを責めたり。 一三〇―一三二
彼答ふらく。兄弟よ、足を直くして身を起すべし、誤るなかれ、我も汝等とおなじく一の權威(ちから)の僕(しもべ)なり 一三三―一三五
汝若しまた嫁せずといへる福音の聲をきけることあらば、またよくわがかく語る所以(ゆゑん)をさとらむ 一三六―一三八
いざ往(ゆ)け、我は汝の尚長く止まるを願はず、我泣いて汝のいへるところのものを熟(う)ましむるに汝のこゝにあるはその妨(さまたげ)となればなり 一三九―一四一
我には世に、名をアラージヤといふひとりの姪(めひ)あり、わが族(うから)の惡に染まずばその氣質(こゝろばへ)はよし 一四二―一四四
わがかしこに殘せる者たゞかの女のみ。 一四五―一四七


   第二十曲

一の意これにまさる意と戰ふも利なし、是故に我は彼を悦ばせんためわが願ひに背きて飽かざる海絨(うみわた)を水よりあげぬ 一―三
我は進めり、わが導者はたえず岩に沿ひて障礙(しやうげ)なき處をゆけり、そのさま身を女墻(ひめがき)に寄せつゝ城壁の上をゆく者に似たりき 四―六
そは片側(かたがは)には、全世界にはびこる罪を一滴(しづく)また一滴、目より注ぎいだす民、あまりに縁(ふち)近くゐたればなり 七―九
禍ひなるかな汝年へし牝の狼よ、汝ははてしなき饑(う)ゑのために獲物(えもの)をとらふること凡ての獸の上にいづ 一〇―一二
あゝ天よ(人或ひは下界の推移を汝の運行に歸するに似たり)、これを逐ふ者いつか來らむ 一三―一五
我等はおそくしづかに歩めり、我は魂等のいたはしく歎き憂ふる聲をききつゝこれに心をとめゐたるに 一六―一八
ふと我等の前に、産(うみ)にくるしむ女のごとく悲しくさけぶ聲きこえて、うるはしきマリアよといひ 一九―二一
續いてまた、汝の貧しかりしことは汝が汝の聖なる嬰兒(をさなご)を臥さしめしかの客舍にあらはるといひ 二二―二四
また次に、あゝ善きファーブリツィオよ、汝は不義と大いなる富を得んより貧と徳をえんと思へりといふ 二五―二七
これらの詞よくわが心に適(かな)ひたれば、我はかくいへりとみゆる靈の事をしらんとてなほさきに進めるに 二八―三〇
彼はまたニッコロが小女(をとめ)等の若き生命(いのち)を導きて貞淑(みさを)に到らしめんため彼等にをしまず物を施せしことをかたれり 三一―三三
我曰ふ。あゝかく大いなる善を語る魂よ、汝は誰なりしや、何ぞたゞひとりこれらの讚(ほ)むべきわざを新たに陳ぶるや、請ふ告げよ 三四―三六
果(はて)をめざして飛びゆく生命(いのち)の短き旅を終へんためわれ世に歸らば、汝の詞報酬(むくい)をえざることあらじ。 三七―三九
彼。我はかしこに慰(なぐさめ)をうるを望まざれども、かく大いなる恩惠(めぐみ)いまだ死せざる汝の中に輝くによりてこれを告ぐべし 四〇―四二
一の惡しき木その蔭をもてすべてのクリスト數國をおほひ、良果(よきみ)これより採らるゝこと罕(まれ)なり、そも/\我はかの木の根なりき 四三―四五
されどドアジォ、リルラ、ガンド、及びブルーゼスの力足りなば報(むくい)速かにこれに臨まむ、我また萬物を裁(さば)き給ふ者にこの報を乞ひ求む 四六―四八
我は世に名をウーゴ・チャペッタといへり、多くのフィリッピとルイージ我よりいでて近代(ちかきよ)のフランスを治む 五二―五四
我は巴里(パリージ)のとある屠戸(にくや)の子なりき、昔の王達はやみな薨(かく)れて、灰色の衣を着る者獨り殘れるのみなりし頃 五二―五四
我は王國の統御の手綱のかたくわが手にあるを見ぬ、また新たに得たる大いなる力とあふるゝばかりの友ありければ 五五―五七
わが子の首(かうべ)擢(ぬき)んでられて、寡(やもめ)となれる冠を戴き、かの受膏(じゅかう)の族(やから)彼よりいでたり 五八―六〇
大いなる聘物(おくりもの)プロヴェンツァがわが血族より羞恥の心を奪はざりし間は、これに美(ほ)むべき業(わざ)もなくさりとてあしき行ひもなかりしに 六一―六三
かの事ありしよりこの方、暴(あらび)と僞(いつはり)をもて掠(かす)むることをなし、後贖(あがな)ひのためにポンティ、ノルマンディア及びグアスコニアを取れり 六四―六六
カルロ、イタリアに來れり、しかして贖のためにクルラディーノを犧牲(いけにへ)となし、後また贖のためにトムマーゾを天に歸らしむ 六七―六九
我見るに、今より後程なく來る一の時あり、この時到らば他(ほか)のカルロは己と己が族(やから)の事を尚(なほ)よく人に知らせんとてフランスを出づべし 七〇―七二
かれ身を固めず、ジュダの試(ため)せし槍を提(ひつさ)げてひとりかしこをいで、これにて突きてフィレンツェの腹を壞(やぶ)らむ 七三―七五
かれかくして國を得ず、罪と恥をえむ、これらは彼が斯(かゝ)る禍ひを輕んずるにより、彼にとりていよ/\重し 七六―七八
我見るに、嘗てとらはれて船を出でしことあるカルロは、己が女(むすめ)を賣りてその價を爭ふこと恰も海賊が女の奴隷をあしらふに似たり 七九―八一
あゝ貪慾(むさぼり)よ、汝わが血族(ちすぢ)を汝の許にひきてこれに己が肉をさへ顧みざらしめしほどなれば、この上(うへ)何をなすべきや 八二―八四
我見るに、過去(こしかた)未來(ゆくすゑ)の禍ひを小(ちひ)さくみえしめんとて、百合(フイオルダリーゾ)の花アラーニアに入り、クリストその代理者の身にてとらはれたまふ 八五―八七
我見るに、彼はふたゝび嘲られ、ふたゝび醋(す)と膽(い)とを嘗(な)め、生ける盜人の間に殺されたまふ 八八―九〇
我見るに、第二のピラート心殘忍なればこれにてもなは飽かず、法によらずして強慾の帆をかの殿(みや)の中まで進む 九一―九三
あゝ我主よ、聖意(みこゝろ)の奧にかくれつゝ聖怒(みいかり)をうるはしうする復讎を見てわがよろこぶ時いつか來らむ 九四―九六
聖靈のたゞひとりの新婦(はなよめ)についてわが語り、汝をしてその解説(ときあかし)を聞かんためわが方にむかはしめしかの詞は 九七―九九
晝の間我等の凡ての祈りにつゞく唱和なり、されど夜いたれば我等これに代へてこれと反する聲をあぐ 一〇〇―一〇二
そのとき我等はかの黄金(こがね)をいたく貪りて背信、盜竊、殺人の罪を犯せるピグマリオンと 一〇三―一〇五
飽くなきの求めによりて患艱(なやみ)をえ常に人の笑ひを招く慾深きミーダのことをくりかへし 一〇六―一〇八
また分捕物(えもの)を盜みとれるため今もこゝにてヨスエの怒りに刺さるとみゆる庸愚(おるか)なるアーカンのことを憶(おも)ひ 一〇九―一一一
次にサフィーラとその夫を責め、エリオドロの蹴られしことを讚(ほ)む、我等はまたポリドロを殺せるポリネストルの汚名をして 一一二―
あまねく山をめぐらしめ、さて最後にさけびていふ、クラッソよ、黄金(こがね)の味(あぢ)はいかに、告げよ、汝知ればなりと ―一一七
ひとりの聲高くひとりの聲低きことあり、こは情の我等を策(むちう)ちて或ひはつよく或ひは弱く語らしむるによる 一一八―一二〇
是故に晝の間我等のこゝにて陳ぶべき徳を我今ひとりいへるにあらず、たゞこのあたりにては我より外に聲を上ぐる者なかりしのみ。 一二一―一二三
我等既に彼を離れ、今はわれらの力を盡して路に勝たんとつとめゐたるに 一二四―一二六
このとき我は山の震ひ動くこと倒るゝ物に似たるを覺えき、是に於てかわが身恰も死に赴く人の如く冷ゆ 一二七―一二九
げにラートナが天の二の目を生まんとて巣を營める時よりさきのデロといふともかく強くはゆるがざりしなるべし 一三〇―一三二
ついではげしき喊聲(さけびごゑ)四方に起れり、師即ち我に近づき、わが導く間は汝恐るゝなかれといふ 一三三―一三五
至高處(いとたかきところ)には榮光神にあれ。衆皆斯くいひゐたり、かくいひゐたるを我は身に近くしてその叫びの聞分(きゝわ)けうべき魂によりてさとれるなりき 一三六―一三八
我等はかの歌を最初に聞ける牧者のごとく、あやしみとゞまりて動かず、震動(ふるひ)止み歌終るにおよびて 一三九―一四一
こゝに再び我等の聖なる行路(たびぢ)にいでたち、既にいつもの歎(なげき)にかへれる多くの地に伏す魂をみたり 一四二―一四四
若しわが記憶に誤りなくば、いかなる疑ひもわがかの時の思ひのうちにありとみえしもののごとく大いなる軍(いくさ)を起して 一四五―
その解説(ときあかし)を我に求めしことあらじ、されどいそぎのためにはゞかりてこれを質(たゞ)さず、さりとて自から何事をも知るをえざれば ―一五〇
我は臆しつゝ思ひ沈みて歩みにき 一五一―一五三


   第二十一曲

サマーリアの女の乞ひ求めたる水を飮まではとゞまることなき自然の渇(かわき)に 一―三
なやまされ、かつは急(いそぎ)に策(むちう)たれつゝ、我わが導者に從ひて障(さゝはり)多き道を歩み、正しき刑罰を憐みゐたるに 四―六
見よ、はや墓窟(はかあな)より起き出でたまへるクリストが途をゆく二人(ふたり)の者に現はれしこと路加(ルーカ)の書(ふみ)に録(しる)さるゝごとく 七―九
一の魂我等にあらはる、我等かの伏したる群(むれ)を足元に見ゐたりしときこの者後(うしろ)に來りしかど我等これを知らざりければ彼まづ語りて 一〇―一二
わが兄弟達よ、神平安を汝等に與へたまへといふ、我等直ちに身をめぐらしぬ、而してヴィルジリオは適(ふさ)はしき表示(しるし)をもてこれに答へて 一三―一五
後曰ひけるは。我を永遠(とこしへ)の流刑(るけい)に處せし眞(まこと)の法廷願はくは汝を福なる集會(つどひ)の中に入れ汝に平和を受けしめんことを。 一六―一八
そは如何(いかに)、汝等神に許されて登るをうる魂に非ずば誰に導かれてその段(きだ)をこゝまで踏みしや。彼かくいひ、いふ間(ま)も我等は疾(と)く行けり 一九―二一
わが師。この者天使の描く標(しるし)を着く、汝これを見ば汝は彼が善き民と共に治むるにいたるをさだかに知らむ 二二―二四
されど夜晝紡(つむ)ぐ女神(めがみ)は、クロートが人各※(二の字点、1-2-22)のために掛けかつ押固(おしかた)むる一束(たば)を未だ彼のために繰(く)り終らざるがゆゑに 二五―二七
汝と我の姉妹なるその魂は登り來るにあたり獨りにて來る能はざりき、そは物を見ること我等と等しからざればなり 二八―三〇
是故に彼に路を示さんため我は曳(ひ)かれて地獄の闊(ひろ)き喉を出づ、またわが教(をし)への彼を導くをうる間は我彼に路を示さむ 三一―三三
然(され)ど汝若し知らば我等に告げよ、山今かの如く搖(ゆる)げるは何故ぞや、またその濡(ぬ)るゝ据に至るまで衆齊(ひと)しく叫ぶと見えしは何故ぞや。 三四―三六
この問ひよくわが願ひの要(かなめ)にあたれり、されば望みをいだけるのみにてわが渇(かわき)はやうすらぎぬ 三七―三九
彼曰ふ。この山の聖なる律法(おきて)はすべて秩序なきことまたはその習ひにあらざることを容(ゆる)さず 四〇―四二
この地一切の變異をまぬかる、たゞその原因(もと)となるをうべきは天が自ら與へて自ら受くるところの者のみ、この外にはなし 四三―四五
是故に雨も雹も雪も露もまた霜も、かの三の段(きだ)より成れる短き階(きざはし)のこなたに落ちず 四六―四八
濃(こ)き雲も淡(うす)き雲も電光(いなづま)も、またかの世に屡※(二の字点、1-2-22)處を變ふるタウマンテの女(むすめ)も現はれず 四九―五一
乾ける氣は、わがいへる三の段の頂、ピエートロの代理者がその足をおくところよりうへに登らず 五二―五四
かしこより下は或ひは幾許(いくばく)か震ひ動かむ、されど上は、我その次第を知らざれども、地にかくるゝ風のために震ひ動けることたえてなし 五五―五七
たゞ魂の中に己が清きを感ずる者ありて起(た)ちまたは昇らんとして進む時、この地震ひ、かのごとき喊(さけび)次ぐ 五八―六〇
清きことの證左(あかし)となるものは意志のみ、魂既に全く自由にその侶を變ふるをうるにいたればこの意志におそはれ且つこれを懷くを悦ぶ 六一―六三
意志はげに始めよりあり、されど願ひこれを許さず、こはさきに罪を求めし如く今神の義に從ひ意志にさからひて苛責を求むる願ひなり 六四―六六
我この苦患(なやみ)の中に伏すこと五百年餘に及びこゝにはじめてまされる里に到らんとの自由の望みをいだけるがゆゑに 六七―六九
汝地の震ふを覺え、また山の信心深き諸※(二の字点、1-2-22)の靈の主(願はくは速かに彼等に登るをえさせたまへ)を讚(ほ)めまつるを聞けるなり。 七〇―七二
彼斯く我等にいへり、しかして渇(かわき)劇しければ飮むの喜び亦從ひて大いなるごとく、彼の言は我にいひがたき滿足を與へき 七三―七五
智(さと)き導者。汝等をこゝに捕ふる網、その解くる状(さま)、地のこゝに震ふ所以、汝等の倶に喜ぶところの物、我今皆これを知る 七六―七八
いざねがはくは汝の誰なりしやを我にしらしめ、また何故にこゝに伏してかく多くの代(よ)を經たるやを汝の詞にて我にあらはせ。 七九―八一
かの靈答へて曰ふ。いと高き王の助けをうけて善きティトがジユダの賣りし血流れ出たる傷の仇をむくいし頃 八二―
最も人にあがめられかつ長く殘る名をえて我ひろく世に知らる、されど未だ信仰なかりき ―八七
わが有聲(うせい)の靈の麗しければ我はトロサ人(びと)なるもローマに引かれ、かしこにミルトをもて額を飾るをうるにいたれり 八八―九〇
世の人わが名を今もスターツィオと呼ぶ、われテーべを歌ひ、後また大いなるアキルレをうたへり、されど第二の荷を負ひて路に倒れぬ 九一―九三
さてわが情熱の種は、千餘の心を燃やすにいたれるかの聖なる焔よりいでて我をあたゝめし火花なりき 九四―九六
わがかくいふは「エーネイダ」の事なり、こは我には母なりき詩の乳母(めのと)なりき、これなくば豈我に一ドラムマの重(おもさ)あらんや 九七―九九
我若しヴィルジリオと代(よ)を同じうするをえたらんには、わが流罪(るざい)の期(とき)滿つること一年(ひととせ)後(おく)るゝともいとはざらんに。 一〇〇―一〇二
これらの詞を聞きてヴィルジリオ我にむかひ聲なき顏にて默(もだ)せといへり、されど意志は萬事(よろづのこと)を爲しがたし 一〇三―一〇五
そは笑(ゑみ)も涙もまづその源なる情に從ひ、その人いよ/\誠實なればいよ/\意志に背けばなり 一〇六―一〇八
我たゞ微笑(ほゝゑ)めるのみ、されどその状(さま)※(「目+旬」、第3水準1-88-80)(めくばせ)する人に似たれば、かの魂口を噤み、心のいとよくあらはるゝ處なる目を見て 一〇九―一一一
いふ。願はくは汝幸(さいはひ)の中にかく大いなる勞苦を終(を)ふるをえんことを、汝の顏今笑(ゑみ)の閃(ひらめき)を我に見せしは何故ぞや。 一一二―一一四
我今左右に檢束をうく、かなたは我に默(もだ)せといひ、こなたは我にいへと命ず、是に於てか大息すれば 一一五―
わが師さとりて我に曰ふ。汝語るをおそるゝなかれ、語りて彼にそのかく心をこめて尋ぬるところの事を告ぐべし。 ―一二〇
是に於てか我。年へし靈よ、思ふに汝はわがほゝゑめるをあやしむならむ、されど我汝の驚きをさらに大いならしめんとす 一二一―一二三
わが目を導いて高きに到らしむるこの者こそは、かのヴィルジリオ、人と神々をうたふにあたりて汝に力を與へし者なれ 一二四―一二六
若しわが笑(ゑみ)の原因(もと)と思へるもの他にあらば、眞(まこと)ならずとしてこれを棄て、彼が事をいへる汝の言(ことば)を眞(まこと)の原因(もと)とおもふべし。 一二七―一二九
わが師の足を抱かんとて彼既に身をかゞめゐたりき、されど師彼に曰ふ。兄弟よ、しかするなかれ、汝も魂汝の見る者も魂なれば。 一三〇―一三二
彼立上(たちあが)りつゝ。今汝は汝のために燃ゆるわが愛の大いなるをさとるをえむ、そは我等の身の空しきを忘れて 一三三―一三五
我はあたかも固體のごとく魂をあしらひたればなり 一三六―一三八


   第二十二曲

我等すでに天使をあとにす(こは我等を第六の圓にむかはせ、わが顏より一の疵をとりのぞける天使なり 一―三
彼は我等に義を慕ふ者の福なることを告げたり、而してその詞はたゞシチウントをもてこれを結びき) 四―六
また我は他(ほか)の徑(こみち)を通れる時より身輕ければ、疲勞(つかれ)を覺ゆることなくしてかの足早き二の靈に從ひつゝ歩みゐたるに 七―九
このときヴィルジリオ曰ふ。徳の燃やせし愛はその焔一たび外にあらはるればまた他の愛を燃やすを常とす 一〇―一二
是故にジヨヴェナーレが地獄のリムボの中なる我等の間にくだりて汝の情愛を我に明(あか)せし時よりこの方 一三―一五
汝に對してわれ大いなる好意(よしみ)を持てり、實(げに)これより固くはまだ見ぬ者と結べる人なし、かかれば今は此等の段(きだ)も我に短しと見ゆるなるべし 一六―一八
されど告げよ――若し心安きあまりにわが手綱弛(ゆる)みなば請ふ友として我を赦し、今より友いとして我とかたれ 一九―二一
貪婪(むさぼり)はいかで汝の胸の中、汝の勵みによりて汝に滿ちみちしごとき大なる智慧の間に宿るをえしや。 二二―二四
これらの詞をききてスターツィオまづ少しく笑を含み、かくて答へて曰ひけるは。汝の言葉はみな我にとりて愛のなつかしき表象(しるし)なり 二五―二七
それまことの理(ことわり)かくるゝがゆゑに我等に誤りて疑ひを起さしむる物げにしば/\現はるゝことあり 二八―三〇
汝が我をば世に慾深かりし者なりきと信ずることは汝の問ひよく我に證(あかし)す、これ思ふにわがかの圈にゐたるによらむ 三一―三三
知るべし、我は却つてあまりに貪婪(むさぼり)に遠ざかれるため、幾千の月この放縱を罰せるなり 三四―三六
我若し汝が恰も人の性を憤るごとくさけびて、あゝ黄金(わうごん)の不淨の饑ゑよ汝人慾を導いていづこにか到らざらんと 三七―
いへる處に心をとめ、わが思ひを正さざりせば、今は轉(まろ)ばしつゝ憂(う)き牴觸を感ずるものを ―四二
かの時我は費(つひや)すにあたりて手のあまりにひろく翼を伸ぶるをうるを知り、これを悔ゆること他(ほか)の罪の如くなりき 四三―四五
それ無智のために生くる間も死に臨みてもこの罪を悔ゆるあたはず、後(のち)髮を削りて起き出づるにいたる者その數いくばくぞ 四六―四八
汝また知るべし、一の罪とともに、まさしくこれと相反する咎、その縁(みどり)をこゝに涸(か)らすを 四九―五一
是故にわれ罪を淨めんとてかの貪婪(むさぼり)のために歎く民の間にありきとも、これと反する愆(とが)のゆゑにこそこの事我に臨めるなれ。 五二―五四
牧歌の歌人いひけるは。汝ヨカスタの二重(ふたへ)の憂ひの酷(むご)き爭ひを歌へるころは 五五―五七
クリオがこの詩に汝と關渉(かゝりあ)ふさまをみるに、善行(よきおこなひ)にかくべからざる信仰未だ汝を信ある者となさざりしに似たり 五八―六〇
若し夫れ然らばいかなる日またはいかなる燭(ともしび)ぞや、汝がその後かの漁者に從ひて帆を揚ぐるにいたれるばかりに汝の闇を破りしは。 六一―六三
彼曰ふ。汝まづ我をパルナーゾの方(かた)にみちびきてその窟(いはや)に水を掬(むす)ぶをえしめ、後また我を照して神のみもとに向はしめたり 六四―六六
汝の爲すところはあたかも夜燈火(ともしび)を己が後(うしろ)に携へてゆき、自ら益を得ざれどもあとなる人々をさとくする者に似たりき 六七―六九
そは汝のいへる詞に、世改まり義と人の古歸り新しき族(やから)天より降るとあればなり 七〇―七二
我は汝によりて詩人となり汝によりて基督教徒(クリスティアーノ)となれり、されどわが概略(おほよそ)に畫(ゑが)ける物を尚良く汝に現はさんため我今手を伸(の)べて彩色(いろど)らん 七三―七五
眞(まこと)の信仰は永久(とこしへ)の國の使者等(つかひたち)に播かれてすでにあまねく世に滿ちたりしに 七六―七八
わが今引ける汝の言(ことば)、新しき道を傳ふる者とその調(しらべ)を同じうせしかば、彼等を訪(おとづ)るることわが習ひとなり 七九―八一
かのドミチアーンが彼等を責めなやまししとき、わが涙彼等の歎(なげき)にともなふばかりに我は彼等を聖なる者と思ふにいたれり 八二―八四
われは世に在る間彼等をたすけぬ、彼等の正しき習俗(ならはし)は我をして他(ほか)の教へをあなどらしめぬ 八五―八七
かくてわが詩にギリシア人(びと)を導きてテーべの流れに到らざるさきにわれ洗禮(バッテスモ)をうけしかど、公(おほやけ)の基督教徒(クリスティアーン)となるをおそれて 八八―九〇
久しく異教の下(もと)にかくれぬ、この微温(ぬるみ)なりき我に四百年餘の間第四の圈をめぐらしめしは 九一―九三
されば汝、かゝる幸(さいはひ)をかくしし葢をわがためにひらける者よ、若し知らば、我等が倶に登るをうべき道ある間に、我等の年へし 九四―
テレンツィオ、チェチリオ、プラウト及びヴァリオの何處(いづこ)にあるやを我に告げよ、告げよ彼等罪せらるゝや、そは何の地方に於てぞや。 ―九九
わが導者答ふらく。彼等もペルシオも我もその他の多くの者も、かのムーゼより最も多く乳を吸ひしギリシア人(びと)とともに 一〇〇―一〇二
無明(むみやう)の獄(ひとや)の第一の輪の中にあり、我等は我等の乳母(めのと)等の常にとゞまる山のことをしばしばかたる 一〇三―一〇五
エウリピデ、アンティフォンテ、シモニーデ、アガートネそのほかそのかみ桂樹(ラウロ)をもて額を飾れる多くのギリシア人かしこに我等と倶にあり 一〇六―一〇八
汝が歌へる人々の中(うち)にては、アンティゴネ、デイフィレ、アルジア及び昔の如く悲しむイスメーネあり 一〇九―一一一
ランジアを示せる女あり、ティレジアの女(むすめ)とテーティ、デイダーミアとその姉妹等あり。 一一二―一一四
登りをはりて壁を離れしふたりの詩人は、ふたゝびあたりを見ることに心ひかれて今ともに默(もだ)し 一一五―一一七
晝の四人(よたり)の侍婢(はしため)ははやあとに殘されて、第五の侍婢轅(ながえ)のもとにその燃ゆる尖(さき)をばたえず上げゐたり 一一八―一二〇
このときわが導者。思ふに我等は右の肩を縁(ふち)にむけ、山を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)ること常の如くにせざるをえざらむ。 一二一―一二三
習慣(ならはし)はかしこにてかく我等の導(しるべ)となれり、しかしてかの貴き魂の肯(うけが)へるため我等いよいよ疑はずして路に就けり 一二四―一二六
彼等はさきに我ひとり後(あと)よりゆけり、我は彼等のかたる言葉に耳を傾け、詩作についての教へをきくをえたりしかど 一二七―一二九
このうるはしき物語たゞちにやみぬ、そは我等路の中央(たゞなか)に、香(にほひ)やはらかくして良き果(み)ある一本(ひともと)の木を見たればなり 一三〇―一三二
あたかも樅(もみ)の、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三―一三五
われらの路の塞がれる方(かた)にては、清き水高き岩より落ちて葉の上にのみちらばれり 一三六―一三八
ふたりの詩人樹にちかづけるに、一の聲葉の中よりさけびていふ。汝等はこの食物(くひもの)に事缺かむ。 一三九―一四一
又曰ふ。マリアは己が口(今汝等のために物言ふ)の事よりも、婚筵のたふとくして全からむことをおもへり 一四二―一四四
昔のローマの女等はその飮料(のみもの)に水を用ゐ、またダニエルロは食物(くひもの)をいやしみて知識をえたり 一四五―一四七
古(いにしへ)の代(よ)は黄金(こがね)の如く美しかりき、饑ゑて橡(つるばみ)を味(あぢ)よくし、渇きて小川を聖酒(ネッタレ)となす 一四八―一五〇
蜜と蝗蟲(いなご)とはかの洗禮者(バテイスタ)を曠野(あらの)にやしなへる糧(かて)なりき、是故に彼榮え、その大いなること 一五一―一五三
聖史の中にあらはるゝごとし。 一五四―一五六


   第二十三曲

我はあたかも小鳥を逐ひて空しく日を送る者の爲すごとくかの青葉に目をとめゐたれば 一―三
父にまさる者いひけるは。子よ、いざ來れ、我等は定まれる時をわかちて善く用ゐざるをえざればなり。 四―六
われ目と歩(あゆみ)を齊(ひと)しく移して聖達(ひじりたち)に從ひ、その語ることを聞きつゝ行けども疲れをおぼえざりしに 七―九
見よ、歎(なげき)と歌ときこえぬ、主よわが唇をと唱ふるさま喜びとともに憂ひを生めり 一〇―一二
あゝやさしき父よ、我にきこゆるものは何ぞや。我斯くいへるに彼。こは魂なり、おそらくは行きつゝその負債(おひめ)の纈(むすび)を解くならむ。 一三―一五
たとへば物思ふ異郷の族人(たびびと)、路にて知らざる人々に追及(おひし)き、ふりむきてこれをみれども、その足をとゞめざるごとく 一六―一八
信心深き魂の一群(むれ)、もだしつゝ、我等よりもはやく歩みて後方(うしろ)より來り、過ぎ行かんとして我等を目安(まも)れり 一九―二一
彼等はいづれも眼(まなこ)窪みて光なく、顏あをざめ、その皮(かは)骨の形をあらはすほどに痩せゐたり 二二―二四
思ふに饑(う)ゑを恐るゝこといと大いなりしときのエリシトネといふともそのためにかく枯れて皮ばかりとはならざりしならむ 二五―二七
我わが心の中にいふ。マリアその子を啄(ついば)みしときイエルサレムを失へる民を見よ。 二八―三〇
眼窩(めあな)は珠(たま)なき指輪に似たりき、OMO(オモ)を人の顏に讀む者M(エムメ)をさだかに認めしなるべし 三一―三三
若しその由來を知らずば誰か信ぜん、果實(このみ)と水の香(かをり)、劇しき慾を生みて、かく力をあらはさんとは 三四―三六
彼等の痩すると膚(はだ)いたはしく荒るゝ原因(もと)未だ明(あきら)かならざりしため、その何故にかく饑ゑしやを我今異(あや)しみゐたりしに 三七―三九
見よ、一の魂、頭(かうべ)の深處(ふかみ)より目を我にむけてつら/\視、かくて高くさけびて、こはわがためにいかなる恩惠(めぐみ)ぞやといふ 四〇―四二
我何ぞ顏を見て彼の誰なるを知るをえむ、されどその姿の毀てるものその聲にあらはれき 四三―四五
この火花はかの變れる貌(かたち)にかゝはるわが凡ての記憶を燃やし、我はフォレーゼの顏をみとめぬ 四六―四八
彼請ひていふ。あゝ、乾ける痂(かさぶた)わが膚(はだ)の色を奪ひ、またわが肉乏しとも、汝これに心をとめず 四九―五一
故に汝の身の上と汝を導くかしこの二の魂の誰なるやを告げよ、我に物言ふを否むなかれ。 五二―五四
我答へて彼に曰ふ。死(しに)てさきに我に涙を流さしめし汝の顏は、かく變りて見ゆるため、かの時に劣らぬ憂ひを今我に與へて泣かしむ 五五―五七
然(され)ば告げよ、われ神を指(さ)して請ふ、汝等をかく枯(か)らす物は何ぞや、わが異(あやし)む間我に言(い)はしむる勿れ、心に他(ほか)の思ひ滿つればその人いふ事宜(よろ)しきをえず。 五八―六〇
彼我に。永遠(とこしへ)の思量(はからひ)によりて我等の後方(うしろ)なるかの水の中樹の中に力くだる、わがかく痩するもこれがためなり 六一―六三
己が食慾に耽れるため泣きつゝ歌ふこの民はみな饑ゑ渇きてこゝにふたゝび己を清くす 六四―六六
果實(このみ)より、また青葉にかゝる飛沫(みづけぶり)よりいづる香氣(かをり)は飮食(のみくひ)の慾を我等の中(うち)に燃やすなり 六七―六九
しかして我等のこの處を※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)りて苦しみを新たにすることたゞ一度(たび)にとゞまらず――われ苦しみといふ、まことに慰(なぐさめ)といはざるべからず 七〇―七二
そはクリストの己が血をもて我等を救ひたまへる時、彼をしてよろこびてエリといはしめし願ひ我等を樹下(このもと)に導けばなり。 七三―七五
我彼に。フォレーゼよ、汝世を變へてまさる生命(いのち)をえしよりこの方いまだ五年(とせ)の月日經ず 七六―七八
若し我等を再び神に嫁(とつ)がしむる善き憂ひの時到らざるまに、汝の罪を犯す力既に盡きたるならんには 七九―八一
汝いかでかこゝに來れる、我は汝を下なる麓、時の時を補(おぎな)ふところに今も見るならんとおもへるなりき。 八二―八四
是に於てか彼我に。わがネルラそのあふるゝ涙をもて我をみちびき、苛責の甘き茵※(「くさかんむり/陳」、第3水準1-91-23)(いんちん)を飮ましむ 八五―八七
彼心をこめし祈祷(いのり)と歎息(ためいき)をもて、かの魂の待つ處なる山の腰より我を引きまた我を他の諸※(二の字点、1-2-22)の圓より救へり 八八―九〇
わが寡婦(やもめ)わが深く愛せし者はその善行(よきおこなひ)の類(たぐひ)少なきによりていよ/\神にめでよろこばる 九一―九三
そは婦人(をんな)の愼(つゝしみ)に於ては、サールディニアのバルバジアさへ、わがかの女を殘して去りしバルバジアよりはるかに上にあればなり 九四―九六
あゝなつかしき兄弟よ、我汝に何を告げんや、今を昔となさざる未來すでにわが前にあらはる 九七―九九
この時到らば教壇に立つ人、面皮(めんぴ)厚きフィレンツェの女等の、乳房(ちぶさ)と腰を露(あら)はしつゝ外(そと)に出るをいましむべし 一〇〇―一〇二
いかなる未開の女いかなるサラチーノの女なりとて、靈または他(ほか)の懲戒(こらしめ)なきため身を被はずして出でし例(ためし)あらんや 一〇三―一〇五
されどかの恥知らぬ女等、若し※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)轉(めぐり)早き天が彼等の爲に備ふるものをさだかに知らば、今既に口をひらきてをめくなるべし 一〇六―一〇八
そはわが先見に誤りなくば、今子守歌(ナンナ)を聞きてしづかに眠る者の頬に鬚生(お)ひぬまに彼等悲しむべければなり 一〇九―一一一
あゝ兄弟よ、今は汝の身の上を我にかくすことなかれ、見よ我のみかは、これらの者皆汝が日を覆ふところを凝視(みつ)む。 一一二―一一四
我即ち彼に。汝若し汝の我と我の汝といかに世をおくれるやをおもひいでなば、その記憶は今も汝をくるしめむ 一一五―一一七
わが前にゆく者我にかゝる生を棄てしむ、こは往日(さきつひ)これの――かくいひて日をさし示せり――姉妹の圓く現はれし時の事なり 一一八―一二〇
彼我を彼に從ひてゆくこの眞(まこと)の肉とともに導いて闌(ふ)けし夜(よ)を過ぎ、まことの死者をはなれたり 一二一―一二三
我彼に勵まされてかしこをいで、汝等世の爲に歪める者を直くするこの山を登りつつまた※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りつゝこゝに來れり 一二四―一二六
彼はベアトリーチェのあるところにわがいたらん時まで我をともなはむといふ、かしこにいたらば我ひとり殘らざるをえず 一二七―一二九
かく我にいふはこの者即ちヴィルジリオなり(我彼を指ざせり)、またこれなるは汝等の王國を去る魂なり、この地今 一三〇―一三二
その隅々(すみ/″\)までもゆるげるは彼のためなりき。


   第二十四曲

言(ことば)歩(あゆみ)を、歩言をおそくせず、我等は語りつゝあたかも順風に追はるゝ船のごとく疾(と)く行けり 一―三
再び死にし者に似たる魂等はわが生くるを知り、我を見て驚愕(おどろき)を目の坎(あな)より吐けり 四―六
我續いてかたりていふ。彼若し伴侶(とも)のためならずは、おそらくはなほ速かに登らむ 七―九
されど知らば我に告げよ、ピッカルダはいづこにありや、また告げよ、かく我を視る民の中に心をとむべき者ありや。 一〇―一二
わが姉妹(その美その善いづれまされりや我知らず)は既に高きオリムポによろこびて勝利(かち)の冠をうく。 一三―一五
彼まづ斯くいひて後。我等の姿斷食のためにかく搾(しぼ)り取らるゝがゆゑに、こゝにては我等誰(た)が名をも告ぐるをう 一六―一八
此は――指ざしつゝ――ボナジユンタ、ルッカのボナジユンタなり、またその先のきはだちて憔悴(やつれ)し顏は 一九―二一
かつて聖なる寺院を抱けり、彼はトルソの者なりき、いま斷食によりてボルセーナの鰻(うなぎ)とヴェルナッチヤを淨む。 二二―二四
その他(ほか)多くの者の名を彼一々我に告ぐるに、彼等皆名をいはるゝを厭はじとみえ、その一者(ひとり)だに憂(う)き状(さま)をなすはあらざりき 二五―二七
我はウバルディーン・デラ・ピーラと、杖にて多くの民を牧せしボニファーチョとが、饑ゑの爲に空しくその齒を動かすを見たり 二八―三〇
我はメッセル・マルケーゼを見たり、この者フォルリにありし頃はかく劇しき渇(かわき)なく且つ飮むに便宜(たより)多かりしかどなほ飽く事を知らざりき 三一―三三
されど恰も見てその中よりひとりを擇ぶ人の如く我はルッカの者をえらびぬ、彼我の事を知るを最(いと)希ふさまなりければ 三四―三六
彼はさゝやけり、我は彼がかく彼等を痩せしむる正義の苦痛(いたみ)を感ずるところにてゼントゥッカといふを聞きし如くなりき 三七―三九
我曰ふ。あゝかく深く我と語るを望むに似たる魂よ、請ふ汝のいへることを我にさとらせ、汝の言葉をもて汝と我の願ひを滿たせよ。 四〇―四二
彼曰ふ。女生れていまだ首※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かしらぎぬ)を被(かづ)かず、この者わが邑(まち)を、人いかに誹るとも、汝の心に適(かな)はせむ 四三―四五
汝この豫言を忘るゝなかれ、もしわが低語(さゝやき)汝の誤解を招けるならば、この後まことの事汝にこれをときあかすべし 四六―四八
されど告げよ、かの新しき詩を起し、戀を知る淑女等とそのはじめにいへる者是即ち汝なりや。 四九―五一
我彼に。愛我を動かせば我これに意を留めてそのわが衷(うち)に口授(くじゆ)するごとくうたひいづ。 五二―五四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、我今かの公(おほやけ)の證人(あかしびと)とグイットネと我とをわが聞く麗はしき新しき調(しらべ)のこなたにつなぐ節(ふし)をみる 五五―五七
我よく汝等の筆が口授者(くじゆしや)にちかく附隨(つきしたが)ひて進むをみる、われらの筆にはげにこの事あらざりき 五八―六〇
またなほ遠く先を見んとつとむる者も彼と此との調(しらべ)の區別(けぢめ)をこの外にはみじ。かくいひて心足れるごとく默(もだ)しぬ 六一―六三
ニーロの邊(ほとり)に冬籠(ふゆごも)る鳥、空に群(むらが)り集(つど)ひて後、なほも速かに飛ばんため達(つらな)り行くことあるごとく 六四―六六
その痩すると願ひあるによりて身輕きかしこの民は、みな首(かうべ)をめぐらしつゝふたゝびその歩履(あゆみ)をはやめぬ 六七―六九
また走りて疲れたる人その侶におくれ、ひとり歩みて腰の喘(あへぎ)のしづまる時を待つごとく 七〇―七二
フォレーゼは聖なる群(むれ)をさきにゆかしめ、我とともにあとより來りていひけるは。我の再び汝に會ふをうるは何時(いつ)ぞや。 七三―七五
我彼に答ふらく。いつまで生くるや我知らず、されどわが歸ること早しとも、我わが願ひの中に、それよりはやくこの岸に到らむ 七六―七八
そはわが郷土(ふるさと)となりたる處は、日に日に自ら善を失ひ、そのいたましく荒るゝことはや定まれりとみゆればなり。 七九―八一
彼曰ふ。いざ行け、我見るに、この禍ひに關(かゝ)はりて罪の最も大いなるもの、一の獸の尾の下(もと)にて曳かれ、罪赦さるゝ例(ためし)なき溪にむかふ 八二―八四
獸はたえずはやさを増しつゝ一足毎にとくすゝみ、遂に彼を踏み碎きてその恥づべき躯(むくろ)を棄つ 八五―八七
これらの輪未だ長く※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(めぐ)らざるまに(かくいひて目を天にむく)、わが言(ことば)のなほよく説明(ときあか)す能はざるもの汝に明(あきらか)なるにいたらむ 八八―九〇
いざ汝あとに殘れ、この王國にては時いと尊し、汝と斯く相並びてゆかば、わが失ふところ多きに過ぎむ。 九一―九三
たとへば先登(さきがけ)の譽をえんとて、馬上の群(むれ)の中より一人(ひとり)の騎士、馳せ出づることあるごとく 九四―九六
彼足をはやめて我等を離れ、我は世の大いなる軍帥(ぐんすゐ)なりし二者(ふたり)とともに路に殘れり 九七―九九
彼既に我等の前を去ること遠く、わが目の彼に伴ふさま、わが心の彼の詞にともなふごとくなりしとき 一〇〇―一〇二
いま一本(もと)の樹の、果(み)饒(ゆたか)にして盛なる枝我にあらはる、また我この時はじめてかなたにめぐれるなればその處甚だ遠からざりき 一〇三―一〇五
我見しに民その下にて手を伸べつゝ葉にむかひて何事をかよばはりゐたり、罪なき嬰兒(をさなご)物を求めて 一〇六―
乞へども乞はるゝ人答へず、かへつて願ひを増さしめんためその乞ふ物をかくさずして高く擡(もた)ぐるもこの類(たぐひ)なるべし ―一一一
かくて彼等はあたかも迷ひ覺めしごとく去り、我等はかく多くの請(こひ)と涙を卻(しりぞ)くる巨樹(おほき)のもとにたゞちにいたれり 一一二―一一四
汝等過ぎゆきて近づくなかれ、エーヴァのくらへる木この上にあり、これはもとかの樹よりいづ。 一一五―一一七
誰ならむ小枝の間よりかくいふ者ありければ、ヴィルジリオとスターツィオと我とは互ひに近く身を寄せつゝ聳ゆる岸の邊(ほとり)を行けり 一一八―一二〇
かの者またいふ。雲間に生れし詛(のろひ)の子等即ち飽いてその二重(ふたへ)の腰をもてテゼオと爭へる者を憶へ 一二一―一二三
また貪り飮みしため、マディアンにむかひて山を下れるゼデオンがその侶となさざりし希伯來人(エブレオびと)を憶へ。 一二四―一二六
かく我等は二の縁(へり)の一を傳ひて、幸(さち)なき報(むくい)のともなへる多食の罪の事をきゝつゝこゝを過ぎ 一二七―一二九
後身を寛(ゆるやか)にしてさびしき路を行き、いづれも言葉なく思ひに沈みて裕(ゆたか)に千餘の歩履(あゆみ)をはこべり 一三〇―一三二
汝等何ぞたゞみたり行きつゝかく物を思ふや。ふと斯くいへる聲ありき、是に於てか我は恰もおぢおそるゝ獸の如く顫(ふる)ひ 一三三―一三五
その誰なるやを見んとて首(かうべ)を擧ぐればひとりの者みゆ、爐の中なる玻璃または金屬(かね)といふとも斯く光り 一三六―
かく赤くみゆるはあらじ、彼曰ふ。汝等登らんことをねがはばこゝより折れよ、往いて平和をえんとする者みなこなたにむかふ。 ―一四一
彼の姿わが目の力を奪へるため、我は身をめぐらして、あたかも耳に導かるゝ人の如く、わがふたりの師の後(うしろ)にいたれり 一四二―一四四
曉告ぐる五月の輕風(そよかぜ)ゆたかに草と花とを含み、動きて佳(よ)き香(か)を放つごとくに 一四五―一四七
うるはしき風わが額の正中(たゞなか)にあたれり、我は神饌(アムプロージャ)の匂(にほ)ひを我に知らしめし羽の動くをさだかにしれり 一四八―一五〇
また聲ありていふ。大いなる恩惠(めぐみ)に照され、味(あぢはひ)の愛飽くなき慾を胸に燃やさず常に宜(よろ)しきに從ひて饑うる者は福(さいはひ)なり。 一五一―一五三


   第二十五曲

時は昇(のぼり)の遲きを許さず、そは子午線を日は金牛に夜は天蠍にはや付(わた)したればなり 一―三
さればあたかも必要の鞭(むち)にむちうたるゝ人、いかなる物あらはるゝとも止まらずしてその路を行くごとく 四―六
我等はひとりづつ徑(こみち)に入りて階(きざはし)を登れり(階狹きため昇る者並び行くをえず) 七―九
たとへば鸛(こうづる)の雛、飛ぶをねがひて翼をあぐれど、巣を離るゝの勇なくして再びこれを收むるごとく 一〇―一二
わが問はんと欲する願ひ燃えてまた消え、我はたゞいひいださんと構ふる者の状(さま)をなすに過ぎざりき 一三―一五
歩(あゆみ)速かなりしかどもわがなつかしき父は默(もだ)さで、汝鏃(やじり)までひきしぼれる言(ことば)の弓を射よといふ 一六―一八
この時我これにはげまされ、口を啓きていふ。滋養(やしなひ)をうくるに及ばざるものいかにして痩するを得るや。 一九―二一
彼曰ふ。汝若しメレアグロの身が、炬火(たいまつ)の燃え盡くるにつれて盡きたるさまを憶ひ出でなば、この事故にさとりがたきにあらざるべく 二二―二四
また鏡に映(うつ)る汝等の姿が、汝等の動くにつれて動くを思はば、今硬くみゆるもの汝に軟かにみゆるにいたらむ 二五―二七
されど汝望むがまゝに心を安んずることをえんため、見よ、こゝにスターツィオあり、我彼を呼び彼に請ひて汝の傷を癒さしむべし。 二八―三〇
スターツィオ答ふらく。我この常世(とこよ)の状態(ありさま)を汝のをる處にて彼に説明(ときあか)すとも、こは汝の請(こひ)をわが否む能はざるが爲なれば咎むるなかれ。 三一―三三
かくてまたいふ。子よ、汝の心わが詞を見てこれを受けなば、これは即ち汝の質(たゞ)す疑ひを照す光とならむ 三四―三六
それ血の完全にして、渇ける脈に吸はるゝことなく、あたかも食卓(つくゑ)よりはこびさらるゝ食物(くひもの)のごとく殘るもの 三七―三九
人の諸※(二の字点、1-2-22)の肢體を營む力をば心臟の中に得(う)、これ此等の物とならんため脈を傳ひて出づるにいたるものなればなり 四〇―四二
いよ/\清くなるに及びて、この血は人のいふを憚かる處にくだり、後又そこより自然の器(うつは)の中なる異なる血の上にしたゝり 四三―四五
二の血こゝに相合ふ、その一には堪ふる性(さが)あり、また一にはその出づる處全きがゆゑに行ふ性あり 四六―四八
此(これ)彼と結びてはたらき、まづ凝固(こりかた)まらせ、後己が材としてその固(かた)め整(とゝの)へる物に生命(いのち)を與ふ 四九―五一
活動の力恰も草木の魂の如きものとなりて(但し一は道程にあり一は彼岸に達す、異なるところたゞこれのみ)後 五二―五四
なほその作用(はたらき)をとゞめず、この物動きかつ感ずること海の菌の如きにいたれば、さらに己を種として諸※(二の字点、1-2-22)の力を組立てはじむ 五五―五七
子よ、生む者の心臟即ち自然が諸※(二の字点、1-2-22)の肢體に意を用ゐる處よりいづる力は今や既に弘がりて延ぶ 五八―六〇
されど汝は未だ生物のいかにして人間となるやを聞かず、こは汝よりさとかりし者の嘗て誤れる一の點なり 六一―六三
そは彼靜智に當つべき何の機官をも見ざるによりて、その教への中にこれを魂より離れしめたればなり 六四―六六
汝わが陳ぶる眞(まこと)にむかひて胸をひらき、而して知るべし、胎兒における腦の組織(くみたて)全く成り終るや否や 六七―六九
第一の發動者、自然のかく大いなる技(わざ)をめでてこれにむかひ、力滿ちたる新しき靈を嘘入(ふきい)れたまひ 七〇―七二
靈はかしこにはたらきゐたるものを己が實體の中にひきいれ、たゞ一の魂となりて、且つ生き且つ感じ且つ自ら己をめぐる 七三―七五
汝この言(ことば)をふかくあやしむなからんため、思ひみよ、太陽の熱葡萄の樹よりしたゝる汁と相混(あひまじ)りて酒となるを 七六―七八
ラケージスの絲盡くる時は、この魂、肉の繋(つなぎ)を離れ、人と神とに屬するものをその實質において携ふ 七九―八一
他(ほか)の能力(ちから)はみな默(もだ)せども、記憶、了知及び意志の作用(はたらき)は却つてはるかに前よりも強し 八二―八四
かくて止まらずしてあやしくも自ら岸の一に落ち、こゝにはじめて己が行くべき路を知る 八五―八七
處一たび定まれば、構成(いとなみ)の力たゞちにあたりを輝かし、その状(さま)もその程(ほど)も、生くる肢體におけるに同じ 八八―九〇
しかしてたとへば空氣雨を含むとき、日の光これに映(うつ)るによりて多くの色に飾らるるごとく 九一―九三
あたりの空氣はそこにとゞまれる魂が己の力によりてその上に捺(お)す形をうく 九四―九六
かくてあたかも火の動くところ焔これにともなふごとく、新しき形靈にともなふ 九七―九九
この物この後これによりてその姿を現すがゆゑに影(オムブラ)と呼ばれ、またこれによりて凡ての官能をとゝのへ、見ることをさへ得るにいたる 一〇〇―一〇二
我等これによりて物言ひ、これによりて笑ふ、またこれによりて我等に涙あり歎息(なげき)あり(汝これをこの山の上に聞けるなるべし) 一〇三―一〇五
諸※(二の字点、1-2-22)の願ひまたはその他の情の我等に作用(はたらき)を及ぼすにしたがひ、影も亦姿を異にす、是ぞ汝のあやしとする事の原因(もと)なる。 一〇六―一〇八
我等はこの時はや最後の曲路にいたりて右にむかひ、心を他(ほか)にとめゐたり 一〇九―一一一
こゝにては岸焔の矢を射、縁(ふち)は風を上におくりてこれを追返さしめ、そこに一の路を空(あ)く 一一二―一一四
されば我等は開きたる處を傳ひてひとり/″\に行かざるをえざりき、我はこなたに火を恐れかなたに下に落(おつ)るをおそれぬ 一一五―一一七
わが導者曰ふ。かたく目の手綱を緊(し)めてこゝを過ぎよ、たゞ些(すこし)の事のために足を誤るべければなり。 一一八―一二〇
この時こよなき憐憫(あはれみ)の神と猛火の懷(ふところ)にうたふ聲我にきこえてわが心をばまたかなたにもむかはしむ 一二一―一二三
かくて我見しに焔の中をゆく多くの靈ありければ、我は彼等を見またわが足元(あしもと)をみてたえずわが視力をわかてり 一二四―一二六
聖歌終れば、彼等は高くわれ夫を知らずとさけび、後低く再びこの聖歌をうたひ 一二七―一二九
これを終ふればまた叫びて、ディアーナ森にとゞまりて、かのヴェーネレの毒を嘗めしエリーチェを逐へりといふ 一三〇―一三二
かくて彼等歌に歸り、後またさけびて、徳と縁(えにし)の命ずる如く貞操(みさを)を守れる妻と夫の事を擧ぐ 一三三―一三五
おもふに火に燒かるゝ間は、彼等たえずかく爲すなるべし、かゝる藥かゝる食物(くひもの)によりてこそ 一三六―一三八
その傷(きず)つひにふさがるなれ 一三九―一四一


   第二十六曲

我等かく縁(ふち)を傳ひ一列(ひとつら)となりて歩める間に、善き師しば/\いふ。心せよ、わが誡めを空しうするなかれ。 一―三
はや光をもて西をあまねく蒼より白に變ふる日は、わが右の肩にあたれり 四―六
我は影によりて焔をいよ/\赤く見えしめ、また多くの魂のかゝる表徴(しるし)にのみ心をとめつゝ行くを見たり 七―九
彼等のわが事を語るにいたれるもこれが爲なりき、かれらまづ、彼は虚(むな)しき身のごとくならずといふ 一〇―一二
かくていくたりか、燒かれざる處に出でじとたえず心を用ゐつゝ、その進むをうるかぎりわが方(かた)に來れる者ありき 一三―一五
あゝ汝おそき歩履(あゆみ)のためならずして恐らくは敬(うやまひ)のために侶のあとより行く者よ、渇(かわき)と火に燃ゆる我に答へよ 一六―一八
汝の答を求むる者我獨りに非ず、此等の者皆これに渇く、そのはげしきに比(くら)ぶればインド人(びと)又はエチオピア人の冷(つめた)き水にかわくも及ばじ 一九―二一
請ふ我等に告げよ、汝未だ死の網(あみ)の中に入らざるごとく、身を壁として日を遮(さへぎ)るはいかにぞや。 二二―二四
その一(ひとり)斯く我にいへり、また若しこの時新しき物現はれて心をひくことなかりせば、我は既にわが身の上をあかせしなるべし 二五―二七
されどこの時顏をこの民にむけ燃ゆる路の正中(たゞなか)をあゆみて來る民ありければ、我は彼等をみんとて詞をとゞめぬ 二八―三〇
我見るにかなたこなたの魂みないそぎ、たがひに接吻(くちづけ)すれども短き會釋(ゑしやく)をもて足れりとして止まらず 三一―三三
あたかも蟻がその黒める群(むれ)の中にてたがひに口を觸れしむる(こはその路と幸(さち)とを探(さぐ)るためなるべし)に似たり 三四―三六
したしみの會釋をはれば、未だ一歩も進まざるまに、いづれも競うてその聲を高くし 三七―三九
新しき群(むれ)は、ソッドマ、ゴモルラといひ、殘りの群は、牡牛をさそひて己の慾を遂げんためパシフェの牝牛の中に入るといふ 四〇―四二
かくてたとへば群鶴(むらづる)の、一部はリフエの連山(やま/\)にむかひ、また一部は砂地(すなぢ)にむかひ、此(これ)氷を彼(かれ)日を厭ひて飛ぶごとく 四三―四五
民の一群(むれ)かなたにゆき、一群こなたに來り、みな泣きつゝ、さきにうたへる歌と、彼等にいとふさはしき叫びに歸れり 四六―四八
また我に請へるかの魂等は、聽くの願ひをその姿にあらはしつゝ前の如く我に近づきぬ 四九―五一
我斯く再び彼等の望みを見ていひけるは。あゝいつか必ず平安を享くる魂等よ 五二―五四
熟(う)めるも熟まざるもわが身かの世に殘るにあらず、その血その骨節(ふし)みな我とともにこゝにあり 五五―五七
我こゝより登りてわが盲(めしひ)を癒さんとす、我等の爲に恩惠(めぐみ)を求むる淑女天に在り、是故にわれ肉體を伴ひて汝等の世を過ぐ 五八―六〇
ねがはくは汝等の大望速かに遂げ、愛の滿ち/\且ついと廣く弘がる天汝等を住(すま)はしむるにいたらんことを 六一―六三
請ふ我に告げてこの後紙にしるすをえしめよ、汝等は誰なりや、また汝等の背(せ)の方(かた)にゆく群(むれ)は何ぞや。 六四―六六
粗野なる山人(やまびと)都に上れば、心奪はれ思ひ亂れて、あたりをみつゝ言葉なし 六七―六九
かの魂等またみなかくのごとく見えき、されど驚愕(おどろき)(貴き心の中にてはそのしづまること早し)の重荷おろされしとき 七〇―七二
さきに我に問へる者またいひけるは。福なる哉汝生を善くせんとてこの地の經驗を船に載す 七三―七五
我等と共に來らざる民の犯せる罪は、そのかみ勝誇れるチェーザルをして王妃といへる罵詈(のゝしり)の叫びを聞くにいたらしめしものなりき 七六―七八
是故に汝等の聞けるごとく彼等自ら責めてソッドマとさけびて去り、その恥をもて焔をたすく 七九―八一
我等の罪は異性によれり、されど獸の如く慾に從ひ、人の律法(おきて)を守らざりしがゆゑに 八二―八四
我等彼等とわかるゝ時は、かの獸となれる板の内にて獸となれる女の名を讀み、自ら己をはづかしむ 八五―八七
汝既に我等の行爲(おこなひ)と我等の犯せる罪を知る、恐らくはさらに我等の名を知るを望むべけれど告ぐるに時なく又我然(しか)するをえざるなるべし 八八―九〇
たゞわが身に就(つい)ては我汝の願ひを滿(みた)さむ、我はグイード・グィニツェルリなり、未だ最後(いまは)とならざる先に悔いしため今既に罪を淨む。 九一―九三
我及び我にまさりて愛のうるはしきけだかき調(しらべ)が奏(かな)でしことある人々の父かく己が名をいふを聞きしとき 九四―
我はさながらリクルゴの憂ひのうちに再び母をみしときの二人(ふたり)の男の子の如くなりき、されど彼等のごとく激せず ―九九
たゞ物を思ひつゝ長く彼を見てあゆみ、聞かず語らず、また火をおそれてかなたに近づくことをせざりき 一〇〇―一〇二
かくてわが目飽くにおよび、われかたく誓ひをたてて彼のために能くわが力を盡さんと告ぐれば 一〇三―一〇五
彼我に。わが汝より聞ける事の我心にとゞむる痕跡(あと)いとあざやかなるをもてレーテもこれを消しまたは朦朧(おぼろ)ならしむるあたはず 一〇六―一〇八
されど今の汝の詞我に眞(まこと)を誓へるならば、請ふ告げよ、汝の我を愛すること目にも言(ことば)にもかくあらはるゝは何故ぞや。 一〇九―一一一
我彼に。汝のうるはしき歌ぞそれなる、近世(ちかきよ)の習ひつゞくかぎりは、その文字(もじ)常に愛せらるべし。 一一二―一一四
彼曰ふ。あゝ兄弟よ、わが汝にさししめす者は(前なる一の靈を指ざし)我よりもよくその國語(くにことば)を鍛(きた)へし者なり 一一五―一一七
戀の詩散文の物語にては彼(かれ)衆にぬきんず、レモゼスの人をもてこれにまさるとなすは愚者なり、彼等をそのいふにまかせよ 一一八―一二〇
彼等は眞(まこと)よりも評(うはさ)をかへりみ、技(わざ)と理(ことわり)を問はざるさきにはやくも己が説を立つ 一二一―一二三
多くの舊人(ふるきひと)のグイットネにおけるも亦斯の如し、さらに多くの人を得て眞(まこと)の勝つにいたれるまでは彼等たゞ響きを傳へて彼のみを讚(ほ)めぬ 一二四―一二六
さて汝ゆたかなる恩惠(めぐみ)をうけて、僧侶の首(かしら)にクリストを戴くかの僧院に行くことをえば 一二七―一二九
わが爲に彼に向ひて一遍の主の祈(パーテルノストロ)を唱へよ、但しこの世界にて我等の求むる事にて足る、こゝにては我等また罪を犯すをえざれば。 一三〇―一三二
かくいひて後、後方(うしろ)に近くゐたる者を己に代らしむるためなるべし、恰も水底(みなそこ)深く沈みゆく魚の如く火に入りて見えざりき 一三三―一三五
我は指示されし者の方(かた)に少しく進みて、わが願ひ彼の名のためにゆかしき處を備へしことを告ぐれば 一三六―一三八
彼こゝろよく語りて曰ふ。汝の問ひのねんごろなるにめでて、我は己を汝にかくすこと能はず、またしかするをねがはざるなり 一三九―一四一
我はアルナルドなり、泣きまた歌ひてゆく、われ過去(こしかた)をみてわが痴(おろか)なりしを悲しみ、行末(ゆくすゑ)をみてわが望む日の來るを喜ぶ 一四二―一四四
この階(きざはし)の頂まで汝を導く權能(ちから)をさして今我汝に請ふ、時到らばわが苦患(なやみ)を憶(おも)へ。 一四五―一四七
かくいひ終りて彼等を淨むる火の中にかくれぬ 一四八―一五〇


   第二十七曲

今や日はその造主(つくりぬし)血を流したまへるところに最初(はじめ)の光をそゝぐ時(イベロは高き天秤(はかり)の下にあり 一―
ガンジェの浪は亭午(まひる)に燒かる)とその位置を同じうし、晝既に去らんとす、この時喜べる神の使者(つかひ)我等の前に現はれぬ ―六
彼焔の外(そと)岸の上に立ちて、心の清き者は福なりとうたふ、その聲爽(さわや)かにしてはるかにこの世のものにまされり 七―九
我等近づけるとき彼曰ひけるは。聖なる魂等よ、まづ火に噛まれざればこゝよりさきに行くをえず 一〇―
汝等この中に入りまたかなたにうたふ歌に耳を傾けよ。かくいふを聞きしとき我はあたかも穴に埋(いけ)らるゝ人の如くになりき ―一五
手を組合(くみあは)せつゝ身をその上より前に伸べて火をながむれば、わが嘗て見し、人の體(からだ)の燒かるゝありさま、あざやかに心に浮びぬ 一六―一八
善き導者等わが方にむかへり、かくてヴィルジリオ我に曰ふ。我子よ、こゝにては苛責はあらむ死はあらじ 一九―二一
憶(おも)へ、憶へ……ジェーリオンに乘れる時さへ我汝を安らかに導けるに、神にいよいよ近き今、しかするをえざることあらんや 二二―二四
汝かたく信ずべし、たとひこの焔の腹の中に千年(ちとせ)の長き間立つとも汝は一筋(すぢ)の髮をも失はじ 二五―二七
若しわが言(ことば)の僞なるを疑はば、焔にちかづき、己が手に己が衣の裾をとりてみづからこれを試みよ 二八―三〇
いざ棄てよ、一切の恐れを棄てよ、かなたにむかひて心安く進みゆくべし。かくいへるも我なほ動かずわが良心に從はざりき 三一―三三
わがなほ頑(かたくな)にして動かざるをみて彼少しく心をなやまし、子よ、ベアトリーチェと汝の間にこの壁あるを見よといふ 三四―三六
桑眞紅(しんく)となりしとき、死に臨めるピラーモがティスベの名を聞き目を開きてつらつら彼を見しごとく 三七―三九
わが思ひの中にたえず湧(わ)き出づる名を聞くや、わが固き心やはらぎ、我は智(さと)き導者にむかへり 四〇―四二
是に於てか彼首(かうべ)を振りて、我等此方(こなた)に止まるべきや如何(いかに)といひ、恰も一の果實(このみ)に負くる稚兒(をさなご)にむかふ人の如くにほゝゑみぬ 四三―四五
かくて彼我よりさきに火の中に入り、またこの時にいたるまでながく我等の間をわかてるスターツィオに請ひて我等の後(あと)より來らしむ 四六―四八
我火の中に入りしとき、その燃ゆることかぎりなく劇しければ、煮え立つ玻璃の中になりとも身を投入れて冷(ひや)さんとおもへり 四九―五一
わがやさしき父は我をはげまさんとて、ベアトリーチェの事をのみ語りてすゝみ、我既に彼の目を見るごとくおぼゆといふ 五二―五四
かなたにうたへる一の聲我等を導けり、我等はこれにのみ心をとめつゝ登るべきところにいでぬ 五五―五七
わが父に惠まるゝ者よ來れ。かしこにありてわが目をまばゆうし我に見るをえざらしめたる一の光の中にかくいふ聲す 五八―六〇
またいふ。日は入り夕(ゆふべ)が來る、とゞまるなかれ、西の暗くならざる間に足をはやめよ。 六一―六三
路直く岩を穿ちて東の方に上(のぼ)るがゆゑに、すでに低き日の光を我はわが前より奪へり 六四―六六
しかしてわが影消ゆるを見て我もわが聖等(ひじりたち)も我等の後方(うしろ)に日の沈むをしりたる時は、我等の試みし段(きだ)なほ未だ多からざりき 六七―六九
はてしなく濶(ひろ)き天涯未だ擧(こぞ)りて一の色とならず、夜その闇をことごとく頒ち與へざるまに 七〇―七二
我等各一の段(きだ)を床となしぬ、そはこの山の性(さが)、登るの願ひよりもその力を我等より奪へばなり 七三―七五
食物(くひもの)をえざるさきには峰の上に馳せ狂へる山羊も、日のいと熱き間蔭にやすみて聲をもいださず 七六―
その牧者(彼杖にもたれ、もたれつゝその群(むれ)を牧(か)ふ)にまもられておとなしく倒嚼(にれが)むことあり ―八一
また外(そと)に宿る牧人、そのしづかなる群のあたりに夜を過(すご)して、野の獸のこれを散らすを防ぐことあり 八二―八四
我等みたりもまたみな斯(かく)の如くなりき、我は山羊に彼等は牧者に似たり、しかして高き岩左右より我等をかこめり 八五―八七
外(そと)はたゞ少しく見ゆるのみなりしかど、我はこの少許(すこし)の處に、常よりも燦(あざや)かにしてかつ大なる星を見き 八八―九〇
我かく倒嚼(にれが)み、かく星をながめつゝ睡りに襲はる、即ち事をそのいまだ出來(いでこ)ぬさきにに屡※(二の字点、1-2-22)告知らす睡りなり 九一―九三
たえず愛の火に燃ゆとみゆるチテレアがはじめてその光を東の方よりこの山にそゝぐ頃かとおもはる 九四―九六
我は夢に、若き美しきひとりの淑女の、花を摘みつゝ野を分けゆくを見しごとくなりき、かの者うたひていふ 九七―九九
わが名を問ふ者あらば知るべし、我はリーアなり、我わがために一の花圈(はなかざり)を編まんとて美しき手を動かして行く 一〇〇―一〇二
鏡にむかひて自ら喜ぶことをえんため我こゝにわが身を飾り、わが妹ラケールは終日(ひねもす)坐してその鏡を離れず 一〇三―一〇五
われ手をもてわが身を飾るをねがふごとくに彼その美しき目を見るをねがふ、見ること彼の、行ふこと我の心を足(たら)はす。 一〇六―一〇八
異郷の旅より歸る人の、わが家(や)にちかく宿るにしたがひ、いよ/\愛(め)づる曉(あかつき)の光 一〇九―一一一
はや四方より闇を逐ひ、闇とともにわが睡りを逐へり、我即ち身を起(おこ)せば、ふたりの大いなる師この時既に起きゐたり 一一二―一一四
げに多くの枝によりて人のしきりに尋ね求むる甘き果(み)は今日汝の饑(う)ゑをしづめむ。 一一五―一一七
ヴィルジリオかく我にいへり、またこれらの語(ことば)のごとく心に適(かな)ふ賜(たまもの)はあらじ 一一八―一二〇
わが登るの願ひ願ひに加はり、我はこの後一足毎に羽生(は)えいでて我に飛ばしむるをおぼえき 一二一―一二三
我等階(きざはし)をこと/″\く渡り終りて最高(いとたか)き段(きだ)の上に立ちしとき、ヴィルジリオ我にその目をそゝぎて 一二四―一二六
いふ。子よ、汝既に一時(ひととき)の火と永久(とこしへ)の火とを見てわが自から知らざるところに來れるなり 一二七―一二九
われ智(さとり)と術(わざ)をもて汝をこゝにみちびけり、今より汝は好む所を導者となすべし、汝嶮(けは)しき路を出で狹き路をはなる 一三〇―一三二
汝の額を照す日を見よ、地のおのづからこゝに生ずる若草と花と木とを見よ 一三三―一三五
涙を流して汝の許に我を遣はせし美しき目のよろこびて來るまで、汝坐するもよし、これらの間を行くもよし 一三六―一三八
わが言(ことば)をも表示(しるし)をもこの後望み待つことなかれ、汝の意志は自由にして直く健全(すこやか)なればそのむかふがまゝに行はざれば誤らむ 一三九―一四一
是故にわれ冠と帽を汝に戴かせ、汝を己が主たらしむ。


   第二十八曲

あらたに出し日の光を日にやはらかならしむる茂れる生ける神の林の内部(うち)をも周邊(まはり)をも探(さぐ)らんとて 一―三
我ためらはず岸を去り、しづかに/\野を分けゆけば、地はいたるところ佳香(よきか)を放てり 四―六
うるはしき空氣變化(かはり)なく動きてわが額を撃ち、そのさまさながら軟かき風の觸るゝに異ならず 七―九
諸※(二の字点、1-2-22)の枝これに靡きてふるひつゝ、みな聖なる山がその最初(はじめ)の影を投ぐる方(かた)にかゞめり 一〇―一二
されどはなはだしく撓(たわ)むにあらねば、梢(こずゑ)の小鳥その一切の技(わざ)を棄つるにいたらず 一三―一五
いたくよろこびて歌ひつゝ、そよふく朝風を葉の間にうけ、葉はエオロがシロッコを解き放つとき 一六―
キアッシの岸の上なる松の林の枝より枝に集まるごとき音をもてその調(しらべ)にあはせぬ ―二一
しづかなる歩履(あゆみ)我を運びて年へし林の中深く入らしめ、我既にわがいづこより入來れるやを見るあたはざりしとき 二二―二四
見よわが行手を遮れる一の流れあり、その細波(さゞなみ)をもて、縁(ふち)に生(は)え出し草を左に曲げぬ 二五―二七
日にも月にもかしこを照すをゆるさざる永劫の蔭に蔽はれ、黒み黒みて流るれども 二八―
一物として隱るゝはなきかの水にくらぶれば、世のいと清き水といふともみな雜(まじり)ありとみゆべし ―三三
わが足とどまり、わが目は咲ける木々の花の類(たぐひ)甚だ多きを見んとて小川のかなたに進めるに 三四―三六
このときあたかも物不意にあらはれて人を驚かし、他(ほか)の思ひをすべて棄てしむることあるごとくかしこにあらはれし 三七―三九
たゞひとりの淑女あり、歌をうたひて歩みつゝ、その行道(ゆくみち)をこと/″\くいろどれる花また花を摘みゐたり 四〇―四二
我彼に曰ふ。あゝ美しき淑女よ、心の證(あかし)となる習ひなる姿に信を置くをうべくば愛の光にあたゝまる者よ 四三―
ねがはくは汝の歌の我に聞ゆるにいたるまで、この流れのかたにすゝみきたれ ―四八
汝は我にプロセルピーナが、その母彼を彼春を失へるとき、いづこにゐしやいかなるさまにありしやを思ひ出でしむ。 四九―五一
たとへば舞をまふ女の、その二の蹠(あしうら)を地にまた互ひに寄せてすゝみ、ほとんど一足(かたあし)を一足の先に置かざるごとく 五二―五四
彼は紅と黄の花を踏みてこなたにすゝみ、そのさま目をしとやかにたるゝ處女(をとめ)に異ならず 五五―五七
かくて麗はしき聲その詞とともに我に聞ゆるまで近づきてわが願ひを滿たせり 五八―六〇
まさしく草がかの美しき流れの波に洗はるゝところに來るやいなや、彼わがためにその目を擧げぬ 六一―六三
思ふにヴェーネレのあやまちてわが子に刺されし時といふとも、その眉の下に輝ける光かく大いならざりしなるべし 六四―六六
彼は種なきにかの高き邱(をか)に生ずる色をなほも己が手をもて摘みつゝ、右の岸に微笑(ほゝゑ)みゐたり 六七―六九
流れは三歩我等を隔てき、されどセルセの渡れる(このこと今も人のすべての誇りを誡しむ)エルレスポントが 七〇―七二
セストとアビードの間の荒浪のためにレアンドロよりうけし怨みも、かの流れが、かの時開かざりしために我よりうけし怨みにはまさらじ 七三―七五
彼曰ふ。汝等は今初めて來れる者なれば、人たる者の巣に擇ばれしこの處に我のほほゑむをみて 七六―七八
驚きかつ異(あや)しむならむ、されど汝我を樂しませ給へりといへる聖歌は光を與へて汝等の了知(さとり)の霧を拂ふに足るべし 七九―八一
また汝先に立つ者我に請へる者よ、聞くべきことあらばいへ、我はいかなる汝の問ひにも足(たら)はぬ事なく答へんと心構(こゝろがまへ)して來れるなれば。 八二―八四
我曰ふ。水と林の響きとはあらたに起せるわが信を攻む、そはわが聞けるところ今見るところと異なればなり。 八五―八七
是に於てか彼。我は汝のあやしむものにそのいで來る原因(もと)あるを陳べて汝を蔽ふ霧をきよめむ 八八―九〇
それ己のみ己が心に適(かな)ふ至上の善は人を善にまた善行の爲に造り、この處をこれに與へて限りなき平和の契約となせり 九一―九三
人己が越度(をちど)によりてたゞ少時(しばらく)こゝにとゞまり、己が越度によりて正しき笑ひと麗はしき悦びを涙と勤勞(ほねをり)に變らせぬ 九四―九六
水より地よりたちのぼりてその力の及ぶかぎり熱に從ひゆくもののこの下に起す亂(みだれ)が 九七―九九
人と戰ふなからんため、この山かく高く天に聳えき、しかしてその鎖(とざ)さるゝところより上はみなこれを免かる 一〇〇―一〇二
さて空氣は、若しその※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(まは)ることいづこにか妨げられずば、こと/″\く第一の囘轉とともに圓を成してめぐるがゆゑに 一〇三―一〇五
かゝる動き、純なる空氣の中にありて全く絆(ほだし)なやこの高嶺(たかね)を撃ち、林に聲を生ぜしむ、これその繁きによりてなり 一〇六―一〇八
また撃たれし草木(くさき)にはその性(さが)を風に滿たすの力あり、この風その後吹きめぐりてこれをあたりに散らし 一〇九―一一一
かなたの地は己が特質と天の利にしたがひて孕み、性(さが)異なる諸※(二の字点、1-2-22)の木を生む 一一二―一一四
かゝればわがこの言(ことば)を聞く者、たとひ見ゆべき種なきにかしこに萌えいづる草木を見るとも、世の不思議とみなすに足らず 一一五―一一七
汝知るべし、この聖なる廣野(ひろの)には一切の種滿ち、かの世に摘むをえざる果(み)のあることを 一一八―一二〇
また汝の今見る水は、漲(みなぎ)り涸(か)るゝ河のごとくに、冷えて凝れる水氣の補(おぎな)ふ脈より流れいづるにあらず 一二一―一二三
變らず盡きざる泉よりいづ、而して泉は神の聖旨(みむね)によりて、その二方の口よりそゝぐものをば再び得(う) 一二四―一二六
こなたには罪の記憶を奪ふ力をもちてくだりゆき、かなたには諸※(二の字点、1-2-22)の善行(よきおこなひ)を憶ひ起さしむ 一二七―一二九
こなたなるはレーテと呼ばれ、かなたなるをエウノエといふ、この二の水まづ味はれざればその功徳(くどく)なし 一三〇―一三二
こは他(ほか)の凡ての味(あぢはひ)にまさる、我またさらに汝に教ふることをせずとも、汝の渇(かわき)はや全くやみたるならむ、されど 一三三―一三五
己が好(このみ)にまかせてなほ一の事を加へむ、思ふにわが言(ことば)たとひ約束の外にいづとも汝の喜びに變りはあらじ 一三六―一三八
いにしへ黄金(こがね)の代(よ)とその幸(さち)多きさまを詩となせる人々、恐らくはパルナーゾにて夢にこの處を見しならむ 一三九―一四一
こゝに罪なくして人住みぬ、こゝにとこしへの春とすべての實(み)あり、彼等の所謂ネッタレは是なり。 一四二―一四四
我はこの時身を後方(うしろ)にめぐらしてわがふたりの詩人にむかひ、彼等が笑を含みつゝこの終りの言をきけるを見 一四五―一四七
後ふたゝび目をかの美しき淑女にむけたり 一四八―一五〇


   第二十九曲

彼かたりをはれるとき、戀する女のごとく歌ひて、罪をおほはるゝものは福なりといひ 一―三
かくてたとへばひとりは日を見ひとりはこれを避けんとて林の蔭をあゆみゆきしさびしきニンファの群(むれ)のごとくに 四―六
岸をつたひ流れにさかのぼりて進み、また我はわが歩みを細(こまか)にしてそのこまかなる歩みにあはせ、これと相並びて行けり 七―九
ふたりの足數合せて百とならざるさきに、岸兩つながら等しくその方向(むき)を變へたれば、我は再び東にむかへり 一〇―一二
またかくしてゆくことなほ未だ遠からざりしに、淑女全くわが方にむかひて、わが兄弟よ、視よ、耳を傾けよといふ 一三―一五
このとき忽ち一の光かの大なる林の四方に流れ、我をして電光(いなづま)なるかと疑はしめき 一六―一八
されど電光はその現はるゝごとく消ゆれど、この光は長くつゞきていよ/\輝きわたりたれば、我わが心の中に是何物ぞやといふ 一九―二一
また一のうるはしき聲あかるき空をわけて流れぬ、是に於てか我は正しき憤りよりエーヴァの膽の大(ふと)きを責めたり 二二―二四
彼は造られていまだ程なきたゞひとりの女なるに、天地(あめつち)神に遵(したが)へるころ、被物(おほひ)の下に、しのびてとゞまることをせざりき
彼その下に信心深くとゞまりたりせば、我は早くまた永くこのいひがたき樂しみを味へるなるべし 二八―三〇
かぎりなき樂しみの初穗かく豐かなるに心奪はれ、たゞいよ/\大いなる喜びをうるをねがひつゝ、我その間を歩みゐたるに 三一―三三
我等の前にて縁の技の下なる空氣燃ゆる火のごとくかゞやき、かのうるはしき音(おと)今は歌となりて聞えぬ 三四―三六
あゝげに聖なる處女(をとめ)等よ、我汝等のために饑ゑ、寒さ、または眠りをしのびしことあらば、今その報(むくい)を請はざるをえず 三七―三九
いざエリコナよわがためにそゝげ、ウラーニアよ、歌の侶とともに我をたすけて、おもふだに難き事をば詩となさしめよ 四〇―四二
さてその少しく先にあたりてあらはれし物あり、我等と是とはなほ離るゝこと遠かりければ、誤りて七の黄金(こがね)の木と見えぬ 四三―四五
されど相似て官能を欺く物その時性の一をも距離(へだゝり)のために失はざるまで我これに近づけるとき 四六―四八
理性に物を判(わか)たしむる力は、これの燭臺なるとうたへる歌のオザンナなるをさとりたり 四九―五一
この美しき一組の燭臺、上より焔を放ちてその燦(あざや)かなること澄みわたれる夜半(よは)の空の望月(もちづき)よりもはるかにまされり 五二―五四
我はいたくおどろきて身をめぐらし、善きヴィルジリオにむかへるに、我に劣らざる怪訝(あやしみ)を顏にあらはせる外答へなかりき 五五―五七
我即ちふたゝび目をかのたふとき物にむくれば、新婦(はなよめ)にさへ負くるならんとおもはるゝほどいとゆるやかにこなたにすゝめり 五八―六〇
淑女我を責めていふ。汝いかなればかくたゞ生くる光のさまに心を燃やし、その後方(うしろ)より來るものを見ざるや。 六一―六三
このとき我見しに、白き衣を着(かくばかり白き色世にありし例(ためし)なし)、己が導者に從ふごとく後方(うしろ)より來る民ありき 六四―六六
水はわが左にかゞやき、我これを視れば、あたかも鏡のごとくわが身の左の方を映(うつ)せり 六七―六九
われ岸のこなた、たゞ流れのみ我をへだつるところにいたれるとき、なほよくみんと、わが歩みをとゞめて 七〇―七二
視しに、焔はそのうしろに彩色(いろど)れる空氣を殘してさきだちすゝみ、さながら流るゝ小旗のごとく 七三―七五
空氣は七の線(すぢ)にわかたれ、これに日の弓、デリアの帶のすべての色あり 七六―七八
これらの旌(はた)後(うしろ)の方(かた)に長く流れてわが目及ばず、またわがはかるところによれば左右の端(はし)にあるものの相離るゝこと十歩なりき 七九―八一
かく美しきさにおほはれ、二十四人の長老、百合(フイオルダリーゾ)の花の冠をつけてふたりづつならび來れり 八二―八四
みなうたひていふ。アダモの女子(むすめ)のうちにて汝は福なる者なり、ねがはくは汝の美にとこしへの福あれ。 八五―八七
かの選ばれし民、わが對面(むかひ)なるかなたの岸の花と新しき草をはなれしとき 八八―九〇
あたかも天にて光光に從ふごとく、そのうしろより四の生物(いきもの)各※(二の字点、1-2-22)頭(かしら)に縁の葉をいただきて來れり 九一―九三
皆六の翼をもち、目その羽に滿つ、アルゴの目若し生命(いのち)あらばかくのごとくなるべし 九四―九六
讀者よ、彼等の形を録(しる)さんとて我またさらに韻語を散らさじ、そは他の費(つひえ)に支(さ)へられてこの費を惜しまざること能はざればなり 九七―九九
エゼキエレを讀め、彼は彼等が風、雲、火とともに寒き處より來るを見てこれを描(ゑが)けり 一〇〇―一〇二
わがこゝにみし彼等の状(さま)もまたかれの書(ふみ)にいづるものに似たり、但し羽については、ジヨヴァンニ彼と異なりて我と同じ 一〇三―一〇五
これらの四の生物(いきもの)の間を二の輪ある一の凱旋車占む、一頭のグリフォネその頸にてこれを曳けり 一〇六―一〇八
この者二の翼を、中央(なか)の一と左右の三の線(すぢ)の間に伸べたれば、その一をも斷(た)たず損(そこな)はず 一〇九―一一一
翼は尖(さき)の見えざるばかり高く上(あが)れり、その身の中(うち)に鳥なるところはすべて黄金(こがね)にて他(ほか)はみな紅まじれる白なりき 一一二―一一四
アフリカーノもアウグストもかく美しき車をもてローマを喜ばせしことなきはいふに及ばず、日の車さへこれに比ぶれば映(はえ)なからむ 一一五―一一七
(即ち路をあやまれるため、信心深きテルラの祈りによりてジョーヴェの奇(くす)しき罰をうけ、燒盡されし日の車なり) 一一八―一二〇
右の輪のほとりには、舞ひめぐりつゝ進み來れるみたりの淑女あり、そのひとりは、火の中にては見分け難しと思はるゝばかりに赤く 一二一―一二三
次なるは、肉も骨も縁の玉にて造られしごとく、第三なるは、新たに降(ふ)れる雪に似たり 一二四―一二六
或時は白或時は赤他(ほか)のふたりをみちびくと見ゆ、しかしてその歌にあはせて、侶のゆくこと或ひはおそく或ひははやし 一二七―一二九
左の輪のほとりには、紫の衣を着てたのしく踊れるよたりの淑女あり、そのひとり頭に三の目ある者ほかのみたりをみちびきぬ 一三〇―一三二
かく擧げ來れる凡ての群(むれ)の後(うしろ)に、我はふたりの翁を見たり、その衣は異なれどもおごそかにしておちつきたる姿は同じ 一三三―一三五
ひとりは己がかのいと大いなるイッポクラテ(即ち自然がその最愛の生物のために造れる)の流れを汲むものなるをあらはし 一三六―一三八
またひとりは、川のこなたなる我にさへ恐れをいだかしめしほど光りて鋭き一の劒を持ちて、これと反する思ひをあらはせり 一三九―一四一
我は次に外見(みえ)の劣れるよたりの者と、凡ての者の後(うしろ)よりたゞひとりにて眠りて來れる氣色鋭き翁を見たり 一四二―一四四
この七者(なゝたり)は衣第一の組と同じ、されど頭を卷ける花圈(はなわ)百合にあらずして 一四五―一四七
薔薇とその他の紅の花なりき、少しく離れしところにてもすべての者の眉の上にまさしく火ありと見えしなるべし 一四八―一五〇
輦(くるま)わが對面(むかひ)にいたれるとき雷(いかづち)きこえぬ、是に於てかかのたふとき民はまた進むをえざるごとく 一五一―一五三
最初の旌とともにかしこにとゞまれり 一五四―一五六


   第三十曲

第一天の七星(出沒(いるいづる)を知らず、罪よりほかの雲にかくれしこともなし 一―三
しかしてかしこにをる者に各※(二の字点、1-2-22)その任務(つとめ)をしらしめしこと恰も低き七星の、港をさして舵取るものにおけるに似たりき) 四―六
とゞまれるとき、是とグリフォネの間に立ちて先に進める眞(まこと)の民、己が平和にむかふごとく、身をめぐらして車にむかへば 七―九
そのひとりは、天より遣はされしものの如く、新婦(はなよめ)よリバーノより來れと三度(みたび)うたひてよばはり、ほかの者みなこれに傚へり 一〇―一二
最後の喇叭(らつぱ)の響きとともに、すべて惠(めぐ)まるゝ者、再び衣を着たる聲をもてアレルヤをうたひつゝその墓より起出づるごとく 一三―一五
かの大いなる翁(おきな)の聲をきゝて神の車の上にたちあがれる永遠(とこしへ)の生命(いのち)の僕(しもべ)と使者(つかひ)百ありき 一六―一八
みないふ。來たる者よ汝は福なり。また花を上とあたりに散らしつゝ。百合を手に滿たして撒(ま)け。 一九―二一
我かつて見ぬ、晝の始め、東の方こと/″\く赤く、殘りの空すみてうるはしきに 二二―二四
日の面(おもて)曇りて出で、目のながくこれに堪ふるをうるばかり光水氣に和(やは)らげらるゝを 二五―二七
かくのごとく、天使の手より立昇りてふたゝび内外(うちそと)に降れる花の雲の中に 二八―三〇
白き面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)の上には橄欖を卷き、縁の表衣(うはぎ)の下には燃ゆる焔の色の衣を着たるひとりの淑女あらはれぬ 三一―三三
わが靈は(はやかく久しく彼の前にて驚異(おどろき)のために震ひつゝ挫(くじ)かるゝことなかりしに) 三四―三六
目の能くこれに教ふるをまたず、たゞ彼よりいづる奇(く)しき力によりて、昔の愛がその大いなる作用(はたらき)を起すを覺えき 三七―三九
わが童(わらべ)の時過ぎざるさきに我を刺し貫けるたふとき力わが目を射るや 四〇―四二
我はあたかも物に恐れまたは苦しめらるゝとき、走りてその母にすがる稚兒(をさなご)の如き心をもて、たゞちに左にむかひ 四三―四五
一滴(しづく)だに震ひ動かずしてわが身に殘る血はあらじ、昔の焔の名殘をば我今知るとヴィルジリオにいはんとせしに 四六―四八
ヴィルジリオ、いとなつかしき父のヴィルジリオ、わが救ひのためにわが身を委ねしヴィルジリオははや我等を棄去れり 四九―五一
昔の母の失へるすべてのものも、露に淨められし頬をして、涙にふたゝび汚れしめざるあたはざりき 五二―五四
ダンテよ、ヴィルジリオ去れりとて今泣くなかれ今泣くなかれ、それよりほかの劒(つるぎ)に刺されて汝泣かざるをえざればなり。 五五―五七
己が名(我已むをえずしてこゝに記(しる)せり)の呼ばるゝを聞きてわれ身をめぐらせしとき、我はさきに天使の撒華(さんげ)におほはれて 五八―
我にあらはれしかの淑女が、さながら水軍(ふなて)の大將の、艫(とも)に立ち舳(へさき)に立ちつゝあまたの船に役(つか)はるゝ人々を見てこれをはげまし
よくその業(わざ)をなさしむるごとく、車の左の縁(ふち)にゐて、流れのこなたなる我に目をそそぐを見たり ―六六
ミネルヴァの木葉(このは)に卷かれし面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)その首(かうべ)より垂るゝがゆゑに、我さだかに彼を見るをえざりしかど 六七―六九
凛々(りゝ)しく、氣色(けしき)なほもおごそかに、あたかも語りつゝいと熱(あつ)き言(ことば)をばしばし控(ひか)ふる人の如く、彼續いていひけるは 七〇―七二
よく我を視よ、げに我は我はげにベアトリーチェなり、汝如何(いか)してこの山に近づくことをえしや汝は人が福(さいはひ)をこゝに受くるを知らざりしや。 七三―七五
わが目は澄める泉に垂れぬ、されどそこに己が姿のうつれるをみて我これを草に移しぬ、恥いと重く額を壓(お)せしによりてなり 七六―七八
母たる者の子に嚴(いかめ)しとみゆる如く彼我にいかめしとみゆ、きびしき憐憫(あはれみ)の味(あぢ)は苦味(にがみ)を帶ぶるものなればなり 七九―八一
彼は默せり、また天使等は忽ちうたひて、主よわが望みは汝にありといへり、されどわが足をの先をいはざりき 八二―八四
スキアヴォーニアの風に吹寄せられてイタリアの背なる生くる梁木(うつばり)の間にかたまれる雪も 八五―八七
陰を失ふ國氣を吐くときは、火にあへる蝋かとばかり、溶け滴りて己の内に入るごとく 八八―九〇
つねにとこしへの球の調(しらべ)にあはせてしらぶる天使等いまだうたはざりしさきには、我に涙も歎息(なげき)もあらざりしかど 九一―九三
かのうるはしき歌をきゝて、彼等の我を憐むことを、淑女よ何ぞかく彼を叱責(さいな)むやと彼等のいふをきかんよりもなほ明(あきら)かに知りし時 九四―九六
わが心のまはりに張れる氷は、息(いき)と水に變りて胸をいで、苦しみて口と目を過ぎぬ 九七―九九
彼なほ輦(くるま)の左の縁(ふち)に立ちてうごかず、やがてかの慈悲深き群(むれ)にむかひていひけるは 一〇〇―一〇二
汝等とこしへの光の中に目を醍(さま)しをるをもて、夜(よる)も睡りも、世がその道に踏みいだす一足をだに汝等にかくさじ 一〇三―一〇五
是故にわが答への求むるところは、むしろかしこに泣く者をしてわが言(ことば)をさとらせ、罪と憂ひの量(はかり)を等しからしむるにあり 一〇六―一〇八
すべて生るゝ者をみちびきその侶なる星にしたがひて一の目的(めあて)にむかはしむる諸天のはたらきによるのみならず 一〇九―一一一
また神の恩惠(めぐみ)(その雨のもとなる水氣はいと高くして我等の目近づくあたはず)のゆたかなるによりて 一一二―一一四
彼は生命(いのち)の新たなるころ實(まこと)の力すぐれたれば、そのすべての良き傾向(かたむき)は、げにめざましき證(あかし)となるをえたりしものを 一一五―一一七
種を擇ばず耕さざる地は、土の力のいよ/\さかんなるに從ひ、いよ/\惡くいよ/\荒る 一一八―一二〇
しばらくは我わが顏をもて彼を支(さゝ)へき、わが若き目を彼に見せつゝ彼をみちびきて正しき方(かた)にむかはせき 一二一―一二三
我わが第二の齡(よはひ)の閾(しきみ)にいたりて生を變ふるにおよび、彼たゞちに我をはなれ、身を他人(あだしびと)にゆだねぬ 一二四―一二六
われ肉より靈に登りて美も徳も我に増し加はれるとき、彼却つて我を愛せず、かへつて我をよろこばす 一二七―一二九
いかなる約束をもはたすことなき空しき幸(さいはひ)の象(かたち)を追ひつゝその歩(あゆみ)を眞(まこと)ならざる路にむけたり 一三〇―一三二
我また乞ひて默示をえ、夢幻(ゆめまぼろし)の中にこれをもて彼を呼戻さんとせしも益なかりき、彼これに心をとめざりければなり 一三三―一三五
彼いと深く墜ち、今はかの滅亡(ほろび)の民を彼に示すことを措きてはその救ひの手段(てだて)みな盡きぬ 一三六―一三八
是故にわれ死者の門を訪(と)ひ、彼をこゝに導ける者にむかひて、泣きつゝわが乞ふところを陳べぬ 一三九―一四一
若し夫れ涙をそゝぐ悔(くい)の負債(おひめ)を償(つぐの)はざるものレーテを渡りまたその水を味ふをうべくば 一四二―一四四
神のたふとき定(さだめ)は破れむ。


   第三十一曲

あゝ汝聖なる流れのかなたに立つ者よ、いへ、この事眞(まこと)なりや否や、いへ、かくきびしきわが責(せめ)に汝の懺悔のともなはでやは 一―三
彼は刃(は)さへ利(と)しとみえしその言(ことば)の鋩(きつさき)を我にむけつゝ、たゞちに續いてまた斯くいひぬ 四―六
わが能力(ちから)の作用(はたらき)いたく亂れしがゆゑに、聲は動けどその官を離れて外(そと)にいでざるさきに冷えたり 七―九
彼しばらく待ちて後いふ。何を思ふや、我に答へよ、汝の心の中の悲しき記憶を水いまだ損(そこな)はざれば。 一〇―一二
惑ひと怖れあひまじりて、目を借らざれば聞分けがたき一のシをわが口より逐へり 一三―一五
たとへば弩(いしゆみ)を放つとき、これを彎(ひ)くことつよきに過ぐれば、弦(つる)切れ弓折れて、矢の的に中る力の減(へ)るごとく 一六―一八
とめどなき涙大息(といき)とともにわれかの重荷(おもに)の下にひしがれ、聲はいまだ路にあるまに衰へぬ 一九―二一
是に於てか彼我に。われらの望みの終極(いやはて)なるかの幸(さいはひ)を愛せんため汝を導きしわが願ひの中に 二二―二四
いかなる堀またはいかなる鏈を見て、汝はさきにすゝむの望みをかく失ふにいたれるや 二五―二七
また他(ほか)の幸の額にいかなる慰(なぐさめ)または益のあらはれて汝その前をはなれがたきにいたれるや。 二八―三〇
一のくるしき大息(といき)の後、我にほとんど答ふる聲なく、唇からうじてこれをつくれり 三一―三三
我泣きて曰ふ。汝の顏のかくるゝや、眼前(めのまへ)に在る物その僞りの快樂(けらく)をもてわが歩履(あゆみ)を曲げしなり 三四―三六
彼。汝たとひ默(もだ)しまたは今の汝の懺悔をいなみきとすとも汝の愆(とが)何ぞかくれ易からん、かのごとき士師(さばきづかさ)知りたまふ 三七―三九
されど罪を責むる言(ことば)犯せる者の口よりいづれば、我等の法廷(しらす)にて、輪はさかさまに刃(は)にむかひてめぐる 四〇―四二
しかはあれ汝今己が過ちを恥ぢ、この後シレーネの聲を聞くとも心を固うするをえんため 四三―四五
涙の種を棄てて耳をかたむけ、葬られたるわが肉の汝を異なる方にむかしむべかりし次第を聞くべし 四六―四八
さきに我を包みいま地にちらばる美しき身のごとく汝を喜ばせしものは、自然も技(わざ)も嘗て汝にあらはせることあらざりき 四九―五一
わが死によりてこのこよなき喜び汝に缺けしならんには、そも/\世のいかなる物ぞその後汝の心を牽(ひ)きてこれを求むるにいたらしめしは 五二―五四
げに汝は假初(かりそめ)の物の第一の矢のため、はやかゝる物ならざりし我に從ひて立昇るべく 五五―五七
稚(をさな)き女そのほか空しきはかなきものの矢を待ちて翼をひくく地に低るべきにあらざりき 五八―六〇
それ二の矢三の矢を待つは若き小鳥の事ぞかし、羽あるものの目のまへにて網を張り弓を彎(ひ)くは徒爾(いたづら)なり。 六一―六三
我はあたかもはぢて言なく、目を地にそゝぎ耳を傾けて立ち、己が過ちをさとりて悔ゆる童(わらべ)のごとく 六四―六六
立ちゐたり、彼曰ふ。汝聞きて憂ふるか、鬚を上げよ、さらば見ていよ/\憂へむ。 六七―六九
たくましき樫の木の、本土(ところ)の風またはヤルバの國より吹く風に拔き倒さるゝ時といふとも、そのこれにさからふこと 七〇―七二
わが彼の命をきゝて頤(おとがひ)をあげしときに及ばじ、彼顏といはずして鬚といへるとき、我よくその詞の毒を認めぬ 七三―七五
我わが顏をあげしとき、わが目は、かのはじめて造られし者等が、ふりかくることをやめしをさとり 七六―七八
また(わが目なほ定かならざりしかど)ベアトリーチェが、身たゞ一にて性(さが)二ある獸のかたにむかふを見たり 七九―八一
面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)におほはれ、流れのかなたにありてさへ、彼はその未だ世にありし頃世の女等(たち)に優(まさ)れるよりもさらに己が昔の姿にまされりとみゆ 八二―八四
悔(くい)の刺草(いらくさ)いたく我を刺ししかば、すべてのものの中にて最も深く我を迷はしわが愛を惹けるものわが最も忌嫌(いみきら)ふものとはなりぬ 八五―八七
我かく己が非をさとる心の痛みに堪へかねて倒れき、此時我のいかなるさまにてありしやは我をこゝにいたらしめし者ぞ知るなる 八八―九〇
かくてわが心その能力(ちから)を外部(そと)に還せし時、我は先に唯獨りにて我に現れし淑女をば我上(うへ)の方(かた)に見たり、彼曰ふ。我を捉(とら)へよ我をとらへよ。 九一―九三
彼は流れの中に既に我を喉まで引入れ、今己が後(うしろ)より我を曳きつゝ、杼(ひ)のごとく輕く水の上を歩めるなりき 九四―九六
われ福(さいはひ)の岸に近づけるとき、汝我に注ぎ給へといふ聲聞えぬ、その麗はしさ類(たぐひ)なければ思出づることだに能はず何ぞ記(しる)すをうべけんや 九七―九九
かの美しき淑女腕(かひな)をひらきてわが首(かうべ)が抱き、なほも我を沈めて水を飮まざるをえざらしめ 一〇〇―一〇二
その後我をひきいだして、よたりの美しき者の踊れるなかに、かく洗はれしわが身をおき、彼等は各※(二の字点、1-2-22)その腕(かひな)をもて我を蔽へり 一〇三―一〇五
こゝには我等ニンフェなり、天には我等星ぞかし、ベアトリーチェのまだ世に降らざるさきに、我等は定まりきその侍女(はしため)と 一〇六―一〇八
我等汝を導いて彼の目の邊(ほとり)に到らむ、されどその中(うち)なる悦びの光を見んため、物を見ること尚深き彼處(かしこ)の三者(みたり)汝の目をば強くせむ。 一〇九―一一一
かくうたひて後、彼等は我をグリフォネの胸のほとり、ベアトリーチェの我等にむかひて立ちゐたるところに連行(つれゆ)き 一一二―一一四
いひけるは。汝見ることを惜しむなかれ、我等は汝を縁の珠の前におけり、愛かつて汝を射んとてその矢をこれより拔きたるなりき。 一一五―一一七
火よりも熱き千々(ちゞ)の願ひわが目をしてかのたえずグリフォネの上にとまれる光ある目にそゞがしむれば 一一八―一二〇
二樣の獸は忽ち彼忽ち此の姿態(みぶり)をうつしてその中にかゞやき、そのさま日輪の鏡におけるに異なるなかりき 一二一―一二三
讀者よ、物みづから動かざるにその映(うつ)れる象(かたち)變るを視しとき我のあやしまざりしや否やを思へ 一二四―一二六
いたくおどろき且つまた喜びてわが魂この食物(くひもの)(飽くに從ひていよ/\慾を起さしむ)を味へる間に 一二七―一二九
かのみたりの女、姿に際(きは)のさらにすぐれて貴(たか)きをあらはし、その天使の如き舞の詞(しらべ)につれてをどりつゝ進みいでたり 一三〇―一三二
むけよベアトリーチェ、汝に忠實(まめやか)なるものに汝の聖なる目をむけよ、彼は汝にあはんとてかく多くの歩履(あゆみ)をはこべり 一三三―
ねがはくは我等のために汝の口を彼にあらはし、彼をして汝のかくす第二の美を辨(わきま)へしめよ。是彼等の歌なりき ―一三八
あゝ生くるとこしへの光の輝(かゞやき)よ、パルナーゾの蔭に色あをざめまたはその泉の水をいかに飮みたる者といふとも 一三九―一四一
汝が濶(ひろ)き空氣の中に汝の面※(「巾+白」、第4水準2-8-83)(かほおほひ)を脱(ぬ)ぎて天のその調(しらべ)をあはせつゝ汝の上を覆ふ處に現はれし時の姿をば寫し出さんとするにあたり 一四二―一四四
豈その心を亂さざらんや


   第三十二曲

十年(ととせ)の渇(かわき)をしづめんため、心をこめてわが目をとむれば、他の官能はすべて眠れり 一―三
またこの目には左右に等閑(なほざり)の壁ありき、聖なる微笑(ほゝゑみ)昔の網をもてかくこれを己の許に引きたればなり 四―六
このときかの女神等(めがみたち)、汝あまりに凝視(みつむ)るよといひてしひてわが目を左の方にむかはしむ 七―九
日の光に射られし目にてたゞちに物を見る時のごとく、我やゝ久しくみることあたはざりしかど 一〇―一二
視力舊(もと)に復(かへ)りて小(ちひ)さき輝(かゞやき)に堪ふるに及び(わがこれを小さしといへるはしひてわが目を離すにいたれる大いなる輝に比ぶればなり) 一三―一五
我は榮光の戰士(つはもの)等が身をめぐらして右にむかひ、日と七の焔の光を顏にうけつゝ歸るを見たり 一六―一八
たとへば一の隊伍の、己を護らんとて盾(たて)にかくれ、その擧りて方向(むき)を變ふるをえざるまに、旗を持ちつゝめぐるがごとく 一九―二一
かの先に進める天の王國の軍人(いくさびと)等は、車がいまだその轅(ながえ)を枉げざるまに、皆我等の前を過ぐ 二二―二四
是に於てか淑女等は輪のほとりに歸り、グリフォネはその羽の一をも搖(ゆる)がさずしてたふとき荷をうごかし 二五―二七
我をひきて水を渉れる美しき淑女とスターツィオと我とは、轍(わだち)に殘せし弓の形の小さき方(かた)なる輪に從ひ 二八―三〇
かくしてかの高き林、蛇を信ぜし女の罪に空しくなりたる地をわけゆけば、天使のうたふ一の歌我等の歩履(あゆみ)を齊(とゝの)へり 三一―三三
彎(ひ)き放たれし矢の飛ぶこと三度(たび)にして屆くとみゆるところまで我等進めるとき、ベアトリーチェはおりたちぬ 三四―三六
衆皆聲をひそめてアダモといひ、やがて枝に花も葉もなき一本(もと)の木のまはりを卷けり 三七―三九
その髭は森の中なるインド人(びと)をも驚かすばかりに高く、かつ高きに從ひていよ/\伸び弘(ひろ)がれり 四〇―四二
福なるかなグリフォネよ、この木口に甘しといへどもいたく腹をなやますがゆゑに汝これを啄(ついば)まず。 四三―四五
たくましき木のまはりにて衆かくよばはれば、かの二樣の獸は、すべての義の種かくのごとくにして保たるといひ 四六―四八
曳き來れる轅(ながえ)にむかひつゝこれを裸なる幹の下(もと)にひきよせ、その小枝をもてこれにつなげり 四九―五一
大いなる光天上の魚の後(うしろ)にかゞやく光にまじりて降るとき、わが世の草木(くさき) 五二―五四
膨れいで、日がその駿馬(しゆんめ)を他の星の下に裝はざるまに、各※(二の字点、1-2-22)その色をもて姿を新たにするごとく 五五―五七
さきに枝のさびれしこの木、薔薇(ばら)より淡(うす)く菫より濃き色をいだして新たになりぬ 五八―六〇
このときかの民うたへるも我その歌の意(こゝろ)を解(げ)せず――世にうたはるゝことあらじ――またよく終りまで聞くをえざりき 六一―六三
我若しかの非情の目、その守(まもり)きびしきために高き價を拂へる目が、シリンガの事を聞きつゝ眠れる状(さま)を寫すをうべくば 六四―
我自らの眠れるさまを、恰も樣式(かた)を見てゑがく畫家の如くに録(しる)さんものを、巧みに睡りを現はす者にあらざればこの事望み難きがゆゑに ―六九
わがめさめし時にたゞちにうつりて語るらく、とある光の煌(きらめき)と起きよ汝何を爲すやとよばはる聲とはわが睡りの幕を裂きたり 七〇―七二
林檎(諸※(二の字点、1-2-22)の天使をしてその果(み)をしきりに求めしめ無窮の婚筵を天にいとなむ)の小さき花を見んため 七三―七五
ピエートロとジヨヴァンニとヤーコポと導かれて氣を失ひ、さらに大いなる睡りを破れる言葉をきゝて我にかへりて 七六―七八
その侶の減りたる――モイゼもエリアもあらざれば――とその師の衣の變りたるとをみしごとく 七九―八一
我もまた我にかへりてかの慈悲深き淑女、さきに流れに沿ひてわが歩履(あゆみ)をみちびけるもののわがほとりに立てるを見 八二―八四
いたくあやしみていひけるは。ベアトリーチェはいづこにありや。彼。新しき木葉(このは)の下にてその根の上に坐するを見よ 八五―八七
彼をかこめる組(くみ)をみよ、他はみないよ/\うるはしき奧深き歌をうたひつゝグリフォネの後(あと)より昇る。 八八―九〇
我は彼のなほかたれるや否やをしらず、そはわが心を塞ぎてほかにむかはしめざりし女既にわが目に入りたればなり 九一―九三
彼はかの二樣の獸の繋げる輦(くるま)をまもらんとてかしこに殘るもののごとくひとり眞(まこと)の地の上に坐し 九四―九六
七のニンフェは北風(アクイロネ)も南風(アウストロ)も消すあたはざる光を手にし、彼のまはりに身をもてまろき圍(かこひ)をつくれり 九七―九九
汝はこゝに少時(しばらく)林の人となり、その後かぎりなく我と倶にかのローマ即ちクリストをローマ人(びと)の中にかぞふる都の民のひとりとなるべし 一〇〇―一〇二
さればもとれる世を益せんため、目を今輦(くるま)にとめよ、しかして汝の見ることをかなたに歸るにおよびて記(しる)せ。 一〇三―一〇五
ベアトリーチェ斯く、また我はつゝしみてその命に從はんとのみ思ひゐたれば、心をも目をもその求むるところにむけたり 一〇六―一〇八
いと遠きところより雨の落つるとき、濃き雲の中より火の降るはやしといへども 一〇九―一一一
わが見しジョーヴェの鳥に及ばじ、この鳥木をわけ舞ひくだりて花と新しき葉と皮とをくだき 一一二―一一四
またその力を極めて輦(くるま)を打てば、輦はゆらぎてさながら嵐の中なる船の、浪にゆすられ、忽ち右舷忽ち左舷に傾くに似たりき 一一五―一一七
我また見しにすべての良き食物(くひもの)に饑うとみゆる一匹の牝狐かの凱旋車の車内にかけいりぬ 一一八―一二〇
されどわが淑女はその穢(けがら)はしき罪を責めてこれを逐ひ、肉なき骨のこれに許すかぎりわしらしむ 一二一―一二三
我また見しにかの鷲はじめのごとく舞下りて車の匣(はこ)の内に入り己が羽をかしこに散(ちら)して飛去りぬ 一二四―一二六
この時なやめる心よりいづるごとき聲天よりいでていひけるは。ああわが小舟(をぶね)よ、汝の積める荷はいかにあしきかな。 一二七―一二九
次にはわれ輪と輪の間の地ひらくがごときをおぼえ、またその中より一の龍のいで來るをみたり、この者尾をあげて輦(くるま)を刺し 一三〇―一三二
やがて螫(はり)を收むる蜂のごとくその魔性の尾を引縮め車底の一部を引出(ひきいだ)して紆曲(うね)りつつ去りゆけり 一三三―一三五
殘れる物は肥えたる土の草におけるがごとく羽(おそらくは健全(すこやか)にして厚き志よりさゝげられたる)に 一三六―一三八
おほはれ、左右の輪及び轅(ながえ)もまたたゞちに――その早きこと一の歎息(ためいき)の口を開く間にまされり――これにおほはる 一三九―一四一
さてかく變りて後この聖なる建物(たてもの)その處々(ところ/″\)より頭を出せり、即ち轅よりは三、稜(かど)よりはみな一を出せり 一四二―一四四
前の三には牡牛のごとき角あれども後の四には額に一の角あるのみ、げにかく寄(くす)しき物かつてあらはれし例(ためし)なし 一四五―一四七
その上には高山(たかやま)の上の城のごとく安らかに坐し、しきりにあたりをみまはしゐたるひとりのしまりなき遊女(あそびめ)ありき 一四八―一五〇
我また見しにあたかもかの女の奪ひ去らるゝを防ぐがごとく、ひとりの巨人その傍に立ちてしば/\これと接吻(くちづけ)したり 一五一―一五三
されど女がその定まらずみだりなる目を我にむくるや、かの心猛き馴染(なじみ)頭より足にいたるまでこれを策(むちう)ち 一五四―一五六
かくて嫉みと怒りにたへかね、異形(いぎやう)の物を釋き放ちて林の奧に曳入るれば、たゞこの林盾(たて)となりて 一五七―一五九
遊女(あそびめ)も奇(くす)しき獸も見えざりき 一六〇―一六二


   第三十三曲

神よ異邦人(ことくにびと)は來れり、淑女等涙を流しつゝ、忽ちみたり忽ちよたり、かはる/″\詞を次ぎてうるはしき歌をうたひいづれば 一―三
ベアトリーチェは憐み歎きて、さながら十字架のほとりのマリアのごとく變りつゝ、彼等に耳をかたむけぬ 四―六
されどかの處女(をとめ)等彼にそのものいふ機(をり)を與へしとき、色あたかも火のごとく、たちあがりて 七―九
わが愛する姉妹等よ、少時(しばらく)せば汝等我を見ず、またしばらくせば我を見るべしと答へ 一〇―一二
後七者(なゝたり)をこと/″\くその前におき、我と淑女と殘れる聖(ひじり)とをたゞ表示(しるし)によりてその後(うしろ)におくれり 一三―一五
彼かくして進み、その第十歩の足いまだ地につかじとおもはるゝころ、己が目をもてわが目を射 一六―一八
容(かたち)を和らげて我に曰ふ。とく來れ、さらば我汝とかたるに、汝我に近くしてよくわが言(ことば)を聽くをえむ。 一九―二一
我その命にしたがひて彼の許にいたれるとき、彼たゞちにいふ。兄弟よ、汝今我と倶にゆきて何ぞ敢て我に問はざるや。 二二―二四
たとへば長者のまへに、敬ひはゞかりてものいふ人の、その聲を齊(とゝの)ふるをえざるごとく 二五―二七
我もまた言葉を亂していひけるは。わが淑女よ、汝はわが求むるものとこれに適(ふさ)はしきものとを知る。 二八―三〇
彼我に。汝今より後怖れと恥の縺れをはなれよ、さらば再び夢見る人のごとくものいふなからむ 三一―三三
知るべし蛇の破れる器(うつは)はさきにありしもいまあらず、されど罪ある者をして、神の復讐がサッピを恐れざるを信ぜしめよ 三四―三六
羽を輦(くるま)に殘してこれを異形(いぎやう)の物とならしめその後獲物(えもの)とならしめし鷲は常に世繼なきことあらじ 三七―三九
そは一切の妨碍障礙を離れし星の、一の時を來らせんとてはや近づくを我あきらかに見ればなり(此故に我これを告ぐ) 四〇―四二
この時來らば神より遣はされし一の五百と十と五とは、かの盜人をばこれと共に罪を犯す巨人とともに殺すべし 四三―四五
おそらくはわが告ぐることテミ、スフィンジェの如くおぼろにて、その智を暗ます状(さま)また彼等と等しければ汝さとるをえじ 四六―四八
されどこの事速かに起りてナイアーデとなり、羊、穀物(こくもつ)の損害(そこなひ)なくしてこのむづかしき謎を解かむ 四九―五一
心にとめよ、しかして死までの一走(ひとはしり)なる生をうけて生くる者等にこれらの語(ことば)をわがいへるごとく傳へよ 五二―五四
またこれを録(しる)すとき、こゝにて既に二度(たび)までも掠められたる樹についてすべて汝の見しことを隱すべからざるを忘るゝなかれ 五五―五七
凡そこれを掠め又はこれを折る者は行爲(おこなひ)の謗※(ばうとく) をもて神に逆らふ、そは神はたゞ己のためにとてこれを聖なる者に造りたまひたればなり 五八―六〇
これを噛めるがゆゑに第一の魂は、噛める罪の罰を自ら受けしものを待ちつゝ、苦しみと願ひの中に五千年餘の時を經たりき 六一―六三
若しことさらなる理によりてこの樹かく秀でその頂かくうらがへるを思はずば汝の才は眠れるなり 六四―六六
また若し諸※(二の字点、1-2-22)の空しき想(おもひ)汝の心の周邊(まはり)にてエルザの水とならず、この想より起る樂しみ桑を染めしピラーモとならざりせば 六七―六九
たゞかく多くの事柄によりて、汝はこの樹の禁制(いましめ)のうちに神の正義の眞(まこと)の意義を認めしものを 七〇―七二
我見るに汝の智石に變り、石となりてかつ黒きがゆゑに、わが言(ことば)の光汝の目をしてまばゆからしむ、されどわがなほ汝に望むところは 七三―
汝がこの言を心に畫(ゑが)きて(たとひ書(しる)さざるも)こゝより携へ歸るにあり、かくするは巡禮が棕櫚にて卷ける杖を持つとその理(ことわり)相同じ。 ―七八
我。あたかも印の形をとゞめてこれを變へざる蝋のごとく、わが腦は今汝の捺(お)せし象(かた)をうく 七九―八一
されどなつかしき汝の言の高く飛びてわが目およはず、いよ/\みんとつとむればいよ/\みえざるは何故ぞや。 八二―八四
彼曰ふ。こは汝が汝の學べるところのものをかへりみて、その教へのわが語(ことば)にともなふをうるや否やを見 八五―八七
しかして汝等の道の神の道に遠ざかることかのいと高き疾き天の地を離るゝごとくなるをさとるをえんためぞかし。 八八―九〇
是に於てか我答へて彼に曰ふ。我は一度(たび)も汝を離れしことあるを覺えず、良心我を責めざるなり。 九一―九三
彼笑(ゑ)みつゝ答へて曰ふ。汝覺ゆるあたはずば、いざ思ひいでよ今日(けふ)この日汝がレーテの水を飮めるを 九四―九六
それ烟をみて火あるを知る、かく忘るゝといふことは他(ほか)に移りし汝の思ひに罪あることをさだかに證(あかし)す 九七―九九
げにこの後はわが詞いとあらはになりて、汝の粗(あら)き目にもみゆるにふさはしかるべし。 一〇〇―一〇二
光いよ/\はげしくして歩(あゆみ)いよ/\遲き日は、見る處の異なるにつれてこゝかしこにあらはるゝ亭午の圈を占めゐたり 一〇三―一〇五
この時あたかも導者となりて群(むれ)よりさきにゆく人が、みなれぬものをその路に見てとゞまるごとく 一〇六―一〇八
七人(なゝたり)の淑女は、とある仄闇(ほのぐら)き蔭(縁の葉黒き枝の下なる冷やかなる流れの上にアルペの投ぐる陰に似たる)果(はつ)る處にとゞまれり 一〇九―一一一
我は彼等の前にエウフラーテスとティーグリと一の泉より出で、わかれてゆくのおそきこと友のごときを見しとおぼえぬ 一一二―一一四
あゝ光よ、すべて人たる者の尊榮(さかえ)よ、かく一の源よりあふれいでてわかれ流るゝ水は何ぞや。 一一五―一一七
わがこの問ひに答へて曰ふ。マテルダに請ひ彼をしてこれを汝に告げしめよ。この時かの美しき淑女、罪を辨解(いひひら)く人のごとく 一一八―
答ふらく。さきに我この事をもほかの事をも彼に告げたり、またレーテの水いかでかこれを忘れしめんや。 ―一二三
ベアトリーチェ。さらにつよく心を惹(ひ)きてしば/\記憶を奪ふもの、彼の智(さとり)の目を昧(くら)ませしなるべし 一二四―一二六
されど見よかしこに流るゝエウノエを、汝かなたに彼をみちびき、汝の常に爲す如く、その萎(な)えたる力をふたゝび生かせ。 一二七―一二九
たとへば他人(ひと)の願ひ表示(しるし)となりて外部(そと)にあらはるゝとき、尊(たふと)き魂言遁(いひのが)るゝことをせず、たゞちにこれを己が願ひとなすごとく 一三〇―一三二
美しき淑女我を拉(ひ)きてすゝみ、またスターツィオにむかひてしとやかに、彼と倶に來(こ)よといふ 一三三―一三五
讀者よ、我に餘白の滿(みた)すべきあらば、飮めども飽かざる水の甘(うま)さをいさゝかなりともうたはんものを 一三六―一三八
第二の歌に充(あ)てし紙はやみなこゝに盡きたるがゆゑに、技巧の手綱にとゞめられて我またさきにゆきがたし 一三九―一四一
さていと聖なる浪より歸れば、我はあたかも若葉のいでて新たになれる若木のごとく、すべてあらたまり 一四二―一四四
清くして、諸※(二の字点、1-2-22)の星にいたるにふさはしかりき 一四五―一四七






Dante Alighieri - Opera Omnia  -  edited by ilVignettificio

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